東海道本線全駅間歩き3(東戸塚-平塚) その1・戸塚大踏切の痕跡 | 駅から駅まで・旅のあしあと

駅から駅まで・旅のあしあと

鉄道路線全ての駅間を歩く全駅間歩きを10年以上続けています。
今は東海~北海道エリアを歩いていますが、目指すは全国全路線全区間踏破!
そんな壮大な目標、たぶん一生レベルでかかるので、長い目で見守っていただけるとうれしいです。
X(Twitter)アカウント:@Oaksky8

 

東京に戻ってきてから用事でバタバタ。

あっという間に11月になってしまいました。

気づけば、日の入り時刻が先月歩いた北海道よりも早くなっていました。

 

 

北海道遠征後最初の全駅間歩きは東海道本線です。

今回は東戸塚から平塚まで歩きます。

 

横浜で京急線に別れを告げて、オリジナル色が強くなってきました。

東戸塚から戸塚まではおおむね東海道に沿って歩きますが、

戸塚からはしばらく東海道からも離れて歩きます。

 

時には東海道を、時には違う道を歩く東海道本線全駅間歩き、

今回も元気に歩き始めたいと思います。

 

 

[その他の東海道本線シリーズはこちらから]

1回目: 東京-品川

2回目:  品川-東戸塚

4回目: 平塚-早川

5回目: 早川-熱海

6回目: 熱海-沼津

7回目: 沼津-静岡

8回目: 静岡-浜松

9回目: 浜松-豊橋

10回目: 豊橋-名古屋(・武豊)

 

 

11月10日(土)  歩行区間:東戸塚-平塚  天気:曇りのち晴れ

東戸塚(7:10発)-戸塚(8:19着・8:30発)-

 

 

東京駅から横須賀線で約40分。

スタート駅の東戸塚駅に着きました。

 

 

 

土曜日の6時台ですが、

職場や学校に向かうと思しき人が目立ちました。

 

 

準備体操を終えたところで、全駅間歩きに出発しました。

 

 

ショッピングモールが目の前の東口からスタートしました。

 

正面のエスカレーターはショッピングモールのエスカレーターと思いきや、

奥に見えるタワーマンションを経由して旧東海道まで続く遊歩道の一部でした。

もちろん、この時間からしっかり稼働していました。

 

ということは、旧東海道に戻るために

初っぱなから坂を登らないといけないってことでしょうか。

 

 

 

花咲線歩いている真っ最中に通過した台風24号。

ここでもその痕跡を残していました。

 

この街路樹はイチョウなんですけど、

海側(左側)だけ枯れているのが分かりますか?

 

 

 

駅前の道をすぐ左に曲がり、旧東海道へ向かいました。

 

 

 

ほどなく旧東海道に合流しました。

旧東海道も品濃坂を下ってきていたため、アップダウンはありませんでした。

 

 

 

小さな川に沿って、南へ下りました。

こう見えて、頻繁にバスが行き交うバス通りなんですよ。

 

 

 

国道1号を横切りました。

しばらくは旧東海道を歩いてみたいと思います。

 

 

 

5分ほど歩いて、いったん国道1号に合流しました。

 

 

 

このあたりはちょうど戸塚駅と東戸塚駅の中間地帯。

右手には大きな工場が連なっていました。

 

通勤時間ということか、

国道も結構混雑していましたよ。

 

 

 

不動坂交差点にさしかかりました。

そのままスルーしてしまいそうになりますが、

旧東海道は左方向、黒い車が進入している小道です。

 

不動坂というのですが、

ここから先に目立ったアップダウンは無かったような気がします。

…となると、この短い登り坂が不動坂なんでしょうか。

 

 

 

そのまま旧東海道を進むと、

周囲とは明らかに時代が違う建物が現れました。

 

家に帰って調べてみたのですが、

この建物は「鎌倉ハム」の倉庫として使用されていたそうで、

建てられてから130年以上が経過しているそうです。

 

「鎌倉ハム」という名前は、

イギリス人のウィリアム・カーティスからハム製造の技法を教わった創業者が

当時「鎌倉郡」だった当地付近で創業したことに由来するそうです。

「鎌倉ハム」の創業は1887年ということなので、

ほぼ創業当時からあった建物みたいですね。

 

 

 

再び国道1号に戻りました。

こういう家をちらほら見かけるようになったということは、

戸塚が近くなってきたということでしょう。

 

 

 

柏尾川を渡る吉田大橋にさしかかりました。

この橋を渡れば、戸塚駅まであと少しです。

 

 

 

電線は地中に埋められ、街路もよく整備されていましたが、

そんな中でも古い建物がしっかり残っていました。

 

 

 

そのまま突き当たりまで進むと、線路際で行き止まりになっていました。

フェンスの手前には踏切の絵と看板が何枚か立っていました。

 

ここには4年ほど前まで戸塚大踏切がありました。

東海道が東海道本線をまたぐ場所として

東海道本線が開業した頃から存在した踏切でしたが、

次第に東海道・東海道本線ともに交通量が増大し、

「開かずの踏切」問題が深刻化してきました。

 

そこで踏切を廃止し、東海道をアンダークロスさせることにしたそうですが、

その頃には戸塚の市街化は相当に進んでいたようです。

そのため、工事の進捗は先が見えないものとなり、

計画決定から工事完了までに50年以上かかったようです。

 

 

踏切が廃止された現在でも、

道路の一部が残されています。

 

 

 

戸塚駅に着きました。

ツカツカ歩いたつもりだったけど、意外に時間がかかったなぁ…。

 

 

 

戸塚駅には郊外電車も停車するため、ホームは2面4線です。

ホームは方向別に設けられているため、

東海道線と横須賀線の同方向乗り換えは次の大船駅よりもスムーズです。

 

通勤・通学のピークは少し過ぎたと思いますが、

さすがは東戸塚の2倍の乗降を誇る駅。人の数がやっぱり違います。

 

 

まだそれほど疲れていないので、

ちょっと腰下ろして次のルートを確認したら、次の駅へ向かいました。

 

 

 

西口を出ると、目の前にこんな建物が。

トッカータでもなければトスカーナでもなく、「トツカーナ」というそうで。

 

駅本体よりも遙かに駅らしい建物です。

この建物を突き抜けると、西口の駅前広場に出ました。

 

 

 

駅前広場を抜けて、東海道に合流しました。

戸塚宿はこのあたりにあったそうです。

 

 

 

東海道は大船を通らず、藤沢までショートカットしてしまいます。

このあたりで東海道から離れなければなりません。

 

 

 

下郷入口交差点を左に曲がり、市道に入りました。

市道は東海道へ向かう車で混雑していました。

 

 

 

緩やかなアップダウンをこなして、住宅地を南へ進みました。

次第に農地も見え隠れするようになりました。

 

 

 

熊野神社前という交差点で左に曲がって、さらに南へ向かいました。

 

 

 

歩道も無い小さな丘を越えたところで栄区に入りました。

 

 

 

まっすぐな道の先に高校が見えてきました。

どっちの駅からも少し離れているから、通学はちょっと大変そう…。

 

 

 

農地も見え隠れする道をさらに南へ下ると、

田谷の洞窟という看板が見えてきました。

 

悩んだ末に行かなかったのですが、

なんでもろうそくの灯りひとつで30分以上かけて歩く修行の場なんだそうで。

こういう感じの洞窟って、東京近辺にはあまりなさそうですよね。

カツカツの予定じゃなかったら見に行きたかったなぁ…。

 

 

その2へ続く

 

 

東戸塚駅から戸塚駅先までのGPSログ(1/60,000)です。

 

このあたりは旧東海道も国道1号に寄り添う感じに続いていますが、

所々で脇道に入っているため、旧東海道に沿って歩きたい時は、

あらかじめルートを確認しておいた方がよいでしょう。