「訣別には黄昏れもせず」
「大人になるんだ」
僕はそう言う。
「へえ」
彼はよく分からなさそうに応える。その選択はきっと彼にはまだ早い。
「どうやって?」
利き足がひとつ上にかかる。
向かい合う彼と僕の視線の先には、頂上の霞む高い階段が伸びている。ふたりともその階段を見つめてはいる、だが、視点はそれぞれに違う。
彼は頂上の向こうから照らす太陽に目をしかめ、僕はややうつむき加減に第一段目を捉えている。
「あきらめて……悲しんで……嘆いて。独りに慣れる。ときどきはウソをつく」
あまり良いことはないみたいだ、僕と彼は同時に呟く。鏡のようにふたりの声が反射される。
「あきらめちゃうんだ?」
「そうしなきゃならないこともある。何もかもを持ってゆくことはできないみたい」
「それから?」
「過ぎたことを、過ぎた人を忘れる」
「忘れられる?」
「いつかは、たぶん」
「あんまり楽しそうじゃないね、それ」
そうかもしれない。
でも思い切り生きる。生きていることそのものを楽しもうと試みる。すべての感情を波立たせてみる。
「君は……。いつか、君もそれを決断するときがくる。それまででいい。ひとつ覚えておける?」
「難しいこと?」
「そうでもない。やがて分かることだよ」
「じゃあ約束する」
「君はこれからたくさんの人に生かしてもらうんだ。もし何も出来なかったとしても、そのことだけは覚えておくんだ」
「いかして……よく分かんないな」
「いつかそれが分かる、きっと」
じゃあ行くよ。
背を向けて手をあげる。いくつかの荷物をそこに置いてゆく。砂になるか水になるかは分からない、だが、それが消えてしまうことだけは確かだ。
ほら、もう、その影は薄くなってきた。
「また会える?」
座りこみ、膝を抱えていた彼が立ち上がる。そう。ずっと座ってはいられない。
僕が子供ではいられないように、彼もまた歩き出さなければならない。
そう遠くない未来に。
「君がこの階段を上ってしまったとき、そのとき、また会える」
「たぶん、ずっときっと先だね」
「未来だよ。いつかそのときがくる」
「選ぶんだね?」
「ああ」
僕らは選ぶ。いつも選び続ける。選択肢は多くない。でも、少なくともないわけではない。
「うまくいくといいね」
「まずは死なないように生き延びるよ」
「じゃあ、また、いつか」
「うん」
僕は手を振る。背後の君が小さく消えてゆく。
僕らは、大人になる。
階下で僕を見上げるか細い君は、昨日までの僕の姿に重なった。
君が永遠に子供でいられないことを、いま、僕が一番よく知っている。
明日になれば、君は僕のことを忘れ、立ち上がって歩き始めることを考えているだろう。
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