第二百五十五話 初詣(再び) | ねこバナ。

第二百五十五話 初詣(再び)

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※ 第百二十五話 初詣(十八歳 男 高校生)
  第百四十三話 性分(二十七歳 男 会社員)
  第百六十九話 恨みます(二十八歳 女) 
  第二百三十話 短気には、にゃんこ顔 もどうぞ。


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「やった! 大吉!」

クミが御神籤を開いて、そう叫んだ。
あたしは。

「ねえねえマリちゃん何?」
「えっ、ちょっと見ないでよ」
「いいじゃーんほらー。えいっ」
「やっ、やめてーったら」

クミがあたしの御神籤をふんだくって、開けた。

「わははは、やだーうっそー、なにこれ「小凶」って!」

ああ、まただ。
どうしてあたしは、いっつもこういうのばっかりなんだろう。
この世に生を受けてはや十八年。初詣で御神籤を引くこと延べ五回。
うち、一番良かったのは「末吉」。
あとは「凶」「凶」「大凶」だった。
そして今回は。

「小、小ってなにー! わはははは」

涙流して笑ってるよ、クミのやつ。
あたしは怒って、御神籤をひったくった。

「そんなに笑うことないでしょー、人の御神籤でー」
「だって、ひ、しょ、小って! どんだけ中途半端なのー! わははは」

そんなにおかしいのか。確かに中途半端だけどさ。別に笑いを取ろうと思って引いたわけじゃないもん。

「はあ、なんか受験駄目な気がしてきたよ...」

くらーい気持ちになってあたしが呟くと、

「いやっ、あんた、いけるよ絶対! だってこんなん狙って引けるもんじゃないもん! 何か持ってるなあんたは。うん」

涙を拭きながらクミはあたしの肩を叩く。ほんまかいな。

「持っててもさー。いいほうのものって限らないじゃん」
「そうだけどさ。いやいや大丈夫! あんたは今あたしを幸せにした! だから間違いない! あんたは何か持ってるって。うん。ぷぷっ」

って、言ってるそばから吹いてちゃ、なんだか信用ならない。
クミと別れて、あたしはとぼとぼと歩いて、家に帰ることにした。

  *   *   *   *   *

「今は随分簡単になったじゃない、受験。あたしのときなんかね...」

ママはそう言って、自分がどんだけ大変だったかをとうとうと話すんだ。
でもさー、そりゃ時代によって違うでしょ。あたしだって別にこんな時代に生まれたくなかったもん。
大学卒業したって仕事が見つかるかわかんないし。だいいち、大学でなに勉強しようとか考えてないし。ただいけそうな大学のいけそうな学部に入ろうって、それだけだし。
そんなんじゃ駄目だってパパは言うけどさ。いまいちわかんない。あたしみたいなのが、社会の役に立つんだろうか。
彼氏もないお金もナイ希望もナイ。あるのは不安と受験対策の参考書だけ。あたしの十代後半、こんなんで過ぎていくのか。

「はあ」

暗い夜空に、もわっと息を吐き出した。
街灯のあかりが、ぶぶぶぶって瞬いて、息をフラッシュみたいに、照らした。

「うう寒っ」

マフラーを顔に巻き付けて、あたしは歩いた。
それにしても暗いな。神社に行くとき、こんなに暗かったっけか、この道。
なんて思って歩いていると、

「...あれ?」

道のむこうに、焼き鳥屋の提灯みたいな、赤いあかりが見えてきた。
あたし、道間違ってないよね? でも来る時あんなのなかったよね?
いきなり不安になってきょろきょろしたけど、ほぼ一本道だし、間違えようがない。どうも気になるそのあかりを見ながら、あたしはとぼとぼ歩いた。

「なんだこれ」

近くまで来て、驚いた。
赤い提灯は、なんと、猫の形だ。
真っ赤な招き猫が、そのまんま提灯になってる。
提灯は真っ赤な鳥居の脇にひとつずつあって、その奥にはこれまた真っ赤なお宮がある。脇には狛犬?みたいなのもちゃんといるし、ちいさな賽銭箱も置いてある。
こんなとこに神社あったんだ。せっかく来たんだし、いちおお願いしておくか。
あたしは財布から小銭をてきとうに掴んで、賽銭箱に放り投げた。

じゃらじゃらじゃら

ぱん、ぱん

「志望校に、受かりますように~。そしてハッピーな大学生活が、おくれますように~」

「ハッピーながくせいせいかつ、かいな」
「そうそう」
「ハッピーってどんなんや」
「えー、よくわかんないけど」
「わからんのかいな」
「うん」

って、誰!?

「わからんでお願いする人も珍しいな」

どこ、どこ?

「ほれ、ここや」

あたしは足元を見た。

にゅうっと、あたしの顔の前に突き出されたのは。
ピンクの肉球。

「もちっと奮発してえな」

「どひゃっ!!」

あたしはのけぞった。そして自分のリアクションに呆れた。なんだこれ。

「なに驚いてんねん。君の時代遅れなリアクションのほうがよっぽどびっくりやで」

そこに突っ込むのか。やるな。
いやそうじゃない。あたしの足元にいたのは、猫だ。茶トラのでっぷりした猫。
その猫が、二本足で立って、ひらひら紙の付いた棒を持って、しゃべってる。

「ねっ、猫がしゃべった」
「いかんのかいな。iPad でも猫用ゲームが発売されてんねんで。そら猫もハイテク化するがな」
「いやそうじゃないでしょ」
「まあええわ。そいで、君、そのハッピーながくせいせいかつ、それを叶えたいちゅうわけやな」
「うん、まあ、そうね」

なんか、この猫とふつうに会話してる自分が気持ち悪いんだけど。
でもかまわずに猫はしゃべってくる。

「まあそうねって、熱意がないなあ、熱意が」
「だってそんなもん、もともとないもん」
「そんないいかげんなお願いは、かなえられへんな~」
「えーそんなー」

だめって言われると、なんか惜しい気がしてくるのがニンジョウってもんだ。あたしは拝み倒した。

「ねえっ、お願い! あたし、今までいっかいもまともにお願いが叶ったことないのよ」
「さよか」
「さよさよ」
「なんやそれ」
「もう何でもいいの。とにかく、かなえてちょうだい! おねがいっ」

ぱん、ぱん。

「こっ、こらちょい待ちいや。わしは神さんやあれへんがな」
「あれ、そうなの」
「せや。わしはイナリガミさんの眷属や。ケンゾク。わかるか?」
「あーあれ? ボディーガードみたいな」
「微妙に違うな...まあええわ。せやからな、わしにお願いしてもあかんで。イナリガミさんにお願いせんと」
「あー、これおいなりさんなんだ。ねえねえ、あんたやっぱりあぶらげ好きなの?」
「そらそれなりに...ってちゃうわい! 正一位の神さんになんちゅうことを...」
「そんなん知らないもん。お願い叶えてくれればなんだっていいんだもうん」
「罰当たりな子やな~。じゃあ、ほれ」

猫は、また肉球をにゅっと、あたしに突き出した。

「なに、握手?」
「そうそう、お~て~て~、つ~ないで~、ってちゃうわ! お金やオカネ。ギブミー・マネーやがな」
「え~、そうなの」
「そらそうや。お願い叶えんのにもな、いろいろ必要経費があんねんで、電気代に電車賃に文房具に」
「なんか嘘くさいな...」
「だあっ! もうええわっ。信じない子は、カミサマ、シリマセーン」
「わあ、嘘うそうそ! 信じてますよう」
「ほんまに」
「ほんまにほんま」
「さよか...ほんなら、カナエテッ、アゲマショー」
「わーい」

あたしはバンザイして喜んだ。って、なんか妙な絵だねこれ。神社でバンザイする女子高生と猫って。

「ふむ、君は運がええで。ただいま、猫稲荷神社大感謝祭、開催中や」
「えっ、なにそれ」
「まあ、細かいことはええやろ。ようするに、君は運がええっちゅうこっちゃー」
「わー、やったぁー」
「ほんなら、ほれ、千五百円」

猫は肉球を開いて、じっとあたしを見る。あたしは財布をごそごそ捜して、千円札と五百円玉を取り出した。

「ああ、これ、来週のCD買うはずだったのに」
「そんなんいつでも買えるがな。ほれほれ」
「しょうがないなあ...はい」
「へへへ、まいどおおきに~」

後ろのほうにお金をごそごそしまうと、猫はひらひらのついた棒を高く掲げて、叫んだ。

「では、カナエテ、アゲマッショー」
「やったー」
「ってほら、正座や正座」
「えっ、正座なの」
「あたりまえや。神さんを何だと思てんねん」
「足いたいよう」
「ちっとの間や。辛抱しなはれや」
「はぁい」
「ほな、いっくでー」

猫はぶんぶん棒を振り回して、正座したあたしの周りで踊り始めた。

「ハッピー、ッテ、エイゴダヨー、ダイガク、ッテ、イモト、チガウヨー」

妙な呪文だな。って、こういうの呪文っていうんだっけ。

「ラキラキ、オイナリ、ダイ、カンシャサーイ」

大丈夫かなほんとに。あたしのせんごひゃくえん。

「はい質問ですっ」

と、猫があたしに言った。

「はっ、はい」
「今日ひいた御神籤、出たのは何っ」

「えっ、えっと、あれ、凶」
「凶?」
「ああちがった、あのね、小がつくの。小凶」
「小凶!」

猫は飛び上がった。

「そらすごいわっ! あんた、ええもん持ってるで!」
「えっ、そうなの」
「そう、ネコ、ウソツカナーイ」

いかがわしい。

「ほな、いっしょに唱えるんや。ええか」
「あ、うん」

「こまったときには、にゃんにゃんにゃん!」
「にゃんにゃんにゃん!」
「イイカゲ~ン、イイカゲ~ン」
「イイカゲ~ン」
「ウラミマァ~、スッ」
「スッ」
「マターリシテ、イラッシャ~イ」
「イラッシャ~イっ」

どっかで聴いたような。

「願いは叶えた! さらばじゃ~~~」
「えっ、ちょっとっ」

びゅうううううううう

強い風が吹いてきて、あたしの周りの落ち葉を巻き上げた。

「うわっぷ」

そうしてその風がおさまった時。
猫のすがたは、どこにもなかった。

  *   *   *   *   *

そして受験当日。

「やばい、遅刻する」

あたしは思いっきり寝坊した。
前の日夜遅くまでだらだら勉強、というか、ア◎ーバピグしてたのがいけなかった。
あたしは走った。あのバスに乗らなきゃ。

「ああっ」

ぷしゅ~~~

バス、バス行っちゃった。どうしよう。
そうだ、タクシー拾おう。

「タクシー! タクシーってばっ」

手を思い切り挙げても、道ゆくタクシーの数は少ない。
ああもう、早く停まってよう。

と、その時。
タクシーじゃないクルマが一台。するするっと寄って来た。

「乗ってく?」

と声を掛けたのは、軽薄そうな若い男の人だ。
えっ、ひょっとしてナンパ?

「あの、あたし、◎◎大学まで行きたいんですけど」
「ああ、いいよ。乗っけてあげるよ」
「ほんとですか!」
「うん、ちょうど通り道だしね。ああ、そうでもないか。まあいいや」

適当な人だなあ。
兎も角、こうなったら一か八かだ。あたしは後ろの席に乗り込んだ。

「受験生?」
「あ、はい、そうです」
「そうなんだ。まあ気楽にやんなよ。焦ってもいいことないよ」

その会社員ぽい男の人は軽い感じでそう言う。
なるほどねえ。確かにそうよねえ。
すると、ぴりりりり、と、ダッシュボードのホルダーに置かれたケータイが鳴った。ヘッドセットを付けてるっぽい男の人は、ぽち、とボタンを押して話し始める。

「はいはい、マキシマくんですよ~」

なんだこの軽さ。

「え? ええ。今向かってます。はい。いいじゃないですか少しくらい遅れたって。大丈夫大丈夫。あ、また電話しまーす、はいはいー」

と、さっさと電話を切ってしまった。あたしは心配になって、

「あのう...ほんとに、いいんですか?」

と聞いてみた。するとその人、

「いいのいいの。せこせこしたってさ、どうせ打ち合わせなんて、最初の十分はどうでもいいことばっか話してんだよ」

そういうものなのか。

「ずいぶん、軽い感じなんですねえ」
「えっ、僕? はは、そうかなあ。いつもこんな感じだからねえ」
「そうなんですか、小さい頃から?」
「いや、小さい頃は暗い子供だったよ。大人になっても、ずっと暗いまんまだったねえ」
「へえ、意外です」
「そうでしょ。ある日さ、猫のいる神社に行ってお願いしたらさ」
「えっ」
「なんか、僕、変わっちゃったんだよね~」

うそっ。
あの神社のことかな。

「そんでさ、あのさ、信じられないかもしれないけどさ」
「はい」
「なんか今日ぴーんときてさ。今日はこっちの道やで! って、あの猫が言ったような気がすんだよね~」
「ええええ」
「ダイカンシャサイなんやで~。とか何とか。まあもうどうでもいいけどさ。あはは」

あははって。
ほんとに軽い人だな。
それにしても、あの猫やるじゃん。
これもお願いのうちに入るのかな、やっぱり。

「はい、着いたよ」
「あっ、ありがとうございます」
「いいっていいって。それじゃあね~」

ぶおおおおおおお

男の人は、さっさといなくなってしまった。
あたしは。

「やばい、遅刻遅刻っ」

受験会場に向かって、ダッシュした。

  *   *   *   *   *

大きな教室は、もう受験生たちで一杯だった。
あたしは自分の番号を探して席につき、ぜいぜいと息を整えた。
こんな体調で、できるかなあ。この大学、偏差値ぎりぎりなんだよなあ。

「はい、では問題配ります」

後ろから、学生さんが用紙を配りながら歩いてくる。ああ、どうしよう。きのうピ◎の小△原で釣りなんかしてるんじゃなかった。
困った困った。
こまった。

「こまったときには、にゃんにゃんにゃん」
「そう、にゃんにゃ...え?」

あたしはびっくりして、顔を起こした。すると。
問題用紙を配っていた学生さんが、あたしとおんなじように、びっくりした顔で、こっちを見ていた。

「...え?」
「いえ、なんでもないです」

学生さんは、そそくさと用紙を配りながら行ってしまった。なんだ一体。

「はい始めっ」

ようし、これはわかる、おとといやったとこだ....うん。そんでこれも...あれ、これでいいんだっけな。まあとりあえずね。そいで次...。
ああ、やっぱり出た。この問題。でも答え忘れた。あああああ、どうしようどうしよう。困った。

「こまったときには、にゃんにゃんにゃん」

あ。
あれか。
ええい、もう時間がない。書いちゃえ。「2・2・2」。
ほんで次は...。

...。

...。

「はい終わり-」

あああ、なんとか全部できた。よかった。
あたしはぐったりして、机に突っ伏した。

  *   *   *   *   *

「あの」
「えっ」

お昼の休憩時間、受験会場の外でお昼を食べていたあたしは、いきなり声をかけられた。
あの人だ。問題配ってた学生さんだ。

「はい、なんでしょう」
「君さ、もしかして、猫の神社に行った?」
「え?」
「は、まさかね、そんなわけないよね」
「行きましたけど」
「そうだよねそんなこと...えっ、えええええええ」

なに驚いてんの。って、あたしがいちばん驚いてるんだけど。

「そ、そうなの」
「はい、初詣の時に」
「そうなんだ...じゃああの夢は」
「夢?」
「あ、あのね、信じられないかもしれないけどね」

彼はあたしをじっと見て言う。あたしはドキッとした。

「でっぷりした茶トラの猫がさ、夢に出て来て言ったんだ。あの子の前でちゃんと言うんやで、困ったときには、にゃんにゃんにゃん! って」
「はあ」
「あの神社に猫と、君みたいな女の子が立ってるのが見えてさ」
「へえ」
「僕もさ、一年前の初詣で、行ったんだよ、あの神社に。そしたら受かってさあ」
「そうなんですか!」

やった。すごいじゃん猫。

「でもねえ、なんか気懸かりなんだよね」
「えっ、何がですか」
「いや、夢の中で猫がさ、ダイカンシャサイなんやで~、って叫んでたんだけどさ」
「はあ」
「あれは何だったんだろ」
「ああ、そういえばそんなこと、言ってましたね」
「何が感謝なんだろね」
「さあ」
「へんだよね」
「へんですね」

うぷぷぷ、と、あたしたちは笑った。

「まあいいや。御利益があるかどうか判らないけど、とにかく頑張って」
「はい、ありがとうございます」

うわあ、なんかすっごいいい予感。
猫たのむよ猫。あたしに、ハッピーな、ハッピーな学生生活をっ!

  *   *   *   *   *

「うわ、また遅刻だ」

四月。あたしは念願かなって、あの大学に入学できた。
ほんと、あの猫の、いやあの神社のおかげかもしれない。
とはいっても、案外一年生ってのは忙しいんだ。朝早くから授業があるし、サークルとかもいろいろ誘われたし。
あたしはパンをかじりながら家を飛び出して、大学へと向かった。

いつものバスを降りると、大きなテラスのあるカフェが見えた。ここはわりとおサレな学生がたむろするところなんだ。
あたしはたまに、ここで、受験のときに声をかけられたあの先輩を見かけることがある。
入学してからまだ一度もしゃべったことないんだけど。なんか純粋そうで、よさげな人なんだよなあ。
走りながらテラスに目を向けると、あっ、いたいた。先輩。
何してんのかなあ。本とか読んでるのかなあ。
声かけちゃおうかな。いいよね別に声かけるくらい。
あたしは、そろりそろりと階段をあがって、テラスにいる先輩へと近付いてった。
ああでもなあ、君誰だっけ?とか言われたらどうしよう。
ええいもういいんだそんなこと。
行くったら行くのっ。
先輩の背中が近付く。ああもう心臓バクバクだ。

どうしよう。

かみさま。

ふと、先輩が振り向いた。

「...あ」

そのとき。

「呪ってやるうううううううううう」

先輩の隣のテーブルにいた女の人が、思い切りおっきな声で叫んだ。

「うわあああっ!!」

先輩はびっくりして飛び上がって。

あたしに。
抱きついた。

「えっ」
「あっ、あの」

あたしと先輩は顔を見合わせて。
そして、叫んだ女の人を見た。
女の人は、こちらをきょとんとした顔で見て。

「....何なの一体」

首を傾げながら、テラスを降りていった。そして。
くるっと振り向いて。

「...猫?」

と、訳の判らないことを言った。

「何だろうね、あの人」
「さあ」
「あっ、ごっ、ごめん急に抱きついて」
「ああ、いえあの、だだ大丈夫です」
「あ、君さ、あの受験のときの」
「そう、そうです!」

なあんと、ここで話が弾んだのだ。
幸先良すぎるあたしの学生生活。
それもこれも。
あの神社のおかげ、かな。

  *   *   *   *   *

「ふんふふんふふ~ん」

あたしは先輩とデートの約束をとりつけて、スキップしながらの帰り道だ。

「マリちゃん、やっぱあんたは何か持ってるわ~」

あたしの得意げな報告メールに、クミからこんな返信が来た。
猫神社やるなあ。千五百円でこれは、お得じゃないの。
あ、でもこういう時って、お礼参りとかすんだよね。ちゃんとお礼しないと、あとで祟りとかがあるかも。
まあ、あの猫の祟りじゃ、あんまし怖くないかもね。そんなことを考えながら、あたしの足は、自然とあの神社に向かっていた。

あったあった。招き猫の提灯。真っ赤な鳥居。
そこに立つひとりの男。

...男お?
あの曲がった背中。どっかで見たような気が。

そおっと近付いて、あたしは叫んだ。

「...パパ!」
「えっ、何だ何だ、マリじゃないか」
「こ、こんなとこで何してんのよ」
「マリこそ何だ」
「いや、それはあの、ちょっと」

びっくりだ。どうしてパパがこんなとこに。

「ねえ、パパはどうしたのよ」
「え、いやなに、お参りだよお参り」
「ここに?」
「そうさ」

にかっとパパは笑った。ほっぺについた、猫のひげみたいなアザがしわくちゃになる。
昔パパはすんごく怖い人だった。だからあたしとママは、少しの間パパと別居していたことがある。
それがいつのまにか、すんごく優しくてかわいい人になっちゃって。
友達からは「キモッ」って言われるけど、あたしは今のパパが好きだなあ。

「なんでここでお参りしてんの」
「いや、それは、なんというか、俺の立ち直りのきっかけ、というかさ」
「へえ」
「行き詰まってるときに、ここに来たんだよな。そうしたら道が開けてさ」
「へええ」
「もっとも、昔はここじゃなかったんだ。もっと北のほうで、ずいぶんへんぴな場所にあったんだよ」

「辺鄙でわるうござんしたねえ」

「うわっ!」

足元に、いつのまにか、いた。
あの猫が。

「なんだ、いるならいると」
「さっきからおるわい。君らが気付かんかっただけやないかい」
「はあ」
「ねえパパ、パパん時もこの猫いたの」
「ああ、そうだ、あん時と変わらないメタボ腹だな」
「ぼよよよ~ん、って違うやろ! 失礼なやっちゃな」

いちいちノリツッコミする猫も珍しい。

「さて、娘よ」
「は、はい」
「君、ハッピーなガクセイセイカツ、送れてんのんか」
「あ、はい、まあ」
「まあて何やねん。イエスかノーか」
「い、イエス」
「さよか~。ほな、奮発してえな」

にゅう、と猫が肉球を差し出す。

「えっ、今日は大感謝祭って、夢ん中で」

パパがそんな事を言う。

「せや。ダイカンシャサイやで。ダイカンシャサイちゅうのはな」
「はあ」
「君らが、わしらに、カンシャするんや!」
「はあ?」
「それのおかげで、ほれ、あんたの娘は、え~え感じにエンジョイしてるやないかい、ガクセイセイカツを!」
「はあ...」
「ちゅうことや。ほれほれ、奮発しなはれや」

パパは渋々、財布から千円札を取り出した。

「ちゃうちゃう、ヒデヨくんやなしに、イチヨーちゃんや、その奥にあるやつ!」
「えっ、こ、これは俺のタバコ代...」
「タバコは健康に良くないねんで。ささ、これを機会にキンエーン!や。どや」
「...はあ」

と、パパは残念そうに、一葉さんを肉球の上に置いた。

「へへへ、毎度」
「ねえねえ猫さん」

あたしは不安になって聞いた。

「っってことは、よ、あたしもいつか、誰かのために、大感謝祭、やらなきゃいけないの?」
「それはどうかな~。ワタシニモ、ワカリマセーン」
「そんなああああ」

「ではっ、さらばじゃ~~~~」

びゅううううううううう

風が舞って、猫が消えた。

後に残された、あたしとパパは、

「は、はは、ははは....」

引きつった顔で。
笑った。



おしまい




いつも読んでくだすって、ありがとうございます

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