第百二十五話 初詣(十八歳 男 高校生) | ねこバナ。

第百二十五話 初詣(十八歳 男 高校生)

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「ぶは~~~」

人混みを掻き分け、ようやく僕は、ごった返す参道から逃れることが出来た。

合格祈願にと、このあたりで一番有名な神社に来てはみたものの、寒い中二時間も並んだというのに、お賽銭を放り投げて柏手を打とうとしたら、どやどやと脇に押し出されて、はい、終了。おみくじもお守りも買えなかった。こんなんじゃ先が思い遣られる。
カップルや家族連れで初詣に来てる人達は、楽しそうだ。酔っぱらって真っ赤になってる大人もいる。お正月ってのは、こんなふうに明るく迎えるものなんだろうと思う。
それにひきかえ僕ときたら...。お盆もクリスマスも大晦日もお正月もなしで、勉強ばっかりの毎日だ。

「おー、おめでとう」
「今年もよろしくな。わはははは」

あんな明るい声を聞いているだけで、どんどん気が滅入っていく。
賑やかな表通りをあとにして、僕は足早に、家へと急いだ。

  *   *   *   *   *

とぼとぼと帰り道を歩いていると、雪が降り出した。
時折、ひゅう、と雪まじりの冷たい風が吹き付ける。手と足がかじかんで来た。
何処かあったまれる場所はないだろうか。きょろきょろと辺りを見回してみる。

すると、住宅街の路地の突き当たりに、ぼんやりと提灯の明かりがふたつ、ゆらゆらと揺れているのが見えた。
その赤い光に、僕は何故か、ふらふらと吸い寄せられるように歩いていった。

提灯の明かりが点されていたのは、小さなお社だった。
赤い鳥居が建っているのでお稲荷さんかと思ったら、お社の両脇に鎮座ましましていたのは、なんと猫だ。ちゃんと阿吽の顔をしているけれど、怖いんだか可笑しいんだか判らない、微妙な表情をしている。
まあこれも何かの縁だろう。僕は財布から五円玉を取り出し、賽銭箱に放り投げた。そうして、

ぱん、ぱん

と柏手を打つ。
心の中で、念じる。

「志望校に、合格しま...」

「足りひんわ」

え?

「これっぽっちじゃ、かつおパックも買えへんがな」
「な」

足下で何かがダミ声で呟いた。
驚いてそこを見ると、茶トラ模様の大きな猫が、どっしりと僕の靴の上に座って、こちらを見ていた。そして、

「もちっと奮発してえな」

「うわっ!!」

喋った。
僕は吃驚して飛び退いた。猫は悠然と座り直すと、僕を呆れたような目で見た。

「何や、猫神さんにお参りに来たんやろ。そんな驚かんでもええやんか」
「ね、猫が、しゃしゃしゃ喋ってる」
「当たり前や。わしは、ここの猫神さんの眷属や。ケンゾク。な。判るか?」

僕はぷるぷると首を横に振った。

「まあええわ。あんな、どんなお願いするか知らんけどな。今時、そんなちっさい金額では、神さんだって願い聞いてくれへんで。世の中不景気やさかいな」

なんでこの猫関西弁なんだ。しかもなんかガメツイぞ。

「ほれ、先行投資やと思うて、わしに猫缶でもおごってんか。あしたの快便くらいは保証したるさかい。ほれ」

そう言って猫は右手を差し出す。

ぺしっ。

僕は腹が立って、差し出された猫の手を叩いた。

「ひゃっ、痛いイタイがなもう。何すんねん」
「何すんねんじゃないよ。なんで僕が猫缶おごんなきゃいけないんだ」
「せやから、わしは猫神さんの」
「眷属だろうがケイゾクだろうが、僕にゃ関係ないんだよ。僕は神様にお参りしに来たんだから」

猫は頭を振って、大げさに嘆くようなふりをした。

「かあっ! 甘い! 甘いわあもう最近の若いもんは。ええか、本丸を落とすにゃ外堀から埋めんとあかんねんで。眷属ちゅうたら神さんの使いや。な、わしら眷属の覚えがめでたいと、そらあ話も早うなるわけや。社会に出たら常識やでこんなもん」

そんなこと言われても、僕は猫に餌をおごる気はない。

「あっそ、じゃあ帰るよ。もうさっきお参りはしてきたんだから」

僕がぷいっと背を向けると、猫は先回りして僕を押し止めようとする。

「わかったわかったわかったがなもう。怒らんといてや。今年初めてのお客さんやさかい、逃げられるとわしらも困んねや」
「お客さん?」

猫は急に小声になって、僕の耳元で囁いた。

「ここだけの話、わしらにもノルマちゅうのがあんねん。ノルマ達成できひんと、来年以降の昇進に響くしな。そら必死やでもう」
「ふうん」
「わしここ三年続けて成績不振やねん。な、百円くらいでええから、入れてくれたら、色々サービスするさかい」

どうやら猫の世界も大変らしい。何だかこの猫が憐れに思えてきた。

「判ったよ。ちょっと待って」

僕は財布から百円を出して、賽銭箱に放り投げた。
それを見た猫は、溜息をついて言った。

「なんや、あのな、百円くらい、ゆうたら、せめてもちっと色付けてくれんと」

僕は思いきりムカついた。

「何だよ! 可哀想だと思ったから入れてやったのに。もういいよ帰る」
「ああもうすぐ怒るんやな。冗談や冗談やって」

と猫は僕を押し止める。

「もうお金はないからね」
「判ってるがな。トータル百五円入れてもろたんやから、それなりに願いを叶えてあげんとな」
「えっ、そうなの?」
「当たり前やがな。猫神サン、ウソツカナーイ」

これはひょっとしてギャグのつもりだろうか。僕は無視して続けた。

「でもさ、それなりにってのが気になるな」
「そらそうや。物事には相場ちゅうもんがあんねん。しかし願いの内容によって相場も変わるさかい、そこらへんの加減はわしに任せてもらわんと」
「そうなんだ...」

どうも信用できない、というか、信じられない。
でも、どうせ神頼みなんてものは、そんなものかもしれない。ここはひとつ、お願いしてみるか。

「あのさ、僕、第一志望の大学に、合格したいんだけど...」
「は、合格?」

猫は眉を顰めた。

「合格ちゅうことは、どういうこと? もうちょっと具体的にゆうてくれんかな」
「具体的に?」
「せや。合格するためには、何が必要なんや?」

具体的に...って、言われてもなあ...。

「ええと...つまり、そう、入試で点数が取れるように、ってことかな」
「入試で点数ねえ...。まだ漠然としてるわ。具体的にやな、点数取りたいのは、どこやねん」
「どこって...」

そんなに絞り込むのか。まあ百五円だから、仕方ないのかな。

「うーんと、数学IAの...平面幾何の証明問題...かな」
「うむ、よろしい」

猫は少し偉そうに、腕組みをした。そして、何処から出してきたのか、棒に白いひらひらした紙をつけたのを持って、振り回しながら踊り始めた。

「ふ~にゃふにゃ、ふ~にゃふにゃ、ゴウカクキガンでヘイメンキカ~、ニュウシでショウメイ、ふ~にゃふにゃ」

僕には巫山戯ているようにしか見えない。
やがて猫はぴたりと立ち止まり、僕のほうに、棒の先のひらひらを向けて、厳かに言った。

「よいか、今から言うことばを、忘れるでないぞ」
「は、はい」

ごくり。
僕は唾を飲み込んだ。
猫は、息を大きく吸い込むと、大きな声で、叫んだ。

「困ったときには、にゃんにゃんにゃん! はい、リピート、アフター、ミー」
「こ、こまったときには、にゃんにゃんにゃ...え?」

「願いは叶えた! ほな、さいなら~~~~~」

ぶん、と猫が棒を振り回すと、白い紙切れがひらひらと舞った。
それは雪のかけらとなって、僕の周りに降り注いだ。
その様子に目を奪われ、はたと気付くと、猫はもうそこにはいなかった。

「な、何なんだ一体」

僕は思わず、その場にへたり込んだ。

  *   *   *   *   *

「ぐーっ、わからん」

僕はセンター試験の会場で、唸っていた。
やっぱり出た。苦手な図形の問題が。
ちゃんと準備した積もりなのに、いろいろ覚えた積もりなのに、苦手なものは苦手なままだ。
他の問題はだいだい出来た。あとはこれだけだ。なのに。

「あと三分」

時間がない。額に脂汗が滲んでくる。
どうしよう。困った。

困った。

困ったときには。

「にゃんにゃんにゃん」

「なぬ?」

試験官が振り向いた。
周りの受験生も僕をじろりと見た。
やばい。思わず口に出してしまった。

「あっ、いえ、なんでもないです」

試験官は怪訝そうな目を僕に向け、また前を向いて歩き出した。
もうしょうがない。これを書くしかない。
僕は、残った三問のマークシートを、

「2・2・2」

と、塗り潰した。


きーんこーんかーんこーん


「はい、時間です! 鉛筆を置いてー」

試験官の声が会場に響く。僕はぐったりして、机に突っ伏した。

  *   *   *   *   *

「五・九・六・二....あ、あ、あった!」

僕の番号が、あった。
掲示板の合格者番号の中に。
僕は思わず両手を突き上げた。

「お、受かったか! やったな!!」

ラグビー部らしい人達が僕を取り囲んで、胴上げを始めた。
僕は空中に放り投げられながら、幸せだった。

本当に紙一重だったのだ。
センター試験の自己採点は、志望大学の合格ラインぎりぎりだった。二次試験も、はっきり言って自信が無かった。でも、受かった。合格したのだ。
思えば、あの数学の問題、「2・2・2」と適当にマークしたあの回答、三つのうち一つしか正解していなかったのだ。しかし、あのひとつの正解が、もしかしたら合否を分けた点だったのかもしれない。
今までの苦労が報われた気がして、僕は飛び跳ねるように家路に就いた。

住宅街にさしかかり、僕はふと路地の奥を見た。
その突き当たりに、ぼんやりと提灯の明かりがふたつ、揺れている。
そうだ、確かここだった。僕は吸い寄せられるように、ふらふらと明かりの方へ歩いた。

赤い鳥居に、阿吽の猫。やっぱりここだ。
僕は財布から百円玉を取り出し、賽銭箱に投げ入れた。
そして、ぱん、ぱんと柏手を打ち、心の中で呟いた。

「おかげさまで、合格できました。ありがとうございます...」


「御礼やったら、もちっと奮発してえな」

「うわっ!」

吃驚して飛び退いた。賽銭箱の陰からは、あの猫がのそのそと出て来た。

「な、なんだ、いたんだ」
「いたら悪いんかいな」
「いや、そんなこと...」
「ほれ、願いが叶ったんやろ、奮発や奮発」

そう催促されると、どうも素直に出したくなくなる。

「あのねえ、叶ったっても、一問だけなんだけど」
「三つのうち一つやんか。三割打者や。往年の掛布みたいなもんやで。それで見事合格やろ、めでたい一発、ランディー・バース級のホームランや!」

誰のことを言ってるのかさっぱり判らない。
でもまあ、合格したのは事実だしな。ご祝儀のつもりで、少し奮発するか。

「じゃあ、これ」

僕は五百円玉を猫にちらりと見せ、ぽんと賽銭箱に放り投げた。

「なんや~。硬貨もええけどな~。も一つマルが付けば一葉さんやんか。あ、諭吉さんでもええんやけどな~」

僕は呆れた。

「何だよそれ。もういいよ、帰る!」

ぷいっと怒った振りをしたものの。

「毎度おおきに~。また来てや~」

と叫ぶ猫の声に、僕は思わず笑ってしまった。

「あははははははは」

僕はたぶん、
また猫神さまに、お世話になるに違いない。



おしまい






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