精神科医と薬、エイジング | kyupinの日記 気が向けば更新

精神科医と薬、エイジング

前回、オーディオのエイジングについてアップしたが、実は、「薬を処方すること」についてもエイジング現象があるように思う。過去ログではそれに近い内容をいくつかアップしているが、いかにもオカルトと思う人もいたかもしれない。

効果がそれほど強力ではなく、しかも副作用が比較的出るタイプの薬物は、発売当初、患者さんに投与した時、なんとなく馴染まず副作用が出すぎて連続で失敗する傾向がある。または全く効果が見えないというパターンもある。

例えば2007年1月20日の過去ログから、
エビリファイの定着率が数%と言っている友人は、エビリファイで患者さんが次々と保護室送りになったなどと話していたが、あながち大げさではない。

などと書いている。また、どこの過去ログか忘れたが、ある薬を使い始めたら、いきなり5連敗くらいで始まったなどと書いたこともある。上のエビリファイで数%と言っていた友人だが、さすがに今はそんなことはないと思う。エビリファイを使わない精神科医なんて、ほとんどいないと思うよ。

精神科医がその薬を効果的に扱えるまでに、たぶんエイジングのようなもの?が必要なのである。

そういう風に考えると、発売前の臨床試験で有意差を持って効果が見られなかったのに、発売後に非常に評価が高くなる薬(ジェイゾロフト)の説明がつく。

これはエイジングが足らないので、効果が発現しにくいのであろう。特にジェイゾロフトはSSRIの中では比較的、癖がないタイプなのでなおさらそうなりやすいように思われる。

そういう点で、リフレックスは臨床試験で有意差が出たという点で偉大だ。これも前評判が良かったと言う精神科医の心理的なものもいくらか関係しているように思う。

このように考えていくと、その精神科医が使ったことがないような薬がそうそう効くわけがないとは言える。

例えば、過去ログで「ルーランは非常に良い」と言う医師は経験が長く、腕も確かな人たちだったことを触れている(参考)。腕が良くてもルーランを使わない医師もいるので、そういう人はまた少し別な気がする。

ルーランを使い慣れない医師が処方しても、ルーランの1㎎や2㎎で劇的に効くわけがなかろう。これはエイジングが足りていないのである。(例えば、この子のような改善は難しい)

過去ログで「カタプレスは切れ味鋭い」という記事をアップしている。僕はある時、施設の患者さんをまとめて受け持つようになったことがある。これはいくつかの施設に分かれており、患者さんの診断は自閉症、知的発達障害、てんかんを伴う知的発達障害が多かったが、全て成人しているような人たちであった。

ある自閉症の患者さんは、時々パニックを起こしガラスを割るという行動異常がみられていた。しかしカタプレスを1錠追加しただけで、全くガラスを割ることがなくなったという。あまりの変化に施設の人は唖然としたらしい。また、妙なタイミングで叫ばなくなったという。

トゥレット障害?の人。
彼は下品な言葉を時々発していたので、いかにもカタプレスが良さそうである。この人は成人後にこの症状が出てきたらしい。これは過去ログにこのような人の症例発表をしたことがあると書いているが、その人は普通のサラリーマンでありそれまで精神科には縁がない人だった。しかし、今回は知的発達障害を伴っているのが大きな相違である。成人してから症状が出現したのは似ている。このような人は定義的にはトゥレット障害とは言わない。

前医が何故カタプレスを使ってみなかったのかは謎である。

この人にもカタプレスを処方したら、ぴったりその悪言が消失したという。これも看護者が大変に驚いたらしい。

カタプレスがこのように切れるのは、もう20年以上カタプレスを時々使う機会があったからであり、カタプレスを使わない医師が処方しても、同じ結果になったかどうかはわからない。

リフレックスのテーマの中でも書いているが、この薬はなんとなく欠点がつかめて来ているので、良い薬ではあるが誰も彼も使うことはない(参考)。特に全面的に希死念慮が出ている人は危険である。なぜならセロトニンの作用が決定的なことをするからである。

実際、リフレックスの市販直後調査(平成21年9月~)の中間報告(平成21年11月6日現在)で、自殺既遂が4名出ている。自殺既遂以外の比較的人数が多い重篤な有害作用は痙攣(4名)であった。母集団が不明であるが、11月6日時点ではそこまで多くの人には使われていなかったように思う。

たぶん、従来の薬に比べ希死念慮のある人にも使いやすいという評判だったので、十分に自殺の危険のある人にも投与されたことも無関係ではないと思う。こういう人はセロトニンに関係がない薬の方がよりリスクが低い(参考)。アナフラニールの点滴治療は例外的にそれほど悪くない。

自殺は治療しようがしまいが一定のリスクはあるものだが、無治療の方がもちろん危険である。これは救急外来に搬送される自殺未遂の人たちがあんがい精神科にかかっていないことを見てもわかる。

リフレックスは極めて切れの良い薬であり、最初から劇的に効くケースも稀ではない。

リエゾンで事故で全身を打撲しあちこち骨折した老齢の女性を診ることになった。彼女は骨折はもう完治していたが、疼痛が酷く昏迷模様になっており、全く食事を摂らないという。瞑目したままほとんど動けずこれから経管栄養をしようかという状況である。リハビリもできない。薬はなんとか飲ませられるという話であった。

そこで、リフレックスを7.5㎎だけ処方してみた。(半錠)

看護者の話ではリフレックスを開始後、2日目に突如はっきりと目を醒まし、良く喋るようになったという。また食事を半分くらいは食べるようになったので、このまま上がり過ぎないかと心配し、3日に1度ずつ服用させることにしたらしい。

1週間目に病棟に行ってみたら、ベッド上で老眼鏡をかけて新聞を読んでいたのでこちらもびっくりした。リフレックスはこのくらい切れる人もいる。(彼女は今はリハビリも受けられるようになったらしい)

リフレックスは効果の点で少し複雑ではあるが、非常に有用な薬であるのは間違いない。

ただ僕の場合、リフレックスを発売前から使ってはいなかったが、このブログにずっと以前からエントリをアップしてきていたので、その効能とか作用機序が頭に入っていたため、エイジングがほぼ終わっていたのかもしれないと思う。(いきなり苦戦した感じではない。眠さ、夢についても)

そういう風に考えると、パキシルやデプロメールを処方する際に、内科医と精神科医ではかなり効果が違うことが理解できる。これは臨床的にはよく言われていることであるが、この謎を説明するものの1つはたぶんエイジングなのかもしれない。

このようなオカルトな話は、オーディオや精神科医の薬だけでなく、たぶんあらゆる医療の分野や、製造業のような業界にも存在していると思う

例えば、心理療法家のカウンセリングだって、頭だけでわかっていても治療効果は十分には出にくいのではないかと思う。ある手法があり、それを理解したつもりでも、患者さんの疾患理解が伴わないと細かいバリエーションには対応できそうにない。レシピだけ憶えても、実用にならないといったところだ。

それは、同じ患者さんなど1名もいないからである。

カウンセリング治療の成功体験を重ねるうちに次第にその治療の正確さを増して行く。また失敗だって経験の1つなのでその後の発展に役立つと思われる。

だから、数年目の心理療法家と20数年経験のある心理療法家が同じなわけがない。

どうもこの業界(精神科医)は、5年目くらいになるとなんでもできると勘違いするところがあるが、理詰めで理解できないことや説明し難い部分はたくさんあるのである。

なぜこんなことを書くかと言えば、卒後5~6年目頃、そんな風に僕が思っていたからである。

参考
非定型抗精神病薬の病状悪化率
精神科受診マニュアル(上級編)
待合室の若い女性患者
リフレックスを中止する人は・・
希死念慮の謎