ウェールズの人の発症、寛解のパターン(前半) | kyupinの日記 気が向けば更新

ウェールズの人の発症、寛解のパターン(前半)

その女性患者は他の精神病院から依頼があり、うちの病院で治療することになった。だから僕が診察するようになったのは偶然である。これはずっと後になって詳細がわかったのであるが、彼女は出産後、体調不良になりずっと不機嫌や軽度のうつ状態があったらしい。そのうち、初診する3年ほど前からうつ状態が酷くなり近所の内科医で投薬を受けていた。

前医の処方(内科)
デプロメール 100㎎
レスリン   25㎎
デパス     1㎎
メイラックス  2㎎
ハルシオン  0.25㎎
レンドルミン 0.25㎎
他、胃薬など


これは典型的なデプロメールで失敗しているパターンである。このような人たちは実はずいぶんといる。

今回、急激に精神変調を来たし、夜中に下着のまま外に飛び出したり「親戚が死んだ」などと訴え、全く落ち着かない状態に至った。最初の精神科病院でジプレキサ10㎎が投与され、そのままうちの病院に初診している。

家族によると1年位前から倦怠感が出現し、思うように動けなくなっていたという。近所の内科で薬は貰っていたがたいした変化はなかった。

そのうち、気候の変化とともに急速に病状が悪化し、最初1ヶ月くらいは気分が落ち込んでいるように見えたという。次第に体の動きが出始めたものの、辻褄の合わない言動や行動が見られるようになった。夜間に薄着のまま外に飛び出したり、いつの間にか県外に出かけている。また「夫の両親が亡くなった」と興奮する(幻聴もある)。家事、洗濯は全く出来ず、24時間誰かが傍についておればなんとかならなくもないが、入院させないと家族は一時も目が離せない状況である。

最初、前医で処方されたジプレキサでいくらか落ち着いているようでもあり、そのまま治療を続けることにした。デプロメールなどは漸減。入院時、本人は自分の状態すら説明が出来ず、全く病識がなかった。

病前性格は、もともと社交的で我を通す方と言う。はっきりした性格であり、いわゆるウェールズの人の非定型精神病性増悪と思われた。幻覚妄想状態というより、軽度の夢幻様状態であろう。退院後、彼女は入院時のことをあまり回想できないのではないかと思った。

入院後も、隙をついて離院しようとする。拒薬がありまともに服薬もしない。時々、泣きわめき家に帰るというが、まとまらない状況では退院は無理であった。フロアでは、他患者の衣類を持ち去り、自分のベッドサイドに置いていたり、時に感情失禁のように泣いたりする。落ち着かず他患者からも苦情が出るため、入院3日目に保護室に入室させた。

拒薬で服薬も確実でないため、トロペロン4㎎を併用で筋注する。しかしまるで手ごたえがなく、むしろジプレキサザイディスを20㎎使う方がインパクトがあるように思われたため20㎎まで増量している。

普通、僕はこのようなウェールズタイプの人にはジプレキサで治療開始することは滅多にない。その理由だが、基本的に彼女たちは躁うつ系の人であるし、「躁うつ系の人にジプレキサを使って失敗した時が酷い」と思うからである。

過去ログでも不自然にギャンブル癖が出たとか、あるいは自殺既遂が起こるかもしれないとか、性的放縦のエントリもある。このような人はジプレキサのために万一、変にアップすると、急激には「はしたない人」になりかねない。(「はしたない」は枕草子を参照)

つまり、裸の王様である。(この人の場合は裸の女王様)

彼女に限れば、初診時に既にジプレキサが使われており、そう悪くは見えないので継続治療をすることにした。

入院2日目
ジプレキサザイディス  20㎎
レンドルミン      0.25㎎


幻聴があるが、以前は全くなかったらしい。またジプレキサは20㎎服用させると、身体をきつがる上、やや呂律が回らない。ふらつきもある。本人は早く家に帰りたいと言う。

ジプレキサはバランスが悪いと思った。この症状の割に副作用が出ている上、彼女には鎮静的でないことが良くないと思ったので、入院3日目にジプレキサを諦め、セレネース液で治療することにした。ジプレキサは彼女の場合、時間がかかりそうなのが良くないのである。

うつ状態はまだしも幻覚妄想は時間がかかると予後が悪くなる。

たぶん、初診時にジプレキサが処方されていなかったならセレネース液を選んでいたと思う。気分安定化薬はあった方が良いと思われたが、リーマスを選びたいところだが、副作用、使い易さ、効果発現の早さを考慮して最初はデパケンRを併用する。病前性格的にはリーマスが良さそうには見える。

入院3日目
セレネース 2A
アキネトン 1A 
筋注 3日間のみ
(これはセレネース10㎎、アキネトン5mgに相当)

内服
デパケンR   400㎎
セレネース液  3ml
(セレネース6mgに相当)


入院4日目
保護室では布団をきちんと片付けて床に正座されている。床のチリを手でかき集めている。「今日、帰るので掃除した」という。ある程度落ち着いているように見えるが、話しているうちに突然伏せて泣いたりする。まだまだまとまらない。

入院5日目
娘が病気になり、毎日、嫁ぎ先に通っていた。次に義理の両親が入院してまた通った。精神的に疲れた。自分ではどこも悪くないと思うのに、なぜここにいるのかわからない。眠くて口が廻らない。退屈なので話し相手がほしい。

少し頭の中が整理されてきているようには思える。不眠があり、ネルボン10㎎を追加する。

入院6日目
ジプレキサを中止して3日目である。夜は眠れなかった。お茶を飲んだのが悪かったのかもしれないと言う。

顔つきは自然な感じになり良くなってきた。入院時のことは「少しわかってきた」と言う。今の様子を見ると、ジプレキサが悪かったとしか言いようがない(←実際、このようにカルテに書いている)

入院7日目
ある程度、落ち着いてきたため隔離解除する。

入院9日目
デパケンR   600㎎
セレネース液  2ml↓
ネルボン    10㎎
レンドルミン  0.25㎎


夜はあまり眠れないと言う。朝は少しふらふらする。少しだるい。動作が緩慢である。食事を摂るのも遅い。看護者の話では、何か音に聞き入っている様子がみられるらしい。今は夫の両親の心配はないですと言う。ややふらつきと倦怠感が出ているため、幻聴が残るもののセレネース液を2ml(4㎎)に減量する。一度だけ、イライラ感を訴えたためアキネトンを1アンプル筋注(5㎎)している。

このような感じだと、セレネースを減量しても次第に落ち着いていくようには見える。躁病的、非定型精神病性の興奮と幻覚が、パラレルというか、連動して存在しているから。

入院10日目
昨日は夢をみた。イライラ感はアキネトンがすごく効いた。不眠が持続することと、セレネースはアカシジアっぽい動きになることから、セレネースを1mlに減量し、コントミンを50㎎併用する。クロフェクトンを50㎎、ヒベルナ50㎎追加してみる。

デパケンR   600㎎
セレネース液  1ml↓
クロフェクトン 50㎎↑
ヒベルナ    50㎎↑
コントミン   50㎎↑
ネルボン    10㎎
レンドルミン  0.25㎎


入院11日目
表情はまあまあ。携帯電話を持ちたいというので許可する。「少し落ち着けないところがありますね」

入院14日目
いつもソワソワして落ち着けないという。クロフェクトン、コントミンはそれほど良いようには見えない。これらを中止しセロクエルを25mgだけ使う。全般がまだ落ち着かないので、リーマスを併用する。セレネース液は中止。

デパケンR   600㎎
リーマス    400㎎↑
セロクエル   25㎎↑
ネルボン    10㎎
レンドルミン  0.25㎎


入院16日目
時々ドキドキしますという。落ち着けない様子。アカシジア様でもあり、セルシンなどを少量筋注している。

セルシン 2.5㎎筋注 2日間

入院17日目
早く退院したいです。昨日はとてもきつかったけど、今日はとても気分が楽です。まだ良く眠れない。夜中に4~5回は目が覚める。今は明るい夢を見ますね、などと言う。不眠については苦痛が強くドラールを追加する。レスキューレメディーを勧めてみた。本人は飲んでみると少し効いているような感じという。

入院22日目
昨日は良く眠れた。顔つきは随分とすっきりしてきた。今はイライラはないらしい。夢をはじめて全く見ずにぐっすり眠れたと言う。幻覚妄想は消退しており、極期は脱しつつある。明日、開放病棟に転床させる。リーマスは600㎎とする。

デパケンR   600㎎
リーマス    600㎎↑
セロクエル   25㎎
ネルボン    10㎎
レンドルミン  0.25㎎
ドラール    15㎎


入院25日目
寝る前だけレスキューレメディーを飲んでいる。今は夢をみません。以前は変な夢や怖い夢を見ていました。今は大丈夫です。副作用はない。

入院31日目
解放病棟に転床以降、落ち着いてきており、概ね寛解状態に至ったため、あと4~5日くらいで退院させることにした。本人にもそう伝えた。本人の希望でドラールをハルシオンに変更する。

デパケンR   600㎎
リーマス    600㎎
セロクエル   25㎎
ネルボン    10㎎
レンドルミン  0.25㎎
ハルシオン   0.25㎎


退院日
すっきり良くなっており表情もとてもよい。残遺している症状は何もない。入院時(亜昏迷の時)のことは憶えていないらしい。今後の服薬指導する。

まとめ
彼女は入院した時は、保護室に収容せざるを得ないほど悪かったが、寛解まではたいして時間がかかっていない。入院後3週間目くらいに概ね寛解状態に至っている。入院期間は40日以内である。

上のように書くと処方変更が多く忙しく見えるが、僕自身としてはそこまで感じなかった。特別なものはなく普通の治療である。

僕が治療する人は、当初、いきなり悪くなることも稀ではなく、マラソンでいうところの、いきなり遅れる感じになる。しかし、そのような流れで悪化する人は結果的にかなり良くなることが多い(バンジージャンプの法則)。この人はそのような悪化はなく、ストレートに寛解に向かった。病状のわりに入院期間は短くなった大きな理由である。

彼女に最も有効だったのは、セレネース液とデパケンRと多めの眠剤(ベンゾジアゼピン)である。リーマスは十分な効果が出てくる前に既に寛解状態に近かったので、そこまでの関与はしていなかったのではないかと当時は思った。(リーマスは効果の発現が遅いため)

レスキューレメディーは極期には使わず、回復期に少しだけ使っているが、効いていたのかどうか微妙なほどである。

彼女の発病、増悪、寛解の流れをみると、出産以後、わずかな精神変調を来たし、更年期に増悪し、その後、決定的なカタストロフィを経て専門治療を行い寛解に至っている。

ウェールズの人の非定型精神病状態の良くなるパターンだが、彼女のように劇的な寛解・治癒の流れになることが多い。

更年期~老年期に幻覚妄想が出てきて、こじれてしまう人は彼女のような病前性格ではない人の方が多い。だからといって、こじれてしまう人が統合失調症と言うわけではない。更年期~老年期は器質的色彩とは言え、人により病巣の所在が違うのではないかと思われる。また、ウェールズの人が必ずこじれないと言うわけでもない。つまり治療の仕方も重要である。

発病当初から積極的に治療することは重要であるが、彼女の場合、専門医にかかるべき時期から3年も放っていたような感じなので、ただ時間を損しただけにも見える。しかし、増悪期に精神科にかかるのと、単に身体不調のようなはっきりしない時期に精神科にかかるのでは治療内容が異なるので、その検証は難しい。あんがい軽い時に治療を始めた場合、苦戦になったかもしれないと思う。随分と悪い時は薬物のインパクトが高まるのが良い。それはECTも同様である。最も良かったことは、非定型精神病性の幻覚妄想が出現してから無駄に時間を浪費しなかったことであろう。

彼女は入院した当時のことをほとんど回想できない。もし彼女にECTをかけてドラスティックに寛解させていれば、たぶん同じように回想ができないが、普通の薬物療法でもやはり回想できないのである。これは意識障害、この場合、夢幻様状態の病態が持続していたからと思われる。

彼女の性格面の良かったことの1つは、退院後こちらの言ったとおりに服薬してくれること。このような性格の人は勝手に薬を止めてしまうこともあるし、思い込みが激しく、こちらの言うことを全然聴かない人も稀ではないから。

彼女の体重変化だが、入院日は42kg。退院日は43.5kgであった。

(前半終わり)

参考
ウェールズ生まれの
ウェールズタイプの統合失調症の寛解
シュナイダーの1級症状
短期決戦に構える
3人目の女性患者
徒然なるままにアミスルピリドとロナセンの最後の辺り
双極性障害と性的放縦
人間の秘めたるエネルギーと治癒の謎