リスパダール8㎎の人 | kyupinの日記 気が向けば更新

リスパダール8㎎の人

今回のエントリは「リスパダール8mgと幻臭」の続きになる。僕はあまりリスパダールを使わない精神科医なのであるが、この人に限れば2000年頃の処方が化石のように残っていた。

彼があの処方のまま放置されていたのは、外来患者でわりあい安定していたことと、やはり旧来の薬でも長く安定している人は積極的に処方変更しない方針なのが大きい。彼はあの処方でも毎日デイケアに参加していたし、本人が再入院を恐れて処方変更を拒絶していたことももちろんある。

前回のエントリは2007年8月2日なので、もう1年以上経っている。僕が処方変更に踏み切ったのは、この処方だと将来バランスが崩れると思っていたのと、口唇や舌の震えがみられ、姿勢も変だったからだ。

僕の入院および外来患者さんでは、リスパダールの処方量は2㎎が数名で他は1㎎以下が多く、3、4、5㎎の人はいない。6㎎の人が1名(参考)。8㎎はこの人だけである。

本人に強く言ってやっと処方変更する同意を得た。彼が入院患者だったらとっくに変更していたと思う。しかし過去ログでも書いているように、この人は単純に変更できそうにない雰囲気があり、もし難しければ、リスパダールの減量だけで妥協する方針であった。大量のリスパダールは年齢が上がっていても、いつ減量を開始しても、それが無駄にはならない。いつ始めても遅すぎることはない。(1996年発売だしね)

減量開始前の処方
リスパダール 8㎎
レボトミン  100㎎
ヒベルナ   75㎎
アキネトン  3㎎
リーマス   600㎎
ユーロジン  4㎎
ネルボン   10㎎
他、漢方、胃薬


この処方のポイントはリーマスが使われていることだと思う。自分が処方していたくせに、そういう風に言うのも相当に変だけど。最初はリスパダールを1㎎だけ減量してみた。このレベルで1㎎だけ減量したところで、たいして変化が生じそうにないのだが、たまにはこの1㎎の減量のために様子が変になる人もいる。それはセレネースでもそうだ。これは減量して薬物が不足したからではなく、その人のホメオスタシスが崩れるからであろう。大量処方には大量処方なりのバランスみたいなものが存在している。

1㎎の減量は難なくできたので、もう1㎎は大丈夫な気がするぅ~ あると思います。(天津木村風に

減量20日目
血の臭いはしないです。あまり変化はないですね。リスパダール 6㎎へ

減量1ヶ月目
時々眠れないので注射をしてほしい。セレネース5㎎筋注。

無理をすると血の臭いがしますね。悪い時は積極的に注射をするように薦めた。セレネース5㎎筋注。緩衝材として、デパケンR 200㎎追加してみる。リーマスは彼の場合、ジストニアやジスキネジアに悪影響を及ぼしていると思われるので、少し遅れ気味に減量の予定。

リスパダール 6㎎↓
レボトミン  100㎎
ヒベルナ   75㎎
アキネトン  3㎎
リーマス   600㎎
デパケンR  200㎎↑
ユーロジン  4㎎
ネルボン   10㎎
他、漢方、胃薬


減量33日目
笑顔は見られる。デパケンR 400㎎へ。不安感がありセレネース注射希望。

減量1ヶ月半
前より気分が良い感じはしますね。口が渇くとか、手が震えるなどの副作用が減少しているという。しばらく今のままとする。

減量2ヶ月
「なんとなく順調ですね」という言い方。朝は散歩しています。体重が3~4kg減りました。食事の量も減らしたという。表情の硬さも少し良い。

リスパダール 5㎎↓
レボトミン  100㎎
ヒベルナ   75㎎
アキネトン  3㎎
リーマス   400㎎↓
デパケンR  400㎎↑
ユーロジン  4㎎
ネルボン   10㎎
他、漢方、胃薬


減量2ヶ月半
前より良い感じはあるですね。少し歩かないと便が出ない。リスパダール5㎎になり、後方に反るような姿勢が改善。ジストニアが減少している。リスパダール4㎎とする。

減量開始3ヶ月
今の薬は良いですね。便通も前よりは良いです。6時前に起きて散歩に行った。更に3~4kg痩せたという。姿勢が良い。前より優しい表情になっている。レボトミンを80㎎とする。

リスパダール  4㎎↓
レボトミン   80㎎↓
他、変更なし。


変更直後
どうも寝つきが悪い。いろいろ散歩したりする元気がないという。レボトミンを元に戻してほしいと強く言う。セレネース注射希望。今さら元に戻さない方が良いと本人を説得し、レンドルミンを追加する。

このような大量処方を減量すると、最初は良いけど次第にテンションが下がり、無気力、アンへドニア傾向になることが稀ではない。これはリスパダールに限らず旧来の薬でもそういう経過になりやすいので、そのように本人に説明し、時間が経つのを待つように伝える。これは大量の抗精神病薬を減量する際の虚脱みたいなものだと思う。(参考

この人は8㎎から4㎎までは順調だったが、これからが不安定で対処が難しかった。

減量3ヶ月半
睡眠薬を飲まないと全然眠れない。眠れないわりに調子はよいみたい、と言う。体の動きが楽になった。セレネースの注射を希望する。

減量4ヶ月
寝つきが悪いです。すぐに眠れない。ここ2~3日は特に悪いですね。セレネースの注射希望。最近、体力が衰えたですねなどと言う。その後も頻回にセレネースを希望して来院している。(この人はほぼ毎日来院しているので・・)

減量4ヶ月と1週間
寝つきが悪い。ここ最近悪くて腹いっぱい食べる感じ。4時間くらいはやっと眠れます。カタプレスを追加する。セレネース注射希望。

あたかもリスパダールが抵抗している感じ。


減量4ヶ月と10日
予想していたよりずっと悪いので、思い切ってリーマスは中止しデパケンRも減量。(←意味不明)今日は注射も希望する。希望時に自由に注射はして良いと伝える。今さら撤退はできない。

リスパダール 4㎎
レボトミン  80㎎
ヒベルナ   75㎎
アキネトン  3㎎
デパケンR  400㎎
カタプレス  75μg
ユーロジン  4㎎
ネルボン   10㎎
他、漢方、胃薬


減量4ヶ月半

注射をした日は良いという。昼間の気分はけっこう良い。でも注射をしないと夜に眠れない。最近ずっと風邪を引いていますという。そのため散歩も出来ない。デパケンは600㎎に戻してみる。

1ヶ月くらい風邪を引き続けていた。(この所見はけっこう重要と思われる)

減量5ヶ月半
昼間に眠気がくる。夜はまあまあ眠れるようになった。天気が良い日は散歩に出かけています。不安感はないことはないです。いつも早くしなくてはいけないというのはありますね。再びデパケンRは400㎎へ減量。リスパダールは4㎎のまま。

減量5ヶ月と20日
眠りすぎるという。寝すぎて不安になって、時々死にたくなります。「ふっと、死にたくなるんですよ・・」こういう不安定さがリスパダール減量のイバラの道だと思われる。

翌日
どうも調子が悪いです。炊事、洗濯などすべてが面倒になりましたという。思い切ってジプレキサザイディスを5㎎だけ追加する。

アパシーのような所見。これはリスパダールの減量に由来する、ある種の器質的精神症状(抑うつ、アパシー)であると思われる。僕は積極的にジプレキサを併用したが、実はこの局面でのジプレキサは極めて危険だ。このような病態でのジプレキサは時に自殺未遂~既遂を引き起こすことがある。

もう長く診ていたのでこの人に限れば自殺はないと思ったことと、毎日、病院に来ているのでなんとかコントロールできそうに思った。普通なら、このクラスの患者さんは入院させて変薬しなければならない。

その数日後
ジプレキサが入ってからよく眠った。今日は散歩もしました。ジプレキサは彼には合っていると思った。これならリスパダールを一掃できると確信。リスパダールを3㎎に減量。デパケンRも減量する。

リスパダール     3㎎↓
ジプレキサザイディス 5㎎↑
レボトミン      80㎎
ヒベルナ       75㎎
アキネトン      3㎎
デパケンR     200㎎↓
カタプレス      75μg
ユーロジン      4㎎
ネルボン       10㎎
他、漢方、胃薬


その後、睡眠が改善し、早朝の散歩もできるようになった。

減量6ヶ月
散歩をして便通も良いです。睡眠も十分に取れている。リスパダール、アキネトンを減量する。気分は前よりずっと良い。

リスパダール    2㎎↓
アキネトン     2㎎↓
他変更なし。


減量6ヶ月と10日
気分はよいです。前より習字がうまく書けるという(参考1参考2)。ジプレキサ7.5㎎、リスパダール1.5㎎へ。レボトミンも60㎎とする。

リスパダール     1.5㎎↓
ジプレキサザイディス 7.5㎎↑
レボトミン      60㎎↓
ヒベルナ       75㎎
アキネトン       2㎎
デパケンR      200㎎
カタプレス      75μg
ユーロジン      4㎎
ネルボン       10㎎
他、漢方、胃薬


減量6ヶ月半
薬は合っています。最近少し太ったかもしれない。睡眠と栄養に気をつけています。口唇のジスキネジアが減少している。リスパダールは1㎎へ。レボトミンは40㎎へ

減量6ヶ月20日
肩こりが酷い。

減量7ヶ月
ぐっすり眠れます。前より便通が良くなった。でも少し肥えましたね。2kgくらい。アキネトン減量。レボトミン、リスパダール遂に中止。ジプレキサは10㎎とし、デパケンRは再び400㎎とする。ヒベルナ中止する。

ジプレキサザイディス 10㎎↑
アキネトン      1㎎↓
デパケンR      400㎎↑
カタプレス      75μg
ユーロジン      4㎎
ネルボン       10㎎


減量7ヶ月10日
また体重が減り始めた(1kgほど)。今は自分で歩いている気がします(実感が持てるという意味と思われる)。前は腹がきつかったです。夜は良く眠ります。便通もよいです。

減量7ヶ月20日
再び不眠になった。昨日は安静にしていました。注射を久々に希望する。気分は良いんですよ。読書もしている。イライラはない。最近また体重が減った。(1kgだけ)ジプレキサは概ね合っていると思われる。

少し朝早く目が覚めぎる。なんとか心の興奮を抑えてほしいという。ジプレキサ15㎎とした。

ジプレキサザイディス 15㎎↑
アキネトン      1㎎
デパケンR      400㎎
カタプレス      75μg
ユーロジン      4㎎
ネルボン       10㎎


減量8ヶ月

僕は何十年か前に脳にカビが生えてしまったんですよ・・などと言う。幻聴、被害妄想、あるいは血の匂いなどの異常体験はないが、情緒不安定である。

彼はずっと昔の出来事を折りに触れて話すようになった。これは好感触である。

デイケアにはほぼ毎日参加している。ジプレキサは合ってはいると思うが、細かい内因性の不安感がなかなか改善しない。不眠もよくみられる。リボトリールを追加し、意味がないのでデパケンRを中止する。ヒベルナはむしろある方が良いように思われるので追加。同時にアキネトンは中止。以前に比べ、それでも表情が柔和になっており姿勢が良い。喋り方、打って響く感じも以前より良くなっており、キビキビ対応できる。眠剤(レンドルミン)を追加する。

ジプレキサザイディス 15㎎
ヒベルナ       50㎎↑
リボトリール     1㎎↑
カタプレス      75μg
ユーロジン      4㎎
ネルボン       10㎎
レンドルミン     0.25㎎↑


減量8ヶ月と7日
ずいぶん昔の話をする。大学病院に入院時の教授の話。僕の恩師でもある。「○○の時、どういう風にされた」とか。良く憶えていると思うよ。今は少し良いという。本人によれば、今の悪いところは「熟眠しないところと夢が多いこと」らしい。

減量8ヶ月半
だいぶん良くなっています。細かい口周囲のジスキネジアがほとんど目立たなくなってきた。やはりジプレキサは良い。本人によれば、便通がすごく良くなっているという。体重は変わっていません。ハキハキしている。

減量8ヶ月20日
また調子がわるくなった。夜中に目が覚めて、その後眠れなかったりするのがとても辛いという。そんな日は1日が替わった感じがしない。

減量8ヶ月と25日
やっと素晴らしい方法を思いつく。それは単に「ベゲタミンAを追加すること」であった。

ジプレキサザイディス 15㎎
ヒベルナ       50㎎
リボトリール     1㎎
カタプレス      75μg
ユーロジン      4㎎
ネルボン       10㎎
レンドルミン     0.25㎎
ベゲタミンA     1T↑


その後、細かい不安感がほとんど消失し、ずいぶん落ち着いてきた。この感じだとジプレキサは近い将来7.5~10㎎程度でも問題ないと思われる。なぜもっと早く「神の薬」を追加することに気が付かなかっのだろう?と反省した。(参考

減量9ヶ月
今は眠れます。最近は朝早く起きて1時間くらい散歩している。調子は良い。今の薬でばっちりです。便通がとてもよい。舌の動きがほとんどなくなっている。今は血の匂いも全然ありません。

彼の最近の話。
中学3年生の時に、山の中で刃物でリンチを受けた。100発くらい打たれた。僕の家は貧乏だったけど生徒会長をしていたので・・僕は高校3年生の時に発病しました・・

彼は典型的な統合失調症の病前性格ではないのである。あと、彼の変更前からの体重変動は-8kgであった。