輝く明日 | kyupinの日記 気が向けば更新

輝く明日

これは「カタストロフィからの回復」の続き。

その後、少しずつ薬物を減量していった。当時、薬物で便秘以外の副作用はほとんどみられなかった。主治医からすれば、こういう風に落ち着いてしまうと、減量はかえって不安になるものだ。彼女は子供が進学すると、自分の仕事をしたいと思うようになったらしい。

3年2ヶ月
最近はジムに通い始めた。少しやせてきた。この1年でも一段と良くなっているように見える。

3年4ヶ月
今は不条理なことで悩んでいることはない。肌が以前より良くなっています。化粧品も変えてみた。彼女は働き始めた。結婚前に彼女がしていた仕事とほぼ同じ職種。

3年半
今のところ仕事は順調です。しかし月に2~3回は小学校に行かないといけない。ボランティアです。朝4時頃に起きてお弁当を作っている。入院していたとき泣いてばかりいたことを思い出しました。でも他のことはあまりよく覚えてないです。

3年7ヶ月
調子は良いです。子供は夏休みに入っています。体重はかわりない。子供は夕方から習い事をさせている。ヒステリーが出たり感情が高ぶることも今はありません。
ルジオミール75mgに減量。

3年11ヶ月
仕事は辞めて主に小学校のPTAの仕事をしようと思う。仕事は半年間くらい続けた。
ルジオミール 62.5mgに減量

4年目
仕事を辞めたが、また復帰してほしいと言われている。小学校は週に1回くらい行っている。
ルジオミール更に減量し50mgとする。

4年2ヶ月
普通の生活ができるようになり好不調の波もない。
ヒベルナ中止。クレミン12.5mg、リタリン5mgまで減量。

当時の処方
メイラックス 1mg
ルジオミール 50mg
クレミン   12.5mg
リタリン   5mg
ルーラン   4mg
他下剤、エゾウコギ。

4年4ヶ月
減量の感触が良いので更に減量。リタリン、クレミン、ルジオミールを次々と減量する。将来的には薬物0までいけそうな感覚があった。完全に中止はせず、数ヶ月間ルーランだけは残すことにした。

当時の処方
ルーラン 4mg
エゾウコギ

4年5ヶ月
薬を減量して、一時、怒りっぽいときがあったが、その後良くなった。今は毎日楽しいです。韓国ドラマにはまった。今は下剤もいらなくなった。体調も悪くない。前よりはこだわりは減っています。以前は子供の授業参観に行くとなぜか不機嫌になっていたが、先日はとても嬉しいと感じた。

4年8ヶ月後
その後も調子が良かった。もうルーランさえ必要かどうか怪しいので、遂にルーランを中止した。エゾウコギのみになったのである。(これは本人の希望により継続)

その日、「もう薬は服用しなくて良い」と言った。彼女は「主人もとても喜びます」と大喜びだった。治療は終了したのである。

補足
彼女の精神疾患は統合失調症とは言えないものであったが、その後の経過はあたかも「統合失調症の陰性症状」あるいは「精神病後抑うつ」に見える。回復のスピードもゆっくりとしていた。彼女のこのような回復を僕が予測していたかと言うと、そうでもない。僕はこのようなやや難しい患者さんを治療する時、深く考えず、「なるようにしかならない」と思っていることが多い。個々の局面で最大の努力をしてそれでうまくいかないなら、それは仕方がないと思うタイプだからだ。治療上の試行錯誤はある程度は仕方がない。

しかし、なぜすんなりと良くならないのだろう?とは思っていた。彼女が劇的な治癒を遂げた要因だが、内因性の要素もあろうが、やはり症状性の要素が大きかったことが関係していると思う。(参考

この3つのエントリの中で「表情が硬い」という表現が出てくる。普通、この言葉は統合失調症的な表現ではあるが、統合失調症以外の疾患でも使うこともある。「表情が硬い」と表現しても内容が異なっている。その最大の相違点は「目の動き」だと思う。

精神的サポートについてだが、これら3つのエントリではあまり具体的に書かれてはいない。僕は何がしかのアドバイスはしていた。生活の工夫と言うか、いわゆる生活指導くらいなものだけど。僕はあまり操作的なことはしないので、たいしたことはしていないと思っている。(参考

もうひとつ大きな問題点がある。彼女の診断が統合失調症でなかったなら、何だったのか?という点。人によれば、「アスペルガー症候群」を思い浮かべる人もいるかもしれない。実はある時、その鑑別診断のために詳しく生活歴を聞いたことがある。確かに強迫傾向はあるがアスペルガーとは言い難いと思った。それは日常の嗜好のバランスや、家族関係、あるいは表情などである。また彼女が回復して就いていた仕事が統合失調症やアスペルガーの人には最も困難な職種であったこともそれを支持している。彼女はアスペルガーとは程遠いのである。それでもなお、破綻を来たした経緯はアスペルガーの人のパターンと似ている。強迫性が関与している点で。

この人の場合、抗うつ剤の主剤はルジオミールと言えるが、抗精神病薬は何だと言われると微妙だ。ルーランとクレミンは同じくらい良かった。クロフェクトンもまあまあだったが、高プロラクチン血症をきたし中止している。この3剤の共通点は、抗精神病薬でありながら抗うつ作用も持つこと。それに対し、セロクエルとジプレキサはあまり良くなかった。ジプレキサに至っては合わずに禁忌にしているほどだ。ルーランは彼女に本当に合っていると言えた。ルーランは「こだわりの強い人」に良いからだ。当時、そのようなイメージは持たないで処方していた。最後までルーランを4mg残したのは、そのような考え方から来ている。

薬物の中止の経緯だが、本人が希望したことも大きい。エゾウコギを併用していることも薬物を減量、中止しやすかった要因の1つである。薬物を中止する経緯には別の1人の女性患者さんが関係している。彼女はまだこのブログでは出てきていないが、今回のエントリの女性とは全く違う経緯でそれこそ劇的に治癒している。このエントリの彼女はまだ普通の治療で良くなっているが、そのもう1人の女性患者さんの場合、なぜそのような治療をしたのか、たぶん読者には理解できないと思う。前置きの説明となるエントリを書いていないので紹介していない。この女性患者の存在が彼女の薬物中止のきっかけとなっていた。(参考

あと1点。リタリンの処方に驚く人もいるかもしれない。僕はほとんどリタリンを処方することはないが、彼女のあの時点では良いのではないかと思った。それ以上の深い意味はない。僕はリタリンにという薬物に対し良いとか悪いとか特別な感情はない。現在、リタリンを処方している人は外来に2名、入院に1名だけだ。(それももうじき中止しなくてはならない)

彼女の治癒の要因として、子供と一緒にいたことを重視する人もいるかと思う。僕もそれを少しだけ考えていた。結論的には僕はあまり子供は関係がなかったように思っている。小さい子供がいるくらいで治癒するなら、ほとんどの子持ちの女性患者さんが治癒することになってしまうから。一般的に言っても、女性患者の予後は子供がいるかどうかとはあまり関係がない。最も重要なのは精神疾患の内容(病前性格も含む)、薬物の反応性、家族のサポートなどであろう。

彼女の家族関係は非定型精神病か双極性障害のそれに非常に似ていた(参考)。彼女の場合、診断を決めないでも「急性のストレス反応」、それで十分なのではないかと思っている。もうすっかり良くなって治療を終了しているわけだし。問題点があるとすれば、急性というにはあまりにも回復に時間がかかったこと。個人的には、精神病性の破綻の脳へのダメージが大きかったので、こういう経過になったような気がしている。僕は薬物治療の側面でサポートはしたかもしれないが、彼女の自己治癒力のようなもので回復していったように思う。彼女は運が良かった。

(「輝く明日」はイエスの「トーマト」の曲から)

参考
ルジオミール
アモキサンとルジオミール
ルーラン
クレミン
リタリン
育児ストレスによる精神病状態
カタストロフィからの回復