3人目の女性患者(その2) | kyupinの日記 気が向けば更新

3人目の女性患者(その2)

これは「3人目の女性患者」の続きになる。9月に退院以後、いったん12月頃にパニックが再発したが、その後、薬物を調整し症状が消失した。再発も2回だけだった。この患者さん、現在は1週間に1度来院してもらっているが、不思議なことに、かつてあった症状がすべてなくなっている。抑うつ、不安、パニック、リストカット、過食、母親への反抗・・あの4年間はなんだったんだ。今は、借りてきた猫みたいなのである。

現在の処方
エビリファイ 3mg
レキソタン  10mg
セディール  40mg
メイラックス 2mg


それ以外には、ハルシオンと便秘の薬なのだが、エビリファイもひょっとしたら必要ないのではないかと思っている。去年、幻覚妄想が長い期間続き、しかも治療が行き詰っている時、彼女はいったいどうなるものかと思っていた。今はどんな風かというと、きれいな服装で来院して、普通に診察室で話している。化粧も自然で上手である。現在、家では家事を手伝っているらしい。たまに友人に会ったり、あるいは街にもお出かけするようである。ちょうど街で出会った職員がいて、ずいぶんおしゃれをして来ていたそうだ。悪かったときは確かに幻覚妄想、特に一次妄想があったが、今は対人接触性やプレコックス感からしても統合失調症とは程遠い。おそらく、今後も統合失調症にはならないような気がしている。

薬物療法について、レキソタンとセディールとメイラックスがかぶっているのがいかにもバカっぽいが、なぜこうなのかというとセディールが信用にならないから。これでもかなり減らした方で、次にはメイラックスを減らしていこうかと思っているが、実は正直、もうどうでも良いと思っている。これでも、最終的にセディールは残した方が良いと思っているのが、自分で矛盾していると思う。

先日、何か苦しいことはないかと聞いたら、全然ないんだと言う。あれほど苦しいうつ状態があったのに、今は抗うつ剤なしでやれているのが面白いところで、今後も出来る限り使わないようにするつもりではある(僕の脳内で)。 

僕は、エビリファイは最終的に1mg使うかどうかと思っている。実は、プロピタンを残すか、エビリファイを残すかちょっと迷った。しかし、うつ状態もカバーするのならエビリファイの方が良いのではないかと。幻聴を止めたのはプロピタンだけど、彼女を普通の女の子にしたのはエビリファイなのである。今や、あれだけ貢献したプロピタンは役割を終えたような気がしている。

トロペロンを連日静注していた時や、プロピタンを最高量使っていたときは、EPSが本当に酷かった。それでもそれを維持した。本人は相当に辛かったと思う。最初は閉鎖病棟だったのだが、幻覚妄想が酷かった時期の4週間くらい保護室に入れていた。

僕が最初に入るように薦めた時、本人が嫌がったので強制はしなかったんだけど、後で自分から入ると言って来た。うちの患者さんで特に若い女性の場合、保護室に入れられて扉をドンドン叩くような患者はなぜかいない。わりと納得しているのである。僕は、若い女性が保護室に入れられて扉をドンドン叩くような人は、結果的に仕方がなかったにせよ傷ついていると思う。後に夢で出てくるように。彼女の場合、周囲の雑音を絶つという意味ではきっと良かった。

最近、診察の度に思うことは、彼女の家族関係。家族システムとでも言おうか。彼女の父親は広い意味のアディクションなので、彼女はいわゆるアダルトチルドレンなのかもしれない。しかし、僕の脳内にはアダルトチルドレンと自律神経失調症はないので、もちろんそういう診断はしない。だいたい、ACは診断ではない。あくまで参考事項的なものだ。

問題は母親。僕はいわゆる統合失調症の患者さんの母親だと思う。統合失調症の家族にはたぶん3型くらいあり、その1つだと思っている。不安が強く、子供をなんとかしたいと思っているが、永遠に空回りしているパターン。母親の話を聴いていると、薬を増やしてほしいのか、あるいは減らしてほしいのか、あるいは娘を治療してほしいのか、ほしくないのか、さっぱりわからん。ああでもない、こうでもないが延々続くのである。

必要以上に薬の副作用の心配をしたり、あるいは処方に干渉する。少なくとも、僕は、あなたの父親以上に彼女のことを心配してるって。頼むから、ちょっと黙っててくれ。(と思った)

入院中、突然、母親が大学病院に転院すると言い出したのには参った。しかし、大学病院は予約がいつも満杯なので急に転院はできない。僕は通常このような申し出の時はできる限り転院可能になるように努力する。しかし今回の場合、彼女は合わない薬も多いし転院したなら99%以上悪い結果になると思われた。この場合、薬物治療の試行錯誤で更に時間がかかってしまうのが最悪なのである。しかし、当時の治療はあまりにもうまくいっていないので、転院するのもありかなとちょっとは思った記憶がある。結局、治療が難しい患者さんだからと言い、遠まわしにここで治療継続した方が良いように伝えると受け入れられたのであった。(精神科医は、このような苦労もある)

先日、「家族」の項で出てきた家族はあまりにも統合失調症的ではなかった。その老人患者の息子さん家族には非定型精神病の家族システムが見られる。これは統合失調症のそれとかなり違う。非定型精神病の場合、家族同士の絆が強く情が厚い。普通の言い方をすると仲が良くて面倒見が良いのである。その点で例外的な家族が少ないように見える(統合失調症の家族に比べ、バリエーションが少ないということ)

思えば、「急速交代型」で出てくる女性患者の家族も、まさに非定型精神病かあるいは躁うつ病の家族システムであった。本人へのサポートがギクシャクせず自然で良いのである。基本的に、統合失調症と非定型精神病の家族システムはかなり相違があるように見える。

今回の患者さんは危うかったがそうならなかった。家族システムの特徴は予後を左右するように見えるが、診断の決め手にはならないことが良くわかる。最近、感じているのはこの母親が少しずつ変わりつつあること。以前ほど強い不安がなく、以前ほど、ああでもない、こうでもないや、無駄な繰り返しがない。結局、本人が良くなったことが母親にも良い影響を与えているのかもしれないと思ったりする。

こんなのは、2ch風に言えば、「まず、ああでもない、こうでもないをやめること。話はそれからだ」という感じだけど、本人は、やめるにやめられないって。何か外から変化がないと難しいんだと思う。

僕は、この借りてきたネコ状態の彼女にデイケアを勧めた。実際、もう数回参加している。彼女の場合、一見、何もないお嬢さんのように見えるが、すぐに社会に出て働くにはペトロールが切れていると思うのである。もう少し日常のリズムを作らないとパニックが再発しかねない。

彼女がデイケアに初めて参加した日、メンバーさんで若い女性患者の1人が、彼女にコーヒーを入れてあげたのだという。

なんのことはない、入れてあげた彼女は退院してまだ2日目だった。この話で、外来のみんなは1日、気持ちが和んだのであった。

参考
精神科治療と記憶
1周年