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2009-11-22 09:45:42

内閣府参与の湯浅誠さん「ワンストップ・サービス・デイは一歩前進だが壁は厚い」

テーマ:ワーキングプア・貧困問題

 一昨日(11/20)は全労連結成20周年記念集会で3つの講演を聞いて、夜は松山大学教授・大内裕和さんと反貧困ネットワーク事務局長・湯浅誠さんとの反貧困対談を聞きました。4つとも面白かったのですが、湯浅さんの内閣府参与としてのビビットな話の要旨を最初に紹介します。(※同年代の大内さんと湯浅さんは東大時代からの知りあいだそうで、大内さんの発案でこの対談が企画され、主催も大内さんを中心とした実行委員会です。by文責ノックオン)


 大内 新政権の内閣府参与になる経緯を聞かせてください。


 湯浅 みなさんもご承知のように、高い失業率、派遣切りなど、いま雇用をめぐって大変な状態にあります。このままだと昨年以上に深刻な事態になると、私たちは指摘してきました。それに対応する各種行政の窓口がバラバラで、制度も複雑で使い勝手が悪い。使い勝手を良くするためには、ひとつの窓口で対応する総合相談窓口を作る必要がある。これは、昨年の「年越し派遣村」のときから私たちは主張していたわけです。


 「年越し派遣村」では、寝る場所があって、食事があって、労働相談と生活相談が受けられて、お医者さんもいてということで、ひととおりのことがそろうという総合相談窓口ができていたわけです。これは「年越し派遣村」で初めてできたものではなくて、野宿者支援、ホームレス支援運動による30年来の取り組みの中で作られたものです。つまり、野宿の人たちには何もないですから、その何もない野宿の人たちの生活を支えるためには、パッケージをそろえなければ支援できないわけです。そういうノウハウを「年越し派遣村」でも使ったわけですね。


 そして、新政権の方から、そうした具体的なノウハウがないから手伝ってくれないかと私に要請があったわけです。要請を受けて10日間ほど反貧困ネットワークで一緒に運動をやってきた人などに相談しました。政権の中に入ることに反対する人もいましたが、自分たちがやらなくちゃいけないと主張していたことを新政権もやりたいと言ってきて、協力してくれと要請してきているのを突っぱねることは難しいというのが結論でした。それで、内閣府の参与として年末対策に関わることになったということです。


 大内 いまの状況や課題を聞かせてください。困難な厚い壁など、たくさん出て来ているのではないですか?


 湯浅 10月26日からスタートしましたが、身分は非常勤の国家公務員ということです。じつは何の権限もありません。アドバイザーですね。権限はないけれど、発言は自由です。誰かに指示ができるという立場ではありません。たとえば、厚生労働省の事務方にこれをやってくださいと私が言っても誰もやってくれません。意見交換して私の意見が厚労省の政務三役にあげられて、政務三役が同意し指示として出すことになったら初めて動くという形になります。そんなポジションです。でも、権限はないのですが肩書きはあるので、自治体の首長などと直接会って年末対策などでの意見交換はできるわけです。自治体の首長と意見交換することなどは、今までできませんでしたから、それは意味があるといえるかも知れません。


 スタートして1カ月経過してのいまの状況は、総合相談窓口の問題でいうと、ワンストップサービスを、11月30日に「ワンストップ・サービス・デイ 」として試行することになりました。今のところ100自治体ぐらいが参加する ということで、従来からすると一歩前進ではあるわけです。私たちは、実効あるワンストップサービスが必要だと主張してきたわけですから一歩前進です。


 ワンストップサービスは、ハローワークに地方自治体の福祉事務所や社会福祉協議会の職員などに来てもらうという形を取ります。いちばんのメインは雇用保険と生活保護の間にある第2のセーフティーネットをひとつの窓口でまとめて対応できるようにするということです。第2のセーフティーネットというのは、訓練・生活支援給付、就職安定資金融資、住宅手当、生活福祉資金、臨時特例つなぎ資金などの制度なのですが、この第2のセーフティーネットがほとんど知られていないという問題があって、これを普及していくことと、この窓口が個々バラバラなのでそれをまとめるということが一つの目的です。


 「ワンストップ・サービス・デイ」 を11月30日に試行するところまでこぎつけたのは一歩前進と言えば一歩前進なのですが、なかなか思い通りにはいっていません。


 私がつくづく今思っていることは、国というのは力がないんだなということです。たとえば、福祉事務所は地方自治体です。福祉事務所の職員に来てもらうには自治体に出してもいいよと言ってもらわないとダメなのです。今回、自治体が出してきた条件は、生活保護を入れるのだったら出さないというわけです。生活保護はただでさえ大変で、実際に窓口はパンクしているわけです。そんな中で、さらに相談を掘り起こすようなことは冗談じゃないというわけです。いくつかの自治体の首長に直接会って話しましたが、私に向かってホームレスが来るならやらないからなとはっきり言った首長もいたぐらいで、自治体の抵抗は私の思った以上に強いです。


 そういう自治体の姿勢に対して、国がこれは大事なことなんだからやらなきゃいけんないんだと言えるのかといったら言えないんですね。あくまで国は自治体にお願いしかできない。結果的に生活保護の申請はハローワークではしないということになってしまいました。とにかく、生活保護申請をやるのだったら協力しないと自治体は主張するので、自治体の協力がゼロよりはいいという判断になりました。


 これはとても深刻な構造的な問題だということです。この間、雇用はずっと流動化してきています。たとえば、北海道出身の労働者が、地元に仕事がなくて--北海道は求人倍率0.1ですから--それで派遣労働にせざるを得ない。その結果、最初は三重県で派遣の仕事をして3カ月たったら今度は長野県に行ってくれとなる。それでまた3カ月後には福岡県に行ってくれとなる。こうして全国各地を転々とすることになる派遣労働者が大量に増えています。雇用は地域間でも流動化しているわけです。ところが、福祉サービスやセーフティーネットという社会保障は、これは自治体サービスだというわけです。となると、自治体の側は、サービス提供にあたって住民票要件をはめてくるわけです。自治体は、「うちの自治体の住民じゃないと福祉サービスやセーフティーネットの受け手にはなれない」と言うわけです。なぜなら、「その人たちはうちの自治体に地方税を払っていないから福祉サービスを受ける資格がない」と言うわけです。うちの自治体サービスを受けたいんだったら、住民票を設定してから1年とか2年以上たっていないとダメという要件をつくっているわけです。結果として、あらゆる自治体サービスからもれる人たちが出てくることになるわけです。これはおそらく派遣労働者をはじめとして100万人単位でこういう状況に置かれている人がいるだろうと思っています。


 こういう状況のときに、うちの自治体でやりますと言ったら大変なことになると自治体は思っています。今年、名古屋市の中村区がそうなったのですけど、実際にまわりの自治体が送り込んでくるわけです。中村区には相談者が大量に集まって、その半分が名古屋市外から来て、4分の1の人は愛知県外から来た。自治体の側はそういうことを考えるわけです。


 こうした問題でなかなか物事が動かなかったのです。Aという自治体に要請すると、最初は基本的にはいいことだと言います。みなさん大事なことだと言います。だけど、うちだけがやると大変なことになるから、まわりのBとCとDの自治体も同時にやってくれるならうちもやりましょうとなるわけです。それで分かりましたと言って今度はB自治体に行くと、今度はまわりのEとFとGの自治体がやるならうちもやりましょうということになって、エンドレスに広がっていくことになったんですね。それでもなんとか、「ワンストップ・サービス・デイ」という1日だけの試行ということで、最終的には個別にあたっていって、今度は逆に、AもやるからB、BもやるからCということで、全政令市でやれることになったのですけど、最後までやると言わない政令市がひとつだけあって、政令市でやらないのはそちらだけですがいいんですかと言っていたら、最後にはやると言ってきました。


 自治体からすれば、自分のところだけやれば負担になるだけだ、損をするだけだという仕組みになっているのですね。逆にいろんな人たちの生活を支えられる自治体の方がなんらかの形で得になるような仕組みをつくらないと、いつまでたっても生活困窮者はやっかいもの扱いされることがやまない社会にならざるをえないということがよく分かりました。逆に言うと、今までずっとそういうところで止まって来たんだなということが、今回よく分かりました。


 この問題は根深い構造的な問題です。残念ながら年内ということになると、きょうも含めて42日しかありません。構造的なものに手を付けるという大がかりなことはとてもじゃないけどできません。そういう中で、たとえば官僚の人たちは、個々の人たちはやる気はあるし、みんな午前2時3時まで働いて本当によく働く人たちだなと感心するのですが、でもやはり構造的な問題があって、そんなことはできませんとそこで引っ込むわけです。ところが私たちの方はそこで引っ込むわけにいきませんので、構造的な問題の中でいろんなことをやるとハレーションも起こるし、反発も起こるし、大変です。でもそれで何もできないと言っているだけだったら、昨年と何にも変わらないことになるわけです。


 ついこの間まで厚労省前で騒いでいた私が、今は厚労省の中で騒いでいる感じになっているわけですが、非常に難しいものを感じています。とりあえず、ワンストップサービスは試行まではやれることになったのですが、じつは12月以降のことは何も決まっていないのです。自治体によっては「とにかく1日だけだからね」と5回ぐらい念押ししてくるところもあって、そういうところを今後どうやって説得していくのか。住宅の確保とか、年末の対策とか含めて話が本格的に進められない状況です。やりたいことの2割ぐらいの感じですね。年末までの間、騒ぎ続けてそれを3割、4割、5割、6割、どこまで持っていけるのか、現場が少しでも良くなることをめざして追求し続けるしかないだろうということです。


 壁というと、たくさんの壁があります。壁だらけですね。貧困問題をなんとか改善しなければいけないという認識が広がってきているという感じを運動を通しては持っていたのですが、政府や行政の中に入ってみると、まったく動いていないと感じました。応急処置的な年末対策ですから、大きな構造上の問題に手をつけることにはもちろんならないわけですが、構造上の問題に手をつけようとすると、国と自治体の費用負担の問題とかにからめとられていきかねない危険があります。どんどん大きな話にからめとられていきかねない。大きな流れ自体は、国の責任でナショナルミニマム、社会保障をきちんと実施するというよりは、地方分権という話の方に流れていますから、結局、大きな構造上の問題を持ち出すと、地方分権の流れにからめとられてしまって、さらにバラバラにされかねない危険を感じています。工夫しなければいけないと感じていますが、政府の中に入ってそんな程度の意見なのって言われるかも知れませんが、やっぱり社会的な運動が大事です。自治体は、住民の理解が得られないからできないというわけです。「自分たちの払ってきた地方税をなんでそんな奴らのために使うんだ」という住民の声があるというのを自治体は理由にしているわけです。そうしたときに、いやそうじゃないという声を大きくする社会的な運動が広がらない限り前へは進めない。結局、社会的な運動が広がらないとダメだということです。


 それで、ワンストップサービスや住宅対策、年末対策に私がかかわっているからあんまり批判しちゃいけないと思ってくれてる人がいるのですが、そうじゃないんですね。改善へ向けた批判をしてもらわないと私もやりづらいのです。これではダメじゃないかという声があがってくると、こういう声があるじゃないか、なんとか改善しなくちゃいけないじゃないかと私も言いやすくなるわけです。


 大内 これまで自公政権により地方自治体はいじめられてきたわけですね。三位一体改革で地方交付税を削減された。地方分権という名で地方の財源を奪われているわけです。


 湯浅 そのことも自治体からワンストップサービスをやらない理由に持ち出されています。


 大内 国は地方に対して、口は出すけど金は出さないという最悪の体制でずっときたわけです。問題は、湯浅さんを入れた民主党政権は、本当は国の責任でナショナルミニマム、社会保障を重視しなければいけないのに、「地域主権国家」をめざすという。「地域主権国家」というのは、地方自治体を主体にして新自由主義改革を実行するという路線です。いま行われている「事業仕分け」も基本的には新自由主義路線です。民主党はもともと新自由主義政党ですが、自公との対抗上のポーズで総選挙には勝ったわけです。だけど、政党としての根幹は変わったわけではありません。民主党の個別政策にある反貧困の課題や福祉の拡充などを本当に実行するためには、本当は国と自治体の社会保障を担う公務員を増やさないといけない。でも、国家公務員を2割削減するという矛盾した政策となっています。


 湯浅 年末対策はその構造上の話までいかないので、矛盾を抱えたまま、いかざるを得ないわけです。


 民主党は2007年の参院選から「国民の生活が第一」と言わざるをえなかった。それで総選挙でも勝ちました。ですから、この「国民の生活が第一」という側面をのばせるのか、それとも今回の「事業仕分け」で福井秀夫氏が事業仕分け人になってしまうような新自由主義の側面がのびていくのか、そこが拮抗点です。私たち運動の側が、「国民の生活が第一」という側面がのびていくように働きかけを続けていくしかありません。


 大内 もともと新自由主義政党である民主党が、私たちの運動の力などもあって、「国民の生活が第一」という個別政策を入れざるを得なかった。ところが、構造的な話に持っていくと、「地域主権国家」というさらなる新自由主義に持っていかれて、さらなる貧困が広がる危険性があります。


 湯浅 ハローワーク職員にしても毎年減らされて、毎年ハローワークのひとつ分が無くなるぐらいの職員が減らされているわけです。ところが雇用情勢は大変で仕事は増えるばかりですから、結局、非正規の職員を増やさざるを得ない。地方自治体もまったく同じで、いわゆる「官製ワーキングプア」が増えていく。この「官製ワーキングプア問題」もやっと最近マスコミでも取り上げられるようになってきました。ですが、「公務員は甘えている」、「既得権益にしがみついてる」という公務員バッシングはまだ非常に激しいものがありますし、キャリア官僚の「天下り問題」なども利用して一般の現場の公務員までたたくという構図も根深い。この問題も、もっと拮抗点を押し上げていかないといけないと思っています。これも社会的な運動で押し上げていかないといけません。


 大内 年金を充実するためには、社会保険庁職員がたくさん必要なのです。貧困を無くすための福祉などの拡充のためには公務員を増やさなければいけないのだけど、非正規の「官製ワーキングプア」が増大していくだけで、逆に貧困問題がさらに広がっていくだけになってしまう。このパターンを繰り返してはいけません。


 湯浅 たとえば、生活保護の職員を増やせということを、私たち反貧困ネットワークは運動の課題にあげて取り組んできました。生活保護行政の水際作戦など、私たちは言いたいことはいくらでもあるのですが、現場の職員と対立していても何も生まれません。生活困窮者のために生活保護を充実させるには職員を増やさなければいけないということで、カウンターの内と外で協力して運動を進めていくということが必要なのです。カウンターの内だけ、公務員だけで人を増やせと言っても結局「自分たちの既得権益のためだけの運動」というふうに見られてしまうので、そうした社会的な運動に発展させていくことが必要です。ですから、生活保護行政だけでなく、いろんな分野での国と自治体の内と外との協力した社会的な運動を広げていく必要があると思っています。

2009-11-19 10:27:42

経済危機打開のための緊急提言 - 内部留保を労働者と社会に還元し内需拡大を

テーマ:ワーキングプア・貧困問題

 ※労働総研の緊急提言を紹介します。(※私も労働総研の労働者状態分析研究部会のメンバーなのです。byノックオン)


 経済危機打開のための緊急提言
 内部留保を労働者と社会に還元し、内需の拡大を!
                   2009年11月18日
                   労働運動総合研究所(労働総研)


 ▼緊急提言の概要


 労働総研は、この度、「日本経済の危機打開のための緊急提言」をまとめた。


 日本経済はいま深刻な危機に直面している。この危機を打開するためには、日本経済の仕組みを外需・輸出依存型から内需・国民生活充実型に転換させることが急務である。提言では、企業が膨大にため込んでいる内部留保を労働者と社会に還元することが、現下の日本経済の危機を打開するうえで、待ったなしの課題となっていることを明らかにした。


 われわれは、今回の提言にあたって、この10年間にため込んだ内部留保218.7兆円を、労働者と社会に配分した場合の経済効果について、①最低賃金の引き上げ、②非正規雇用者の正規化と働くルールの確立、③税、NGO等への寄付などによる社会還元、④生産、環境設備などへの投資、⑤全労働者の賃上げ等による労働条件の改善という5つのケースを想定し、産業連関分析の手法を用いて分析した。


 【試算結果】


 国内需要が263.0兆円拡大し、それによって国内生産が435.5兆円、付加価値(≒GDP)が238.8兆円誘発され、それに伴って、国税・地方税合わせて42.4兆円の増収となる。その具体的内容は以下の通り。


 ① 最低賃金の引き上げ 最低賃金を「時給1000円」に引き上げることによって、国内需要が5.8兆円拡大し、それによって、国内生産が13.4兆円、付加価値(≒GDP)が7.3兆円誘発される。それに伴い、国税および地方税が、合わせて1.3兆円の増収となる。


 ② 非正規雇用者の正規化と働くルールの確立 働くルールの確立(サービス残業根絶、有給休暇の完全取得および週休2日制の完全実施)によって、266.5万人の新規雇用が必要になる。その雇用増によって、家計消費需要が13.4兆円拡大し、国内生産が21.8兆円、付加価値(≒GDP)が11.1兆円誘発され、税金が、国・地方合わせて2.0兆円の増収となる。そのために必要な資金は、12.9兆円である。
 非正規の正規化では、派遣53.4万人、有期契約310万人を正規化するために、7.7兆円の資金が必要である。その賃上げ効果によって、国内需要が8.7兆円拡大し、国内生産が14.3兆円、付加価値(≒GDP)が7.0兆円誘発され、税金が、国・地方合わせて1.24兆円の増収となる。


 ③ 税、NGO等への寄付などによる社会還元 国内需要が32.2兆円拡大し、国内生産が55.5兆円、付加価値(≒GDP)が29.4兆円誘発され、国税、地方税合わせて5.2兆円の増収となることが分かった。


 ④ 生産、環境設備などへの投資 内部留保増分の30%である65.6兆円の投資によって、2次的な消費需要を加えて93.5兆円の国内需要が発生し、国内生産が149.4兆円、付加価値(≒GDP)が79.2兆円誘発され、国税・地方税合わせて14.1兆円の増収となる。


 ⑤ 全労働者の賃上げ等による労働条件の改善 この10年間に低下した「現金給与総額」は、月、1人あたり3万5151円になる。これを元の水準に戻すことを前提に試算すると、33.0兆円/年が必要になる。その実施によって国内需要が35.0兆円拡大し、国内生産は53.7兆円、付加価値(≒GDP)は30.7兆円誘発され、国・地方税合わせて5.5兆円の増収となる。


 【労働総研の主張】


 今回の提言にあたって、われわれは、財務省「法人企業統計」にもとづいて、内部留保の歴史的分析をおこなった。そのなかで、昨年来の深刻な不況にもかかわらず、日本企業が内部留保を増やしていること、また、内部留保の急膨張が始まったのは1998年度以降のことであることが明らかになった。それまで209.9兆円だった内部留保は、その後の10年間で倍以上の428.7兆円にも急膨張している。1998年度以降積み上がった218.7兆円は、賃金の切り下げや非正規労働者の解雇など労働者の犠牲と、下請単価切り下げなどによる中小企業への犠牲転嫁の上に、国内需要に転化することなく積みあがったものであり、到底正当化できるものではない。こうした内部留保の過剰なため込みが、国際的にみても著しく落ち込みが激しい日本経済の危機の原因となっている。内部留保を労働者と社会に還元し、内需を拡大することは急務となっている。労働組合がこのたたかいの先頭に立つことが期待される。


 ▼緊急提言の全文


 はじめに――経済危機下でも増大した内部留保の異常


 2008年9月、米証券4位リーマン・ブラザーズの経営破綻を機に世界経済は恐慌状態に陥り、先進資本主義国の経済成長率が軒並みマイナスに転化した(表1)。日本のGDP(国内総生産)も、前年同期に比べて、2008年10~12月期▲3.9%、2009年1~3月期▲7.4%、4~6月期▲6.9%と大幅に低下した。
 内部留保は、企業の生産活動によって新たに付け加えられた価値(「付加価値」≒GDP)の一部が、企業内部に滞留することを意味し、過度の増加は、国内需要の不足をひき起こして経済を不況に陥れることになる。

すくらむ-内部留保提言1



 ところが、財務省「法人企業統計」によると、同時期の法人企業(277万4434社、全産業、全規模、金融・保険業を除く)の売上高も、▲11.6%、▲20.4%、▲17.0%とGDP以上に低下し、経常利益にいたっては、▲64.1%、▲69.0%、▲53.0%と半分以下に激減しているにもかかわらず、内部留保は、+1.7%、▲0.6%、+1.4%と、増加が続いているのである(表2)。

すくらむ-内部留保提言2



 ※「法人企業統計」……資本金10億円以上の企業は全数調査。資本金10億円未満の企業は層化抽出調査し、サンプル理論に基づいて全企業を推計。




 ※内部留保……利益のうち,配当や役員賞与などで流出せずに,企業内部に留保した部分の累計額。貸借対照表では利益準備金,任意積立金および未処分利益の合計額(有斐閣「経済辞典」)であるが、倒産引当金、退職給与引当金、資本準備金なども、生産された価値が企業内部に滞留する点では同じなので、本分析は、それらを加えた広義の内部留保により行っている。


 今回の経済危機について、自民党や財界の幹部は、「アメリカ発の世界同時不況」と、あたかも天災ででもあるかのような言い方をしているが、自公政権の「新自由主義的」経済政策と大企業の近視眼的な利益追求主義の経営によって、内需が縮小し、外需に対する依存度が高まっていたことが根本的な原因の一つである。だからこそ、他の国以上に日本経済の落ち込みが大きく、回復も遅れているのである。


 それを表すのが、今回の分析で明らかになった内部留保の異常な増加である。昨年来、経済危機の下にもかかわらず積み増しされてきた内部留保は、「派遣切り」「非正規切り」、さらには、正社員に対する希望退職などの、首切り・リストラをおこなうなかでため込んだものであり、そのような経営が、日本経済を、雇用の減少→賃金低下→内需縮小→国内生産縮小→雇用の減少という“負の悪循環”に追い込み、経済の落ち込みを加速している。


 日本経済の“負の悪循環”を打開し、内需拡大→国内生産増加→雇用の増加→賃金収入の増加→内需拡大という“プラスの循環”に変えるためには、内部留保の過度のため込みをやめ、利益を労働者と社会に還元して、需要と供給のバランスを回復しなければならない。


 いま、そのための適切な政策と、大企業にたいして、その実現を迫る強力な労働組合の運動が求められている。


 1 日本経済の急激な落ち込みと内部留保


 今回の大不況以後、今までに最も落ち込みが大きかった2009年1~3月期について、各国の実質成長率(前年同期比)を比較すると、日本は▲12.4%で、ドイツと並んで、落ち込みの大きさが際立っている。さらに、OECD(経済協力開発機構)の2009年実質経済成長率見通しによると、日本は▲5.6%で、先進7ヵ国中最も低い。(前掲した表1)


 なぜ、日本経済の落ち込みがこれほどまでに大きいのか。私たちは、その原因は、大きくいって3つあると考えている。


 第1は、1996年の橋本内閣による「日本版ビッグ・バン」(金融の市場開放)に始まり、2001~2005年の小泉内閣で頂点に達した「市場原理主義」的な経済政策の下で、政治・経済の両面においてアメリカの影響力が強まり、日本の金融機関や大企業がアメリカのヘッジファンドや銀行と連携し、国内外で積極的に投機活動に乗り出すようになった。アメリカ金融危機が日本にとりわけひどい激震をもたらすようになったのは当然であった。


 第2は、第1とも関係するが、日本経済の体質が、アメリカを中心とした外需依存型の構造になっていることである。日本の直接的な対米輸出比率は、2000年の29.7%から2008年には17.5%まで低下しているが、ASEANや中国に進出した現地企業も対米輸出比率が高く、それらの関連産業の生産も加えると、日本の対米依存度は、むしろ上昇している。そのため、米国発世界同時不況の直撃に加えて、進出先の国々からの“副震”を大きく受けることになったのである。


 第3は、日本企業が、異常な内部留保の増大に示される、近視眼的な経営を行ってきたことである。経済は、生産活動によって新たに付加された価値が、賃金、株主配当、税金などに配分され、それが家計消費、政府消費、設備投資などの国内需要に転化して、再び国内生産を誘発することにより、循環していく。ところが、1998年から2008年の間に、企業の内部留保として218.7兆円も溜め込まれ、それが、国内需要に十分転化されていないのである。その結果、わが国経済は、大幅な需要不足が慢性化し、成長できないどころか、正常な循環すら困難になっている(2008年の国内総支出は507.6兆円であり、この間の内部留保増加額は、実にその41.4%に相当する)。他の先進資本主義国と比較してより深刻な日本の不況は、このような日本企業の行動が自ら招いたものということが出来る。


 最近の大企業経営者は、コップの中(自社の経営)だけを見て、それがおかれた状態(経済全体)を見ている人が少ない。一方、大企業の労働組合は、企業の率先した派遣労働者切りに目をつむり、リストラがあっても賃下げになってもたたかおうとしない。そればかりか、「労働者派遣法」の改正に企業と一緒になって反対している労組もある。このような状況の下で、とりわけ雇用者への価値の再配分(付加価値全体の53.9%を占める)が十分に行われず、内需の鍵である家計消費需要の拡大(国内最終需要全体の54.7%を占める)が出来ていないのである。


 2 98年度以降、急膨張した内部留保


 私たちは、内部留保を、直ちに「悪い」と言っているのではない。企業経営上、また、経済社会の安定のために資本準備金や貸倒引当金などは当然必要であるし、企業が安定的経営や拡大再生産のために積立金を確保しようとするのも十分理解できる。しかし、1998年度以降積み上がった218.7兆円は、賃金の切り下げや非正規労働者の解雇など労働者の犠牲と、下請単価切り下げなどによる中小企業への犠牲転嫁の上に、国内需要に転化することなく積みあがったものであり、到底正当化できるものではない。


 今回、我々は、このような内部留保の急速な蓄積がいつごろから始まったのかを調べ、もし“適正な内部留保の水準”があるとしたら、過去の経験からどのくらいと言えるか、また、もし、この間、大企業が、利益を適切に労働者や社会に還元・配分していたら、何が可能だったのかを分析してみた。
内部留保が急増したのは1998年度以降であり、奇しくも「労働者派遣法」が改悪された時期と一致する。(図1)


 それ以前も、内部留保の増加率は、売上高より高かったが、従業員給与も上昇していた。しかし、1998年度以降は、売上高も従業員給与も低下する中で、内部留保のみが急増しているのであり、到底、妥当な経営の姿とは言えない。
 「法人企業統計」によると、売上高に対する内部留保の水準は、1970年頃の高度経済成長期には5%前後であったが、日本経済の不安定化に伴って徐々に上昇し、第2次石油危機から円高へと続いた1980~86年度には、平均10.1%になった。その後のバブル景気(1987~90年度)の時期は13.1%、バブル後の長期不況“失われた10年”(1991~2001年度)の時期は、平均16.1%であった。それが、いざなみ景気(正式名称は未定。2002~2007年)の時期に、23.7%に急上昇したのである。(表3)

すくらむ-内部留保提言図1



 それでは、“妥当な内部留保”とは何だろうか。もし、内部留保に“妥当な水準”があるとしたら、それは、どのくらいだろうか。財務省「法人企業統計」から計算した、企業の売上高に対する内部留保の水準をメルク・マールとして探ってみた。




 年次別に見ると、内部留保が急増したのは1999年度以降である。その後、2008年度までの10年間に、209.9兆円から428.6兆円へ、218.7兆円増と、2倍以上に膨張した。売上高に対する水準も、15.2%から28.4%へ、13.2ポイントも上昇している。


 内部留保を種類別に見ると、この間の増加額が大きかったのは、「繰越利益剰余金」、「積立金」、「資本準備金」および「その他資本剰余金」の順であり、“狭義の内部留保”が全体の68.0%を占める。(表4)


 本分析では、かなり甘いかも知れないが、急増前の水準である1998年度の対売上高比、15.2%、209.92 兆円を内部留保の“妥当な範囲”と仮定し、それを基準に以下の分析を進めることにした。

すくらむ-内部留保提言3
すくらむ-内部留保提言4


 長期不況期に、“倒産や経営危機に備えるため”といって、内部留保をため込んだ大企業は、その後、バブル期を上回る収益を上げてもそれをやめようとせず、逆に、さらに労働者や下請中小企業に犠牲転嫁を強いて、内部留保を拡大してきたのである。




 3 労働者と社会に還元し、内需の拡大を


 (1)内部留保の還元に関する一考察


 私たちは、もし、1988年以降、溜めすぎた内部留保を、労働者と社会に配分した場合の経済効果について、
 ① 最低賃金の引き上げ
 ② 非正規雇用者の正規化と働くルールの確立
 ③ 税、NGO等への寄付などによる社会還元
 ④ 生産、環境設備などへの投資
 ⑤ 全労働者の賃上げ等による労働条件の改善
 という5つのケースを想定し、産業連関分析の手法を用いて分析した。(表5)

 日本の最低賃金は47都道府県ごとに決定され、全国平均額は713円である。世界の多くの国では、全国一律の制度として設定されており、フランスやイギリスなどは1100~1300円という水準である

すくらむ-内部留保提言5



 ① 最低賃金の「時給1000円」への引き上げ




 最低賃金を1000円に引き上げることは、ワーキング・プアなど、働く貧困を解消するための急務であり、直ちに実施すべきである。そのために必要な資金は5.9兆円で、1998~2008年度の間に増加した内部留保、218.7兆円の2.7%にすぎない。


 ② 非正規雇用者の正規化と働くルールの確立


 《非正規の正規化》


 昨年来の「派遣切り」、「非正規切り」によって職場を追われ、職を失った労働者は、厚生労働省の控えめな推計によっても24.4万人にものぼる。「派遣切り」、「非正規切り」の実態は、派遣労働者や有期契約労働者が、無権利で低賃金の「使い捨て労働者」として企業に活用されている実態を浮き彫りにするものとなった。「非正規切り」の先頭に立ってきた自動車メーカーでは、生産調整が終わり、増産体制に入ると、再び、短期の「使い捨て」を前提にした非正規雇用の再開の動きが広がっている。こうした企業の都合次第で「使い捨て」にできる雇用をやめさせ、「安定した雇用」を実現することは広範な労働者の切実な要求となっている。「雇用は正社員が当たり前」という社会を実現する必要がある。そのために必要な資金は7.7兆円であり、内部留保増加分の3.5%に過ぎない。


 《働くルールの確立》


 ⅰ) サービス残業の根絶……労働基準法違反の犯罪行為であるサービス・不払い残業が大手を振ってまかり通っている。不況のもとで、操業短縮や一時帰休などの生産調整が進んだにもかかわらず、サービス残業は依然として根絶されていない。2008年度の労働基準監督署の監督指導による割増賃金の是正状況(100万円以上)をみると、是正指導を受けた企業は1553社に及び、是正支払金額は196億円に及んでいる。サービス残業の根絶は急務になっている。
そのために必要な資金は5.6兆円であり、内部留保増加分の2.6%にすぎない。


 ⅱ) 完全週休2日制の実施と年次有給休暇の完全取得・・・年次有給休暇の完全取得について、異論をはさむ人はいないだろう。あまりにも当たり前の要求である。日本の年次有給休暇の取得状況をみると、取得日数8.8日、取得率48.1%という低い水準であるが、フランスの取得日数は36日、ドイツは21日である。日本の年休取得はフランスの24%、ドイツの42%という低水準である。日本の低い年休取得の水準をEU諸国に近づけるためには、年休の完全取得を義務化することが必要である。完全週休2日制の実施と年次有給休暇の完全取得に必要な原資は7.3兆円であり、内部留保増加分の3.3%にすぎない。


 ③ 税・NGO等への寄付などによる社会還元


 企業に対する税金(ここでは、「法人企業税(国税)」は、1989年頃約40%であったが、消費税増税をよそに、1999年以降30.0%に低下した。それだけ企業の社会的貢献が小さくなったのであり、これを元に戻す必要がある。また、他の先進国の企業に比べて貧しすぎるNGOやNPOへの寄付を大幅に増やし、企業の社会的責任を果たさせる必要がある。そのために、ここでは、内部留保増加分の10%、21.9兆円を用意する。


 ④ 生産および環境設備投資


 内需が拡大し、需給が回復すれば、当然、新たな設備投資が必要になる。また、地球温暖化等に対応するためには、もっと環境投資を拡大しなければならない。そのための資金として、内部留保増加分の30%、65.6兆円を用意する。


 ⑤ 全労働者の賃上げ等


 以上、4つのケースに必要な資金は、114兆円であり、内部留保増分の52.1%、約2分の1にすぎない。残りの104.7兆円を全労働者の賃上げなどに振り向けるなら、次のことが可能になる。


 まず、賃上げである。厚生労働省「毎月勤労統計調査」によれば、労働者の賃金総額は、1998年の36万6481円から、2008年の33万1300円へと、10年間に、3万5181円も減少している。これをとりあえず1998年水準にもどすことは、内部留保急増が示す日本経済の不均衡を正すことであり、国内需要、とりわけ家計消費需要の回復のために決定的に重要である。そのために必要な資金は、33兆円であり、内部留保増分の15.1%と見込まれる。


 さらに、残りの71.7兆円分を労働者に配分すれば、労働時間短縮、長期休暇制度、社会保障費の使用者負担引き上げなどにより、ワーク・ライフ・バランスを欧米先進国水準に近づけることも可能になる。


 (2)内部留保を労働者と社会に還元した場合の経済効果


 我々の試算では、1998年~2008年の間に積み上がった内部留保を労働者と社会に還元すれば、トータルとして、国内需要が263.0兆円拡大し、それによって国内生産が435.5兆円、付加価値(≒GDP)が238.8兆円誘発され、それに伴って、国税・地方税合わせて42.4兆円の増収となる。


 つまり、この間、目先の利益を追って内部留保の拡大に走るのではなく、表5のような内容で利益を労働者・社会に適正に配分していれば、これだけの経済効果が発生し、現在のような不況には陥らなかったと思われる(表6)


 なお、ここでは、総務庁公表の「平成17年(2005年)産業連関表」(34部門表)、および、経済産業省作成の「平成18年延長産業連関表」(当研究所が家計消費分析用に組み替えた45部門表)を利用した産業連関分析を行っている。各項目の試算内容等については、別記「【参考】試算の具体的内容」を参照されたい。


 ※産業連関分析……ある製品に対する需要増は、まず、その製品を生産している企業の生産を拡大するが、それだけにとどまるのではない。例えば、自動車に対する需要増は、まず、自動車産業の生産を拡大するが、次の段階では、その生産に必要な原材料やサービスの購入を通じて、様々な企業の生産を拡大する(自動車の生産→タイヤの生産→合成ゴムの生産→エチレンの生産→ナフサの生産→原油の輸入といった具合である)。


 *最低賃金引き上げの経済効果


 最低賃金を「時給1000円」に引き上げることによって、国内需要が5.8兆円拡大し、それによって、国内生産が13.4兆円、付加価値(≒GDP)が7.3兆円誘発される。それに伴い、国税および地方税が、合わせて1.3兆円の増収となる。(表6)
 この階層では、可処分所得の89.9%が消費されるので、同じ1万円の賃上げでも、他の階層より内需拡大効果が大きい。(ちなみに、年収900万円以上の第Ⅹ分位は、64.9%である。)

すくらむ-内部留保提言6


 労働総研と全労連、首都圏の労働組合が行った「首都圏最低生計費試算報告」によれば、必要な最低生計費は年間280万円である。最低賃金を時給1000円に引き上げても、現在それを下回っている労働者の賃金が、一般労働者で年間249万円、パート労働者の場合は、年間114万円になるだけであり、一般労働者でも自分一人のギリギリの生活が保障されるだけである。パートの場合には、「最低の生計費」に遠く及ばない。(表7)

すくらむ-内部留保提言7


 最低賃金引き上げの対象となる労働者は、総務庁「家計調査」の「年間収入十分位階級別1世帯当たり1か月間の収入と支出」で最も低い「第1分位」(年収250万円以下)に該当する。




 また、産業連関分析により、最低賃金引き上げに伴う消費増が、どのような商品・サービスの生産を多く誘発するか調べてみると、娯楽、理美容等の「対個人サービス」、「食料・飲料・たばこ」、「運輸・通信」、紙や繊維製品等の「軽工業品」など、中小企業が多い分野の商品・サービスを誘発する。したがって、最低賃金の引き上げは、中小企業の経営に良い影響を及ぼすと考えられる。(表8)
 働くルールの確立(サービス残業根絶、有給休暇の完全取得および週休2日制の完全実施)によって、266.5万人の新規雇用が必要になる。その雇用増によって、家計消費需要が13.4兆円拡大し、国内生産が21.8兆円、付加価値(≒GDP)が11.1兆円誘発され、税金が、国・地方合わせて2.0兆円の増収となる。そのために必要な資金は、12.9兆円である。

すくらむ-内部留保提言8


 *働くルール確立の経済効果




 非正規の正規化では、派遣53.4万人、有期契約310万人を正規化するために、7.7兆円の資金が必要である。その賃上げ効果によって、国内需要が8.7兆円拡大し、国内生産が14.3兆円、付加価値(≒GDP)が7.0兆円誘発され、税金が、国・地方合わせて1.24兆円の増収となる。


 *税・寄付など社会還元の経済効果


 まず、消費税を引き上げる一方で、1989年の40%から2008年の30%まで引き下げられた法人税(国税分)を元に戻し、加えて、NGOやNPO、学術研究機関等に対する寄付を非課税として、企業に欧米並みの社会貢献を促すことを求めたい。


 ここでは、NGO等の活動は政府の活動に似ていると仮定し、全体を、2005年産業連関表の政府消費と公共投資の比率である79.3%対20.7%に分けて、それぞれの生産誘発効果を計測した。その結果、国内需要が32.2兆円拡大し、国内生産が55.5兆円、付加価値(≒GDP)が29.4兆円誘発され、国税、地方税合わせて5.2兆円の増収となることが分かった。


 ただし、この計算には、法人税引き上げによる直接的な増収が含まれていない。2009年度補正予算の法人税は10.54兆円だから、現行の法人税30%を40%に引き上げたとすると、3.5兆円の増収となり、税の増収額は、合計8.7兆円になる。


 *生産設備および環境投資の経済効果


 設備投資は、1単位の需要によって誘発される国内生産額が、国内最終需要の中で最も大きい。したがって、本格的な景気回復には欠かせない需要項目であるが、生産設備に対する投資は、将来の需要拡大が見込まれない限り行われない。これに対して、技術革新や環境のための投資は、いつ行っても良い投資である。これらの投資が行われれば、国内需要が拡大し、国内生産を誘発するから、自立的な景気回復の大きな力になる。そして、次の段階では、生産の拡大を伴う新たな設備投資も必要になるはずである。


 今回の試算から投資の生産誘発力を観測すると、内部留保増分の30%である65.6兆円の投資によって、2次的な消費需要を加えて93.5兆円の国内需要が発生し、国内生産が149.4兆円、付加価値(≒GDP)が79.2兆円誘発され、国税・地方税合わせて14.1兆円の増収となる。


 *全労働者の賃上げ等の経済効果


 まず、内部留保の急増が始まった1998年から2008年までの10年間に低下した「現金給与総額」を、元の水準に戻さなければならない。その額は、従業員5人以上の事業所、一般・パート合計でみて、1998年が36万6481円、2008年は33万1330円だから、月、1人あたり3万5151円になる。5524万人の雇用者全員では、ボーナスを年間5ヶ月分として、33.0兆円/年が必要になる。その実施によって国内需要が35.0兆円拡大し、国内生産は53.7兆円、付加価値(≒GDP)は30.7兆円誘発され、国・地方税合わせて5.5兆円の増収となる。


 以上に必要な資金は147兆円であり、全てを実行しても、1998~2008年に積み上がった内部留保の増加分が、まだ71.7兆円も残っている。もし、それを、全労働者の賃上げや労働時間短縮、長期休暇制度、社会保障費の使用者負担率引き上げ等、欧米先進国並を目指す積極的な労働条件改善に使用するなら、国内需要が、さらに76.1兆円拡大し。国内生産が116.6兆円、付加価値(≒GDP)が66.6兆円誘発され、国税、地方税合わせて11.8兆円の増収となる。


 なお、「税・寄付などによる社会還元」以降の生産誘発効果は、総務庁「平成17年(2005年)産業連関表」(34部門表)から数学的処理によって導き出された、「生産誘発係数」(ある需要が1単位増加したとき、各産業の国内生産額はどれだけ誘発されるかを表す係数により、計算している。


 4 まとめ――一刻の猶予も許されない、待ったなしの課題


 (1) 我々は、内部留保の蓄積自体を“悪”と言っているのではない。また、蓄積された内部留保を直ちに全て取り崩せと言っているのでもない。1998年度以降の内部留保急増は異常であり、妥当性を欠き、国内経済の需給バランスを崩しており、それが、今回不況を他の国以上に深刻なものにしているのだから、極力、その改善に努め、また、これまでの経営を改めて、利益を労働者と社会に的確に還元・配分し、内需の拡大を図るべきであると主張しているのである。


 (2) 現実に崩れてしまっている国内需給のバランスを回復するには、急増した内部留保に見合った内需の拡大が必要であり、当面、以下の事項程度は、直ちに実施すべきである。


 最低賃金を時給1000円に引き上げ、非正規雇用を正規雇用に代えることは、労働者に健康で文化的な最低限の生活を保障することである。また、サービス残業の禁止、週休2日制の完全実施、年次有給休暇の完全取得は、先進国の常識であり、当然、既に実現されていなければならない事項である。これらを実施しても、必要資金は26.5兆円であり、1998~2008年度の内部留保増分218.7兆円の12.1%にすぎない。


 次に、労働者の賃金を、少なくとも1998年度時点に戻すべきである。ボーナスを年間5か月分として、労働者1人あたり、1月3万5151円の賃上げが必要であり、そのための資金は、33.0兆円、内部留保増分の15.1%である。


 (3) 今回の試算は、もし、我々が提案したような経営が行われていれば、景気だけではなく国の財政も、現在のように深刻な状況にはならなかったことを、実証的に示したものである。


 試算で示した、国内需要263.0兆円の拡大効果は、今回の分析で使用した経済産業省の「平成18年(2006年)延長産業連関表」をベースに計算すると、国内需要総額505.7兆円の、52.0%に相当する。


 それによって誘発される付加価値(≒GDP)238.8兆円は、同産業連関表の付加価値505.2兆円の47.3%に相当する。これを1年あたりに直すと23.9兆円になり、1998年のGDPは504.9兆円だから、毎年約3.7%の経済成長率が上積みされることになる。


 税収は、国、地方合わせて42.4兆円の増収であるが、これに、「税・寄付など社会還元の経済効果」で説明した法人税の増税分3.5兆円を加えると45.9兆円になり、2009年度補正予算の公債発行額44.1兆円を全額賄ってもおつりが来る。


 (4) ただし、今回の試算で仮定した5項目を今後も継続するとすれば、生産コストの増大による一定の物価上昇は避けられない。その率は、毎年2%程度と予想される。


 その分賃金が上昇すれば労働者の生活に影響はないが、経団連・財界は、それをもって「国際競争力の低下」を主張するかもしれない。しかし、現在の最も一般的な経済学の教科書によれば、A国とB国の物価上昇率の差は、為替レートによって調整されるのであり、国全体としてみれば、競争力は変らない。ただ、平均以上に価格が上昇した品目は輸出が困難になり、輸入品に取って代わられる一方、平均より価格上昇率が小さかった品目は、それまでより輸出が容易になる。


 (5) また、「大企業はとにかく中小企業は無理」との主張が予想されるが、内部留保を溜め込んだのは大企業であり、1998年~2008年の増加分の69.3%は、1億円以上の企業に滞留している。中小企業の経営が苦しいのは、大企業の買い叩き、無慈悲なプライス・ダウン要求を受け、経営者自身、生活できる収入を確保できていないからであり、労働者と力を合わせて、大企業に経営の転換を迫るべきである。


 また、「内部留保は過去の利益の蓄積であり、設備等に変っているから取り崩すことは出来ない」という主張がある。しかし、ここでは“適正な内部留保の水準”という考え方を示し、対象を1998年以後急増した内部留保に限定し、しかも、「それを直ちに全部取り崩せ」とは言っていない。決して不可能ではないはずであるである。


 なお、「法人企業統計」によって企業の保有資産を見ると、2008年度末の時点で、現金・預金だけで143.1兆円もあり、公社債や利殖目的の有価証券、ゴルフ会員権なども抱えている。


 (6) 最近の大企業は、本業より利益の“運用”に力を注いでいるように見える。その一部が、証券会社等を通じてアメリカの投資会社やヘッジ・ファンドに流れているとしたら、日本経済を困難に陥れている円高や原油価格上昇の原因を、自ら作っていることになる。


 (7) 企業とは、①生産を拡大し、②利益を上げて、③雇用者を増やし、④労働者には十分な賃金を、株主には十分な配当を支払って一国経済の基礎単位である家計を維持・拡大し、さらに、⑤税金を支払って国家財政を支え、⑥地域・社会等にも利益を還元するという、社会的責任を持った存在である。


 ソニーの会長だった故・盛田昭夫氏は、「競争」と「効率」に走る「日本的経営」のあり方を批判し、少ない従業員への配分、低い株主配当、一方的下請単価切り下げなど取り引き先にたいする横暴、地域社会や環境への配慮の欠如などの問題点を指摘し、その変革の重要性を強調した。そして、「日本企業の経営理念の根本的な変革は、一部の企業のみの対応で解決される問題ではなく、日本の経済・社会のシステム全体を変えていくことによって、初めてその実現が可能になる」(『文藝春秋』1992年2月号「『日本型経営』が危ない」)と述べた。


 私たちは、今が「競争」と「効率」に走り、労働者や中小企業にすべての犠牲を押しつける「日本型経営」の「根本的変革」にのりだす時期であり、企業がみずからの社会的責任を果たす「経済・社会のシステム」をつくりあげることがとりわけ重要になっていると考える。景気が悪いからと言って先延ばしは許されない。景気が悪いからこそ、速やかに実行すべきである。


 (8) 労働組合は、組合員の生活向上が第1の目的であるが、生産活動によって生み出された価値を適正に配分させ、内需に転化して拡大再生産につなげる社会的任務を持っている。さらに、現在の情勢の下では、自らが所属する企業の派遣切りや下請けいじめ、生産コストに見合わない安売りや安易な海外移転などを監視することが重要となっている。今春闘が、そのたたかいの第1歩となることを期待したい。

2009-11-18 07:15:18

雇用対策の一段の強化とテンポアップを求める

テーマ:ワーキングプア・貧困問題

 ※全労連の談話を紹介します。


 雇用対策の一段の強化とテンポアップを求める(談話)


 政府は、11月16日の緊急雇用対策本部「貧困・困窮者支援チーム」で、求職中の生活困窮者に対する総合的な支援を紹介する「ワンストップサービス」をハローワークにおいて試行実施することを決定した。決定によれば、東京都、大阪府など15都道府県にある43のハローワーク、ジョブパークにおいて11月30日に予定されている。


 完全失業率や求人倍率などの雇用関連指標の動向はもとより、全労連が実施しているハローワーク前アンケートでも、雇用状況の悪化と同時に雇用保険切れなどによる生活困窮者の急増が顕著になっている。冬季を迎え、事態が切迫している中でのワンストップサービス実施を歓迎する。同時に、試行に終わらせることなく、相談者にとってより使い勝手の良い内容で、問題が集中する年末・年始の時期にワンストップサービスが継続実施されるよう強く求める。


 ハローワークでのワンストップサービスの実施にあたっては、関連行政機関である自治体からいくつかの問題が指摘されているといわれる。その主要な点は、①実施に必要な人員、体制、財政措置の不足、②とりわけ生活保護給付にかかわる自治体負担の重さ、③多様な問題を抱える相談者に対する一括対応の困難さなどである。これらは、「構造改革」強行の悪影響であり当然のことである。それだけに、問題の早期かつ根本的な解決に向けた国の積極的なリーダーシップが求められる。


 生活保護を受けている国民は、その受給認定の厳しさなどにも関らず増加し続けており、160万人をこえている。09年9月の完全失業者数は363万人と前年同月比で92万人増加し、失業期間も長期化している。経済危機の影響を強く受けている中小零細企業の経営難も深刻となっている。一方で、エコ減税などの間接的支援を受けた自動車などの製造業大企業を中心に経営状況が改善してきていることは、政府発表の国内総生産速報からも明らかになっている。「内需なき景気回復」、「雇用なしの景気回復」の状況が進行していることは明らかである。この事態に対応した政府の対策の具体化が求められるが、現状は余りにも不十分である。


 現状をふまえれば、①雇用危機、中小企業経営危機の原因を作る一方で数次の経済対策の効果を享受している大企業製造業に、労働者と下請け企業に対する社会的責任の履行を求めること、②雇用保険の期間延長、雇用調整助成金の要件緩和と延長など、即効性ある対策を早急に措置すること、③生活保護や職業訓練、生活支援にかかわる各種制度を十全に活用できるよう国が財政措置に責任を持つこと、④ハローワークや福祉事務所などの行政体制強化を緊急に措置し、年末年始のワンストップサービス継続をはかること、⑤困窮者支援に経験を持つ労働組合、市民団体、NPO などと国・地方自治体と連携すること、などの対応を緊急に行うよう求めたい。


 路上生活者が増加し、経済的理由による自殺者も後を絶たないなど事態は逼迫している。政府の緊急対応と、それに安易に頼らない企業の雇用責任の発揮を重ねて求める。


                              2009年11月17日
                              全国労働組合総連合
                              事務局長 小田川義和

2009-11-17 07:31:23

そりゃあんまりだ!ハローワーク職員は官製ワーキングプア

テーマ:官製ワーキングプアの問題

 管理人Aさんからのご指摘によるエントリーです。先週の反貧困たすけあいネットワークの集会でも湯浅誠さんが紹介していましたが、NHK「そりゃあんまりだ! どうにかして!働く場」(10/23)の中で、ハローワークにおける「官製ワーキングプア問題」が取り上げられましたので要旨を紹介します。


 冒頭、ハローワークの非常勤職員の以下の声が紹介されました。


 「私は非正規の公務員としてハローワークで相談員をしています。マンツーマンで就職のお世話をしていますが、私たちの処遇は、1年ごとの契約でいつも雇い止めの不安を抱えながら働いています。レベルアップのための研修もなく、求職者に万全のサポートができるか危惧しています」


 「経験を積んで幅広い相談ができたり、より良い対応ができても、労働条件通知書には、昇給も退職手当も賞与も無しという文字が並んでいます。契約更新の有無という欄には、『契約を更新する場合が有り得る。なお、雇用期間終了後の自動更新は行わない』とあり、わかりにくい表現ですが、これは、いつでも雇い止めができるという意味です。2日間の研修がありますが、それは公務員としての心構え的なことだけで、具体的な業務の研修はありません。年々相談業務も複雑化し難しくなっていますが、スキルアップは自己責任というわけです。相談に訪れる人の人生を左右する仕事ですから、こんなことがあっていいのか、不安や恐れを感じます」


 「同じ仕事をしていても正規と非正規では報酬が大きく異なります。条件のいい求人票を見つけて自ら応募して辞めていった者もいます」


 「昇給も賞与もありません。社会保険もありません。評価もなく、将来の展望もなく、非常勤職員はないものだらけです」


 「非正規の問題の第一は低賃金です。昇給、昇格はなく通勤手当もないこともあります。職場全体が不況の影響で業務が増え休む間のない過酷な状況です」


 次に、ハローワークの正規公務員の声です。


 「私どもの仕事は法律や専門的な知識も必要ですから、非常勤の方たちがいきなり数日の研修を経て窓口に出されるというのは、非常に酷な状態だろうと思っています。非常勤の方たちにとっては、とまどいと不安、私ども正規職員にとっては、それをフォローするのに追われるという大変まずい状況になっていますから、十分な行政サービスができない、といった場面も残念ながら出てきます」


 「不十分な体制で仕事をするということは、結局、利用者にしわ寄せがいくということになります。私どもの仕事というのは、安定した雇用の場を確保するというのが仕事です。それなのに、足元のハローワークの職場自体でこれだけの不安定雇用を生み出しています。このことは、職員としてはとてもつらく残念なことだと思っています」


 こうした声を紹介したあと、NHKの解説委員は、「雇用情勢が悪化して、ハローワークの業務はどんどん増え続けていますが、その一方で、行政改革により、正規の公務員数は毎年減らされているのです。業務は増えていく一方で人手は減っていく、という中で、非正規の方たちがたくさん使われるということになっています」と解説。


 ゲストの反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠さんは、「雇用がどんどん壊れていく中で、本来なら公共サービスは踏みとどまらなければいけなかったのですが、民間企業がこんなに厳しく働いているのに公務員はなんだという公務員バッシングがこの十数年ずっと起こって、公務員の労働条件や、公務員人数もどんどん削られ続けて、今は地方公務員の3分の2は非正規になっているという調査結果もあります。高級官僚の天下り問題などは無くさなければいけません。しかし、いまの公務員バッシングは、本来の現場の公共サービスまで削ることになってしまっています。高級官僚の天下り問題などと現場の公共サービスは、同一に論じてはいけないと思います。ハローワークなどは、いちばん住民に身近な公共サービスですから、ここが壊れていくということは、結局、私たちが十分な住民サービスを受けられなくなるということになり、結局、私たちに跳ね返ってくる問題になります。そのことをきちんと踏まえないといけないと思います」と指摘しました。


 NHK解説委員は、「いちばんの問題は、業務の量が増えて仕事の内容も複雑になってきているのに、非常勤職員である相談員の待遇は低いままで、十分な研修も受けられない状況が続いているということです。今後、緊急の雇用対策として、ハローワークで就職の相談だけではなくて、生活保護の申請とか、いろいろな手続きがワンストップサービスで可能になるよう検討されていますが、そうするとますます現場が混乱していくかもしれない。この問題について厚生労働省がどう考えているのか聞いてきました」と述べ、これに対して、厚労省・山井和則政務官は、「人の人生にアドバイスをする大切な仕事である以上、それに見合う待遇、そして雇用の安定というものを考えていかないといけません。すぐにとはいきませんが、そういう方向性で考えていかないとダメだと思います。『官製ワーキングプア』と言われているように、ハローワークの職員だけの問題だけではありません。様々な現場の職員の方々が『官製ワーキングプア』ということで苦しんでおられます。『官製ワーキングプア』の待遇改善と民間の非正規雇用の待遇改善をセットでやっていく必要があると思います」と回答しました。


 最後にNHK解説委員は、「この問題は、『官製ワーキングプア』だという批判が高まってきたことを受けて、ようやく目が向けられるようになってきました。公務員の処遇を決める人事院は、非常勤の処遇を見直す方向で検討し始めていまして、来年の3月までに報告を出すということになっています。何とかして欲しいという現場の声は切実です、対策を急いで欲しいと思います」と締めくくりました。
(byノックオン)

2009-11-15 17:37:58

『派遣村、その後』小川朋・小森陽一・浅尾大輔トークセッション

テーマ:ワーキングプア・貧困問題

 11月13日夜、「派遣村のその後と個人の尊厳~貧困という問題を突破するための実践と思想とは」と題したトークセッションに参加しました。これは、「平和の棚の会」創立1周年記念企画で、『派遣村、その後』(新日本出版社) を執筆した30歳の女性ルポライター・小川朋さんと、東大教授で「九条の会」事務局長・小森陽一さんとの2人のトークセッションだったのですが、終了後、小川さん、小森さん、ロスジェネ編集長で作家の浅尾大輔さんらとともに、私も打ち上げに誘われ参加しましたので、“打ち上げでのトークセッション!?”も含めて興味深かった点などを紹介します。(byノックオン)


 小川朋さん編著『派遣村、その後』の74~75ページに、年越し派遣村村長・湯浅誠さんの次の言葉が紹介されています。


 「溜めというのは、そこからエネルギーをくみ上げていく機能を持つもので、なにかやるときの自信になるとか、それがあればやれると思えるとか、がんばれるとか、ですね。私は、当事者が失った溜めを増やすために、居場所をつくるしかないと言っています。自分も生きていていいんだと腹に落ちる場所をつくる。誰かからそう言われなくても、ああ、自分も生きていていいんだ、と思う瞬間がある。それが来るのを待つか、そういう場所を用意できるか。たたかうためには、たたかわなくていい場所が必要です」


 「人の溜めをみるためには、自分の溜めを自覚するのがまず一歩です。『あの人たちは本当に努力しているのか?』という問いから1回離れないと、何のために居場所をつくるのかもわからなくなる。そのことがわからないという人も、家に帰れば、愚痴を聞いてくれる妻がいるわけですね。そういう溜めがある。そのことを自覚しないと、ああ、自分はそういうなかで生かされているんだということがわからないでしょう」


 湯浅さんが指摘する「自分も生きていていいんだと腹に落ちる場所」が、全国各地で取り組まれている「派遣村」であったり、もやい であったりするのだと思います。そして、「たたかうためには、たたかわなくていい場所が必要」という湯浅さんの指摘は、貧困問題を突破するための最初のステップになるのでしょう。


 トークセッションの中で、小川さんは、従来の労働運動の決まり切った運動の有り様、「労働者は団結してたたかって当然」みたいなところに、確かにその通りではあるのだけれど「ある種の違和感やためらいを感じる」と語りました。この小川さんの「違和感」や「ためらい」は、「自分も生きていていいんだと腹に落ちる場所」や「たたかわなくていい場所」さえ奪われている派遣労働者などにとっては、従来の型にはまった正社員中心の企業内の労働組合の運動が、あまりに無力であったという問題にも関係するように思いました。


 それに対して、小森さんは、従来の労働運動の正しさや強さに向かっての団結というのは、ためらいがちの弱さを持つ労働者にとっては「自分は弱いんだ」という自分自身の弱さも口にできないという点で、ある種の疎外感を感じてしまう問題があるのかもしれないと指摘していました。そもそも強さに向かっての団結をふりかざしてきた従来の労働運動系がこの惨憺たる到達状況にあるわけだから、人間は弱いというところからまずつながっていく、その弱さを肯定するという形で連帯を築いていくことが重要になっているのではと小森さんは語っていました。


 これに関わって、湯浅さんが派遣村シンポジウム(6/28)のときに、労働運動系はたたかう労働者、立ち上がった労働者、声をあげた労働者だけを中心にする傾向がどうしてもあって、生活系/生存系の運動はたたかえなくても、たたかわなくてもまず居場所づくり、生存を肯定するというところからスタートすると指摘していましたが、派遣労働者をはじめとした非正規労働者の問題は、従来の労働運動ではなく生活系/生存系の運動に近い取り組みが必要になっているということでしょう。これからの労働運動の連帯は、声をあげない労働者、立ち上がらない労働者に対しても冷淡であってはいけないのです。


 そして、人間は強さも弱さもあわせ持つ存在であり、ためらいながら生きている、声無き声があるということを描くルポルタージュや文学などによって共感を広げていくことも大切になっています。(※そうした観点での日本近代文学の読み直し作業が必要という点について、小森さんと浅尾さんの間で夏目漱石論や太宰治論をはじめとするレベルの高い議論が交わされましたが私の能力では紹介しきれません。とりあえず、浅尾さんの新刊『ブルーシート』 で小森さんとのトークセッションを企画してもらいたいという要望は出しておきました。加えて打ち上げでは、小森さんの東大の授業を、東浩紀さんや萱野稔人さんが受講していたときの話なども飛び出し、先月のテレビ朝日の「朝まで生テレビ」での東浩紀さんの凄さなどの話で盛り上がりました)


 また、従来の労働運動が企業内の賃金闘争に特化してしまって、一番大切な労働者の権利について全労働者的な権利闘争を進められなかった弱点が今あらわになっていると小森さんは指摘します。19世紀から労働者が血を流しながら勝ち取ってきた労働者の権利・労働法体系を、1990年代から現在までの労働法の規制緩和路線で一気に崩されてしまった。とりわけ、派遣労働者にとっては、労働者を守るはずの労働者の権利・労働法体系が、悪法によって執行停止状態にされていて、派遣労働者は労働者の権利を守られるどころか、人間としての生存権さえ守られず、路上に放り出される結果となっているのです。労働者を守るはずの法体系が執行停止状態になっているがゆえに、憲法25条の生存権を直接立てて、厚生労働省の目の前で国と対峙する「年越し派遣村」が必要だったわけです。フランスでは1年間家賃を滞納していても、冬場には家を追い出してはいけないという法律があるのです。追い出したら凍死してしまいますから、市民の命を守るために政府が法律で規制しているわけです。ところが、住む家を確保するのも自己責任とされる日本社会では、冬場に凍死しようがどうしようが路上に放り出すという社会になってしまっているのです。


 展望として小森さんは、『派遣村、その後』の中の「道筋をつける人々 労組に入って直接雇用かちとり正社員化めざす」(169~182ページ)で紹介されている派遣先の正社員の労働組合が派遣労働者も組織化して一緒にたたかっている労働組合・JMIU日本トムソン支部の運動をあげました。派遣労働者は実際に働いている企業側と雇用関係に無いため、団体交渉も不可能な無権利状態に置かれていたのですが、派遣先の正社員労働組合と連帯することで、派遣労働者も団体交渉の席に着くことができたのです。


 「私たちが求めている(派遣社員の)正社員化は、『ふつうに働き、ふつうに生活がしたい』というだけなのです」、「若い派遣労働者からは、『どうして僕らのために頑張ってくれるのか。自分の利益にはならないじゃないか』とよく聞かれます。私は、決して人のためと思ってやっているわけではありません。私たちは、姫路工場の未来を若い彼らに託したいのです。私たち社員がこつこつと積み上げた技術を伝えたいのです」、「職場というのは地域に根ざし、その場所で働きたい人を採用し育てていく、それが当たり前のことなのです。私たちも派遣の若者も同じ職場の仲間です。誰かのためではなく、みんなのためにたたかっているのです」(JMIU日本トムソン支部執行委員長・前尾良治さん談、小川朋編著『派遣村、その後』181ページより)

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