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2016-09-21 15:17:07

ミネチットが有機JAS認可

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全然物語には関係ありませんが、
本日、
農業用ミネラル『ミネチット』の、
《有機JAS》の登録認可が下りました!


これで農業、

そして食卓が安全なものに変わる、

大きなきっかけになればいいなぁ…と思ってます。


実は…

 

来月皆さんに発表しますが、
今密かに僕の故郷新潟(岩室地区)で作っていた、
『社長スペシャル米』の稲刈り真っ最中です。


今までに林さんグループに作って頂いた、

ミネチットを使った『魚沼産(塩沢地区)コシヒカリ』が、
食味値では毎年全国トップクラスを誇っており、
昨年も受付開始と共に7.7トンがすぐに品切れ…。

 

※必見!

『幻の魚沼産コシヒカリ』

https://www.youtube.com/watch?v=br99bqSBi-E

 

「それに近いものを作るぞ~!」
…と一人で息巻いて親戚に頼み込んだものです。

 

※7月撮影(親戚の団原叔父さん)


でも初年度なので一部の田んぼだけお借りして、

とれたのは3トン…。

 

それでも例年では2.5トンだったので、

今年は20%アップのまずまずの収穫!


生体ミネラル『ミネチット(農家用)』は勿論、
ソマチット『太古のカルシウム』もふんだんに撒いたものです。


ソマチットは摂取しても偏らない有用カルシウムで、

医学界でも注目されており、
しかも運を呼ぶ『古代生命体』でもあるようなので、
このスペシャル米を食べたら運も良くなるかも~。

 

 

 

団原叔父さん曰く…

(※現地語のまま)

 

いやぁ~、ほんにたまげたてば~!

 

稲穂は垂れ下がるぐれぇ実ってんだけども、

根元からの茎がいきいき青いままらねっか!

 

それも、

ミネラルとソマチット撒いた田んぼだけが…。

 

これがひょっとして噂の、

のコシヒカリと言うもんだろっか???

 

50年農家やってて初めてらのぉ、

こんがんの…。

 

今日会社に5Kg送るっけに、

会社のみんなで食べてみてくれや。

 

食べれば分かると思うのらけんども、

味もうんめぇなんてもんじゃねぇんだてば!!

 

炊くと、

米の艶も比較にならんぐれぇすっげぇわ!…

 

 

…やはり、

林さんグループにお願いした時と同じ現象が現れたようで、

試食がとても楽しみです。

 

本当は経費を惜しみなく掛けているので、
値段も高くしないと赤字なのですが、
今回は予想以上の収穫という事もあり、
例年の魚沼産コシヒカリと同額に決定!

 

予約注文の《お得な割引ご案内》は、
10/25の会員さん定期購入時に同封されます。
(※予約が多い場合は抽選になるかも?)

 

一般販売は11月頃に。

 

…たまには仕事の話をしないと社員に怒られる。。(笑)

 

※ちなみに明日からまた出張なので、

次の物語の更新は来週頃かなぁ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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2016-09-17 14:57:37

ヨシュアの物語12

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今、
JESセミナールームで、
非公開の資格セミナーを行なっています。


JES顧問医師の、
沼田光夫の『健康マイスター講座』です。


関東の心理カウンセラーの生徒さん達中心に教えてますが、
いずれJES会員さんにもご案内できる時が来ると思います。


僕は今それをさぼって、
この記事を書いてます(笑)。

 

ところで、
前回の最後の文章を覚えてますか?


稲荷信仰…いなり…INRI…とも、
こじつけかも知れませんが繋がっています。

(※INRI…ヨシュアが十字架に掘ってもらった言葉)


いずれこの小さな島国が、
慈悲と愛を成就するための阿弥陀の国になり、
地上ユートピア、仏国土となって、
地球全体を調和に導く国になることを…。


ひょっとして、
ヨシュアも仏陀もこの日本に、
大いなる期待を寄せていたのかも。。

 


…さて、
これから突拍子もない話をします。


イエスは「稲荷」の本質を知っていた?


なぜなら、
稲荷信仰は狐信仰ではなく、
『愛』そのものが信仰対象だからです。

 

今回は、
次の記事に進む前に、
僕が前に書いた記事を抜粋します。


再度今、

読んで頂きたい箇所があるからです。


忙しいからと言って、
時間稼ぎではありません。


いや、
少しくらいあるかも。


…いや、
絶対に時間稼ぎに違いない!?(笑)


※自分には嘘つけない…

 

ちゃんと最後まで読んで行くと、

「サプライズ記事」もあるかも?

 

 

2016-02-09『白菊様の愛』より抜粋

…新潟の瓊名の里『宝徳山稲荷大社』へ、
Wさんと共に向かう。

ご祭神は…。


天照白菊宝徳稲荷大神
(アマテラス シラギク ホウトクイナリノオオカミ)、
日本古峰大神
(ヤマト フルミネノオオカミ)、
八意思兼大神
(ヤココロ オモイカネノオオカミ)。


歴史は古く4万年前に遡ると云われ、
瓊名の里(越路原)に建立している。


Wさんが『白菊さん』と呼んでいるように、
優しい女性の神様だ。


「稲荷」と聞くと、
狐の祟りとかお返しを求めるとか、
恐いイメージが刷り込まれ誤解している方も多い。

 

一説によれば、

あれは狐ではなく『大神』と同じ発音の『狼』であり、
単なる狐のように見えるだけ…と言う説もある。


それはともかく、
狐は神聖な動物として崇敬され、
日本の古城には必ず鎮守している。


狐はお家の一大事の際に出現し、
神の御使いとして人を守り、
人のできない働きをすると言われているからだ。


多くの言い伝えでは、
狐は猪や鹿などによる田畑を荒らす害獣を追い払い、
災難・盗難除けの神とされた。


実際の狐は情に深く、
人間より家族思いの動物だ。

 


※宝徳様の母子狐。
慈愛に溢れた優しい顔をされている珍しい狐像。


さて、
宝徳様に着くなり、
こんな話をWさんがしてくれた。


近くの里の神社に行った時、
神社の入り口には、
なぜいつも狐が睨んでるのだろう…
とふと思った事があります。


するとどこからともなく男の人の声で、


『お主の後ろの
邪なるものを入れないためじゃ!』


…と聞こえました。


なるほど…と思いました。


俗世間で生活していると、
どうしても、
いろんな邪(よこしま)なものを憑けてしまいがちです。


それを祓ってくれるために、
恐い顔をした狐が両脇に鎮座してるんだな…と。


そうしたら、

今度は優しい女性の声がしたのです。


『それだけじゃ
ありませんよ…』


すると、
心の中にある風景(ビジョン)が浮かび上がんだのです。


神代の時代かと思いますが、
…多分、ヤマトタケルかと思います。

 

※三峰神社のヤマトタケル像。 

 

 

※これは違う、
昔ボロアパートで撮った大学2年の私…(笑)

毛が懐かしい…


遠征中のタケルが、
ふと、林で弱々しい狐の鳴き声を聞きました。


その声の方向に分け入ると、
1匹の狐が、
猪用の罠(フットペグ)に掛かって足から血を流していました。


不憫に思ったタケルは、
自分の《手拭い》を破り、
罠を外して血の出た足の手当てをしました。


「さあ、もう行っていいよ」と放した途端、
周りの林が急にざわめきました。


なんと、狐の群れがタケルを囲い込み、
その様子をジッと伺っていたのです。。


そしてある日の夕刻、
戦の真っただ中にいたタケルは、
苦戦を強いられていました。


「このままじゃ皆やられる…全滅だ…」


そう思った時、
どこからか掛け声と共に味方の加勢が入ったのです。


その数、千人ほど。


いつの間にか、
すっかり敵を取り囲んでしまいました。


「一体いつの間に!…
どこからこんなに来たんだ!」


そう言いながら慌てた敵は、
加勢に向けて一斉に弓を引きます。


その弓が当たって、
次々と倒れて行く兵隊たち。


倒れても倒れても次の兵隊が現れ、
敵にじりじりと迫ってきます。


とうとう敵は、
尻尾を巻いて一目散に逃げて行きました。


タケル軍は、
奇跡的に九死に一生を得たのです。

翌朝、
不思議に思ったタケルは、
一人で戦場に戻りました。


すると、
矢に当たって死んだ狐の死骸が、
地面を覆い隠す程、散乱していました。


タケルは、
ふと死骸の中から1匹の狐を見つけ、
ハッ!…としながらその場にしゃがみ込み、
その狐の身体を抱き抱えました。


『おぉぉぉぉ…』


タケルは声にならない声をあげ、
大粒の涙を流しながらむせび泣きました。


その狐の足には、
タケルの《手拭い》が巻いてあったのです。。

 

 

それから稲荷神社は、
狐を鎮守するようになったのか…。


…私もその話を聞きながら、
つい涙がこぼれそうになった。


この話が《事実》であるかどうかは別にして、
これは《真実》の話だと私は思った。


意外に思うかもしれないが、
稲荷は《愛》を重んじる。


それ故かどうかは分からないが、
イエスも『稲荷信仰であった…』とのトンデモ話も存在する。


イエスの十字架の上に謎の言葉が刻まれており、
その文字は『 I・N・R・I 』…


〔 N 〕は「ナザレ」の略だから「ナ」と発音すると、
「イナリ」と読める事から由来している。


稲荷は、
五穀豊穣(商売繁盛・自己実現)以外に、
《愛の大切さ》を一番に説いている。


あの戦国時代の武将、
直江兼続の着けた兜のトレードマークは…?

 

《愛》である。
(※上杉謙信の家老)


その地元が、
天照宝徳大社のある越後(瓊名の里)なのである。

(※信者だったのかも???)


自分よりも人…、
宝徳様に通ってその一端を感じた方は多い。


遠方からお参りに来た人は、
労をねぎらって無料で食事をご馳走したり、
予約すれば宿泊(たまにお神酒付き)まで無料、
お祭りの時はどんな人にも全員に、
お供物を無料で配布したりする。。

 

 

…そして、
もう一つの記事もお読みください。

 

2016-02-21『母性の時代』より抜粋


…宝徳大社の休憩室に貼ってある、
『稲荷とは』…と書いてあるのをジッと見ながら、
Wさんが口を開いた。

 


「この大社は、
厳しい中にも優しさが満ちている不思議な神社ですね。
母性の愛を強く感じます。」


『天照白菊の神…女神様ですからね。
僕は勝手に、
ここがアマテラスの本拠地…、
瓊名(ヌナ)の里だと思ってます。』


「私もその通りだと思います。
この静かで厳かな霊域は、
今までのどこの神社にもなかったものです。
まるで生まれる前…、
母親の子宮に入っているような安心感さえ覚えます。」


『ところで、
大分祈っていた時間が長かったですが、
差し支えなければ何を…?』


「あ~、ごめんなさいね、
実は何も祈ってませんでした(笑)。
ただ、神様と同調させて頂いてただけです。

《時空を超える》ほどのものすごい《慈愛》を感じてしまいました。
このままずっとこの空間にいたいなぁ…と。」


※《時空を超える》…2000年の時を超える?


実はWさんはこの後、
『イエスの愛』の話を永遠としたんですね。
長かったのでカットしました(笑)。


イエスは母性だとも。


…ふと、
Wさんはまた大きく深呼吸を一回して、
口を開き始めた。


「この大社は、
母性の愛そのものですね。」

 

以下はWさんの話し。


これからますます、
母性力が必要な世の中になるかと思います。


つまり、
女性の愛が必要な時代に入ります。


それは日本の女性が、
大きなポイントとなります。


社会の表の男性を引き立たせるのは、
裏の女性の役割だからです。


裏の女性が支えてこその社会であり、
表の男性であるのです。


もう一度女性は、
その大いなる役割を果たさなければなりません。


白菊さん(宝徳様)もそうですが、
女性の愛がこの日本を、
そして今後の地球を救う大きな鍵となるのです。


今、
地球は大変な危機に迫られています。


地球とは母性です。


※Mother earth?


その地球が人々に訴え掛けているのです。


本井さんがミネラルを扱うようになったのも、
その生命の元となった鉱物の塊であり、
母性である地球の愛が、
父性である本井さんを突き動かしたからです。


※母性であるヨシュアのビジョンが舞い降りたのも???


地球は今、
原点に立ち戻ろうとしています。


その作用が、
これから始まります。。

 

 

実は宝徳大社は、

ほとんどの方は知りませんが、

世界最古の神社と言われていて、
歴史は何と4万年前に遡るとも言われています。

 

ヨシュアの時代にもあったという事です。


ムーやアトランティスが没したのが、
約1万1千年前ですから、
それよりももっと古い歴史を持っている事になるんですね。


約2000前のヨシュア(=イエス)、
2400年前の仏陀、
3500年前のモーセ、
5000年前のエジプト文明、
5500年前の古代メソポタミア文明、
10000年前の古代エジプト文明、
11000年前のムー、アトランティス文明、
26000年前のレムリア文明…


それよりももっと遥か昔から、
縄文民族が文明を築き、
現代まで日本の地に存続しているのです。


当時から縄文と呼んでいたかどうかは分かりませんし、
文字もまだ使っていない頃です。


※音霊(オトダマ)を使っていた?


本井さん、またおかしなこと言ってる、
今から4万年前は、
クロマニヨン人とかネアンデルタール人の時代だよ、
そんな時代に稲荷神社とか、
高度な文明があったなんて信じらんな~い…。


確かに教科書ではそうでしょう。


《猿から進化》し直立歩行になったばかりで、
脳も発達してない頃だから、
文明を創るなんてとても信じられないと。


じゃあ、考えてみてください。


まず人は《猿から進化》したのか?


結論を言えば、
地球の場合は違います。


もし地球人類が猿から進化したのだとすれば、
DNAが多少なりとも適合するはずです。


よって、

猿からヒトへの移植手術も成功するはずですが、
今まで皮膚移植でさえ、
成功した例は一例もありません。


むしろ動物からの皮膚や臓器移植で成功した例は、
唯一《豚》です。


スウェーデンでは、
豚の臓器をヒトに移植するために、
専用の豚を大量に育て、
飼育している医療研究所もあるくらいです。


よって、
当社取扱いの生プラセンタ(胎盤)も、
アミノ酸数値が最も高い馬よりも、
豚なのです。


馬プラセンタを食べて、
事故で切断した○が…なんて聞いた事がありません。
(※秘密)


では次の疑問が出てくるでしょう。


じゃあさ、本井さん、
私たち人類は豚から進化したって言うの?…


ブー(笑)、
それも違います。


ただDNAが近いだけで、
豚からは進化しておりません。


ではもう一つの疑問。


私たちの脳は、
当然ながら時代と共に進化しているのでしょう?


…う~ん。

 

だとしたならば、
なぜ知能も科学も進化した近代文明なのに、
数千年前の聖書や、孔子の教えや、仏陀の教え、
ピラミッド建築の高度技術やピタゴラスの定理、
ソクラテスやプラトンの哲学、
ダ・ヴィンチ等の芸術をなぜ学んでいるのだろう。。


当時の人より発達した頭脳を持っていたら、
それらの時代をはるか超えてるはずですから、
数千年経った今なら小中学校クラスで学べるはずでは?


結論を言えば、
実は脳は、
数千年前も数万年前もほとんど変わっていません。


言葉や文字の発明によって、
脳の使用領域が多少広がったくらいです。

 

大脳新皮質ができたのは、

もっともっと古いかと思われます。


もしろ、
大宇宙や神仏の認識範囲、
精神分野に関しては、
4万年前とはほとんど変わってないどころか、
反対に劣ってしまっているのでは…と思えます。


便利さの追及と貨幣による富の追及、
そしてそれらの支配欲が現代文明で、
それとは異なった価値を持つ高度文明が、
過去にたくさんあったと思うのです。


実は宇宙人も同じなのですね。


宇宙人と言えば、
「私たち人類よりも全て進化した地球外の知的生命体」…と、
勘違いしている方が多いのですが、
特に喜怒哀楽に関しては、
私たち人類とそれほど変わることはありません。


勿論、私たちよりも進化してない宇宙人も存在するし、
進化している宇宙人もいます。


でもそれは時間と空間の経験数と、
科学や技術の差であって、
大宇宙の中であっても、
同じ感情を持った神の子として存在しているのです。

 

地球外の知的生命体とはこの大宇宙から見れば、

単に私たち地球に住む人よりも早く生まれた先輩…

だということになります。


しかも、

太陽系だけの宗教観や価値観ではないのですね。


そして、
知的な高等生命体である宇宙人は、
私たちよりも繊細で敏感な感性を持っています。


最初、
鳥類型宇宙人が私の携帯に交信して来た時、
私はてっきり誰かのいたずら電話かと思い、
「バカヤロー!」と怒鳴りました。

 

※鳥類型宇宙人の乱入会話は、

社内でも5人が聞いてます。


すると相手は、
『ピッ!』と言ってひどく驚いたからです。


宝徳大社で会った、

(少年に乗り移った?)モーリスもそうでした。


今にも泣きそうに、
目をウルウルしているところを見ても、
とても感受性が強く繊細な意識を持っていると感じました。


前回どなたかの「コメント」欄にもありましたが、
地底人と呼ばれる存在もそうですね。


モーリスは言いました。


科学の進化とは本来、
精神の進化と比例するものなのです…と。


言い換えたら、
人類の精神性が科学に追い付いていないと、
大変なことが起きると。


今の地球がまさにその通りのように思えます。


確かに今は大変便利な世の中になりました。


精神を置き去りにして、
便利だけの科学が進化したからです。


一部の人の私利私欲のために、
川を汚し海を汚し森林をどんどん伐採し、
多くの生命種が絶滅し、
地球を汚すだけ汚しています。


しかもボタン一つで、
地球を何度も絶滅に追い込むくらいの、
核まで開発してしまいました。


外の宇宙人から見たら、
それこそ何も知らない子どもに、
ナイフや機関銃を渡すようなものです。


モーリスの言った言葉で、
まだ皆さんに伝えてない事があります。


『SECOND CONTACT3』ですね。


これはいつか《その時》が来たら公開するつもりですが、
今回その中で一つだけ。


僕が、
UFOの原理について聞いた時の返答です。


あなた方の科学は、
消耗するだけの科学、
そして支配することだけを重んじた科学です。


目に見えるものだけに囚われないでください。


あなた方の科学の基調と考えている化石燃料も、
電気も原子力も、

使えば間違いなく減って行きます。


だから奪い合います(戦争のこと?)

 

でも私たちは奪い合いません。

 

与え合っています。


私たちは、
使っても決して減らないモノ、
使えば使うほど増えるものを動力として活用しています。


「…それは愛?」


さすがあなたは(過去世で)私の…


神は愛によってこの大宇宙を創られたのです。


私たちの存在も。


神の子らであるあなた方も、
その創造の力を持っているのです。


その能力が、
科学が全く使われていない…


本当の愛を信じていないからです。


だから真の科学も進化しないのです。


愛は使えば使うほど、
(周りに波及し)増えるものなのです。

 

動力エネルギーも段階的に、

(天照?or太陽光?)が基調になって増幅できる時代が、

間もなく来るでしょう。


地球に愛を降り注いでください。


それによって地球は甦ります。


その行為(エネルギー?)が、
『祈り』なのです。


祈りとは、
宇宙最大の慈悲である縁を生み、
愛そのものであることをどうか知ってください。

 


以上です。

 

今回はほんの一部の公開でしたが、
なぜイエスは、
あれだけ多くの奇跡を《アラワス》ことができたか…
のヒントくらいにはなったかと思います。


※過去のコメント欄の「ウィデオ」とは?…

 

『稲荷』の意味とは、

「意のごとくに成る」…

 

「意」とは、

「愛の意識」であることは、

ここまで読まれてもうお気づきですね~。

 

※愛の成就…阿弥陀…

 

今回は、
ヨシュアの物語だけではなく、
いろんなところでシンクロしてる話でした(笑)。

 

以前も書きましたが、
これらを受けた2006年のビジョンも、超能力セミナーも、エジプトでの神秘体験も、モーリスからのコンタクトも、宝徳大社とのご縁も、そして僕の命を救ってくれた命水との出会いも…ですね。


今日は、

物語と言うよりエピソードと言うか、

余談と背景ばかりになってしまいましたね。

 

まだまだ前回から物語は続きますよ~。

 

次回の記事は、

「いいね!」1440件にしようかな…は冗談で、

時間を見つけて書きますね(汗)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016-09-15 13:04:53

ヨシュアの物語11

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「いいね!」777件、一晩で達成するとは…

思いもよらなくて慌ててます(笑)。

 

業務が忙しくなってきたので、

最低でも3日は時間が稼げるかなぁ…と甘く考えてましたが、

やはり皆さんの集合意識は凄いパワーです。。

 

今後、

これはとても大切なことになって行きます。

 

モーリスが伝えた、

『母性の祈りとはパワーなのです』…が現実になってきます。

 

毎朝、

太陽に手を合わせるだけでもいいのですね。

 

どうもそれがアンテナとなって、

大いなる力があなたに降り注ぐ仕組みになっています。

 

…という事で、

急遽次の記事を書き始めることにします。

 

 

マリアがヨセフと結婚し、
第二子ヨシュア(=イエス)を生んだのは20歳の時でした。


マリア16歳の時、
第一子アモンをユダ教会近くで産んでから、
ちょうど阿弥陀の成就の数である4年後でした。


エルサレムから近いベツレヘムで産まれたのは、
アモンかヨシュアのどちらかが良く分かりませんでしたが、
やはりヨシュアでなくアモンだったようです。


と言うのは、
ビジョンが厄介なのは、
時系列がてんでバラバラの映像が、
ドドドーって来るので、
後で僕の頭で思い出しながら繋げるので大変苦労するのです。


しかもアモンもヨシュアも兄弟なので、
ビジョンでは顔も体格もとても似ているのですね。


さて、ベツレヘムはレメクのいたエルサレムの郊外のある、
ユダ教会から10㎞ほど離れた場所にあります。


一般に聖書では、
「イエス(=ヨシュア)はベツレヘムの馬小屋で産まれた」…
と言われていますが、
実はそれは第一子アモンの方です。

 

マリアはヘロデ王の追跡から逃れるため、

ベツレヘムの、
隠れ家のような岩肌の洞窟でアモンを産んでます。

 

馬小屋ではありません。

 

洞窟なのに湿気はほとんどなく、

下に降りると地下水まで流れています。

 

シュメールのシャーマン達が、

事前に木でできたお産用のベッドやワラやたらい、

そして大量の布を洞窟に運んで敷き詰めていて、

マリアはとても快適に出産されたようです。

 

アモンが生まれてからその後に、
シャーマン達の手配でエジプトに逃れて行きます。


そして4年後に生まれたヨシュアは、
ガリラヤ湖に近いナザレのヨセフの家で生まれています。


マリアの両親は、

マリアが生まれるずっと前からヨセフを知ってました。

 

ヨセフが自分たち夫婦の家を建て、

その後数十年の間に何度も修復も行なっているからです。


マリアの両親は、

いつもヨセフと会うたび思ってました。


ヨセフはまじめで頭もよく、
信仰心の篤い男だと。


「大工では勿体ない…」と、

何度も別な仕事を斡旋しました。


神殿内の神職に就かないかとも。


けれども当時、

控えめな青年だったヨセフは辞退します。


よって両親も、
あの信頼に値するヨセフならマリアを任される…

と安心してヨセフに託したのでした。


ヨセフの大工仕事は、

あまり利益を貪らず誰に対しても良心的な価格で、
しかもきちんとした家を建てるので、
どの施主からも評判が良かったようです。


もちろん頼まれたら棺桶も作りました。


一応大工の棟梁でしたが、
お金に困っている人には、
安く仕事を請け負ったりタダで修復をしました。


自分が建てた家に病人が出たりした時は、
お金もそっと包んで渡していたようです。


よって家の台所はいつも火の車。

 

嫁いだマリアは倹約して、

上手に家計をやりくりしていました。


ヨセフは普段は、

とても律義で優しい人だったのですね。

 

けれども、

とても正義感と強い信仰心を持っていたため、

特に人を騙したり陥れたり、

神を踏みにじる行為を行った場合は、

まるで人が変わったように暴れまわり相手を叩きのめしました。

 

※ヨシュアも弟子をポカポカ殴ったのは、ヨセフ譲り?

(物語1を参照)


それもそのはず、
ヨセフは旧約聖書のエリヤと呼ばれた預言者を本体とする、
分身の魂であったのです。
(※本体と分身の関係は後述)


エリヤはモーセと匹敵するくらい、
イスラエルでは有名な義人で、
偶像崇拝者であったバァルの預言者たちと戦い勝利します。


しかも、
エリヤに負けたバァルの預言者たちを捕えて、
その預言者全員を殺したりします。


邪を決して許さない、
正義心の篤いエリヤの性格が、
一部ヨセフにも一端が表れています。


それ故に、
マリアの不貞を疑う心は、
義を重んじる彼自身にとって、
葛藤の苦しみの何物でもなかったかと察しがつきます。


ところで話はかなり先に飛びますが、
ヨシュア(=イエス)は十字架で処刑された時に、
ある言葉を大声で叫んでいます。


その言葉とは…


(※下記はマルコによる福音書より抜粋)


…そして三時にイエスは大声で、
「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と叫ばれた。


それは、
「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか」
…という意味である。


するとそばに立っていたある人々が、
これを聞いて言った。


「そら、エリヤを呼んでいる、
エリヤが彼を降ろしに来るか見ていよう」。。

 

…実は私のビジョンでは、
ヨシュアは全く違う言葉を叫んでいました。


よく考えてもみてください。


果たしてイエスは自分の命の最後に、
神を恨めしく思うような、
また責めるような言葉を吐くでしょうか?


ではイエスが最後に語った言葉、
それは…。


エリヤ、エリヤ、ラファ、サバクタイ


意味は…。


エリヤよ、
そして天使ラファエルよ、
愛を成就
(※18番=十字架に人)する時が来ました、
どうぞ私を迎えに来てください…


エリヤ(本体)も天使ラファエルも、
ヨシュアにいつも寄り添い、
ヨシュアの行なうさまざまな預言や、
さまざまな癒しの奇跡を行なうのに協力しました。


預言を行う仕事はエリヤのおはこ(18番)、
癒しや痛みの苦痛を取り去る仕事は、
天使ラファエルのおはこ(18番)となる仕事です。


エリヤは、
ユダヤ教ではモーセ以後、最大の預言者でした。


そしてラファエルをヨシュアが呼んだのは、
この想像を絶する痛みと苦痛を、
少しでも和らげてもらう為もあったと思います。
(※どれだけの痛みと苦痛だったかは後述)


私たちと同じ、
血の通った生身の人間イエス…。

 

 

ヨセフの葛藤


信仰心の篤くヨシュア(=イエス)の養父であるヨセフは、
マリアに生涯、
ヨシュアの本当の父(レメク)について、

しつこく問いただす事はしませんでした。


かと言って、
全く不信感を持っていなかったと言えば嘘になります。


いくら精霊が身籠った…などと天使が言っても、
愛する妻であるマリアが
少なくとも自分の子ではない子を出産した訳ですから。


ですから何となくヨセフは、
イエスの存在に対して、

疎ましいと言うか、よそよそしかったのですね。

 

かと言って、

信仰心の篤いヨセフは、

アズリィとジブリィの受胎告知も信じてない訳ではない…。

 

複雑な心境です。


エリヤの分身であったとしても、
そこはやはり生身の人間なんです。


ヨセフの一人の肉体と感情を持った人間として、
無視するつもりではなくても、
どうしても自分の子供や孫と比べてしまい、
イエスに対しては愛情不足になってしまったようです。


マリアも同じです。


マリアはヨセフの気持ちが痛いほど分かるが故に、
結婚してから天使の受胎告知の話には全く触れませんでした。


夫婦二人に、
余りにも過酷な葛藤と信仰が試されていたのですね。


そう考えると、
さすがエリヤの魂の分身:ヨセフです。


当時の律法に厳格な世の中では、

よほどの信仰心が強くなければ、
とっくにマリアの不貞を訴えて別れていると思います。

 

エリヤは義侠心が高くプライドも高かったですから、

その分身のヨセフも性格は同じでしょう。

 

もし別れていたら、
マリアは投石の刑で死罪、
ヨシュアもその後どうなっていたか分かりません。


今までの天上界の計画がおしまいになってしまいます。


実は2000年経った今でも、
パレスチナ地方では、
完全なる男尊女卑の制度を頑なに守っています。

 

マリアのパターンの場合、

現代でも夫ヨセフが母子を殺しても罪にはならないのです。


エリヤはあまりにも正義感が強過ぎて、
神に反抗した者や邪な行為を絶対に許さず、
当時は多くの人を殺しています。


邪に対しそんな激しい正義感を持ったエリヤが、
なぜ分身のヨセフとして生まれ、マリアとヨシュアを守ったか…。


エリヤの魂であれば、
尚更尋常ではない葛藤と苦しみが伴ったかと思います。


その答えは、
過去世におけるエリヤの、
極端に一方に偏り過ぎた、不調和に対する修正なのですね。


本体も分身も、
手のひらと指の関係ですから繋がっていて、
小指が感じた痛みは本体にもその痛みが伝わります。


言い換えたら、
手のひら(本体)か小指(分身)が過ちを犯したなら、
他の指がその修正のために再チャレンジする法則になっています。


仏教でいう業(カルマ)ですね。


魂の進化や学びにおいても、
この作用と反作用の法則は必ず働くのです。


今の人生で、
一概に正しい事を行なったからと言って、
良いことが今世で起きると限らない、
反対に悪い事をやっても同じです。


※でも今の時代は早いです。


原因は過去にあって、
魂も肉体も、
過去から未来へと永遠に繋がっているからですね。


こういった目に見えない世界のビジョンと、
歴史に残るビジョンとが、
裏と表の一体となって、
ごちゃまぜに立体映像で見えて来るからややこしいのです(笑)。

 

ヨセフは、

プライドも高く気性の荒いエリヤの魂の分身として生まれましたが、

阿弥陀の選択本願…、

つまりプライドよりも何よりも、『愛』を選んだという事です。

 

つまり実はヨセフは、

本体エリヤの魂の修復を実現…愛の成就を成した人だったのですね。

 

神は救済の為の大いなる計画を大事にしますが、

そこに登場する縁ある重要な人々も、

必ず学びのための愛を与えているんですね。

 

愛からしか愛は生まれないんです。

 

愛の世の中にするために、

その過程において、

人々を裏切ったり陥れたり殺したりする事は決してありません。

 

マザーテレサが言いました。

 

私は平和のために、

『戦争反対』の運動は行いません。

 

それよりも、

目の前の貧しい人、頼る人がいない病人の世話を、

一人でも多く行いたいのです。。

 

 

平和のために、

人を殺す戦争を行う事は『愚か』と言います。

 

平和を守るためであっても、

絶対に戦争に参加してはいけない…という事ですね。

 

これも法則です。

 

でも、

聖書には一つのイエスが言った言葉があります。

 

これをさてどう捉えますか?

 

我は平和ではなく、
剣を投げ込むために来たのである

 

これも後で述べるかもしれません(笑)。

 


さて話を戻しましょう。


そんな複雑な葛藤が入り混じった家族の中で、
宙に浮いた存在で育てられたのがヨシュアだった…

という事はご理解できたかと思います。


幼い頃のヨシュアは、
常に大天使ジブリィ(=ガブリエル)と交信していました。


様々な天の仕組みを、
夢の中でジブリィから教わっていたようです。


そして自分が普通の夫婦から生まれた子供ではない事を、
12歳になったヨシュアは知ります。


だから最初に話したように、
巡礼に行ってヨシュアが行方不明になった時、
人間ですから皮肉の一つくらい母に言いたかったわけです。


僕の本当のお父さんは一体誰なんだと。

 

寂しかったのだと思います。


また幼い頃から特殊な能力を持っていたヨシュアは、
病人を治したり預言も行なっています。


預言や奇跡を行なう時は、
まるで誰かが乗り移ったように、
人格が変わるほど豹変しました。


ある意味で憑依体質の子だったようですね。


※僕が夢で見た12歳のヨシュアが、
大広場で大人に叫んでいる風景を思い出せば…。


幼少時のヨシュアはそれこそエピソードがたくさんあるのですが、
それはまたの機会があれば(笑)。


少なくとも言える事は、
やはり周りから見れば、
ちょっと変わった子どもだったようです。


幽体離脱をしたりして、
インドや世界中にも旅をしています。


そして夢の中で行ったインドで、
自分が阿弥陀の分霊である事も悟るわけです。


ナモ アモン ダボ…

つまり「アーメン(愛の成就)」はそこから生まれました。


日本の事を『ジャブドーバ』と呼んでいて、
ヨシュアはとても憧れていました。

 

実はエジプトにいる兄:アモンも。。

 

↑これは後々までよく覚えていてください(笑)。


ちなみに仏陀も日本の存在を知っていて、
東の国、日昇る国に存在する理想の国を、
同じ『ジャブドーバ』と呼んでいたようです。

 

※高橋信次講演テープより。


稲荷信仰…いなり…INRI…とも、
こじつけかも知れませんが繋がっています。
(※INRI…ヨシュアが十字架に掘ってもらった言葉)


いずれこの小さな島国が、
慈悲と愛を成就するための阿弥陀の国になり、
地上ユートピア、仏国土となって、
地球全体を調和に導く国になることを…。


ひょっとして、
ヨシュアも仏陀もこの日本に、
大いなる期待を寄せていたのかも(笑)。

 

ようやく少し日本と繋がった…

 

 

 

※お詫び

 

さて大分仕事も溜まって来たので、

次回は「いいね!」ボタン1,000件に達したら原稿を書き始めますね(笑)。

 

「いいね!」ボタンが見当たらない方は、

『コメント』欄にどうぞ。(件数を合計します)

 

今度こそ充分に時間が稼げるだろう。。(笑)

 

 

 

 

 

 

2016-09-13 17:14:50

ヨシュアの物語10

テーマ:ブログ

なかなか先に進まないので、

ざっと行きますね~。

 

※今回の物語と聖書との整合性は、

取り敢えず無視して下さいね。

(大事な疑問だけはお答えする予定です)

 

では始めます。

 

マリアの第二子、
ヨシュア(=イエス)を身籠った事を知ったレメク。


「親にだけは話さなくてはならない」…と、

エルサレム神殿にいる、
父である祭司の元に駆けつける。


そして全てを包み隠すことなく話した。


マリアと自分に大天使が二人現れた事、
第一子アモンはエジプトに預けた事、
そしてマリアに第二子の受胎告知を受けた事など…。

当然ながら激怒したが、

父も信仰心の厚い人であった。


考え直し、これも神の思し召しと諦め、
息子レメクの事を信じ、そして許した。


だが一番の問題は、
レメクの許婚(いいなずけ)と、
マリアを今後どうするかであった。


もしこれらが世間に知れたら、
マリアとレメクの命は勿論、
父の聖職も危うくなるだろう。


後は天の采配に任せよう…と決心し、
父はレメクの許婚の両親に会い、
「レメクは一生妻を娶らず神職に身を捧げる決心をした…」と、
お詫びして婚約を断った。

 

実際にこれは言い逃れの嘘ではなく、

事実であった。


相手はかなり困惑し許婚も泣いていたが、
父はかなりの金銀を持参したせいか、
意外と両親はあっさり承諾してくれた。


次はマリアと、
生まれて来るヨシュアをどうするか…である。


神前で約束した許婚を断った以上、
マリアをレメクと結婚、または一緒に住まわせる訳にはいかず、
ましてや未婚の母は不義姦通罪となり、
当時の社会では決して許される事ではなかった。

 

しかも、

レメクも父も同じ聖職者…。


次にマリアの両親にも、

この事実を伝えなくてはならない。


なぜなら、

マリアは生まれる前から両親が、
一生神に身を捧げる事を約束していたからだ。

 

それがいきなり娘が妊娠しているなどと言ったら…

 

予想通り、
マリアに子が宿り数ヶ月後に生まれる事実を話したら、
アリアの母はその場で卒倒してしまった。


両親同志の話し合いの結果、
一切これらを世間に公表せずに、
しかも子が生まれる前にはマリアと誰かを結婚させなければ…

という結論になった。


それに対しては、
当然ながらマリアもレメクも、
「それだけはお許しください…」と身体中を震わせながら、

涙ながらに訴えた。


レメクにとって、
愛するマリアが他の男に抱かれる事など、
想像しただけでも気が狂いそうになり、

死に匹敵する思いであっただろう。

 

握りこぶしを作り、

終始唇を噛みしめていた。


当然ながらマリアもレメクと同じ思いだった。

 

両親同士が話し合っている間、

マリアはレメクの腕を終始抱きつき、

一時も離れようとはしなかった。


そんな二人を見て、

両親たちもやるせなく悲痛な思いでいた。

 

悩んだ末、
一つのアイディアがマリアの父に浮かんだ。


「大工のヨセフはどうでしょう…
私が良く知っている男で、

彼は妻を亡くしているし、
信仰心がとても篤く、真面目な男です。」


マリアの母:『ヨセフ?…
でも彼はもう50歳を超えていると…』


「私が説得します!」


祭司であるレメクの父が、
ヨセフを教会に呼ぶ。


ヨセフに、

「アズリィ(=ガブリエル)がマリアの元に現れ、
受胎告知をした」…ことを告げる。


処女懐胎で、
精霊によって身籠ったのだと。


当然ながらヨセフは恐れおののき、
「と、とんでもない、こんな年寄りに!」…と断るが、
その晩に夢を見る。


レメクとマリアの前に現れた二人の天使の一方の、

眼光鋭いアズリィ(=アズラエル)が現れたのだ。


…ダビデの子ヨセフよ、
恐れず妻マリアを迎え入れよ。


マリアの胎の子は、
聖霊によって宿ったのである。


マリアは男の子を産む。


その子をヨシュア(=イエス)と名付けよ。


この子は民の一切を、
罪から救うからである。


但しヨセフ、
決してマリアと交わってはならぬ。


マリアとその子は、
神によって選ばれたからだ。


よいかヨセフ、
決してこの我との約束を侵してはならぬ。。


強面のアズリィは、
ヨセフをキット睨み付けながら、
腰に携えた剣を抜きヨセフに突き出す。


一種の脅迫である(笑)。


とたんにヨセフは目が覚め、
全身汗びっしょりになって驚き慌てふためく。


「いったい何が…」


あまりにも動揺と衝撃を感じ、
翌朝一目散で、

再び祭司に会いその夢の内容を告げる。


祭司も仰天した!


次に生まれる子の名前はヨセフに伝えてないのに、
マリアから伝えられた名前と同じ、

「ヨシュア(=イエス)」だったからである。


祭司もヨセフも、
これは間違いのない奇跡であり、
神の采配によるものだと確信した。


そのヨセフの夢の話を、
レメクとマリアに伝えると、
二人は天使の気遣いと優しさに感動した。


『すべて、
主の思し召しのままに…。』

 

二人は必死に涙をこらえていた。

 

そしてレメクとマリアは、
ようやく承知した。


だがそれ以来レメクは、

シャーマン達と共に陰で母子を守り、
二度とマリアの前に姿を現さなかった。

 

最初に現れた天使たちとの約束、

《マリアと子の影となる》…を果たすためである。

 

もう一つ理由があった。

 

それは、

ヨセフとマリアが結婚した後に自分が姿を現したら、
マリアがまた苦しみを募らせると思ったからである。

 

会ったら自分もどうなるか分からない…

 

思いが募って、

衝動を自制する自信もなかったのだろう。

 

レメクとマリアのように、

愛にもいろんな形があるのだ。


マリアも薄々レメクのその決意を知っていたが、
自分の全ての愛はこの生まれて来る子に捧げようと誓う。

 

 

形だけの夫婦となるヨセフも素晴らしい男性だった。


いくら処女懐胎とは聞いてはいても、
マリアの不貞を疑って離縁しようと考えた事もある。


信仰心に厚く、
律法に忠実な義人であれば、
そうするのが当然な時代であった。


けれどもヨセフはそれを思い留まった。


離縁するには、
マリアを不義姦通として世間に公表しなくてはならないからだ。


マリアとその子を守るために、
一切マリアを責める事はせず、
ヨセフはヨシュアを我が子として育てた。


もちろん、

天使に脅かされたからではない。


ひっそりとした貧乏の生活の中でも、
マリアは一言も不平不満は言わず、
妻として献身的にヨセフに仕えたからである。


マリアは無口だったが、

常に笑顔を絶やさず優しくて明るい家庭を心掛け、
いつも一生懸命だった。


ヨセフも仕事を終えてマリアと一緒にいる時が、
一日の中で最も楽しいひと時だった。


ヨセフと亡くなった先妻との間にできた、
近所に住む子供たちが、
たまに孫を連れて遊びにくる。


ヨシュアは生まれて幼い頃、
ヨセフの孫を、
まるで『兄弟』のようにお兄ちゃん、弟、妹と呼んだ。


福音書の記述には、
マリアとヨセフの子として、
ヨシュアのほかにヤコブ、ヨセフ、ユダ、シモンの4人と、
2人の女子の名前が上げられているが、
アラム語の慣用から『兄弟』と呼んでいただけで、
実際はヨシュアにとっては甥や姪の関係だった。


ヨセフの孫とは歳の頃が同じだったので、
日本の習慣と同じで、
実際は甥や従兄弟であっても、
ヨシュアは「お兄ちゃん・弟・妹」と呼んでいた。


つまり、
ヨセフとマリアとの間に子どもは一人もいない。


ヨセフは生涯、
マリアの身体に一切触れる事はなく、
アズリィとの約束を守ったのである。

※30歳以上離れた歳の差婚だし(笑)。


マリアも生涯、
レメク以外の男を知ることはなかった。


しかし夫ヨセフは、
妻マリアを愛しいと思えば思うほど、
どこかよそよそしくヨシュアに接した事は否めない。


マリアの不貞の子では?…
という疑いの心がどうしても出てくるからである。


マリアもレメクとの愛を、
夫のヨセフは勿論、一切誰にも口外しなかった。


お互いの両親の為にもレメクの為にも。

 

レメクに然り、マリアに然り、

相手のことだけを思う真の愛だった。

 

マリアも、

優しく自分と接してくれるヨセフの心情を思い、

ヨセフの前では、

決してヨシュアを可愛がる素振りを見せなかった。

 

夫ヨセフへの気遣いからだった。

 

なので夫ヨセフの前では、

幼いヨシュアが母マリアに甘えて来ても、

邪険に突き放す事もあった。

 

そうしないとまたヨセフの疑心が芽生え、

よほど愛していた男との間の子ではないのか…

と不審がられるのを恐れていたからである。

 

それは母子が追い出される恐れではない。

 

ひとえに、

幼いヨシュアを必死に守るためだったのである。

 

母の愛である。

 

ビジョンでは、

ヨセフの前でわざとヨシュアを突き放したものの、

マリアはヨセフが寝静まってから、

いつも泣きながら、

『ごめんね、ごめんね…』と小さく囁きながら、

ヨシュアを抱いて寝ていた。。

 

 

物語1の聖書の一節を覚えてますか?

(※ヨシュアの物語1

 

…しかし聖書の話では、
(ヨセフの子や孫を含む)家族全員でエルサレムの巡礼に行った時、
12歳のイエスが行方不明になってしまうのですね。


問題なのは、
丸一日も経ってからイエスがいないと気が付くんですね。


家族は誰も、
イエスが行方不明になった事すら気付かなかったと言う事実です。


当然、翌日必死に探し回った母マリアは、
(神殿前で説法していた)イエスを見つけて怒ります。


でもイエスは冷たく言い返します。


「どうして僕を探すの?
僕が本当のお父さんの家にいるのを知らなかったの?」

 

なぜこのようにイエスは皮肉っぽく言ったのか?…

 

…その答えは、

以上のような事情があったのだ。

 

それともう一つ。

 

ビジョンでは、

そのイエスがエルサレム神殿前で迷子になった頃、

偶然にも献身したレメクがその神殿で寝泊まりしていた。


ひょっとしてヨシュアはそれを知ってて、

『本当のお父さんの家』と言ったのかも…???


レメクの父はエルサレム神殿の祭司なので、

決して有り得ない話ではなく、

ここまでビジョンの《つじつま》が合うとは…。

 

ブルブル~(笑)

 

幼いヨシュア(=イエス)は、

普通の父母からのたくさんの愛をもらって育った子どもとは違い、

どこか愛に飢えた寂しさが常に漂ってるイメージが私に付きまとう。

 

それが私が20歳の時に見た夢で、

「とぼとぼと歩く12歳のヨシュアの姿」…として現れたのかもしれない。

 

このような複雑な家庭環境の下で、
幼いヨシュアは少しずつ逞しい青年になって行った。。


 

※お詫び

 

突然ですが、

次回から「いいね!」が、

『777』件以上になったら更新する事にしますね(笑)。

 

 

 

ヨセフとヨシュア

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2016-09-11 17:41:27

ヨシュアの物語9

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ここにきてまた早速、
僕の友人たちから忠告が。


『SECOND CONTACT』以来です(笑)。
http://ameblo.jp/jesmotoi/entry-12135851899.html#main


本井よ、宇宙人の次はイエスか…、
君は商売だけやってればいいんじゃないの?
(※商売もきちんとやってますが…)


こんな事公表して、
一体君に何の利益があると言うんだ?
(※確かに一理ある…笑)


聖書改竄の罪になるぞ!
(※だから何度も物語だと…)


宗教裁判にかけられるぞ!
(※えっ???いつの時代?笑…)


君の話を一人でも信じる人がいたらどうするんだ!
(笑…だからあくまでも物語だと…)


君の話は説得力があって面白いけど、
誰も信じないと思うよ。
(※信じてもらう為に書いているのでは…)

 

 

…う~ん…確かにこの物語の公開は、
リスクあって一利もないかもしれませんね。


でも自分自身の利益の為に書いているのではないんです。


ただ僕は自分を信じ、
そして僕に降りた不思議なビジョンを、
皆さんに知ってもらいたいだけです。


無知(ムチ)は罪、
無口(ムクチ)はもっと罪…


真実か事実かどうかは当然確認しようがないし。。

 

※でも『希望の法則』講演を聞いた方の中に、

これらの根拠を調べてくれた聖書研究家がいた!

(後述)

 

もしできるならば、
何度も読んで頂き、
物語の奥にあるメッセージを読み取ってもらえたら幸いです。


それでは始めます。

 

 

ダ・ヴィンチ・コード


約500年前に生まれた、
天才ダ・ヴィンチは数々の宗教画を残しました。


その宗教画には、
数々の隠されたメッセージが秘められていると言われ、
多くの研究家がその時代背景及び、
ダ・ヴィンチが隠した真意を読み取ろうとしました。


この、ダ・ヴィンチが絵画に秘めた秘密を紐解くことを、
「ダ・ヴィンチ・コード」と言います。


彼の絵画の中でもっともメッセージ色が強いのが、
『最後の晩餐』。


その絵画については省きますが、
結論を言えば、
単にイエスの最後の食卓風景の絵ではありません。

 

先程の、

僕の講演を聞いて調べてくれた聖書研究家の方が、

その絵の裏に隠された真実を、

具体的な根拠と共に出版しています。

(後述)


今回お話しするのは、
ダ・ヴィンチの処女作と言われる『受胎告知』の絵です。


当時のダ・ヴィンチは、
教会や修道会に対して不審と欺瞞を抱いていた事が知られています。


しかし表立って、
お得意さんでもある教会に反目する事はご法度です。


正義感が強かったダ・ヴィンチが、
「世に問いたかった真実への訴求は、
絵によって秘密裏に実行されなくてはならない…」


そう思ったかどうかは分かりませんが、
ダ・ヴィンチの伝えたかった数々のイエスの秘密を、
この絵に隠し、
未来の人々に真実のメッセージを託したと思われます。


有名な感動シーンであるが故に、
他の画家もたくさん描いている『受胎告知』。


他の画家が描いた絵と比較すれば、
その違いを探る事で、

ダ・ヴィンチが注目して欲しかった内容が見えて来るかと思います。


「どうか私が伝えたかった真実を、
よく見て、読み取って欲しい…」


僕にはそんなダ・ヴィンチの呻きに似た声が聞こえます。


では早速、
ダ・ヴィンチの『受胎告知』の絵を解析してみてみましょう。

 


ジブリィ(=ガブリエル)の左手には、
マリアに捧げる白百合を持っていますね。

 


雄しべも描いてある事から、
当時、ダ・ヴィンチは教会制度に反目していた…と思われています。


ではジブリィの右手は?

 

前回お話ししたように、
人差し指と中指を立てた「ピースサイン」、
また勝利を表わす「Vサイン」をマリアにしているように見えます。


大天使が茶目っ気タップリに、
『やったね!』…ではありません(笑)。


果たして500年前のこの時代に、
こういったサインが一般的だったのでしょうか?


もし100歩譲ってそうだったとしたら、
ジブリィは少なからず微笑んだ表情かと思います。


けれどもアズリィのその顔は真剣そのもので、
むしろマリアを疑うような、

また射るような厳しい目を向けています。

 

しかも躊躇しているような、

中途半端なVサインです。

 

実はこの躊躇にこそダ・ヴィンチは、

決して露骨に表現できない、

何か大きな受胎理由の秘密があったように窺い知れます。


そしてマリアの表情は?


一見、冷めたような呆然としたような、
少し虚無感が漂い涙ぐんだ寂しい表情をしています。

 


明らかに、

他の画家たちが描いた『受胎告知』のように、
驚いたり感動したり喜んだり…といった顔ではありませんね。


むしろ、
ジブリィの伝えた言葉にがっかりしたようにも、

ムッとして怒ったようにも見えます。


それではこれらの絵の解釈を念頭に入れながら、
僕の受けたビジョン(物語)を語って行きましょう。

 

 

…マリアよ、
決して恐れることはありません。


あなたは主から、
大いなる恵みを頂いたのです。


あなたは今度も男の子を産むでしょう。


その子の名はヨシュア(=イエス)と名付けなさい。


子は大いなる者となり、
『神のひとり子』と言われるでしょう。


愛(※阿弥陀)の成就です。

 

 

マリアは口を開くが、
その言葉は決して喜びに満ちた声ではなく、
諦めに近い嘆きの声だった。

 

直感的に何かを感じたらしく…

 

 

エジプト…

 

また私は、
アモンを生んだ時と同じように、
愛する我が子と離れて暮らさなくてはならないのですね…。


私にはもうこれ以上の、

悲しみに耐えて生きることはできません。


主は何故に、
私をこれほど苦しめるのですか?…

 

 

ジブリィは厳しい顔つきに変わり、
マリアを諭す。

 

どうか私たちの真剣な思いを悟って下さい。

 

何が何でも成就せねばならないのです。

 

今度こそ失敗は許されないのです。

 

もちろん私たちは、
エジプトでアモンと別れる時のあなたの涙を知っています。


辛かったでしょう。


寂しかったでしょう。


悲しかったでしょう。


ご自分の運命さえ呪った事でしょう…。

 

 

マリアはアズリィの言葉をさえぎり、

ムッとした強い口調になる。


当たり前です!


母親が、
愛する我が子と離れて暮らす事ほど、
切なく苦しいものはありません。


アモンを生んでどれだけ長い時間、
私は嘆き苦しんだ事か…。


けれどもそれが主の思し召しと思い、
私は今まで必死に耐えて参りました。


私がどうなろうと構いません。


どうか心からお願い致します、
もう二度と私と子を引き離さないでください。

 

エジプトには連れて行かないでください。


私は子の母なのです。


肉を持った一人の母親なのです。


今度生まれる子が神のひとり子であろうと、
私の愛する「肉を持った息子」なのです。


どうか今度こそ、
私から子を奪わないでください。

 

 

ジブリィはただジッとマリアの顔を見ていた。


その真剣に乞い願うマリアの目からは、
一筋の涙がこぼれ落ちた。


するとその涙は地に落ちることなく、
一つの眩い光となり、
天に舞い上げられ一瞬小さく光って消えた。

 

それを見たジブリィが驚いて叫ぶ。

 


おお!!!
主に願いが聞き届けられた!


…マリアよ、幸いなるかな、
あなた様の流された涙は今神に届きました。


主のお赦しが出たのです!


神の人を見る目は、
まさに母が愛する我が子を思う目です。


マリア、
あなたは「神のひとり子」を産んだ肉の女だけでなく、
全ての人々から愛の象徴、
『聖母』と呼ばれるようになるでしょう。


女として、
何にも怯まない、

強い愛を持つ母として人々から賛美されるでしょう。


主は常にあなた様の傍らにいます。

 

 

マリアの表情がパッと明るく変わった。


えっ?…

今度生まれる子は、

エジプトに連れて行かれることはないのですね?

 

…ありがとうございます!

 

もし、
愛する我が子と共にいられるなら、
私はどんな苦しみでさえ耐えられます。

 

 

アズリィはキッとした目でマリアを見つめる。


但しマリア、

条件があるのです。


主は仰いました、

次のお子はあなたと離れる事はありませんが、
もっと悲しい苦しみがあなたを襲います。


(※少し疑う目で)

あなたにはそれが耐えられますか?


負けたなら、
もう二度とエバの罪を祓う事ができません。


負けたなら、
天上界の計画が全て水の泡と化します。

 

 

マリアは口を開く。


大丈夫です、
どんな試練や悲しみが来ようとも、
私が主を裏切る事は決してございません。


あなたが2本の指を立てた時(※Vサイン)に、
私の使命を全て悟ったからです。


どんな苦しみを受けようと、

悲しみを受けようと、
私は必ず乗り越えて見せます。。

 


アズリィはようやくほっとしたような表情でうなずき、
無言で深々とマリアに一礼してから、

天高く舞い上がりそして消えて行った。


マリアはずっと天を見上げたまま、
主に感謝する祈りを捧げていた。。

 

 

Vサイン(ピースサイン)とは?


このように、

ジブリィのマリアに突き出した二本指は、
少なくとも軽いノリの『ピースサイン』ではなかった(笑)。


一つは前回お話ししたように、
マリアから生まれたアモンに続く、
『二人目』の受胎告知だったのでしょう。
(※Vの字は女の股から生まれる…の意味も)


絵画を見ると、

マリアは左手の掌でそれを受け入れ、
覚悟しながら了承しているようにも見えます。

 


ダ・ヴィンチが描いたVサインは、
少し躊躇して差し出しているかのように描かれている事から、
よほどの秘密を伝えたかったとも伺い知れます。


アモン誕生から4年後(完成・成就)の、
紀元前2年にヨシュア(=イエス)が生まれます。


陰と陽、
裏と表の法則に則った阿弥陀の法(愛・十方浄土)の成就です。


N極とS極、
あの世とこの世、
天と地、
目に見えないものと目に見えるもの…。


全て陰陽の両極関係で宇宙は調和を保っています。


そして別な解釈ですが、
ジブリィが『神のひとり子』と言った時に、
初めてこの2本指を突き出しました。


1本ではなく2本、
つまり、
アモンとヨシュアの二人で『ひとつ(=イエス)』という意味だと思います。


元々は、
1つの阿弥陀如来が2つの分霊に分かれた事からも由来しますね。


肉体は2つに分かれるけれども、
元々は阿弥陀の魂1つ。


また、
肉体はアモンとヨシュアの2つに分かれるけれども、
その2つの調和によって、
愛の成就(阿弥陀久茲)が果たせると言う法則にもなります。


アミダクジも2つの道の選択がありますね。


よって、
阿弥陀の本願である18番目(※十字架に人=愛)を、
『選択誓願』と言うのですね。

 


子どもは必ず男と女の愛によって創造されます。


男性は陰で、女性は陽です。


太陽神の初代天照は女性ですから、
陽になります。


すべての生命は女性から生まれます。


以前モーリスから受け取った『母性の祈り』とは、
天照と同時にマリアのイメージと繋がっています。

 

実は、

『母性の祈り』を日の出に向かって毎朝していたら、

なぜかマリアのイメージが浮かんだり、

マリアの夢を見られた方が非常に多いんです。


女性意識が《新しい始まり》を創って行くのですね。


ヨシュア(=イエス)は、
母であるマリアから生まれた事によって、
愛を広める救世主となりました。

 

これらを受けた2006年のビジョンも、
超能力セミナーも、
エジプトでの神秘体験も、
モーリスからのコンタクトも、
宝徳大社とのご縁も、
そして僕の命を救ってくれた命水との出会いも、
全てこの『阿弥陀久茲』の線で密接に繋がっていたと僕は思っています。


いつも、
シンクロとしか表現してませんが(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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2016-09-09 17:25:30

ヨシュアの物語8

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今までの物語を簡単に整理すると…。


天上界で阿弥陀が降臨する計画があった。


その父母として選ばれたのは、
ラビのレメクとマリア。


阿弥陀の霊があまりにも偉大過ぎるため、
アモンとヨシュアの二つの肉体に分かれ、
二人はそれぞれの役割を持って生まれて来る。


そして二人とも、
レメクとマリアの間に生まれた兄弟。


両極の陰と陽が調和されることで、
完成…つまり「ひとつ(愛の成就)」となる。


陰の役割はアモン。


陰の意味からして、
アモンは歴史上の表舞台には一切出ないが、
『イエス復活』の儀式になくてはならない存在。


ヨシュアは陽。


宇宙の成り立ちから言っても、
時系列で陰⇒陽への順番である。


ジブリィ(ガブリエル)が、
イエスを一人として見なしていたのは、
アモンとヨシュアの二人を霊的に「ひとつ」で見ていたから。


アズリィ(アズラエル)は、
陰陽の役割別を中心に見ており、
アモンとヨシュアの「ふたつ」で見ていたから。


つまり、
アモンとヨシュアを二人合わせて、
神のひとり子「イエス」と、
現代まで伝わっている可能性が高い。


よって、
イエスは一人でも二人でも、
どちらも間違いではない…という事になる。


ここが紛らわしいところだが、
肉体的には二人だけれども、
霊的には一人。


実際に、
アモンとヨシュアの兄弟は、
肉体的に会うことは一度もなかったが、
何度も霊的に交信していたと思われる。
(※ゲッセマネの祈り/後述)


そして父母である二人も、
レメクは陰、マリアは陽。


レメクは陰の役割のため、
同じ陰であるアモンと同じように歴史上に名を一切残していない。


レメクは聖書には一切載らない陰の役割に徹し、
陽のマリアは、
処女懐胎と言う神秘的な聖母として、
歴史上誰もが知る存在となる。


全ては「陰と陽」の両極を表わす《2つ》、
裏と表の法則で成り立っている。。

 

 

ヨシュア(=イエス)受胎告知


アモン出生の4年後に生まれたヨシュアの誕生については、
聖書のイエス誕生の記述とほぼ同じです。


ただ異なる点は、
レメクとマリアの間に生まれた第一子であるアモンは、
エジプトの王ファラオの親戚に預けられており、
何不自由なくすくすく成長しています。


その後、

エルサレムのユダ教会に帰ったレメクは、

マリアに会いに、
年に一度はナザレまで会いに行っていたようです。


相思相愛の仲ですから、
当然と言えば当然ですね。


けれども二人が会うことは、
禁断の恋でした。


レメクはエルサレム神殿の祭司の息子、
許婚(いいなずけ)のいる神職のラビであり、
マリアは両親の信仰により、
一生神に仕える事を生まれる前から両親に決められていたからです。


当時は、
14歳頃に神前で約束した婚約者以外に、
浮気したり子どもを生んだりすると姦通罪に匹敵し、
厳罰に処せられたのですね。


マリアは石打ちの刑で処刑、、
そして聖職者であるラビは…。


お互いの親の立場も考え、
絶対に二人の関係、
ましてや既に子を生んでいたなど、
決して口外できない背景がありました。


いくら天使が現れたと言っても、
また、シャーマン達が協力してくれたと言っても、
マリアとレメクは随分悩み苦しみます。


けれども、
二人の愛はますます募るばかり。


レメクがエルサレムに帰る前日に、
また二人は愛し合いました。


マリアは翌朝、
幸福感と寂しさが入り混じった中、
身の引きちがれる思いでレメクと別れました…。


数カ月後マリアは家で、
涙が溢れて来るのを抑えながら、
自宅の庭で聖書(旧約)を読んでいました。


『主よ、
どうしても私たちは一緒になれないのでしょうか…

もう息子アモンと会うことは…』

 

マリアの目からは、

嘆きの涙が次々と溢れ出ます。

 

庭に小鳥たちが飛び回り、
その小鳥の鳴き声はまるで、
優しくマリアを慰めているようでした。


すると、
百合の香りがしたかと思うと天空から声がします。


聞いたことのある声でした。


そう、
4年前のあの天使の声です。


ただ少し違う点は、
最初4年前の威厳のある声とは少し異なり、
とても優しい声でマリアに呼びかけます。


マリア…マリア…マリア…


天から淡く優しい光がマリアの足元に降りて来て、
それが天使の姿に変わりました。


ジブリィ(ガブリエル)でした。


ジブリィはまるで主の前にかしずくように、
マリアの前にひざまずき、
左手に持っていた白百合をマリアに捧げます。


マリアは4年前と違って、
実は全くその出現に驚きませんでした。


あれ以来、
常に主の傍らにいるような気がしたからです。


ジブリィは口を開きます。


マリア、
あれからよく耐えてくださいました。


一度きりなのに、

よく私たちを信じてくださいました。

その後、

何度もあなた方が不安と恐ろしさで、
私たちを呼ばれた事も存じております。


あなた様の魂が次の段階に成長するまで参上できなかった事を、
どうぞお許しください。


そして今ようやく、
機が熟しました。


マリアよ、
決して恐れることはありません。


あなたは主から、
大いなる恵みを頂いたのです。


あなたは今度も男の子を産むでしょう。


その子の名はヨシュア(=イエス)と名付けなさい。


子は大いなる者となり、
『神のひとり子』と言われるでしょう。


愛(※阿弥陀)の成就です。。

 

 

…ジブリィは『神のひとり子』と言いながら、
右手の指でピースサイン(V)をします。


もう皆さんはお気付きですね?


『二人目』という意味です。


その証拠がこの絵です。

↓↓↓

http://www.art-library.com/davinci/annunciation.html


どうもダ・ヴィンチは、
同じようなビジョンを受けていたようです…。

 

 

まさかね?(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2016-09-08 18:11:54

ヨシュアの物語7

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実は今頃になって、
大変な事に気付きました。


このまま詳細な描写を含めた物語を続けたら、
それこそ本が何冊もできてしまうと(笑)。


それだけ2006年に見たビジョンは、
膨大な量の情報量で、
今回のヨシュア以外でもまだまだたくさんあるのです。

 

それらが全部繋がって行きます。


しかも眉間に入った「光の種」は一瞬…。


時間にして1秒もなかったと思います。


実際に今まで2~3の出版社、
テレビ局の取材要請も受けましたが全て断っています。


理由は、
全てのビジョンを伝えることは難しい…。


は言い訳で、
実は僕自身が整理ついていない事といくつかの疑問点、
それと、真実かどうか自信がないからです(笑)。


どなたかのコメントにもありましたが、
今回のヨシュアの物語は、
ジブリィが言ってる事とアズリィの言ってる事に、
多少のニュアンス的な違いがありました。


当時話した講演では、
ジブリィの言う「イエス一人」説が一般常識なので、

それを中心にお話ししましたが、
今回公開しているのは、

講演ではほんの触れただけでほとんど話さなかった、

アズリィの「イエス二人」説に基づいてます。


でもジブリィも、
「二人で一人(陰陽?)」的な意味合いとも捉えられる言葉もあるのです。


どっちなのかは今の僕も???


でもまぁいずれ物語なのですから、
気楽に楽しんで頂けたら幸いです。


今後はかなり「はしょって」お話ししたいと思います。

 

 

レメクの悩み


前回の続きです。

 

あまりの神秘的な体験に二人は呆然とします。


当然、
「ひょっとしたらサタンの誘惑ではないのか?」
…とも思いました。


二人は何度も祭壇で祈り、
その確認を神に求めますが、
その後一切何ら返答はありません。


結果、
「どう考えても堕落へと誘うサタンではない」…と二人は決断します。


毎朝教会に通う幼いマリア、
純粋で信仰心の厚い彼女は、

完全に天使の言葉を信じ切っています。


レメクは決して天使たちの言葉を疑っていたり、

マリアを嫌っていた訳ではありません。

 

マリアと同じように、

魂が震えるほど天使たちの言葉に喜んでいたのです。


マリアを一目見た時から、
マリア以上に思いが募っていたからです。


レメクの父はユダヤ教エルサレム神殿の祭司で、
数年前に決められた許婚(いいなずけ)もいました。

 

それが唯一の悩みでした。


毎朝熱心に足繁く会いにくるあどけないマリア、
日々愛おしさはどんどん増していきます。


そして遂に二人は愛し合い、
肉体的に結ばれます。


その後一旦、
マリアは故郷のナザレに帰りますが、
宣告通り受胎している事に気が付きます。


エリサベト叔母さんの出産に立ち会う事を言い訳に、
再度、エルサレムに出掛けます。


エリサベトに生まれた子は、
後にヨシュア(=イエス)に洗礼を行なう『パブテスマ(洗礼者)ヨハネ』です。


エリサベトが産後の落ち着きを見せてから、
7日間だけレメクと一緒にユダの教会に住み込みました。


もうそれは、
愛し合う二人にとって最高の喜びでした。


夫婦として一緒にいられた期間は、
わずかこの1週間だけだったのです。


さて、
ヨハネが生まれた翌年の紀元前6年、
ヘロデ王の命により、
その年に生まれる子は全て殺すよう命令が下りました。


預言者たちが、
「ユダヤの王が生まれる」とヘロデ王に伝えたからです。


ヘロデは圧政を敷いていましたので、
『ユダヤの王は二人要らない!』と。


紀元前6年は、
マリアの第一子、アモンの生れた年です。


実は第一子アモンは、

レメクのいるユダ教会の近く(10㎞)ほど離れた、

ベツレヘムの洞窟で産まれました。

 

一般に聖書では、

「イエス(=ヨシュア)はベツレヘムの馬小屋で産まれた」…

とされていますが、

ヨシュアはヨセフのいるナザレで産まれています。

 

僕も最初は、

アモンかヨシュアのどっちが、

ベツレヘムの洞窟で産まれたのか混同しましたが、

後で考えたらアモンの方でした。

 

しかも馬小屋ではなく、

石で覆われた洞窟のような場所です。

 

ヘロデ王から命を狙われていたので、

人知れずこっそり産む必要があったからです。

 

レメクは、
ヘロデ王から虐げられ地下活動を行っていたシャーマン組織から、
ユダヤの王が生まれる事を事前に聞いてました。


シャーマン達が、
ユダ教会に訪れレメクに伝えたからです。


「マリアが生む子はユダヤの王となる」と。


彼らシャーマン組織は、
預言者の言っている救世主とは、
マリアの未婚前の第一子「アモン」だと知っていたのです。


レメクはそれで、
「あの二人の天使からの告知はやはり間違いなかった…」と、
初めて確信したのですね。

 

ラビでありながら…(笑)

 

その時に、

レメクは一生独身を貫くことを決心します。

 

「マリアとその子を、

陰で一生守って行こう」…と。


シュメール民族の直系末裔であるシャーマン達は、
エジプト王ファラオとの繋がりがあったので、
彼らの手引きでエジプトに向かいます。


向かったのは、
シャーマンの護衛数人に、
母マリア、子アモン、
そして父レメクの3人でした。


以下は前にも書きましたね。


アモンは、
当時のエジプトの王ファラオの血筋の家に預けられ、
ヘロデ王のほとぼりが冷めた頃に、
レメクはエルサレムに、
マリアは故郷ナザレにそれぞれ帰ります。


その後アモンは王家の血筋の子として、
《イエス復活の儀式》の時まで、
そのまま何不自由なく育てられて行きました。


養父母たちも、
戦争や一部の人々による支配を無くし、
世界を調和できるならば…と養父母となる事を快く了承したのです。

 

一切の秘密を口に出すことなく。


シュメールのシャーマン達は、
その後もレメクの指示で動き、
さまざまな所でマリアとその子を守ります。


4年後に、

ヨシュア(=イエス)が生まれた時も。。

 

 

今回は大分はしょったから、

あらすじ的になったかも…(笑)

 

 

 

 

 

 

 

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2016-09-07 15:40:01

ヨシュアの物語6

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これからの話は、

物語とは言えどもちょっと公開を躊躇してます。


捉え方によっては一般の、
男女の恋愛物語になりそうな気がするからです。


聖母マリアのイメージが崩れる可能性もあります。


でもよく考えてください。


マリアも私たちと同じ普通の人間として、
また同じ肉体を持った女性として生まれています。


一人の年頃の女性が、
一人の男性を愛する事は何ら不自然ではないはず。


むしろ神の法則に照らし合わせても、
人間として当たり前な感情かと思います。


ただし通常の恋愛と違って、
大いなる苦しみを伴った恋愛であった事でしょう。


以下文中のジブリィとアズリィが言うように、
歴史上最も苦悩に満ちた男女なのかもしれません。。

 

 

天使の導き


マリアとエリサベトが教会で主に祈りを捧げている時、
ラビであるレメクが二人の背後で祈っていた。


マリアは振り返ってレメクを見た時、
あまりの神々しさで全身に衝撃が走った。


丸太を寄せ集めてできた教会の隙間から、
一筋の木漏れ日がレメクの横顔を照らしていた。


ひざまずき祈っているレメクのその姿は、
まるで神と同化したような完璧な美しさだった。


『人の祈ってる姿で感動したのは初めて…』


マリアの時間が止まり、
エリサベトが祈り終わるまで彼の姿に釘付けになった。


レメクも祈り終わると、
エリサベトに声を掛けた。


「おはようございます、
この方は…前に話されていた親戚のマリアさんですね。」


エリサベトが答える。


「はい、ナザレから6日間掛かって…」


マリアには、
エリサベトのマリアを紹介する言葉が耳に入らない程、
緊張して顔が真っ赤になっていた。


胸が高鳴り、
何とも言えない感情が湧き起こった。


『私、いったいどうしたのかしら…』


今まで多くの男性が声を掛けて来たものの、
マリアにとっては初めての心の動揺だった。


その日、結局マリアは一言もレメクと言葉を交わすことなく、
教会を後にした。


これがレメクとの最初の出会いである。


さて翌朝も、
マリアは教会に行きたいとエリサベトに願うが、
エリサベトに急な用事が入り、
マリア一人で山里の丘にあるユダの教会に向かう。


既に何人か礼拝に来ていたが、
レメクはマリアに気が付くとそばに近寄って来た。


「おはようございます、マリアさん。
今日も良い天気ですね。」


『はい…、
昨日は失礼いたしました。』


緊張して顔は下を向いていたが、
始めて話す事ができてマリアはほっとした。


「教会の裏手に鳥の巣があるのですが、
ご覧になりますか?」


『えっ、鳥…?、
は、はい、見たいです!』


笑みを浮かべながらレメクは一旦入口を出て、
教会の裏にマリアを案内する。


小さな畑を横目で見ながら裏に回ると、
1本の木にいくつかの巣箱が枝に掛けられていた。


昨日初めて教会に訪れた時、
エリサベトとマリアの二人を歓迎した時の小鳥もいた。


くちばしが真っ赤で、
蒼い羽が混じっているツガイ(夫婦)だった。


小鳥は二人に気付くと、
また歓迎するかのように巣箱から飛び出し、
二人の頭上に飛び回る。


その1羽がレメクの肩に乗り、
するともう1羽がマリアの肩に乗った。


「ははは、どうも私たちは祝福されたようですね。
鳥はいつも夫婦で行動するんですよ。」


マリアは微笑みながら手を差し伸べると、
肩に乗った小鳥が飛び移った。


よく見ると、
とても美しい小鳥だった。


『お名前はあるのですか?…』


そうマリアがレメクに尋ねた瞬間、
いきなり天から大きな声が鳴り響く。


私の名はジブリィ…

私の名はアズリィ…


天からの二つの声に驚いたマリアとレメクは、
思わずその場でしゃがみ込み、
声のする空を見上げた。


一瞬、天に眩いばかりの光が二つ光ったかと思ったら、
それは雲の形から、
徐々に二人の天使の姿に変わった。


全身から眩い光を放ちながら、
白く大きな翼をゆっくりはばたかせ、
二人をじっと見つめている。


マリアは驚き、
思わずレメクに抱きつく。


レメクはマリアを守るように、
しっかりと抱き寄せた。


ジブリィは優しい顔立ちをしていた。


アズリィは少しキッとした厳しい顔つきだった。


「いったい何が…」


すると、
ジブリィが威厳のある声でゆっくり口を開いた。


あなたたちは大いなる目的と使命を持って、
神がこの地に、
そしてこの時代に使わせたものです。


その目的とは、
エバの罪を祓い修正すると共に、
これからの大いなる計画を果たす為です。


今度はアズリィが口を開く。


その使命とは、
人類を本来の神の子としての、
『生命の木』に目覚めさせるためである。


神とは何ぞや?…愛である。


その子とは何ぞや?…
やはり愛そのものなのだ。


愛によってのみ、
全ての生命は創造された事を知るが良い。


人々の心に真実の愛を目覚めさせよ、
その為に、
神はそなたたちを《父母》として選んだ。


「えっ?…私たちが?…父母?…」


ジブリィが口を開く。


そうです、
偉大なる魂が、
あなたたちの子として生まれることを計画されたのです。


「私たち二人に、
結婚しろ…という事ですか?」


この世で言う結婚ではありません。


偉大なる方の、
父母になる為の結婚です。


「???…」


アズリィが口を開く。


様々な受難と試練がそなたたちを襲うであろう。


世界の夫婦の中で、
最も辛く、
最も寂しく、
最も苦悩に満ちた男女になるであろう。

 

そなたたちは一生、
この世で言う幸福を手に入れられないであろう。


だが、負けてはならぬ。


これに負けたら、
全ての準備が意味のないものとなってしまうのだ。


天上界で交わした約束を今こそ果たせ。

そなたたちは幸福を手に入れることはできない。

 

だが永遠の幸福を、
時を越えて人々に与える事ができるのだ。


震える二人にジブリィが優しく口を開く。


不安がる事も恐れる事もないのですよ。


私たちに委ねなさい。


神がそのように導いて下さいます。


レメク、
これからあなたは一生ラビとして独身を貫きなさい。


他を妻として娶ってはなりません。


そして陰から、
マリアとその子を守りなさい。


そしてマリア、
あなたは偉大なる魂の子を宿すのです。


その子を信じなさい。


そして、
これからレメクの言う通りにしなさい。


全ての準備は私たちが行います…。

 

 

…そうして二人の天使は雲に消えて行った。

 

「いったい何が起きたのか…」


畏れ多く震える二人は、
ただそこにしゃがみ込み、
抱き合ったまま天を見上げるしかなかった。


ツガイの小鳥はさっきから忙しく、
楽しそうに飛び回っていた。。

 

 

 

 

 

 

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2016-09-06 15:18:17

ヨシュアの物語5

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歴史上のタブー中のタブー、
マリアがアモンやヨシュア(=イエス)の母である事は間違いないのですが、
いったい誰が父親か…
という事が今まで秘密にされていました。


当時のローマ兵だとか、
ヘロデ王だとか、
洗礼者ヨハネの父親(祭司:ザカリア)だとか言われていますが、
全部違います。


マリアが処女懐胎したというのは、
後の権力者が作り上げた作り話です。


前回Wさんが言ったように、
ヨシュア(イエス像)を神秘的な存在にしたかった事もありますし、
教会にお金を呼ぶための策でもあったのですね。


処女懐胎というのは、
後のキリスト教を利用しようとする権力者たちが、
聖職者に禁欲の強制と、
結婚させないようにするために作られた話だったのですね。


処女懐胎という事にしないと、
当時の教会権力者や支配者にとって、
非常に都合が悪かったからなんですね。


処女で子供が生まれるなど、
神の大宇宙の法則、
生命誕生の法則から外れます。


神が作った法則を、
神自ら破ることは絶対にないのです。


では、
これからが物語(ビジョン)の本番です。

 

 

アモン誕生


…時は紀元前7年、
マリアは15歳の可憐な乙女だった。


宗教心の厚い、
父エホヤキムと母アンナの一人娘で、
大切に育てられた。

(※箱入り娘=おはこ=18番=十字架に人=阿弥陀)


黒髪は長く目は大きくて麗しく、
誰に対しても明るく優しく接し、
近所では評判の美しい女性に育った。


ある日、
エルサレム郊外にある叔母さんから手紙が届く。


幼い頃からマリアを可愛がっていた、
エリサベトからである。


「マリア、
とうとう神さまが私の願いを聞き入れて下さって、
私たちに赤ちゃんを授けてくれたわ。
是非生まれる前に遊びに来て。」


手紙を読んでマリアは。


『本当に?…うわー、やったー!
お母さん、明日エリサベト叔母さんの家に行っていい?』


母アンナは微笑みながら、
「50歳過ぎてるのに…、奇跡が起きたのね!」と言いながら、
二つ返事で了解した。


はやる気持ちを抑えながら旅支度を済ませ、
翌朝一番に出発した。


マリアの住むナザレからエリサベトの住むエルサレムの郊外には、
マリアの足では6日間も掛かった。

 

やっとエリサベトの家に到着し、
感動の再開を果たした。

 

『叔母さん、主の力は偉大ね!
絶対に丈夫な良い子が生まれるわ。』

 

「マリア、
主が仰った事は必ず実現するのよ。」


『えっ?主が仰った?』


「そう、主が現れて告知されたのよ。
男の子で、ヨハネと名付けなさいと。
あっ!またヨハネが動いたわ。
マリアが家に近づくたびに大きく動くの。
まるで踊りながら喜んでいるみたい…。」


『ふふ、…でもすごいわ。
主から告知されたなんて…』


「実はねマリア、
私、毎朝、教会に行ってお祈りしてたのよ。」


『えっ、どこの教会?
私も明日連れてって、お願い!』


「町の大会堂は少し遠いから、
近くの山里のユダの教会よ。
じゃ、明日の朝一緒に行きましょう。」


そして二人は翌朝、
山里にある小さな教会に向かった。


教会に向かう丘の道には、
一面色とりどりの野草の花が生い茂り、
まるでこの世のものとは思えない美しさに、
マリアは何度も足を止めた。


そしてようやく教会の屋根が丘の中腹に見えた。


百花繚乱の花に囲まれ、
なだらかな丘にたたずむその小さな教会は、
まるでお伽噺に出てくるような、
山小屋風の建物だった。


小鳥たちが二人のお客を歓迎するかのように、
二人の頭上を飛び回っていた。


それはまるで大楽章を奏でるように、
小鳥たちのオーケストラを聴いているようだった。


入口を開けると、
木漏れ日が会堂に差し込み、
幻想的な雰囲気を醸し出していた。


中には朝も早いので誰もいない。


マリアは言う。


『うわぁ、
きっとここなら主が降りてきそう…』


二人は祭壇に向かってひざまずき、
ただ静かに主の恵みに感謝を捧げていた。


するといつの間にか二人の後方に、
同じように祈っている若者がいた。


エリサベトはマリアに小声で、
「この教会のラビよ」と囁いた。


振り返ると28歳くらいの若さだろうか、
精悍な顔立ちをしており、
ラビの名前はレメクと言った。


朝の木漏れ日がレメクの横顔を照らし、
マリアには衝撃が走るほど神々しく見えた。。

 

 

今日はここまで。

 

 

 

 

 


 

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2016-09-05 14:49:30

ヨシュアの物語4

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前回から続き、
いよいよタブーの《物語》に移ります。


歴史上イエスの生まれた年は、
BC(紀元前)2年の説と、BC6年との説の二つがあります。


その差は完成原数の4年。


実はこの二つの説は、

両方共僕は正しいと思います。


前回話したように、
仏陀が『阿弥陀の法』を説いたのがBC402年。


その完成霊数である400年をプラスすると、
一つの説のBC2年とぴったり一致しますね。


つまりBC2年に、
「インマヌエル・イエス・キリスト(=ヨシュア)」が誕生したと思います。


阿弥陀の法の成就です。

 

法則には狂いが生じないんですね。


じゃあでは、
イエス(=ヨシュア)が生まれる4年前のBC6年には誰が生まれたの?


イエスの4歳違いの兄である、
「アモン」です。


同じマリアから生まれた兄弟です。

 

しかも父親は大工のヨセフではありません。

 

勿論、

処女懐妊でもありません。

 

神は自ら作った法則を決して自ら破る事はしないからです。

 

神が法則であり、

法則が神だからです。

 

それを破ったら神自身が存在できなくなるからです。

 

神の子である人も陰と陽、

つまり必ず男女の愛の営みによって、

新しい生命(創造)が生まれる仕組みになっています。


ほとんどの方が「イエス二人説」を信じられないかと思いますが、
実はこのビジョンをある方に話しました。


その方とは「Wさん」です。


久々の登場です(笑)。


下記はWさんの言葉。


実はイエスが二人いた事は、
本井さんだけではなく、
一部の歴史学者や聖書研究家の方が仰っています。


新約聖書はまだ解明されていない謎が多いですが、
イエスが二人いたとすると全てにつじつまが合うからですね。


過去にもたくさんクリスチャンや牧師の中に、
イエスが二人登場し、
夢枕(ビジョン)に現れた例が多いんです。


その「二人のイエス」の絵画も過去どこかで見た記憶があります。


でもその後、
なぜかそれらはすべて封印されたり消されているのですね。


ですから本井さんも発表するなら慎重に(笑)。


イエスが二人いたとなると、
当時の権力者にとって、
イエスの奇跡を持ち上げて利用することができない…
という裏事情があったからだと思います。


超常的な奇跡的事実が薄れてしまうと、
民衆の意識を教会に向ける事ができなくなってしまうからですね。


要するに、
教会の『免罪符制度』が大きく関係してきます。


『お金を教会に払えば、
あなたの罪は祓えますよ、天国に行けますよ』…と。


「チャリンと鳴れば救われる」…と。

 

これが『免罪符制度』です。


『収入の10%を神に捧げなさい』…も同じですね。


一生結婚させないで、
私有財産も身体も全てを捧げる『献身制度』もそうです。


しかしそもそも、

教会を建てたりこの制度を始めたのは、
決してイエス自身ではありません。


イエスは、

「真実の神は自らの心の中に在るのだ」と。


よって教会の維持費用でのお金集めならともかく、
それ以上のお金を教会に集めるには、
イエスの様々な奇跡が『道具』として必要不可欠になってしまったのです。


勿論、
イエスの数々の癒しなどは実際にあった真実かと思いますが、
でも特に復活に関しては私もおかしいなぁ…と思っていた一人です。


今や巨大資金力と国王以上の支配力、
しかも数十億人といわれる民衆の支えを持ち、
世界最大のベストセラーは聖書(笑)。


そのために復活はイエスの最大メインの奇跡なのですから、
世界最大の権力者にとっては、
絶対にこの秘密は守らなくてはならなかったのでしょうね。


そうそう高橋信次氏もやはり「イエスは二人いた」と、
生前側近に話していたそうですよ。(!)

 

 

高橋信次氏に関しては世間では批判も多いです。


しかしなぜか、
僕は高橋信次先生を人間的に好きなんですね。


経済界や政財界に多大な影響を与えていたにもかかわらず、
決して驕らず偉ぶらず、
誰に対しても常に情に深く庶民的な方だったようです。


僕がやんちゃな17歳の頃に亡くなったので、
お会いする事は出来なかったのですが。


決して僕は信者でも何でもなく、
深く勉強している訳ではないけど、
高橋信次先生にまつわる人物と多く縁を持たされたように思います。


故・船井氏も亡くなる前に、
「本物は高橋信次先生だけだった…」と言ったとか。


※船井氏から2回面談の申し込みが僕にあったが、
2回とも断りましたが(笑)。


20年ほど前、
実の姉の梅沢はま子さんから、

信次先生が生まれた故郷・長野県佐久市の実家に何度も招待され、
妹さんと共にその時に伺ったビデオもたくさん収録しています。


話がまたそれたので、元に戻しますね。


イエスが生まれる4年前の紀元前6年頃、
当時のパレスチナ地方の王であったヘロデ王が、
預言者の言葉を信じて、
「ユダヤの王は二人も要らない」と言って、
紀元前6年頃に生まれた子供を全て殺したんですね。


それから逃れるために、
子を生んだベツレヘムからエジプトに母子で逃げてます。
(※マリアはまだ結婚前なので親子3人ではなかった)


その母子とは、
母マリア(16歳)、そしてイエスではなく「アモン」です。


もし4年後の、
紀元前2年に生まれたイエスならば逃げる必要もない事から、
マリアの最初の子「アモン」は紀元前6年に生まれたことになります。


その母子のエジプト行きの手引きを行なったのが、
モーセに率いられ出エジプトを果たした、
シュメール民族の末裔であるシャーマン組織です。

(※後に彼らは世界に散らばり、一部は欧州のテンプル騎士団に)


彼らシャーマン組織は、
預言者の言っている救世主とは、
マリアの未婚前の第一子「アモン」だと知っていたのですね。


マリアとアモンは、
当時のエジプトの王ファラオの血筋の家に預けられ、
ヘロデ王のほとぼりが冷めた頃に、

マリアだけ一人で故郷ナザレに帰ることになります。


その後アモンは王家の血筋の子として、
《その時が来るまで》そのまま何不自由なく育てられて行きました。


王家の養父母も事前にシャーマン組織から、
「いずれアモンは世界の救世主となる」事を聞かされていたからです。


戦争や一部の人々による支配を無くし、
世界を調和できるならば…と。


そして4年後のBC2年、
アモンの弟であるイエスを身籠ったので、
宗教心が厚く結婚をほぼ諦め掛けていた年齢の、

貧しい大工:ヨセフと結婚《させられ》ました。(?)
(※この経緯は後述)


ちなみにこれらは2000年前の出来事(ビジョン)ですが、
当時の人たちは現代人の精神レベルと比べ、
あまり変わっていないという事に途中から気が付きました。


むしろ高かったような…(笑)


確かに現代の物質文化、科学は発達したけれど、
精神面で見るとさほど変わっていないのですね。


ということは、
シュメールの前身である1万年前のムーやアトランティスの時代の精神レベルも、
あまり変わっていないという事になります。


僕は、
数々のインスピレーションとこれらの数字の一致から、
阿弥陀の分霊として、

アモンやイエスが肉体を持って生まれたと思っています。


阿弥陀は慈悲と愛のシステム開発者として、
何が何でも十方浄土(世界の調和)を実現しなければなりませんでした。


どの道を選んでも、
全ての人類が救われるための「慈悲と愛のシステム」の完成のためにです。

 

選択誓願=本願=阿弥陀久茲=人生の設計図=十方浄土


実はアミダクジのように、
この方法が失敗したらこっちの道…という風に、
幾通りもの道がいくつも用意されて、
万全な永遠の慈悲と愛の法則(阿弥陀久慈)の中で、
アモンとイエス(=ヨシュア)が誕生したと言うことです。


二人のこれからの人生は、
まさにこの「阿弥陀久慈」によって駒が進められて行きます。

 

さて何度も言うように、
これから話すビジョンは、
2000年以上前のことなので誰も検証できません。


よって真偽のほどは全く分かりませんので、
単なる僕のイメージとして聞いていただくだけで結構です。


単なる物語と思って結構なのですが、
しかし、
見事に歴史上の疑問点が一致するのですね。。

 

 

…あっ!
もう大分書いたので続きは次回にします。

 

もし次回まで記事が消されなかったら…

 

 

 

 

 

 

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