ピアノ・ブルース

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マーティン・スコセッシが総指揮を務めた"ブルース・ムーヴィー・プロジェクト"全7作の中の1作で、2003年にクリント・イーストウッド監督により製作されています。

 

ジャズ、ブルースなどの音楽に造詣が深いイーストウッドによるジャズ、ブルース・ピアノの達人8人(レイ・チャールズ、デイブ・ブルーベック、ドクター・ジョン、マーシャ・ボール、パイントップ・パーキンス、ヘンリー・グレイ、ジェイ・マクシャン、ピート・ジョリー)へのインタビュー、過去の記録映像により、ブルースという音楽の歴史や魅力が語られます。

 

イーストウッドによる対象に鋭く突っ込んでいくインタビューというよりは、大好きな音楽に関して、好きな相手と楽しく語り合っている感じです。ちょっとした蘊蓄なども語り、オタ話し的なニュアンスが感じられますが、名ピアニストたちとピアノの前に並んで腰かけて話をしている様子は、実に楽しそうで、音楽を奏でること、聴くことの幸せを実感させてもらえる作品となっています。

 

その語り合いの間に、そのピアニストや話題に登場するアーティストの演奏や映像が挟み込まれ、ブルースの歴史を概観する教科書的な色合いも強い作品となっています。

 

そして、本作は、ピアノという楽器の奥深さを伝えてもいます。クラシックでもブルースでもジャズでも民謡でもポップスでも演歌でも...。様々な音楽を奏でることができ、いろいろなタイプの演奏に対応する万能さ。本作に登場するピアニストたちも、それぞれに違う演奏のスタイルを持っていますが、それをすべて受け止め、メロディを生み出していく懐の深さ。

 

全体が90分程度の作品で、8人のピアニストへのインタビューと演奏の映像が入っていますので、レイ・チャールズが比較的長めだった以外、一つ一つは短く、深く突っ込むというよりは、全体像を俯瞰する感じなので、造詣の深い人には物足りなさもあるのかもしれませんが、初心者がブルースを知るための作品としては適度な内容になっていると言っていいのではないでしょうか。

 

イーストウッド監督の意向で劇場公開はされなかったとのこと。本来、音響の良い劇場で観たい作品だと思うのですが...。

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ホワイトナイツ/白夜

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ソ連からアメリカに亡命した著名なバレエ・ダンサー、ニコライが乗った旅客機は、ロンドンから東京へ向かう途中、エンジントラブルによりソ連の空軍基地に緊急着陸し、KGBに見つかり、軟禁されてしまいます。ニコライを母国に取り戻そうと画策するKGBは、アメリカのベトナム介入に抗議し、母国を捨てた黒人のタップダンサー、レイモンドを監視役につけます。当初は立場の違いから互いに反発しあっていたニコライとレイモンドでしたが、次第に心を通わせるようになっていき...。

 

この物語の設定も冷戦という時代背景が反映されていますが、登場するソ連人が悪人ばかりというのは、あまりに露骨で少々引っ掛かりましたが、冷戦時代のアメリカ映画だからこそなのかもしれません。

 

流石にダンスシーンは見応えありました。ダンサー2人の存在感が本作を支えていると言ってよいでしょう。ニコライを演じたバリシニコフも、レイモンドを演じたグレゴリー・ハインズも、それぞれバレエダンサーとして、タップダンサーとして人気があり、ダンサーの異業種交流で何とか盛り上げようという安易さはハナにつきますが、それでも、力の感じられるダンスシーンは印象的でした。

 

まぁ、そこに頼り過ぎて、ダンスシーンを入れるためにかなり無理した感じもします。ストーリーの流れの中で、ダンスシーンが浮いてしまった感じは否めません。ダンスシーンをメインに持ってきて、もっと面白い映画にするためのやり方はあったのではないかと思うのですが...。折角だから"ソ連を悪者に"という部分を欲張ってしまったことが、つまらなくなった最大の原因でしょうか...。

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ヤング・アダルト・ニューヨーク

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ドキュメンタリー映画の監督、ジョシュと、コーネリアは40代の夫婦。まだまだ自分たちは若いつもりでいますが、ジョシュにはここ8年完成させた新作がなく、人生や夫婦関係から輝きが消えてしまったように感じていました。そんな中、ジェイミーとダービーという20代のカップルと出会います。レコードやタイプライターといったレトロなグッズや文化を愛する彼らの姿に、ジョシュたちは刺激され...。

 

"記録映画"というものをどう考えるか、どこまでがより的確に想いを伝えるための"演出"で、どこからが"ヤラセ"なのか...。実は、"事実をそのまま客観的に切り取る"というのはそう簡単なことではありません。事実をそのまま撮影したとしても、どういう角度から撮るか、どこで画面を切り取るかで全く違う印象を与える映像が出来上がることもあるワケで、どんなに"事実に即した客観性のあるドキュメンタリー"を目指しても、何らかの形で、製作者側の視点や考え方が反映するものです。だからこそ、どこまでが演出かという問題が出てくるのでしょう。ちょっと本作の物語の本筋からは外れますが、その辺りの議論は面白かったです。

 

"不惑の年代"になっても惑いっぱなしの40代カップル。まぁ、40が不惑だったのは、10代後半で大人になり、40歳が初老だったような時代のこと。70代、80代になってもまだまだ元気な人が多い今の世の中、40代で惑っていると言われても、だからどうした感じがしたりもします。

 

ただ、まだまだ大人になり切れていない感じすらある40代とは言え、身体は老いに向かっていることも確か。その辺りの精神的な未熟さと身体的な衰えのアンバランスな面にもっと焦点が当てられていると、40代カップルの心情がもっと切実に伝わってきたような気がします。

 

"徐々に若くなくなってきているカップル"と"まだまだ若いカップル"が出会っていろいろあるオハナシなのですが、この2組を分けているものが、年齢に起因するものなのかどうかは疑問です。単に、ちょっと変わったカップルが、違う方向でちょっと変わったカップルに出会って新しい体験をしてみたというだけのような...。20代と40代という設定が今一つ生かされていないような...。

 

そして、一番気になったのは嘔吐シーンの多さ。そこまでする必要が全く感じられず、ただ不快なだけでした。

 

クライマックスからラストで、結局、本作は、狡猾で自分の利益のためなら何でもするジェイミー(狼)が三匹のコブタ(ジョシュ、コーネリア、ダービー)に絡んできた物語なのかもしれないと思いました。大人になっても子どものように真っ直ぐなジョシュはジェイミーに騙され、それでも、ジェイミーが悪魔だと信じる気にはなれない程に純粋で、一方、コーネリアは、ジョシュの魔性を見抜きながらもそこを下手に追求せず巧く付き合っていくことができ、そんなコーネリアだからこそ、ジョシュと夫婦関係を維持していける...。と考えると、冒頭の三匹のコブタの物語が読み上げられるのも分かるような...。冒頭の思わせ振りな"三匹のコブタ"と物語の関係がもうちょっと明確にされるともっと面白くなったような気もするのですが...。

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ペレ 伝説の誕生

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ブラジルのスラム街で育った少年ペレ(ケヴィン・ヂ・パウラ)は、類まれなるサッカーの才能の持ち主でした。1950年、FIFAワールドカップのブラジル大会が開催され、父とともに自国チームを応援しますが、彼らがまさかの敗北を喫してしまう。ペレは、ショックを受けて涙する父を目にし、ワールドカップでブラジルを優勝させると決意します。そして1958年、ペレは、17歳でワールドカップのスウェーデン大会に向けたブラジル代表チームのメンバーに選出されますが...。

 

スラム街で貧しさの中で育ち、サッカーをするにもスパイクどころか靴もなく、裸足でボールを蹴っていた少年時代のペレ。そんな彼が、才能を見出され、プロのチームに入って活躍するようになり、国の代表に選ばれ、チームをW杯優勝に導く立役者となる過程が、基本的に時系列で分かりやすく描かれていて、貧しい少年の成功譚として興味を惹かれるものがあります。

 

大きな成功を収めていることを誰もが知る人物を描いた作品ですから、皆、先にある成功を知りながら観ることになるワケで、山あり谷ありあっても、ハラハラ感は薄いのですが、そこに、かつてはサッカーのスター選手でありながら、怪我のため選手生命を絶たれた父、ドンジーニョとの父子の物語が絡められ、物語に厚みが加えられていて胸に響くものがあります。

 

そして、ペレ個人のことだけでなく、黒人が奴隷として使役された時代に彼らが自分たちの身を護るために発達した格闘技カポエイラから生み出された"ジンガ"というブラジル独特のプレースタイルについて語ることで、サッカーだけでなく、ブラジルの歴史と社会を描いている辺りも印象的でした。

 

ただ、サッカーの試合の映像や、W杯決勝の日の朝、ホテルから灯台までリフティングするシーンなど、惹きつけられるシーンもあったのですが、全体としてはあまりに綺麗すぎるというか、ドラマが色々ある割には平坦な印象を受けてしまいました。何があっても常に明るい太陽の下、活き活きと生きてきたという感じで、"影"の分部が今一つ重みをもって伝わってこなかったような...。

 

とは言え、サッカーに詳しくなくても楽しめる作品ではあります。エンドロールに実際のペレのプレーの映像が流れるのですが、それを観た後で、作中の試合のシーンを振り返るとより試合のシーンを味わえると思います。

汚名

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父親がドイツのスパイとして逮捕され、売国奴の娘と呼ばれたアリシアにFBIの捜査官デブリンが接近してきます。父の友人で、ナチスの残党と思しきセバスチャンにの内情を探って欲しいとの依頼でした。アリシアは、デブリンとともにセバスチャンのいるリオデジャネイロに移り、彼に接触。そんな中、デブリンと愛し合うようになりますが、任務のため、セバスチャンからのプロポーズに応じ結婚。セバスチャンの家に入り込み、得た情報をデブリンに渡すようになります。やがて、屋敷の酒蔵で組織の秘密を突き止めますが、その事に気づいたセバスチャンは...。

 

アリシアがセバスチャンの家に潜り込みスパイとして活動するサスペンスとしての側面と、アリシアとデブリンのラブロマンスとしての側面がある物語なのですが、どちらとしても、中途半端な感じが否めません。

 

美女と美男が出会えば恋が始まるのはラブロマンスのお約束とは言え、あまりに簡単に相思相愛になり過ぎだし、葛藤がなさ過ぎだし、2人の間の感情のすれ違いもアッサリ薄味だし、ラブロマンスとしてはあまりに起伏がなさ過ぎて、面白味がありません。

 

スパイものとしても、アリシアがあまりに素人で、いくら何でも、スパイとしての訓練をすることもなく、心得を教えることもなく、注意すべきことを伝えるわけでもなく、敵方に送り込むのはどうかと...。こんなやり方では、ほとんどコストの無駄というか...。セバスチャンも不用心すぎるし...。アリシアの美しさに目が眩んでしまったということはあるのでしょうけれど、それにしても、ベテランのスパイです。そんなにヤワなのは違和感あります。

 

それでも、鍵を巡る遣り取りとか、コーヒーをお客が飲んでしまいそうになる場面とか、いかにもヒッチコックなドキドキするシーンは見応えありましたし、アリシアを演じたイングリッド・バーグマンの突き抜けた美しさは印象的でした。

 

ラブロマンス的な要素をもっと薄めて、サスペンスを前面に押し出した方が、作品全体が締まった感じになったと思うのですが...。どっちつかずの中途半端さが残念です。

スパイ・ゲーム

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ベテランCIA諜報員ミュアーは退官する日、香港米国大使館職員のハリーから、ミュアーが1975年、ベトナム戦争の最中にその才能を見出し諜報員として育てたビショップがトラブルに巻き込まれてことを知らされます。中国、蘇州刑務所に投獄され拷問を受けているとのこと。けれど、投獄の原因となったビショップの行動が彼の私的な理由によるものだったこともあり、アメリカ政府はビショップを見捨てることを決定。ミュアーはビショップを救おうと...。

 

現在のビショップの危機と上司に隠れて彼を救出しようとするミュアーの物語、そして、過去のビショップを見出し、CIAにスカウトし、諜報員として育て上げ、その後、気持ちが離れていった過程を描く物語、その2つの物語が柱となり、交互に2つのエピソードを組み合わせて描いていて、最初はちょっと分かりにくいのですが、徐々に、全貌が明らかにされていき、いろいろなことが繋がっていくところは、悪くはなかったのですが、。

 

現在の物語は、サスペンス、過去の物語はヒューマンドラマ的な味わいが強く感じられました。組織の理屈と人と人の個人的な繫がりのどちらを優先させるか。スパイとしての判断としては、ビショップを見捨てるというのが正解なのでしょう。けれど、自身が見出し育てたビショップへは特別な感情があったことでしょうし、ビショップの行動を誘発する原因を作ってしまったことへの後悔もあったのでしょう。そして、ミュアーももうスパイではない。自分を救出した作戦の名称を聞き、誰がその首謀者だったかを知った時のビショップの表情。そこに2人の繫がりが現れていて、本作でも最も印象的な場面となていました。

 

派手に撃ち合ったり、アクロバチックな追いかけっこをしたりというワケでもなく、脳神経を駆使させるタイプの戦い。タイムリミットが迫り、現場に直接行けるわけでもなく、限られた時間と場所の中から、周囲を欺きながら状況を動かしていくミュアーの戦いにドキドキさせられました。

 

何といっても、ミュアーを演じたロバート・レッドフォードは冷徹非常なスパイという一面を持ちつつも心の奥底に温かいものを秘めた渋い魅力を醸し出していて印象的でしたし、ビショップを演じたブラッド・ピットは文句なくカッコ良かったし、テンポも良く、それなりに楽しめました。

 

ただ、それでもモヤモヤ感が残ってしまうのは、アメリカの傍若無人な振る舞い。勝手に、他の国に押しかけ、カギとなる人物を暗殺してしまう。そんな横暴なやり方自体に対する疑問は示されません。そうしたことが、当たり前の正義で、そもそも疑問を抱くような問題ではないと感じられる位、アメリカにとって世界は自分たちのものなのかもしれません。

 

映画としては、面白かったと思いますが、どうも、その辺りが引っかかってしまい、素直に楽しむことができませんでした。

東海七福神

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七福神巡りは、7日までのところが多く、まだ御朱印などの対応をしていただける七福神巡りは減ってきたのですが、今日は、15日まで対応の品川近辺を中心とした東海七福神です。

 

京急線大森海岸駅から磐井神社、天祖諏訪神社へ歩き、立会川から青物横丁までは京急を利用、その後、品川寺から品川神社までは歩きました。

 

磐井神社:弁財天:社殿に向かって左手奥に弁財天。弁天池の中の島に置かれた祠に収められていました。

 

途中に鈴ケ森刑場跡がありました。刑死した人々の霊を慰めるために創建されたという大経寺があり、ここにもお詣りし、御朱印もいただきました。

 

天祖諏訪神社:福禄寿:元々は天祖神社と諏訪神社の2社が別々にあったのだそうですが、昭和40年に合祀されたとのこと。社殿に向かって左側に木造の福禄寿が祀られています。頭を撫でてお詣りをするよう立て札に描かれていたので、なでなでしてきました。

 

品川寺(ほんせんじ):毘沙門天:境内に毘沙門天の石像が置かれています。こちらには、境内に"金生(かのう)七福神"という独自の七福神も祀られています。江戸六地蔵の一つに数えられる銅造地蔵菩薩坐像も鎮座されています。

 

荏原神社:恵比寿神:鳥居をくぐってすぐ左側に大きな恵比寿様の像が置かれています。神社に向かう参道に川(?)を渡る赤い欄干の橋があるのですが、"崩れる可能性があるので自動車の通行は禁止"との看板が掲げられていました。御朱印は御朱印帳への書き入れの対応はなく、書置きのみでした。

 

一心寺:寿老人:本堂に小さな寿老人木造が祀られています。こじんまりとしているけれど、なかなか立派な雰囲気のお堂でした。

 

養願寺:布袋尊:一心寺からすぐ。真向いといった感じの場所です。こじんまりとしたお堂でした。本堂の左側に布袋尊が祀られています。御本尊は"品川の虚空蔵さま"として親しまれているそうです。

 

品川神社:大黒天:鳥居の左側に大きな石造の大黒様がいらっしゃいます。鳥居の左の柱には昇り龍、右の柱には降り龍が彫り込まれた鳥居をくぐると急な階段。大きな富士塚もあり、なかなか見所の多い神社です。御朱印は、御朱印帳への書き入れの対応はされておらず、書置きのみでした。

 

荏原神社を出てから養願寺辺りまでは、旧東海道を歩くコースになり、所々休憩所なども設けられ、歩きやすいコースになっています。何かと史跡などもあり、寄り道しながらゆっくり七福神巡りを楽しめます。

 

2017年1月15日にお詣りしました。とっても寒い日で、幸いすぐに止みましたが、大森海岸駅に行く電車の中からは雪が降っているのを見ました。七福神巡りをしている方もかなりたくさんいらっしゃいました。最終日に近いということ、多くの七福神巡りが7日で終了する中、7日を過ぎても御朱印などの対応をしていただける七福神巡りの一つだということ、全部を歩いても5キロちょっとと歩きやすいコースであるということ、七福神以外にも見所があるということ、何かと魅力的な七福神巡りだということもあるのでしょう。

 

公式サイト

http://japan-city.com/sina/htmb/7fuku/106.html

 

東海七福神データ

対象寺社:3寺院、4神社
実施時期:1月1日~15日
実施時間:9時~17時00分
距離:約5.1km
所要時間:2時間30分程度
専用色紙:1000円
色紙への御朱印押印:無料
御朱印帳への書き入れ:各300円(荏原神社、品川神社は書置きの御朱印のみ)
*各神様のお像(各300円)が各寺社で頒布されていて、そのお像を乗せる宝舟(900円)も各寺社で頒布されています。

ラスト・タンゴ

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伝説のアルゼンチン・タンゴペアで、世界的なタンゴの普及にも貢献したマリア・ニエベス(80歳)とフアン・カルロス・コペス(83歳)。14歳と17歳で出会い、時には愛にあふれ、時には憎しみを伴い、50年近くも一緒にダンスを踊ってきた彼らが歩んだ愛と葛藤の歴史を2人の証言や再現ダンスシーンにより炙り出します。

 

御歳80歳にして見事なスタイルです。特に脚線美の素晴らしさは印象的。14歳からタンゴを踊り続けてきた鍛錬により生み出されたのでしょうか。

 

官能的で、情熱的でありながら、暗さを纏うダンス。長くそのペアを組めば、そこに深いつながりが生まれるのも当然のこと。それは愛かもしれず憎しみかもしれず、いずれにしても、相手に対して何らかの強い感情が生じるのだと思います。そして、強い憎しみを抱いたとしても、簡単には別れられない。恐らく、どんなに相手に嫌な気持ちを持つようになっても、ほとんど日常の一部であり、自身の一部であり、除外することなどそもそもできないものなのかもしれません。

 

タンゴに人生の全てを捧げたマリアが、フアンへの想いを率直に語っていてとても印象的でした。タンゴよりも幸せな家庭を選んだフアンとの対比の中で、マリアのタンゴへの想いに強く胸を打たれました。そして、本作を観て、タンゴのパートナーというのは、思いの外、男尊女卑な関係なのだということにも気付かされました。少なくとも踊っている間は、マリアはファンの恋人になっていたわけですが、フアンにとっては、"ストラディバリウス"。自分を表現するための道具ってことですよね...。切なかったです。

 

けれど、マリアもフアンとのパートナーを解消した後、自分なりの道を歩んでいるわけで、その部分についてもう少し丁寧に描いて欲しかった感じもします。その部分が薄かったので、フアンとの別れを嘆くだけの哀しいおばあちゃん...な感じがしてしまいました。

 

タンゴについてあまり知識があるワケではないのですが、それでも興味深く観ることができる作品ではあります。

深川七福神

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七福神巡り第三弾。今回は深川七福神巡りです。

 

都営地下鉄大江戸線門前仲町駅からスタートし、都営地下鉄新宿線の森下駅にゴールするルートにしました。

 

富岡八幡宮:恵比寿神:神輿庫には、特大の豪勢な御神輿が展示されていたり、横綱や大関の石碑があったり、力石が置かれていたり、見所満載な名所で、結構、何でもない平日でも賑わっていたりします。恵比寿さまは、正面の鳥居から社殿に向かって左奥の方の末社がいくつか並んでいるエリアに祀られていて、普段は静かなエリアが人でいっぱいになっていました。こちらで、御朱印とともに深川七福神の案内書(200円)をいただきました。

 

冬木弁天堂:弁財天:本堂内の右側には夫婦蛇も。さらに本堂の右側には、銭洗い用の場が設けられ、その奥にお巳洞があり、中には白蛇が祀られています。

 

途中に"深川えんま堂"と呼ばれる法乗院があります。閻魔像として日本最大と言われる大きな閻魔像が祀られていて、その前に備えられた賽銭箱には、19個の賽銭を入れる穴があり、目的別にお賽銭を入れられるようになっています。

 

心行寺:福禄寿:山門を入って左手にある六角堂に安置されています。六角堂の近くには福禄寿の石像も。

 

途中にある圓隆院というお寺に"歯神さま"がいらっしゃいました。備え付けの歯ブラシで"歯神さま"の歯を磨いて歯の健康・発育をお祈りします。

 

円珠院:大黒天:小さな木造の大黒天が安置されています。大黒天を描いた掛け軸もあり、本堂左には大きな石像も。この石像が"破顔大黒"と呼ばれる超笑顔でインパクトあります。大黒天尽くしの寺院です。

 

途中で間宮林蔵のお墓の前を通ります。

 

龍光院:毘沙門天:元々の毘沙門天はかなり古いものだったようですが、戦災で焼け、今祀られている毘沙門天像は昭和50年製のもの。なかなか威厳があります。

 

深川稲荷神社:布袋尊:無柱社で、町会により管理運営されている神社。ということで、御朱印の対応も町会の方がされています。

 

深川神明宮:寿老人:深川エリアでも最も古い創建の神社、深川神明宮の一角に寿老神社があり、そこに祀られています。

 

順路に沿って"深川七福神"と白抜きで書かれたオレンジの幟が立てられていました。道を曲がる場所では、曲がる前からどちらの方角に行けばよいか見えるような位置に立てられていて、地図などを見なくても全く迷うことなく歩くことができます。参拝者が多い人気の七福神巡りということもあるのでしょうけれど、受け入れ態勢が整ている感じがします。距離も4.8kmと手頃です。

 

2017年1月11日に歩きました。門前仲町をスタートしたのが10時45分頃、森下駅に着いたのが12時35分頃、所要時間は約2時間でした。天気が良く、陽当たりの良い場所では上着がいらないくらいでした。七福神巡り日和の良い一日でした。平日だというのに、結構な人出でした。御朱印を受け付ける場所は、結構な列ができているところもありましたが、それなりに対応する態勢も整えられているのか、比較的スムーズに対応していただけました。

 

割と距離が短く、それ程時間をかけずに歩けるので、途中で、三菱財閥の創始者、岩崎弥太郎が作った清澄庭園や深川の歴史を学べる深川資料館などに寄り道しても良いかもしれません。お昼は、名物"深川丼"もいいですね。

 

 

公式サイト

http://www.fukagawa7.net/

 

深川七福神めぐりデータ

対象寺社:4寺院、3神社

実施時期:1月1日~15日

実施時間:8時~17時00分

距離:約4.8km

所要時間:2時間程度

専用色紙:1000円

色紙への御朱印押印:各100円

御朱印帳への書き入れ:各500円

*各神様の土鈴(各300円)が各寺社で頒布されていて、その土鈴を吊るす福笹(1000円)も各寺社で頒布されています。

ひそひそ星

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何度も大きな災害に見舞われ、多くの過ちを繰り返してきたせいで人類の数は激減。やがて宇宙は機械に支配され、人工知能を持つロボットの数が8割を占め、ほんの2割しかいない人間は絶滅種とされます。アンドロイドの鈴木洋子は宇宙船で星々を回り、人間の荷物を届ける宇宙宅配便の配達員として働いていて...。

 

作中でも鈴木洋子の疑問として示されますが、どうやら、テレポーテーションという便利な輸送方法が確立しているらしき時代、何故、手間暇をかけて"宅配"する必要があるのかという大きな謎が生じます。けれど、そこにどのような想いが込められているのか、その辺りが、今一つ伝わってきません。品物に比べてやけに大きすぎる箱にある空間には、宅配にする理由に繋がる想いが詰まっていたはずなのですが...。そして、そこにある"想い"こそが、アンドロイドである鈴木洋子と宅配の品々を送ったり受け取ったりする人間との違いということになるはずなのですが...。

 

必ずしも、"分かりやすい"ことが映画作品としての質の高さに繋がるとも思いませんし、難解な作品の中に人の心を動かす名作が存在することも確かですが、雰囲気だけで強引に押し切った感じがハナについて、作品の世界に浸ることができませんでした。

 

いろいろなことがよく分からないままに時間が過ぎ、ワケの分からないままに終わってしまう感じで、観ていても狐につままれた感じで、どうにも落ち着きません。"構想25年"となっていますが、想いが強すぎて表現方法が独りよがりになってしまった印象を受けました。

 

ただ、現在の福島の風景を記録にとどめたという点においては、価値のある作品だと思います。完全に廃墟のような荒んだ風景が心に刺さってきます。けれど、一方で、時が来れば美しい花が咲き誇り、人の手を離れたペットや家畜が街中を闊歩し...という、"活き活きとした逞しい自然"もそこにはあるのではないかと...。そんな面も取り上げられていたら、もっと奥行きのある作品になったのではないかと...。

 

ツマラナイと思いながらも、結局、途中で観るのを止めようとは思わなかったのですから、それでも、惹きつけられる部分があったのだとは思います。もうちょっと何かが違っていれば、もっと魅力を感じられる作品になったのだとも思うのですが...。なんだか残念な作品です。