ハドソン川の奇跡

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"ハドソン川の奇跡"として有名になったUSエアウェイズ1549便がハドソン川に不時着水した事故について、事故機を操縦していたサレンバーガー機長の手記を基に映画化した作品。手記は出版されていて、日本語訳も出ていますが、未読です。

 

2009年1月15日、真冬のニューヨーク。ベテラン操縦士サレンバーガー機長(トム・ハンクス)は、いつものように操縦席へ向かい、いつものように飛行機は無事に離陸します。けれど、マンハッタンの上空わずか850メートルという低空地点で、数羽のカナダガンがエンジンに飛び込み、左右のエンジンが両方とも停止してしまいます。そのまま墜落すれば、乗客はもちろん、ニューヨーク市民にも甚大な被害が及ぶ状況で、彼はハドソン川への着水を決断し...。

 

サレンバーガー機長が、国家運輸安全委員会での厳しい追及に負けなかったのは、プロとしての仕事をしたという自負だったのでしょう。そして、自身が行ったはずの最善の対処について疑いをもたれても、自身の努力や懸命さといった感情面、精神面を主張するのではなく、冷静に理詰めで相手を納得させていく姿勢が印象的です。

 

まぁ、国家運輸安全委員の面々の"意地の悪い非難"も、プロ意識がそうさせたという部分はあるのでしょう。取り敢えず死者が出なかったのだからなぁなぁでコトを収めようか的な形で済ましてしまっては、それが、どこかで大きな事故に繋がる可能性があるのですから。サレンバーガー機長も、"それが彼らの仕事だから"と受け止めていて、カッコよかったです。この理不尽な追及に対しても冷静に対処し、危機を乗り越えていく姿は、飛行機を無事着水させた姿に重なります。

 

それにしても、サレンバーガー機長を演じたトム・ハンクスその人の雰囲気は、どんなに危ない状況でも必ず無事帰還する感がたっぷりです。まぁ、実話ベースの物語で、一人の死者も出なかった事実を知っていて観るワケですから、それで何の問題もないのですが...。機長たちが受ける事情聴取があまりに理不尽で、結果を知りながら観ていても辛いものがあるのですが、もし、機長役がトム・ハンクスでなかったら、映像から目を背けたくなったことでしょう。

 

映像が現れる前、配給会社のロゴとともに、声が入ってきて、いきなり事故が起こり、冒頭の分部で一気に物語の世界に引き込まれます。そして、事故の状況、事故後の機長のプライベート、安全委員会での追及と事故の検証について描かれていくのですが、巧みな構成に集中力が削がれることなく、最後まで物語の世界に浸ることができました。

 

しっかりとエンターテイメントしていて、しかも、登場人物たちの背景について、彼らの行為について、いろいろと考えさせられる味わいの深さがありました。大げさな演出もなく、割と淡々とした描き方になっているのですが、テンポも良く、物語や登場人物たちの心情がすんなりと入ってきて、心揺さぶられる作品に仕上がっていました。

 

是非、観ておきたい作品だと思います。

 

 

公式サイト

http://wwws.warnerbros.co.jp/hudson-kiseki/

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"VECUA Honey(ベキュア ハニー)"は、基本的にはコスメのブランドで、オーガニックの蜂蜜を配合した化粧品などを出しているのですが、"Honey Marche(ハニーマルシェ)"という食べ物や雑貨のシリーズがあり、その中で、この"ナッツの蜂蜜漬け"が取り扱われています。

 

知り合いにいただいて、初めて食べたのですが、美味しくてびっくり。その後、時々、行くところにお店が入っていることを知り、たまに買っています。

 

ハンガリー産、ルーマニア産の蜂蜜に鳥取県大山産の蜂蜜をブレンドし、そこにアーモンド、カシューナッツ、クルミ、マカデミアナッツの4種類のナッツを漬け込んでいます。

 

そのまま食べても良いのでしょうけれど、ヨーグルトに入れたり、パンケーキやトースト、フレンチトーストにトッピングしたり、グラノーラにつけたしたり...。いろいろな楽しみ方があります。

 

ナッツ類が思いの外、柔らかく、それぞれの風味を残しながら、蜂蜜にしっかりと馴染んでいます。

 

脂肪が多いというイメージの強いナッツですが、その脂肪分は身体に良いとされる不飽和脂肪酸だし、悪玉コレステロールを減らすと言われているオメガ3が含まれているし、ミネラル豊富だし、蜂蜜はしっかり甘いのに低カロリーで脂肪として蓄えられにくいし、ミネラルやビタミンたっぷりだし、健康的でダイエットにも良い優れもの。で、美味しいとなれば文句なし。

 

瓶の形もポテッとした可愛らしい感じで、ちょっと嬉しかったりします。

 

デパートなどでも販売されていますし、公式サイトからの購入もできます。

 

 

公式サイト

http://www.vecua-honey.com/

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1970年10月4日、27歳で夭折した女性ロック・シンガー、ジャニス・ジョプリンの半生を描いたドキュメンタリー作品です。

 

家族、バンド仲間、かつての恋人...。ジャニスの周辺にいた人々の証言を中心に、ジャニスの半生が語られます。

 

遺族の全面的な協力を得て作られた作品とのことで、生前、ジャニスが家族に宛てたごくごく私的な手紙も何通か登場します。そこには、不安とプレッシャーにさいなまされる姿が浮かび上がり、一見、奔放で自由気ままに見えるジャニスの中にある弱さがあり、ジャニスのキャラクターを立体的に味わい深く見せてくれています。中でも、10年振りの同窓会の映像は、彼女の孤独の深さを切実に感じさせられました。

 

証言の内容も、ジャニス万歳一辺倒ではなく、客観的な視線でまとめられていて彼女のパフォーマンスが作られていった背景が伝わってきます。

 

愛されたくて、でも思うようには愛されず、常に不安や焦燥を抱えていた姿は、哀しくも痛々しくもありました。そして、そんな欠損を埋め合わせようとするかのような、魂を絞り出すようなパワフルな歌声が胸に刺さりました。歌うことでしか本当の自分でいる気持ちになれず、歌うことでしか認められていると思えず、歌こそ自身の才能を活かし、自己実現できる道と信じられた本物の歌姫の声がそこにありました。

 

折角の映画館(シアター・イメージ フォーラム)での鑑賞だったので、本当なら、もっと大音量でジャニスの歌声を堪能したかったですが...。音響がちょっと残念でした。それでも、観終えてしばらく、彼女の歌が耳に残りましたが...。

 

エンドロールでジャニスについてインタビューを受けるジョン・レノンとオノ・ヨーコの映像が流れます。ジョンは、ドラッグが蔓延する状況について聞かれ、「閉塞的な世の中での生きづらさがある中で、ドラッグが自己実現するための道具になってしまっている」というようなことを答えていました。俯き加減に話すジョンと、真っ直ぐな視線で彼の発言を肯定するヨーコの姿を見ていると、ジャニスが何よりも欲していて得られなかったものが、ジョンにとってのヨーコだったのだろうと思えてきます。世界を放浪していた男性からの電報が亡くなる前に届いていたら、ジャニスの運命は大きく変わったのかもしれません。

 

音響は残念でしたが、観ておきたい作品だと思います。特にジャニスのファンというワケではありませんが、それでも、楽しめました。

 

 

公式サイト

http://janis-movie.com/

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エル・クラン

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1980年代のアルゼンチン。毒性政権の終焉から7カ月が経過し、徐々に民主制を取り戻していた頃。裕福で隣近所からの評判も良いプッチオ家は、大黒柱だったものの秘密警察を追われ無職となっていたアルキメデス、その妻で高校教師のエピファニア、ラグビーのアルゼンチン代表チームの中心的な選手で、国民的スターの長男、アルハンドロ、やはりラグビー選手の次男、マギラと三男、ギジェルモ、長女で教師をしているシルビアと14歳の次女、アドリアーナの7人で幸せに暮らしていました。けれど、独裁政権が倒され、政治体制が変わって、アルキメデスは失職。家族を守るため、新しいビジネスを考えるようになり...。

 

これが実話というのがスゴイです。家族で"誘拐業"というのも相当なものですが、誘拐計画自体が、結構、杜撰で、それにもかかわらず何度も身代金奪取に成功してしまうとか、逮捕されるどころか、捜査を受けることもないというのはほとんど奇跡のような気がします。(それも、大佐という後ろ盾の大きさ故なのでしょうか...。)

 

で、物語それ自体以上に衝撃的な事実がエンドロール前に字幕で示されます。誘拐の中心となっていたアルキメデスのその後なのですが、日本ではあり得ないのではないかと...。

 

そんなアルキメデスには、ほとんど罪の自覚がありません。考えてみれば、彼は秘密警察の出身。非合法な形で一般の国民を秘密裏に逮捕し、拷問して殺すようなことを"正義"の名のもとに仕事としてやってきた人です。誘拐についても、その延長線上のこととしてしか受け止めていなかったのでしょう。計画の杜撰さや、周囲の警告を無視する態度を見ると、捕まることなど全く想定していない様子。大佐という後ろ盾があること以上に、本気で自身に罪があったとは考えていなかったのかもしれず、そのことに、一番、怖さを感じました。

 

それにしても、妻も正業を持ち、息子たちはいずれも優れたスポーツ選手で、アルハンドロの出したスポーツ用品店は繁盛していて、わざわざ危険を冒してまで誘拐をする必要があったのか...。その必然性が感じられず、アルキメデスの誘拐への拘りの強さに違和感を覚えました。まぁ、アルキメデスにとって、誘拐が、特に必然性などなくても普通に罪悪感なくできる仕事だったのかもしれませんが...。

 

そして、そんなアルキメデスを生み出した原因の大きな一つが時代背景にあったことも確かでしょう。ちょっと前の社会では、財産を奪われ、殺されても当然と思われていた人たちを誘拐して身代金を奪うだけ。それの何が悪い。ってことなのでしょう。

 

この強引で家庭内で独裁的なアルキメデスの濃いキャラクターが、物語全体のインパクトを強めています。アルキメデスを演じたギレルモ・フランセーヤの目力も強烈でした。

 

実話ベースの物語特有の迫力も感じられ、なかなか面白かったです。

 

 

公式サイト

http://el-clan.jp/

 

公式FB

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ヘイトフル・エイト

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雪が降りしきる中、馬を失った賞金稼ぎのマーキスは、同業のジョンが捕らえたデイジーを連れて乗った駅馬車に乗り込みます。途中で保安官を名乗るクリスを拾いますが、吹雪が激しくなり、ミニーの紳士洋品店で雪を避けることにします。メキシコ人の店番、ボブや怪しげな絞首刑執行人、オズワルドなどがいたのですが、どこか怪しげで...。

 

意味があるようなないような、どこか印象に残るような何でもないような雑談が繰り返され、その間に、殺す理由を作るためのストーリーが進行し、次々に人の身体の一部が吹き飛ばされ、血が流され、登場人物たちが血飛沫を浴びます。

 

マーキスが、何がどうなっているのか、正確に推理をし、その推理を披露する辺りは、サスペンス的な雰囲気があるのですが、それ以外は、基本的に、ドタバタの殺し合い。躊躇なく殴り、蹴り、凶器を振り回し、銃を撃ち...。なかなかのバイオレンスです。

 

で、どんどん登場人物が殺されていくのですが、それでも、徹底的におバカ全開で、しっかりと喜劇に仕上げられています。そこは、監督の手腕ということになるのでしょうか...。

 

登場人物たちのキャラクターが現れている部分ではあるのですが、会話が長く、正直、飽きを感じた場面もありました。この漫談のような落語のような会話部分を楽しめるかどうかで、本作を面白いと思えるかどうかが決まるのかもしれません。

 

スプラッターは苦手なのですが、ホラー的な怖さは感じず観ることができました。残念ながら、本作の面白さはあまりよく分かりませんでしたが...。

家族はつらいよ

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平田周造と妻の富子は、長男、幸之助とその妻、史枝と子どもたち、次男、庄太の三世代で同居をしています。周造は、富子の誕生日を忘れていたことに気付き、彼女に欲しいものはないかと尋ねてみると、離婚届への署名捺印を要求されます。思わぬ事態にぼうぜんとする中、結婚し家を出ていた長女、成子が浪費癖のある夫、泰蔵と別れたいと泣きついてきます。追い掛けてきた太蔵の言い訳を聞いていらついた周造は、思わず自分も離婚を迫られていることをぶちまけてしまい...。

 

作中でも映像が流されていますが、小津安二郎の「東京物語」のテイストが強く感じられます。

 

「東京物語」のリメイク作品、「東京家族」も山田洋次監督の作品ですが、余程、「東京物語」に思い入れがあるのでしょう。確かに「東京物語」は映画史に残る作品ですし、まぁ、山田洋次監督の思いの強さについては、それはそれでいいと思うのですが、どうやら現代が舞台になっている風な物語に登場する家族が、昭和臭たっぷりというのは違和感ありました。

 

甲斐甲斐しく夫の世話を焼き、離婚を突き付けてみたりはするけれど、それも単に夫の気持ちを引き付けるため、そんな健気な妻の在り方も、義理の両親だけでなく義理の弟まで一緒の家にいて、しょっちゅう義姉夫婦が転がり込んでくるような日々の中で、切れることもなく、夫に尽くす長男の嫁...。NHKの朝の連続テレビ小説がよく扱うような時代の空気が漂っています。

 

平田さんご一家の住まいも、玄関も台所も、多分、トイレもお風呂も一緒な様子。恐らく、周造一家の家族構成に合わせて建てた家から、成子が出て、富子が入り、子どもが生まれたということになるのでしょうけれど、住人の数に比べ家が狭く、その割には片付いている(というか、モノがない)感じがしました。

 

時代設定が大正時代とか昭和初期というなら、それなりに納得できたような気がするのですが...。現代を舞台とした物語にするなら、登場人物も現代的な人にした方が良かったと思います。本作の登場人物たちに今一つリアリティが感じられないのは、古臭い人々が、あまりに当たり前な感じで存在しているからではないかと...。

 

ある程度以上の年代の方にとっては懐かしさが呼び起こされる作品であり、取り戻したい古き良き時代を描いた作品ということになるのでしょうか。高齢化社会に対応した作品ということなのでしょうか。

 

何だかんだ言っても、我儘を受け入れ、お子ちゃまなところも諦め、こまごまと世話を焼きつくしてくれる妻がいて、何くれとなく心配し世話をしてくれる子どもたちがいて、それがどれ程、恵まれたことなのか、周造は本当には気付いていないような気がします。(もしかしたら、製作者側もそうなのかもしれません。製作者側も、どこかで、周造のような男性は、家族に大切にされ、世話を焼かれて当たり前という感覚を持っているような感じがします。)そこに、一番の違和感があり、どうも、納得できないまま観終えました。

 

周造も幸之助も、富子や史枝に甘えすぎ。もうちょっと大人になって欲しいものです。

 

ところどころに「男はつらいよ」の香りが漂っているのは御愛嬌。

オーバー・フェンス

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佐藤泰士の「海炭市叙景」「そこのみにて光輝く」に続く函館三部作の最終作となる同名小説を映画化した作品。原作は未読です。前二作も映画化されていて、二作とも映画を観て、ここ(海炭市叙景)ここ(そこにみにて光輝く)に感想を書いています。前二作については原作小説も読んで、そちらについてもここ(海炭市叙景)ここ(そこにみにて光輝く)に感想をかいています。

 

白岩は、妻子と別れ、東京から生まれ故郷の函館に戻り、失業給付で生活しながら職業訓練校に通っていました。建築の仕事をするつもりもないままに、失業保険の延長と訓練手当を受給するために建築科で学ぶ白岩ですが、同じ建築科の仲間たちも似たようなもの。元ヤクザのシマ、東京でタクシーの運転手をしていた原、自動車修理工になりたくて整備科を志望していたものの入れなかった健一、大学を中退した森...。ある日、やはり建築科の仲間でキャバクラ経営を目指す代島に誘われていったキャバクラで、ホステスの聡と出会い...。

 

オダギリ・ジョーは、鬱屈したものを抱えた白岩の心情を切々と表現していて心に沁みましたし、蒼井優は、聡の壊れっぷりを見事に表現していました。壊れた面と純粋な恋する乙女な面を違和感なく1人の人間の中に存在させていて実に印象的でした。

 

ただ、この聡の壊れ方、あまりに突き抜けていて、作品全体の雰囲気の中で、少々、浮いてしまった感じはします。"鳥ダンス"も聡のキャラクターとしては良かったと思うのですが、それがあったことで聡の存在感が強くなり過ぎ、物語のバランスを崩してしまった感じもします。

 

原作未読なので何とも言い難い部分ではあるのですが、佐藤泰士の小説に特徴的な欝々とした抑圧された雰囲気はあまり強く感じられず、先にある希望のようなものがより強く感じられました。三部作の最終編だからということなのか、本作の描き方の問題なのかは分かりませんが、どうしようもない状況の中で必死に生きる人々を描いた前二作とは違い、新しい人生を切り開こうとしている姿勢をより鮮明にさせた感じがします。

 

白岩が元妻と再会するシーンもありますが、あまりにアッサリ仲直りした印象を受けました。元妻の父親から白岩に宛てられた手紙の激しさを考えると、そこに至るまで、かなりドロドロとしたものを乗り越えなければならなかっただろうと思うのですが、ヒョイと軽く越えてしまった感じで肩透かし感ありました。元妻の言動もどこか中途半端。物語の流れの中で必要だったというより、その後の、"聡が白岩と元妻の再開シーンを見る"というシチュエーションを作るためだけに用意されたような不自然さがありました。

 

それでも、故郷に帰りながらも実家に顔を出そうとせず、周囲との付き合いも最低限にしていた白岩が、最初は無理矢理引っ張られて、徐々に、自分の方から周囲と関わろうとするようになっていく姿には、新しい人生を自身の力で作ろうとする意欲が滲み出ていて好感を持てました。

 

個々の登場人物の描き方は、どこか類型的で浅い感じはあり、そのために、前二作と比較すると物語が全体的に薄味になってしまった感じもします。けれど、力のある演技陣が、それぞれに鬱屈としたものを抱えた建築科の面々をリアルに存在させ、映画として楽しめる作品になっていたとは思います。

 

 

公式サイト

http://overfence-movie.jp/

と~~~っても濃厚なガトーショコラです。

 

以前から美味しいとの噂は聞いていて、お店も私にとって、割と行きやすい場所なので、是非一度と思っていたのですが、なかなかチャンスがなく、食べられないままになっていました。今回、新宿高島屋11階催事場で9月14日から19日まで開催された"美味コレクション"に出店していてたので、買ってみました。

 

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甘いというよりは、落ち着いた感じの深みのある苦みが印象に残ります。カカオの濃厚な香りが口の中いっぱいに広がり、チョコレート好きにはたまらない幸せを味わえます。そして、とっても濃厚なのに、胸焼けする感じがなく、意外なスッキリ感があります。そして、甘さと苦み、脂っぽさのバランスが見事。

 

温めるとフォンダンショコラのねっとりした舌触り、常温ではテリーヌのようなしっとりした感触、冷やせば生チョコのような味わい。1つで3度美味しいお菓子です。冷やしヴァージョンは、美味しいことは間違いないのですが、ケーキとかチョコレートのお菓子というより、そのまんま生チョコという印象で、面白みには欠ける感じがします。

 

1本、280gで3000円と、決して、安いものではないのですが、それだけの価値のある美味しさだと思います。

 

常温では3日間だけど、冷蔵すれば2週間持つとのことで、少しずつ楽しめるのも嬉しいところ。ダイエットの大敵ではありますが、でも、折角なので、ちょっとの間だけ、体重のことは忘れてこの味わいを楽しみたいものです。とても美味しかったです。

 

お勧め。通信販売はしておらず、店舗での販売と一部のデパートで取り扱われているだけだそうですが、ちょっと遠回りすることになっても試してみる価値はあると思います。

 

 

公式サイト

http://www.kenscafe.jp/

キャロル

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パトリシア・ハイスミスが別のペンネームで出版した同名小説を映画化した作品。原作は未読です。

 

1952年、ニューヨーク。高級デパートで働くテレーズは、クリスマスの買い物客で賑わう売り場で、1人の女性と出会います。その女性、キャロルが忘れて行った手袋をテレーズが送り届けたことから、キャロルにお礼の食事に誘われ、2人の交流が始まり...。

 

どうしてこの人を好きになったのか、どうしてこの人でなくてはならなくてあの人ではダメなのか...。趣味が合うとか、相性が良いとか、優しいとか、経済力があるとか、いろいろ理由付けをするけれど、結局、そんなのは後付けで、理屈とは違うところで、人を好きになったり、嫌いになったりしているような気がします。

 

そして、そのどうしようもない想いは、人に大きな喜びを与えるとともに、時に大きくその心を揺さぶり、傷つけもします。愛に生きようとすれば、周囲も自身をも傷つけてしまうかもしれない、けれど、愛を諦めても、自分も周囲も幸せになることはできない。そこに愛の苦しさ悩ましさがあり、その辛さがあればこそ、幸せも大きいのかもしれません。

 

特に、2人のセクシュアリティについて直接的にセリフで語られるわけではないのですが、キャロルは、男性と結婚し出産もしているものの、過去に女性とも性的な関係を結んでいたことが言及されていますし、テレーズについては、電車好きだったり、彼氏に対して淡泊というか、固執するところがなかったり、どことなく男性的な雰囲気が感じられます。

 

キャロルにとっては良い夫でなかったかもしれないハージは、裕福で教養もあり、仕事でも成功を収め、しっかりと妻子を養い、夫として父として誠実に生きているワケで、決して悪い人ではありません。

 

リチャードにしても、常識的なきちんとした人間であるが故にテレーズの"道ならぬ恋"を否定するような言動をしますが、少なくとも当時の価値観の中では当たり前の反応だったでしょうし、彼自身、決して、悪人ではありません。

 

直接的なメイク・ラブのシーンもあるのですが、それ以上に、ちょっとした視線の絡まり、仕草、表情の変化で、繊細な感情の動きを丁寧に表現していて、そこにしっとりとしたエロティシズムが感じられます。

 

世間的に見れば良くできた夫であるハージを捨て、最愛の娘であるリンディの親権をも手放し、自分らしく生きる道を選んだキャロルは、テレーズとの関係を認め、リンディの親権を諦めながらも、リンディとの面会権を主張します。その調停の場でのキャロルの姿が凛々しく、とても印象的でした。

 

そして、テレーズも、最初はキャロルに押し切られているような感じでしたが、見る見るうちに美しくなり、キャロルとの関係においても堂々としてきます。そこには、確かな成長が感じられます。

 

キャロルもテレーズも、自分自身の真実を受けとめ、自分らしく生きることを選び、そのための犠牲も受け入れようとしています。一方で、ハージもリチャードも、世間的な常識の範囲から外れたところで生きていく姿を思い浮かべることもなかなかできないようです。その差が、成長する女たちと変わらない男たちを分けているのかもしれません。

 

特に赤が効果的に使われた細部まで丁寧に作り込まれた重厚な映像が実に美しく印象的でした。一度は観ておきたい作品だと思います。

ボーダーライン

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エリートFBI捜査官ケイトは、巨大化するメキシコの麻薬カルテル殲滅のため、国防総省の特別部隊への"自主的な参加"を命じられ、謎のコロンビア人、アレハンドロとともにアメリカとメキシコの国境付近を拠点とする麻薬組織撲滅の極秘作戦に参加します。けれど、仲間の動きさえも把握できない常軌を逸した作戦内容や、人の命が簡単に失われていく現場に直面し...。

 

"正義"を行うために"不正義"を行っても良いのか、

"無法者"に対しては"無法"も許されるのか、

多数を守るためであれば少数を犠牲にしても良いのか、

考え始めても、グルグルと彷徨ってしまい、答えに辿り着くことが難しい問いです。

 

"不正義"を行う側にも、時として、致し方ない事情があったりします。人が生まれる環境を選べない以上、誰にでも、犯罪によってしか日々の糧を稼げない状況に置かれる可能性があったワケで、犯罪者だけを叩いても効果は得られないのでしょう。犯罪を犯罪として処置すると同時に、犯罪が生まれにくい環境を作らなければ、結局、誰かが捕らえられた者の後釜に座り、犯罪そのものは受け継がれていくのでしょう。

 

そして、多数を守るために少数を犠牲にしても良いのかと問う時、では多数の方が犠牲になるべきなのかという反論があるワケですが、その前に、本当に、少数を犠牲が必須なものなのか、或いは、少数が犠牲になることで本当に多数を守れるのか解決するのか、改めて問い直すべきなのではないかと思います。

 

本作のような場合でも、大物犯罪者を捕まえたり、殺したりしたところで、結局、他の誰かが取って代わるだけだったりすることが多いですし、逆に、事態を深刻化させることが少なくないというのも、私たちは歴史から学ぶことができるのです。

 

正義か悪か、正義のための悪は許されるのかという問題もあるのですが、その正義は本当に正義なのか、潰そうとしている悪は本当に悪なのか、潰すことで何とかなるものなのか、その部分に対する問いかけがもっとなされるべきなのではないかと思いました。

 

法が機能しない世界というのは確かに存在し、その中で身を護るためには非合法的な手段を取ることもやむを得ない...という状況は確かにあるのでしょうけれど、法を執行する立場にある者が、非合法的手段を前提としてしまうことの危うさにもっと敏感になる必要はあるのだと思います。

 

アルハンドロに抵抗するための十分な力を持ちえないながらも、必死に、抗おうとするケイトの姿が印象的です。暴走する"正義"に対し、私たちは何ができるのか、どうしようもない面があるにしても"正義"の暴走を歯止め無しに認めてしまったら、それは、いつか、普通の人の日常をも脅かすものになるのではないか...。

 

重く、モヤモヤとした空気に覆われた作品で、ちっともスッキリせずに終わってしまうのですが、正義が暴走しやすい今、本作のような視点を私たちは忘れてはならないのだと思います。

 

気力、体力を消耗する作品ではありますが、一度は観ておきたい作品だと思います。