深夜カフェ

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深夜カフェ [DVD]/安井紀絵
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深夜に営業するカフェ。4杯の珈琲からなる4つの物語が描かれます。
1杯目"若い夫婦"想い出の場所を巡るデートをする若い夫婦、直樹と智子。幸せそうな2人ですが、実は智子は病気を抱えていて...。 
2杯目"誕生日"もうすぐ30歳になる有希。恋人はできるのですが、長続きはしません。友人たちは結婚ラッシュ。そんな中ようやく運命の人、信吾に出会ったと思ったら、元恋人の光と再会し... 。 
3杯目"不自然な愛 自然な恋 または君のためのラブ"哲とマサルは親友同士ですが、それぞれ相手に言えない秘密を持っていて...。 
4杯目"長いお別れの再会"小説家学校で教えている前田由紀子の最後の授業。由紀子は、自身の罪を回想しながら授業を終え、久し振りに深夜のカフェに行き...。
 
タイトルとあらすじに興味を惹かれて観たのですが...。結構、感想を書くのに困るような...。
 
それぞれ、物語は悪くなかったと思います。まぁ、ありがちではありますが、それなりに物語としては心に響いてくるものもありました。愛と優しさと温もりが感じられましたし...。
 
でも、見せ方は...。折角の物語が活かされていない感じがします。
 
映像の取り方の問題もあったと思います。1杯目のカフェでのシーンは、カメラが窓越しの離れたところで固定されていて、肝心の表情が見えません。特に直樹はほとんど背中しか見えませんでしたし...。互いへの想いが溢れ出る場面なので、しっかりと2人の表情を見せて欲しかったです。逆に2杯目では、カメラが人物に寄って動きすぎて何だかよく分からない感じになってしまっていました。
 
演出も不自然で気になる場面が多かったですし、演技陣の演技にも問題はあったのだと思います。1杯目は雰囲気に比べ、セリフが明瞭過ぎて違和感ありましたし、演技という点においては全体的に残念な感じが否めません。
 
音楽も場面と合っていないことが多かったです。
 
いろいろと問題が多く、時間が長いわりに薄っぺらな印象が残ります。あまりに残念。このストーリーであれば、もっと胸に沁み込むような作品にすることができたはずだと思うのですが...。
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ストリート・オーケストラ

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ストリート・オーケストラ [DVD]/フェルナンダ・フレイタス
¥4,104
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バイオリニストのラエルチはサンパウロ交響楽団の最終審査に落ちてしまい、生活のためにスラム街の学校でバイオリンを教えることになります。しかし教室には屋根もなく、生徒は意欲的なサムエルを除いて問題児ばかり。ある日、ギャングに脅されたラエルチが見事な演奏で彼らを黙らせ、生徒たちも音楽の力を実感し、熱心に取り組むようになりますが...。
 
スラムとクラッシック音楽の取り合わせが何ともミスマッチな感じですが、徐々に出会うべくして出会った組み合わせに思えてきます。
 
様々な問題を抱えている生徒たちが、それでも、音楽をやりたいと思い、家庭でも色々と役割を背負わされ、時に否応なく犯罪の片棒を担がされながら彼らなりに頑張っています。生徒たちの家庭環境は、ラエルチには想像もつかないものだったことでしょう。けれど、徐々にラエルチも生徒たちを理解するようになり、そのことが、彼自身の演奏家として、人間としての幅を広げていきます。
 
こうした物語を描く場合、先生が音楽のすばらしさ楽しさを生徒に熱く語り、生徒が徐々に音楽の魅力を知っていくという過程が語られることが多いのですが、本作ではそうしたカタルシスを感じられる要素が控えめになっています。元々、基本的に、生徒たちは音楽そのものは好きで、色々と問題を抱えてはいるけれど、そこに自分の居場所があると感じて授業に参加しているからということもあるのでしょう。ただ、ラエルチと生徒たちが心を通わせていく過程、ラエルチが指導に熱くなっていく過程がアッサリとして、作品全体が薄味になってしまった感じはします。必要以上に感動を煽ろうとしない感じには好感を持てますが、あるべきステップが飛ばされた感じもして、ブツ切り感が残りました。
 
ラストのラエルチの演奏会で22枚のチケットを購入するVR。カードでの支払いということは、彼の"生業"を活かしているのでしょう。この辺りも、締めくくりのスパイスになっているのですが、見過ごしてしまいそうな程アッサリとした描写で、もうちょっと丁寧に描いて欲しかった感じはします。
 
それでも、音楽の力が感じられ、心地よく見ることができる佳作でした。観ておいて損はないと思います。
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エミアビのはじまりのはじまり

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実道と海野は、漫才コンビ“エミアビ”として売れるようになってきていました。ところが、その矢先に、海野が交通事故で恋人の雛子とともに亡くなってしまいます。雛子は、実道たちが尊敬する先輩、黒沢の妹で...。

 

決してつまらなかったワケではありません。身近な死とそれに関わる人たちの再生というテーマの扱い方は良かったし、ロバート・デ・ニーロ云々がちょっと面白かったり、金だらいが降ってきた理由がありがちではあるけれど出し方が程よかったり、死が日常的に存在する感じが独特だったり...。よくよく考えて見ると面白かった気がしますし、良くできた作品だった気がします。でも、全体としては、後々まで残りにくい薄味な印象を受けました。

 

漫才も面白いことは面白かったのですが、ちょっと微妙。演技陣も頑張っていたと思うのですが...。

 

海野の土壇場での大噴射は、金だらいと同様、何か理屈が欲しがったです。

 

所々、ちょっと惜しい感じがしました。そこそこ楽しく観られるのですが、レンタルのDVDで十分かと...。

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おとなの事情

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反抗期の娘に手を焼くロッコとエヴァの家で、幼馴染とそのパートナーが集まり、ホームパーティが開かれます。やって来たのは、倦怠期のレレとカルロッタ、新婚のコシモとビアンカ、離婚して新しい彼女ができたらしいペッペ。その席で、エヴァが、各自のスマートフォンに電話がかかってきたらスピーカーにして全員の前で話し、メールが届いたら公開するというゲームを提案。ゲームが始めますが...。

 

今どき、携帯は、外出時に忘れてはいけないものとしても、失くすと困るものとしても、人に見られたくないものとしても、生活や仕事のツールとしても、ナンバーワンだったりして、その中身を見られるということは、人間関係や思想信条や日々の行動力を知られること。特別にやましいことはなくても、人に見せたいものではないでしょう。

 

その日は月食。月が欠けていき、やがて、元通りの満月になるその過程に、7人、それぞれの秘密が明らかになっていく過程を重ねる描き方は巧かったと思います。月が地球の影に入り、見えなくなっていくにつれ、それまで隠されていたものが表に出てきて、7人の関係を掻き回していきます。月の魔力に翻弄されるように...。

 

携帯から漏れてくる"秘密"については、それぞれありきたりというか、予測の範囲というか、どうと言うほどのものでもなかったのですが、秘密が明らかになる過程に、それなりにドキドキハラハラがあって、微妙な間のズレや笑いがあって、引き込まれました。

 

携帯が私たちの生活にいかに入り込んでいるか、私たちがいかに携帯に振り回されているか...。その辺りも上手く炙り出しています。

 

一つ一つは人生を破滅させるような大きな秘密ではないのですが、個々の関係に波風を立てるには十分。幼馴染だったり、夫婦だったり、"互いに隠し事がない"ことが尊ばれる関係だけに心穏やかではいられないのでしょう。

 

大人になればいろいろあるもの。相手への思いやりとして吐く嘘もあるわけで、そこは見ぬふり、知らぬふりをするのが、大人ということなのでしょう。

 

そして、ラストが印象的です。一瞬、何が何だか分からなくなり、怖くなり、他の可能性がいろいろ浮かんできて、ワケが分からなくなりました。

 

面白かったです。オススメです。

 

 

以下、ラストについてちょこっとネタパレ?です。

 

 

 

 

 

 

 

様々に解釈できるラストが印象的です。"ゲーム"をしてしまったことで失われたものが描かれたのか、それまでに描かれた状況の方が"ゲーム"をしたらこんな風になってしまったかもしれないという"警告"だったのか、全ての現実を皆でなかったことにしたのか...。家を飛び出した時のビアンカの口紅と髪型が、ラストで変わっていたのですが、それが"ゲーム"かラストのどちらかが幻想であることを示しているのか、皆でなかったことにするための話し合いをして元通りにしたということなのか...。贈り主に突き返されたピアスも戻っているし、飛び出した人も戻ってきているのですから、時間をかけた話し合いが行われたということなのでしょうか...。携帯を忘れたペッペも戻ってきていることを考えると、もう夜が明ける頃になっている方が自然な気もするのですが、サッカーの試合が"明日"だと言っている以上、その日のうちに皆引き上げたということなのでしょうか...。

 

もし、実際にゲームが行われ、その上で"なかったこと"にしたのなら、それが一番、"大人な"結末で物語的には自然ですが、一番ホラーな感じがします。このモヤモヤを抱えながら関係を続けるのでしょうか?それとも、それぞれの夫婦に、新たな闘いの幕が開かれるのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

公式サイト

http://otonano-jijyou.com/

1歳になりました

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去年の5月、シー・ズーの赤ちゃんが、両親と兄弟と一緒にいた中、たった一匹、突然、家族と引き離され、見ず知らずの我が家にやってきました。

 

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↑生後2カ月頃(我が家に来た日)

 

当時、まだ生後2カ月で、小さくて柔らかくて抱っこするのもおっかなびっくりなくらい頼りなくて、そして、とにかく可愛くて、あっという間に我が家のアイドルに。小さなヤツに家族みんなが引っ掻き回される幸せな日々の始まり始まり...。

 

そして、予防注射が一通り済んで散歩に行けるようになって、最初は走っていく自転車にビクビクだったのが、いつの間にかお散歩大好き、走るの大好きになり...。

 

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現在

 

ちょっと無視しているとむくれたり、何かと邪魔してきたり、悪戯しまくったり、あちこち汚したり、いろいろと面倒臭いことも多いのですが、そんなことより可愛さ百倍。その愛らしさで家族の傷を色々と治してくれています。

 

親ばか街道、爆進中です。この子が私たちを幸せにしてくれているのと同じくらい、この子も幸せでいてくれているといいのですが...。

 

 

A・スコット・バーグの「名編集者パーキンズ」を映画化した作品。原作は未読です。

 

1920年代のニューヨーク。F・スコット・フィッツジェラルドやアーネスト・ヘミングウェイの名著を世に送り出してきた敏腕の編集者、パーキンズは、他の編集者の誰にも相手にされていなかった無名の作家、トマス・ウルフの原稿を読み、いち早くその才能に気付きます。パーキンズはウルフの作品をより良い形で世に送り出すため、陰になり日向になりウルフを支え続け...。

 

"編集"という作業の重要性を実感させられます。ウルフの場合、ほとんど"改作"とか"翻案

というレベルのようにも思えますが、けれど、やはり、ウルフの作家としての才能あってこその作品...ということになるのでしょうか。

 

ウルフがフィッツジェラルドと、"後世に名を遺す"ことについて語り合う場面が印象的です。この時、フィッツジェラルド自身がすぐ絶版になると言っていた「グレート・ギャツビー」が、歴史に残る傑作の地位を揺るぎのないものとして世界中で読まれていて、一方のウルフの著作の邦訳は絶版となっていることを考えると、時代の流れの中での才能に対する評価の変遷の大きさを実感させられます。

 

時間の経過が見えにくく、場面の転換に唐突感があり、ちょっと分かりにくい部分がありました。最初は謙虚だったウルフが傲慢になっていくのですが、その過程でも、時間が飛んでいる部分があり、いきなり感が拭えませんでした。まぁ、無名だった人が世に出て高評価を得た時によくある流れではあるのでしょうけれど、ウルフにはウルフなりにパーキンズからの"親離れ"の葛藤があったことでしょうし、その部分はもっと丁寧に描いて欲しかった感じがしました。

 

フィッツジェラルドともヘミングウェイとも出会ったパーキンズが、"編集者人生で1人会えるかどうかの作家"と評したウルフ。その作家としての天才性も今一つ実感できませんでした。ウルフが、フィッツジェラルドやヘミングウェイと編集作業をする様子などにも触れられていれば、そのウルフの才能の凄さがもっと伝わってきたのではないかとも思うのですが...。

 

パーキンズが家の中でも、レストランで食事中でも帽子をかぶっていたのが気になります。男性がずっと帽子をかぶり続けているというのはマナー的には結構問題かと...。何か、特別なこだわりなどがあったでしょうか...。ラスト、ウルフの手紙を読むシーンでその帽子を取ります。そこに、パーキンズの想いが溢れていました。

 

コリン・ファース、ジュード・ロウ、ニコール・キッドマンと実力派を揃えられ、興味深いテーマで、綺麗な映像で...。もっと面白くできたと思うのですが...。残念でした。

丸太町十二段家

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お茶漬けで有名な京都のお店です。祇園にも同じ名前のお店がありますが、そちらとは経営が別とのこと。

 

京都観光の際に、お昼ご飯をいただきました。

 

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小さなお櫃に入ったご飯、出し巻き、漬物の盛り合わせ、赤出しがセットになった"すずしろ"を注文。お茶漬けのメニューとしては、他に季節の一品料理がつく"水菜"と、さらに刺身がつく"菜の花"があります。お昼はいずれもご飯のお替り自由とのこと。

 

お茶漬けですから、ご飯と漬物が主役ということになるのでしょうか。ご飯は、間違いなく美味しかったですが、炊き上がりなども普通に美味しい範囲であまり特別感はありませんでした。赤出しも普通に美味しいレベル。平均を少し上回るレベルという感じがします。漬物は、いろいろな種類が味わえました。こちらも、平均を少し上回るレベルでしょうか。

 

一番印象的だったのは、出し巻き。しつこくないほんのりとした甘さが口の中に優しく広がり、ふんわりと程よい柔らかさで仕上げられ、とても美味しかったです。この出し巻は、これまでにいろいろなお店でいただいた中でもトップレベルだと思います。
 

席は5組分。椅子が6脚程あるテーブル席が2卓。座布団が5、6枚置かれたちゃぶ台が3卓。1人客が数人いても相席ということはないため、結構、並んだりしているのですが、メニュー的もあまり長居する感じではないので、それなりに回転していく感じです。

 

お茶漬けのほかに一品メニューがいくつかありました。また、予約が必要ですが、しゃぶしゃぶもあります。京都に行ける機会はそれ程多くないのですが、また訪ねてみたいお店の一つです。しゃぶしゃぶも、是非、いただいてみたいです。

 

店内のインテリアが和の雰囲気で、いかにもな京都を感じさせてくれますし、メニューも京都らしい漬物をいろいろ味わえて、京都を満喫できました。今や絶滅危惧種といってもいいちゃぶ台でいただけるのも嬉しかったです。ちゃぶ台とお茶漬け、昭和の香りたっぷりです。

 

"一見さんお断り"の格式高いお店も多い京都。地元民ならぬ身では、"京都の美味しい店"というのは、敷居が高い感じでちょっとドキドキものなのですが、心地よい雰囲気の中で食事をすることができました。

 


公式サイト

http://www.m-jyunidanya.com/

悲しみは星影と共に

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エディス・ブリュックの自伝的小説「街へ行く」を、ブリュックも加わって脚色し、映画化された作品。原作は未読です。

 

旧ユーゴスラビアの片田舎。ドイツ軍によるユダヤ人迫害が始まっていて、父のラクトが収容所に送られ、娘のレンカは、目が不自由な弟のミーシャに眼に見える世界の素晴らしさを繰り返し話しながら、彼の面倒を見ていました。父の居ない生活は辛く不自由を強いられる生活の中で、恋人で森にこもって抵抗を続けるパルチザンのイヴァンとの逢瀬は唯一の楽しみ。そんなある日、収容所から脱出したラクトが家に戻り、レンカは父を屋根裏部屋に匿いますが...。

 

若い恋人同士は、互いに相手を想い、自分を犠牲にしても相手を救おうとします。父も子どもたちを慈しみますが、互いに愛し合い想い合う中にも悲劇が生まれてしまいます。特に、レンカの恋人への愛、弟への想いが切なく、哀しく、そこに、物語の雰囲気にぴったりの哀愁を帯びた音楽が心に沁みます。

 

反戦もの、ホロコーストものに分類される作品ということになるのでしょうけれど、登場人物たちを敵と味方に単純に色分けをして対立を描くことはしていません。"敵"の中にも手を差し伸べる者がいたり、積極的に助けはしなくても迫害に加担もしない者がいたり、傍観するだけの者がいたり、ともに苦しむ"味方"や、本来、同じような立場なはずが"敵"になびく者がいたり...。

 

ラスト。レンカとミーシャは、収容所へ向かう列車に乗せられます。目の見えないミーシャに辛さを味わわせないよう、少しでも希望を持たせられるよう、そこにあって欲しい美しい車窓の風景について語ります。それは、ミーシャを慰めるためであり、自分自身の願いの吐露でもあったことでしょう。すぐそこに迫っているより大きな悲劇を想うと涙を禁じ得ません。

 

戦いの場面も登場しますが、人が傷つき、命を落とす場面は少なく、残虐な描写もありません。悲劇的な場面よりも、若い恋人同士の幸せなひと時やミーシャのなかなか逞しかったりする微笑ましさが多くの分部を占めていたりします。その明るさが、悲劇をより引き立たせています。

 

互いに想い合う家族や恋人。そんな本来幸せに生きられるはずの人々の生活が根底から崩されてしまうところに戦争の大きな悲劇があるということなのかもしれません。

 

なかなか重く、遣り切れなさのある作品ですが、一度は観ておきたい作品だと思います。

映画「闇金ウシジマくんザ・ファイナル」DVD通常版/間宮祥太朗
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"闇金ウシジマくん"シリーズの最終作です。原作コミックは未読ですが、劇場版は全部見て、Part1Part2Part3のそれぞれについて感想を書いています。
 
原作はまだ続いているようですが、映画は本作が最終作となるようです。
 
違法な高金利で金を貸す"カウカウファイナンス"の丑嶋馨を、中学時代の同級生、竹本優希が訪ねてきます。しかし丑嶋は、竹本の頼みを突っぱねます。路上にいた竹本は鰐戸二郎に声を掛けられ、仕事を紹介されますが、それは賃金が安いうえに、様々な形でピンハネする貧困ビジネスで...。
 
中学生の頃の丑嶋を知る竹本の登場ということもあり、どのような経緯で今の丑嶋が生まれたのかが、今の丑嶋たちの物語と並行して描かれます。
 
これまでの映画シリーズは、丑嶋から借りる側について描かれてきたわけですが、最終章ということもあるのでしょう、貸す側の物語が強調されているような感じがします。
 
丑嶋も竹本もぞれぞれ一本通っている感じが共通点で、そんなところが2人を結びつけたのかもしれません。けれど、竹本と丑嶋の違いは、自分の中にある想いを実現させるだけの力を持っていなかった、あるいは、自分の力に見合った生き方ができなかったことにあるような気がしました。
 
誰かを庇い、"敵"に立ち向かうのなら、"敵"を倒すだけの力(知恵)を持たなければ、庇いたい相手か自分を破滅させることになりかねません。何かと頑張る竹本なのですが、彼の言動を見ているとあまり世の中の実情を知らないお人よしという感じで、"正義の味方"を貫くにはどうにも弱い感じがあり、ラストでのセリフも、真実味に欠けてしまった感じがします。竹本がもっとずっと若いのならともかく、この年齢で善を貫くなら、凄みを感じさせるほどの知恵と強さ見せて欲しかったです。
 
エグイ描写が多すぎるのは気になりました。そこまでの描写がなくても、暴力のすさまじさ、恐ろしさは表現できたような気もしますし...。あまり暴力的な感じが前面に出過ぎてしまうと闇金の物語というより、任侠モノ的な感じになってしまいますし...。まぁ、類似する面の多い世界ではあるのでしょうけど...。
 
これまでポーカーフェイスを通してきた丑嶋が、僅かに表情を表情を動かすラストが秀逸。情に振り回されることなく主義を貫く丑嶋にも人としての情が確かにあることを見事に示す場面となっています。ここは、やはり、山田孝之の演技力でしょう。そして、この表情を見せたら、もう、これ以上、ウシジマくんの映画はあり得ないということになるのでしょう。ウシジマくんの物語を締めくくるのに相応しい表情となってたと思います。
 
映画シリーズの最後を締める作品としては良かったと思いますし、悪くはなかったと思うのですが、一つの映画としてはもう一つな感じがしてちょっと残念でした。
 
それにしても竹本くん、どんな"清掃"をすることになるのでしょう。ちょっと想像ができないのですが...。原発関係でもないような感じがしますし、マグロ船とかでもないような...。気になります。
BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント [DVD]/レベッカ・ホール
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「チャーリーとチョコレート工場」の作者でもあるロアルド・ダールの児童文学「オ・ヤサシ巨人BFG」を映画化した作品。原作は未読です。
 
ロンドンの養護施設で暮らす10歳のソフィーは、ある眠れない夜、巨人がやってくるのを目撃してしまい、巨人に連れ去られてしまいます。ソフィーは、優しい巨人とすぐに打ち解けますが、そこには、子どもたちを餌にする巨人が8人もいて、ソフィーの気配を嗅ぎつけられ...。

夢の木のシーンが、とってもファンタジックで素敵でした。悪い巨人たちの罰し方も平和的で交換を持てました。1人を除けば、自分の所業を後悔したわけで、こんな風に彼らの気持ちをコントロールできるのであれば、隔離せずに平和に共存することもできたような気もしますが、そこは、原作の問題でしょうし、仕方ないところなのでしょう。

とってもファンタジーな世界でも、女王が隣国に領空通過の許可をとるところなど、やけにリアルだったりします。まぁ、巨人たちの居所を知る前にというのは不思議ですが...。
 
女王がBFGを迎え入れることにしてからのバッキンガム宮殿側の対応も、いかにも、何があってもあわてず騒がず格式ばる紳士の国的な風味がたっぷりと感じられて面白かったです。
 
ただ、物語の大枠は、今一つ盛り上がりに欠けます。ソフィーたちの危機にも、あまり切迫感がなく、ハラハラドキドキも薄かったのは残念。
 
一度、養護施設に戻ったソフィーが、BFGを呼び、テラスから飛び降りるシーンなど、BFGへの友情と信頼が伝わってくるシーンで良かったのですが、普通に1階に降りて外に出てもよかったのではないかと思ってしまうのは、私が汚れた心の大人だからかもしれません。
 
基本的には夢見ることの大切さを伝える心温まる物語で、悪くはないのですが、ファンタジーとリアルのバランスの悪さや、テンポの悪さなど、気になる部分も少なくありませんでした。旧作扱いになってからのレンタルで十分かと...。