後藤組社長 後藤茂之のブログ

仕事のこととか、趣味のこととか、Twitterでのつぶやきの他に思うところをアップしていきます。

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三谷宏幸著「世界で通用するリーダーシップ」
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GEで数々の経営を経験した後、ノバルティスファーマの社長を務めている人が、リーダーとしての仕事の取り組み方について書いた本です。

やはり仕事の取り組み方は共通だなと感じる部分がある一方、外資系ならではの考え方もあり、いろんな気付きがあった本でした。

以下抜粋。

あるとき上司から「社長はいつも危険にさらされている。大事なことは飛来してくるミサイルの中で自分に最も致命傷を負わせるミサイルを選んで撃墜することだ。あとは当たっても仕方がない」と教えられた。このとき初めて真の社長業のあり方を学んだような気がする。

日本には、目には見えないけれど、優れた「中庸の制度」があるのだと私は思った。言ってみれば、荒れた自然の中に生きる必要はない。常に防波堤を誰かが作ってくれているのである。たとえば、日本企業の年功序列のしくみがそうであり、それを支えるための偏差値教育もそうだった。それらは中庸を作るために生み出された日本人の知恵だったのだ。
だからこそ、当然のように“幅”は小さい。給料の差も小さいし、待遇の差も小さい。小さな幅をみんなで享受できる制度を政治家や官僚が作り上げ、「ここにいれば大丈夫」「みんなで頑張ろう」というシステムを創り上げたのが、日本の強さだったのだ。

やれることと、そしてやれないことの幅が広いのが米国。対して、狭いのが日本である。日本はやるべきことに対して、この狭い幅で判断する。そして、真っ先に出てきがちなことが、できない理由ということになる。
事実私は何度もそういう場面に出会った。こちらからの要求にまず「できない理由」が返ってきたときには、私はいつもそれを問い返すことにしている。「なぜできないのか」と。そうしてなぜできないかを問い続けていると、最終的には「今までやったことがないからです」という答えに突き当たることが多い。残念だが、これこそ“幅”である。“幅”の外側にあるものは、認めたがらないのだ。

決断も挑戦もせず、手堅く安全に物事をやり過ごしていたような人が、不果実でリスクの高い判断を行わなければならないトップになんか、上がれるわけがないのだ。苦しくても決断し、挑戦してきた人たちだけが、権利を手にいれられる。現在のトップに求められている挑戦は生半可なものではないのだ。

仕事は環境を変えて挑戦することで、経験の幅が加速度的に広がる。つまり、仕事力は積み上がっていくのではない。掛け合わさっていくのだ。仕事力やキャリアは「足し算」ではなく「掛け算」だということである。このときに、大きな意味を持つのが、挑戦なのである。

一般的にいって、ダメな人間というのは、何か頼まれたときに、それができない理由をまず考える。一方で、できる人も、ここまではできるけれど、これ以上は難しいとついつい考えてしまいがちだ。つまり、自分自身で自分に限界を作ってしまうのが人の性癖といえる。
すなわちストレッチがないと人は成長しない。できることをできるままにやっていたのでは、能力は高まらないということである。

ここにもうひとつの変数が出てくる。それは社員の実行力だ。不思議なことだが優秀そうな社員が大勢いる日本企業ほど、トップが何か言ってもそれを聞かない社員が多いように見える。おそらく自分に自信のある社員たちは、トップの考え方を本当の意味で信じていないのだろう。私から見ればそれは本当に優秀な社員ではなく中途半端に優秀な人たちに見える。こうした中途半端な人たちが集まっている会社が一番困る。なぜならトップの指示を自分たちで変えてしまうからである。
現場に権限移譲することはもちろん大事なことだが、これはそれ以前の問題である。加えてどのくらい権限移譲をすべきかという議論は組織の進化のステージによるということも考慮に入れるべきだ。



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武蔵野さんの経営サポート会員に入会して1年と10ヶ月。
一番大きく変わったのが社員とのコミュニケーションかもしれません。

「情は回数」
小山さんからそう教わり、幹部との面談も半期に一度から毎月へ。
グループ懇親会などの飲みニケーションも定期的に開催し、さらに昨年暮れからは社員と1対1で飲む「さし飲み」も始めました。

昨日も幹部社員とさし飲み。
幹部社員のリクエストで、駅前の焼き鳥藤というお店に行きました。

このさし飲み、最初にお互い15分ずつ自己紹介から始まります。

今更自己紹介なんて少し気恥ずかしいのですが、お互いのことを案外知らなかったりするものです。

昨日も幹部社員の意外な一面を知ることができ、有意義な時間を過ごすことができました。

会社経営は手間をかけないとダメなんですね。




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我が家では惣菜というものをほとんど食べません。
理由は美味しくないから(笑)

ところが、一つだけお気に入りの惣菜屋さんがあります。
それはデパ地下や駅ナカに出店しているRF1という総菜屋さんです。

先日も東京駅の大丸デパートにあるRF1で何種類か買い求め、家族で食べました。
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ここの惣菜は美味しいだけじゃなく、野菜がたっぷり取れることや、カロリーも控えめ、そして赤ワインに合うのがいい。

今回飲んだのははモンテスアルファM。
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お正月に酔った勢いで買ってしまった福袋ワインのうちの一本です。

かなり美味しいワインでした。




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藤村正宏著「安売りするな!価値を売れ」
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かなりの良書でした。

佐藤義典著の「売れる会社のすごい仕組み」ほどは深堀りされていませんが、言葉の使い方が上手でわかりやすい。
また、具体的な事例が満載で参考になります。

以下抜粋。

多くの人は、モノを売ることばかりに一所懸命になっている。
でも、大事なのは「体験を売る」という視点です。

どんなに素晴らしい価値であっても、その価値がお客様に伝わっていなければ、お客様にとっては存在しないのと同じことです。
存在しないものはお客様に選ばれない。
売れるわけがありません。

商品やサービスのスペックをいくらいっても、独自の価値は伝わらないのです。

「会社」とは友達になれないが、「中の人」とは仲良しになれる。

売れる商品はない。「売れる売り方」があるだけ。



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西荻窪にあるタンメンが有名なはつねというお店に行ってきました。
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先客が9人も並んでいました。
かなりの人気店のようです。
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カウンター6席だけのこじんまりしたお店。
かなり待つかなぁと思いましたが、4人程先客が脱落。
それでも着座まで30分もかかりました。
こんなに並んだのは最近では久しぶりです。

頼んだのはもちろんタンメン大盛り。
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滋味溢れる清湯スープ。
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麺も旨い。
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野菜はキャベツ、白菜、もやし、にんじん。
量も結構あります。
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完食。
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旨かったけど、これだけ並ぶとよほど時間のある時でないと来れないなぁ。



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昨日、新宿の京王プラザホテルで、当社東京支社の協力業社会である平成24年東京匠会総会が開かれました。
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今年は5社が新規入会して、40社の規模になりました。

私が戻ってきたばかりの20年前に比べたら、大分規模が大きくなってきました。

また今年は10 年ぶりに役員の交代があり、新しく株式会社ノグチさんが会長職を引き受けてくれることになりました。

今、東京支社は工事の引き合いに比べて技術者不足で困っています。

また、東日本大震災な影響で、資材の高騰や人手不足で現場に悪影響が出ています。

なかなか厳しい1年になりそうですが、協力業社さんの協力をいただいて乗り切っていきたいと思います。

当社を支えてくれる協力業者さんがこんなにいてくれることに感謝です。




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昨日、人間ドックに行ってきました。
健康管理には自信があるので、以前は一年半に一度のペースでしたが、さすがに40歳を超えたので、今は一年に一度行っています。

以前は市内の病院で受診していましたが、鶴岡の建設会社の社長さんに紹介され、昨年から仙台厚生クリニックというところに変えました。

市内の病院ですと、前日20時までに食事を終わし、翌早朝から下剤を飲まなければならず、かつ一泊二日と時間もかかったのですが、仙台厚生クリニックですと朝食さえ取らなければ良く、時間も4時間程度ですみます。

何よりも胃カメラや、大腸カメラという、上から下から管を入れられることがないのが楽(笑)
本当にあれは苦痛です。

検査内容は、血液検査・便検査・尿検査・心電図・血圧脈波・超音波検査・CT・MRI・PETの各検査です。

CT・MRIを使うので管を入れる必要がなく楽だというのもあるのですが、受診先を変えた一番の理由はPET。

うちの家系はみんな癌になっており、特に私の父は52歳という若さで亡くなっているので、PET検査があるこのクリニックに変えたのです。

とは言え、私は癌とは血液の汚れを浄化する作用だと思っており、血液が汚れないように毎朝10kmのジョギングを欠かさず、代謝を上げる努力をしているので、癌には罹らないと勝手に思っています(笑)

ですが、家族もいるし社員の生活もあるので念には念を入れています。

詳しい検査結果は3週間後に出るのですが、簡単な所見は検査後直ぐに教えてくれます。

結果は「申し訳ないくらいに申し上げることはありません。スッキリしています。」でした(笑)

44歳になった今でも、γ-GTPの数値が多少高め以外は、引っかかったことがありません。

一応日頃の健康管理が効果を発揮しているようです(笑)

それにしてもそのPET検査、ベッドに両手を縛られて30分程狭いところに押し込められるのですが、ちょっとした恐怖感があります。

胃カメラ、大腸カメラよりはましですが、ちょっと苦手かなぁ。


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野口悠紀雄著「経済危機のルーツ モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか」
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思ったより昔に書かれた本でした。
インターネットで本を買うと、しばしばこういうことが起きるのが難点です。

しかしこの本は、70年代に作られた現在の世界経済の仕組みや80年代に大きく転換した経済の基本理念、90年代以降に起きたIT革命や金融技術革命の本質、リーマンショック前の未曾有のバブルとその崩壊の仕組など詳しく解説されており、なるほどと思えることが多数。

日本経済がなぜ失われた20年と言われる長い経済低迷に落ち込んでいるか、さすが野口悠紀雄、かなり専門的に解説しており、未来を知るために歴史を振り返るにはかなり良い本です。

それにしても日本の未来は暗い…。

以下抜粋。

西ドイツでも日本でも、戦災によって戦前からの工場の多くが失われた。しかしそのために、新しい技術体系にあった新しい工場を造ることができた。技術が大きく変化した世界では、生産性向上のために、そのほうがかえって望ましかったのだ。それに対して、イギリスやアメリカの工場は戦災を免れたが、そのことが戦前の古い技術体系からの脱却に対しては障害になった。したがって、生産性の向上日本や西ドイツほどには急速に進まなかった。こうして、誠に皮肉なことに、敗戦国のほうが生産性を向上させることができたのだ。


70年代までのコンピュータシステムは、メインフレームコンピュータを中心とする集中型のものだった。
このため、経済システムにおいても中央集権型が有利だった。ソ連式の計画・指令経済が、50年代、60年代を通じて、軍事以外の分野においても優れたパフォーマンスを示したのは偶然ではない。それは情報処理システムの特性がもたらした必然の結果だったのである。


ところが、70年代に、コンピュータの技術が大きく変化し始めたのである。まず70年代初めに、プログラム電卓が登場した。そしてパーソナルコンピュータが、70年代から80年代にかけて発展した。こうしためざましい発展に、社会主義圏はまったく追随できなかった。80年代後半になっても、PCは、教育機関や研究所でごく限定的に用いられるにすぎなかったのである。
仮に生産面における非効率性がなかったとしても、全体主義的・集権的政治システムは、分散的な情報処理システムには進めなかったはずである。なぜなら、全体主義と新しい情報処理技術は、本質的に矛盾するものだからだ。
社会主義国家では、最も簡単なPCでも、個人が所有することはまったく考えられなかった。ソ連の指導者たちは、「パーソナルなコンピュータは国家の安全を脅かす」と考えており、その使用を妨げようとしたのである。
全体主義的・集権的体制は、新しい情報技術の下では効率が下がるだけでなく、生き延びることすらできない。社会主義国家の崩壊は情報技術の転換とほぼ同時期に起こっているのだが、これは偶然ではなく、必然だった。


企業が従業員の共同体的な存在になっていること、自動車産業が強いことなどを見ても、日本とドイツは実によく似ている。そして70年代に破竹の勢いで世界経済を制覇するかに思われたが、どちらも駄目になったという点でも同じだ。
これは、日本・ドイツ的な産業構造を持つ国の特性だ。90年代に日本とドイツが没落したのは、歴史の必然と言ってよい。
日本もドイツも、中国が事実上の鎖国を続けて工業化しなかった70年代までは、世界経済の中で高い地位を占めることができた。その意味で、日本もドイツも冷戦によって大きな利益を受けたのである。
中国の工業化によって、世界的な分業体制の基本条件は大きく変わった。中国と同じことをやっている国が没落し、中国ではできないことに転換した国が成長したのである。これは国際分業の立場から見て、当然のことである。


日本の実質純輸出は、長い間GDPの1%程度だったが、02年以降顕著に上昇し、07年度には5%に達した。これによって、02年度に507兆円であった実質GDPが、07年度に約563兆円になった。つまり10%超増加した。これが02年以降の景気回復である。
これは、「外需依存の景気回復」と言われる。日本の貿易依存度は、もともとそれほど高くない。高度経済成長は外需依存で実現したと考えている人が多いが、そうではなかった。高度成長の最も大きな牽引力は、国内の設備投資だったのである。外需依存で経済成長が生じたのは、02年から07年にかけての特殊事情だ。
輸出の増大によって企業収益が増大し、また株価が上昇した。これは配当やキャピタルゲインなどの資産所得を増大させた。その半面で、賃金は低下した。国際市場で、中国などの低賃金国と競争しなければならないからだ。
雇用形態でいえば、正規雇用がほとんど増加せず、非正規雇用が増加した。正規雇用者は80年代の中頃には3300万人程度であったが、最近でも3400万人程度と、ほぼ同水準である。これに対して非正規雇用者は、80年代の中頃には600万人程度であったが、08年の秋には約1800万人にまで増加した。
賃金が上昇しないので、景気回復の実感はほとんどなかった。この間に格差が拡大したと言われたが、それは賃金が上昇せず、その半面で高所得者の所得である資産所得が増大したからだ。これは、外需依存経済成長がもたらした必然の結果だった。


金融危機を起こしたのが金融立国モデル側にあったことは間違いないが、影響はそこにとどまらず、製造業中心国に及んだのだ。
どちらの受けた影響が、より深刻だったろうか。経済成長率の落ち込みで見る限り、影響が深刻だったのは、むしろ製造業立国の側である。
金融危機が金融部門から生じたにもかかわらず、そのような結果となるのは、何故だろうか?それは世界経済が貿易によって密接に結びついているからだ。
金融業中心国で危機が生じると、輸入が減少する。それは、製造業中心国の輸出を減少させる。これが製造業の生産を激減させ、GDPの激しい落ち込みをもたらす。
このような影響は08年以降の日本に極めて顕著に生じたが、ヨーロッパの工業国においても、似たようなことが生じたのだ。


日本経済は、1990年代以降長期にわたる停滞を続けている。日本、中国、アメリカ3国の90年代以降のGDPの推移には、大きな差がある。農業社会から工業社会に変貌しつつある中国の成長がとびぬけて高いのは当然のことであるが、アメリカのGDPも、90年から2008年の間に約2.5倍増加したことに注意が必要だ。それに対して日本のGDPは、1.1倍にしかなっていない。95年以降は、誤差の範囲でしか変化していないのである。しばしば「日本の失われた20年」と言われるが、事実そのとおりのことが起こったのである。しかも、それは日本に特有の現象であって、世界は
この間に大きく変化したのだ。
なぜこのような事態が生じてしまったのだろうか。その原因は、80年代後半のバブルが崩壊した影響でもないし、高齢化・少子化でもない。また、よく言われるようにデフレでもない。基本的な原因は、90年代以降の世界経済の大変化に、日本が対応できなかったことである。
第一に、冷戦終結と中国工業化という大変化が生じた。これは、経済的な観点からすれば、製造業の労働力が急増したのと同じことであり、製造業を中心的な産業とする日本経済に本質的な影響を与えた。しかし、日本はこれに対応できなかった。
第二に、金融とITの面で、大きな変革が生じた。ITは新しい産業革命と言えるほどの大きな変化を経済活動にもたらしたが、日本は対応できなかった。ITは個々の産業に限定されない一般的な技術であり、それに対応できないのは、電気の時代に蒸気機関に固執するようなものである。また、80年代以降進展した新しい金融技術も、アメリカやイギリスの経済活動を一変させた。しかし、これを受け入れることについても、日本は否定的な態度を取り続けた。



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誕生日の翌日、家族で粉名屋小太郎さんに行ってきました。

誕生日なので妻の許しをもらってそば前セットを頼んで昼からビール。
最高にシアワセ♪
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今日はいつもの鴨南ざるではなく、割子そばの七段を注文。
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一段目、にしん。
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二段目は鮪。
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三段目はとろろ。
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四段目はなめこおろし。
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五段目は納豆。
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六段目はいくら。
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七段目は海老の天ぷら。
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お猪口は蕎麦湯を飲むために使います。
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最高に旨いです。



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