家々の屋根が紅く染まった夕暮れ時。
悟とカレンは、地下室の寝室に設置してある、五台のモニターを見ていた。
モニターには、隠れ家の周囲が映し出されている。
カレンがリモコンを操作して、塀の外に視点を切り替える。
「いるいる」
さりげない風を装ってはいるが、隠れ家の四囲には、見張りが付いていた。
「お早いお出ましやな」
「出かけられちゃ困るからね」
「ご苦労なこって」
悟とカレンは、くつろいだ様子で肩を並べて、モニターを眺めていた。
人通りも少なくなる十二時頃、隠れ家から少し離れた処に、黒いワンボックスカーが三台停まった。
中から、黒装束に身を包んだ二〇人ほどの男たちが素早く飛び出してきて、隠れ家の周りを取り巻いた。
「まあ、沢山いるわね。ご苦労なこと」
カレンが、冷笑を浮かべる。
「まだ、あんなにぎょうさん残っとったんか」
「あれは、リュウの仲間じゃないわ。古巣の破壊工作員よ」
「え、そうなん。それやったら、やめにせえへんか?」
「だめよ」
悟の驚きを流すように、カレンがきっぱりと首を振る。
「そやかて、元の仲間やろ」
「奴らは、私たちを殺しにきたのよ」
「ターゲットが誰か、知らされてないかもしれんやんか」
悟は何とかカレンを思い止まらそうと、必死で説得を試みた。
「だから、どうだっていうの? 奴らは、ターゲットが誰かなんてことは関心ないわ。ただ、命令されたことを実行するだけ」
いつになく、カレンが熱くなっている。
「私には、古巣だろうがどこだろうが関係ない。私たちを殺しに来る奴は、すべて敵よ」
「わかった。カレンの思う通りにしいや」
カレンの剣幕に圧されて、悟はそれ以上何も言えなかった。
「ごめんね、サトル。でも、これだけは信じて。私は、決して殺戮を好んではいないのよ」
カレンが、縋るような目で、悟を見る。
「いや、そんなことは思ってへん。俺の方こそ、いらん口出して悪かった」
既に引退したとはいえ、一度スパイ家業に身を置いた者は、死ぬまで平穏には暮らせないのだと、つくづくと悟は思った。
「ありがとう」
カレンが、安堵の笑みを悟に向ける。
「ところで、ここは大丈夫なんか?」
「シェルターとして作ってあるから大丈夫よ」
「そうか」
隠れ家の周りを取り囲んだ男たちは、闇に同化して動かない。
カレンが、リモコンで家の灯りを消した。
それでも、一時間ほどは、何の動きもなかった。
用心深く、完全に寝静まるのを待っているのだろう。
監視カメラは、夜になると赤外線機能に切り替わるので、闇に蹲る男たちの姿を、はっきりとモニターは捉えている。
ようやく、闇が動きだした。
男たちは、手にサブマシンガンを構えて、慎重に隠れ家へと忍び寄っていく。
かなりの訓練を積んだプロらしく、統率が取れており、動きに無駄がない。
リーダーらしき男がハンドサインを送ると、五人が裏口へと回った。
残りのうち五人が、表玄関の前にサブマシンガンを構えて待機し、後はそれぞれの窓に張り付いた。
襲撃の体制が整うと、一人の男が表玄関に耳を当て、暫く中の様子を窺ったのち、針金のようなものでロックを解いた。
ドアチェーンを掛けていたが、小さなスプレー缶を取り出すと、それをチェーンに噴射した。
チェーンは腐食したかのように、ぼろぼろに崩れていった。
ブルートゥースのヘッドセットを耳に当てていたリーダーが頷いた。
裏口も開けられたようだ。
再びハンドサインを送ると、表玄関と裏口から、男たちが次々に中へと侵入していった。
窓を固めている者たちは引金に指を掛け、悟とカレンが窓から逃げようとすれば、即座に射殺する態勢を取っている。
男たちが侵入してから十秒後。
「今度生まれてくるときは、ただの民間人として生まれてくるのよ」
静かな口調で言うと、カレンがリモコンの起爆装置を押した。
大音響と共に、火柱が舞い上がる。
窓の外で構えていた男たちが、砕け散るガラスと一緒に吹き飛ばされながら、紅蓮の炎に包まれた。
「俺みたいな、民間人もおるけどな」
モニター越しに紅蓮の炎を眺めながら、悟がぽつりと呟いた。
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