エリア(3);聖書における預言者(ナービー) 3-3  預言者は有能な政治家を評価しない | 対内言語と、対外言語と!

エリア(3);聖書における預言者(ナービー) 3-3  預言者は有能な政治家を評価しない

中越


 

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聖書における預言者(ナービー)1

聖書における預言者(ナービー)2

聖書における預言者(ナービー)3-1 エリア

聖書における預言者(ナービー)3-2 エリア

預言者は常に王を糾弾する姿勢を取る。

イスラエルにおける最初の預言者エリアもまた、神の命を受けて、王が果たして神との契約=律法を守っているか否かを常に、監査役のような位置に自らを立たせて、監視した。預言者がこのような位置に立ちえたのは、イエスラエルでは王制はナタン契約を前提としていたかである。しかし、そればかりではなく、王制は民衆の希望によるものであり一種の必要悪と見られていたからである。「民衆が王を立てよう」と言わない限りイスラエルにおいては王はなかったのである。従って、神と人との間に王は存在しない。しかし、周辺諸国の真似をして強い王制が欲しいとする民衆の要望によって王を立てるならば、立ててもよいが、しかし、その王を監視する預言者も同時に立てるということになったわけである。

 預言者は王の言動が、神との契約=律法に合致しているかを常に監視した。この意味で、イスラエルの王制は一種の「律法的憲政」という形になっている。そこで預言者は、その「憲法違反」を追及しかつ糾弾するという姿勢になった。この意味では預言者は、日本の「護憲運動」の指導者のような位置にいて、これが、イスラエルに現れ、現在イランのホメイニ以降に現れる預言者の基本である。この基本はアメリカに至っても変化はなく、王は大統領、預言者はジャーナリストという形を取っている。

 上記は以前に回に述べた。
 預言者は常に王を糾弾する姿勢を取る。しかし、彼等に糾弾された王が無能であったのではない。むしろ逆である。純政治的に評価すると、預言者に糾弾される王は政治的に名君といえる者が多い。この点で、一般の日本人が、聖書を読み、その中で親しむを抱かせるの人物がいるとすれば、それはことごとく王であっても預言者ではないことは断言できる。イランを見て、ホメイニやそれ以降の宗教指導者=預言者より、王の方に親しむを抱くであろうし、アメリカを見てジャーナリストよりも、より多く大統領に親しみを持つだろう。もっとも特殊な方は「ホメイニ等の宗教指導者」や「ワシントン・ポストなどのジャーナリスト」に親しみを抱くであろう。そのことは小田実を見ればわかることである。彼は70年代イラン革命を見て「今までアジアなどの第三国は白人によって発見された。インド音楽などもビートルズによって世界的に知られた。しかしホメイニ師は自己を自己で発見したのである。日本も彼に学んで、自信を持ち、アメリカ依存体制から脱皮すべきである」という趣旨のことを語っている。あれから30年数年が過ぎた。今も「脱皮論議」に熱中している政党が存在しているので、以外に小田氏の思考法はある種の日本人に特徴的なものなのであろう。氏が「護憲運動」ならぬ「九条の会」の一員であり、「常に監視してやるぞ」という姿勢を戦後一貫して保持しつづけていることは、非常に稀な体質を持った日本人であるとも規定できる。だが氏にとって惜しむらくは、日本人には神との契約はなく、その結果である憲法もなく、それは明治時代、西欧の真似事によってはじめて持ちえたものであり、また戦後、敗戦によって『できちゃった政府!』も、アメリカによって草案された憲法を保持しつづけただけであるが。

 オムリやアハブ、これにつづくアハじジャ、ヨラムはオムリ王朝という一つの王朝であった。その王朝は北イスラエルのもっとも安定しかつ繁栄した時代だった。アッシリアの文書には、イエスラエルという名前はない。イエスラエルを「オムリの家」と呼んでいる。それほどこのオムリ家は有力な一国を形成し得た時代を現出させたのである。
 オムリと言う王は、非常に人望があった。また統治能力があり、同時に先見の明を持ち、サマリヤの丘を買って、この上に首都を建設している。それまで、北イスラエルの王はオフラやシケムにいたが、オムリが首都を新設のサマリヤに移したのは、そこが戦略上の要点だったからである。今日、どこの国の防衛担当者がこの首都を見ても「うまい場所に首都を建てたものだ」と感心することは間違いない。
 この首都は、甲府盆地のような地形にあり、その真ん中の小高くなったところに城壁を巡らして首都がある。このため、アッシリアの数回の包囲にも耐え得た。アハブは「今に必ずアッシリアが攻めて来る」という先見の基にこの首都を気付いたのであから、当然と言えば当然のことだが。
 
 しかし、預言者はこういうことを評価しない。この点では、政府のあらゆる政策を評価しない日本の野党と何等のかわりもない。むしろ預言者は糾弾する。
『オムリ王はフェニキア(現・レバノン)と結び、息子アハブをツロの王女イゼベルと結婚させ、その結果、外国の宗教、偶像礼拝と異教の風習が入り、ヤアハウェとの契約が無視される状態を招来した』
 預言者は王を、唯一神に対するイエスラエルの宗教を純粋かつ忠実に生きているかどうかという点でしか評価しなかった。この点で、「かつての国会審議で郵政は民営化しないと小泉総理自身がおっしゃたじゃないですか、それを純粋かつ忠実に守ってくださいよ」とする民主党・新緑風会(護憲運動)の片山議員と似ている。
 この伝統は今も欧米に非常に強い。アメリカでは、辞任なったニクソンを辞任に追い込む情報を与えたとして、その人物を映画化する予定があるそうである。しか、後代は、ニクソンをベトナム戦争を終結させた政治力ある有能な人物と評価を定着させ、彼を辞任に追い込んだことが、以後のアメリカ衰退の最大の原因であったとみることは疑いがないだろう。なぜなら、これはオムリ王朝への評価と同じだからである。そして預言者と王との関係も、そっくりそのままジャーナリストと大統領という図式で生きているのである。
 
 幸いなるかな、日本にはおの伝統はない。その理由は「律法絶対」の系統にある「法」絶対がないからである。従って、私たち日本人は、経済発展や社会の発展は預言者に糾弾される恐れがあるいう恐れを抱くこともなく、歩み続けることができるからである。もっとも欧米の預言者の立場に似たものに「護憲運動」家やその系統の「環境運動」家が存在することは先に記した通りである。