「パイルアップに勝つ」ためにアマチュア無線を始めるのか(2)
パイルアップは盛り上がります。活気がある。呼ばれる方も、スマートに交信をさばいていけると気持ちよかったりもします。
電力、アンテナなどの設備、技術を駆使して「パイルアップに勝つ」のはいい気持ちです。しかし、「パイルアップに勝つ」ためにアマチュア無線を始めるのでしょうか。中にはパイルアップの現場を見て(聴いて)「ヨシ自分もこれに参戦しよう」と無線の免許を取るという動機もあるかもしれませんが、大多数の人は違うのではないか。つまり、アマチュア無線を始めてみたらパイルアップというものがあったと。
これに勝てないと自分の電波が遠くまで飛んでいるのか、届いていないのか、確認することができない。飛んでいるのかもしれないが、相手に取ってもらわなければ飛んでいないのと同じです。ワタシのようなものが言ってもまったく説得力がないし、余計なお世話なのですが。(つづく?)
電力、アンテナなどの設備、技術を駆使して「パイルアップに勝つ」のはいい気持ちです。しかし、「パイルアップに勝つ」ためにアマチュア無線を始めるのでしょうか。中にはパイルアップの現場を見て(聴いて)「ヨシ自分もこれに参戦しよう」と無線の免許を取るという動機もあるかもしれませんが、大多数の人は違うのではないか。つまり、アマチュア無線を始めてみたらパイルアップというものがあったと。
これに勝てないと自分の電波が遠くまで飛んでいるのか、届いていないのか、確認することができない。飛んでいるのかもしれないが、相手に取ってもらわなければ飛んでいないのと同じです。ワタシのようなものが言ってもまったく説得力がないし、余計なお世話なのですが。(つづく?)
「パイルアップに勝つ」ためにアマチュア無線を始めるのか
「電波を遠くに飛ばす」趣味であるアマチュア無線ですから、電波が遠くに飛んだことを確かめたいのは当然です。
電波を受けてくれる相手がいなければ遠くまで飛んだことを確認できませんから、相手からのレポートが返ってきたときに「遠くまで飛んだ」ことが実感できるわけです。QSLカードで証明されればなお嬉しい。そして、交信相手の風貌や無線室の様子などを想像するのもいいでしょう。
しかし、遠くの無線局と交信してみたい人は数多くいるのです。観光地へ向かう休日の高速道路を自分一人だけで走れないのと同じです。ちょっと違うか。
とにかく、数多くの人たちが一斉に遠くの局を呼ぶという状況になってしまいます。パイルアップです。これに「勝つ」ことによって、自分の電波がたしかに届いたということを確認できるわけです。(つづく)
写真は本文と関係ありません
電波を受けてくれる相手がいなければ遠くまで飛んだことを確認できませんから、相手からのレポートが返ってきたときに「遠くまで飛んだ」ことが実感できるわけです。QSLカードで証明されればなお嬉しい。そして、交信相手の風貌や無線室の様子などを想像するのもいいでしょう。
しかし、遠くの無線局と交信してみたい人は数多くいるのです。観光地へ向かう休日の高速道路を自分一人だけで走れないのと同じです。ちょっと違うか。
とにかく、数多くの人たちが一斉に遠くの局を呼ぶという状況になってしまいます。パイルアップです。これに「勝つ」ことによって、自分の電波がたしかに届いたということを確認できるわけです。(つづく)
写真は本文と関係ありません
深夜、古今亭志ん生の落語を極端に小さな音で聴く
夜中にたまたまラジオのスイッチを入れる。NHKのラジオ深夜便などやっている。古い落語をやっていたりします。
落語を寄席やホールに出かけて聴くようになった時にはすでに志ん生文楽の時代は過ぎていて、志ん生の落語は録音でしか聴いたことがありませんが、深夜のラジオ向きではないかと思ったりしています。あの独特の声と調子だけで気持ちがいい。ラジオの音量を極端に絞ってしまって、日本語として聴き取れないくらいにする。AMラジオのかすかなノイズの中に志ん生の声がする。なにかふぁーふぁー言っているのがわかるくらい。噺の内容はわからない。そのくらいの音量で小さなラジオの音を聴くのも好きだったりします。
写真は本文と関係ありません
落語を寄席やホールに出かけて聴くようになった時にはすでに志ん生文楽の時代は過ぎていて、志ん生の落語は録音でしか聴いたことがありませんが、深夜のラジオ向きではないかと思ったりしています。あの独特の声と調子だけで気持ちがいい。ラジオの音量を極端に絞ってしまって、日本語として聴き取れないくらいにする。AMラジオのかすかなノイズの中に志ん生の声がする。なにかふぁーふぁー言っているのがわかるくらい。噺の内容はわからない。そのくらいの音量で小さなラジオの音を聴くのも好きだったりします。
写真は本文と関係ありません