NumberWebから(12月6日付)

 

 

『弱くても、心は折れない』NHK杯、坂本花織の笑顔と三原舞依の涙…互いを励みに歩んでいく

 変わることの大切さ、変わらないことの大切さ

 

 先日行われたフィギュアスケートのNHK杯の2人の姿に、それらをあらためて考えた

 

 1人は坂本花織、もう1人は三原舞依だ

 

 今大会はグランプリシリーズの1つである国際大会だが、新型コロナウイルスの影響により、例年と異なり、変則的な運営となった。そのため、参加者のほとんどが日本の選手で競われることになった

 

 女子シングルを制したのは坂本だった

 

『出せるもんは全部出せたかな』

 ショートプログラム、フリースケーティングともに、1つのエラーもないパーフェクトな演技を披露した。圧巻、あるいは出色、どのように称えられてもよい滑りであった

 

 総合得点は2位の樋口新葉(200.98点)に大差をつける229.51点。コロナ禍での特例上、国際スケート連盟の非公認ではあるが、従来の自己ベストを6点近く上回る高得点で優勝した。これは世界歴代7位に相当する得点でもある

 

 『出せるもんは全部出せたかな、って思います』

 

 フリーを終えたあとの、スピン、ステップに関する質問への坂本の答えは、象徴的だった

 

 まさに持てる力をいかんなく発揮した大会だった

 

 昨シーズンとは彼我の歴然とした差があった

 

 とりわけ、フリーの『マトリックス』は、昨シーズンと同じ曲を用いている分、今シーズンの充実が如実に分かる

 

 映画のアクションを想起させるハードな動きが振り付けに含まれるプログラムは、体力を要する。昨シーズンは『体力が不足していました』と自ら振り返る場面も散見された

 

『1カ月半追い込んだのは無駄じゃなかった』

 だがNHK杯は、そんな問題と無縁だった。切れとスピードは最後まで落ちることがなかった

 

 今春、新型コロナウイルスの影響により約1カ月半、氷上に立てなかった。その時間をいかした。地道に陸上トレーニングに取り組み、体力強化に努めた。陸上トレーニングのみならず、全ての面で怠ることなく努力した

 

 『1カ月半追い込んだのは無駄じゃなかった』

 

 『最後まで迫力ある演技を全力でやり切る体力がついていると思います。その部分が昨年と比べて認められてきているのかな

 

 笑顔を見せた

 

『ひたすら苦しいシーズンでした』

 平昌五輪に出場し6位入賞、2018-19シーズンの世界選手権で5位と活躍してきた坂本は、昨シーズンは思いがけない1年を過ごした

 

 グランプリシリーズは2戦とも4位で、前シーズンに進出したグランプリファイナル出場を逃した。全日本選手権もシニア転向後ワーストの6位。世界選手権(中止)の代表を逃した

 

 『ひたすら苦しいシーズンでした』

 

 と振り返る辛い年になった理由は何だったのか。思い至ったのは練習の姿勢だった

 

 昨春、大学生になったのを機に、周囲は坂本の意見を聞きつつ、練習内容をある程度本人に任せるようになった。おそらくは自立を促すためだっただろう。今後のために大切な過程だが、それがマイナスに働いた

 

 『自分が「しんどい」と感じたら、練習も、これくらいでいいか、と済ませる感じでやるようになってしまいました

 

自分が変われば、現実も変えられる

 『このままだめになっていくのか、いい方向に持っていけるのか。すべては自分次第

 

 自分が変われば、現実も変えられるという思いとともに、『あの悔しさをもう味わいたくはない』と練習に向かった

 

 努力する重要性を自ら考えて認識し直し、努力しようと決意した。そうした過程を踏まえて実行してきた

 

 その変化は、『言われるままにやってきた』という段階から一歩進むことができた証

 

休養前の構成と同じレベルまで戻した

 『最後の方は前が見えなかったぐらいです』

 

 フリーのステップの途中から涙があふれた。演技が終わったあとは何度も飛び跳ね、そして両手で顔を覆った

 

 ショート7位からフリー3位で総合4位と巻き返した三原舞依は、大会中、何度も涙を流した

 

 無理もない

 

 2019年3月、『PIフリースケーティング大会』で2018-2019シーズンを締めくくり、次のシーズンへ向かおうとしていた

 

 昨夏、全日本合宿にも参加したが、その後、休養を余儀なくされた

 

 今年10月、近畿選手権で約1年半ぶりに試合に復帰。10月末からの西日本選手権を経て迎えたNHK杯では、確かな向上を見せた

 

 近畿選手権では、本来の構成よりジャンプの難度を落としていたが、休養前の構成と同じレベルまで戻した。そしてフリーの7つのジャンプすべてを着氷した

 

 『まだまだ完璧とは言えない演技ですけど、大きなミスなく終えられたことはよかったんじゃないかと思います

 

 控えめに手ごたえを語ったが、経緯を考えれば、よくぞここまで、と評してもおおげさではない

 

『私からスケートをとってしまったら何も残らない』

 支えは、フィギュアスケートへの情熱にほかならない

 

 近畿選手権時にこう振り返っていた

 

 『氷の上に、少しでも早く立てるように、ということだけ考えて毎日を過ごしていました

 

 毎日柔軟運動を行い、『筋肉をいちから作り直すために』、基礎から体幹トレーニングに励んだ。リンクに立つ日だけを考え、できることすべてに心を尽くした

 

 近畿選手権での復帰からNHK杯での三原ならではの清廉な演技。そこまでの過程を思ったとき、以前の言葉も思い起こされた。2018年の言葉だ

 

 自身を『弱い』と定義した上で、語った

 

 『どんなに弱くても、たぶん心は折れないです。折れたときはご臨終している、死んでいると思います。私からスケートをとってしまったら何も残らないと思うんです

 

 『心は折れないです。ずっと折れなかったら、ギネスブックにもいつか載れそうじゃないですか? (笑)

 

 変わらぬ姿勢が、NHK杯の三原にあった

 

 坂本と三原は互いを刺激に、励みに切磋琢磨して歩んできた

 

 『(グランプリシリーズに一緒に出るのは)初めてです』

 

 三原が、笑顔を見せる

 

 これからも、互いを励みに歩んでいく