空は遠い。

人の声も届かない。


人が空を飛ぶ。
これは、ライト兄弟だけでなく、すべての人の夢だったと思う。


アインシュタイン
「人生唯一の失敗は、核の提案」


今の核の使い方は、アインシュタインが意図したものじゃない。
開発者は夢を見てクリエイトするが、人が受け継ぎ創造するものは、時々湾曲される。


ライト兄弟が、September11を目の当たりにしたら、どう考えただろう。
まさか、飛行機を多くの命を奪う物を目的として誰かが使うなんて、誰が想像しただろう。


アインシュタインの核にしろ、ライト兄弟の飛行機にしろ、今は彼らが開発したそれじゃないかもしれない。手の届かないどこかに行って、誰かが別の物として作り上げた別物だろう。僕はそう考えたい。彼らが余りにも可哀想だから。夢を追って作り上げたものが、誰かに手を加えられ、人を殺める物に使われたとしたら。


September11の時、アメリカは動転していた。
軍に民間機への攻撃が許可されたところで、誰も攻撃できないでいた。軍人のポリシーの中で、想像を超える葛藤があったんだろう。

あの瞬間、僕はテレビを見ていた。
目の前のテレビの中で、トレードセンターに航空機が衝突するのを目撃して、言葉を失った。
僕はその頃、社会人一年目で、日々海外航空券の手配をしていた。
それは、楽園の切符のハズだった。



「ユナイテッド93」
以前から見ようと決めていて、レイトショーで1人見てきました。
この映画にはヒーローはいません。感動シーンも、大逆転もありません。
ただ、事実が、できるだけ脚色されないように、語られてます。
遺族の人達からの話を元に、乗客の姿も、仕草も、できる限り事実に近づけたそうです。
初めて、September11を目の当たりにした気がしました。
最後のシーンでは、ユナイテッド93の乗客になった気分で見ました。
スタッフロールでは実際の乗客の名前が挙がり、横にアクターの名前が流れていました。
教訓や、考え方を改めさせられるわけではないけど、ただただ、事実を直視させられました。
何が悪いとか、何が正義かとかではなく、同じ地球上で起こった悲劇を近くに感じるいい機会でした。


空で起こった惨事は、すぐには正確な情報が地上には届かない。
上空3000メートルは想像以上に遠い。


人類はいつPEACEを手にするのだろう。
雲をつかむような話・・・なのかもしれないなぁ。

兄弟のように時間を過ごした友達と、今も変らず海ではしゃいだ。

カナダドライを片手に、宇治ミルクのカキ氷を食べた。

アックンに渡すカナダドライは必ず、メイッパイ振る。(アックンが夏を感じるように)
宇治ミルクのカキ氷はしっかり体に擦り付ける。(コージが熱中症にならないように)


はしゃいだ後は、温泉に行って、ハダカの会話を交わす。


夜のドライブを楽しんで、散々「夜風がきもちぃぃ~!!」を連呼。


晩御飯に入った鉄板焼屋が扇風機完備で最高でした。


「ラムネ、ください。」
と言って、持ってきてくれたオネェさんが、


「コップは・・・・・要らないね」
と僕とアックンを見て自問即自答してくれました。


「く、くやしいけど要らない。」


「ラムネ」 「ラムネ」 「サイダー」 「ラムネ」


注文しまくっちゃった。
テンションは上がる上がる。


海辺のカフェ→海→温泉→下町鉄板焼
最高でした。


ありがとう。

なによりも、みんなに囲まれてる僕は幸せ者です。

いろんな人からもらった、HAPPY BIRTHDAY。

一番にメールをくれた人も、冷たくしてたのにメールをくれた人も、海外からくれた人も、暫く会えてない人も、僕とはまだ「知り合い」レベルの人も、一緒に過ごせなかったけど、本当に感謝しています。

みんなに支えてもらって、怒られて、愛されて、今の僕がいる。これまで出会った誰1人かけても、今の僕はきっといない。

もしかしたらコレを読んで、ヤキモチを焼いた人もいるかもしれない。

だけど、僕だって少年時代、孤独だった事も、友人に裏切られた事もある。
少し大目の人間関係にもまれてきた。
僕は、人より頭もよくないし、何かに長けてるわけもない。
僕の唯一の自慢が、周りの人達。
だから許してね、この自慢話。
たった一つの自慢だからさ。

みんな本当にありがとう。



最後に、こんな僕を生んでくれた母に感謝。

人生満喫しまくってるよ。

色んな別れがある。


わかっていた別れ。


突然来る別れ。


別れはひと時のものかも知れない。


悲しみは長く続くかもしれない。


何故悲しいのか、何が悲しいのか。


意味をなさない理由を無意味に捜索する。




その山は大きい。


越えなきゃいけない、


時間に背中を後押ししてもらって。


いつ越えたと思うのだろう。


何を受け入れて、どこにしまうんだろう・・・。


だけど決して箱はない。


たぶん誰もが、越えようとする道中で、色んな発見をする。


人への気持ちを考えたり、自分との葛藤だったり。


越えた瞬間は気付かない。


無意識に。


振り返ると、顎をあげて、頂(いただき)を覗く。


山頂に、それは必ず置いてある。


それは、いつでも置いてある。


それを自然に見る。


だから進める。

先日こんな事がありました。


―お好焼「風月」にて


「では、係りの者が最後まで面倒みますので、このままでお待ちください。」


係りの人は、そう言って僕らのテーブルを後にした。
僕らは、目の前にあるお好み焼の完成を信じて、静かに待っていた。
30分近く待ったかな?暫くしてから、その信じたものから変化のサインが聞こえた。

ジュゥ~ジュゥ~


「?」


「焦げてないかい?」


そう言われ、コテで少し覗いてみる・・・


「!!これは明らかに焦げてる。」


別に呼んだ訳じゃないけど、雰囲気を察したのか、スタッフが小走りでやってくる。


「し、失礼します。」


ナゼか1枚だけ反して、


「し、少々お待ちくださぃ・・」 と走り去る。


僕は、{自分の見解で焼き直しだって言ってくれればいんじゃないかな}と思っていた。

帰ってきた彼は

「焦がしてしまいましたので、焼きなおさせてください。お時間大丈夫でしょうか?」
と僕らに発表した。


僕がホンの少し間をとって、何か言おうとした時、

「いや、いいですよ。このまま食べます。焦げを落とせば食べられるし。」

目の前からそんな言葉が聞こえた。


「!!!!」


僕は驚いた。それは、焼き直さない事にしたからもあるけど、それよりも、その即答に。

声は完全に迷いが無かった。
ミスを許す、許さないもだけど、問題はそのお好み焼きがどうなるか。

「捨てるのはもったいない。食べれるんだから、食べよう。」

その瞬間、僕は久しぶりに、{オレ、ちぃせぇ~}と強く感じたよ。

人の失敗を「別に」的に見れる人って、ダイブ人生得してる。

「そんな事で気を悪くして、また焼くの待つの嫌だし、べつに。」

すげぇ、即答したよコイツ。
僕は2秒空けて、何を言おうとしたんだろう。
アブナイアブナイ。
スマイルは0円っていうのは、お店の人だけじゃなくて、購入者もだったんだね・・・。

スジネギ焼¥800くらいだったかな、授業料としては破格でした。
僕に足りないもの発見=向上

かなり得をした夜でした。

「旅行に行ってくるわ」

数ヶ月前、僕にそう告げたのは前職の元所長。
当時、新入社員で入った僕と25名の営業所の所長。



僕は、部下としては、かなり扱いにくい人間だと思う。
納得できなければすぐ噛み付くし、態度も体(は関係ないけど、)デカイ。


その人を確かめて、自分のボスに相応しい人ならとことんついていく。

その人(シライシ)とは、会社では本当にダレないように、気を引き締めていた。
帰社時間になれば、Lennyやら、U2やら音楽の話で盛り上がった。


ある時、
「俺なぁ、もの凄く『運』のある人間なんよ。今のポジションも、No2 No3が俺を立ててくれてるからだからね。恵まれとるよ、俺たいしたことしとらんもん。」
そう言われてびっくりした。


僕が辞めて、その人も辞めて、2人でちょくちょく食事に行く機会が増えた。

僕たち2人と他のスタッフともご飯に言ったときの事、他のスタッフが


「○○所長、最近の仕事は~。」
と言ってるのを聞いて、


「○○さん、もう所長じゃないのに。」
と思わず言った。


「オマエよくそう呼べるよな。」


慣れない人もいるだろうけど、僕も始めは言いにくかった。だけど、僕にとってはもうだいぶ前から所長じゃなくなってたし、そんな肩書きにこだわる人じゃない、って事をその人のホンネをいくつも聞いてきて、僕は知っていた。



そんなシライシの旅行はウラジオストックからシベリア鉄道を乗りヨーロッパへ。
期間は未定。行き先未定。スケールの大きい旅行。世界一周の目標も、ユーラシア横断の目標もない。

ブログしながら旅をするらしい。(http://blogs.yahoo.co.jp/pugpugfalcon )



―空港にて―

「いよいよですね。ネット環境大丈夫ですか?」


「無線ランがよぅわからんのよ、向こうでやってみるし、まぁモジュラでなんとかするわ。」


「大丈夫ですか?形が違う事もありますよぉ、みましょうか?」


「ホント?みてみて。」


「あ、全然使ってないでしょ。ドライバもインストールされてないし、こんなのじゃ使えませんよ。やっときますね。」


数分後。


「できましたよ。」


「うぉぉぉ、助かったぁ、つくづく俺は運がいい。ギリギリで、いつもウマくいくのよ。ありがとう
♪」


「いつか溺れますよ、知りませんよ。」


「いやぁ、持つべきモノは友やね♪」


僕は本当の事を知ってる。

この人は運がつきまくってる人じゃない。
確かに投資でも儲けてるけど、それも運じゃない。
周りにも恵まれてるかもしれないけど、運じゃない。
今回の旅行だって、奥さんが許してくれてこそいけるし。


シライシと言う人柄が何もかもをギリギリで円く治めてる。

イヤミの無い人で、謙虚で自分をしっかり持っている人。
カッコいいから、とかで決して流されない人。
スピッツの「フェイクファー」がものすごく好きで、影響されて僕もよく聞いた。
ビートルズが好きで、全然ジャンル違いのLennyやプリンスも聞く。
2人でよくジャズバーへも行った。
いつの間にか責任者から、先輩どころか、同僚どころか、「友人」にまで降格したシライシ。
僕の中では異例の出世だよ。


大きな海を越えて、街の香りをたくさん吸収してきてください。

パリも、ヘルシンキも、ドュッセルドルフも、きっと待ってますよ。


Good luck & Sea ya!!

どうか気をつけて、体を壊さないように。


友人より

僕は旅行会社に勤めています。

大きな事を言うと「夢を作る」仕事。

世界一周をスタートさせるソウル行きの航空券を手配したり、新婚旅行、恋人に会いに行く人、卒業旅行等々。
「たった8日間、添乗員付きのイタリアが、○○さんに言われて1ヶ月の放浪(バックパッカー)になりましたよぉ。」

「困ったらいつでも会社に電話しておいで。気をつけて。」

何度こういうパターンをしてきたかなぁ。

帰国後、そういう人の見せる笑顔を見ると「サイッコウ」とガッツポーズしちゃうからやめられない。

危ない目に遭わなかったか、後悔してないか、いつもハラハラしてしまうけど、学生のハジケル笑顔、わざわざ帰国報告をしてくれる人を見るとつい次にも熱が入ってしまう。

恵まれた仕事だなぁ、とつくづく感じます。


今日、同僚Yさんに一本の電話が入った。

僕は雰囲気を察して席をはずした。

彼女はハンカチで目頭を押さえ、ただただ受話器を握り締めていた。


―2,3日前の事、他のスタッフから

「Yさんの前の営業所のお客さん老衰で危篤状態なんだって、Yさんの始めてのリピーターだからなぁ、つらいだろうなぁ。」と聞かされていた。


ただの旅行会社、だけども人の非日常を作るのが旅行会社。

一つ一つ本当に大切にしなきゃいけない。


彼女がその人の旅行をどのくらい手配したのかはわからないけど、そこまで親身になれて、そこまで感動できる彼女を羨ましいとさえ思ったよ。同時に、その人はきっと沢山の人の涙をさそってこの世を去ったのだろうなぁ、そう感じました。


その人の最後の片道旅行は、帰国報告の代わりに、伝言として彼女の耳に届き、今までの感謝を彼女へ伝えたんだろう、と僕にはそう感じました。


名も知らない幸せなその人へ。

―心からご冥福をお祈りします。

僕は、転勤族だった。
東京や、名古屋、宮崎、福岡、神戸も東灘区、色んな場所で暮らした。

どこが一番だったか、これはとても簡単。
いつも、どこでも、その時住んでいる場所が一番だった。
だから、今、僕は今が一番好き、そう即答できる。


僕は、静かなものが好き。
時計は秒針が「カチカチ」動かないもの。
電気製品買う時も、デシベルDB数を調べて静音設計を買う。

今年の冬に、アラジンのストーブを買った。

これは、レトロデザインと、ブルーフレームの美しさから購入した。
だけど、使ってびっくり。
なんと全くといっていいほど音がしない。
匂いもない。
電気も使わないから、どこへでも。
何となく自由な感じが気に入っている。


住む場所は、僕は静かなほうがいい。
バイクや車があるから、駅からむしろ離れている方を好む。
星が見える静かな場所。
蛍の季節に蛍を見に行ける場所。
美味しいものが採れて、美味しいものがある場所。
空気が綺麗な場所。
海へ30分以内にいける場所。
多少不便でも、ちょっと広い場所。
僕は体が大きいからね。


宮崎にいた頃、家が大きくて感激した。
海が近くて、ウニを採りにいったりもした。
夕刊が来ないような場所で、のびのび生活した。
母親は不便さが限界を迎えて、車を運転しだした。


名古屋に移って、その部屋の狭さに驚いた。
都心に近く、駅からも近かった。
僕は、小さいながら「うるさい場所だなぁ」といつも思っていた。
だけど、名古屋にきたら名古屋に来たで友達んちが近くて好きだった。
住めば都だね。

誰しも自分のトコが一番なんだろうね。
だけど、僕はもううるさいトコには住めそうもない。
もし都心に住むなら、高層階の部屋のマンションかな。
窓は開けっ放しで、海が見えたら最高だろうな。


オーストラリアのアデレードに住んでた事がある。
駅までバスで10分くらい。何にもない。
あるのはビーチと、近くのフィッシュアンドチップス屋さんくらい。
(この話は、もったいないからまた改めて)


こんな質問を受けた。


「東京は好き?」


「嫌いではないけど、もう住めない。東京はなんでもあるから。」


「どういう意味?」


「何でもあるというのは、『何もない』ということが無いんだ。僕は何もない方が好きなんじゃないかな。」


そんな事を話してた。

日本ではそんな場所は無いかも知れないけどね。
ものが溢れていて、僕の持つコップが小さいから、受け止められないだけかもね。


だけど、これだけは間違いのない事実。
僕は日本が好きで、神戸が大好き。
いつかは離れちゃうかもしれないけど、それまでは、たっぷり楽しもう。
God open (the) door
ヒラケ!ゴマ!

人に何かを教えるのはとても難しい。
どうするか、伝えるのはとても簡単。


僕は、人にモノを教えるのがとてもうまい。
それは、自分ができなかった事をよく覚えているから、できない人の気持ちがよくわかるから。

アメリカ人に、たどたどしい英語を話しても、あまり聞き入れてくれない人が多い。
一方でオーストラリア人や、アジア人は、聞こうとする姿勢が全く違う。
これは、外国語の難しさを知っているからだそうだ。
アメリカ人は、英語以外の言語を学ぼうとする人は少ないから、母国語以外の言語の苦労を知らない。


人を教えるのは、自分を成長させることに直結すると僕は思う。

習得に時間がかかる僕は、ひとつの事を掘り下げて考える事をやめない。

“紙は、石よりも落ちるスピードが遅い”

何でだろう。
もし、石より重い紙ならどうなる?
同じ重さなら?
重さだけが落ちるスピードに関わるわけ?

小学生の頃、先生の家まで押しかけて質問攻めにした記憶がある。
他の子は、その間、どんどん先にいってるだろう。


人を教えるのは、「納得」させる以外に方法はない。
単純に教わるだけじゃ、役に立たない。
そして、同時に目指すものが必要。
この二つを根底において進めていく。


『あなたはミスをしないのですか。」


『しないね。」

僕はそう答える。

だけど、実際はそんなわけないよ。
僕だってミスをする。
だけど、「するかもしれない・・・」なんて思って仕事なんてしちゃいけない。
「絶対しない。」
そう思った上でするミスは、それはもう仕方ないよ。
全力でしたミスは、問題じゃない。
だけど、それだけの事をいつもしてなきゃいけない。
そうすれば、考え出すよ。
「こうすれば、絶対にミスは防げる」ってね。
大切なのはミスをさせない事じゃなくて、ミスを防ぐ方法を考えさせること。


人は誰しも、意思(石)を持ってる。
その石をまずはスポンジに変えないと。
石は水を吸収しないけど、スポンジは吸収する。
どうしても、硬い石ならば、最終手段として壊してしまう事もある。

かつて僕は、一度だけ壊したことがあった。
後は大変だったけど、それは自分でしたことだから、最後まで面倒をみる。


僕は今、類まれな後輩と仕事をしてる。
彼女は、僕が色々教えた中でも群を抜いてる。
全てを吸収して、糧にして、理解をして、どんどん前に進む。
だけど、そこまでいくのは、僕の力じゃない。
僕じゃなくたって、そこまでいったと思う。
僕は決して過信しちゃいない、絶対しちゃいけないんだけどね。

人が人を教えるなんて事はない。
きっかけや、何かを注ぐだけ。
ただそれだけ、全てはその人の種と、自分の水量。
僕はそう思う。

海に行ってきました。
とても晴れた日で、気持ちよく、途中コンビニに入った。

目指すはやっぱこれ。

「ポテチとぉ、ジンジャーエールゥ。あれ?ジンジャーがない。じゃぁぁ、コーラ、コーラ。おぉ!ブラックコーク」

そこにはこう書いてあった。

「男なら、ためらうな!!」

クゥゥゥ!カックイイ!
おうよ!コカコーラ様よ!ためらわねーゼ!俺は!

そう思って手に取ったものの、

「これやっぱ冷めちゃうわけよな。やっぱ海で買わなきゃね。」

なんて、散々コンビニで盛り上がって、海へ向かった。

スマビーチには結構な人がいた。
水着の人もいた。

買ったポテチをぶら下げて、歩いた。


僕は、ここには高校の頃よく来てた。
ラジカセを持って、のんびりしにきてた。

大学生になると、外国にばかり目が行って、いつの間にか須磨にはいかなくなっていた。
今度は、社会人になると、また須磨に行き始めた。
ここは、モラルがいい感じに崩れてて、凄く面白い。
腹のそこから笑える。


しばらく歩くと、建ちかけの海の家の前に
「アルバイト募集中!」の張り紙。
よく見ると、ビーチチェアに若く日焼けした兄ちゃんと、その前に真っ白の女の子。
「とりあえず、26日までに連絡します。だけど、なかったら、それは無かったと言うことだと理解してください。」
そんな会話が聞こえてきた。

真っ最中に来る須磨。
終わりかけの須磨。
始まりの須磨。
今年はじっくり、長く、楽しもう。

さらに、ホテチ片手に歩いていたら、右手にカン!カン!カン!と海の家を作る大工の奏でる音が聞こえた。
この音がやめば、それは海が開く事を意味する。
フライングしているこの連中も、僕も、もっともっと夢中になる。

れはまるで、僕らを呼ぶ合図のようだった。


僕は本を読み始めた。

人に勧められて、久しぶりの読書。
本を読むのは好きなのに、最近は読んでなかった。
前に読んだのは、本屋さん大賞をとった「夜のピクニック」

雰囲気にどっぷりやられた感じでした。
特別なストーリー展開があるわけじゃないけど、印象に残った作品でした。

最近よく、本は映画化されるよね。
だけども。
映画は本を超えられない。
僕の持論だけど、これは絶対そうだ。

本を読むと、その人はそのストーリーを自分の理想通りの絵を描く。
自分がそう思ったとおり、その内容に沿ったベストの映画が出来上がる。
僕はいままで、唯一がっかりしなかった映画は「69」のみ。
これは、多分自分好みに近い感じだったんだと思う。

ところで。
本を読み始めて、今までにない楽しさを感じた。
とにかく一文一文楽しくてしょうがない。
こうして、物を書いて、人に見てもらえるようになってから、色んな発見があった。
「おおぉ!そうか、こうしたから、ここはこんな感じになるんだ。」
とか、ここはだいぶ調べて時間をかけたんだろうな、とか。

やってみて初めて理解できることがある。
手に入れて初めて感じることがある。
失って、初めて気付くこともある。
後ろをみて、初めてこんな道もあったんだと思うこともある。

だけど、いつでも、何でも自分を納得させる自分の行動は自分で決める。

これは簡単じゃない。
メチャ難しい。

人に大切な何かをもらった時。
人から委ねられた時。
初心を引きずりだして、も一回考えてみる。


僕は果たして同じ行動をしただろうか。


いや、やっぱり同じ行動をしただろう。
そう思えたら、後は迷わない。
あとは真っ直ぐ。
ただ、真っ直ぐ。

人から色んな事を吸収して、ひたすら成長。
僕は、人より少しだけ頭が悪い。
だけど、人より少しだけ観察力と洞察力を授かった。
自分に自信をもつきっかけは、すごくシンプルな方法だったから。

色んな事をして、経験値を稼ぐ。

本を読んでみて、自分の視野が少しだけ広くなったんじゃないかと感じた。
教えてくれた人達に感謝。