人が人を忘れるのはとても難しい。


その人の事を深く知れば知るほど忘れるのは難しい。


心中奥底に根をはってしまっているから。


ぴたりと連絡を取らなくする。


ココロは精神に対して防衛を取り、その人の事を悪く考えようとしだす。


色んな話を聞いて何がホントかわからなくなる。


ココロの防衛が勝ってしまってその人を遠ざける事に成功する事がある。


それはとても危険。


大きな間違い。


根を絶やさず茎の部分をナイフで切り取るだけ。


切り取る時にココロまで傷つく。


時間がたてば茎が伸び同じ事を繰り返す。


いつの間にかココロが狭くなっちゃう。


抜け出すのは簡単。


その根は実はもはや自分の細胞。


目を背けても、忘れようとして遠ざけても、その人は存在する。


もしその人が幸運な事に生きているのなら。


ちょっとだけラッキー。


幸運を祈ろう。


その人のこれからを。




見ないでいても、見ていても、近道はないと思う。

散々苦しんで、生活から追い出しても、しがみ付いてそれに慣れても。

だったら、もう受け入れるしかないんじゃないかな。

ものすごく勇気のいる事だけど。

新しい自分のリズムを作る事で、少しだけ前に進むよ。


そのくらい大きな気持ちを持てた事に感謝をしよう。

何も、誰も、これ以上逃避せずに、それが自分の一部だから。


自分を大きく成長させてくれた大切な種だから。


大切に。


大切に。

































姫路港にはちょっとした哀愁があった。
渋い感じの哀愁。
30代くらいのその男は、前金で船代を受け取り、船を出した。

予想通りの小さい舟。


僕、アックン、サブ、中川、坂本はそんな舟に静かに乗り込んだ。


会って10分も経たない、黒く焼けた哀愁漂う30代の男に小さい船。
僕らは「枕島」という単語だけで、それが正確にどの辺かも、どんなトコかも知らない。

船の轟音のせいもあってか、さっきまで、はしゃいでいたみんが、言葉少なめになった。
まるで伝染病にあって流刑地に向かう、そんな気分だったのかもしれない。
サブに「こういう人カッコええな、海のオトコや。」「波風が気持ちエエワ、サイッコウやな。」
みたいな小学生的な会話をしたのを覚えている。


ゴゴゴ・・・ゴ・ゴゴ。
船の速度が弱まり、目の前の島が「枕島」と知らされる。
疑おうが、間違いであろうが、そこだと言われれば、それしかない。
その男が、まるでエンマ大王に見えた。

「ハイ、ありがとうございました。じゃ、じゃぁ2日後に。」
心の中で「ちゃんと来てね。」と全員一致で願っていただろう・・・。

だけども僕は、その船が去っていく時間を、意外と心地よく感じていた。



彼が去ってから、僕らは早速、テントをたてることにした。
もちろん誰も立てたことがない。レンタルテントだし。

「意外と難しそうだな。」
「あそこに立ってるのを真似しようぜ。」
「おう。」
「!!」
「!!!!」
「○■☆×!!」

「誰かいる!」

始めは浮浪者かと思った。

だけど、そこにいたのはカップル。
若い男女だった。

ALL男子高校生 VS 若いカップル

勝敗は誰の目にも明らかだった。
そして誰の目にも、やらしかった。


だけど、どうしても立たないテントのせいで、変な気を遣いながらその男性にアドバイスをかりる事になった。
離れたトコでテントをたてながら、
「あれはやらしいで、何してるかわからん。」
「でも、リゾート気分にはなられへんで。おかしいって。」
「フロどないすんねや。」
とか、完全に全く関係ない詮索をしていた。

だけど、不法侵入どころか不要滞在は明らかだった。


べつにいいんだけどね。



その後、四苦八苦してテントを立てた時間は、すでに暗くなり始めていた。

初日、星空のバーベキューはお祭り騒ぎだった。
若干冷め気味のコーラの乾杯だったけど、最高だった。
だけど、星空の光だけではバーベキューは難しかったよ、正直。
暗くて鼻につきそうなくらい顔を近づけて、
「イケるか?(ハラ)イカレるか?」
「いっとけ、オマエならいける。」
パクッ。
「・・・・グハッ。無理!血の味すらするわ!」
そのカジった肉を戻すもんだから、どれが誰がカジったものかまるで解らない。
「もどすな!アホ。」
「あまりにも柔らかいのは怪しいわ。」
「安心しろ、それさっき俺がやらかくしといたから。」
永遠そんな夕食だった。


夕食の後、イロンなことが面倒になった僕が花火を火の中に放り込んだ。

「ヤベェ!ロケットもあるわ。ごめん、逃げて。」
絵に描いたような悪ふざけばかりしていた。


皆がやっと寝静まった後、何気に僕はテントを出て海辺に座ってボーとイロンな事を考えていた。

―考えてみれば、ココに自分がいるのは自分で計画して、行動したからで、誰かに仕掛けられた事じゃない。
きっかけは、父親からだけど、結局は自分でしたい事は、自分でしなきゃいけない。
用意されているものだけを、楽しむだけじゃつまらない。

当たり前のように目の前の食卓に並んでいたコーラは、自分が自分で楽しむものじゃなかったと、その時そんな事を考えてた。


「どないした?」
後ろから声が聞こえた。


「おぅサブ、起こしたか。」


「星、バリきれいな。」


「向こうが姫路やな、近いようで遠いな。」
そんなたわいもない会話をしていたら、次に次に全員が起きて、海岸に横一列で海と星を見て、退屈な会話を交わし続ける事になっていた。
僕はそんな時間を、本当に本当に大切に感じてた。


正月、一年で最も忙しいこの時期。
僕は去年の経験をいかして、少しゆったりとスケジュールを組んだ。


だけど、予定は未定。

29日の年末会を皮切りに、バシバシ予定が入る。


年末しか帰ってこない奴もいれば、年末にしかないイベントもある。


今年の幕開けは、ROOKな幕開けだった。
年越しソバを慌しく食べて、カウントダウン会場のハードロックカフェへ。
梅田で友人を拾って、一緒に向かう。


僕は車で大阪によく行くけど、道を覚えない。
覚える気がない。

ミドウスジ?
ウメダシンドウ?
なんだそれ。


「俺さぁ、大阪の側道のしくみが良くわかんないんだけど。」


「ナビるよ。」


大晦日の大阪は意外とすいていた。
おっきい道路を南へと下っていた。


「あっ」


「何?」


「行き過ぎた。」


「おぃい、頼むで。ナビィ」


「次曲がって戻ろう。」


「よっしゃ、マジックみしちゃる。」


「俺のドライブテクニッキー、とくと!」


「!!・?○▲×αй!!」


「どうした?」


「あかん!これ一通だから!」


「マジ?こんなでかいのに?」

あまりにも当たり前すぎてか、そんな標識どこにもなかった。

ミドウスジ、恐るべし。


ハードロックではライヴが始まったばかりだった。
バンドには超がつく有名人が来ていた。
それだけでもう十分。
いやいや、それに酔いしれること1時間。
年明けにふさわしい盛り上がりで、弾けまくってた。

そんなカウントダウンを終えて早めに切り上げ。

翌日の初詣では2年連続大吉。
そんなの意識するのは引いた瞬間と、再び引く1年後。
まぁ、別にいんだけどね。


僕は意外と、初売りのお祭り具合が好き。
人ごみは嫌いだけど、活気があって、古きにっぽんって感じでね。

そんなこんなで急速に時間はすすんでく。

大学時代の親友とご飯を食べた夜。
この2人は僕にとっては宝物。
いい意味で、輝いていない宝物。
わかんないよね。


しんみりしたり、バカ笑いしたり、アッという間の時間だった。
一人は住処が、八尾なので、早めに切り上げたつもりだった。まぁ、0時はまわってたけど。


「ちょっと、どっちか泊めてくれへん?」


「ハイハイ!家きなよ。なんとなく、そうくると思ったわ。」


ここまではなんら学生と変わらない。


「エイジ、なんか土産物屋ないやろか。」


「そんなんいらん。もう寝てるやろうし。」


「いや、そんなわけにいかん。」


「三宮に戻って買いに行こう。」


「オマエ、ふざけんじゃねぇ。そんなん言うなら帰れ!」

笑いながらそんな会話をしてた。

結局翌朝、手土産をわざわざ買いに行き、家に戻って、と効率の悪いことこの上なかった。

いいトコはメキメキ伸ばして、いいトコは全く変わっていなかった。
たぶん、彼は来年も泊まりに来るだろう。
それを楽しみにしているし、10年後もそうであって欲しい。
コウジは今は横浜で暮らしているけど、GW、お盆、正月には必ず帰ってきてくれる。
毎年コウジの姿を見るのが楽しみで、益々いい男になってく。
健作は健作で、仕事もなにもかも充実して、すごいよ、ホント。
僕はフラフラ、部活感覚の仕事をして、なんだろうなぁ、と思うけど、このフタリと話をしていると、根が変わらないので、なんか居心地がよくて安心する。


変わるもの、変わらないもの、変わったとしても、失わないで欲しいものはあって、それがあると、ずっと一緒でいられると思う。



僕にとって正月は、新たな年とともに、昔に帰れるとても貴重な時間です。


「お金」と聞いて、どんな精神状態になりますか?


きっと誰もが興味があり、欲望があり、その影に嫌悪感みたいなものを感じる人が少なくないと思う。
僕も、きっとその一人。


僕は、ここ1年くらいで、お金は多くの事を教えてくれる先生だ、と感じるようになった。
必要だけど、必要以上に執拗になっちゃいけない。
どのくらい「必要」かは、もちろん人によって様々。



僕の話を少々。
僕は恵まれた環境に育った。
それは「お金が溢れてた」のではなくて、必要とする以上にお金がなかったからだ。
高校時代にはお小遣いは3,000円くらいだったと思う。そんなになかったかな。
周りから見ても驚くような額ではなかった。もちろん貰ってない奴もいたけどね。
「足りなければいいなさい。」そう言われていたから、困ったことはなかった。
それに、僕は大学に進学するまで、お年玉を貰った事がなかった。
お金持ちの親戚がいたせいで、お年玉は全部没収され、将来のために貯金されていた。
手元には必要以上にはお金はなかった。


大学生になり、大目のお小遣いを手にしていた僕に、「働いてみろ」と持ちかけたのはアックンだった。

2人そろってバイト面接に行ったり、アックンが一人で面接に赴き、
『もう一人一緒にやりたいって言ってる友人がいるんですけど、今海外に行ってて・・曜日は限定で、土日は働かない主義で・・・ダメっすか?』
なんてフザけた姿勢だった。

結局はアックンが先に入ったバイト先に、ひょんな事から僕に『やらないか』と話がきてそこで働き始めた。
1時間働いて¥800の世界。信じられなかった。
あんなに使っていたお金が、貯めようとおもったら、途方もなく働かなきゃいけない。
誰が何百万もする車なんて買えるんだ。カラクリがあるに違いない!
そう感じた僕の目の前でガムシャラに働く同世代の人たちがいた。


「オモロイやん」


「売れたら気持ちエエやん」

そう言うアックンを見て、お金の計算をして働くのはやめようと考え出した。

楽しく時間を過ごして、お金をもらう。

1ヶ月の給料を貰った時、「へぇ時給¥800でも、数万円になるもんだ。」という感覚だった。


お金は回り物、使う人にはまた廻る。
投資をする、興味のある物を買う、本を買う。
僕にとってのお金は人生を楽しむため、世界を広げる為のツールのひとつにすぎない。

投資をする事によって、投資をしている人達と話ができる。
知り合いが広がる事によって、話題や世界も広がる。

たった少しかもしれないけどね。


誰かにご飯をご馳走する。
あんまりお金がなくても。例えランチでもいい。
結構キモチイイよ。

お金にかかわらず、小さいことが気にならなくなる。
いいルーズさかもね。


投資をしだして、お金に対する執着心が薄れた。
昔よりもお金の重要性が少なく感じるようになった。
そのことで、自分より、自分以外の人にお金を使うようになった。

お金の「ある、ない」なんて、同世代の僕らじゃ、そんなにかわらないよ、みんな似たりよったりだ。

お金持ちになったからといって、毎日1万円のランチは食べないよ。
ランチの価値はみんな大体一緒、1500円でまぁまぁいいランチ。
600円で済めばしめたものじゃない?


お金はEnjoyするためのツールだから、「後で苦しくなる・・・」なんて考えずに、楽しむために人にも自分にも使っちゃおう。
人に使うことで、自分を満足させる、これこそが贅沢なサイッコウの買い物。
あんまり残らないんだけどね。



脳がある生物は、みんな夢を見る。

目を覚まして、それを夢だと確信し安心したり残念がったりする。

イイ夢だったり、悲しい夢、怖い夢・・・



同じ夢を何度も見たりする。いつも同じ場面、謎があったり、過去の出来事だったり、時にはその理想だったり。癖があったりする。ほとんど見ない人もいる。

夢にまつわる話も数多くある。正夢?しゃべった?かなった?だめだった?ってね。



愛犬が、眠りながら足をバタバタ。夢・・かもしれない。



ある夜、夢を見た。怖い夢だった。

目が覚めて、ホッとした。汗をかいていた。

「?」

ふと、疑問を感じた・・・



汗をかいていたのは、詳しくはわからないけど、脳が作り出した世界に反応して体が影響しただけに過ぎない。

でも、実際に涙を流していた事も、震えていたこともある。

夢は夢で終わってない。

確かに「そこ」にあった。

触れたり、具体的な存在は無いかもしれないけど、人が「触れた」感覚も、脳がそう処理しただけの事。

世界は脳の中に広がっている。

――人の世界は人が想像できる世界を超越しない


とある哲学者が説いた。

確かにそうかもしれない。

想像した世界ではなく、想像できる世界。



言うなれば、現実と夢の世界は、続編かオムニバスかの違いかな。

どっちも楽しんで、夢だからと言ってあなどらずに、もしイイ夢ならもっとイイ夢を想像する。

それが膨らむと、夢でさえも、良い経験になるんじゃないかな?



本当は現実は逆転しているんじゃない>映画の受け売りね。コレは


今日はどんな夢をみる?

明日はどんなストーリーで現実を作る?


知らない事はたくさんあるよね。
















僕はたぶん、金銭的には比較的ゆとりのあ る家庭に育った。
実際はそれに気づいたのは、大学生の頃だったから決してヤな奴じゃなかった。
その理由に一役買ってるのは母親だ。
母親は、商売で大成功を収めたおじいちゃんの下で裕福に育った。
それに比べたら“ひもじかった”らしいよ。 怒られるよ、ホント。
いつも「はぁ~サラリーマンってホントお金ないわ」ってホンキで言ってたよ。

そんな僕はマナー等に関しては、結構厳しく育てられた。
食事は決まって‘ドリンク’があった。



家で食べるときはコーラかスプライトがセットになってた。
とんだバリューセットって訳です、はい。



そんな僕に転機が訪れる。



厳しく、ワイルドな教えの父親は、僕に「無人島旅行」を持ちかけた。
ナメてた僕はウキウキ気分でノッた。

島は、おばさんの所有で、家島諸島の枕島と言う島だった。
ただ、持ちかけた親父はその後、全くのノータッチ。



僕は友人を集めて、レンタルテント、食料など、計画を始めた。
近くの姫路港に電話をして、漁船をチャーターし、足も確保。
仕上げに友人宅1件1件に電話をして、「何かあっても責任は持てませんので、自己責任で行かせてください。」と
なんとも無責任で責任逃れな高校一年生を演じた。



時は1994年、高校一年生。
当時、日本各地で最高気温をマークした最もアツイ夏だった。

無謀にも荷物にはテント、バーベQセット、花火、携帯用コンロ、ペットボトルはALL炭酸3本に生活水。
食料は缶詰とバーベQ用の肉。
僕の友人は憧れが強かったのか、釣竿のみで食料はロクに考えていなかった。
まさにアホばっかりだった。


ドタンバでキャンセルした2人が賢く感じたよ。
ちゃっかり者の中川は、親父のコネを利用してたっぷりのドライアイスを用意して自分用にドリンクを確保していた。


僕らのアホさぶりはココから加速していきます。
コレは作り話でもなければ、脚色された話でもありません。
多くの事を学んだとても大きなひと夏の話です。



続きは次回。



中学生の頃、夢はレーサーだった。
今でもドライブは大好きだ。
自由になれるから。


その夢は諦めた訳でもなく、いつの間にか別の色に塗り替えられていた。


コック服に袖を通していると、誇らしい気持ちになる。
自分で‘何かをしている‘実感がある。

夢中になって、美味しくキレイに作ろうとしていると、時間を忘れる。

晩御飯を済ませてきた友達が、僕自身のご飯の支度をしているのをみて、
「パスタ? 俺のも作って。 食いたいわぁ、普通に食えるから加減無しでね。」
そう言われて、有頂天になる。


お店を持ちたい。
自分のルールで、自分のシマを作りたい。
本当に美味しいものを、みんなに食べてもらいたい。
働く誰もが、楽しい空間を作りたい。


いつの間にか中坊の頃抱いた夢は、こんな夢になっていました。

ブログを始めようと思ったのは、選択肢が読み手にあると考えたから。

「ちょっと違う・・」 「そうかぁ、そんなのもありかぁ」とか、読み手が好きに読んで、好きにしたらいいからね。

だから、僕も好き勝手に書くよ。人より感情表現が豊かだから、自分の考えを伝えるのは不得意な方ではないから・・・きっとね。

僕は人の陰口をまず叩かない。
本人に直接伝える。自分が嫌いな人なら、放っておけばいいし、愛情があったり、長く付き合いたいのなら、感じた事は伝えたほうがいいと思うから。
だから悪口のような事があっても、そう取らないでね、そんな事はしない人間だから。

今まで、周りの人や本に影響を受けた事は数多くある。
僕は高校の頃、母親が動物救済ボランティアをしているのを見て、何もしなかった事を反省してる。
後悔はしていない。
反省する事で、「ボランティアをしたい」と学んだから。
反省は前に進めるんだ。

母親に救われた動物は沢山いるだろう。
一人のワンちゃんが、ある日家に来た。

―――名前はコロ。小型犬。
コロは震災で飼い主を失った小さな被災者だった。
センターに運ばれてきた時は、足を怪我し、誰にもなつかず、小さな反抗として人の手を噛んだ。
母親は噛まれても、臆する事をせず、叩かず、叱り続けた。
気がつけば母親だけになついていたらしい。
コロはストレスで容態が日に日に弱くなり、小さな心は風前の灯火だったそうだ。
センターには決まりが沢山あって、その一つに「平等さを保つ為に、決して里親以外が連れ去ってはいけない」というのがあった。
ほとんど動かなくなったコロを見て、母親は「死んだ事にしましょう」と提案し、家に連れ帰ってきた。
「命を救ってはいけない、というルールはない」とばかりにね。
僕にも噛み付くコロは、決してカワイイ奴ではなかったけど、好きだった。
驚く事に、コロは家で愛情を受け回復した。
知り合いに渡し、幸せに暮らしている。
引き渡した時の母親は、大型犬やサルに噛まれて、キズだらけでボロボロだった。

初めて母親を尊敬し、暴力以外での「強さ」を知った瞬間だった。

僕がこの世に生を受けて、誰か一人でも幸せになってくれたら・・。
欲を言うと、誰か一人でも救えたら、サイコウだよね。

あつかましくも、そんなきっかけになったら、と思って始めたブログです。

名前は Z NEW
アルファベットの最後の文字「Z」に「NEW]が気に入っている。
意味は
Z NEW=ゼニユ=銭湯(セントウ)
銭湯に浸かったようにリラックスして読んでもらえたら、そう思います。

僕?


僕は優しくなんかはないよ。

自分のエゴだ、エゴ。

後で気になるのがイヤだから、めんどくさいから。


どこだったか忘れたなぁ。

とある階段。

あっ、そうそう、ロフトの1F。

たった2段の段差。

おばあさんが、体の向きを横にしても、その段差を降りられずにいた。

小雨日和だった。


僕は歩いておばあさんが見える方に向かってに歩いていたから、前方からすれ違うスーツの人、先を歩く若い男性2人組みが何も構わず歩き去るのを見て、フラストレーションを募らせてた。


気にならないのか・・・。


後で、ふとした瞬間に

「どうなったんだろ、あの人どのくらいかかって降りたんだろう。」

そう思わないんだろうか。


僕はイヤだ、気になるくらいなら声かける。

うっとうしがられても、気分悪くなるのは一瞬だから。


無知は罪じゃないけど、無関心は大罪だよ。



僕は自分で言うのも何だけどよく 優しいって言われる。

キッパリ否定しよう、僕は優しくなんかないよ。


定義がはっきりしてないし、優しいって、難しい。

人には優しくありたいって思うけど、僕は元々短気だったから・・・。

僕なりに優しいってこうかな、って思うところはあるけど、普段はあまり言えない。


ホントは男が優しさを語るのはタブーだと思ってしまうから。


語りはしないけど、少しばらしちゃおうかなと思う。

言えないものを伝えるのには良いツールだと思うなぁ、ネットは。


では早速。


僕が「人に優しくでききた。」そう思う瞬間は・・・。まだ早いかな。


じゃぁ、こうしよう。


○僕の優しさの定義。


其の一 気が利くことと優しさは決して違う。

其の二 相手の気持ちを察することができる事。

其の三 見返りを見出さない事。それは自己満足でもなく、ね。


情けは人の為ならず。


本当の意味を知っていますか?

情けをかけると、その人の為によくない-これは大きな間違い。

情けをかける事は、その人のためではなく、自分の為だということ。

あなた自身を成長させるためにするのだ。ということです。

知らない人が多いと最近知ってびっくりした。


落ち込んだ時、ふとした瞬間に自分に関係なく気分をすくい上げて浄化してくれる。


それは優しさじゃないかな。


誰かに誰かの事を思いする事は、僕の中では優しさとは少し違う。

もちろん、誰かの事を思いする行動はかなり輝いてるけどね。

僕はコレは、 思いやり だと思う。


「思いやり」のある人は、心が広い。

ゴロゴロいないよ。

結構少ない。

自分が迷惑を被った時に、人を想える人はメチャ素敵。

ミスがあっても、ムカついても、その根源になった人の事を考えて、Cheer upする人は、感動もの。

本当に人の気持ちがわかる人だと思う。

難しいけどね。


僕の中での優しさとは、無条件に無関係に気持ちを包み込む物、その人のタメになるもの。

無条件、無関係というのは、生物には、ひどく難しい。

視界に入って、脳に伝われば、無関係ではいられなくなる。

それは、人の思いやりでね。

だけど、生物以外のもので、もしくは、生物であっても、無条件、無関係にかなり近い感情で人を包み込む想いを持つ人がいるものを僕は知ってる。

尊い存在だと思う。

凄く大切にしたい。


僕はこれまで、自然の景色に、気温に、音楽に優しくされた。

お返しなんて、何にもできないのにね。

せめて、エコしようかな。

自分のエゴで。


























僕は人と何かコトアルゴトに、この会話を思い出す。


昔、ある仕事場で、先輩に

「○○さんって、ホント誰とでも仲いいですね。」

といったら、

「え?たった25人の人間と、うまくやっていかれへんのなら、アンタそりゃ、その人の人間性に問題があるんちゃうの。」

と返された。



そのひとは、決して八方美人でもなければ、いつも笑顔の善人でもなかった。そんな事書いたら怒られちゃうけどね。

僕は、その人にそういわれてから、苦手だなぁ、と思ってた人と、出来るだけ話す事にした。

そしたら、その人は別に大して嫌な人でも、苦手な人でもなかった。

苦手意識を持つと自然とソレがでるし、相手にも伝わる。悪循環の空気ができてしまう。

いいこと無しだ。


遠回りする事ないよ。

僕なら、そこにちょっと穴をあけてやる。

たまに、バンッ!って爆発するんだけど・・・。

でもケンカしたり、ハダカで話したら、そんなにヤナ奴いいないよね。

これ、かなり昔の話なんだけど。

それ以来は、仕事してて、苦手かも・・と思う人は極端に減った。

別にあわせる必要も八方美人になる必要もない。


皆が苦手とする人がいて、みんな距離をとって接してた。

僕は、好んで接したりはしなかったけど、決して距離をとったりしなかった。

言いたい事も我慢しない。我慢したり、避けたりするから嫌になると思うんだけど。

気に食わなけりゃ、

「ちょっと、そんな言い方はないでしょう。僕もそんなつもりはないんですよ。」

っていってやればいい。そうすれば、お互い言いたいことを言い合って、収まるところに収まる。

上手い距離が出来る。

それは悪循環の空気は抜けて、流れてる感じ。

貯めるのはよくないよ。なんかクサクなりそうだし。関係ないか。


なんせ、近いか遠いかはわかんないけど、嫌いとか苦手はなくなるよ。たぶんね。

そんな嫌な奴いたら、今頃生きてないよ、おかしい奴が多いこの世の中、誰かに刺されてるんじゃないかな。


僕に教えてくれた先輩は、チッチャイ身長だった。しかも女性。小さい巨人。ショートカットが似合う人だったなぁ。