やあ、楽しかったな。
なんと僕の主催で飲み会を開いて――いや、正確には2回目かな――合計16名も集まってくれて、本当に幸せな気分だった。
コンサートもしっかり開催できて、なんとスペシャルゲストに大谷ゆり子先生が登場。
さらに一番盛り上がったのは、父が来てくれたことだった。僕と父が仲がいいことを、みんなが「羨ましいな」と言ってくれてね。
確かに普通の親子よりも距離が近いかもしれないけれど、もう何年もそれが当たり前になっているから、
僕や父、そして妻が心地よく過ごせているのなら、それでいいと思っている。
そしてコンサートは本当に良かった。
シンガーのKazzさんがGLAYやB’zを完璧に歌い切り、しかも僕も参加させてもらえた。会場はすごい盛り上がりだったよ。さらにYuko Hanedaさんと一緒に活動しているLOVETWINも素晴らしかった。
居酒屋でバリバリのハードロックをやるなんて、なかなかない体験だった。
最近の僕は「音楽はどこでもできる」「どんな場所でも周りをノックアウトできる」と思っていて、アコースティックじゃないとダメ、みたいな固定概念を新しい機材で塗り替えていきたいと考えている。今回もその工夫があって、会場の片山鳥肉店さんが素敵な機材を用意してくださり、僕もボーカルができた。次はボーカル用のアンプも買おうかな、なんて思っているところだ。
ボーカルが出せると、意外とどこでも演奏できる。その工夫を積み重ねれば、バーベキューでハードロックを演奏するなんていう企画も実現できそうだ。
もちろん最高の仲間と大きなステージを盛り上げるのもやりたいけれど、音楽は自由で、どんな場所でもできるというのがまた素晴らしい。その可能性を突き詰めることも大切だと思う。
飲み会自体も、料理が素晴らしく、お酒を自分たちで作れる仕組みもあって、かなり盛り上がった。
お店の協力、そして来てくれた皆さんの支えもあり、とてもいい会になった。
僕は大したことができない人間だけれど、人には本当に恵まれているし、いい人を引き寄せる不思議な力を持っているんだな、と改めて自覚した夜だった。
皆さんは矢沢永吉の新作を聴いただろうか。76歳にしてリリースされた 『I BELIEVE』 というアルバムだ。
これを聴いて感じたのは、単なる「感動」という陳腐な言葉では表せないものだった。そこには「生命」、「生きる」ということや「気合」、そして「本当のかっこよさ」が確かに込められていた。
1曲目の 「ウソがホントになるゲーム」 は特に衝撃的だ。今の日本や世界に漂う違和感や怒りのようなものを、ロックで一気にぶち破ってくれる。本当にかっこいい人だなと思った。
声もまだまだ元気だが、年齢を重ねた声の渋さがあって、それがまた最高にビートに乗っている。まさに現場でロックを続ける男の迫力であり、その姿に感動した。
いろんなスターがいなくなったり、元気をなくして引退してしまったりする中で、矢沢は円熟だけを手に入れ、世の中を達観するような高さの視点を持ちながらも、現実を真正面から撃ち抜くロックを鳴らし続けている。そのかっこよさは言葉では言い尽くせない。
ぜひこのアルバムは 頭から最後まで通して聴いてほしい。
そこには「生きるって何だろう」「生きることの大切さや深さ」「元気を出せ」「やってやろうぜ」といった強い気概が詰まっている。きっと矢沢自身も「まだまだこれからだ」と思っているに違いない。
自分の背中を見せ、自分の走る姿を見せ、周りを元気にさせていく。矢沢はそんな存在だとずっと思ってきたし、きっと多くの人がそう感じているだろう。本人もまた、その自覚を持って走り続けてきたのだと思う。
でも今回、この作品を聴いて強く感じたのは、今の彼が「俺の背中を使って飛んでみろ。俺がついているから大丈夫だ。俺もできるから、お前も大丈夫だ」という、人間として伴走してくれる温かさを伝えてくれているということだった。
リリースされたこと自体が嬉しいし、テレビやアワードで元気な姿を見せてくれるのもまた嬉しい。相変わらず、本当にかっこいい人だと思う。
38歳、永ちゃんの半分じゃないか、気合入れていこう!
気がつけば、もう9月が終わろうとしている。
あまりに早い。いや、早すぎる。昨日のことのように正月を迎えた気分でいるのに、もう年の3分の2が過ぎ去ってしまった。これは年を取ったせいなのか、それとも日々の細々とした出来事をこなしているうちに、時間が勝手に流れ去ってしまうからなのか。
不思議なのは、普段当たり前のように連絡をとっている人たちの大半が、実は今年になって初めて会った人たちだということだ。にもかかわらず、もう何年も一緒に過ごしてきたような錯覚がある。時間というのは本当に妙なものだ。
うちのモルモットが5歳になった。
平均寿命を超えようとしているが、相変わらず元気に走り回っている。ふと「もう5年経ったのか」と思う。モルを迎えた頃の自分は、出口の見えないサラリーマン生活のただ中にいて、ぬるま湯のようでありながらもどこか真綿で首を絞められるような焦燥感を抱えていた。その頃と比べれば、今は違う種類の痛みがあり、その分「生きている」という感覚が鋭くある。
日々いつも一緒にいるモルと過ごした5年で、世界は大きく揺れ動いてきた。安倍元総理の銃撃事件なんて、現代日本で起こるとは到底思えなかった。指先ひとつで文章や音楽が生まれるAIの進歩だって、5年前の自分には実感できなかっただろう。
自分の立場や付き合う人も90%以上変わってしまった。
モルが生まれた頃に付き合っていた人たちは、今どこで何をしているのだろう。あんなに近くにいて、飲みに行ったり語り合ったりしていたのに、気がつけば全て変わってしまった。
時間とは、なんとも不可思議なものだ。


















