本作は村上春樹の短編を3時間の長編映画に再構築しているが、素晴らしい作品だった。なお、本作のタイトルはビートルズの同名曲からとられている。それにしても、濱口竜介監督はすごい才能であり、日本映画界のホープである。濱口竜介氏が脚本を手がけた「スパイの妻」(2020年)はヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(黒沢清監督)、監督・脚本をつとめた「偶然と想像」(2021年)がベルリン国際映画祭で銀熊賞、そして同じく監督・脚本を務めた本作はカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞・アカデミー作品賞ノミネートという快挙である。
村上春樹作品はちょっと何を言いたいのか分からないところがあるが、本作では様々なエッセンスを付加することで長編の一編の映画に再構築し、ストーリーにメッセージ性も込められている。原作のメインストーリーに加えて様々なエピソードが織り込まれ、それらは相互に関連しながら、有機的に絡み合っていく。
特に前半までは特にストーリーに動きがないというか、様々なエッセンスが何を意味するのか分からなかったが、徐々に様々な要素が有機的につながっていく様には鳥肌が立った。あえて答えを後半に集約することで、一気に疑問が融解し、感動が増幅される。
車とは主人公にとっては大切なプライベート空間であり、心の内面の暗喩でもある。興味深いのは多言語演劇で、役者はそれぞれ母国語で演技する(背景に字幕が投影される)。当然役者は外国語ゆえ正確には何を言っているのか分からないが、台本通りに話しているという前提で演技を行う。言葉は分からないが、円滑に演劇は進んでいく。言葉が通じなくても分かり合えるという反面、この人はこう言っているに違いないという思い込みも存在する。現実社会でもコミュニケーションが取れていても、正確に他者の真意は分からないし、心の中は覗けない(岡田将生演じる高槻が車で語る台詞が突き刺さる)。主人公と妻の関係がそうであったように。様々な辛い過去の呪縛、残された者は悲痛さと無念を抱きもがく。劇中劇の「ワーニャ叔父さん」においてラスト、韓国手話で無音の中で語られるシーンはあまりにも切なく甘美だった。また、部隊が原爆の悲劇の地 広島というのもストーリーに重みを与えている。
なお、主人公の妻の名前は「家福 音」だが、下2文字で「福音」(キリスト教でいう良い知らせ)である。また、印象的な無音のシーンがあるが、亡き妻の喪失を暗喩し、劇中劇で聾唖の女性が手話(無音)で語る台詞など、「音」が非常に重要なエッセンスになっている。
ちなみに、劇中で感情をこめずに台本を読み合わせるのは、フランスの監督ジャン・ルノワールが実践していたものである。機械のように読み合わせてストーリーを把握した後で、演技をすると、他者の感情等に敏感になり、演技が良くなるのだという。
しかし、本作は一度観ただけでは理解するのはなかなか難しい。何度も見直してかみしめたい。そして、解釈も解説も要らないと思う。短い解説文に本作は矮小化できない。観て感じるしかない。映画という表現様式の広さを感じさせてくれる傑作である。
★ 4.5 / 5.0





