話題作ということで観に行ってきた。公開から1か月近くが経過しているが、東京都心の映画館の場合、平日でも席がかなり埋まっており、土日ではほぼ席が取れない。観た感想だが素晴らしいの一言。まだ半年残っているが、今年のベスト作品は本作で確定だ。

開始10分で傑作を確信したが、豪華な歌舞伎の舞台、奥深い物語、そして俳優陣の演技力に圧倒された。特に歌舞伎のシーンは極上で見入ってしまった。とにかく迫真の演技でとにかく美しい。テイストは違うが、芸に身をささげた二人というストーリーで、チェン・カイコー監督の「さらば、わが愛/覇王別姫」を想起した。歌舞伎に関する映画というと少し難しそうだが、歌舞伎の知識はあまり必要とせず、歌舞伎のモチーフをうまく映画のストーリーに絡めている。

それにしても本作では俳優陣の演技が圧倒的で、出演陣にとっての代表作として「国宝」が今後挙げられるだろう。まずは、主役の喜久雄演じる吉沢亮。もはや役に入り込んでいるというより、役そのもののに成っている。自暴自棄の中、屋上で踊るシーンは、映画「ジョーカー」のオマージュかもしれないが、破滅的な美を湛えいた。彼の少年時代の黒川想矢も見事な演技だった。俊介演じる横浜流星は前半は軽い二枚目俳優感が抜けていないが、後半の演技は、物語ともシンクロして圧巻。そして劇中で人間国宝を演じる万菊を演じる田中泯は、言葉数も少ないが鮮烈な印象を残している。圧倒的な妖艶さとそのオーラは筆舌に尽くせない。そして自身が歌舞伎の家に生まれた寺島しのぶは安定感や所作の美しさが段違いだ。

原作は芥川賞作家の吉田修一による同名小説である。長編小説なので今後読んでみたいなと思う。監督は李相日であるが、吉田修一作品の映画化を手掛けている。「悪人」「怒り」など人間の暗部に迫る作品が多い。本作では人間の確執や葛藤などを昇華し、芸を極めて美に到達する、あまりにも美しい作品を作り上げた。

ただ長編小説を3時間の映画にまとめたので仕方がないが、若干ストーリー展開が急であり、時間が経過すると、確執や軋轢等が簡単にリセットされており、それらが軽く扱われているように思った。実際はそれらは尾を引くものだし、もう少し突き詰めれば、物語は陰影ある奥深いものとなっただろう。しかし、あえてそれらを物語の主要な要素としないことで、”芸を極めた美の極致”を主題とした、視聴後感の良いエンターテインメント作品となったともいえる。

ぜひ多くの人に観てほしいし、日本に興味ある海外の人にも観てほしい作品だ。本作で歌舞伎に興味を持ったので、気軽に身に行ける”シネマ歌舞伎”でも映画館に観に行こうかなと思う。

(そして、あまり歌舞伎なんて縁がないと思っていたが、そういえば、知人と一緒に歌舞伎役者さんの楽屋に入って挨拶させてもらったことがあったのを思い出した。お弟子さん(?)が挨拶に来ていたが所作の美しいこと。そして庶民の私には似つかわしくない世界だなと思ったことを思い出した笑。)

 

★ 4.8 / 5.0

 

この前、目白の学習院ミュージアムへ行ってきた。「芸術と伝統文化のパトロネージュ2」という展示を行っている。学習院大学史料館だったが、霞会館記念学習院ミュージアムとして2005年春にリニューアルオープンした。こちらの建物は、前川國男により設計されたかつての大学図書館をリニューアルしたもの。モダニズム建築の美しい意匠である。それにしても学習院大は都心ながら緑が多く気持ちが良い。

 

ちなみに、施設名に”霞会館記念”とついているが、旧華族の親睦団体であり、現在でも約650家の740人が加入しているそうだ。いまだに当主や後継者が女性の場合は会員資格がない。当然、皇族ともゆかりがあり、皇族の花嫁・花婿候補を探すときには霞会館の会員等からも候補が上がるそうだ。

 

芸術と伝統文化のパトロネージュ展では、収蔵品からパトロネージュに相応しい作品を展示している。宮中晩餐会では、金平糖を納め、細工を施されたボンボニエール(お菓子入れ)が配布されるが、そちらも豊富に展示されている。ただ特別室と常設展といっても、広くはなく十数分程度で観終わってしまう。目白に用事があるときに時間があれば寄ってみるといいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

大学内を少し散策したが、歴史ある建築が多い。南1号館は登録有形文化財である。1階窓や入口の尖塔アーチなど、垂直性を強調したネオゴシック様式の外観であり、シンメトリーで安定的な意匠で重厚感がある。

 

中に入ると、階段はアールデコ風のデザインになっているのが興味深い。

ちょっと品川のほうへ行く用事があったので、以前から観てみたかった旧竹田宮邸洋館を観てきた。ここらへん周辺は、江戸時代には「薩摩藩島津家下屋敷」をはじめとする大名屋敷があったが、明治時代になると大名屋敷跡は政財界の要人や華族の邸宅地として利用された。昔は海を臨めた風光明媚だった土地だそうだ(実は品川は埋め立て地である)。

 

政治家・後藤象二郎伯爵家の邸宅を、1898年に宮内庁が購入し、御用邸とし、その後、明治天皇の皇女が各宮家に嫁いだ際に御用邸の敷地を分割する形で「竹田宮邸」「北白川宮邸」が新築され、御用邸の和館が「朝香宮邸」となったそうだ。ただ戦後に財産税や皇籍離脱などの影響で、売却せざるを得ず、西武グループに買収され現在に至るそうだ。ちなみに、竹田宮の子孫が政治評論家の竹田恒泰である。彼に感じるのは、人のまとう品位は、高貴な血統ではなく育ちにあるのだなと思う。

 

片山東熊、木子幸三郎、渡辺譲が設計を担当し、1972年に村野藤吾の設計で現在の状態に改修されている。フランスのルネサンス様式を基調としており、石造りの車寄せに、正面はフランス風のマンサード屋根となっており、ドーマ窓が配され見ごたえのある表情となっている。改築されているので当時と同じとはいかないが、当時の宮家の優雅な雰囲気と欧化主義が垣間見える。

 

 

 

プリンスホテルの日本庭園だが、都会とは思えない豊かな緑に驚かされる。中央の山門は来歴不明だそうだが、その奥にある観音堂と同時期に移築されたと考えられているそうだ。その前の青銅灯篭は江戸時代の徳川将軍家の霊廟(現東京プリンスホテル)より移築されたものらしい。

 

村野藤吾が設計の茶室。自然に溶け込んだ佇まいでわびさびを感じる。

荻窪に荻外荘が復元されたという話を聞いて、行ってきた。荻外荘とは、もともと大正天皇の侍医頭入沢達吉が義弟で建築家の伊東忠太に設計を依頼して建てた邸宅である。当時は富士山まで見渡せる景勝地で、近衛文麿(五摂家筆頭 公爵家)が大変気に入ったことで、近衛家が買い取り、西園寺公望公爵によって「荻外荘」と命名された歴史がある。

 

「東亜新秩序」の建設を確認した1940年7月19日の荻窪会談が開かれたのもこの邸宅である。吉田茂の「目黒の外務大臣公邸」、鳩山一郎の「音羽御殿」、田中角榮の「目白御殿」のように政治の舞台だったのだ。なお、日本の降伏後、1945年12月16日に近衛文麿が自決したのもこの邸宅である。戦後に一部移築されたりなどしていたのであるが、復元が行われ、去年完成した。

 

これが戦争路線の方針や日ソ不可侵協定の締結を決めた荻窪会談の舞台である。すべて当時の写真をベースに復元したレプリカである。写真でみるとあまり分からないが、壁紙の色彩と文様がエキゾチックでモダンである。一人用の椅子の渦巻きのデザインも特徴的だ。

 

こちらは応接間のようであるが中華風である。机と椅子には螺鈿が施されており、煌びやかである。天井画は龍であり、陶磁器や、ガラス窓のデザインも中華風。天井のランプのデザインもモダンで、和洋中の折衷だったようである。

 

こちらが近衛文麿が青酸カリを用いて自決した部屋である。

 

こちらは西園寺公望の筆跡による「荻外荘」の字が彫られた扁額。

 

歴史的な建築物が復元されてよかったと思う。

 

さて、荻窪にはほかにも邸宅があるので、角川庭園へ移動。

 

角川庭園は、日本文学研究者で角川書店の創立者である角川源義の自邸を整備して公開した庭園である。登録有形文化財である。書斎は観れたのだが、詩歌室・茶室などは利用中で閲覧できず。現在ではよくある和風の豪邸という印象だったが、近代数寄屋建築でありモダン建築の先駆けだったそうだ。

 

さて、続いて大田黒公園を散策。荻窪は昔は別荘地だったということもあって、緑も豊かな場所が残っていて気持ちがいい。

 

音楽評論家・大田黒元雄の屋敷跡を杉並区が回遊式日本庭園として整備し、1981年に開園した公園である。大田黒元雄の当時としては珍しい意匠の洋館(1933年に建築された仕事部屋)が公開されている。こんな広大な土地と立派な洋館を個人で所有して整備したことに驚いたが、父親の大田黒重五郎は、東芝の前身の会社の経営再建を行い、各地で水力電気会社を設立するなど活躍し財を成した財界人だそうだ。納得の財力である。

 

家の内部であるが、暖炉もありモダン。

 

1900年製の歴史あるスタインウェイピアノも展示されている。

 

とても歴史を感じられる荻窪散策だった。

 

 

現在話題の新書を読了した。米国の投資コンサルティング会社の共同経営者による一冊である。著者は日本人であるが都銀を経て、若くして渡米し、米国の投資コンサルティング業界で30年にわたり活躍してきた人物である。大投資家のジョージ・ソロスも顧客に持ち、先見性と鋭い洞察力を持っている。そもそも銀行で不動産バブルは続かないと、当時判断した先見性が凄い。黒子として活躍してきたが、このタイミングであえて本を書いたのは、現在、国際社会はゲームチェンジの状況にあり、日本は勝ち組の席に座れる立場にあるということを伝えたかったからだそうだ。

 

本書を興味深くしているのは、単に社会経済の流れを分析するだけではなく、自己のライフヒストリーを絡めている点にある。著者はトランスジェンダーだそうだが、おかげで米国の多様性を受け入れる環境に思い切って飛び込めたのだ。また、性的少数者ゆえに既存の体制や枠組みを疑うという視座を獲得することができたそうだ。第1章の新自由主義についてのくだりは凡庸でななめ読みだったが、第2章以降からどんどん面白くなり、一気に読破してしまった。特に強い日本の復活についてのくだりは、(少々楽観的に思われるものの)なかなか興味深かった。語り口は軽いが、経済学や国際政治学等の理論を踏まえていることは、それらの学問の学習者であれば分かるはずである。

 

「失われた30年」は悲観的に語られるが、日本はバブル崩壊後も失業率は上昇しなかった。つまり、”姥捨て山”のように使えない社員を切り捨てずに、みんなで貧しくなるという道を選んだのだという。結果、賃金を下げる圧力が加わり、デフレとなったが、欧米のような極度の格差社会にならず、治安も良いままだ。しかし、これからは人手不足の時代であり、賃上げ圧力の時代となる。日本は過剰サービスだが、それは仕事がないが人を解雇せずに、人が余っていたからなのだ(ゆえに、生産性が低かった)。これからは人手不足で、余剰サービスは削られて、効率化されて生産性は上がるだろうという。ここらへんの人の労働力を無駄に使う点は、速水先生の江戸時代の「勤勉革命」に通じる視点だ。

 

米国は覇権国に挑戦するものを潰そうとする。実際、日本が米国の脅威となると、米国は日本潰しを行った。ただ現在の米国の脅威は中国であり、徹底的に中国を潰しにかかるだろうという。昨今のトランプ大統領の過剰ともいえる関税政策は中国潰しの一環である。かつて日本がされたように、米国は徹底的に中国を潰しにかかる。その舞台はアジアであり、そこのキーアクターは米国同盟国の日本である。

 

中国は不動産バブルが崩壊し、一人当たりの豊かさは1万ドル程度の中進国に過ぎない。日本は世界第2位の富裕国だったからこそ、「失われた30年」を維持できたが、中国は維持することは不可能だ。超高齢化社会や経済低迷を維持できるほどの蓄財がないのだ。EUも厳しい状況が続くという。特にドイツは平和な世が続くと思い、ロシアから安く資源を輸入し、中国へ輸出する経済モデルを構築したが、ウクライナ問題で一気にその経済モデルが瓦解してしまった。そもそもEUは歴史も浅く、統合力が弱い宙ぶらりんな組織である。EUも中露も不安定であり、日本が安定的な投資先となるだろう。

 

ただ斎藤氏の見立てとしてはレイダリオと違い、覇権国は強いので、米国の覇権は確率論としては盤石だろうという。ただ米国は債務問題を抱えており、かつての覇権国のポルトガル、スペイン、オランダ、イギリスと隆盛した国が衰退した歴史的事実を踏まえると、米国が今後も有望とする見方は少々楽観的過ぎるのではないかと思う。なんだかんだと米国は強いのは事実であるし、今後数年も米国一強が続くと思うが、債務問題が解決するわけではなく、いつか米国債が市場に見放されたときに米国経済は崩壊する可能性がある。実際、米国のテスラなどは実態に比して株価が高過ぎだと指摘は多い。S&P 500の成績は優秀だが、GAFAMを除くS&P 495は日経平均と大差ない。GAFAMがバブル崩壊すれば、米国経済信仰も瓦解するだろう。

 

日本の復活論についても少々個人的には異論がある。日本は社会保険料などの現役世帯の負担があまりにも重く、消費が低迷している。これから氷河期世代が引退するが、氷河期世代は無年金世帯も多く、生活保護が激増しておそらく生活保護財政は破綻するし、貧困層は都市部に集まりスラム化する。これを支えるのは現役世帯であり、おそらく崩壊はしないものの、緩やかな衰退基調は変わらないのではないかと思う。