現在話題の新書を読了した。米国の投資コンサルティング会社の共同経営者による一冊である。著者は日本人であるが都銀を経て、若くして渡米し、米国の投資コンサルティング業界で30年にわたり活躍してきた人物である。大投資家のジョージ・ソロスも顧客に持ち、先見性と鋭い洞察力を持っている。そもそも銀行で不動産バブルは続かないと、当時判断した先見性が凄い。黒子として活躍してきたが、このタイミングであえて本を書いたのは、現在、国際社会はゲームチェンジの状況にあり、日本は勝ち組の席に座れる立場にあるということを伝えたかったからだそうだ。

 

本書を興味深くしているのは、単に社会経済の流れを分析するだけではなく、自己のライフヒストリーを絡めている点にある。著者はトランスジェンダーだそうだが、おかげで米国の多様性を受け入れる環境に思い切って飛び込めたのだ。また、性的少数者ゆえに既存の体制や枠組みを疑うという視座を獲得することができたそうだ。第1章の新自由主義についてのくだりは凡庸でななめ読みだったが、第2章以降からどんどん面白くなり、一気に読破してしまった。特に強い日本の復活についてのくだりは、(少々楽観的に思われるものの)なかなか興味深かった。語り口は軽いが、経済学や国際政治学等の理論を踏まえていることは、それらの学問の学習者であれば分かるはずである。

 

「失われた30年」は悲観的に語られるが、日本はバブル崩壊後も失業率は上昇しなかった。つまり、”姥捨て山”のように使えない社員を切り捨てずに、みんなで貧しくなるという道を選んだのだという。結果、賃金を下げる圧力が加わり、デフレとなったが、欧米のような極度の格差社会にならず、治安も良いままだ。しかし、これからは人手不足の時代であり、賃上げ圧力の時代となる。日本は過剰サービスだが、それは仕事がないが人を解雇せずに、人が余っていたからなのだ(ゆえに、生産性が低かった)。これからは人手不足で、余剰サービスは削られて、効率化されて生産性は上がるだろうという。ここらへんの人の労働力を無駄に使う点は、速水先生の江戸時代の「勤勉革命」に通じる視点だ。

 

米国は覇権国に挑戦するものを潰そうとする。実際、日本が米国の脅威となると、米国は日本潰しを行った。ただ現在の米国の脅威は中国であり、徹底的に中国を潰しにかかるだろうという。昨今のトランプ大統領の過剰ともいえる関税政策は中国潰しの一環である。かつて日本がされたように、米国は徹底的に中国を潰しにかかる。その舞台はアジアであり、そこのキーアクターは米国同盟国の日本である。

 

中国は不動産バブルが崩壊し、一人当たりの豊かさは1万ドル程度の中進国に過ぎない。日本は世界第2位の富裕国だったからこそ、「失われた30年」を維持できたが、中国は維持することは不可能だ。超高齢化社会や経済低迷を維持できるほどの蓄財がないのだ。EUも厳しい状況が続くという。特にドイツは平和な世が続くと思い、ロシアから安く資源を輸入し、中国へ輸出する経済モデルを構築したが、ウクライナ問題で一気にその経済モデルが瓦解してしまった。そもそもEUは歴史も浅く、統合力が弱い宙ぶらりんな組織である。EUも中露も不安定であり、日本が安定的な投資先となるだろう。

 

ただ斎藤氏の見立てとしてはレイダリオと違い、覇権国は強いので、米国の覇権は確率論としては盤石だろうという。ただ米国は債務問題を抱えており、かつての覇権国のポルトガル、スペイン、オランダ、イギリスと隆盛した国が衰退した歴史的事実を踏まえると、米国が今後も有望とする見方は少々楽観的過ぎるのではないかと思う。なんだかんだと米国は強いのは事実であるし、今後数年も米国一強が続くと思うが、債務問題が解決するわけではなく、いつか米国債が市場に見放されたときに米国経済は崩壊する可能性がある。実際、米国のテスラなどは実態に比して株価が高過ぎだと指摘は多い。S&P 500の成績は優秀だが、GAFAMを除くS&P 495は日経平均と大差ない。GAFAMがバブル崩壊すれば、米国経済信仰も瓦解するだろう。

 

日本の復活論についても少々個人的には異論がある。日本は社会保険料などの現役世帯の負担があまりにも重く、消費が低迷している。これから氷河期世代が引退するが、氷河期世代は無年金世帯も多く、生活保護が激増しておそらく生活保護財政は破綻するし、貧困層は都市部に集まりスラム化する。これを支えるのは現役世帯であり、おそらく崩壊はしないものの、緩やかな衰退基調は変わらないのではないかと思う。