岩波ホールで「歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡」を観てきた。岩波ホールもいよいよ2022年7月29日(金)に閉館する。閉館前の最後の土曜日の本日、鑑賞してきた。半世紀にわたり海外の埋もれた名作を上映してきたミニシアターである。去年5月には、アップリンク渋谷も閉館。また、ミニシアターの灯が消えてしまう。映画文化の衰退に思えてならない。よくDVDやネット配信で観ればいいという人(ハリウッドの全国公開作品だけが映画だと思っているような人)がいるが、権利関係の問題で、上映作品が全てネット配信できるわけではない。そうした点で知られざる映画を発掘してくれるミニシアターは貴重なのだ。

本作は“神話”を旅したと云われる、伝説の作家ブルース・チャトウィンに焦点をあて、生前のチャトウィンと親交があった巨匠ヴェルナー・ヘツツォークが、その放浪の足跡を辿ったドキュメンタリーである。最後の上映作品が本作なのはあえてだろうか?本作は岩波ホールの旅の終着点のように思われた。映画は章立てになっていたが、タイトルは「The book is closed.」。映画館の閉館にふさわしいタイトルだった。

 

しかし、岩波ホールはこれで歴史に幕を閉じるが、下北沢に2022年1月20日(木)にミニシアター「K2」がオープンした。ある映画館は閉じ、新しい映画館がオープンする。衰退ではなく、新陳代謝かもしれない。メタボリズム都市の東京らしい。観客がいる限りミニシアター文化は潰えないと、信じたい。

 

地下鉄直結だった。
 

映画館にしては渋い入口。

 

この交差点も岩波ホール閉館でもう暫く観ることはないかな。

 

 

2020年にコロナであるピアニストがこの世を去った。中国人ピアニストのフー・ツォンである。1955年の第5回ショパン国際ピアノコンクールで第3位に入賞し、ポーランド・ラジオ賞(マズルカ賞)を受賞した名ピアニストである。その詩情を湛えた美しい演奏は一世を風靡し、文豪ヘルマン・ヘッセは、ラジオで彼の演奏を聴いて「まさに奇跡だ」と評した。

 

しかし、天才ピアニストも時代のうねりには抗えない。祖国の政治に翻弄され、両親は悲劇的な最期を遂げている。そんなフー・ツォンの激動の人生に迫ったのが本書である。本書は豊富な資料と、またインタビューに裏打ちされており、かなり読みごたえがある。また、フー・ツォンにとどまらず、文化大革命に翻弄されたピアニストなども扱っており、文化大革命期のピアニストの不遇を知るには良書である。「永遠のピアノ」(シュ・シャオメイ)と一緒に読むことを推薦したい。

 

本書で衝撃だったのはグー・ションイン(Gu Shengying、顾圣婴)である。ジュネーブ国際ピアノコンクールで1958年に女性部門で最高位。男性部門ではポリーニが最高位だった。しかし、中国ではその後文化大革命が吹き荒れ、彼女は自死してしまう。彼女がもし亡命し存命していれば著名なピアニストになっただろうにと想像してしまう。当時、文化大革命では中国の上層階層は多くが迫害され、失意の中で自死を図り、音楽教育は暗黒の時代だった。知識人だったフー・ツォンの両親もまさにその犠牲者である。リュウ・シコン(Liu Shikun、劉詩昆)も第1回チャイコフスキーコンクール第2位に入賞するが、文化大革命では腕・指などを骨折させられた挙句に投獄されている。彼は生き延びて香港で暮らしているそうだ。こうした文化大革命の傷跡は日本では忘れ去られているが、つい半世紀前の話である。その爪痕は大きい。

 

知識人だったフー・ツォンの両親はその社会的地位と教養ゆえに迫害され悲劇的最期となったが、フー・ツォンの演奏を支えるのも家庭で培われた教養ゆえであろう。彼は中国の古典に幼少期から親しみ中国詩を知っていた。彼の美しい情感は中国古典の詩によって培われたものだ。よく子供の手習いでピアノを習わせる親が多いが、たくさん練習しているはずなのに、ピアノの発表会でもまともな演奏を聴くことは稀だ。演奏は指先の技巧だけで奏でられるものではないからだ。知識人の親を持ったのは、フー・ツォンにとって幸運であり、またそれは彼に深い悲しももたらした。彼の弟のフー・ミンも辛酸をなめた。彼の演奏にある陰影と哀愁はこうした家族にあった不幸に由来するところもあるのではないかと想像する。

 

それにしても、彼の演奏を聴いて直截に思うのは詩情感の卓越性である。彼の演奏を聴くと自然と涙がこぼれそうになる。録音ですらこの情感だから、生演奏はさぞ素晴らしかったのだろう。しかし、彼が存命しない今では生演奏を聴くことは叶わない。音楽芸術の宿命であるが、彼の演奏したピアノの響きは永遠に失われてしまった。音楽は、演奏されたその時点においてしか存立しえない音響美である。録音物で再現はできるが、そこには生演奏しか持ちえない”アウラ”はない。これだけ録音技術が発達しても演奏会が活況なのは、演奏家がその場で演奏する生演奏しか持ちえないその場限りの”アウラ”に他ならない。しかし、コロナが天才ピアニストの命を奪ってしまった今では、その”アウラ”の降臨に立ち会うことは不可能になってしまった。とはいえ、これも個人では抗えないうねりだ。問題は、彼の演奏は今後も語り継がれるだろうかということだ。それは歴史の審判を待つしかないが、私は断言するがフー・ツォンは奇跡として語り継がれるだろう。

 

 

 

さらりと読める日本の近代建築ガイドである。近代建築の定義は様々だが、20世紀以降の建築と定義している。フランク・ロイド・ライト、アントニン・レーモンド、ル・コルビジェなどの欧米建築家から、安藤忠雄、隈研吾、丹下健三、磯崎新、黒川紀章、槇文彦など著名な建築家の定番の建築家から、意外とマイナーな建築など50作品の取り上げている。地震大国だけあって日本の建築技術は世界でも指折りであり、建築界のノーベル賞ことプリツカー賞では日本人建築家はアメリカと首位争いしている。欧米の美的な価値観が主流だった20世紀にあって、いち早く近代建築を取り入れて昇華し、存在感を放てたのは日本のもともとの建築技術の高さゆえだろう。建築家の理想を体現できる技術を有していたことが大きいのではないかと思う。

 

本書でまず気になったのは旧小菅刑務所のデザインである。1929年のデザインであるが、その幾何学性と直線と鋭角から成る、一歩間違えればただの無機質ともなりえる細部にあって、全体としては飛び立つ白鳥を模し、刑務所の更生をデザイン的に体現している。見事な建築だ。本建築を設計した蒲原重雄は若くして亡くなり、処女作にして遺作となってしまった。100年近く前にここまでモダンな建築がデザインし実現できていたとは、当時の日本建築の先進性には恐れ入った。

 

そして次に驚くのが鎌倉文華館 鶴岡ミュージアムである。ル・コルビュジェのアトリエで学んだ坂倉準三設計デザインだけあって、モダニズム建築を体現しているが、しかし、大階段や池に張り出した縁などは西洋と日本の伝統建築の引用であり、その混交がとても興味深い。実は先月、鎌倉に行った際に(箱根旅行からの鎌倉旅行)に訪れたが、開館時間に間に合わなかった・・・。驚かされるのは本建築は1951年に建築されていることだ。終戦から数年でこうしたモダニズム建築が出来ていたことに驚かされる。

 

そして神奈川県立音楽堂も興味深い。ピアノコンサートで行ったが、素敵な建築だったのを記憶している(ユジャ・ワン、ピアノコンサート)。前川國男の設計である。壁は木でできており、ほどよく音を反響させる。モダニズム建築は一見すると無機質だが、一方で軽妙で開放的である。欧米の古典様式の重厚感や上流社会の雰囲気はそれでそれは良いが、一般大衆に開かれた場とは言い難い。コンクリート造りの無機質な素材の反面、傾斜をつけたロビーの天井は大きな窓を実現し、自然採光の暖かな建築であった。

 

他にもいろいろ書きたいが長くなるのでこれまでにする。50建築紹介されているが、当方が訪れたことがる建築は、外観だけ観たものだけのも含めて13ほどしかなく、26%程度。全ては観て回れないが、いくつか気になる建築は観に行きたい。気になった建築は次のとおり。ちょっとずつ日本各地の名建築を巡りたい。

・松涛美術館

・香川県庁舎

・群馬音楽センター

・日生劇場

・アートプラザ(旧大分県立大分図書館)

・せんだいメディアテーク

10日投開票の参院選で、憲法改正論議に前向きな「改憲勢力」の獲得議席が、非改選を合わせて166に到達した。166は国会発議に必要な総議員の3分の2のラインに相当する。9条への自衛隊明記と緊急事態条項新設に力点を置く自民党は直近の民意を得たとして、議論の進展を狙う。だが立憲民主党は「改憲は最優先課題ではない」と主張。改憲勢力の各党の間でも、個別の論点を巡り溝が存在する。与野党合意は見通せない。- KYODO

 

自民党がやはり強く与党の改選過半数が確実となり、一方で立憲民主党は23議席から議席を減らして20議席割れが確実だそうだ。これは安倍元首相の”追悼選挙”となり自民党への得票が増えたこともあるが、一方でウクライナ問題などを通して、護憲派の理想論が極めて空虚であると国民に共有されたことも大きい。日本はロシアに隣接し、核保有国の中国は覇権奪取の野望を隠しておらず、北朝鮮も核保有国である。これらに囲まれているのに、日本だけ憲法だけ守っていれば平和であるという論はあまりにも無責任である。

 

自民党は防衛費の増額を主張したが、野党はそれには反対。それではどのように日本の安全を確保するのかについては具体策が何もない。こうした批判だけしていれば良いというスタンスは国民の信頼を得られないということが、今回の選挙の結果なんだと思う。東京選挙区では、二回トップ当選だった元二重国籍の蓮舫氏は第4位に沈み、まさかの共産党の山添 拓氏の第3位より下である。立憲民主党は党首も目立たないし、批判ばかりで一体全体、何を目指しているのかもよく分からない。

 

そして、東京選挙区ではもはや注目すらされないがひっそりと小池百合子の側近でファーストの会代表である荒木 千陽元都議が落選を確定させている。なんと第10位で当選には遠く及ばない得票数である(第6位まで当選)。小池百合子は風を吹かせるのが得意であるが、今回は全く無風だった。代表すら国政に全く届かない。小池百合子は学歴詐称問題にも負けず強いが、小池百合子だけが強いに過ぎない。もし小池百合子が手を離せば、都民ファーストもファーストの会も立ち行かないというのが今回の結果だと思う。

 

ウクライナ問題や、安倍元首相の暗殺などをみても分かるが、理想論ではどうにもならない。現実は非情なものである。他国に侵略されたことがなく平和に生きてきた島国の日本ではあまり危機感がないが、経済力もピークアウトした近年、そろそろ現実に目覚めないと第二のウクライナになるのは日本かもしれないのだ。

昨日、安倍元首相が街頭演説中に銃撃され亡くなるという痛ましい事件が起きた。各国でも速報され世界に衝撃が広がった。世界各国の首脳が哀悼の意を表明している。安らかに眠っていただきたい。ご冥福をお祈りいたします。

 

五・一五事件、二・二六事件などで首相が暗殺されることはあったし、1960年に日本社会党党首浅沼稲次郎が刺殺されたことは有名だが、2002年にも石井紘基衆議院議員が刺殺、2007年には伊藤一長長崎市長が射殺されるなど痛ましい事件は多い。三木武夫、宮澤喜一、細川護熙なども襲撃されたことがある。政治家とは命を賭す覚悟が必要である。

 

実は東大名誉教授だった故 鈴木博之氏によると、国会議事堂にもそうしたメッセージが込められているという。国会議事堂の案は、コンペで入選した案をベースにしているが、ピラミッドの意匠はない。あの意匠は「マウソロス霊廟」(鎮魂と安置の場)であり、実際、当時の建築物を調べると、伊藤博文の銅像の基壇の意匠にマウソロス霊廟のモチーフが採用されているという。その意匠は、建築家 武田氏によるものだが、彼の父は法律家であり、日本国憲法の起案者の一人は初代総理大臣だった伊藤博文である。彼の父の仕事の原点に伊藤博文がいた。しかし、政治家 伊藤博文は韓国で暗殺されてしまった。彼は伊藤博文の銅像を設計するときに、鎮魂の意味を込めてマウソロス霊廟のモチーフを使ったのだと考えられる。

 

そんな建築家武田氏の弟子に吉武氏がいるが、彼は国会議事堂の最終化に関わっており、彼が国会議事堂にマウソロス廟の意匠を反映させたと、鈴木氏は推測している。鈴木氏は授業の教材や実際に使用されていた図案集なども調査して、吉武氏はマウソロス霊廟の図案を学んでいたことも突き止めている。つまり、国会議事堂のピラミッドは、内閣総理大臣の伊藤博文への鎮魂の思いが込められ、また、伊藤博文のように政治家たるもの命を賭して政務を全うすべしというメッセージが込められているというのである。これは鈴木氏による推測ではあるが、かなり説得力のある論だと思う。

 

現在、参議院選挙が行われているが、当選された方々は重責を負っているとの自覚のもと国会に集ってほしいものだ。

 

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