教養としてピーター・リンチとウォーレン・バフェットの投資術の本を読書。漫画の頁も多く1時間程度で読了できるが、彼らの人生と投資のエッセンスを知れるので、おすすめ。実はこのシリーズでジム・ロジャーズも出ているが、素っ頓狂な発言が多いので、読んでない。ジョージ・ソロスの本もあるが、現在、取り寄せ中である。

 

ウォーレン・バフェットは泣くことも黙る投資の神様である。「オマハの賢人」の異名を持ち、株の時価によって順位は変動するが、総資産は10兆円を超え、世界トップ10に入る大富豪である。91歳であるがまだ現役というから彼のバイタリティは見習いたい。これだけの大富豪であるのに、大好物はマクドナルドとチェリーコーク、若いときに購入した住宅(現在の価値で3000万円台だそう)に住んでいる(ちなみに、日本ではバフェットの愛車はスバルなんて噂があるが、愛車はキャデラックである)。

 

子供のころから物を仕入れて売るなど商売をして、11歳で株を購入というから彼の商才は生まれつきなのだろう。彼の理論はグレアムの定量分析に基づく「バリュー投資」(現在の株価がその企業の利益水準や資産価値などから判断して割安にあると考えられる銘柄を買い付ける手法)と、長期保有による「複利効果」を狙ったものである。若い時はバフェットはバリュー投資を行っていたが、フィリップ・フィッシャーの提唱した「フィッシャー理論」に出会い、それも問入れる。グレアム理論を、「まずまずの企業を素晴らしい価格で買う」とすれば、フィッシャー理論は「素晴らしい企業をまずまずの価格で買う」というものだ。彼の投資のスタイルは、師のグレアムをベースとしつつも、フィッシャー理論を取り入れ、財務諸表等にあらわれない周辺情報も大切にしている。

 

ピーター・リンチは腕利きの投資家で、マゼラン・ファンドを世界最高の投資信託ファンドに押し上げた人物である。割安であるが、今後大きく成長が見込まれる株に投資して大きな利益を上げる運用方法を取っており、大きく成長する株を「10倍株(テンバガー)」の名付け親でもある。そんな彼は裕福な家ではなく子供の頃は家計を支えるためにゴルフのキャディのバイトをしていた。ただゴルフに来る経営者等からいろいろとビジネスの話しをしてもらえたことが彼の感性を磨くこととなったようだ。

 

大学では経営や統計等ではなく心理学や論理学を勉強したようである。彼の考えでは、投資をするのに高度な数学力は不要とのことだ。実際、彼は日常の生活の中から、成長しそうな株を見つけ出して投資し、大きなリターンを得ている。衣料品メーカー、モーテル、ドーナツ店などである。 エピソードとしてはリンチの言葉をバフェットが引用したいので、彼に電話をかけたという点は興味深かった。売却時点の困難さを示す言葉であるが、「Cutting the flowers and watering the weeds」(花を切って、雑草に水をやった)である。

 

投資のスタイルはそれぞれ違うが、スタイルは違えど、莫大な利益を稼いだのは事実である。先人に学んで自分の投資スタイルを確立していくのがいいのだろう。人生はやり直せないが、先人の知恵は本を通して学ぶことができる。

 

追伸(2022年8月21日)

ジョージ・ソロスの投資術も読了した。ソロスはハンガリー生まれのユダヤ人で、「イングランド銀行を潰した男」とも呼ばれる。カール・ポパーの影響を大きく受けているのは初耳だった。彼は思考の不確実性と現実の出来事の不確定性の双方向の繋がりに関する概念「再帰性」を提唱したりしているそうだが、やたらと哲学的である。彼はヘッジファンド黎明期から活躍し、投資で成功したのは事実だが、その投資方法はいまでは当たり前の初歩的だったり、抽象的なものであるが、当時としては最先端だったのだろう。ただ金融の脆弱性につけこんでポンドを売り浴びせてイングランド銀行を破綻に追い込むのはいただけない。ソロスは投機の波に乗ってファンドを大きくしたが、やはり一般的にはウォーレン・バフェットの投資術が一番現実的に再現性があるように思われる。それにソロスの投資方法は結果論で成功しただけで、大損して破綻していた可能性もなくはないとも思われる。

 

「いきなり!ステーキ」を展開する外食チェーンの「ペッパーフードサービス」は、業績の不振を理由に、一瀬邦夫社長(79)が12日付けで社長を辞任したと発表しました。会社の発表などによりますと、12日の取締役会で一瀬社長から「近年の業績不振の経営責任を明確にする」として社長辞任の申し出があり、これを受理したということです。- NHK

 

ペッパーフードサービスはもともと社長の戦略ミスで経営が傾いていたところにコロナが追い打ちでかなり経営が厳しいようです。いよいよ、経営責任をとって辞任とのことですが、辞めるのが遅過ぎますね。

 

そして、後任ですが、一瀬氏の長男の一瀬健作副社長(50)が社長に昇格されるようですが、息子を傀儡にして院政をひく予感しかしない。あまり体質は変わらなそうですね。

 

ただ最近は肉質も改善して普通にステーキ屋さんとして良いと思います。コロナの関係であまり混んでないし。ちょうど昨日の晩御飯は夏バテ防止のためいきなりステーキのサーロイン300g。ラージサラダ、赤ワイングラス、ビールも頼んで3443円でしたが、コスパは良いと思います。

 

 

 

決算書を比較し、各企業のビジネスモデルを分かりやすく解説している一冊である。本屋で平積みになっているので読んでみたが、たしかに様々な業態の企業のビジネスモデルが分かりやすく解説してあるので、財務会計系が専門ではない人は勉強になるだろう。平易に説明されているので別に数学が苦手でも問題なく読める。

 

初っ端から興味深かったのはタイガースとホークスのバランスシートの違いである。ホークスは固定資産が非常に多いが、タイガースは大部分を流動資産が占めており、大きく異なっている。ホークスは福岡ドームを買い取っているので、その資産が固定資産として計上されているのだ。日本ハムファイターズも、札幌ドームの利用料に苦しめられていたので、北広島市に独自の球場を建設している。一方でタイガースの本拠地の甲子園球場は、阪神阪急HDの所有となっており、タイガースの資産には計上されていないので、固定資産が少なくなっている。

 

他にも、丸井は流動資産が多いが、三越伊勢丹HDは固定資産が多い。また、丸井はP/Lに比べてB/Sが大きい。これは、丸井がエポスカードを主軸としたフィンテック事業に注力しているためである。また、丸井は百貨店からショッピングモールの色彩が強く、テナント料で稼ぐ企業でもある。フィンテックとテナント料を主軸としたビジネスモデルなので原価率は低く抑えられている。一方で新宿・銀座・日本橋の旗艦店を所有しており、その固定資産の額は大きく、格式では丸井を遥かに下にみるが、丸井と違ってあくまで小売業なので、コロナでの外出自粛の影響も大きく受けやすい。

 

そして興味深いのは地銀・メガバン・コンビニ銀行のビジネスモデルの違いである。地銀は大きなB/Sに比して、P/Lの規模は小さい。これは多くの預金を元手に貸し付けて、金利で儲けるという伝統的なスタイルである。それに比べてメガバンの三菱UFJ銀行の財務諸表をみると、資金調達や運用の手段も多様化しているようだ。興味深いのはコンビニ銀行のセブン銀行である。大部分が手数料収入で占められているのだ。セブンは全国津々浦々に店舗があるのを活かして、手数料収入で稼いでいるという。なるほど、これは考えたものだ。

 

製造業でも違いがある。任天堂は固定資産が少なく流動資産が大半を占めているという。任天堂は自社で製造設備をみたない、ファブレス型企業(fabrication facility less)なのだ。負債も少なく無借金経営に違いが、これはゲーム業界はヒット作が出ないと赤字が続く可能性があるため、財務リスクを最小限にしているという。一方でトヨタは固定資産もそれなりに保有しているが、特徴的なのは長期金融債権がかなりある点である。トヨタは製造業であるが、ローンで車を販売するため、金融業としての側面も持っているという。投資その他の資産の項目も大きいが、これは系列企業への投資などが大きいことを示している。

 

財務会計は社会人の基礎知識だが、具体的に財務諸表からどういうことが読み取れるのかまで、分析までは手が回らないことが多い。本書は手軽に各業態の差を示していてかなり良書である。おすすめしたい。

 

 

5年に1度、ワルシャワで開催されるショパンコンクール。若手ピアニストの登竜門である。そんなショパンコンクールの誕生からの変遷をたどるのが本書である。著者は佐藤 泰一氏であるが、2009年に逝去されている。東大工学部出身で、新日本製鐵で勤務されていたらしく、音楽史家としてはアマチュアである。ただ理系の技術者よろしく、資料の調査は綿密に行われており、ショパンコンクールの歴史を書いた邦人の本としてはかなりの力作である。

 

もともとピアノコンクールは近代になって誕生したもので、本格的なコンクールは、1890年から1910年に開催されていた「アントン・ルービンシュタイン国際コンクール」である。第1回の作曲部門の優勝者はブゾーニ、第4回のピアノ部門の優勝者はヴィルヘルム・バックハウス、第5回の特別ディプロマはアルトゥール・ルービンシュタインである。名だたる音楽家を輩出したと思われるが、ロシア革命もあって第5回を最後に開催されていない。イェジ・ジュラヴレフ教授はサッカーに興じる若者をみて、音楽分野でも競わせてみようとコンクールを思いつき、アントン・ルービンシュタイン国際コンクールを参考にショパンコンクールを発案したそうだ。最初は財政難もあり、かなり苦労したようだが、なんとかポーランド政府の支援もあり開催にこぎつけたようだ。


それにしてもその後は第二次世界大戦での混乱、さらにコンクールの運営でも、演奏曲目を難にするのか、どう採点するのか、審査員の構成をどうするのか、入賞者の国籍に偏りがあっていいのか、などかなり試行錯誤が続いたようで、いまでこそ世界で最も歴史ある名門コンクールであるが順風満帆ではなかった。本書が丁寧に詳らかにしているが、この芸術分野の採点の困難性は大変な課題である。

 

この前、開催されたショパンコンクールではYoutubeでライブ中継されたが、「なぜこの人が落選するんだ?」などコメント欄は世界中の人が喧々諤々だった。ホールでの聴こえ方とYoutubeの聴こえ方はかなり異なる。プロが音楽ホールで聴いて意見が割れるのに、Youtube配信でアマチュアも加わってさらに議論に火をつけたように思われる。かくいう私もYoutubeで聴いたところ「うーん」と思っていたが、生のコンサートでファンになったスペイン人ピアニストがいる;その時の記事 「マルティン・ガルシア・ガルシア ピアノコンサート」(東京オペラシティコンサートホール)

 

本書を読んで思うのは、コンクールは絶対的な指標ではなく、水物である。別にコンクールの結果も一つの現実であるが、観客からの採点への異議・疑念も現実である。しかし、コンクールの結果に聴衆は隷従する必要はない。落選したピアニストとて、聴衆がコンサートに通って育てていけばいいのだ。不毛な順位付けに右往左往することなく、聴衆が主体的に音楽活動に参加し若手音楽家を支援するほうがよほど意義があり、豊かな音楽文化につながっていくだろう。

 

いろいろとスキャンダルや問題はあれど、ショパンコンクールが今日にまで続ているのは、ショパンコンクールが歴史の審判に勝ったことに他ならない。ポーランドは苦難の歴史だったが、ショパンコンクールは歴史的な使命をも担っている。今後もますますのショパンコンクールの発展を期待したい。

 

P.S コロナで海外のピアニストの来日コンサートが次々中止になっている。早く沈静化してほしいものである。

最近、かけていた生命保険が満期になったので、新しい積立型の生命保険を検討していて、この前、契約してきた。それにあたり、結構、金融や節約系のユーチューバーが、民間の生命保険や医療保険は不要だという論調が多く驚いた。実際、日本の公的医療制度はかなり充実しているので、最低限は保障されているが、それでも保険はほとんど不要というのはちょっと違和感を覚える。

 

保険不要論で分かりやすいのは次の動画だろう。一部、その通りだと思うところもあるが、個人の属性によって保険の要否は違くないか?と思うところもある。一般論として保険不要というのは、ちょっと無責任ではないかと思う。また、生命保険・医療保険に入っている人を嘲笑う感じが鼻につく。

医療保険不要論の主張をまとめると、そもそも医療費は3割負担で、また、高額療養費制度があるので医療費はそこまで高額にならないので貯蓄でカバーできる。保険代理店やらネットの記事などで保険加入を進めているのは、ただの金儲けだという。

 

上記の主張の、医療費は3割負担・高額療養費制度があるので、それで十分というのは現時点の話である。これから2050年には高齢化率は4割近くになるので、いまの財政状態で現状の国民健康保険の保障水準が維持されるとは思えない。公的保障が改悪された場合の想定がないのはあまりにも楽観的であろう。また、貯蓄でカバーできるという点については、貯蓄が万全になってから病気になればその通りだが、まだ貯蓄が出来ていない段階で病気になった場合には対応できない。また、老後に病気が頻発するようになって貯蓄が医療費で目減りしていくのはかなりストレスだと思うし、確率は低いとはいえ、医療費が結果的にかさんで貯蓄が底をついたら生活保護である。老後は収入源が主には年金なので、貯蓄でカバーすればいいというのは健康な人や金持ちならそうだが、健康でい続けられるかは分からない。高齢者になってから医療保険に入るのはかなり高額になるので若いうちに安い保険料で入っておくほうがリスクは低い(精神衛生上も良い)。また、保険代理店やらネットの記事などで保険加入を進めているのは、ただの金儲けというのもその通りだが、資本主義社会なのだから金儲けではないのは慈善事業か公的福祉ぐらいで、民間のサービスは有償(金儲け)なのは当たり前である。このブログサイトだって、目の前の情報端末だって全て民間企業のサービス=金儲けである。だいたい保険不要論を語るYoutuberの動画も広告収入目当ての金儲け動画であろう。

 

生命保険不要論についても、主張としては、積立生命保険はぼったくりの投資商品でもっと利回りの良い投資商品にしたほうが良い、扶養家族がいる場合のみ掛け捨ての生命保険で十分、というものである。正直、後者については、残された家族想定なんだろうけど、賃貸暮らしの独身者が孤独死して、特殊清掃費用とかかかると、親族に迷惑かかるので、扶養家族がいる場合のみ掛け捨て生命保険で十分というのは限定し過ぎな気がする。そして、よく批判される前者についてもその通りだが、払戻率が100%を超えているなら損ではない。そして代替の利回りの良い投資商品というと結局、投資信託・株式・債券だになると思うのだが、これらは利回りは良いが元本保証がないので、会社が倒産すれば紙くずだし、自分が亡くなったときに株が大暴落みたいな事態になれば、試算はかなり目減りする。結局、株式市場とかを盛り上げたい個人投資家のポジショントークにしか聞こえない。

 

保険不要論者は、保険の割りの悪さを殊更に取り上げるわりに、株や債券などの投資商品のリスクについて言及しないのはアンフェアである。株や社債で運用しておいても、引退直後に紙くずになるリスクも踏まえるべきである(確率論でいえばかなり低いとはいえ)。もし自分が引退するタイミングで、世界的に景気後退になり、大不況が暫く続いた場合、目減りした資産で糊口をしのぐことになる。安定性という点では、保険は必ずしも悪いものではないのかなと思う。ただ私の指摘したリスクが顕在化する確率を踏まえると、保険不要論者の主張はあながち間違っていないが、現時点で将来どうなるかは予測がつかないので、自分の資産のポートフォリオに保険商品が入っているのは不合理ではないと思う。とはいえ、保険も投資も自己責任でということにはなるし、未来は予測できないので結果論でしかないのではあるが。ただ保険不要者のポジショントークに乗せられ過ぎない方がいいと思う。

 

(追伸)ちなみに、今回私の契約した保険商品は、外貨建て・利回り固定で、その利回りが現時点でかなり高いので、為替手数料・為替リスクを考慮しても割りが良いと判断して契約している(損益分岐点も計算したが損する確率はほぼ0%)。これで保険がかけられて、かつ控除もあるので、別に悪い選択ではないと思う。投資に回せばという意見もあるが、前述のとおり、株・社債・投資信託の方がリスクは高い。