英名門私立校「ハロウスクール」の日本で初の姉妹校「ハロウインターナショナルスクール安比ジャパン」が29日、岩手県八幡平市の安比高原に開校する。11~18歳の7学年制の全寮制。約180人が入学する。約半数が日本の生徒で、ほかに中国やタイなどアジアを中心に12カ国から入るという。

(中略)

 授業は英語で実施し、寮費を含めた学費は年間850万~920万円。英国人中心の教職員約40人は既に来日し、生徒は27日に入寮する。入学式は28日午後に開かれる。英国のハロウスクールは、英国首相チャーチルやインド初代首相のネルーらが学んだことで知られる。- 河北新報

 

英国の名門ハロウスクールが日本に開校するということで話題になっている。驚くべきはその学費で1000万近い。これは文科省が、インターナショナルスクールを税制面での優遇や補助金が受けさせないため高額となっている。英国は教育機関を輸出産業とみなして海外進出を推進しており、日本には他にもラグビー校やマルバーンカレッジなどが進出予定である。

 

日本でも最高峰の三大商社・外資系コンサルでも平均年収は1500~2000万程度なのでエリートサラリーマンでも学費1000万の学校に通わせることは不可能である(親が資産家である場合は話が違うが)。日本にある法人勤めで通わせられるのは本当に大企業の役員や、大手法律事務所やコンサルティングファームのパートナークラスの子女であろう。主にはこうしたインターナショナルスクールは企業経営者等の富裕層が主なターゲットであろう。よくインターナショナルスクールの教育は大したことはないというような論評もあるが、単に富裕層は同じ社会階層と一緒に学びたいのだと思う(子供の学費に1000万出せる世帯が、給食費を払えないような世帯が混在する公立校に通わせたいだろうか?)。ただ米国の大学が日本に進出したときも学費の高さゆえに集客に限界があり、撤退している過去がある(日本人の英語力の問題もあると思うが)。

 

日本は戦後にGHQが財閥を解体し、華族制度も廃止したので、上流階級が壊滅してしまった。しかし、その結果、中流層が勃興し、努力すれば出世ができるという立身出世が社会に普遍化し、競争環境が生まれ高度成長期を築いた。しかし、欧州では上流階級が依然として存在し、特に英国では爵位制に基づく上流階級は公的に存在している。米国は貴族制の歴史もないが、資本主義の国で大企業の役員層は億単位の報酬が当然であり、所得格差が大きい国である。英国ではオックスブリッジが上流階級御用達で、米国でもアイビーリーグなどに通う子女の親は富裕層が多い。日本でも東大生の保護者は親の世帯年収1050万円以上が4割越えと明らかに富裕層が多い; ただ米国に比べれば大したことはない(日本はいかんせん給料が安過ぎる。特にハイスキル人材や専門知識を有する人材を安く買い叩き過ぎである。最優秀層の東大生界隈では官僚などは不人気になり、外資系の人気が高く、頭脳流出が止まらない)。

 

ただ日本では前述したが、そもそも通わせられるほどの高所得世帯は限定的であり、英語力のハードルもあって集客には限度があるのではないかと思う。一人当たりGDP3万ドルを超えて人口1憶を超す国は日米の二か国しかなく、日本は内需が大きいので、国内マーケットである程度は自活可能なので英語ができる必要性が乏しい(総資産額3000万ドル以上の超富裕層数では日本は米国に次ぐが、いかんせん国内マーケットで稼いでいる人が多い)。アジア圏の富裕層は取り込める余地があるが、アジア圏の富裕層も主には欧米を目指して、次点で日本を選んでくれるかどうかだろう。実際、何度も海外の教育機関が日本に参入しようとしたが失敗している。この点を踏まえると、なかなか存続し続けるのは難しいのではないかと想像してしまう。

 

ただ着実に一定資産を保有し、国際語である英語ができるという社会階層がグローバルに形成されつつあると思う。従前は国境で分断されていたが、ボーダーレス化が進むにつれ、国境というタテの分断ではなく、社会階層というヨコの分断が進んでいるように思われる。こうした超富裕層向けの教育機関が進出してくる一方で、日本では”マイルドヤンキー”という地元を愛する温厚なヤンキーも増えているという。

 

確実に社会は再び階層化してきている。こうしたインターナショナルスクールは格差を助長するという意見もあるが、格差は現に存在しており、単にこうした高額の教育機関はその格差を視認できるかたちにしただけである。こうした高額の教育機関を批判するのではなく、進みゆく格差社会を直視し、格差社会が生じさせる問題と処方箋を問うべきであろう。

 

香港を代表するウォンカーワイの作品を4Kでリマスターしたバージョンが劇場で公開されている。「WKW」で特集されているが、まだ未視聴の「2046」を観てきた。1960年代の香港を舞台に繰り広げられる作家の「現在」と、彼が劇中で執筆する小説が交錯するSFが織り交ぜられたラブストーリー。ウォン・カーウァイ監督は続編であることは否定しているが、「欲望の翼」「花様年華」の実質的な続編である。特に「花様年華」を観ていないと、ストーリーのつながりがよく分からないだろう。

カーワイ作品としては評価が低いが、個人的には音楽の使い方とか含めて結構楽しめた。5年がかりで撮影したそうだが、後発の「花様年華」の方が先に撮り終わったそうだ。そしてこの「花様年華」の方があまりにも完成度が高いがゆえにどうしても「2046」が霞んでしまう。

「花様年華」では紳士で貞操的だったチャウが、本作では自暴自棄な色情狂にしか見えなかった。これまでの恋愛遍歴と、それらの体験談をベースに劇中劇のSF小説が交錯する構成は、たしかに若干分かりにくい。ただこの劇中劇のSF小説が個人的には凄い好きだった。ただ未来のSFシーンのCGがやや雑過ぎたのが残念。

2046という数字は「花様年華」では密会に使われる部屋の番号だが、数字自体に意味がある。1997年に香港は英国から中国に返還され、半世紀は現在の体制を維持する(一国二制度を維持する)という約束があったのだ。1997年から数えて2046年はその最終年度であり、2047年はその後の香港である。2046と2047という数字は、香港が2046年から2047年になることで「どう変わってしまうのだろう?」という不安定さと不安さを示すメタファーなのだ。

チャウは”2046”の部屋ではなく、”2047”に住むことになるが、これは古い香港と、これから変わりゆく香港という狭間で、本作ではチャウは後者の目線だったことを示唆する。”2046”に住めなかったのは、大家が部屋を改装するからだが、これは半世紀後に香港の体制が改められることを意味している。監督曰くどこまでもチャウのパーソナルな作品だというが、どこか自暴自棄で色情にふけるチャウは、この変化への不安感を紛らわせるために、享楽的にならざるを得ない香港市民を象徴しているように思われた。

劇中劇のSF小説では、みな”2046”へ向かう列車に乗り込み、”2046”に行くと戻れないというエピソードがベースになっており、また、そこでは感情に時差があるアンドロイドがいる。過去に囚われる主人公チャウは、過去に拘泥するが、時の流れは止まらない(列車は進み続ける)。列車ではアンドロイドが慰みを与えてくれるが、アンドロイドは残念ながら彼の好意には報いてくれない。”ギブアンドテイク”の資本主義社会にあって、アンドロイドさえも振り向かない;まして人の心はなおのことである。過去に囚われたくても時間は過ぎ去り、次の時代へと移り変わっていく。そんな香港という都市が抱える過去への郷愁と、未来への期待感と不安感を本作は上手く描写しているように思われた。

それにしても本作の評価が当時低かったのは理解できた。木村拓哉が出演で話題を集めたが、木村拓哉ファンが楽しめる作品ではないのだ。木村拓哉目当てで観た普段映画を観ない観客はサッパリ訳が分からなかっただろう。木村拓哉は全く悪くはないのだが(というより木村拓哉のモノローグは良いが)、明らかにフィーチャーされ過ぎていてバランスが悪い。そして、木村拓哉はどんな映画・ドラマに出演しても「キムタク」で雰囲気が変わらないので、カーワイの雰囲気の中でやはり浮いている感が否めない。

そしてチャン・ツィー。美人だしチャイナドレス姿は妖艶でとても良いのだが、セクシーシーンが多過ぎる。「花様年華」では一線を超えるようで超えない男女のせめぎ合いからくるエロティシズムがあるが、本作では赤裸々に描くのでやや下品に感じられる。本作は129分と長いのだが、ベッドシーンとキムタクの余計なシーンを削ればもう少し短縮できたはずであり、よりスッキリしたスタイリッシュな作品になったのではないかと思う。ノイズのシーンが多くて冗長に感じられた。個人的には嫌いな作品ではないが、客観的にみるとカーワイ作品の中では見劣りしてしまうのは致し方がないとも思う。

 

★3.8 / 5.0

 

 

「WKW」(ウォン・カーワイ監督)の4Kのレストア版を新宿シネマートで観てきた。びっくりするほどの大混雑で、ウォンカーワイの人気の根強さを感じられた。

 

とにかくマギー・チャンのチャイナドレス姿が美しい。"映画を通してとにかく美人の良い香りがする(笑)"というと、変な表現だろうか。タイトルの花様年華は「人生で最も美しい瞬間」という意味だが、劇中でも使用される周璇の「花様的年華」のタイトルからの引用でもある。

たまたま部屋が隣同士になった男女のプラトニックな不倫。惹かれあうが一線を越えまいと倫理観の狭間で抗う男女の所作はどこまでも美しい。突然分断されて流れるスローモーション映像と絶妙な音楽、絵画的な構成の映像、美しい色彩、亜熱帯性気候よろしく突然降る豪雨とねっとりとした空気感など、どれもカーワイらしくてたまらない。

主人公の密会に使うホテルの番号は「2046」。続編のタイトルへとつながっている。部屋の前は深紅のカーテンがかけられた廊下。これは終盤のカンボジアのアンコールワットの廃れた寺院の長廊下との対比であろう。カンボジアではチャウ(トニーレオン)はアンコールワットの壁に空いた穴になにか話している。シンガポールで受けたアドバイスを実践しているのだ。男は過去の秘密を葬り、それは永遠となる。

終盤のシンガポールとカンボジアの流れが分かりにくいとも言われるが、それが本作にミステリアスな余韻を与えている。突然シンガポールにいくというチャウ。シンガポールを訪れて、いつしかチャウ宅に置いていっていたスリッパを回収し、何か言いたげながら何も告げないチャン(マギーチャン)。年月は流れて子供と暮らすチャン。そしてカンボジアの意味深なチャウな行動へとつながる。明確に書かなくても分かるがチャンの子供はチャウとの子供だろう。

本作はあえて明確にはストーリーの輪郭は描かない。美しい色彩と音楽の幻影に惑わされるだまし絵のようにも感じられる。ラストのシーンに流れる台詞が印象的だ;「男は過ぎ去った年月を思い起こす。埃で汚れたガラス越しに見るかのように。過去は見るだけで、触れることはできない。見える物はすべて幻のようにぼんやりと・・・」。チャウはもはや過去を眺めるしかないが、果たして視聴者が観ていたものも、なんだったのだろう?夢か幻か。タバコの煙のように揺蕩う。そんな不思議な余韻が鮮烈な印象を残す映画である。

 

★ 4.2 / 5.0

 

 

ユーチューバーが本を出版することも珍しくはないが、私がたまに視聴している投資系ユーチューバーのタザキさんが投資に関する本を出版していたので、読んでみた。タザキさんは投資に関する本を紹介するチャンネルを運営しており、本書はこれまでに読んだ投資本のエッセンスとおすすめ本を紹介している。最近、投資系の本の紹介チャンネルを寝る前に聴いているが、良い子守唄である笑。

 

350頁ほどある本でそこそこ厚く情報量もあるし、巻末のおすすめの投資本は参考にはなるが、いかんせんやはり本業は文筆家ではないので、論の展開なども流れが良いとは言えず、若干、冗長な印象を受けてしまう。薄く広いため、あくまで初心者向けだろうが、それにしては専門用語の説明もあまりない。まとまりもないので、投資初心者が読むと、結局、どこが重要なのかエッセンスがあまり伝わらないと思う。絞り切れなかった、整理しきれなかったからこそのこの厚さなんだと思う。

 

結局、いろいろな本を読んだり話を聞いたが、素人が投資をやる場合は、個別銘柄選択は難しいし、過去の実績的に市場を出し抜ける確率は低いので、積み立て型の「インデックス投資」(市場市場全体の動きに連動した投資)がやはり穏当な手法だと思う(当然、リーマンショックみたいな市場全体の暴落は回避できない)。手数料の安いネット証券で、かつ、iDeco/NISAの非課税枠で大人しくインデックス積立投資を中長期するのが正解なんだろう。ただ本書でも紹介されているが、アメリカ株投資がここ10年ぐらいは人気だったが、GAFAMを除くと日本のTOPIXと成長率は変わらないとの分析もあるようだ。GAFAMの成長が頭打ちの現在、果たしてこれからの10年間、アメリカ株への投資が好成績をおさめられるかは未知数である。

 

本書の著者は新興国の成長をみくびってはいけないと指摘している。実際、インドが遅かれ早かれ世界三大経済大国になることは確実だろうし、新興国株があまり注目されていない今から仕込んでおくこともありな選択だろう。インドネシア、ナイジェリア、パキスタンなども人口大国になる(人口増加するから経済が成長するとは限らないが)。ただミャンマーの問題をみても、新興国は政治リスク等も付きまとうのでどこまでいっても自己責任である。また、本書ではPwCの今後のGDPの予測も掲載しているが、あくまでこうした経済予測は、計算時点の成長率が続けばという前提である。ロシアはウクライナ問題で経済制裁を受けているので、PwCの予測は書き換えが必要である。中国もコロナ問題で経済は失速しており、また、不動産大手のデフォルト問題などもあり、今後も経済成長が維持できるのかは未知数である。「中進国の罠」にはまって成長は止まるかもしれない。お隣の韓国もこれまでは経済優等生だったが、いまでは予測を超える猛烈な少子化に加えて、ウォン安が一段と進んでおり、通貨危機も現実味を帯びている。徴用工問題で現金化が確定すれば、日本の経済報復で経済は大打撃を受ける。経済は数か月先でも予測がつかないものだ。

 

これから数年内でも、ウクライナ問題とエネルギー問題は尾を引くし、アメリカの景気後退のリスクもあるし、韓国の徴用工問題による日本の報復による韓国の経済破綻リスク、中国による台湾侵攻など問題は山積である。投資にはリスクがつきものであるが、ただ日本もいよいよインフレしてきたので、投資に切り替えないでただ貯蓄しているだけだと資産は目減りするばかりである。しかし、18世紀から何度も戦争や大恐慌を繰り返してきたが、経済は成長し続けている。中長期的にはコツコツと積立をするのが正しい戦略だと思われる。

 

さて、この前行ってきたミュージカル「ミス・サイゴン」の記事の投稿を忘れていたので今更ながらアップ。場所は「帝国劇場」である。事前にあらすじを読み、プッチーニのオペラ「蝶々夫人」にストーリー似ているなと思ったら、実際に「蝶々夫人」をベースに書かれたそうだ。クロード=ミシェル・シェーンベルクの作曲で、脚本はアラン・ブーブリルであるが、「レ・ミゼラブル」をつくったコンビである。なお、米国ブロードウェイではなく、英国ウエスト・エンド発である。

「ミス・サイゴン」を観るのは実は今回が初めて。名前は聴いたことがあるが、観たことがなかったので、教養として観ておこうと思った次第である。演出や舞台美術がとても迫力があった。ストーリーも日本人好みで、日本で人気な理由が伺い知れた。ベトナム戦争に引き裂かれた男女の悲哀は胸を打つものがある。

 

やはりミュージカルはたまにみると良いな。また、良い作品を見つけたら足を運ぼうと思う。