さて、先日、国立新美術館で開催している「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」へ行ってきた。

 

イヴ・サンローランは、クリスチャン・ディオールのもとで働いていたが彼の急死をうけ、1958年にわずか21歳でディオールの主任デザイナーとして鮮烈なデビューを飾ったフランスを代表するファションデザイナーである。ただ悲しいかな、その後、アルジェリア独立戦争のために彼は徴兵され、精神を病んでしまい病院に収容され、ディオールも解雇されるという憂き目にあう。しかし、資産家で恋人の助力もあり、1962年に自信のオートクチュールブランドの「イヴ・サンローラン」を発表し注目を集め、1966年にはプレタポルテ(既製服)ラインを公開し、一世を風靡する。そんな「モードの帝王」の異名も取る彼の回顧展が本美術展である。

 

美術作品や舞台芸術などの仕事や、日本に影響を受けたデザインを含め独自のスタイルを確立するまでの40年にわたる歴史を、12章構成で展示している。なかなか素晴らしい展示だったが、やや単調さもあり、個人的には展示の仕方や展開の素晴らしさの観点ではディオール展の方が良かったかなぁ(「クリスチャン・ディオール、 夢のクチュリエ」展が凄かった件」参照)。

 

ただサンローランの芸術的傾向や日本との関係性などが垣間見れてよかった。特にピエト・モンドリアンのデザインを取り入れたモンドリアンルックを鑑賞出来てよかった。ちなみに、彼の人生は映画やドキュメンタリーにもなっているので、事前に鑑賞してからのほうが興味深く鑑賞できるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マーティン・スコセッシ監督が描くアメリカの忘れられた歴史を描く206分の長編映画。3時間超で観ようか迷ったが、観てよかった。土地を追われ、ようやく定住したオクラホマで暮らすオセージ族だが、その土地からたまたま石油が取れたことで巨万の富が転がり込み、世界でも最も裕福な部族と言われるほどに豊かな生活を送る。しかし、その富に悪徳な白人が群がり、本作で描かれる事件へとつながっていく・・・。

本作は、米国で2017年にベストセラーとなったデイヴィッド・グラン氏のノンフィクション小説「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン オセージ族連続怪死事件とFBIの誕生」が原作。FBIの設立の一因ともなったが、長らく忘れられていた事件である:つまり本作はほぼ実話である。FBIの初代長官はエドガーだが、奇しくもイーストウッドの映画「J・エドガー」で主人公を演じたのもディカプリオであり、結果的に絶妙な対比となっている。

 

 

本作はもともとディカプリオは、今回の事件を追及する捜査官の役だったそうだが、それではよくある白人の英雄話になってしまう。そこでディカプリオをあえて悪役側のポジションとしたそうだ。結果的にネイティブアメリカン(補足:映画では当時の一般的な呼称として”インディアン”をあえて使用していたが個人的に好きな呼称ではないのでネイティブアメリカンという)と白人の複雑な関係性やアメリカ建国の暗黒の側面を掘り下げることに成功している。最初はある一族の物語と思わせて、登場人物に共感させつつ、徐々に描いている事件の大きさが広がっていく展開はさすがである。

映画で観ていて若干説明がないと分かりにくいのが、後見制のところである。オセージ族は莫大な収入があったが、財務管理ができないだろうという偏見から、自分の管理能力を証明できない限り、後見人をつけることを白人側が強制したのだ。映画でいちいちオセージ族の人がお金を引き出すのに白人のところを訪れるのは無能力者とされていたためだ。逆に後見人がついていないオセージ族は莫大な富を自由に使えたので、そうしたオセージ族に白人が懇願する様子も描かれている。ちなみに、酒を密造しているシーンがあるが、禁酒法の時代だったからである。

本作だと、裕福なネイティブアメリカンと、それに群がる白人という二項対立とも思われがちだが、黒人問題もさりげなく描かれており、さらには白人内の問題もそれとなく言及されている。アメリカは白人優位といわれるが、白人内でもジャガイモ飢饉の際にで米国に逃れたようなカトリックのアイルランド系は下に見られている。イタリア系も映画「ゴッドファーザー」でも描かれているように、貧しく無学な移民集団というステレオタイプが存在する。本作では「KKK」が登場するが、白人は優位であるという幻想と、裕福な非白人もいるという現実のはざまで、その鬱憤をはらしたいという需要を「KKK」が引き受けたのだろうし、その社会的土壌を垣間見せてくれた。

それにしても、かなり長い作品であるが、随所にさりげなく聖書の名言や逸話などが散りばめられていたり(ヨブ記のくだり等)、また、ネイティブアメリカンの歴史などの背景知識がないと、ただ事件の展開を追うだけになってしまう(かくいう私も特に米国史に何ら詳しいわけでもない・・・)。人種対立、宗教問題、近代化問題(発達史観)など語ろうと思うと相当なリサーチと文量が必要である。非常に奥深い作品で様々な点に注意して観ることをおすすめしたい。ちなみに、オセージ族は保留地で暮らしており、過去の問題は現在でも一部で尾を引いているようである。本作は今日に続く問題をはらんでいたりする。本作は米国に興味がある人には強く鑑賞を推奨したい。

 

★ 4.3 / 5.0

 

本日はフレンチピアニズムの大家パスカル・ロジェのピアノリサイタルに行ってきた。場所は、川口市の「川口リリア」である。このホールは一度来てみたかったホールである。シューボックス型のそこまで大型のホールではないが、照明の雰囲気などが素晴らしく良い。まるで地下宮殿のような雰囲気がある。

 

パスカル・ロジェは1971年に名門ロン=ティボー国際コンクールで優勝し国際的なキャリアを開始している。名門ロンドンのデッカの専属アーティストとして様々なCDをリリースし好評を博しており、最近では後進の育成にも精を出し、2014年にはジュネーブ国際コンクールのピアノ部門の審査委員長も務めている。さて、今回のリサイタルはオールドビュッシープログラムであった。

 

【プログラム】

(前半)

・2つのアラベスクより 第1番
・映像 第1集より「水の反映」
・映像 第2集より「葉ずえを渡る鐘の音」「そして月は廃寺に落ちる」「金色の魚」
・版画より「塔」「グラナダの夕べ」「雨の庭」
・喜びの島

 

(後半)
・前奏曲集 第1集「デルフィの舞姫たち」「帆」「野を渡る風」「音と香りは夕暮れの大気に漂う」「アナカプリの丘」「雪の上の足跡」「西風の見たもの」「亜麻色の髪の乙女」「途絶えたセレナード」「沈める寺」「パックの踊り」「ミンストレル」

(以上、全てドビュッシー作曲)

 

(アンコール)

・プーランク作曲「エディットピアフを讃えて」

・プーランク作曲「ノヴェルティ」

・サティ「ジムノペディ第1番」

 

一曲目の「2つのアラベスクより 第1番」の音が鳴った瞬間に会場に溜息がこぼれた。もう極上のフレンチピアニズムで珠玉の演奏。柔らかく気品ある音の粒立ち。絶妙なフレージング。薄手のシルクが風に舞うような柔らかさ。まるで夢の中にいるような雰囲気。いずれも洒脱で、大御所の余裕を感じさせ、優しさに包まれる。もうただずっと溜息。

 

ピアニストの希望により、曲と間の拍手は禁止だったが、それゆえ、幻想的な霧に包まれたような雰囲気が断絶せずに継続していた。アンコールの三曲も極上。アンコール曲を弾くたびに拍手が大きくなっていった。熱い会場を冷ますためにサティ「ジムノペディ第1番」を弾いていたが、これがまた見事。もう会場からこぼれる溜息でうっとりとした雰囲気になっているのが分かった。ドビュッシーってCDとか録音で聴くとあんまりだけど、生演奏で聴くと、その幻想的な響きとかに魅了される。

 

いやぁ、ほんと良かった。凄い良かった。

イスラエルのコーヘン駐日大使は13日、TBSが11日に放送した番組に日本赤軍の重信房子元最高幹部の長女、メイ氏を出演させたことに関し、同局を批判する文章をX(旧ツイッター)に投稿した。投稿では「TBSが重信房子氏の娘に発言の場を提供したことに対する失望」を表明。「重信房子氏は50年前に多数のイスラエル人を殺害した事件に関与しており、その娘は現在、ハマスの残虐行為を称賛しています」と指摘し、「テロを容認する人に、発言の場を与えるべきではありません」と批判した。- 産経新聞

 

日本赤軍の最高幹部の重信房子の実娘のメイ氏をTBSの番組に出演させたことがSNSで話題になっている。日本赤軍は26人の民間人の死者、80人の重軽傷者を出した無差別テロ「テルアビブ空港乱射事件」を起こした共産主義のテロ組織である。日本赤軍は、他にもはオランダ・ハーグの仏大使館を占拠した「ハーグ事件」など数々の国際テロを実行した過激派である。

 

ブログ主は、親の罪と子供は一切関係ないと考えるが、この重信メイ氏は、様々なメディアで母親の逮捕は不当だと主張し、テロ行為を容認していると思われる発言を繰り返すテロの容認者であり、このような人物を公共放送で起用することは報道機関としての倫理性が問われる(蛇足だが、重信メイの名前は、「テルアビブ空港乱射事件」が起こったMay(5月)に由来しているともいわれている)

 

TBSは、坂本堤弁護士一家殺害事件の発端となった「TBSビデオ問題」に絡み、1996年に日弁連から「今回のTBS問題は、視聴率優先の名のもとに放送倫理を軽視してきたテレビ放送界の体質から生じたものであり、マスメディアは、報道機関として強い倫理性が要求されていることを今一度自覚すべきである。」LINK)と糾弾されているが、その頃から倫理性は大して変わっていないようにすら感じる。

 

上記のようなことをいうとイスラエルの入植問題をもって反論する人がいるが、イスラエルの不法な入植問題は外交的に解決されるべきであり、テロ行為でもって応答することは筋違いである。これを許していたら世界中がテロだらけになってしまう。イスラエルの不法な入植問題は、イスラエルの無辜の市民を虐殺・拷問したり、拉致した捕虜を人間の盾にしたり、赤ん坊を斬首してよい理由にはならない。イスラエルの報復についての批判もあるが、ゲーム理論的にも報復しなければテロを行ったもの勝ちになってしまうので、次のテロを誘発しかねない。よって、同等の報復は必要である(これがなければ一方的な過激行動を抑止できない);念のために補足するが、イスラエル側の過剰報復は許容できない。

 

日本メディアに巣くう左翼は根深い問題だと思う。パレスチナはイスラエルの被害者だから何をしてもいいのだというような幼稚なテロリズムを正当化しているようにしか思えない。

 

それにしても日本政府は、イスラエルから日本人の退避を支援するため、チャーター便を手配したが、有料な上にさらにドバイまでだったそうだ。このチャーター便は諸外国に比べると遅いうえに有料だったこともあり非難されている。日本人の一部は韓国のチャーター便で無償で韓国に逃れたそうだが(この有事対応については圧倒的に韓国の判断が早く素晴らしい)、これは恥ずべき失態である。有料な点は致し方がないにしても、あまりにも遅いうえに物価の高いドバイに置き去りというのもどういう感性なのだろうか。日本政府は邦人保護に特に重点をおいていないとしか思えない対応だった。どこまでいっても日本人は平和ボケなんだと思うし、岸田首相は日本人のことなんて考えてないのだと感じてしまう。

 

 

今回のハマスのイスラエル奇襲問題であるが、海外のメディアと日本の平和ボケメディアの報道レベルの差を感じる。今回は日本人の犠牲者がいないので、あくまで他人事なのかもしれないが、集落が襲撃されて女性や赤ちゃんを含む大量虐殺が行われている。Kfar Aza村では40人の乳幼児が虐殺され、斬首された赤ちゃんの遺体も多数発見されていると報道されている。

 

イスラエル側の過去の入植活動などが問題だという主張もあるが、何ら今回の非人道的な行為を正当化する理由にはならない。歴史問題は、様々な国の人が参加している音楽フェスを襲撃して、無辜の人を強姦・殺害・拉致することの免罪符にはなりえない。おまけにハマス側は、報復攻撃をすれば、捕虜にした人を処刑すると主張しているが、捕虜の殺害は疑う余地のない犯罪行為である。

 

イスラエル側の過去の行為に問題があったという論調があるが、そもそも昨今、アラブ諸国とイスラエルは和平を模索し、友好的なムードが漂っていた。その流れを破壊する目的でハマスは今回のテロ行為を起こしたのであり、和平の流れを暴力的に破壊する行為はいかようにも容認できない(しかし、なぜか日本のメディアはハマス寄りの論調も散見され驚愕せざるを得ない)。日本のマスコミは左派色が強いが、日本赤軍などのテロ行為への郷愁でも持っているのだろうか;日本赤軍のテロ行為のせいでイスラエルだと日本人の入国審査が厳しいという話を聞いたことがある。

 

日本のマスメディアの報道だと、そもそもパレスチナとハマス(過激派テロ組織)を混同しているケース(意図的?)もあるが、これはいただけない。ハマスはただの過激派テロ組織である。日本のマスコミの論調だと、ガザ地区を「監獄」だと形容することが散見されるが、ガザ地区からイスラエルへの移動は可能である。セキュリティのチェックが厳しいことを強調しているケースも散見されるが、過激派テロ組織が実効支配する地域から移動してくるのだからセキュリティが厳しいのは当たり前の話である。ガザ地区は狭い地域に人が押し込められているというような論調もあるが、人口密度は東京23区の5分の1に過ぎない。

 

ちなみに、ガザ地区はまるでイスラエルが全面的に封鎖しているような印象操作も行われているが、ガザ地区はエジプトとも国境を接している。そのエジプトすら、2007年にハマスがガザ地区を実効支配して以降は、安全保障上の理由から、ガザ地区を厳しく封鎖している。なぜならハマスがテロ組織だからである。イスラエルのみが、ガザ地区を封鎖して苦しめているというのはただの印象操作である。イスラエルがガザ地区への空爆で、ガザ地区で市民に被害が出たというニュースもあるが、それはハマスが市民を人間の盾にするために、病院や学校に潜伏するためである。

 

本当に今回のハマスの奇襲攻撃の報道をみていると、本当に日本のマスコミは左派色が強く、自らが無しえなかった「暴力革命」を実行する過激派テロ組織のハマスに憧れを抱いているのではないかと思うほどにハマス寄りの報道が散見され驚愕してしまう。