ジュスティーヌ・トリエ監督の長編4作目。本作の監督ジュスティーヌ・トリエ監督は、女性監督としては3人目のパルムドール賞受賞者となった。アカデミー賞でも5部門にノミネートされている。

⼈⾥離れた雪⼭の⼭荘で、男性が転落死。ただの事故か?はたまた殺人か?転落の状況から妻のサンドラに殺⼈容疑が向けられる。第一発見者は視覚障害を持つ息子だけ。裁判が進むにつれて、徐々に家族内に内在していた様々な問題があぶりだされていく。ミステリーやサスペンスというより、法廷劇を中心としたヒューマンドラマである。様々な心理や要素が錯綜しており複雑な心境にさせられる。

タイトルの「転落」は、事故を意味するが、一方で、一度は愛し合ったはずの夫婦の関係が暗転してしまったという意味のダブルミーニングにもなっている。そして「分析」ではなく、よりグロテスクな「解剖」という単語を使うところもセンスが良い。事件から炙り出される家族の内部など、人体の解剖のようにグロテスクなものなのだ。

それにしても出演陣の演技の見事なこと。主人公役のザンドラ・ヒュラー、息子役のミロ・マシャド・グラネールはとにかく名演だった。そして愛犬スヌープ君も重要な役どころだったが、こちらは7歳のボーダーコリー犬のメッシ君で、「パルムドッグ賞」(カンヌ国際映画祭で映画に出てきた名犬に送られる賞)を受賞しているので、名犬の名演も必見である。

 

★ 3.8 / 5.0

さて、ショパンコンクールの優勝者にして、4つの特別賞も総なめにし話題を集めたラファウ・ブレハッチ氏のピアノリサイタルへ行ってきた。ちなみに、若き演奏家の登竜門である浜松国際ピアノコンクールでも第2位に入賞しており、日本にもゆかりがあったりする。今回のリサイタルは、ブレハッチ氏の故郷であるポーランド出身の作曲家ショパンのオールプログラムである。

 

 

〈プログラム(オールショパン)〉※プログラム記載版
 

(前半)

・4つのマズルカ op.41
・3つのマズルカ op.50
・3つのマズルカ op.56
・3つのマズルカ op.63

 

(後半)

・4つのマズルカ op.24

・ピアノソナタ第2番 変ロ短調 op.35「葬送」

 

(アンコール)

・3つのマズルカ  op.56より第2番と第3番

・軍隊ポロネーズ

 

上記はプログラム掲載の曲順であるが、実際は、op.56がアンコールの方に移動していて、Op.17を弾いていたり、後半はマズルカとピアノソナタが入れかわったりなど変則的だった。

 

マズルカやポロネーズはポーランドの舞曲であり、民族色が強い。そして、「葬送」と標題が与えられたピアノソナタに、アンコールの最終曲は「軍隊ポロネーズ」。おそらく昨今のウクライナ戦争を意識しているのだろうか。ポーランドもドイツとロシアという大国の狭間で辛苦を味わった国であり、シンパシーを感じているのだろうかと勝手に邪推してしまった。特に哀愁の漂うマズルカの切ない響きが染み渡る。最後の軍隊ポロネーズで勇ましくリサイタルを締めくくったが、秀逸なラストだった。

 

ラファウ・ブレハッチ氏のコンサートは2021年10月に来て以来である(ラファウ・ブレハッチ、ピアノコンサート(東京オペラシティコンサートホール))。約2年半ぶりであるが、本当にラファウ・ブレハッチ氏の演奏は心地よい。素晴らしい音楽性に満ちた最上のピアニストである。

 

彼が演奏を始めると、どこか宗教画に対峙するような静謐な空気となる。神聖なものの前にその息をひそめざるを得ず、静寂が会場を包む。冬場であるのに咳き込む観客も異様なほどに少ない静寂である。本当に音は粒立ちた良くて煌めく。音色に気品があり、弧を描くように音が伸びやかに響く。ロマンティズムに耽溺するわけではなく、冷静に曲に対峙して音楽を奏でる。心地よい演奏に身を委ねる感覚は極上だが、あっという間に過ぎ去ってしまう。2時間が一瞬の出来事のようだった。ただご病気で演奏を離れていたこともあり、音量やピアノの鳴りからして、やや体力面などが万全ではなかったのだろうかと思われる箇所もあったのも事実。音楽家も体力勝負である。ぜひご自愛いただきたいものだ。彼がこれ以上、円熟したらどんな演奏になるのだろう。平々凡々の私などが想像すらできない極地だろう。

 

 

ソムリエで、ソムリエコンクールでも入賞しており、インターコンチネンタルホテルズのチーフ・ソムリエ、ラグジュアリーブランド「シャネル」と仏三つ星シェフのアラン・デュカスが提携したレストラン「ベージュアラン・デュカス東京」の初代総支配人、仏三つ星シェフの東京店「ピエール・ガニェール・ア・東京」など多くの有名レストランの総支配人を歴任した渋谷康弘の本である。

 

投資で価格が上昇している最高級ブランドワインの衒示的消費についてから、ワインの歴史や文化など手広いトピックを扱っており、ワインの導入本としてオススメできる。ややスノッブな感じが鼻につくがご愛敬だろうか。

 

それにしてもこの前、映画「ジャンヌ・デュ・バリー 国王最期の愛人」を観たが、このデュ・バリー伯爵夫人(ルイ15世の愛妾)が愛したのが有名なマルゴーである。ちなみに、ルイ15世の愛妾で最も有名なのがポンパドゥール侯爵夫人だが、彼女が愛したのが「モエ・エ・シャンドン」というシャンパンである。なお、 ソーサー型のシャンパングラスはポンパドゥール侯爵夫人の乳房を模倣したとも言われる。この「モエ・エ・シャンドン」は現在はLVMHグループの一員となっている。ワインは歴史ある飲み物であり、そのワインの歴史は必然的に世界史とも有機的に結びついているのだ。ちなみに、シャンパンを発明したのはベネディクト会の修道士のドン・ペリニヨンであり、シャンパンの銘柄に名を残している。ペリニョンが、発酵中のワインを瓶詰めして放置したところ、スパークリングワインが出来たことに端を発する。

 

スパークリングワイン=シャンパンと思われるほどに、知名度が高いが、シャンパンはフランスのシャンパーニュ地方でつくられる一定の基準を満たしたスパークリングワインしか名乗れない。イタリア産やらスペイン産のシャンパンは存在しない。それらの国にもスパークリングワインはあるが、一定の基準を満たしたものについてシャンパンのように呼称が与えられている。例えば、イタリアならフランチャコルタや、スペインのカバなどである。ブドウの品種等が違うが、プロでもブラインドでどれがどれか当てるのは難しい。普段飲みであれば、正直、割安なスペインのカバで全く十分だろう(正直、複雑さや熟成感で違いはあるが正直、安いカバでも十分美味しい)。シャンパンが高いのは、熟成期間がカバより長いのとブランド代だろう(シャンパンは熟成期間が最低15か月必要であるが、カバは9か月で良い)。

 

その他、様々な蘊蓄が披露されるが、ゲームチェンジャーとなったアメリカのワインだろう。もともと最上のワインはフランスでしか作りえないと言われていたが、ブラインドの審査の結果、アメリカのワインがより優れているという結果となってしまったことがある。これがかの有名な1976年の「パリスの審判」である。現在だとアメリカのカリフォルニアワインはかなり高品質であり、最近は「オーパスワン」などが人気である。「オーパスワン」は、シャトー・ムートン・ロートシルトの所有者のフランスロスチャイルド家のフィリップ・ド・ロッチルト男爵と米国人のロバート・モンダヴィが協力したつくったワインである。カリフォルニアの新進気鋭のワインと、フランスの伝統的ワインのそれぞれのエッセンスが結合した極上のワインである。現在、1本6~7万はくだらないが、一度は飲んでみたい。

 

深掘りすると、1つ1つのテーマは長くなるが、それをコンパクトに紹介しており、一冊で勉強になる。ワインの導入本としておすすめしたい一冊である。

ドイツの2023年の名目GDP(国内総生産)が4.4兆ドルとなり、日本のGDPが世界4位に転落することが濃厚になった。ドイツ経済は低迷しているが、外国為替が円安になり日本のGDPがドル建てで目減りする。00年にはドイツの2.5倍あった日本のGDPが逆転されるのは、金融緩和下で生産性の向上が滞ったことを映す。-日経新聞

 

名目GDPでなんと日本が世界第4位に転落したそうだ。日本経済転落についての悲観的な言説が散見されるが、実際のところそこまで悲観するようなことだろうか?

 

まず、実は円ベースでは日本のGDPは過去最高を記録している。あくまで名目GDPで世界第4位に転落したというのは、米ドルベースでの話である。政策的に円安誘導しているので、ドル換算で日本のGDPが目減りするのは必然であり、そこまで悲観するような話ではない。今は1ドルが150円であるが、1ドル100円で計算すれば、日本のGDPは世界第3位のままである。ただの為替の問題に過ぎない。

 

そして、名目GDPはインフレ率を考慮していない。つまり、ある国の物価が2倍になれば、その国のGDPは2倍となる。インフレな国ほどGDPは上昇しやすいのだ。ドイツはインフレが日本より高いので、名目での比較ではドイツが高く出やすい。インフレ率が異なる国同士で、いちいち名目GDPで比較して一喜一憂しても仕方がない。インフレ率を加味する実質GDPの方が経済力の実態を反映しやすい。

 

だいたいドイツ経済は全く好調ではない。英国エコノミスト誌が”Is Germany once again the sick man of Europe?”との記事で、ドイツ経済の低迷を指摘している。”The sick man of Europe”とは、「ヨーロッパの病人」との意味で、かつで東西ドイツ統一後の経済が低迷するドイツを意味する造語である。そもそもドイツが病人から復活したのは2000年代後半で、そこから自国経済力に比して不当にユーロ安を享受して経済成長したドーピング経済に過ぎない。中国へと媚びたが、中国経済が急失速でドイツ経済も巻き込まれており、さらにグリーンエコノミーだの環境に配慮した結果、電力コストなどの上昇で経済をひっ迫させている。

 

日本悲観論がメディアで散見されるが、そもそも経済は周期性があり、米国も経済停滞していた時期が当然ある。現在では100憶を超える物件もあるニューヨークであるが、30年前はエイズやらドラッグが蔓延する退廃的な街だった。そこから復活していき、リーマンショックではウォール街の終わりともささやかれたが、再び持ち直している。ある時点の傾向がそのまま続くとは限らないのだ。

 

実際、東京証券取引所に上場する株式の合計時価総額(ドル建て)は、中国の上海証券取引所を3年半ぶりに上回り、アジア首位に返り咲いた(LINK)。共産主義国家などは国民一人当たりGDP1万ドルあたりで停滞したり、中進国の罠にはまりやすいが、中国も例外ではないだろう。中国は独裁色を強めているので、香港・上海・北京などから急速に外資が撤退しており、さらに不動産バブルも崩壊の予兆があり、中国経済はこのまま停滞だろう。台湾有事も重なれば中国は間違いなく自滅の道である。

 

5~6年前ぐらいは中国が米国を経済力で追い抜くという予測もあったが、もはやその可能性は低い。ただ日本経済悲観論に陥る前に国際情勢・政治・経済について冷静に判断できる思考能力が必要である。

 

 

カンヌ国際映画祭役所広司が男優賞を受賞し話題になったヴィム・ヴェンダース監督作品。とにかく本作は映画館が混雑していて観に行く気になれなかったのであるが、ようやく鑑賞してきた。公開から1か月半以上経過しているのに、「Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下」はかなりの盛況。しかも、ヴィム・ヴェンダース監督を知っている年配層だらけかと思いきや、若い観客が多くて驚いた。いい趣味してますね。若手こそこういう映画観て感性を磨くべきですよ。

こちらはもともと、渋谷区内17か所の公共トイレを刷新するプロジェクト「THE TOKYO TOILET」をテーマに、活動のPRを目的とした短編オムニバス映画を計画し、ヴィム・ヴェンダースに監督を依頼したら、結果的に長編作品となったというものである。いやぁ、ヴィム・ヴェンダースのスパイスが効いた、ある男性を主人公とした珠玉の作品であった。

主人公はずっと東京にいるので、ロードムービーではないのであるが、都内を移動しながら音楽を流すシーンがロードムービータッチ。淡々とした映画であるのに全く飽きさせない不思議な魅力がある。

トイレ清掃員である主人公はとにかく同じ日々を繰り返しているが、日々何か変化が起こる。そんな主人公は物思いにふけるようなシーンでは、「川」が印象的に使われている。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」という方丈記の一説が想起される。川は絶えず流れるが、その水はもはや同じ水ではない。人生も同じだ。人生も絶えず流れていく。しかし、同じ日々ではない。少しずつ変化するのだ。

本作では「影」も印象的である。影は普段は意識されないが、あるのが当たり前な存在である。トイレ清掃員という仕事もいわば影のような存在だろう。誰しもお世話になっているが、意識されることは稀だ。トイレ清掃員が意識されると、それは汚いものとして扱われてしまう(母親とはぐれて泣いている子供とそこに駆け付けた母親のシーンがそれだ)。そんな主人公がトイレに隠された紙で「〇×ゲーム」で利用者とコミュニケーションをとるところに喜びを感じるのは、影者にふと光が差したからだ。

本作で印象的に使用される「木漏れ日」も刹那的なものである。ふっと風で葉っぱが動いて見せる影の表情。こうした刹那的な日々の表情の変化が素晴らしく描写されている。一方で影は孤独の暗喩でもあり、ふっと光が差しても、瞬間に日陰へと移ろってしまう。

おそらく主人公は育ちは悪くないのだろう。だからこそ英語の曲を聴くし、仕事ぶりも丁寧だし、親族も裕福そうだ。トイレ清掃員に落ちぶれ(と言っていいか分からないが)、現状に幾分は満足しつつも、過去と比較して現在に若干の悲嘆は感じているということなのかもしれない。そのアンビバレントな感情が最後のシーンに出ているように思われ、その表情に非常に複雑な心境にさせられたが、映画に奥深さを与えている。

ただトイレ清掃員ながら、非常に汚いシーンがないというのはあくまで本作が公共トイレを刷新するプロジェクト「THE TOKYO TOILET」がテーマで、出資者にファーストリテイリング取締役などがいたことへの配慮だろう。もちろん、映画に見苦しいシーンをいれる必要はないが、あくまで映画で描かれたトイレ清掃員の仕事は、映画用に漂白されたものであるという点は意識しておかねばならない。

総合的な感想であるが、観終わった瞬間に、「良い映画観たな」という満足感がある映画だった。ただ一度でなかなか理解はしきれない(理解する必要もないのかもしれない)。何度も観て味わいたいそんな映画だった。

 

★ 4.4 / 5.0