- オペラでわかるヨーロッパ史 (平凡社新書)/平凡社
「オペラでわかるヨーロッパ史」を読了。本書は、オペラを題材に、ヨーロッパの歴史や社会背景を、濃密に記述している。著者の博識さが伝わってくる名著である。本書を読めば、オペラを深く楽しめるだろう。
イタリアはオペラ発祥の地であり名作も多い。著者はシチリアの歴史を、ヴェルディの「シチリアの晩鐘」、「カヴァレリア・ルスティカーナ」を題材に説明する。イタリアは北部が豊かで、南部は貧しいという南北問題を抱える。特にシチリアはイタリアではないというように、シチリアはイタリアに征服されたも同然で、もともと豊かな北イタリアとは全く性質を異にする。ゴッドファーザーⅢで有名になったマッシモ劇場も征服の象徴で、ロイヤルボックスにはサルデーニャ王家の席で、シチリア人は劇場の蚊帳の外だったという。他に、北イタリアのジェノヴァを舞台にした「シモン・ボッカネグラ」、ヴェネチアが舞台の「二人のフォスカリ」、マントヴァが舞台の「リゴット」、ローマを舞台にした「トスカ」と、オペラを題材にイタリアの歴史を描き出す。それにしても、「二人のフォスカリ」の箇所で書かれているが、ヴェネチアでは総督の権限は制限されており、また政治は貴族・行政は平民という勢力均衡がはかられていたということには驚いた。こうした共和制が15世紀には成立させていたのである。これはナポレオンによって征服されるまで続いたという。また、「リゴット」で小人症の人が登場するが、かつて宮廷では小人症の人がいるのが普通だったという(時には道化師として)。本書で指摘されていて初めて気が付いたのだが、ベラスケスの絵画「ラス・メニーナス」の脇に小人症の人が描かれている。これは小人症の人が、家族同然に扱われていた事実を示しているという。
イギリスを題材にしたオペラとして、ドニゼッティ作曲の「アンナ・ボレーナ」「マリア・ストゥアルダ」「ロヴェルト・デヴュリュー」が紹介されている。名前がイタリア語読みなので分かりにくいが、英語名にすると、アン・ブーリン、メアリー・スチュアート、ロバート・デヴルーである。これはヘンリー8世からエリザベス1世の時代が舞台である。ヘンリー8世はヴァチカンと決別し、英国国教会をつくりカトリックとの軋轢を生んだ人物である。エリザベス1世はスペインの無敵艦隊を撃破したことで知られる。英国史における変革をもたらした時代を舞台にしたオペラを本書は紹介しているのである。アン・ブーリンはエリザベス1世の母で、ヘンリー8世の妃であったが、男の子を身ごもろうと不貞行為を働いたと糾弾され、処刑されている。それを題材に書いたオペラが「アンナ・ボレーナ」なのである。メアリー・スチュアートは、スコットランド女王・フランス王妃としての過去がありながら、庶子であるエリザベス1世には王位継承権がないと再三主張し、挙句に暗殺にまで加担してしまい、首をはねられた悲劇の女性である。彼女の数奇な人生を題材にしたオペラが「マリア・ストゥアルダ」である。ロバート・デヴルーは知名度で前者2人に劣るが、エリザベス1世の側近だったが、反逆の罪で処刑された人物である。
フランス革命は近代社会を欧州にもたらすきっかけとなった非常に重要な出来事で、ヨーロッパ史の転換点といってもいい。しかし、フランス革命を扱ったオペラはあまりないという。有名なのが、紹介されているジョルダーノの「アンドレア・シェニエ」、プーランクの「カルメル会修道女の対話」だという。また、革命後の社会変化を如実に示す作品として「椿姫」を本書は紹介している。アンドレア・シェニエは実在の詩人で、当時急速に普及していた新聞業界においてジャーナリストとして活躍した彼だが、穏健派だったため、ロベスピエール率いるジャコバン派に睨まれて処刑に追い込まれた人物である。「アンドレア・シェニエ」は映画フィラデルフィアでも印象的に用いられたので、名前だけでも聞いたことがある人は少なくないだろう。個人的には気になったのが、「カルメン会修道女の対話」である。フランス革命で尊ばれた理性、これは宗教的な迷信の駆逐を目指した。腐敗したカトリック教会を徹底的に糾弾し、地方議会は教会と縁を切った - フランスで結婚する際に役所で結婚が可能となったのは革命のおかげである。「カルメル会修道女の対話」は革命のさなか、修道士・修道女が追い詰められていく様子が詳細に描かれているという。尚、カルメル会の悲劇は実話だという。
こうしたフランス革命の悲劇の後の時代を舞台にしたのが、ヴェルディの「椿姫」である。今でこそ人気作品であるが、主人公の女性は高級娼婦のため検閲で問題となり、おまけに準備不足の初演で大ブーイングだったという。「娼婦が主人公なの?」と思うかもしれないが、「ドゥミ・モンデンヌ」というパリ裏社交界で活躍した娼婦のことで、売れっ子は年間数億円を浪費し、貴族さながらの生活だった。椿姫のモデルは自在のマリーという人物で、田舎の寒村出身で「妾奉公」に出された人物である。しかし、公爵の目に留まり、社交界でのマナーを身につけ、ドゥミ・モンデンヌの頂点に君臨し、伯爵と結婚するまでになる。当時のスターピアニストのF.リストとも恋愛関係があったともいわれる。マリーのような高級娼婦は劇場に出入りし、新興のブルジョアたちに顔見せをしたという。そして、桟敷に椿を置き、白い椿は予定がなく、赤い椿は予定ありとして“営業”していたという。
オペラとヨーロッパ史を濃密にまとめた一冊で本当に良書。オススメである。ただ、「あとがき」で、最近の安保反対デモや、検閲の話に触れており、興醒め。著者の言いたいことは分かるが、本書の「あとがき」としては不適切である。