新潮社は9月25日、月刊誌「新潮45」の休刊を発表した。部数が低迷したうえ企画の厳密な吟味や原稿チェックがおろそかになり、杉田水脈衆院議員を擁護した特集で、LGBTに対する「偏見と認識不足に満ちた表現」を用いたことなどから、休刊を決めたという。-- BUZZ FEED

 

LGBTの人々には生産性がないと論じる杉田議員の論稿をきっかけに炎上していたが、新潮45だが事実上の廃刊になった。杉田議員の主張に対し批判が集まっていたが、それに反論する特集を掲載したが、あまりにも稚拙なヘイト的な内容で、「あまりに常識を逸脱した偏見と認識不足に満ちた表現が見受けられました。」と代表取締役が声明を発表するまでになった。

 

10年前は4.2万部も売れていたが、いまでは1.6万部しか売れていない。たった10年で6割も売り上げが落ちている。雑誌単独では赤字のため、部数を伸ばそうと過激な特集を組んだところ、あまりの粗雑さに休刊になったという運びである。要は炎上商法に出たが、燃料投下が過多で、爆破して木端微塵になってしまっただけだ。一部識者が言論の自由云々と高尚な議論をしているが、部数低迷で廃刊はカウントダウンだったわけだから、死期が早まっただけに過ぎない。

 

当該雑誌で、小川榮太郎氏は、「SMAGとは何か。サドとマゾと尻フェチ(Ass fetish)と痴漢(Groper)を指す。私の造語だ。ふざけるなという奴がいたら許さない。LGBTも私のような伝統保守主義者から言わせれば充分ふざけた概念だからである。満員電車に乗った時に女の匂いを嗅いだら手が自動的に動いてしまう、そういう痴漢症候群の男の困苦こそ極めて根深ろう。再犯を重ねるのはそれが制御不可能な脳由来の症状だという事を意味する。彼らの触る権利を社会は保障すべきでないのか。」と書いている。

当然批判を集めているが、彼は「一部を切り抜いている、愚劣な誤読」だと反論している。しかし、(これが反論になっているかはおいておいて)作家であれば、執筆に際して、読み手の存在を意識すべきであり、誤読を誘発する表現をするべきではない。たしかに、この箇所をもって「小川氏が性犯罪を扇動している」と主張するのは誤読だ。これは、痴漢する権利を保障しろという意味では当然なく、真意は、痴漢する権利の保障がされないのと同レベルで、LGBTという”ふざけた概念”も保障されないということだ。しかし、痴漢は加害者・被害者がいる犯罪であるが、LGBTに被害者は存在しない点で全く性質を異にする。LGBTを犯罪行為と同列で議論するのは暴論である。小川氏は「伝統的保守主義者」と自称しているが、日本が同性愛を忌避するのは明治以降で、それ以前は同性愛だけではなく、夜這い等もあり、性に対して寛容な社会だった。その点についてどう認識しているのだろうか。

 

問題なのはこんな幼稚な主張が、日本の論壇雑誌に掲載され、一部の人から評価を受けてしまう日本社会の知的劣化である。こうした過激な主張を生み出しているのは、日本の閉塞感だろう。日本はこれから少子高齢化で衰退の一途だ。中国はすでにGDPで日本の2倍以上の大国になり、一人当たりGDPではシンガポール・香港に抜かされ、韓国が猛追してきている。2030年にはインドにGDPで追い抜かれ、インドネシア・ブラジル・メキシコも迫ってくる。悲観的予測では2050年には日本のGDPは第8位にまで落ち込む。大学ランキングでは日本の大学のランキング低下が止まらない。すでにメキシコに人口で追い抜かされ、トップ10から脱落し、かつて世界第5位を誇った人口大国としての地位低下も甚だしい。

 

日本人の自信喪失を安易に回復する手段は、攻撃対象を見出すことだ。韓国人・中国人への批判はもちろん、LGBTなど少数派も攻撃しやすい。ナチス・ドイツが、ユダヤ人への嫌悪感情を利用したのと同様だ。昨今の「安倍一強」をもって「戦前の日本のようだ!」という人がいるが、しかし、心配はいらない。日本は暴走できるほど人口的な余力がない。徴兵しようにも十分に若者がいないし、徴兵を実施するほど財政的な余裕はない。今回の一件が示しているのは、日本は経済停滞だけではなく、知的も劣化しているという老体国家の悲劇的な現状である。

 

 

法務省は11日、2018年の司法試験に前年より18人少ない1525人が合格したと発表した。3年連続減となったが、政府が年間目標とする1500人は上回った。合格率は3.25ポイント増の29.11%と2年連続で上昇。法科大学院を修了しなくても受験資格を得られる予備試験組の合格者は過去最多を更新し、合格者全体の2割を超えた。 受験者数は前年比729人減の5238人。現行試験に一本化された11年以降で最少だった。 合格者の内訳は男性1150人、女性375人。平均年齢は28.8歳、最年長は68歳、最年少は現行試験で最も若い19歳だった。 法科大学院を修了した合格者が64人減の1189人(合格率24.75%)だったのに対し、予備試験組は46人増の336人(同77.6%)だった。-- 日経新聞

 

司法試験が合格発表された。合格者の方には拍手を送りたい。不合格の方は来年に向け、または新しい進路に向けて頑張ってください。私は一区切りつけていまの会社は辞めてカナダに行ってきます(ブログ分けてました:「ソクラテスのカナダ留学記」)。

 

政府の「1500人合格目標」の亡霊のおかげで合格者は1500人を超えて、合格率は29%と歴代4位の高さ。予備試験経由が2割を占め、合格率も予備試験組が最も高い。19歳合格者も出て、もはや法科大学院は無用の長物と化している。

 

それにしても合格率が29%なので高く見えるが、これは認知バイアスの影響がある。認知バイアスは、ある対象を評価する際に、自分の利害や希望に沿った方向に考えが歪められたり、対象の目立ちやすい特徴に引きずられて、ほかの特徴についての評価が歪められる観察者の心理現象のことだ。統計学などでよく問題になる。

 

例えば認知バイアスの考え方として「レファレンス・ポイント」がある。レファレンス・ポイントとは参照点のこと。レストランでグラスワインが800円・1000円だと、800円を選ぶ人が多いが、800円・1000円・2000円の3つだと1000円を選ぶ人が増える。参照する数値により決定は左右されるのだ。

 

他にも「フレーミング効果」も有名だ。フレームとは枠組みのこと。「70%成功する手術を受けますか?」と聞くと、手術を受けるという人が多いが「30%が失敗する手術ですが受けますか?」と聞くと、手術を受けたくないという人が多くなる。確率は同じだが、質問の枠組みによって、返答が変化するのだ。人間の意思決定は合理的ではない。


今回の司法試験の合格率上昇を受けて、法科大学院進学という非合理な意思決定をする人が増えることが心配だ。旧司法試験が2%、新司法試験でも合格率20%程度だったので、約30%合格というと合格率が高そうに聞こえる。これはレファレンス・ポイントが2%や20%の低い水準にあるからだ。もともと政府目標は80%合格だったと言われれば、30%はやたら低く聞えるだろう。「旧司法試験時代は50人に1人しか合格できなかったところ、現在は、3.4人に1人が合格できます」と言われれば、高く感じる。しかし、フレーミングを変更し「大学卒業して2~3年も法科大学院に通った人たちが10人受けても7人が不合格する試験です」と言われれば、リスキーな試験と感じられるだろう。

 

法科大学院進学にかかる学費及び進学しなければ得られたであろう所得など金銭的なデメリットは大きい。司法試験は10人中7人が不合格だ。就職難はひと段落したようだが、新米弁護士の所得は300万円程度であり、2030年に弁護士は5万人規模になり、今後食っていける保証はない。それに勉強ばかりしている人が多く、司法試験に落ちて民間に行く場合に、民間就職で不利になる場合が多い。10代後半~20代中盤まで司法試験の勉強に投資するのはもったいない。リスクは冷静に分析すべきだ。

 

司法試験は、予備試験経由で目指すか、法科大学院経由の場合はずば抜けて優秀で司法試験上位合格できる自信がある人か、司法試験に合格しかつ一芸ある人(語学堪能・親が有力政治家とか)にしかおすすめできない。

 

全体の合格率は29%だが、予備試験が合格率を釣り上げているだけだ。一橋・京大・東大の法科大学否は受検者の半分が合格しているが、名古屋大30.5%・東北大27.3%・北海道大21.3%など地方旧帝大も10人中7~8人が不合格で厳しい結果だ。旧司法試験では司法御三家だった名門 中央大は、23.2%にまで合格率が落ち込んでいる。学部受験だと上位校といえど法科大学院となるとボロボロだ:新潟大0%・横国大3.4%・金沢大3.6%・関西大6.3%・立教大10.5%・関学大10.7%・立命館11.4%・明治12.3%・筑波大13.2%・青学大14.6%・上智大14.8%・千葉大15.2%。※合格率はシュルツさまのブログにあったのを参照した(HP)。

 

政府はいい加減に法科大学院制度の失敗を認めて、司法試験の受験要件を撤廃すべきだ。

財政がやばいという割には、こうした税金の無駄が止まらないのはなぜだろうか。

 

認知バイアスについて知りたい場合は、一般向けの本も多く出ているので参考にどうぞ↓↓

 

 

 

行動経済学入門 行動経済学入門
2,592円
Amazon

 

 

最近ずっとブログ更新できていなかったのですが、ちゃんと生きてて、ブログのことも忘れてないです。笑
更新できていなかったのですが、この前行った金沢旅行についてまとめます!
 
◆近江町市場
勝手に魚市場だと思っていたが、「金沢の台所」なので、お肉屋さん等、いろいろとある。
海鮮が人気で、殻付きウニとか大きな牡蠣とかの立ち食いも人気。意外と外国人も多かった。

 

◆二十一世紀美術館

無料ゾーンも豊富なので、正直、無料ゾーンだけでも楽しめると思う。写真は、ヤン・ファーブル作品「空を測る男」。ただ有名なプールの中に入ったりしたいなら有料ゾーンに入らないといけない。2つある有料ゾーンも入ったが、展示は「起点としての80年代」・「アイ・チョー・クリスティン 霊性と寓意」だった。アイ・チョー・クリスティンは初耳だが、インドネシア出身のモダンアーティスト。音声ガイドもないので難易度高い。「Don't think ! Feel!」(by ブルース・リー)だろうか。

 

 

◆金沢城

城内はそんなに観るところないので、門までで十分。

あとは兼六園に時間を使いましょう。ただ、今回は灼熱のため兼六園は断念・・・。

 

 

◆金沢城 鼓門

金沢城の門はフォトジェニック。釘を使っていないらしい。

金沢は能が有名なので「鼓」をモチーフにした門を造ったとか。

 

 

◆武家屋敷跡 野村家

前田家に仕えた野村家の屋敷。あまり期待していなかったが、庭園があまりにも素晴らしい。

茶室のスペースでは庭園を眺めつつ、お茶を楽しめる。おそらく何時間でも観てられる。

これが”侘” ”寂”だ。

 

 

◆武家屋敷跡 路地

江戸時代の趣がある。路地にお店があるが、風情があってとても良い。

九谷焼とワイングラスを合体させた「鏑木商舗」が素晴らしかった。いつか購入したいなぁ。

老舗ってやはり店員さんの対応も丁寧。

 

 

◆東茶屋街

金沢で最も有名な観光地ですね。明治初期の茶屋様式らしい。

カフェやランチやっているお店も多いので昼間でも楽しめる。

夜は夜で、観光客向けの座敷遊びなどをやっているらしい。

 

 

◆東茶屋街 懐華楼

黄金の茶室がなんとも見事。金沢最大の茶屋らしい。入場料かかるがおすすめ。

 
宿泊したのは駅近の「ホテル日航金沢」だったが、観光地からは離れているので、迷っていたもう1つの「金沢東急ホテル」の方が良かったかなぁ。それかクラシックホテルの「金沢白鳥路」でもよかったかもしれない。まぁ、一長一短ではあるのだが。
 
でも想像以上に金沢は良かった。46万の人口の割りには都会で洗練されているが、加賀百万石の歴史と文化の賜物だろう(ちなみに、明治期は日本の五大都市だった)。観光客慣れしているのか、店員さんも全般的に対応良い。新幹線開通で人気が高まっており、ハイアットグループの高級ラインのホテルも進出するらしい。今後の発展に期待だ。

 

どうでもいい報告ですが、「NAVERまとめ」をはじめました。実は数年前にアカウント作って3つぐらいまとめ作成して放置してて、この前みたら2~3年で900円ぐらいのインセンティブ発生してて(笑)、ちゃんとやれば月に数千円でも稼げる?と思い、小遣い稼ぎのため再開決定 ★

 

俺のまとめ ⇒  so_aoiさん

※ハイパーリンク貼ってあります。so_aoiがユーザーネーム☆

 

なんかポイント制になっており、単純に閲覧された件数(PV)でインセンティブが決まるわけではないみたいで、100万PVで1万円の人や、4万PVで2000円(計算上は20万PVで1万円)の人などマチマチ。

※PV=ページビュー数

 

いろいろ調べたのですがよう分からんかった、とりあえずまとめ記事を次々UPしまくればいいんでしょ?、趣味がてらカナダいっても1日1まとめぐらいを上げていくつもりです。

 

ちなみに、テキトーに記事を上げて、アクセスが伸びると言われていたニュース系はあまりPVが伸びない。学歴ネタタも一切伸びない。意外と「映画」「ピアニスト」「海外旅行」系の記事のPVが好調!あんま競合がいないのと、ユーザーの属性的にそういうのが好きな人が多いんでしょうね。マーケティングやってるみたいで凄い面白い(笑)。社会勉強も兼ねてまとめ記事アップしていくので、ぜひ良ければどんどんアクセスしてみてください。

自民党の杉田水脈(みお)衆院議員(比例中国ブロック)が月刊誌への寄稿で、同性カップルを念頭に「彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がない。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか」と行政による支援を疑問視した。人権意識を欠いた記述だと批判が上がっている。-- 朝日新聞

 

自民党の杉田議員が、同性カップルは子供を産めないから生産性が無く、故に税金投入することは合理性が無く、「『常識』や『普通であること』を見失っていく社会は『秩序』がなくなり、いずれ崩壊していくことにもなりかねません」などと主張し、問題になっている。

 

はっきり言って、もはや人権議論を数十年間巻き戻すほどの低レベルで浅薄な主張だと言わざるを得ない。同性愛者は子供を産まないから生産性が低いと言うならば、不妊症の女性への税金投入も正当化できないし、独身者への行政支援も合理性が無い。生産性でいえば身体障碍者は生産性が無いから、障碍者支援も行う必要性が無い(それどころかいない方がいい)。これらの発想はナチスと同じで、人間の存在に生産性だとかの実益を要求すると、政府にとって益が無い存在は、存在する論拠がなくなってしまう。合理性を追求した結果、全体として非合理な結果を生じさせた事例は歴史を振り返れば枚挙に暇がない。

 

ちなみに、同性婚を認めていない日本の合計特殊出生率は1.44に過ぎないが、多様なカップルに法的権利が認められるフランスは1.96、スウェーデン1.85、ノルウェー1.72、オランダ1.66、カナダ1.6と、日本より出生率が高いという事実は指摘しておかねばならない。

 

人類が世界大戦やその後の歴史を通して学んだことは、人間の存在はそれ自体が至高であるという事実である。カンボジアのクメルルージュや中国の共産党は、知識人を追放し、虐殺したが、結果的に国家を衰退させることになった。ナチスも合理的にユダヤ人抹殺を正当化し、効率的にユダヤ人を虐殺したが、ドイツは今後永遠に続く歴史的な負い目を持つことになった。ある時代のある政府にとって無益な存在の追放が、時代をまたいでその合理性を保つ保証などどこにもない。一定の属性を持つ人間を排除・排斥・否定することは、長期的にみれば国家にとってマイナスの選択である。人間存在の至高性に、生産性なる概念を持ち込むこと自体がナンセンスなのだ。

 

「それはLGBTの問題でしょ?」と他人事でいることは危険だ。あなたの属性(職歴・学歴・政治信条・宗教信条・人種・家庭環境等)のどれを理由に迫害がはじまるのか、それは分からない。この一定の属性の否定・追放・迫害はいつでも拡大し得るのだ。

 

ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった 私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき 私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった

-- マルティン・ニーメラー

 

しかし、一方で、「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」(ヴォルテール)という名言に代表されるように、主張する自由はあると考える。故に、杉田氏が上記のようなナンセンスの主張を勝手にするのは自由だ。だが、ときの知識人は、杉田氏の時代遅れでナンセンスな主張を、完膚なきまでに論駁しなければならない。議論をまき戻さないように反論するのは、教養ある知識人の役目だ。そして、政権与党である自民党は、彼女を除名すべきだ。彼女を政権与党の議員にしておくことは、日本国の政権与党である自民党が杉田氏の異常な主張を許容しているということであり、国際的なイメージの低下につながり、国益を損するからだ。こういう場面では野党がその役目を果たすべきだが、野党にその能力があるか疑問だ。野党の機能不全と、自民党の暴走は、日本を順調に衰退させていく。野党はこういう時こそ、その真価を発揮すべきである。