エルメスといえば欧州を代表するラグジュアリーブランドである。そんなエルメスの歴史の漫画が本書である。結構、歴史的背景なども調査の上で書かれており、また、エルメスの5代目会長に就任したジャン・ルイ・デュマ・エルメスが冒頭にコメントを寄せているからエルメス公認の本である。
エルメスのロゴはル・デュックという型の馬車と従者であるが、これはエルメスがもともと馬具職人からスタートしたからだ。アルフレッド・ド・ドルー(1810年~1860年) 『四輪馬車と従者』という絵画がベースである。当然、当時において馬車に乗れるのは貴族や富裕層のみであるから、エルメスのターゲット層はそうした上流階級であるのだ。創業者のティエル・エルメスはユグノーの家に1801年にドイツで生まれたが、当時はナポレオン統治下であったのでフランス国籍があったそうだ。孤児となるもパリに上京し、馬具職人になり、その製品の良さで認められていく。ちなみに、私も知らなかったのだが、馬具よりも鞍職人のほうが上だそうだ。パリで金賞を得た上で鞍も販売するようになったそうだ。ベルエポックの文化の爛熟した時期、馬車はパリで8万もいたそうだから馬車関連の製品は巨大市場であり、エルメスは確固たる地位を築いていく。
三代目のエミール・エルメスが商才があったようでロシア皇帝御用達にまで上り詰める。しかし、車の普及もあり、馬具や鞍のメーカーとしては限界があった。ちょうど当時、第一次世界大戦があり、軍用品のレザーの調達のためにカナダに渡ったエーミールはファスナーを目撃し、これを使って鞄をつくることを思いつく。レザーのラグジュアリー感を湛えつつ、馬具の縫製技術を用いて鞄をつくったことで頑強であり、かつファスナーという斬新な機能美を備えた鞄がここに誕生したのだった。意外なことに特許まで買い取ってファスナーはエルメス式とみなされるほどだったという。その後、シャネルにファスナー技術を提供したそうだ。現在、女性のスカートにファスナーがつけられているのはこれがきっかけだという。そのほか、懐中時計のチェーンをレザーにしたことで、腕に巻きつけられるようになり、腕時計が誕生したり、ショーウィンドウの展示も斬新なものにして、「ウィンドウ劇場」が誕生したりと、エルメスの革新性には驚かされる。
エルメスといえば「カレ」というスカートが人気だが、これは偶然にもショーウィンドウを観たマルセル・ガンディが、自社のプリント技術を売り込んで誕生したという。もともとの木版プリントでは精密なデザインのプリントに限界があったが、それをマルセルのシルクプリントはより緻密なデザインのプリントを可能にしたのだった。エルメスの非常に繊細なスカーフのデザインはここにはじまる。また、エルメスでは女性向けの「ケリー」という鞄が有名だが、グレース・ケリーに由来する。「ケリー」という名称は、四代目のロベール・デュマがモナコに電話までかけて了承を得たそうだ。
エルメスが今日においてもブランド力を維持しているのはライセンス品の氾濫を認めなかったからだ。ピエール・カルダン、ディオール、サンローランなどはライセンス品で儲けたが、エルメスは一貫して自社での製品づくりにこだわっている。これが「エルメス神話」を支える伝統である。
エルメスがやたらと高価なのはファミリービジネスであり、大量生産ができないためである。しかし、高品質なだけではなく、様々なアイディアを柔軟に取り入れ、革新的なアイディアによって成長してきたことが分かる。そして、エルメス・インターナショナルは2018年のCAC 40指数の銘柄にも選ばれているから、そのビジネス的な成功には目を見張るものがある。神話を維持しながら、斬新なアイディアを取り入れて顧客を魅了するビジネスはなんとも見事である。フランスのレガシーとして存続するだろう。
ただ、個人的にはエルメスを買うことは一生ない気がしている。(買えないひがみもありつつ)結局、エルメスはそのオリジンからして純粋に上流階級向けであり、たとえお金に余裕があっても、当方のような庶民が購入するのは気が引けるのである。やはり当方はアメリカ的な合理性が好きなので、エルメスほどのラグジュアリー感は経済合理性の視点から要らないなと思ってしまう。そういうところを超えた領域に真の「贅沢」があるのだろうが、悲しいかな当方のような平々凡々な輩にはなかなか縁を見出せない。
