ファッションブランドのルイヴィトン、クリスチャンディ・オール、セリーヌ、ロエベ、フェンディ、時計メーカーのタグ・ホイヤー、アルコールのモエ・エ・シャンドンなどは一つのグループを形成している人はあまり多くない。これらは「LVMH」グループを形成している一ブランドである。LVMHは、6兆円を超す巨大ラグジュアリーコングロマリットを形成している(LINK)。
日本ではラグジュアリーブランドの神話ばかりが伝わってきており、欧米の華やかな上流文化へのイメージばかりが先行しがちだ。ラグジュアリーブランド各社のビジネス戦略はおろか、米国のブランドと、欧州のブランドも区別もろくにない。機能的で合理性を備えた米国のCOACH、マイケル・コース、カルバン・クラインと、出自からして上流階級向けの欧州のルイ・ヴィトン、プラダ、ロエベとは社会的かつ歴史的な脈絡で差があるが、あまり意識されない。これの理解には歴史的かつ社会学的な背景知識が必要だが、無知蒙昧な大衆は知る由がない。
大衆が好むのはラグジュアリーブランドの持つステータス性である。そもそも経済的価値(金銭的尺度)のみでブランド価値を図るのは浅はかで無教養だが、それが階級社会意識の希薄な東アジア圏では広く受け入れられている。ファッション性でいえばパリコレをみていち早く模倣するファーストファッションでもいいはずだが、あえてラグジュアリーブランドが求められるのは、そのステータスにあろう。
日本ではGHQによって皇族が縮減&華族制度が廃止されたことで上流階級が瓦解し(日本が統治していた台湾・韓国も同様)、中国は共産党支配で文化大革命による混乱を通して上流階級は崩壊した。中国は世界第2位、日本は世界第3位の経済力を誇る巨大マーケットであるが、このような背景で東アジアはその市場性ながらラグジュアリーブランドを受容する土壌があるのである。また、「面子文化」でウェブレンのいう「顕示的消費」行動が起こりやすい。
本書はラグジュアリーブランドのビジネス性に気が付いたアルノーを主軸に、「LVMH」の歴史的背景からビジネス戦略までをまとめている。ラグジュアリーブランド業界は欧米が主軸であるが、欧米のラグジュアリーブランド戦略を知りたいのであれば入門書として良いと思う。著者はブランド戦略で有名な早稲田大の長沢伸也教授である。
それにしても驚かされるのは「LVMH帝国」を築いたアルノーの先見の明である。彼はいち早くラグジュアリーブランドがグローバルな巨大市場になると見抜いていた。ちなみに、ベルナール・アルノーは不動産業を営む富裕層家庭に生まれ、フランスのエリート養成校のグランドゼコールを卒業したエリートである。2019年には一時的に10兆円を超す資産で世界1位にもなった、とんでもない超がつく大富豪である。奥さんはカナダ出身のピアニストで、本人もピアノを嗜み、美術やワインにも造詣が深く、テニスも上手だそうだ。
アルノーは、アパレル業界は未踏だったが、足掛かりにディオールを買収する。その際にディオールの親会社ごと巨額で買収しているから驚かされる。LVMHはセグメント毎に主要ブランドを次々と買収しており、アルノーは「カシミヤを着た狼」と言われている。もともとヴィトンは時計が展開できなかったが、タグホイヤー等を買収したことで技術を手に入れてヴィトンの時計を展開できるようになっているという。宝飾ブランドではカルティエを保有しているが、ついにティファニーも最近傘下におさめてニュースになった。
興味深いのが、ヴィトンといえばいまでこそ世界的に人気ブランドであるが、ヴィトンはもともとはフランスに二店舗しかないファミリービジネスの会社だったが、秦郷次郎(慶大卒・ダートマス院MBA)の助言で経営を合理化し、また日本市場に参入し大成功をおさめ、そのモデルを他国にも適用し、世界ブランドになったという。一時期は日本でのヴィトンの売り上げが、全体の4割を占めるほどだったというから日本市場がヴィトンに果たした役割は大きい。ヴィトンは草間彌生や村上隆とのコラボレーションなど、直近でも日本人アーティストのコラボが多く、日本とのゆかりを感じる。そもそもモノグラムやダミエも日本の家紋や市松模様がベースと言われている。ちなみに、LVMHが保有するブランドのうち、非欧州唯一のブランドが故 高田賢三のKENZOである - なお、高田氏は2020年10月に新型コロナで亡くなっている(冥福をお祈り申し上げる)。
それにしてもやはりファッションブランドの創業者の名前は永遠に生き続けるが、その後継者選びはやはり重大な問題である。LVMHではないがグッチを蘇らせたトム・フォード、LVMHのセリーヌを若返らせたマイケル・コース、同じくLVMHのディオールの後継者イブ・サンローラン等、後継のデザイナーに恵まれたブランドもある一方で、名門ジバンシィの後継者はガリアーノにアレクサンダー・マックイーンとすぐに他に移籍してしまった。
知らなかったのだが、いまでこそケリンググループの中核をなすグッチだが、LVMHに買収されそうだったそうだ。本書はLVMHのグッチ買収の様子を事細かに描写しているが、名誉棄損で訴えたりとなかなかの泥沼の買収劇だった。結局、買収は逃れたが、そもそもグッチは創業家一族の内紛で暗殺まで起きて、投資ファンドにターゲットにされたこともあり、ほとんど破綻寸前だったというのは、いまからでは想像できない。
巨大コングロマリットになるメリットはなんといっても財務の健全性にある。あるセグメントのブランドの売り上げが落ちても他のセグメントの売り上げが良ければカバーできるという点で、財務上のポートフォリオが組める。また、百貨店や店舗戦略においても、また広告戦略においても巨大コングロマリットは、その売上高を武器に強大な交渉力を有する。LVMHが全ブランドを撤退させると脅して、抗える百貨店やファッション雑誌はないだろう。他にも各ブランドが相乗的に技術を補うあうことも可能だし、流通においても規模の経済が働く。エレガントにみえるラグジュアリーブランドも資本主義の市場でいきるアクターであることを忘れてはいけない。

