「いきなり!ステーキ」が実績を発表したが(LINK)、2021年4月の売上は前年同月比7.9%減、客数は3.5%増、客単価は11.0%減、店舗数は4月に4店舗減のようだ。さらに経営が悪化していることが分かる。単に批判しているだけと思われたくないので、本日食べた「いきなり!ステーキ」が推しているウルグアイ産ステーキの280gの写真をのっけておく。コロナ禍だが月3~5回はいっていて、自分でいうのもなんだが私は客単価も高いので論評してもバチはあたらないだろう。ウルグアイ産ステーキは肉塊で見栄えは良く、噛み応えもあるが、ちょっとスジとかも多くて、肉の味的にもあまり好みではなく1回食べればいいかなって感じでした。

 

それにしても10店舗限定で行なっていた値下げをさらに25店舗拡大するなど安売りが止まらない。しかし、「売上=客単価×客数」だから客単価を下げる場合、客数を上げないといけないが、コロナ禍では難しいし、アルコール提供ができないので、依然指摘した「ちょい呑み」の店としても価値はない。以前指摘した通り、古参の顧客を冷遇した単なる低価格路線はコロナ禍では悪手でしかないということだ。

 

ちなみに、肉マイレージ制などを凄まじく改悪し批判が殺到したことを反省して、一部のみ改善している(LINK)。「gマイレージ」でプラチナ、ダイヤモンドにランクアップするとランクダウンはなくなった(1年で1回も利用がないと失効のようだが)。ただ悪いニュースは駆け巡るが、改善ニュースは報道されないから、このニュースを知らない人が大半だろう。顧客の信頼を裏切って堂々といきなり改悪するのはセンスがない。改悪はやるなら徐々にというのが正攻法だが、後の祭りである。古参の客の裏切られたという失望感は払しょくできない。

 

というわけで、緊急事態宣言も延長で売上が回復するわけないので、このままだと倒産コースである。真摯な経営改善を一消費者として求めたい。

 

ピアニストの三浦謙司氏のピアノコンサートに行ってきた。2019年のロン・ティボー・クレスパン国際音楽コンクールのピアノ部門で優勝して話題を集めた。マンハッタン国際音楽コンクール金賞、Shigeru Kawai国際ピアノコンクール第1位、スタインウェイコンクール(ベルリン)第1位であり、実力は折り紙付きだ。ただ浜松国際ピアノコンクールでは奨励賞にとどまっている。コンクールは本人の体調の問題もあるし、曲目や審査員の好みもあるのでかなり水物なのだ。ちなみに、三浦氏と同じ時に浜松国際ピアノコンクールに出場し第5位だった務川慧悟はロン・ティボーでは三浦氏に次ぐ第2位だったというから、この順位付けの難しさを物語っている。務川慧悟は、阪田知樹と共にエリザベート王妃国際音楽コンクール(ピアノ部門)でファイナリスト6人に残っているので健闘を祈りたい。有望な日本人音楽家が多く出ていることは喜ばしいことだ。

 

プログラムは次の通りだ。
(前半)

シューベルト:「4つの即興曲集」 D.899より 第3番 変ト長調
プーランク :「15の即興曲」より
・第7番 ハ長調
・第12番 変ホ長調 “シューベルトを讃えて”
・第15番 ハ短調 “エディット・ピアフを讃えて”
ショパン:即興曲 第1番 変イ長調 op.29
ショパン:即興曲 第2番 嬰ヘ長調 op.36
ショパン:即興曲 第3番 変ト長調 op.51
ショパン:幻想即興曲(遺作) 嬰ハ短調 op.66

(後半)
シューマン:アラベスク ハ長調 op.18
ドビュッシー:2つのアラベスク
リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178/R.21

 

それにしても登場して早々思ったが、趣味がボクシングというだけあってガタイがいい。SNSによるとウイスキーが好きらしく、哲学も好きらしいので、なんとも渋い。それにしても髭を生やして貫禄たっぷりだが、プロフェールをみて私より3歳も年下という事実に衝撃を受けてしまった。

 

そんなことはおいておいて演奏についてであるが、シューベルトの演奏はまるで詩人が黄昏に詩を吟じるようで、詩的な雰囲気がとても良い。全然イメージと違った。次のプーランクの演奏はどれも洒落てて素敵。“エディット・ピアフを讃えて”は繰り替えしが多いが、色彩豊かに展開性をもって演奏していてとても良い。ショパンの幻想即興曲は若干ミスタッチが目立つが、内声を意識した演奏がポリフォニックで面白かった。シューマン・ドビュッシーのアラベスクも渋みの中にある華麗な音色で楽しめた。リストのソナタも力強く物語性をもってまとめあげていた。

 

それにしても全体的にどこか思索的で孤高の感じもするが、選曲的にも明るくポップな感じも好きなんだろうなという感じ。この明と暗の対比が彼の演奏で興味深かった点かもしれない。若いがすでに独自の世界観があるようで、抒情的だが、かといって繊細過ぎず、芯の有る力強い音だが優しさがある。彼の演奏は大ホールではなくて小~中ホールでじっくり聞きたいタイプ。ただピアノの問題だが、個人的にはもっとクリアで透明感のある音が好きだったかなぁ。彼はマイペースに独自の世界観を極めていって、コアなファンを持つピアニストになるのだろうなぁと思った。

 

ピアニストの故中村紘子がエッセイではまっていると読んで観よう観ようと思っていたドラマ。もう10年前のドラマだがいまさら観てハマってしまった。映画版を先に観たがなかなか良かったが、ドラマのほうが格調高くて良い。ファーストシーズンは短いが結構いろいろ展開があって楽しめた。第2シーズンも楽しみだ。

日本は「総中流社会」という神話があるが、日本は江戸時代までは歴然とした身分社会で、明治時代にも華族制度が成立し、1000を超える一族が華族に叙せられていた。華族制は戦後にGHQによって廃止され、莫大な財産税を課されて没落し、日本の上流階級は解体され、高度成長期に誰でも努力で出世できるという神話が生まれた。ただ実際は半世紀前でも東大生の7割は元士族の家柄など、見えないながらも階級格差は残っていた。努力でなんとかなるという神話は、文化資本・社会関係資本・遺伝的特質などをあまりに軽視している。上位の男子校にある質実剛健の校風は士族階級が多かったことの名残りだろう(とはいえ、旧華族といっても、出自は多様であって、公家から華族に叙せられた公家華族、藩主等の武家から華族となった武家華族、臣籍降下した皇族から華族となった皇族華族、神職や僧侶から華族となった忠臣華族・奈良華族、明治維新にて勲功のあった勲功華族などがいた(LINK))。

 

税金によって財産は奪えても、上流階級の持っている文化資本・社会関係資本などは奪えないものだ。旧華族の子孫は各界でその名残をみることができ、例えば、政治家の安倍晋三・麻生太郎も先祖は旧華族である。皇族が結婚する場合、旧華族家から選ばれるとも多く、常陸宮華子様は元伯爵家、高円宮久子様は元子爵家、三笠宮百合子様も元子爵家、三笠宮信子様も元伯爵家(ちなみに、麻生太郎の妹)である。

 

しかし、英国はまだ貴族制が残っていて1%は貴族として上流階級を形成しているという。高級ブランドの「シャネル」の創業者のココ・シャネルに求婚していた英・ウェストミンスター公爵には子孫がいるが、七代目のヒュー・グローヴナー 公爵は、30歳未満の人間としては世界で最も富裕な人物だったこともあり、総資産は1兆円を超える。もちろん、本ドラマやウェストミンスター公爵ほどの生活を維持できている人は、貴族の中でもかなり稀だろうが、なんかこうした浮世離れした生活って庶民からするととても面白い。

 

ヨーロッパの対比でアメリカはこうした貴族社会がない資本主義の国としてイメージされることが多いが、アメリカの憧憬にあったのはヨーロッパの貴族社会である。それが如実に表れているのが、映画「風と共に去りぬ」である。ただこの作品だと黒人奴隷問題もあって批判も多く、アメリカだと黒人奴隷の待遇を誤認させるとして公的な上映が一部禁止されている。ただ同映画では、白亜の豪邸と、大富豪の白人、黒人メイド、そしてそれを当然に良しとしていた当時の社会の諸相を見事に現代に伝えてくれる。

 

かくいうイギリスも上流階級は前述のとおり一部存続していても相当に弱体化しており、王室廃止論もある。そうした上流階級の衰退を描いたのが、ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロの「日の名残り」だ(1950年代の上流階級に仕える執事が主人公)。ダウントンアビーの描く世界の数十年後である。ここらへんの世界観の変貌と、映画・ドラマ・小説での描かれ方の変貌は興味深いが、歴史に疎い人だと楽しめないかもしれない。

 

人類の発展速度は急速といわれるが、このダウントンアビーの描く世界が100年前で、電話が敷設されて珍しいという様子が描かれるシーンがあるが、それから100年程度でスマートフォンで動画視聴から金融取引まで何から何までできるというから驚きである。世界最高齢の日本・福岡の田中さんは、118歳だからどちらの世界も知っていることになる。ほんと時代の変化には驚かされる。

 

 

アンソニー・ホプキンス主演作だが、ホプキンスは本作で史上最高齢(83歳)でアカデミー主演男優賞を受賞した。ちなみに、本人は受賞すると思っていなくて受賞会場にはおらず家で寝てたそう。当初の予想だとチャドウィック・ボーズマンが受賞を有力視されていたが彼は急逝。結果的にホプキンスが、故人ボーズマンを出し抜いた感が出てしまったのは気の毒だった。ボーズマンが受賞していれば、故人の俳優としては3人目となるはずだった(故人のノミネートとしては7人目)。

本作は認知症に関する作品だが、そういう作品は、認知症を発症した本人を取り巻く家族の目線で描かれることが多い。しかし、本作のユニークな点は、認知症の主人公の観ている世界を追体験させてくれるところにある。これは脚本と映像のマジックであり、多くの人は最初は混乱するだろう。かくいう私も最初のほうはかなり混乱したし、「一体どうなっているんだ?」と思ったが、認知症の人からみれば、それが日常である。私も痴ほうになったらこうなるのだろう。しかし、主人公は認知能力こそ衰えているが滔々と語る。そんな主人公がラストに語るモノローグは胸に来る。彼はどこまでも記憶の中で生きているのだ。個人的には泣けなかったのだが、映画館では泣いている人も結構いたので、刺さる人には相当かなり刺さる作品だと思う。

それにしてもアカデミー作品賞の「ノマドランド」も音楽はエイナウディだったが、本作も音楽を手掛けているのは彼だ。彼のクラシック音楽ベースのミニマルミュージックが観客の感動をほどよく掻き立てる。エイナウディが音楽担当なかったとしたら映画の印象もかなり変わっただろう。

 

グザヴィエ・ドラン監督の映画「マザー」で印象的に使用されたエイナウディの「Experience」

 

★ 3.9 / 5.0

 

 

私たちが何気なく使っているものの大半は「化学」の研究成果のたまものである。そうした歴史を化学という切り口で描写したのが本書だ。本補は、物質とは何か?という根源的な問いかけをした古代ギリシャから、人類は金属、アルコール、薬、麻薬、石油、そして核融合まであらゆる発見を活かして文明を発展させてきた人類の成果をリマインドしてくれる。社会人の教養としてもいいし、読みやすいので中高生とかに化学について興味を持ってもらう導入本としても良いと思う。

 

いくつか面白い話を紹介しよう。アルミニウムはいまでこそ安価であるが、精製できるようになったのは1825年とかなり遅い。当時は相当高価だったのでナポレオン3世は、アルミニウム製食器を大切なお客様のみに使用していた。軽くて輝く金属はパリ万博では黒山の人だかりをつくった。しかし、それから半世紀後に容易な精製方法が発見されて軽金属が幕を開けてアルミニウムは安価な金属となったのだった。アルミニウムの他にも、金属の価値は時代によって変わるもので、古代では銀を取り出すのは難しく金よりも産出量が少なかったため、紀元前3600年前のエジプトでは銀のほうが金よりも2.5倍も高価だった。しかし、その後、銀山の発見や精製技術の確立で、銀の供給が増えて価格は金を下回るのだった。銀は世界史にも影響を与えているが、最も大きな影響を持ったのは16世紀の「ポトシ銀山」の発見だろう。スペインは南米を侵略し植民地化し、せっせと銀を本国に持ち帰ったが、結果的に銀の流通量が増えて銀の価値が下落し、インフレを引き起こし、スペインの産業は国際競争力を失って、かつて世界最強と謳われた強国は没落の道を歩み始める。金属だけとっても大きな影響を世界史に与えていることが分かる。

 

こうしたサイエンスの知識はなんでいるの?と思うかもしれないが、端的に言えば騙されないためである。一時期、「水素水」が売られていたが、水がH₂O(水素と酸素の化合物)だと知らない人が買っていたとしか思えない。特定保健用食品や機能性表示食品として許可、届出されたものは一切なく、独立行政法人国民生活センターの業者へのアンケートだと、水素水の最も期待される効能は「水分補給」だったというから笑える。それは水と何が違うの?

 

他にも政治家の政策の是非も判断できるようになる。小泉進次郎大臣が、プラスチックの原料が石油なのは意外と知られていないとドヤ顔で言って炎上していたが、プラスチックが石油からできていると知らない人は富山県消費者協会・富山県消費生活研究グループ連絡協議会の調査だと16%だから、大半の人は知っているということになる。ご自身にとって意外だっただけだろう。彼の思い付きでレジ袋が有料化されたが、海洋ゴミのうちレジ袋が占める割合は0.3%だからレジ袋を有料化しても海洋ゴミの量にはほとんど影響はない。

 

「NOプラスチック」を絶叫する人は、石油精製時に必然的にできてしまうポリエチレンをどう有効活用する気だろう?自治体によってはプラスチックをごみ焼却燃料にしているが、プラスチックを全廃してしまうと、ごみ焼却の際に重油を混ぜて燃やす必要があるので、CO2排出量は、プラスチックゼロ社会にしても変わらない。昔はプラスチックを燃やすとダイオキシンの問題があったが、ダイオキシン類は有機化合物が塩素の存在下で300~500℃の温度で加熱される時に生成されるので、現在では800℃以上で焼却することとされているので問題ない。つまり、プラスチックは必然的に生成されるポリエチレンの有効活用であるし、プラスチックは回収して燃やしてしまえば問題がないのだ(プラスチックを燃やすことで重油を燃やす量が減るためエコなのだ)。プラスチックの不法投棄が問題なのであって、プラスチックそれ自体は問題ではないのだ。プラスチックのリサイクルはコストが高いので、経済的にも不合理である。サイエンスの知識がないと、そもそもこうした議論が理解できない。

 

日本の理系教育は些末な知識を覚えたりすることがメインである、本書のような教養のほうが役に立つ機会は多いと思う。読み物としても面白いのでおすすめしたい。