京都市は7日、財政再建に向けた改革計画案を発表した。2021年度からの5年間で集中的に人件費や公共事業の削減に取り組み、計1644億円以上の収支改善を目標に掲げる。同市は慢性的な財政難に加え、新型コロナウイルス禍の税収減を受けて、企業の倒産にあたる「財政再生団体」に陥る可能性が指摘されている。(中略)何も対策を講じず、将来の借金返済に備えて積み立てている「公債償還基金」を取り崩して補填すると、21年度末見込みで1380億円の基金残高が24年度に枯渇する。-- 日経新聞

 

夕張市の財政破綻は衝撃的だったが、まさか「第二の夕張」に京都市が名乗りをあげるとは誰も予想しなかっただろう。公債償還基金を取り崩す有様で、このままいくと5年以内に財政破綻であるという。もともと財政赤字だったがコロナの煽りで税収が減少し、財政悪化が深刻化したようだ。

 

一千年にわたり都であり、現在でも150万人近い人口を擁する西日本の大都市である。「その京都市がなぜ?」と不思議になるかもしれないが、これは税収が少ないのに、手厚い行政サービスを提供してきたからである。京都市では保育料の軽減や医療費の助成などが豊富であり、70歳以上の市民だと少ない負担で市バスや地下鉄が乗り放題になる乗車証を配布している。また、地下鉄東西線に巨費を投入したが、利用者は思うように伸びず赤字体質らしい。

 

京都といえば神社仏閣が豊富であり、人口に対して京都大・京都府立大・京都工芸繊維大・京都市立芸術大・同志社大・立命館大・龍谷大・京都産業大などの有名大学がひしめいている。結局、昔から住んでいる高齢者も多いが、一時的に京都に住む学生もまた多く、また神社仏閣は税が減免されているので税収源にならず税収が少ない。市民一人あたりの税収入が他の政令市よりも、およそ7000円も少ないそうだ。

 

行政サービスのカットに加えて、少なくとも14の公共事業を延期し、全職員を対象にした給与カットにも踏み込むという。それにしてもいまだに公務員安泰論も根強いが、これから地方自治体のほぼ全部が少子高齢化・人口減少に悩まされる。国立社会保障・人口問題研究所の予測(LINK)では、市区町村別でみると約7割の自治体で、2010年に比べると2割以上人口が減り、2040年までに、秋田は人口35%、青森は32%、高知は29.8%も人口が減少する(全国平均で16.2%の減少)。地方はあと数十年で第二の夕張予備軍だらけになるのだ。当然、財政悪化すれば公務員も人員削減・給与カットもあり得る。公務員は安泰だという論調は非常に不思議に感じられる。

 

行政・公務員の世界は前例踏襲であり動きは緩慢であるが、時代の変化は急速である。すべての自治体が困窮するわけではないが、このままの公務員の安定性が続くというのはあまりにも楽観的である。韓国が想像を絶するスピードで急速に高齢化しているが、いまのところだと日本は最も超少子高齢化した老齢国家なのだ。

 

 

「世界遺産」は日本でもかなり数が増えてきたし、旅行の目的として世界遺産観光を挙げる人も多いだろう。しかし、どこが何を基準に登録しているのかなどはあまり知られていない。

 

私も旅行好きで、旅行先に世界遺産に出くわすことがあるが、どのようなものかイマイチ分かっていなかった。しかし、これから世界遺産観光もしたいと思っていることもあって、来月、世界遺産検定2級を受験する予定である。その前に導入本として本書を読んでみたという経緯である。

 

世界遺産検定は趣味の資格の代表格であり、4級からある。本屋で立ち読みしたところだと4級は一般常識レベルで、3級はある程度教養ある人とか旅行好きなら知っているだろうというレベル。2級はちょっとマニアックさが増して日本の全遺産と、主要な世界の遺産300件が範囲。単純な知識問題なのであるが、結構細かい出題もあって合格率は4割にとどまっている。私は一回過去問を解いたら6割で合格率にのっていたが、まぐれ当たりもあるので、来月まで知らない世界遺産の勉強をしていこうと思う。ちなみに、2級の上に1級があり、さらにその上に「世界遺産マイスター」がある。ただの旅行を楽しむ基礎知識なら2~4級で十分だろうと思う。

 

そんな世界遺産検定で最上位の「世界遺産マイスター」の資格を持つ元NHKディレクターの著者が世界遺産の意外な事実について書き綴っている。世界遺産の基礎知識から、世界遺産登録の苦悩や、世界遺産登録されたことのデメリット、観光への影響などが非常に事例を豊富に紹介しながら世界遺産の有り様を描写していて非常に勉強になった。とりあえず、来月の受験に向けて知らない世界遺産を減らしていきたい。

世界的演奏家への登竜門、エリザベート王妃国際音楽コンクール(ピアノ部門)の決勝がブリュッセルで29日まで行われ、パリ在住で愛知県東海市出身の務川慧悟さん(28)が3位、ドイツ・ハノーバー在住で名古屋市出身の阪田知樹さん(27)が4位となった。2人は東京芸術大で同期。務川さんはフランスのパリ国立高等音楽院に、阪田さんはハノーバー音楽演劇大大学院にそれぞれ留学中。日本と欧州を拠点に第一線で活躍している。優勝はフランスのジョナタン・フルネルさん。-日経新聞

 

 

エリザベート国際音楽コンクールは、ピアノコンクールとしてはショパン・チャイコフスキーと並ぶ権威あるコンクールである。ピアノ部門だけではなく、チェロ・声楽など5つの部門からなる。ちなみに、本コンクールだと日本人は結構入賞の常連であり、2019年時点での集計だと国別の歴代入賞者数では日本は5位に入る(LINK)。ちなみに、パリ在住のピアニストの児玉桃氏が審査員として参加していたなど、日本人にもゆかりのあるコンクールである。今回ので順位が入れ替わりおそらく歴代入賞者数では4位になる。

 

なお、コンクールは国家的事業な側面もありエリザベート国際音楽コンクールももともとはベルギーの生んだヴァイオリンの巨匠ウジェーヌ・イザイを讃えて設置されたコンクールだったが、音楽に理解あるエリザベート王妃によって国家的事業に格上げされた。チャイコフスキーコンクールなんてもろにソ連が自国の文化水準の高さの誇示のために開いたコンクールである。ただピアノ部門の初代優勝者は米国のヴァン・クライバーンだったというから興味深い。ここらへんの話は故中村紘子氏の本「チャイコフスキーコンクール」が明るい。ショパンコンクールも大国の狭間で蹂躙されてきたポーランドが、民族主義を鼓舞するという側面が強い。エリザベート国際音楽コンクールは審査が公平といわれるが、それはロシア・ドイツ嫌いのポーランドや、俺様が一番のロシアのコンクールと比較してという話だろう。こういう国家がバックにいると政治的な思惑がありつつも財政的には安定的で、歴史あるはずのロン=ティボー国際コンクールは財政難の話が絶えない。

 

去年開かれるはずだったショパンコンクールは今年に延期されているので、実は世界的にも注目度が高いショパンコンクールイヤーでもある。日本人が約30名参加するようだ。前回ファイナリストになった小林愛実、さらにコンサートピアニストとしてすでに活躍している反田恭平に、開成から東大工学部・東大院修了で現在ユーチューバーの変わり種の角野隼斗なども参加しているから目が離せない。正直、コンクールなんて水物であるが、世界中の才能が一堂に会する貴重な祭典である。

 

あくまでコンクールは新しき才能の発見が目的であって、コンクールがゴールではない。これから聴衆に愛されるピアニストになるのかどうかは今後の研鑽にかかっている。ぜひ若手音楽家は演奏家として大成していってほしいものだ。一ピアノファンとして微力ながら応援している。

 

 

 

フォン・ノイマンといえば、20世紀を代表する天才である。原爆・コンピューターの開発への貢献のみならず、経済学・数学・物理学・気象学などへの多大なる影響は莫大なものである。本書は彼の生涯をなぞりながら、彼の偉大な貢献と彼の思想に迫るものである。

 

著者は高橋昌一郎。彼は米国で数学・哲学を修め、大学教授の傍らで本を執筆している。「理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性」、「知性の限界――不可測性・不確実性・不可知性」などを読んだがどれも非常に分かりやすく名著だった。本書もとても読みやすい。理系アレルギーの人に髙橋氏の本はぜひともおすすめしたい。数式は一切ないので安心してほしい。

 

ノイマンの超人ぶりは彼のエピソードからもうかがえる。6歳の時、ランダムに開いた電話帳のページを瞬時に暗記してみせ、さらに全部の電話番号の合計を瞬時に暗算できたという。8歳の時には微分積分を理解し、オンケンの「世界史」44巻をドイツ語で読破し、ディケンズの「二都物語」を暗唱し、古典ギリシャ語で父親をジョークを言い合った。大学時代は解けるはずがない数学の「未解決問題」を試験で出されたがその場で解決しまったりと、彼の超人性を証明するエピソードには尽きない。初期型であるがコンピューターが出来たときは「私の次に計算が早い計算機が出来た!」といったそうだ。ちなみに、キューブリック監督の「博士の異常な愛情」の主人公はノイマンがモデルとも言われている。

 

一方で、若干救いなのは彼は全知全能というわけではなく、子供時代に習ったフェンシングではあまりにも上達しないので先生が匙を投げ、ヴァイオリンもピアノも上達しなかったそうだ。理系的な知能の高さと運動神経や芸術的才能は別のようである。

 

本書を読んで知ったのだが、彼はユダヤ系のようだ。名前のミドルに「フォン」がついているが、これは貴族の称号であり、だからユダヤ人ではないと思っていたが、彼が子供のころに父親がハンガリー政府の首相顧問として貢献したことで叙勲されたそうだ。ユダヤ系は貴族になりえないと勝手に思っていたが、ユダヤ系であっても叙勲されることがあったそうだ。

 

著者曰く、彼の哲学というのは「科学優先主義」「非人道主義」「虚無主義」だったそうだ。道徳云々よりも科学的な探求が重要であり、目的のためには手段は択ばず、この世には普遍的道徳・倫理は存在しないというニヒリズムである。

 

日本人にとってやや不快なのは、第二次世界大戦においてノイマンは核兵器の使用を率先して主張し、なんなら京都を焼き払おうとしていたことだ。アインシュタインは核兵器の使用に反対だったが彼は逆だった。さらに古都である京都を核兵器で焼き払えば日本人の戦意を一瞬で喪失させられるだろうという戦略的な算段があったようだ。しかし、結局、京都を破壊するのは、欧州でいえばローマ・パリなどを焼き払うようなものであり、戦後に米国が非難を受けるという観点で回避されたのだった。目的のためには手段を択ばずという彼の感性は悪魔的である。

 

彼は結局、核実験に立ち会った際に浴びた放射能の影響なのか、癌になって53歳の若さで生涯を終えた。彼がもし10~20年生きていたら科学の進歩をもっと早めたかもしれない。それが良い影響になったか、悪い影響になったのか知る由がない。

秋篠宮家の長女眞子さまとの婚約が延期になっている小室圭さん(29)が、米ニューヨークのフォーダム大ロースクールを卒業したことが24日、分かった。関係者によると、7月にニューヨーク州の弁護士試験を受験する予定という。 小室さんは東京都内の弁護士事務所で弁護士を補佐する事務職「パラリーガル」として勤務経験があり、法律を専門的に学びたいとの思いがあったことから、2018年8月から同大に留学していた。-毎日新聞

 

小室圭氏の話題が続いているが、ロースクールを卒業するようだ。最初は1年制のLL.M(専門職修士課程)だったが、3年制のJ.D(専門職博士課程)に移行したようだ。米国は州によって弁護士の受験資格が異なるものの、基本的に自国で法曹の受験資格がある人はLL.Mを修了すれば米国司法試験も受けられるが、そうではないとJ.Dコースを修了しないと司法試験を受けられない。前職の後輩が東大法学部を卒業し、米国のロースクールのLL.Mコースに留学したが、日本では法科大学院修了又は予備試験合格が司法試験の受験資格のため、LL.Mコースを修了しただけでは米国司法試験が受けられなかったという。昔は弁理士資格でも米国司法試験を受験できたが、それも出来なくなった。一方で、法学部を出れば弁護士を名乗れるようなインドみたいな国からの留学生は堂々と受験して米国弁護士になったから不公平だと言っていた。無用の長物となった日本の法科大学院はひたすら邪魔なだけなので廃止したほうがいい。

 

日本だと弁護士は難関のイメージだが、前述のとおりインドでは法学部を卒業すれば弁護士を名乗れるし、メキシコでも法学部を卒業して法律事務所などで経験を積んでほぼ全員が合格する試験をパスすれば弁護士になれる。留学中に出会ったコロンビアの弁護士は、「試験科目は忘れた笑。労働法とかあったかなぁ?」というレベルだった。米国でもロースクール修了生の司法試験合格率は8~9割だから、日本のように法科大学院を修了しても合格率2~3割というのは異常である。中国・台湾などの人に聞いても、弁護士はそんなに難関だったり高給取りの仕事のイメージはないということだった。日本でいうと行政書士みたいな感覚に近いかもしれない。日本だと資格試験が参入障壁で、資格職の既得権益を保護しているが、米国だと資格試験はあくまで資質の認定に過ぎず、日本だと公認会計士も難関だが、米国公認会計士は半数が合格するような容易な試験だ。

 

ちなみに、USニュースのロースクールランキングだと、フォーダム大は全米35位である(LINK)。学部で65位である(LINK)。日本より人口規模が米国は大きいので日本より競争率が高いことを踏まえると、フォーダム大は全米の中で最上位(アイビーリーグ・MIT・スタンフォードクラス)ではないにせよ、それに次ぐ上位校である。トランプ大統領も一時通っていた。

 

おそらく小室圭氏は米国司法試験はパスするだろう。それにしても日本がなぜ司法試験のハードルを過剰に高くするのか謎である。これは弁護士という既得権益の保護以外に理由はない。日本は米国と違って法学部があるのだから、法学部卒業生にも司法試験受験資格を認めるべきだ。予備試験も1度合格すれば永年受験資格を認めるとか、司法試験も科目別合格制をとるとかしないと、司法試験はひたすらリスキーな試験でしかない。日本では司法試験の人気がだだ下がりである。小室圭氏のニュースをみて日本の司法試験の異常さに気がつく人が増えると良いと思う。優秀層が異常なハードルの司法試験に落ちて路頭に迷うのは社会的損失である。