フォン・ノイマンといえば、20世紀を代表する天才である。原爆・コンピューターの開発への貢献のみならず、経済学・数学・物理学・気象学などへの多大なる影響は莫大なものである。本書は彼の生涯をなぞりながら、彼の偉大な貢献と彼の思想に迫るものである。
著者は高橋昌一郎。彼は米国で数学・哲学を修め、大学教授の傍らで本を執筆している。「理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性」、「知性の限界――不可測性・不確実性・不可知性」などを読んだがどれも非常に分かりやすく名著だった。本書もとても読みやすい。理系アレルギーの人に髙橋氏の本はぜひともおすすめしたい。数式は一切ないので安心してほしい。
ノイマンの超人ぶりは彼のエピソードからもうかがえる。6歳の時、ランダムに開いた電話帳のページを瞬時に暗記してみせ、さらに全部の電話番号の合計を瞬時に暗算できたという。8歳の時には微分積分を理解し、オンケンの「世界史」44巻をドイツ語で読破し、ディケンズの「二都物語」を暗唱し、古典ギリシャ語で父親をジョークを言い合った。大学時代は解けるはずがない数学の「未解決問題」を試験で出されたがその場で解決しまったりと、彼の超人性を証明するエピソードには尽きない。初期型であるがコンピューターが出来たときは「私の次に計算が早い計算機が出来た!」といったそうだ。ちなみに、キューブリック監督の「博士の異常な愛情」の主人公はノイマンがモデルとも言われている。
一方で、若干救いなのは彼は全知全能というわけではなく、子供時代に習ったフェンシングではあまりにも上達しないので先生が匙を投げ、ヴァイオリンもピアノも上達しなかったそうだ。理系的な知能の高さと運動神経や芸術的才能は別のようである。
本書を読んで知ったのだが、彼はユダヤ系のようだ。名前のミドルに「フォン」がついているが、これは貴族の称号であり、だからユダヤ人ではないと思っていたが、彼が子供のころに父親がハンガリー政府の首相顧問として貢献したことで叙勲されたそうだ。ユダヤ系は貴族になりえないと勝手に思っていたが、ユダヤ系であっても叙勲されることがあったそうだ。
著者曰く、彼の哲学というのは「科学優先主義」「非人道主義」「虚無主義」だったそうだ。道徳云々よりも科学的な探求が重要であり、目的のためには手段は択ばず、この世には普遍的道徳・倫理は存在しないというニヒリズムである。
日本人にとってやや不快なのは、第二次世界大戦においてノイマンは核兵器の使用を率先して主張し、なんなら京都を焼き払おうとしていたことだ。アインシュタインは核兵器の使用に反対だったが彼は逆だった。さらに古都である京都を核兵器で焼き払えば日本人の戦意を一瞬で喪失させられるだろうという戦略的な算段があったようだ。しかし、結局、京都を破壊するのは、欧州でいえばローマ・パリなどを焼き払うようなものであり、戦後に米国が非難を受けるという観点で回避されたのだった。目的のためには手段を択ばずという彼の感性は悪魔的である。
彼は結局、核実験に立ち会った際に浴びた放射能の影響なのか、癌になって53歳の若さで生涯を終えた。彼がもし10~20年生きていたら科学の進歩をもっと早めたかもしれない。それが良い影響になったか、悪い影響になったのか知る由がない。
