米国で2011~2019年に放送されていた「スーツ」のファイナルシーズンが先月Huluなどで放映され、ようやく観終わった。シーズン9まであったから、私が観た海外ドラマでは最長だった(スピンオフ作品も含めると「グッドワイト」「グッドファイト」が最長)。

 

ご都合主義の展開とか色々突っ込みどころ満載だけど、マンハッタンのスタイリッシュな法曹ドラマとして人気を博して、実際、それなりに面白かった。米国の法曹の世界がフィクションだけれども垣間見れて面白かった。打ち切りとかにならずに丸くおさまってよかった。全第9シーズンを振り返ると主人公の活躍、失墜、降板とかなり起伏があって、今思うと感慨深い。

 

なによりレイチェル・ゼイン役のメーガンさんが、英国王室に嫁いで降板となったことが衝撃的だった。レイチェルは第7シーズンをもって降板し、主人公のマイクも一緒に降板となっている。主人公も降板してしまうというのがアメリカらしい。ただ個人的にはレイチェル・マイクのいない第8,9シーズンのほうが大人っぽくて楽しめた笑。いやー、スタイリッシュで格好良い。実際はこんなクールな弁護士事務所あるわけないけど笑。そして最初のほうのハーバード至上主義の押し売りはウザかった笑。

 

在宅勤務になってかなり自由時間があるので海外ドラマなどの視聴時間が増えた。ただの暇つぶしだが、英語の勉強にもなるという言い訳のもと、次は映画版は鑑賞済みの「ダウントンアビー」を観てみようと思っている。

近年最悪規模となったイスラエルとパレスチナの衝突は12日も収まる兆しがなく、パレスチナ自治区ガザ地区の保健当局によると、これまでに子ども16人を含む少なくとも65人が死亡、365人以上が負傷した。一方のイスラエルは、死者のうち少なくとも15人はガザ地区を実効支配するハマスの戦闘員だとしている。

 

国連のトール・ベネスランド中東和平特別調整官はツイッターで「直ちに攻撃をやめよ。事態は全面戦争に激化しつつある」と言及。「ガザでの戦争の代償は壊滅的なもので、一般の人々が代償を払っている。国連は平穏を取り戻すために全関係者と協力している」と述べ、暴力の即時停止を呼び掛けた。- CNN

 

このイスラエル・パレスチナ問題は国際政治の現実を教えてくれる。日本の護憲派は、憲法9条があれば平和は保たれるという信仰を持っているが、国際政治の現実はパワーとパワーのせめぎあいである。憲法9条がそんなに素晴らしいものであれば、護憲派はイスラエル・パレスチナで、憲法9条の講義を前線でしてくればいい。メディアでも、普段は野党や左派系メディアでは、憲法9条があれば平和は保たれるという夢想的見解が散見されるが、こういう現実的な紛争のニュースになると、突然、息をひそめるのは卑怯だ。

 

日本でも、左派系の命脈はいまだに続いており、それに感化される学生も少なくない。一時期メディアを賑わしたSEALDsという学生政治団体が代表的であろう - ただ実際は年配の人が大半だったと、元構成員が明かしているが(LINK)。彼らのスピーチで印象的なのは次である。「そんなに中国が戦争を仕掛けてくるというのであれば、そんなに韓国と外交がうまくいかないのであれば、アジアの玄関口に住む僕が、韓国人や中国人と話して、遊んで、酒を飲み交わし、もっともっと仲良くなってやります僕自身が抑止力になってやります。抑止力に武力なんて必要ない。絆が抑止力なんだって証明してやります。」LINK

 

こうした発言は、平和な日本だからこそできる妄想である。イスラエルやパレスチナで、ミサイルや実弾が飛び交う中で、こうした妄想は通用しない。必要なのは飛来するミサイルを迎撃する「アイアンドーム」のような防衛システムである。国際政治学でいうリベラリズムの取り組みも必要であるが、国際政治に通底しているのは「力の均衡」というリアリズムである。日本が戦争に巻き込まれずに戦後歩めたのは憲法9条ではなく、日米同盟と米国の核の傘があったからである。

 

日本だと戦争は歴史の話と思われているが、2014年にはロシアがウクライナのクリミア半島に侵攻しているし、近年でも中国・インドの国境では軍事衝突がたびたび起きている。いま中国は膨張の一途であるが、そんな中国は「核心的利益」として日本の尖閣諸島を挙げている。これについて日本を狙っているというのは思い上がりである。中国が欲しているのは台湾攻略であり、台湾攻略によって容易となる太平洋エリアへの航路である。「核心的利益」の西沙諸島はすでに軍事要塞化が進んでいるので、尖閣諸島を日本から奪取できれば、台湾を大陸側・尖閣諸島側・西沙諸島側の三方向から砲撃できるのだ。それの目途が2026年と明言してくれているのに、日本はその危機感が薄い平和ボケなので中国にとっては好都合である;ただ実際のところ日本の自衛隊は尖閣諸島の防衛シミュレーションを幾重にも重ねているそうであるし、アメリカの尖閣諸島は安保の適用対象としている。

 

こうした具体的な軍事的な衝突やその危険性は置いておいて、平和というお題目を唱えるとすれば、もはや日本のジャーナリズムは存在価値がない。ただあまりにも平和が長く続いたので、中国や北朝鮮のミサイルが着弾しない限り日本は目が覚めないだろうと思う。

12日以降の休業要請などに関する国の方針では、新型コロナウイルスの特別措置法で「劇場等」に含まれる劇場や演芸場、映画館などの施設は一律に、人数などを制限しての営業を求める要請に緩和された。ところが東京都は「劇場等」のうち、劇場や演芸場は国の方針通りの要請に変更したものの、「映画館、プラネタリウム等」は現状維持(1千平方メートル超は休業要請、以下は休業の協力依頼)とした。(中略)東京の映画館を閉めれば全国規模の映画公開が実質上不可能となり、他府県の映画館や、配給・制作会社や出演者、スタッフも苦境に立たされている、と訴えている。- 朝日新聞

 

それでも、営業継続をすぐに決められたわけではない。「映画館が閉まると配給会社へのお金の流れが閉ざされてしまう」ミニシアターで扱う映画の配給会社は規模が小さいところが多く、映画館の休業により、経営が困難になる可能性が高い。(中略)映画が好きな国民がばかにされているとも言えると思います」と苦言を呈した。- スポーツ報知

 

観劇やスポーツ観戦はOKなのに、なぜか映画館は休館を強いられているが意味不明である。映画館は空調が整っており換気は十分にできるし、スポーツ観戦のように大声での声援もないので感染リスクも低い。なぜ休業を強いるのか常人には理解不能である。

 

日本映画は世界三大映画祭でも各賞を受賞しており非常に水準が高いが、これ以上の休業要請は日本映画の産業的基盤を毀損しかねず、極めて遺憾である。まだ大型映画館は大手資本なので持ちこたえられるが、ミニシアターについては倒産しかねず、マイナー映画の文化を弱体化させかねない。いかに文化芸術が重要なのか理解していないのだろう(経済的に言っても文化や芸術の生み出す雇用は相当な規模である)。政治家や官僚などの文化的教養の欠如が招いた惨劇である。

 

美術館についても国は開館を許容したが、パフォーマーの小池百合子の支配する無能な都政が休業を要請したので一転して休業するようである(LINK)。学歴詐称も厭わない無教養な小池百合子に文化芸術の重要性は分かるまい。欧米では再開計画に基づいて段階的に再開していたが、日本ではこうした具体的な道標もない(LINK)。これが招くのは文化芸術の衰退である。

 

これだけ民間が疲弊しているが、厚労省の官僚が飲み会して感染して、大阪市の公務員も会食を1000人以上が実施していた。おまけにコロナの感染拡大を宣伝していた日本医師会のトップが政治資金パーティーに参加し、集会などの自粛を要請していた沖縄県知事もバーベキューをSNSで発信していたというから、怒りを通り越してあきれ果ててしまう。民間企業には7割の出勤抑制を要請しておきながら、厚生労働省の在宅率は3割程度(LINK)というからお笑いだ。上級国民ばかりが免罪符を貰ったとでもいうのだろうか?

 

東京都で新型コロナウイルスの新規感染者が700人を超えていた4月20日、日本医師会の中川俊男会長(69)が自ら発起人となり、政治家の政治資金パーティーに参加していたことが、「週刊文春」の取材でわかった。-週刊文春

 

沖縄県の玉城デニー知事は7日の記者会見で、大型連休中に妻の実家などでバーベキューをしたとツイッターに投稿した件について謝罪した。- 沖縄タイムス

 

百貨店業界は解釈を変更して営業拡大が相次いでいるそうだLINK)。私がブログで予想していたが(LINK)、その通りになった。だいたい補償はないが休業を要請という民業圧迫の姿勢がおかしい。民業圧迫するなら議員・公務員の給与も一律で給与カットすればいい。血税を原資に身分・収入を保証されておいて、民間企業に圧政を引くのは愚の骨頂である。暴動が起きないのがもはや不思議な状況だが、無能な政治・行政の怠慢は将来の日本に大きな禍根を残すかもしれない。

政府が5月末までの延長を決めた緊急事態宣言は百貨店など大型商業施設への休業要請を巡り土壇場で迷走した。菅義偉首相は営業再開を打ち出し、東京都の休業要請の継続は寝耳に水だった。新型コロナウイルスの感染を食い止める重要局面で、足並みの乱れが改めて浮き彫りになった。-- 日経新聞

 

小売業の中で百貨店とショッピングセンターだけがなぜか狙い撃ちにされて休業を強いられているが、合理性が全く分からない。それらでクラスターが起きたなんて聞いたことがないし、マスクして買い物するだけなら感染リスクは低い。さらに意味不明なのは劇場や演芸場は開館OKだが、映画館は休業要請の対象となった点だ。カフェではマスク外して談笑している人もいる中で、居酒屋やバーなどがアルコール提供の制限を受けているのは意味不明である。お一人様がしんみりアルコール飲んでも感染リスクは低いが、カフェでのマスク無しでの談笑は感染リスクは高い。

 

現在、オンライン公演など無観客での営業のみが認められている劇場や演芸場は、12日から収容人数を「50%かつ5000人以下」であれば営業が可能に。これに対し、映画館は引き続き、営業はできない休業要請の対象となった。-- 東京新聞

 

100人に質問すれば100人がこの差を合理的には説明できないと思う。なぜ劇場や演芸場はOKで、映画館はダメなのか?さっぱりわからない。緊急事態宣言の延長の経済損失は1兆円とも試算されるが(NHK)、これだけ経済に悪影響があるのに、全く科学的なエビデンスや合理的な根拠が示されておらず、政府や都の政策は意味不明と言わざるを得ない。人流抑制というなら通勤の満員電車をさっさと規制すべきである。会社に出勤してミーティングもするし、同僚とランチ行ったりして感染リスクはそれなりにある。もちろんロックダウンが欧米のようにできないのは憲法上の問題であるが、そうした問題提起をするわけでもなく場当たり的に緊急事態宣言を延長する姿勢はいただけない。

 

アメリカだと禁酒法時代はアルコール提供が地下経済化して遵法意識の低下を招いた。非合理的な法や政策は、国民の法律や行政への信認を低下させる。法律で定めればそのように社会が動くという幻想があるが、それは法律に合理性があり、国民がその法律を信認している場合である。現実を無視した非合理な法律は有名無実化して、形骸化する。これだけ国や都の対策がチグハグで意味不明だと、もはや休業要請は業界内で申し合わせて集団無視して(要請だから強制力はない)、感染対策した上で開業するところも出てくるのではないかと思う。規制を受ける業種をみると、おそらく業界団体として有力政治家を送りこめている業界とそうではない業界で明暗が分かれたのではないかと思う。


とっととワクチン接種を普及させて、インドからの入国を禁止しろと思う。インド型変異種が流行ったら五輪どころではない。

米金融大手ゴールドマン・サックスは6日、暗号資産(仮想通貨)のトレーディング事業に参入したことを明らかにした。ビットコイン価格に連動するデリバティブ(金融派生商品)の売買を仲介する。機関投資家の間で運用需要が高まり、ウォール街は関連サービスの立ち上げに本腰を入れ始めた。-日経新聞

 

暗号資産(仮想通貨)は一時期暴落して終わりだと思われたが、再び復活してビットコイン価格は一時期50万だったが、いまでは600万円を超えている。ゴールドサックスは米国でも金融大手だが、いよいよ暗号資産事業に参入するそうだ。暗号資産のリップルもSECに提訴されて価格が急落したが、好材料がいくつかあったため価格は戻ってきている。それにリップル社取締役に、オバマ政権で米国前財務官だったRosa Gumataotao Riosが就任する。財務官は米国財務省のポストで造幣などの責任者である。元財務官が、破綻する会社の取締役に就任するとは思えないので、リップル訴訟は和解に持ち込まれるのではないかと思う。

 

また、ハイテク株の女王とも呼ばれるアメリカの投資会社アーク・インベストメントマネジメントのキャシー・ウッドCEOも暗号資産への投資を積極的に進める考えだという。投資マネーが参入することで価格はまだ上がるだろう。暗号資産は実用性がないから無意味というような人もいるが、価格が高いものが実用的とは限らない。金だって延べ棒のままでは何の役にも立たないし、鑑賞するだけなら金色に塗った他の金属でも構わないはずである。ヴァイオリンのストラディバリウスは数億の値が付くが、音響学的にはさほど優れているわけでもなく、希少性と良い音色だという思い込みによって価格が吊り上がっている。みんなが価値があるという集団妄想によって価値が生まれている。
 

ビットコインはブロックチェーン技術によって生まれた初の暗号資産であり、数が有限であるからプレミア感がある。技術的にビットコインは改ざんが不可能であり、中央銀行の誤った政策で法定通貨の価値が毀損されてもビットコインの価値は損なわれない点で価値貯蔵手段となりえる。

 

金本位制時代は、貨幣は金と兌換できたので、貨幣の価値は金によって裏打ちされたが、それは1978年に先進国では廃止されている。つまりお金に価値があるというのも集団心理のなせる業である。昨今ではデジタル化の進展で、紙幣やコインとして物理的に存在するお金である必要性もないわけであり、改ざんできないブロックチェーン技術を使用したデジタル通貨でも問題ないというのはごく自然な発想である。それを初めて実用化したビットコインはレガシーでありプレミア価値がある。ビットコインはいまやデジタルゴールドなのである。