『ぼくらの』のキリエ編の解説(前編) | 胙豆

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傲慢さに屠られ、その肉を空虚に捧げられる。

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始めていくことにする。

 

キリエ編はまず、過去の戦闘に際して死んだ人の葬式のシーンから始まる。

 

(5巻pp.168-169)

 

結局、戦闘はパイロットが戦闘開始時に居た場所で始まるから、この葬式はカコが踏みつぶしたり、フィッグが押しつぶした人々のそれということになる。

 

それに加えて、カコ編とキリエ編の間にあった戦闘については、モジの時は街が荒廃するような戦闘はしていないし、マキの時はアウェーだから、この葬式の死者は普通にカコの時のそれと判断して良いと思う。

 

続くシーンで、キリエやカコの同級生の何気ない会話が挿入される。

 

(5巻p.170)

 

モブキャラでしかない中学生が、自分のことを主人公のように考えているような発言をしている。

 

これに関しては、一つに鬼頭先生が描く中学生はこのように幼児的万能感を抱いているようなタイプのそれが多いから、そういう意味合いとして自分のことを優れていると思い込んでいる少年を描いているということがある。

 

なんというか、鬼頭先生自身が若い頃、そのように自信に満ち溢れた少年だったから、自身が描く子供がそのように万能感にあふれているようなタイプのそれであるという場合がままあるのだと思う。(参考)

 

というか、大体の人は程度の差はあれども、自分がそのように何か特別な存在であると考えていた場合の方が多いのではないかと思う。

 

個人的にこの自己認識については、幼少期に日本人が出会う創作物の多くが、そのように特別な人間が主人公のそれが多くて、その情報が当人の自己認識に影響を及ぼしているのだと思う。

 

人間は耳目で得た情報と生まれついての形質でパーソナリティーを形成するわけだけれど、幼少期に出会う漫画、アニメ、ドラマ、映画、その他創作物の影響を受けるわけであって、その触れる創作物の主人公や登場人物は多くの場合何らか特別で、そうとするとそのようなところから少年少女のパーソナリティ及ぼすところがあると僕は思う。

 

創作物の主人公の情報を取り入れて、あたかも自分が特別であるかのように錯覚してしまっているのだろうという話。

 

今はあんまり使わない言葉かもしれなくて、ニュアンスもその言葉が出来た当時とは違うのかもしれないけれども、"中二病"という言葉がある。

 

これは中学二年生頃の少年に特有に見られる痛い行動の総称であるけれども、僕が記憶している中二病は創作物にルーツを持っている。

 

"邪気眼"とか、どう考えても『幽遊白書』の飛影が元ですからね…。

 

それにプラスして『もののけ姫』のアシタカということで良いと思う。

 

他には斜に構えてクールに構えて「興味ないね」とか言う様なイメージもあるけれど、それは『FF7』のクラウドや、『FF8』のスコールが元ネタであって、結局、ゲームや漫画で得た知識を焼き直していたというのが僕の中二病の理解になる。

 

だから、今いる中学二年生が取る痛い行動は、"所謂中二病"と若干異なっているのだと思う。

 

今だったら「あれ?俺なんかやっちゃいました?」とかになるのだろうか。

 

良く分からないけれども。

 

鬼頭先生にしても、どうやら幼少の頃からロボットアニメとかそういったものを沢山見てきたようであって、そのような物語の登場人物はやはり特別な存在だったのだと思う。

 

鬼頭先生が描く幼児的万能感を持った子供たちは、そのようにして出てきているようなものだと思う。

 

ただ、キリエ編に出てくる自分のことを特別だと思い込んでいる中学生については、キリエがそのようなモブ気質なのにもかかわらず、主役的な配置に存在していて、その対比として描かれているのだと思う。

 

その後、キリエは不良に絡まれる。

 

(5巻p.171)

 

眉毛ないっすね…。

 

僕が中学生だった頃は、このように眉毛のないタイプの不良は存在していたような気がする。

 

今は居るのだろうか。

 

分からない。

 

キリエは村井さんの名前を出しているけれども、先の葬式はその村井さんのものになる。

 

けれどもこの不良は、人間の屑だから新しい彼女を見つけてそれをキリエに見せつけている。

 

…いくら不良と言えども人間なんだから、彼女が死んだらヘコむと思うんだよなぁ。

 

新しい彼女の方にしても、女友達のグループがあるんだから、そういうつながりから付き合ってたという情報は入ってくるわけであって、村井さんと付き合っていたことを知っていて当然なのだから、とっとと切り替えて新しい彼女を作るような人間と付き合おうと考えないと思うのだけれど。

 

鬼頭先生がこんな不良を描くということは、少なくとも不良側のスクールカーストには所属していなかっただろうという推測はある。

 

この後、この不良がキリエを豚扱いして、新しい彼女に子豚ちゃんとして紹介するけれども、欲しいのは本物の子豚ちゃんだから要らないと言って、不良はキリエに鳴いてみろとか無茶ぶりをしたりする。

 

(5巻p.172)

 

名前のわからない女の不良が「ただの豚」って言っているけれども、これはジブリの映画の『紅の豚』を意識したセリフだと思う。

 

『紅の豚』には「飛ばねえブタは ただのブタだ」っていう有名なセリフがあるから、鬼頭先生がこのシーンを描いたとき、そのことは脳の片隅にあったと思う。

 

そうしていると、田中さんが現れる。

 

(5巻p.174-175)

 

ここで田中さんは軍人であるという身分を偽って、警察と名乗ってキリエに救い船を出す。

 

この本当は軍人であるけれども、警官をあえて名乗るという描写は『寄生獣』にもあって、『ぼくらの』のこのシーンの元ネタも『寄生獣』なのではないか?という疑念がある。

 

(岩明均『寄生獣 完全版』7巻pp.81-83)

 

個人的に鬼頭先生は岩明先生の漫画のファンなのではないかと思っていて、そのことは空間移動による物体切断について説明したときに言及した。

 

空間転移による物体切断はおそらく、岩明先生の『七夕の国』という漫画が元だろうって話ね。

 

そのことなのだけれど、僕は以前に鬼頭先生の『双子の帝國』の感想を書いたときに、その空間転移による物体の切断について、『HUNTER×HUNTER』のノヴの"スクリーム"という技と似ているという言及をしている。(参考)

 

そしてこの前twitterで、どうもその『HUNTER×HUNTER』のノヴの技自体も、『七夕の国』が元であるらしいということを知った。

 

ノヴの技の"スクリーム"は"窓を開くもの"という言葉にスクリームとルビを振っている技になる。

 

『七夕の国』の空間転移の能力はある一族に稀に現れる能力で、作中ではその能力を指して、"窓の外に手が届く"だとか、"窓の外を見る"と表現している。

 

だから、ハンタのノヴの能力は『七夕の国』由来ということになる。

 

まぁハンタのモントゥトゥユピーはどう考えても『寄生獣』の後藤がモデルだから、冨樫先生は岩明先生の漫画が好きなんでしょうね。

 

鬼頭先生にしても、やはりどこか岩明先生を意識している部分があるように僕は思える。

 

とにかく、一つ空間転移による物体の切断を描いた作品が『七夕の国』から着想を得ていることを考えると、やはりもう一つの作品もそうなのではないかと思ってしまうし、『なにかもちがってますか』の内容と『七夕の国』の主人公の行動とを考えると、鬼頭先生は岩明先生の漫画のファンである可能性があって、そうとすると田中さんが警察官を名乗ったということも、やはり岩明先生の『寄生獣』に着想の元がありそうだとは思う。

 

とはいえ、田中さんのセリフについて言えば、警官を名乗った方が効果的ではあるので、そういう意図を以て描かれているとは思う。

 

話を戻すと、このあと田中さんはキリエにいつも側にいると伝える。

 

(5巻p.177)

 

これは比喩的な意味ではなくて、24時間監視体制を取っているということであって、個人的にキリエもそういう意味だと理解していると考えている。

 

キリエはやたらに頭が良かったり察しが良かったりするから、田中さんの言葉を理解しているというつもりで描写していると思う。

 

というか、時系列的にこの時点で既にキリエは畑飼を刺していて、その時にわらわらと軍属たちが出てきたのだから、普通に監視されているということは知っているのだと思う。

 

そしてキリエは帰宅して、その時に母親からおつかいを頼まれる。

 

(5巻p.178)

 

このキリエの母親…アニメ版でクッソしょうもない改変をされてましたね…。

 

『ぼくらの』のアニメはちょうどキリエ編の後半からオリジナル展開になる。

 

そのオリジナル展開はなんつーか、酷かったという記憶がある。

 

けれども、キリエ編の前半まではほぼ原作に忠実で、ただキリエ編の時に敵のパイロットが戦闘を拒否して、自分のコクピットを握りつぶすという行動を取っている。

 

僕個人として、その描写は良かったように記憶していて、一方で鬼頭先生にとっても中々に良かったようで、実際、鬼頭先生はその敵のそのシーンのイラストを描いてたりする。

 

…あぁん?ググっても出てこねぇな?

 

確か『鬼頭莫宏イラスト&バックヤード集『ぼくらの』』に収録されてたと思ったから、気になったお友達は各自買って確かめて欲しい。

 

原作の方に話を戻すと、キリエはいとこの家に尋ねに行った。

 

いとこは拒食症で、自殺するほど悩んでいる友達の相談を聞いている中で、友達が死ぬというから一緒に死のうとしたけれど、死にきれなかったが故に病んでしまっているらしい。

 

(5巻p.181)

 

ガリガリに痩せていて、手首に包帯が巻いてある。

 

包帯はリストカットの跡ですね。

 

拒食症でリストカッターとか、僕だったら絶対に関わりたくないタイプの人間ですね…。

 

・追記

…拒食症とリストカットについてねっとりとした僕の見解とかがここに書かれていたのだけれど、思い直して全部削ることにした。

 

あの説明はあの説明で良いと思うのだけれども、僕が良いと思うということと、読んだ人がそうと思うかどうかは別の問題だから、勘案してその文章を削ることを選んだ。

 

まぁねっとりとし過ぎていたし、実際『なるたる』の読者は精神病んでる率が高いって話が書いてあったのだけれど、色々仕方ないね。

 

追記以上。

 

ところで、キリエのいとこは拒食症で痩せてはいるのだけれど、そこまで追い詰められた表情をしていない。

 

(5巻p.183)

 

キリエのいとこの表情をまじまじと見てみたけれども、個人的な心象として、痩せている表現として影は存在しているけれど、彼女の表情そのものに悲壮感というか、虚無感が存在していないなと思う。

 

もっと『なるたる』の須藤さんを見習って死んだ目をしてほら。

 

(『なるたる』12巻p.130)

 

引用のために須藤さんの表情をまじまじと見たら、その死にっぷりに噴き出しましたね…。

 

それに比べて、キリエのいとこはまだ目に生気がある。

 

おそらく、設定の段階でキリエのいとこは拒食症で色々追い詰められているということは決まっていたのだけれど、実際に鬼頭先生がそのシーンを描くころには、鬼頭先生がその設定を考えた時に抱いていた切迫感がなくなってしまって、キリエのいとこの切迫した表情を描けなくなってしまったのだと思う。

 

目に切迫感も虚無感もないんだよなぁ。

 

それはさておき、このキリエのいとこの存在は、キリエが臨む実存的な問題である、この世界は存続足り得る世界なのか、という事柄に関連していて、少なくともキリエが敗北すれば、いとこのカズちゃんはこれ以上苦しまなくて済むのだから、その選択もあり得てきてしまう。

 

(5巻p.195)

 

キリエは本来的に生きていても死んでいても良い感じだったから、戦闘が起きてそれで死んでも良いと思っていたけれども、相手が人間だとすると事情が変わってきてしまった。

 

キリエはあくまでどちらの世界が存続するべきかを選べないって感じに言っているけれども、自分を痛めつけて、カズちゃんを苦しめているこの地球に恨み節があるのだと思う。

 

だから、こんな地球よりも他の地球が残った方が良いと考えていると考えると諸々の描写に筋が通る。

 

描写としては家が壊されたことを良いことに、そこに不法投棄をしているシーンを背景に描いて、こんな屑たちを生き残らせる意味はあるのかということを表現している。

 

キリエはこういう風に戦えるかどうか分からない状態で、田中さんたちはそのことを苦慮しているけれども、キリエが畑飼を刺した時は一歩進んだ気がしていたらしい。

 

(5巻p.196)

 

他人を傷つけられないような軟弱なキリエが、畑飼を刺突する加害を行ったのだから、前進したという話だろうと思う。

 

そして、この後はキリエと畑飼の会話の回想に移る。

 

…移るのだけれど、畑飼とキリエの会話の解説はしない。

 

以前僕は、このような形で『ぼくらの』の解説を始める前に、畑飼の行動が罪かどうかについての記事を一つ書いていた。

 

書いていたのだけれど、リアクションがあった2~3名の言及を見るに、ほぼ理解出来ない内容だったらしいということが分かって、現在非公開になっている。

 

誰にも理解出来ない内容ならそんなものは存在していないと同義であって、僕は公開を続けても仕方がないと思って非公開にしてしまった。

 

加えて、頂いたコメントを僕が読んで、落胆があまりに強くて、もう落胆したくないが故に公開していないという部分もある。

 

どうすればよかったのだろう、どう出来たのだろうとは思うけれども、ただどうしようもなかったと思っていて、分かってもらえるようにあの内容を違う言葉で説明するということは僕の能力を超えたもので、そうとすると僕はあの記事の内容についてどうも出来ない。

 

なので、キリエと畑飼との会話の解説はすっ飛ばして、その後のキリエと田中さんの話の解説に移っていく…ところで前編は終了。

 

続きはここ。(参考)

 

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