諸葛丞相に私淑している
文霊想作家の玄子です。
孔明先生との時空を超えた
奇跡の絆物語は
孔明先生への信(中国語で手紙)と題して
今日まで
私の人生に起きた実話をお届けしています。
中国語が学びたくなった私の
中国語の通信教育を受けたい!
っていう願いは中途半端な過去が原因で
思いっきり却下されてしまいました。
が!そんなことで諦められないほど
中国語が学びたかったので
保護者の許可なく学べる方法を考えたらー
思い出したぁあ(-^□^-)
山形の中学校で、毎朝
英語のラジオ講座の受講を
義務付けられたいたことを!
英語が、唯一私の人生で
役に立った瞬間でした
中学時代にラジオ講座やらなければ
きっと、ずっと気づかないまま。
母もラジオ講座のテキストを購入するのは
許可してくれました。
こうしてやっと、
中国語を学べましたが
ラジオ講座を聞いて思ったのは
(≧▽≦)中国語、楽しい〜
しかも、ラジオ講座の内容が
留学生活、だったので
自分の近い将来を妄想するには
最高の教材でした。
が!!
そんな楽しい時間も束の間。
進路を決める時期がやってきました。
ちなみに1年の時は
まだ、三国志と中国を別々に捉えていたので
「阪神ファンだから、
甲子園に行けるところに住みたい」でした。
・・・私の動機っていつの時代も、
一体、何なんでしょうどこまでも単純。
でも、担任からは
「秋田の人間は田舎者だと
舐められるからやめなさい!」
と反対され
↓田舎者とバカにしそうな人を
三国志登場人物でイメージすると
・・・袁術!?
あるいは督郵(官位名だけで名前は知らない)とか?
・・・どっちも有り得るかも
進路相談で三国志が好きで
中国に興味があると言ったら
「大人になって結婚したら
新婚旅行で行きなさい!」と
何とも夢のない返答。
これ、本当に進路指導、相談って
呼べるレベルなんでしょうか?
私の意向は、ことごとく無視!!
そして高校2年。
中国へ行きます熱が高まり
中国語を本格的に学びたいと思った私は
まだ、留学って発想は全然なくて
「中国語を学びたいから
中国語の専門学校に行きます」
迷うことなく意向を伝えましたがー
意味のわからない担任の返答とは!?
に続きます。