きっかけはキミのなかにあるよ
  • 04Nov
    • オレンジジュース・テスト

      「オレンジジュース・テスト」は、『コンサルタントの秘密』という本に出てくるエピソードです。できる限り簡単に紹介します。あなたは「出席者700名の営業部員年次大会」のために会場を選ぶという仕事を任されました。あなたは、会場候補のホテルの宴会主任にこのように言います。「うちの社の創始者は、営業部のミーティングに関して一つの神聖な伝統を打ち立てた。それは毎朝営業部朝会の最初に、成功を祈ってオレンジジュースで乾杯をするというものだ。この朝食会は午前7時ジャストに、この乾杯で始まらなければならない」あなたは続けます。「700人全員にしぼりたてのオレンジジュースを大きなグラスで出さなければならない」「少なくとも普通の水飲み用のコップと同じ大きさで」「オレンジをしぼってから出すまでに2時間以内で」今風に言えば「ムチャぶり」もいいところですが。ホテルの宴会主任がこのように言ってきたら落第です。「そんなことはできません」ホテルの宴会主任がこのように言ってきても落第です。「お安いご用です」落第しない答え方はこうなります。「それはできますよ。で、それにはこれだけかかります」「できません」という答えが落第であることは、よいとして、「できます(お安いご用です)」はなぜ落第になるのでしょうか。そのように答えた宴会主任(単数でも複数でも)は、大口の客がほしいばかりにウソをついているかもしれません。または、この仕事の難しさを理解しないで、できもしないのに安請け合いしてるかもしれません。いずれにしても、契約後にあなたは後悔することになるでしょう。午前7時までに700人分のオレンジジュースを用意するために、午前5時から人を集めてしぼり始めるとすれば、それなりの費用(人件費、材料費、調理器具)がかかります。宴会主任はそれを示せばいいのです。その費用を出すか出さないかは「あなた」が判断することです。宴会主任が「あなた」に代わって決めることではありません。その費用(見積り)が妥当か否かはまた別の問題です。あなたにしてみれば、いくら安い値段を提示されても、宴会主任(ホテル)が実際にオレンジジュースを用意できないのであれば、意味がありません。宴会主任(ホテル)があなたをだまして缶詰のジュースを出そうとしている場合も同じです。これが「オレンジジュース・テスト」です。いかがですか。役にたちそうなテストでしょ?人に仕事を依頼するときにも、逆に、人から仕事を頼まれたときにも使えます。私の場合は、仕事を頼まれたときに思い出すことが多いです。「私はこのテストを毎日利用している。何らかのサービスをしてもらいたいと思ったときには、私は相手に何をしてほしいかを告げる。相手はそれをするためにはいくらかかるかを告げる。そしてそれが私にとって値打ちがあるかどうかは私が決める」『コンサルタントの秘密―技術アドバイスの人間学』 共立出版 (1990/12)著:G.M.ワインバーグ、訳:木村 泉

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  • 06Jul
    • 身体を連結する

      貨物列車って見ますか?都心部にお住まいの方はめったに見ないかもしれません。東京だと、武蔵野線の駅で電車を待っていると、貨物列車が通過することがあります。(YouTubeに「武蔵野線貨物列車」という動画がありました)ときには、いつ終わるんだろうと驚くほど多くの貨物車が続くことがあります。そこで疑問が湧きませんか?たった1台の機関車がどうして数十両の貨物列車(数百トン?)を牽引できるのか、と。機関車にスゴいパワーがあるからだと思いますか?実は連結器に秘密があります。連結器の遊びが重要な役割を担っているのです。(鉄道ファンはご存知のことですが)機関車が動き出すと、最初の貨物車が引っ張られて動き出します。このとき連結器に遊びがあるため、2番目の貨物列車は同時には動きません。機関車は先頭の貨物車だけを動かすことになります。機関車と先頭の貨物車が動き出してから、2番目の貨物車が引っ張られて動き出します。このとき、機関車のパワーと先に動き出した先頭の貨物車の重さが2番目の貨物車を牽引します。そして、機関車と先頭の貨物車と2番目の貨物車が動き出してから、3番目の貨物車が引っ張られて動き出します。このときは、機関車のパワーと先頭の貨物車と2番目の貨物車の重さが3番目の貨物車を牽引します。以下同様にして、順々に後ろの貨物車が引っ張られていくわけです。連結器に遊びがまったく無くて、貨物列車全体が一体化していたら機関車は動けないでしょう。(『なんでも相談室』「機関車はどうして貨物列車を引っ張る事ができる?」)だとしたら、ですよ。推手をするときは、自分の身体を一体化しておいたほうが有利なわけです。(今は自分の身体が一体化してないから簡単に動かされているのでは?)相手に腕を引っ張られた時に胴体も脚も連結しておけば、相手はそのすべての重さを引き受けなければなりません。腕と胴体のつながりに遊びがあると、相手は腕の重みだけを引っ張ればいいわけです。体重を60kg(100%)とした場合、腕(肩の付け根から指先までとする)の重さ(6%)は約3.6kgにしかなりません。(身体の各パーツの重量比は?)たった3.6kg(腕だけ)だったら、いかようにも振り回されてしまいます。相手に自分の体重全てを引き受けさせることができれば、簡単には振り回されないでしょう。身体のつながり、考えてみませんか?

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  • 20May
    • 背骨はまっすぐのままは動けない

      脊椎(背骨を構成する個々の骨)の動きは、単純な回転、単純な側屈ではありません。回旋には必ず側屈が伴ない、側屈には必ず回旋が伴います。このように複合的な動きとなっているので、これを「カップリングモーション」と呼びます。太極拳の先生や先輩から「背骨はただの棒のように回転するわけではない」ということを前から聞いていましたが、最近、ツイッターで読んだ「カップリングモーション」という語の意味を調べてみたら上記のようなことだったのです。「連結運動」という訳語もありました。上体をひねる動きは必ず両脇の伸び縮みを伴います。背骨はたわんでいます。太極拳の要訣(秘訣・ヒント)に「立身中正」という言葉があります。たいてい、姿勢を正す、姿勢を良くするなどと説明されます。ほとんどの場合、問題になるようなことはないのですが、「姿勢がいい」が「背骨が真っすぐ」ではないということは認識しておきたいところです。「楼膝拗歩」の完成形では、前に出る手と足の右左が逆なので、上体はねじれます。このとき背骨は湾曲しているのです。『健康太極拳稽古要諦』(ベースボール・マガジン社)の「中正円転」の章に解説があります。「転動が一定の角度以上になると脊椎が左右にたわみ、それによって肋骨の動きが左右均等でなくなり、全体から見て二軸で動いているようになるからである。(中略)身体の主要部分は二軸で動く…といっても身体重心は中正の一軸にあり、重心がそこを外れることはバランスを崩すことである」参考になさってください。Googleで「カップリングモーション」を検索すれば、多数のページがヒットします。ここでは、脊柱の説明が細かい下記のページを載せておきます。「脊柱と脊椎」について(ヒーリングテープ協会)http://ktmhp.com/hp/healing-tape/20

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  • 19Mar
    • カスパー・ハウザーって誰?

      「カスパー・ハウザー」とは、19世紀初期のドイツに生きたある青年の名前です。彼が誰の子で、どこで生まれたかはわかっていません。1828年5月、ニュールンベルクの街に突然現れたのです。(1828年は日本では江戸時代の末期、西郷隆盛が生まれた年。文豪トルストイが生まれたのもこの年)カスパー・ハウザーが発見されたとき、彼は足もとがふらついてろくに歩けず、言葉もしゃべれませんでした。彼の身柄は警察に委ねられました。警官たちが取り調べを行ないましたが、彼はまったく会話ができませんでした。ただ、紙とペンを渡されると「Kaspar Hauser」と書きました。そこで、彼はその名で呼ばれるようになったのです。やがてわかったことは、カスパー・ハウザーはごく幼い頃から狭い部屋に幽閉され、パンと水だけを与えられて育ち、他人の存在を理解できず、時間の観念もなく、外の世界というものをまったく知らずにいたということでした。カスパー・ハウザーは、言葉が理解できないだけではありませんでした。当初は「見る」ということもできていませんでした。後日(彼が言葉を覚えてから)わかったことですが、彼は窓から見える景色というものを認識できなかったそうです。彼は窓を閉ざしたよろい戸に、白や青や緑、黄などの模様が絵の具で描かれているのだと思っていたのです。カスパー・ハウザーの出現と急激な成長はヨーロッパ中の人びとの注目の的でした。多くの人が彼に会おうとしました。詩や小説の題材にもなりました。ここで、注目したいのは、カスパー・ハウザーの「感覚」です。カスパー・ハウザーは初め、パンと水しか受け付けませんでした。水以外の飲み物や肉などには臭いをかいだだけで不快感を示したといいます。「ほんの一滴のワインやコーヒーなどを、こっそり水に混ぜて飲ませても、彼は冷や汗をかいてしまい、吐き気や激しい頭痛に襲われてしまうのだった」味覚の感度が極めて高かったことがうかがえます。視覚に関しても驚くべき能力を持っていました。彼は夜でも昼と同じ歩調で歩いたのだそうです。夜、手すりを探りながら歩く人を見て、笑ったといいます。「夕暮れが近くなったころ、彼は教授に、かなり離れたクモの巣にブヨがひっかかっているといって教えたことがある。(中略)詳しく調べてみた結果、彼は完全な暗闇でも、青と緑といった暗さの異なる色を正しく識別できることがわかった」同じように、聴覚や嗅覚も常人よりはるかに鋭敏でした。カスパー・ハウザーは何も特別な訓練は受けていません。むしろ、通常のしつけや教育を一切受けていなかったのです。今となっては誰にも解明できない不幸に見舞われて、暗闇の中、パンと水だけを与えられて成長期を過ごしたのです。そのような生い立ちのカスパー・ハウザーが示した驚異的な能力の数々を思うと、我々は、ヒトの持ちうる能力についてもっと可能性を広く大きく考えなければならないようです。人類(ホモサピエンスおよびその先祖)は、その発達した脳(知恵)で厳しい自然淘汰の世界を生き抜いてきたと一般には言われています。しかし、それだけではないのではないでしょうか。現代人はヒト科の動物が有しうる能力を過小評価しているのではないか、と。人類は、カスパー・ハウザーが示したような鋭敏な感覚と優れた身体能力によって、火や道具の使い方を見出すまでの永い年月を生き抜いたのだ、と。Webサイト「亀戸図書委員会」で、もうちょっと詳しく書いています。左側メニューの「感想文」をクリックして「45.『カスパー・ハウザー』A・フォイエルバッハ」を選択して下さい。(iPhoneの場合は、Safariで開いてご覧ください)

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  • 18Feb
    • 大腿骨は斜め

      ある風邪薬がすごく良く効いたりすると、つい他人にもそれを勧めてしまいます。それが別の人の症状に効くかどうかはわからないのにです。この「大腿骨は斜め」話もそんなものかもしれません。(でもね、、、)大腿骨は骨盤と膝の間にある人体で最も大きな骨です。形は単純な棒状ではなく、骨盤にはまる部分(大腿骨頚[けい]部)が少し飛び出した、片寄ったL字型です。自分の太腿を眺めると骨盤から膝に向かって真っすぐ伸びているように見えます。確かに脚全体としてはそうですが、中の骨は違います。大腿骨は、太腿の中で骨盤の脇から膝まで斜めに通っているのです。骨盤の股関節の位置と膝関節は鉛直線上にあります。しかし、大腿骨の上端は大腿骨頚部の分だけ外側にあります。この位置は膝関節より外側です。身体の重さは、背骨~仙骨~骨盤(腸骨)~大腿骨~脛骨~と伝わっていきます。この途中の「~大腿骨~」は、斜めなのです。これによって、身体の重みは膝から下の骨(脛骨)に垂直に載っています。身体の重さが伝わる経路が途中で斜めになっているって、驚きではないですか?確かに、人体の骨格図で太腿の骨は斜めだったような気がしてましたが、それを実感したのはつい最近のことでした。そうイメージしていたほうが歩くのが楽に感じられます。 (なんだ、そういうことだったのかぁ)この仕組みの巧妙さは片足で立つことを考えるとわかります。物理的には、物体の重心が基底面から外れるとその物体は倒れます。片足立ちの人間で言えば、腹部(丹田と言われるあたり)にある重心(そこから垂線を下ろして)が、足の裏から外れたら立っていられません。我々が普段片足で立てるのは、足の裏という決して広いと言えない面積に重心が収まっているからです。大腿骨が斜めになっていて、膝(その下の脛骨)の上に股関節が位置することによって、片足で立てるようになっているわけです。もし、大腿骨が骨盤の横端から真下に真っすぐ伸びていてその延長に足の裏があったらどうなるでしょう。片足で立つために重心を足の裏の範囲に収めるには、脚全体が斜めにならないといけないでしょう。だいぶ筋力を要するはずです。二足歩行はどうなるでしょうか。両方の足裏が重心から外れた位置にあったら、一歩を踏み出すごとに姿勢を安定させるのに身体中の筋肉を動員することになるでしょう。人間の場合は、大腿骨が斜めになって足の裏を体幹部の下に位置させることとなり、二足歩行動作でも重心の位置が基底面に近いためにコントロールが容易になっています。片脚で立ってみて、自分の太腿を見てください。骨盤の端から膝に向かって斜めに太い骨が通っているのです。

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  • 28Jan
    • Sleep Cycle という iPhone アプリ

      このグラフをご覧ください。昨夜のワタシの睡眠の深さの時間的変化を示しています。夜中の3時を過ぎた頃にベッドに入りましたが、一瞬で深いところまで行ってるようです。その後、急激に浅くなり、また急激に深くなっていき、5時から7時にかけてはしっかり睡眠がとれているようです。7時から9時にかけては、ずっと浅い眠りですね。面白いのは、9時からまた急に下がってる(グラフの右端)ところで、1回トイレに行ってから、ちょっと2度寝してしまいました。それがグラフに出ているんです。1週間ぶりにしっかり睡眠がとれました。このグラフを作ってくれたのが、Sleep Cycle という iPhone アプリです。このアプリを起動して枕元に置いておくと、寝ている人の動きから発生する振動を感知して、朝にはグラフができています。ただ、電池は喰います。一晩で40%くらい消費します。なので、今まで使ってなかったのです。(電源ケーブルのつなぎっぱなしが気にならない方は使っちゃってください)ところが、あるブログで、iPhoneを4Sにしてから使わなくなった3GSで、Sleep Cycle を使っていると書かれていて、なるほど、その手があったか、と。で、1月4日からもう十数回測定してみました。その1月4日はこんなグラフ↓。1月17日はこんな感じ↓。なかなか寝付けなかったようです。面白いでしょ?このアプリ(Sleep Cycle)でもうひとつ気に入っているのは、アラーム機能です。iPhone に登録してある音楽が選べるんです。で、指定の時間が近くなると、その曲が最初は小さいボリュームで鳴り始めて、徐々に音が大きくなってゆくのです。そして、iPhone が振動して起こしてくれる、というわけです。(この辺は自分の好みに合わせて設定が変更できます。アラーム無しも可能です)ヘビメタで起きたい人はヘビメタで、どうぞ!

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  • 03Jan
    • ドナルド・キーン氏の覚悟

      明けましておめでとうございます。本年もご贔屓にしていただければ幸いです。2012年1月1日の朝刊に新潮社の「ドナルド・キーン著作集」の広告が掲載されました。「日本人よ、勇気をもちましょう」というタイトルです。ドナルド・キーン氏は高名な日本文学研究者で、昨年の3.11の地震の後に日本への帰化を決意しました。キーン氏は今年90歳、卒寿(そつじゅ)です。そのお歳で母国アメリカを離れて日本で暮らそうというのです。広告文でキーン氏は主張します。日本人は勁(つよ)い、日本人は地震と津波と「原発の災禍」から立ち直ると信じています、と。とても素晴らしい文だったのでツイッターでお知らせしようかと思いましたが、新潮社のサイトにはまだこの広告がUPされていませんでした。リンクが貼れないなら、自分で全部タイプしようかと考えましたが、それはちょっと新潮社さんに悪いだろうかと思い、「日本的な勁(つよ)さ」という言葉についてツイートするにとどめました。ところが、今日(1月2日)、溝口健二監督の『雨月物語』を観ているさいちゅうに、考えが変わりました。『雨月物語』(1953年)はモノクロームの映画ですが、映像は美しく、脚本も配役も非の打ち所がありません。特に、京マチ子の妖艶さは鳥肌ものです。目の動き、顔の傾き、背中のしなり、AKB48がAKB480になっても敵わない(←どういう例えじゃ(・・。)ゞ)凄みがあります。この映画は、ヴェネツィア国際映画祭(イタリア)の銀獅子賞を受賞しました。また、エディンバラ映画祭(イギリス)においてデヴィッド・O・セルズニック賞を受賞しました。文部省芸術選奨も受賞しています。キーン氏は広告文でこう書いていました。「私がいまだに感じるのは、この日本人の、「日本的なもの」に対する自信のなさです。違うのです。「日本的」だからいいのです」1日前にこの文を読んだ時には意味がピンと来ませんでした。それが『雨月物語』を観て、ピンと来たのです。『雨月物語』という映画こそ「日本的なもの」そのものであり、かつ、「日本的だからいい」というそのものである、と。そのようなものが『雨月物語』以外にもあるのだ、と。以下に、ドナルド・キーン氏の文章を全文引用します。お読みください。 かつて川端康成さんがノーベル文学賞を受賞したとき、多くの日本人が、こう言いました。「日本文学が称賛してもらえるのは嬉しいが、川端作品は、あまりに日本的ではないか」。 日本的過ぎて、西洋人には「本当は分からないのではないか」という意味です。分からないけれど、「お情け」で、日本文学を評価してくれているのではないかというニュアンスが含まれていました。 長年、そう、もう七十年にもわたって日本文学と文化を研究してきて、私がいまだに感じるのは、この日本人の、「日本的なもの」に対する自信のなさです。違うのです。「日本的」だからいいのです。昨年、地震と津波に襲われた東北の様子をニューヨークで見て、私は、「ああ、あの『おくのほそ道』の東北は、どうなってしまうのだろう」と衝撃を受けました。あまりにもひどすぎる原発の災禍が、それに追い打ちをかけています。 しかし、こうした災難からも、日本人はきっと立ち直っていくはずだと、私はやがて考えるようになりました。それは、「日本的な勁(つよ)さ」というものを、心にしみて知っているからです。昭和二十年の冬、私は東京にいました。あの時の東京は、見渡すと、焼け残った蔵と煙突があるだけでした。予言者がいたら、決して「日本は良くなる」とは言わなかったでしょう。しかし、日本人は奇跡を起こしました。東北にも同じ奇跡が起こるのではないかと私は思っています。なぜなら、日本人は勁(つよ)いからです。 私は今年六月で九十歳になります。「卒寿」です。震災を機に日本人になることを決意し、昨年、帰化の申請をしました。晴れて国籍がいただけたら、私も日本人の一員として、日本の心、日本の文化を守り育てていくことに微力を尽くします。新しい作品の執筆に向けて、毎日、勉強を続けています。 勁健(けいけん)なるみなさん、物事を再開する勇気をもち、自分や社会のありかたを良い方向に変えることを恐れず、勁(つよ)く歩を運び続けようでありませんか。勁健 けい‐けん【×勁健】[名・形動]強くすこやかであること。また、そのさま。http://kotobank.jp/word/%E5%8B%81%E5%81%A5

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  • 28Dec
    • 固定と安定

      太極拳(や野口体操)でいう「安定」(平衡状態=バランスがとれた状態)とは、「固定」ではありません。変化を内に秘めた状態です。楊名時先生の言葉です。「虚実は固定したものではなく、つねに自由自在に変化しうるように、前後左右、動くときは腰を中心に、ネコが歩くように、静かに注意深く足を運ぶことがたいせつである。危険を感じたら、すぐ後退できるように、進退屈伸を自在にしておくことである。変化をつねに内に秘めているのである」(『太極拳のゆとり』「稽古要諦」より)一般には、両脚を大きく開き、腰を低く落とした状態が「安定」しているように感じられます。ところが、野口三千三の見方は異なります。「動かない建物の場合には、地球につながる土台は、広い方が安定します。しかし、動くものの土台は、広く幅を取ると逆に不安定になります。次の瞬間の動きの可能性を妨げます」(『感覚こそ力』「野口体操・動きの理論」より)太極拳を何年か練習してみると、このことに納得できると思います。腰を低く落として動くのはとても難しいですよね。脚力も柔軟性も必要になってきます。おそらく、太極拳で姿勢を低くして練習するのは「安定」のためではなく、別の目的(下半身の鍛錬とか)があるのだと考えておくほうがいいでしょう。

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  • 10Dec
    • 細分化と統合

      ご無沙汰しておりました。『スーパーボディを読む』(マガジンハウス)という本をご存知でしょうか。私が運動関係の本を読み始めた頃に熱中して読んだ本です。一流のスポーツ選手やダンサー、武術家の動きを解析して、どこが優れているかを分析(解説)するという方法は、今や珍しい方法ではありません。野球やサッカー、ゴルフ、スケート、体操などなどの解説でも身体(からだ)について語られることが多くなってきたように感じます。1998年に出版された伊藤昇の『スーパーボディを読む』は、このような分析手法の嚆矢(こうし)であり、こうした方法の流行を作った本だったと思います。「手先足先を動かしているもの、つまり身体の中心に目を向けなければならない。身体の中心とは、背中、胸、腰といった部分、すなわち「胴体」である。(中略)胴体がどのように動いているのか、意識して見るようになると、すぐれた動きとそうでない動きの違いがわかるようになる」伊藤昇は、手や足の動きに比べて見えにくい胴体の動きを3つに分類しました。その3つの動きとは、(1)丸める/反る、(2)伸ばす/縮める、(3)捻り(ひねり)です。わずか3つの動きに分類する、このシンプルな視点が『スーパーボディを読む』の成功を生み出したのでしょう。「あらゆる動きはこの三つの胴体の動きのバリエーションに過ぎない。これを徹底して磨けば、動きの質は確実に向上するし、このことを意識するだけでも動きが変わる」それで、練習の具体的な一例として、体幹部の「細分化」が挙げられています。肩甲骨、肋骨、骨盤、仙骨などへの意識を高めることを提唱しています。そうして「細分化」された各所をまた運動の中で協調して使っていく(統合)わけです。「細分化」する練習と「統合」する練習、そういう意識があると今までの練習が少し様相を変えることになるのではないでしょうか。

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  • 24Oct
    • 主観と客観のズレ

      自分では型どおりに動いているつもり、コーチに指示されたとおりに動いているつもりでも、実はそうではなかったということがしばしばあります。他人に指摘されたり、自分でビデオを見ていて気づいたりします。以前、自分のホームページで紹介したことを元ネタに書きます。小田伸午(おだ しんご、1954年 - )という、現在は関西大学教授の方が書かれた『身体運動における右と左 - 筋出力における運動制御メカニズム』 (京都大学学術出版会)という本からの抜粋です。著者は短距離走を例に取り上げて「主観と客観のずれ」について説明します。まず、短距離ランナー(スプリンター)が速く走るために必要な要素は次のようなものです。1) スイング期(キックし終えた脚が次の着地をするまでの局面)の動作で、疾走速度と正の相関があったのは、接地直前の振り戻し速度であり、その他の動作(引き付け、もも上げ、振り出し)は疾走速度と関係なかった。2) 引き付け動作は大腿の前方スイングの加速によって受動的に引き起こされるのであって、意識して引き付けるのではない。また、下腿の振り出し動作も、大腿の前方スイングの減速によって受動的に引き起こされるのであって、意識して振り出すのではない。3) キック期の動作で疾走速度と正の相関があったのは、股関節の最大伸展速度のみであり、膝関節、足関節(足首)の伸展速度は疾走速度と関係がなかった。4)~6) [省略]7) 以上より、より高い疾走速度を得るためには、接地直前に膝を伸ばしすぎずに、脚の振り戻し速度を高くし、その速度を利用してキック局面の前半から中間時点までの脚の後方スイング速度を高めることが重要である。(第3回世界陸上競技選手権大会(1991年、東京)における日本陸上競技連盟バイオメカニクス研究班の調査報告より)同研究班の分析によれば、カール・ルイスは脚の後方スイングが日本選手より約2倍速かったのです。ところが、ルイスは後方スイング自体の動きは練習していないというのです。カール・ルイスのコーチ、トム・テレツの言葉が引用されています。「大事なことは、膝を高く上げすぎたり、上体を反らせたりせず、そのままでリラックスを保って脚を動かすことです。足を前に振り出してはいけません。足を下に踏みつける、地面を踏みつけることを注意して行います(前後省略)」つまり、実際に走るときの感覚としては「脚を真下に踏みつける」が適切だというのです。地面を前から後ろに向かって掃くように脚を動かそうとしても、脚の後方スイング速度を高める動きにはならず、疾走速度は上がりません。むしろ後方スイングを忘れて「脚を真下に踏みつける」ように意識して走れば、結果としては脚の後方スイング速度を高める動きができるというのです。(本ではもっと詳細に記述されています)つまり、客観的要求(脚の後方スイング速度を高めること)と主観的イメージ(脚を真下に踏みつける)との間にずれがある、というわけです。このような「ずれ」は短距離走だけの問題でしょうか?太極拳やその他の武術、あらゆるスポーツにあるのではないでしょうか。太極拳の場合、姿勢を前傾(あるいは後傾)させないとか、膝とつま先の向きを一致させるとか、肩や肘を上げないとか、下を向かない、などなどの客観的な要求がありますが、これらをそのまま主観的イメージに投影して(意識して)動いてもなかなか要求通りにはなりません。そこで、さまざまな主観的イメージが工夫されてきたように思うのです。さがるときは背中からさがるとか、丹田を意識するとか、水の中を歩くようにとか、ボールを水に沈めるようになどの教えです。自分の動きを見直すにあたって、このような「ずれ」の存在を認識していれば、理論と実践の溝を小さくすることができるのではないでしょうか。(1) 運動に関する記述(教え)が「客観的要求」なのか「主観的イメージ」なのかを区別すること。(2) 「客観的要求」と「主観的イメージ」の間にある「ずれ」を理解すること。(3) ある「客観的要求」がそのままのイメージでは実現が困難な場合、その「客観的要求」に応える「主観的イメージ」を工夫すること。分析的(物理学的・解剖学的)側面から客観的な情報を得ることは大切なことです。自分がしているつもりのことが客観的にはどういう性質をもっているのか、それを知らなければスタートラインにも立てません。そうして得た情報が直ちに、動く主体としての自分に取り込めることもあるでしょう。しかし、必ずしもそうはなりません。客観をいかにして主観に「戻してやる」か、そこに工夫が必要となってきます。

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  • 10Oct
    • ボディマップとは

      ボディマップとは、アレクサンダー・テクニークの先生たちが考案した言葉です。直訳すれば、「人体の地図」ということですが、人体の構造について、正しい知識を持とうよ! というメッセージが含まれています。例えば、腕の関節はいくつありますか?3つですか? 4つではありませんか?数えてみましょう。1=手首の関節、2=肘、3=肩、4=胸鎖関節(鎖骨と胸骨)そうです。4つです。腕と体幹部の接合部は胸の前にあります。肩関節(および肩甲骨)は固定されていません。浮いています。肩関節自体が動くのです。(股関節との大きな違いです)次の質問。背中のでこぼこは背骨でしょうか?背骨には違いありませんが背骨の本体ではありません。背中のでこぼこは「棘(きょく)突起」です。背骨の本体、つまり「椎体」と「椎間板」の交互の重なりは、背中のでこぼこよりもずっと内に入ったところにあります。背中のでこぼこは体重を支えていません。もうひとつ質問。膝関節はどこにありますか?膝小僧の裏側にありますか?膝関節は膝のお皿の裏側下方に位置しています。ゆっくり膝から下の部分の動きを観察してみてください。人体の構造について、一度は勉強しておきたいところです。『アレクサンダー・テクニークの学び方-体の地図作り』 バーバラ・コナブル + ウィリアム・コナブル(誠信書房)『音楽家ならだれでも知っておきたい「からだ」のこと』バーバラ・コナブル + ウィリアム・コナブル(誠信書房)なお『音楽家ならだれでも知っておきたい~』は似たようなタイトルの本の本家本元です。類似品にご注意ください。

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  • 21Sep
    • 自信というものは

      先日、ツイッターで素敵な文章に出会いました。「自信というものは、いわば雪の様に音もなく、幾時(いつ)の間にか積った様なものでなければ駄目だ。 そういう自信は、昔から言う様に、お臍(へそ)の辺りに出来る、頭には出来ない。頭は、いつも疑っている方がよい。難しい事だが、そういうのが一番健康で望ましい状態なのである」小林秀雄(こばやし ひでお、1902年[明治35年]4月11日 ~ 1983年[昭和58年]3月1日)コメントのしようもないです。ググってみたら多数の方が引用していました。有名な文章なんですね。小林秀雄は日本を代表する文芸批評家で、日本文学への造詣がたいへん深い方でした。有名な著作というと、『様々なる意匠』(1929年[昭和4年])『モオツアルト』(1946年[昭和21年])『ゴッホの手紙』(1953年[昭和28年])読売文学賞『近代絵画』(1958年[昭和33年])野間文芸賞『本居宣長』(1976年[昭和51年])日本文学大賞などでしょうか。私はひとつも読んでませんが。あれ?1967年(昭和42年)、文化勲章を受章されています。最初の文章は『道徳について』という本の中にあるそうです。小林秀雄38歳の時の文章です。

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  • 05Sep
    • アレクサンダーテクニーク

      身体技法でもうひとつ、忘れてはならないのが、アレクサンダー・テクニークです。「F.M.アレクサンダー(Frederick Matthias Alexander, 1869-1955) はオーストラリアで若い俳優として有望なスタートをしましたが, しばらくすると舞台上で声がかすれたり, 出なくなりました。」(日本アレクサンダー・テクニーク協会)フレデリック・マサイアス・アレクサンダーは、日本で言えば、明治二年の生まれです。上記のような体験から、首の緊張がヒトのパフォーマンスに大きな影響を与えていることを発見しました。そして、従来にない独自の治療法を開発したアレキサンダーはロンドンに渡り、彼の地の演劇界におおいに貢献しました。アレクサンダー・テクニーク曰く、身体の不必要な緊張を抜いていく。これって武術の稽古みたいでしょ?アレクサンダー・テクニークで特筆すべき点は、教師の養成システムが早くからできあがっていたことにあります。アレクサンダー教師の養成は1930年(第2次世界大戦開始の9年前)から始められ、アレクサンダーの教え子たちはそうした学校をいくつも設立しています。現在、世界中に4000人ものアレクサンダー教師がいるのだそうです。そうした教育システムで育った教師の中には、座っている人の頭に手を載せ、ヒョイと立ち上がらせてしまう人もいたといいます。アレキサンダー自身もそのような技術をもっていました。私のサイト亀戸図書委員会でも、いくつか記事を書きました。『アレクサンダー・テクニックの使い方』『ひとりでできるアレクサンダー・テクニーク』アレキサンダーの身体技法は、フェルデンクライスの身体訓練法にも影響を与えています(←私の認識)。

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  • 26Aug
    • 野口三千三とフェルデンクライス

      モーシェ・フェルデンクライスは1904年生まれ、野口三千三(のぐち みちぞう)は1914年生まれです。ほぼ同時代に生きていますが、東西の異なる国に生まれ、異なる言葉を話し、異なる教育を受け、おそらく互いに言葉を交わすことがなかったはずの二人が、からだを動かすということについて多くの点で同じ見解に達したということは、極めて重要なことだと思います。例えば、姿勢について。フェルデンクライス「よい直立姿勢とは、最小限の筋肉活動で、どの方向へでも望むがままに、同じようにたやすくからだを動かせる姿勢である」野口三千三「ほんの少しの小さな力によってバランスが崩れてしまう状態は、極めて頼りないように思われる。しかし、この状態はほんの少しの小さな力によってバランスを保つことができる状態でもある。これが生きものの安定状態である」感覚について。フェルデンクライス「鉄の棒を持ち上げているときには、ハエがその棒にとまっていても飛び去っても、そのちがいは感じとれないだろう。ところが一枚の羽を手にしているときには、ハエがとまっているかいないかのちがいは、はっきり感じとれる」野口三千三「刺激はできるだけ小さい方がいいんです。その中で違いが分かる感覚を練る方がいい。そうすれば、当然のことに大きい差に対しても違いが分かるようになります」私は同じ考えだと思いますが、いかがでしょうか。私がこの二人の考え方にとくに惹かれるのは、太極拳との親和性が高いからです。立身中正や沈肩垂肘といった太極拳の秘訣(ヒケツ)と共鳴するのです。ヒトの身体について、身体の動きについて突き詰めていくと、同じ所に行き着きそうだな、と思えてくるのです。

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  • 21Aug
    • フェルデンクライス

      モーシェ・フェルデンクライスは、1904年生まれのユダヤ人で、パリのソルボンヌ大学で物理学を学び、第二次世界大戦中は英国でソナー(海中で使う探知装置)の研究をしました。ヨーロッパで初めて柔道の黒帯を取得したひとりですが、膝を痛めてしまいました。その後、ヨガや生理学などを広範囲に研究して、独自の身体訓練法(フェルデンクライス・メソッド)を開発しました。「鉄の棒を持ち上げているときには、ハエがその棒にとまっていても飛び去っても、そのちがいは感じとれないだろう。ところが一枚の羽を手にしているときには、ハエがとまっているかいないかのちがいは、はっきり感じとれる」大きな力を出しているときは感覚が鈍くなる、ということです。力を抜くということは、単に筋力の強弱を問題にしているのではなく、筋肉のセンサーを活用しなさいという意味です。人間は生まれながらにもっている能力が、動物よりもはるかに少ないです。動物は生まれてすぐに歩けるようになりますが、生まれてすぐの人間は二足歩行できませんし、立てもしません。それどころか、誰もが生まれ落ちた瞬間に呼吸し始めるとは限りません。「ときには、赤ん坊が最初の息を吸いこむ前に、手荒な処置を講じなくてはならない」ことさえあります。しかし、動物のような誕生前にできあがっている能力は変更がききません。人間は生まれた環境に適応することができます。フェルデンクライスは、動物のもつ強い本能に代わるものが、人間の学習能力の大きさだと考えました。↓本の紹介です。『フェルデンクライス身体訓練法』もうひとつ、お気に入りの言葉を。「どんなことでもうまくやれた場合には、むずかしくは見えない。むずかしく見える動きは、正しく行われていないからだと言ってもさしつかえないだろう」

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  • 13Aug
    • 野口三千三の言葉

      プロフィールにありますように、「亀戸図書委員会」というホームページを開いています。本の紹介や太極拳のこと、ヒトの身体のことなど、関心のおもむくままに書いています。その中で最も引用の多い人が、野口三千三(のぐち・みちぞう)先生です。野口三千三(1914~1998年)は、東京芸術大学で体育を教えていた方で、一般の学校体育や体操とは異なる観点から体操の可能性を追求された方です。詳しくは「野口体操 公式ホームページ」をご覧ください。野口三千三先生が書かれた本『原初生命体としての人間』には本当に驚きました。1970年代にここまで書いていた人がいたんだ、と。この本を読んだ頃、書いたのがこんな記事です↓「筋肉を使う」この文章の最後に引用したのが次の言葉です。「ある一瞬に働くべき筋肉の数が少なすぎることによる誤りはきわめて稀で、誤りの多くは、ある一瞬に働いてしまう筋肉の数が多過ぎることによって起こる」しびれます。

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  • 05Aug
    • NHK文化センター青山教室

      月に1回、第4日曜日はNHK文化センターの教室で、ベンガン(鞭杆)を教えています。ベンガン・スタジオ(鞭杆協会ホームページ)今、生徒さんが9人いらっしゃいます。千葉から1名、茨城から7名(!)、仙台(!)から1名です。そう、東京人がいません。銀座線・半蔵門線・大江戸線の「青山一丁目」駅、その真上のツインビルにある教室ですよ。東京のどまん中の教室なのに。不思議ですね。生徒さんの交通費を考えると、身が引き締まります。少しも手が抜けません。この4月から、あるいは5月から始めた方が多く、ベテランさんも初心に帰っているようです。皆さん明るい方々で、お互いに助け合いながら稽古しています。2~3名、ベテランの方がいらっしゃると、新しい方々の覚えが早いような気がします。まずは、基本の八式を定歩・活歩で練習して、基本動作30式をちょっとずつ混ぜながら、24式を進めて行きたいと考えていますが、なかなかね、思惑通りには行きません。え? 生徒さんの年齢ですか? 個人情報に関わることですのでお応えできません(笑)見学(1回限り)は無料です。NHK文化センター青山教室 鞭杆

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  • 31Jul
    • きっかけはキミのなかにあるよ

      このブログのサブタイトル、「きっかけはキミのなかにあるよ」ですが、これは私の空耳からできたものです。Perfumeという女性3人組の歌手(いまどきはアーティストというの?)がいます。彼女たちの楽曲に「Zero Gravity」というのがあります。こんなのです↓Zero Gravity (YouTube)この歌を聞いてて「きっかけはキミのなかにあるよ」っていい歌詞だなと思っていたわけです。Zero Gravity、ゼロ・グラビティっていう言葉の響きもいい感じだし、よっしゃこれいただき、となりました。ところが、何か月か後に、ネットでこの曲の歌詞を検索してみたら、本当の歌詞は「鍵はキミの中にあるよ」でした。ああ、そうだったんだ~(遠い目)、ふ~ん。(;´Д`)ノしかし、思い込みで生まれた「きっかけはキミのなかにあるよ」のほうが自分にとっては好ましい響きがあるような気がして、そのまま使うことにしました。(歌詞そのものではないから、著作権とかも関係ないだろうし、というのもありました)きっかけは空耳のなかにあるよ、というお話でした。

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  • 29Jul
    • 亀戸図書委員会

      2002年から「亀戸図書委員会」というホームページを公開しています。早いものでもう9年経ってるんですね。その間、おおむね月に1度のペースで新しい記事を追加してきました。テーマは、太極拳とかお気に入りの本とかです。お暇なときにお立ち寄りください。で、しばらく前から「亀戸図書委員会」をリニューアルしようと考えています。このブログのタイトル「Zero Gravity」は新しいサイトのために用意していたタイトルなのです。実は、もうドメインも取得しています。サーバーも決めているのです。ただ、デザインが先へ進まない状態です。(某協会のホームページの更新作業が落ち着くまでは、無理かなぁ~)そんなこんなで、今どきのWebサイトの作り方をちょっとずつ勉強しています。

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  • 27Jul
    • 始めました

      某協会の陰謀にはまり、ブログを始めることになりました。ヽ(`Д´)ノどっちかというと、今は、Twitter(ツイッター)に熱心です。@kameidobそうそう大事なことを書かなければ、私はiPhoneユーザーです。

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