『ポリヴェーガル理論入門』ステファンW・ポージェス
  (副題:心身に変革をおこす「安全」と「絆」)  春秋社 2018年11月
            
「ポリヴェーガル理論」は、迷走神経と心身の関連性を新たな視点から見直した理論で、神経科学・心理学・社会学の研究者や、トラウマ・うつ・不安障害、各種の心身疾患、発達障害等に向き合う医療関係者、セラピストといった方々の注目を集めている理論です。
本書は、その「ポリヴェーガル理論」の提唱者自身が一般向けに対談形式で書き表したものです。
 
本書タイトルの「ポリ・ヴェーガル」という言葉を単純に訳すと「複数の迷走神経(に関する)」ということになります。(vagal=迷走神経の、迷走神経に関する)
「迷走神経」は副交感神経系の主たる神経で、「複数の」というのは、哺乳類(人類を含む)の迷走神経には、生命の進化の歴史上古くからある迷走神経と、進化上は新しい(哺乳類からある)迷走神経が存在するためです。
私たちが特に意識しなくても呼吸をしたり、食べたものを消化するため胃を動かしたり、体温を維持するため汗をかいたりするのは、自律神経が働いているからです。ご存知のように、自律神経は、内臓、血管などの働きをコントロールし、呼吸・消化・代謝などを通じて体内の環境を整える神経です。運動を司る神経とは違って、私たちの意思や思考とは独立して働いているので、内臓や血管を私たちの意思で自由に動かすことはできません。
自律神経には、交感神経(≒活動の神経)と副交感神経(≒休息の神経)があり、一つの器官に対して互いに相反する働きをしています。
近年、健康的な生活には副交感神経優位の状態でいることが望ましいとする考えが広まり、何らかの方法で自律神経をコントロールしようと試みられるようになりました。ヨガや太極拳(気功)などのゆったりした運動が、副交感神経優位の状態になれる方法として認知されているようです。
 
「ポリヴェーガル理論」では、
 1.普通に社会的行動を営んでいる状態=新しい迷走神経系が交感神経・古い迷走神経を制御している状態
 2.自分の身を守ろうとしている状態=交感神経系が優位の状態。
 3.存在の危機を感じている状態=古い迷走神経が働き、心身ともに働かなくなる。
このような神経系の働きを前提として、心のケアや医療に役立てようと考えます。
「新しい迷走神経」とか「古い迷走神経」とは、どういうことでしょうか。
 
「第5章 安全の合図、健康および「ポリヴェーガル理論」」の冒頭からポイントになる部分をピックアップしていきます。
 ・交感神経は、闘争/逃走行動などの攻撃的な欲動を支持する。同時に、ストレス反応を起こす。
 ・副交感神経(迷走神経を含む)は、健康・成長・回復を促進する。
 ・迷走神経は副交感神経系の主要な神経で、脳と心臓をつないでいる非常に重要な神経である。
 ・迷走神経は双方向に情報伝達する。脳から内臓へ。内臓から脳へ。
 ・迷走神経の神経線維の 80% は求心性(内臓から脳へ)である。
 ・哺乳類の迷走神経は、(進化の別々の時期に発生した)二つの異なる機能を有する運動神経経路を含む。
 ・(進化的に新しい)脳幹の疑核から発した迷走神経は、顔のすべての筋肉とつながっている。
 ・(進化的に古い)迷走神経は脳幹から発し横隔膜下につながっている。
 ・脳では、進化的に新しい回路が古い回路を抑制している。
 ・(哺乳類の最古の神経系である)無髄の横隔膜下迷走神経は自身を防衛するために「シャットダウン」を引き起こす。
    ※シャットダウン=代謝活動を減らし、不動状態になる。血圧の低下、さらには失神など。(死んだふり。爬虫類は何時間も呼吸せずに水に潜っている)
 ・(次に古い神経系である)交感神経系は防衛のために、闘争/逃走を支持(優先)する。(副交感神経の機能は抑制される)
 ・(哺乳類特有の新しい)迷走神経系は、「安全」である限り、社会的行動と生理学的状態の調整を統合する。
    →(新しい迷走神経系が)哺乳類の社会的な相互交流を可能にした。
「ポリヴェーガル理論」では、内臓諸器官や心の状態と自律神経系の状態とを分けて考えないようにします。
 
「(患者さんが訴える)諸症状についても、横隔膜上と横隔膜下で分けて考えることが重要です。非常に緊張が強く、不安を抱えている人は、交感神経系が防衛システムに活用されている起きる症状を呈します。交感神経が防衛に使われるのは、横隔膜上の迷走神経の働きが抑制されるか、機能的に停止するときです。おもしろいことに、高血圧や循環器疾患、その他の横隔膜上にある諸器官における自律神経系に起因する障害の一連の臨床症状は、横隔膜上の迷走神経緊張が低く、交感神経系が活性化されている状態と関連しています。
トラウマや長期虐待サヴァイヴァーにおいては、特に解離状態のときに横隔膜下迷走神経が防衛に起用されていた可能性があります。横隔膜下迷走神経が防衛に起用されている場合、さまざまな臨床症
状が現れます。こうしたクライアントは、線維筋痛症や、消化の問題や腸の不調を抱えていることがあります。
(中略)神経系が内臓器官の機能に及ぼす影響について理解している医師は少ないと言わざるを得ません。もしこうした点への理解が進めば、身体的不調についても、より良い説明がつき、治療へとつながる可能性があります」(第5章 安全の合図、健康および「ポリヴェーガル理論」より)
こうしたことから、「ポリヴェーガル理論」では、新しい迷走神経系を働かせて健康的な状態を維持させるためには「安全である」と感じられることがクライアントにとって重要であると考えます。「安全を感じることは治療だ」(同じく第5章より)
そこから、トラウマを抱える人、圧倒的な暴力や長期間ストレスにさらされてきた人に、いかに「安全」を、「安全と感じられる状況」を提供すればよいかを考えていくことになります。
そうした詳細については、ぜひ本書にあたってみてください。

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