後輩Mふたたび。実録・カラーテレビ事件。
これも大学時代の話。
郵便局で笑われた 後輩のMが、またぼくのところへ相談に来た。 懲りないヤツだ。
「しぇんぱい、うちのテレビ、何とかしてカラーにすることできんですかね?」
彼が誰かからもらってきたテレビは、そのころですら珍しい白黒だった。Mは、それをカラーテレビに変えたいと言うのだ。
ぼくは、ため息をついた。
「おまえ、東京に来て何年になるんだ?」
「3年です」
「恥ずかしいな、小学生の理科の問題だぞ。色の三原色も知らんのか?」
「知ってますよ、そのぐらい。赤、青、黄の三色でしょ?」
Mの顔は真剣だった。
ぼくは突き放すように言った。
「だったら、わかるだろう。文房具屋に行って、赤、青、黄のセロハン買って来いよ。その3枚を画面にかぶせたらカラーに変わるから」
Mは笑い出した。
「また、しぇんぱい、人をだまそうとして。そんなわけないでしょうが。まったく...」
その場は、それで終わった。
そして、その夜遅く。ぼくの下宿の電話が鳴った。ねぼけまなこで受話器を取る。
「もしもし」
Mの声だった。
「しぇんぱい、やっぱりカラーになりません」
一応やってみたわけね。セロハンの三原色。
実録・茶だんす事件
それはまだ、ぼくが大学生の頃。
Mという後輩がいた。思いっきり小柄で眼鏡をかけた姿は愛嬌がある。同じ九州出身だったのがきっかけか、ぼくとはよく一緒に遊んだ。よく、「しぇんぱい、しぇんぱい」と寄ってきた。念のため言っておくと、彼は「先輩」と発音しているつもりなのだ。
ある日、彼が下宿の引っ越しをすることになった。いつものように彼はぼくに質問。
「しぇんぱい、あのですね、うちに茶だんすがあるじゃないですか」
「ああ、あれね」
面倒くさそうに答えるぼく。
「あれ、今度のアパートに入らんとですよ」
「ほう」
「で、九州の母ちゃんのところに送り返そうかと思うちょるんですわ」
「ふん」
Mの顔は真剣だった。
「しぇんぱい、茶だんすって、どうやって送ればいいとですか?」
ぼくは、まじまじとMの顔を見た。
「おまえ、東京に何年いるんだ?」
「3年です」
「そのぐらいのこともわからんのか?」
「すみましぇん」
うつむくM。
ぼくは、教え諭すようにゆっくりと言った。
「何のために郵便局があるんだよ?茶だんすをきれいに紙につつんでな、宛名を書いて切手貼ればいいだろうが」
Mは息をのんだ。
「でも、あんなでかいもん、ポストに入らんでしょうが?」
「あほか。ポストの横に置いておけば、郵便配達の人が持ってってくれるよ。そのぐらい、知っとけ。恥ずかしい」
いつものようにからかったつもりだったが、その後の展開は、ぼくの想像を超えていた。
まさかMが、本当に郵便局へ切手を買いに行くとは。窓口で身振り手振りで茶だんすの大きさを伝えたらしい。郵便局員はポカンとしていたとか。そりゃそうだ。
今でも時々想像することがある。さわやかな朝、郵便配達の人が自転車で集配にやって来る。そして、ポストの横には紙につつまれた茶だんす。ポストより大きいそれの左隅には、ちょこんと切手が貼ってある。
九州に送るには、いったいいくらの切手を貼ればいいのだろうか?
【映画評】「アルゴ」に見る米国人のハッピーエンド依存症
遅ればせながら見たんですよ。ベン・アフレック主演のこの映画。
いやあ面白かったですね。チャンスがあれば、ぜひご覧になることをお薦めします。1979年に起きたイラン革命でアメリカ大使館人質事件 がありましたが、そのうちカナダ大使館私邸に隠れた6人の外交官をどうやって逃がしたかという話です。
なんと架空のSF映画撮影をでっち上げ、外交官たちをそのロケハン部隊に装ってイランから脱出させようとするんですね。これが実話だそうです。
主人公はCIA工作員ですが、一発の銃も撃たないし、格闘シーンもない。ひたすら頭を使って人質を逃がそうとします。人質たちの1979年ファッションも決まっているし、何よりイラン革命軍の兵士たちが実にいきいきと描かれているんですよ。時代の空気が映画からしっかり伝わってきました。
この作戦が成功したから映画になっている、というのはわかっているのですが(笑)、脱出劇の最後までハラハラさせられます。たぶん実際には、もうちょっとあっさり逃げられたのではと推測しますが。
主人公は工作員、つまりスパイですから、いくら見事な作戦を立案、実行したとしてもおおっぴらに賞賛されることはないわけです。
非公開で(!)勲章授与式はあるのですが、すぐに勲章はCIAに取り上げられ強制保管されてしまう(ウン十年たてば本人に返還)わけですね。そのへんの厳しさは映画の中でもしっかり描写されていました。
それにしても。「アルゴ」でもありましたが、アメリカ映画の男主人公って奥さん、子供と別居している確率が高いですよね。で、映画の最後には家庭復活の希望をいだかせるシーンが必ず入る。
実はこの部分が一番のファンタジーじゃないかと思います。アメリカの離婚率はとうに50%を超えているようだし、一度別居すると、元の鞘に収まる可能性は日本よりはるかに低いんじゃないでしょうか。
アメちゃんは、たとえお話の中でも、アンチハッピーエンドに耐えられないんですよ。映画が完成すると、映画会社は何度も試写会を繰り返しては内容をいじり倒すと聞いたことがあります。その結果、できあがるのは例外なくハッピーエンドの映画ばかり。
何たって、ハリウッドで制作した映画「フランダースの犬」ですが、米国版では最後に少年と犬が村人に助けられるんですから。それって、フランダースの犬じゃないし。
アメリカを攻撃しようと思ったら、下手な武力攻撃より、国民に思いっきり救いのない物語を聞かせてやる方が効果的ですね。
たとえば、日本の「ごんぎつね 」なんかどうでしょう。私はこれ、この世でもっとも悲しい話だと思っています。
アメリカ人、たぶん発狂するな。
血液型の話。A型とB型の間に横たわる深くて長い河
私、A型なんですよ。そう、典型的な働きアリ。
この血液型で性格を判別するって、根拠は統計なんですね。膨大なアンケートをたくさんの人に書かせて、そこから傾向とか特徴を抽出しているわけです。
よく血液型占い(という言葉を使う時点で悪意あり)なんか当てにならないという人いますけど(その大多数はB型です)、いいじゃないですかね、どうだって。こんなの飲み会の話題に過ぎませんから。会社で部下の配置を考える時に「あいつはO型だからな...」なんて悩んでいる人いませんよ。
でもね、お隣の韓国では「B型の彼氏」という映画が作られるほどで、もっと真剣に受け止めているみたいですよ。日本でそんな映画撮ろうと思う人は一人もいないじゃないですか。あちらの国では(しゃれではなく)本当にB型の人がいじめられたりするらしいですからね。
で、ネタだという前提で血液型の話。
我々A型にとって、やはりB型の人たちは不可解であり、ある意味うらやましくもありますね。自由奔放に感じてしまいます。日本のラテン民族かと。
たとえば、B型のヤツと一緒に旅に行くと、A型の人間は疲れ果てることが多いです。何しろ、あいつら(!)は超マイペース。二人で歩いていても、すぐいなくなるんですよ。自分の興味が引かれるものがあると、同行者なんかお構いなしにそっちへ行っちゃいますからね。
別の例。「地点1から地点2まで車でどのぐらいかかる?」とA型、B型にそれぞれ質問したとします。その距離は普通に考えれば1時間ぐらいです。
我々A型は「1時間半」と答えるんですね。1時間で行けると思っても、渋滞なんかのリスクを見てそう言います。
一方、B型の連中は「45分」と答えます。それは彼または彼女の過去最高記録です。正月か何かで車が少なくて、道路工事はもちろんなく、かつたまたま信号待ちもほとんどなかった時のことでしょう。でも、それが標準になってしまうんです。あの人たちの記憶ではベストの経験以外がすべて消去されています。まさに唯我独尊。
オランダに住むB型の友人(こう悪口を言いながらも、一番仲がいいのはB型の男です)のところへ遊びに行った時の話です。
まさに上のやつをやられたわけです。日本に帰る日に空港まで車で送ってもらったのですが、彼の言う時間に家を出たら、あやうく飛行機に乗り遅れそうになりました。人生のベストタイムがそうそう再現されるわけはありません。寿命が縮まる思いでした。
私は友人に向かって、「俺が独裁者になったら、おまえらの血を全部入れ換えてやる」とか、延々毒づいたものです。
で、空港について航空会社のカウンターに駆け込み、息をきらせながらチケットを差し出します。よかった、これで何とか日本に帰れると思いながら。
するとカウンターのねえちゃん、チケットを見るとニコリと笑って言いました。
Oh, This is a yesterday's ticket. (これ、昨日のチケットよ)
私が乗るべき飛行機は前日のうちに出発していました。日にちを間違えていたのです。
そう言えば、血液型の本に「ここ一番で大ボケをやるのがA型」と書いてあったことを思い出しました。
(補記)葬儀に関するあれこれの話
いやね、昨日のブログ で、自分が死んだら妹にFacebookで告知してもらおうと書いたじゃないですか。
そうしたら、ブログをアップした直後にFacebookの友達申請が来たんですよ、妹から。あいつは、私がブログやっていることなんて絶対知りません。
ヤバイ。虫の知らせか?(笑)
おーい、お兄ちゃん、まだ死なないからなあ。
亡くなった母についても昨日と、その何日か前のブログ で触れましたね。母は素晴らしい人格者だったのですが、とても気が短い一面もありました。
十二年前に母が倒れた日、田舎である九州では母方の一族が法事に参列していました。母の母、つまり私の祖母の一周忌だったのです。
そこに電話を入れて、母が倒れた、もう駄目らしいと伝えると、何と親戚一同は法事用の喪服を着たまま飛行機に乗って東京へやってきました。で、その格好で通夜と告別式に出たわけです。何と手回しがいいと言うか、ありえないでしょ?
嘘みたいだけど、これ実話なんですよ。
こういう葬儀関係のブログを書き続けるとですね、母が、おやもうお兄ちゃん(息子をこう呼ぶ)終わりかい?と勘違いして呼ばれかねないなと。
母ちゃん、もうちょっと(しばらく)待ってね。もっともっと、人の役に立ってから行きますから。
なんだ、このブログは?
葬儀に関するあれこれの話
昨日、上司のお父様が亡くなり、通夜に参列してきた。
身近な人の葬儀は、誰もが経験する。結婚しない人はいても、死なない人はいない。私自身、12年前に母をこの世から見送った。その時の葬儀の記憶から、いくつかお話を。
●交友関係
母が亡くなったことを誰に知らせるべきか?私たちは母の電話帳やその年の年賀状をひっくり返して次々と電話をしていった。驚く声、絶句する声...。
まだ携帯電話が万人に普及している時代ではなかった。今では紙の年賀状など交換せずに携帯やPCのメールでのみ連絡する人の方が多い。
今、私が死んでも、遺族は私の交友関係を把握するのは難しいだろう。携帯やPCのメール履歴を見ようとするかな?PCやiPhoneはパスワードがかかっているしな。
そういう意味では昨年始めたFacebookはちょっと便利かもしれない。会社、学生時代を含むおよその友人はそこで押さえることができる。ここに投稿しておけば一発だ。
よし、妹に言っておこう。まだ死ぬつもりないけど。
●弔問客
母は活動的だったので、葬儀への参列者はかなり多かった。息子が知らない友人、知人がざらにいた。葬儀の準備で慌ただしい中、自宅へ次々と訪問客が訪れる。
ドアを開けると、喪服を着た中年の女性がこのたびは...と頭を下げる。こちらも丁寧に頭を下げると、その女性、「お墓はお持ちですか?」と言い出す。
何と墓のセールスマンだった。役所の公示か何かを見て来たらしい。
はい、田舎に持っていますと答えると、態度を豹変し、ではさようならと帰って行った。これが2人や3人ではない。次々にやってきた。最後の方は顔を見ただけで弔問客かセールスかを見分けられるようになった。
気が動転している時につい話を聞いてしまう人も多いのだろう。しかし彼女たちも商売だとはいえ、人が一番弱っているところにつけこむのはどうかと思う。正直、腹が立ったし、今も思い出すとイラッとしてしまう。長い目で見れば、とても下手くそなビジネス手法だと思うのだが。
●香典返し
葬儀屋さんは商売に先の見通しを立てられないし、いろいろたいへんだとは思うけど、結構利幅の高いビジネスモデルに思える。祭壇なんて明らかに使い回しだけど、1日から2日借りるのに数十万円だ。
一番たいへんだったのは葬儀社から購入する香典返し。500円とか1,000円のものがあるのだが、それは買い取りだ。あらかじめ一定数を準備しておかないと、葬儀中の買い足しはできないということだった。
でも弔問客が何人来るかなんてわかるはずがない。そこで葬儀社が薦めてきたのが2,000円のお茶。大目に買っておいても、余れば買い取ると言うのである。
当然、これにせざるを得ない。私たちは数百人もやってきた弔問客へ次々とお茶をお渡しした。
困ったのは、会社でちょっと遠い組織にいる人たちがお付き合いでくださる1人1,000円の香典だ。1,000円もらって2,000円払うから当然赤字である。父、うちの兄弟4人の会社関係で、結構馬鹿にならないお金が飛んで泣きそうになった。
もちろん1,000円払うことが悪いとは言わない。お気持ちはありがたいことである。ただ、そういう時は、できれば香典返しは辞退してあげて欲しい。ご遺族のために。
●まとめ
故人が恥ずかしくない葬儀を出してあげようという気持ちは尊いものである。でも、これにあまりにお金をかけて遺族が疲弊してしまうのでは本末転倒だ。亡くなった方も喜ばないのではないか。一番大切なのは生きている人たちの生活だ。
私の葬式は思いっきりシンプルでよいと、家族に言っておこう。まだ死ぬつもりないけど。
法人営業お悩み相談室(第3回)
※こちらのサイト からイラストを引用しています。
Q.女性の営業ですが、何か気をつけることはありますか?
A.最近の若手営業を見ていると、平均的には女性の方がお世辞抜きに優れている方が多いようです。自信を持って取り組んでください。
気をつけるべきことですが、女性はいい意味での『手抜き』が苦手な人が多いようです。私の会社でも残業する女性営業が非常に多く見受けられます。資料など、毎回ゼロから作成するのではなく、他人が作ったものなどを流用することも考えましょう。
まれに、セクハラじみた言動をする顧客がいるかもしれませんが、毅然と対応しましょう。おかしいなと思ったら、早めに上司へ相談することです。公私のけじめがつけられない顧客担当者とは、まともに付きあう必要はありません。
Q.受注寸前の商談があるのですが、顧客が決めてくれません。どうすればいいでしょうか?
A.基本的には待つしかありません。あなたが、やるべきことを全部やったとしたら、既に営業が制御不能な領域に入っています。他の案件に集中しましょう。
ただ、あんまり放っておくと、他社の営業がちょっかいをかけてきたりして、思わぬ展開になってしまうことがあります。目を離さず、月に数回は電話やメールで進捗状況を確認するようにしましょう。
顧客担当者も決められなくてイライラしていることがありますので、「まだですか?」と、しつこく尋ね過ぎないように注意しましょう。しつこい営業ほど、顧客に嫌われる存在はありません。
Q.顧客が競合他社の見積りを見せてくれたのですが、逆に私の出した見積り価格も競合他社に漏らしているようです。どう対応すべきでしょうか?
A.たまにいるのですが、競合相手の見積り価格を教えて、ゆさぶってくるタイプですね。こういうやり方を『チキンレース』(相手の車や障害物に向かい合って、衝突寸前まで車を走らせ、先によけたほうを臆病者とするレース。アメリカ映画によく出てくる)と言います。
やり方としては、下の下ですね。勝っても負けても、営業には顧客担当者に対する不信感しか残りません。
このような行為が明白になった時点で、営業としては、やや引いても構わないと思います。その顧客担当者とは、真っ当な信義関係を結ぶことが不可能です。ビジネスライクに可能な範囲の見積りを提示し、駄目だったら、さよならしましょう。
競合他社の資料や見積りを気軽に見せてくれる顧客の場合、自分のそれも他社に渡っていると思った方が賢明です(※)。対応には十分注意しましょう。
※例外として、現在の取引先(あなたの会社の競合相手)に強い不満を持っていて、何としても切りたがっている場合というのはあります。そこは先輩、上司の意見も聞いてしっかりと見極めましょう。
母はサラ・コナ-だった
十二年前に亡くなった母は、サラ・コナ- みたいな人だった。そう、映画「ターミネーター」で、やがて革命家となる息子を一人で育て上げた女傑(写真)である。
とてもテンションの高い人だった。ぼくを含む子供たち4人のパワーを全部集めても母一人に到底及ばないだろう。そして子供へのしつけはとても厳しかった。
母が繰り返し長男のぼくに言った言葉。
人間にとって、一番重要なものは「信用」よ。
それがある限り、何があってもやっていくことができる。だけど、それを失うことはとても簡単。一度失うと、二度と取り戻すことはできない。
繰り返し、繰り返し、たたき込まれた。決して人を裏切るなと。だからたぶん、これに関して大きなミスはしていないと思う。友人、親類、会社関係、皆さんによくしていただいているのは、そのおかげに違いない。
そして、母のもう一つの教え。
絶対に嘘をつくな。
うーん、こっちはどうだろう?子供のころ殴られた時みたいに自己保身の嘘はついていないけど、人を傷つけないようにとか、場の空気を乱さないようになど、大人の方便のためには時々ついているかな。
母ちゃん、ごめん。
いずれにせよ、いろいろあったけど、この歳までやってこれたのは、母の教えに負うところが大きい。あらためて感謝したい。
あっ、書き忘れたけど、別にぼくは片親で育ったわけではない。父は今も健在だ。息子が言うのも何だが、お気楽者のばくち打ちである。現在は孫たちに囲まれて幸せな老後を過ごしている。
父から教わったこと。これは父の言葉ではなく、彼の生きざまを見て感じることだ。
好き勝手に生きても、人生どうにかなるものだね。
趣味を熱く語ることについて
何号か前のSPA!の記事で気になったこと。その特集ページでは、女性たちが男にやめて欲しいことというのが列挙されていた。その中の一つに「アイドルのおっかけ」(笑)
あるアラフォーの大学教授がスマートフォンに黄色いカバーをつけていたそうな。女子学生が「その色、きれいですね」と言ったところ、教授は「ももクロのしおりん(写真)の色だよ」と答えたので、彼女がイラッとしたという話。
軽薄にも世の中のブームにまどわされ、アイドルを追いかけるなどみっともない男...と、そこまで言うかという誹謗中傷レベルのことまで書いてあった。
最初読んだ時は、何この馬鹿女と頭にきた。人さまの趣味を上からどうこう言える身分か。絶対にブスだろう。それならおまえの高尚な趣味を言ってみろ。二度と立ち上がれないぐらい罵倒、嘲笑してやろうかと。
でも。よく考えると、もしこの教授がこう答えていたら、どうだっただろうか?
「ももクロが好きでね。特に黄色の子のファンなんだよ」
後者は、相手がももクロに詳しくないことを前提にして冷静に語っている。逆に前者は自分の中のももクロに対する熱い温度をそのまま相手にぶつけている。
予期せぬところで、いきなり熱湯をぶっかけられたら、そりゃ驚くし、何だこいつ?とイラッとしますわな。興味のない人の前で自分の趣味を熱く語るのはあまり格好のいいものではない。
私も昼間の会社ではももクロのことなんか言わない。当たり前だと思うかもしれないけど、会社の机にガンダムのフィギュアを置いている社員とか、結構いるのですよ。
もっとも飲み会では話題づくりのため「最近ももクロにはまっててね」と自分から言い出すことはよくある。相手もそうだったり(残念ながら確率は2~3割)、多少なりとも興味を示せば話を続けるが、そうでなければやめてしまう。趣味って、そういうものでしょう。
一方、私の個人媒体であるブログでは好き勝手にももクロ、ももクロと連呼している。よく知らない方々が彼女たちに興味を示してくれたら嬉しいなと思ってやっているのだ。
お節介かもしれないけど、自分が好きなもの、面白いと思ったもの、感銘を受けたものを他の方に紹介することはとても大事だと思う。
受け取って自分だけが楽しむのではなく、それを他の方と分かち合うことができたら、素敵な思いをさせてくれたもの(人)に対する一種の恩返しになると信じている。
というわけで、そのうち、ももクロよりマニアックな「昭和の東宝特撮映画」とか「イギリスのSF人形劇(サンダーバード等)」でもブログで語りますかな。
熱くなりすぎてアクセス数激減にならないよう、ほどよい温度で語らなくては。
ももクロの香川イベントに行ってきました!
このイベントは、ももクノって言いましてね、時間は60分。メンバー5人が観客からの希望などをもとにその場でセットリスト(歌う曲のリスト)を決めるのです。で、60分たつと曲の途中でも音楽が落ちるという厳しさ。
予定曲を全部歌いきったら、ももクロちゃんの勝ち。失敗したら鬼マネージャー川上さんの勝ちということになっています。
これが会場で配られる候補曲リスト。すごいですよね。これだけ歌って踊れるんですね。もっとも古い曲は彼女たちの記憶もあやふやで、それがまたイベントの魅力ともなっています。
普通60分のイベントのため関東から香川まで行きませんが、写真を見て、どうしてもこの会場で踊るももクロちゃんたちを見たかったのです。バックは海ですよ。美しい瀬戸内海。
まるで古代ローマの舞台を見るようでした。
私は一番後ろの席にいたんですけど、かなり近かったです。持参した双眼鏡で彼女たちの顔はドアップに見えました。西武ドームの時は、この8倍の双眼鏡使っても顔が見えなかったですからね。
運良く、一部、二部と60分のライブを2回見ることができました。ちなみに60分は歌の時間だけではなくて、さあ何を歌おうかと考える時間も含まれます。
特に一部はグダグダで、歌が決まるまで12分が経過していました。しかも高城れにちゃんが、無謀にも長さが7分ある「Z女戦争」という曲をぶっこむ大胆さ。もちろん、予定曲を全部歌うことはできませんでした。でも、このグダグダさがももクロちゃんの持ち味なのです。
反省を踏まえてきっちり勝利した二部より、無茶苦茶な一部の方が個人的には面白かったです。
セットリストは彼女たちがその場で書き込みます。イベント終了後には5,000人の観客とももクロちゃんがじゃんけんして、勝ち残った一人がサイン入りのこれをもらえます。
この会場のいいところは、騒いだり踊ったりしたい人たちは上の芝生席でやれることです。彼らが抜けてくれたおかげで観客席もいい具合に空き、非常に見やすかったです。
サプライズの選曲、抽選により、いつもと違った組み合わせでユニット曲やソロ曲を歌うなど、ファンにはたまらない60分でした。
降水確率が最大80パーセントだったのに歌い出した瞬間に雨がやんだ話は昨日しましたね 。私は見ませんでしたけど、一部と二部の間には虹も出ていたそうです。明らかに天から守られています。
なんだか、生きていることが楽しくて仕方がない、といった彼女たちを見ていると本当に幸せな気持ちになります。
振りつけのゆみ先生によると、彼女たちのダンス技術はまだまだだけど、不思議な魅力があるとのこと。すごく心のきれいな子たちなので、それがダンスに表れて、見る人の心を打っているそうです。
二部終了後、じゃんけんを勝ち抜いた人は2人いました。セットリストの紙をもらえなかったカナダ人の女性にももクロちゃんたちは、その場で似顔絵を描いてあげたとか。本当に優しい子たちです。残念ながら、私はその時、もう会場を後にしていました。
何か一言と言われたカナダ人の女性のコメント。
MomoiroClover is the best in the Universe!
ももクロは世界で一番と言ってくれていますね。
だんだんチケットが取りにくくなっている彼女たちですが、ぜひまた機会を作って会いに行きたいと思います。本当に楽しいイベントでした!