大陸的F1編集後記 -6ページ目

鈴鹿へ Part6



かつて鈴鹿が最終戦だった頃、
レースが終わると1年かけて撮影をしてきた全てが終わった。
すべてが終了してメディアセンターを出る頃には、
残った少しばかりの観客と、後片付けをするメカニックがいる程度で、
立ち去る仲間達からは「また来年!」と声をかけられ、
思いのほかセンチメンタルな気分になった。

駐車場に戻ると月明かりは煌々と照り、
秋の虫の声がどこからともなく聞こえ、
それはまるで昼間の喧噪が無かったかのごとく賑わっている。
心地良くそよぐ秋風に、どことなく寂しさを伴う達成感に浸ったものだ。

F1だからという訳ではないが、
F1を追っていると時の流れを速く感じる。
今や年間19レース、19週間にも渡るシーズン。
この間始まったばかりなのに、気がつくともう終盤戦、
今シーズン、果たしてどれだけの事を自分は成し得たのだろうか?
表現者として、ともすれば毎年の繰り返しになりがちだが、
少しは満足できる結果を残せたのだろうか?
いつも同じ自問自答を繰り返す。

鈴鹿の日本GPは今年の僕のF1におけるファイナルレースとなる。
僕自身の2005年の総集編の仕上げは鈴鹿で締めくくる。

今年のTeam ZEROの仕事ぶりは現在発売中のF1SCENE/Vol.1~Vol.3、
そして11月末に発売予定のF1SCENE /Vol.4をどうそご覧あれ!
「写真」の持つ表現の素晴らしさを一人でも多くの人に感じてもらいたい。



鈴鹿へ Part5



フェラーリはイタリアの阪神だ!
何て言うと、双方のファンはどう思うだろうか?
さすがに文句は無さそうだが、
やはり良く似ていると、先日の阪神優勝!のテレビ画面を見て思った。

まず双方のファンの熱狂ぶりが何よりも一番似ている!
フェラーリ以外、阪神以外は目に入らないかのような偏執狂的な執着心(失礼!)
そして最近のフェラーリは7年連続でチャンピオンを取ってきたが、
それ以前のフェラーリは肝心なところでミスばかりするような、
ある種B級的チームだった。
これって阪神にも言える気がするのだが...

フェラーリがリタイアするとティフォシは情け容赦なく、
まるで悪い記憶は残さないようにと心がけているかのごとく、
レースの途中だろうと何だろうと、さっさと家路につく。
決して安くはないチケットなのだが、
そんなことはおかまい無しだ。

阪神のF.T選手は自分が入団する前年に阪神が優勝し、
18年後の彼が退団した翌年まで優勝の機会が無かった。
その間の悪さも凄い逸話だが、
「たまに勝つからいいんや!」
「そんなに勝ったら面白ない!」
そんなファンの声も納得できてしまうから不思議だ。

1番、2番というカーナンバーは確かに栄誉のあるものかもしれないが、
どうもフェラーリのマシンには似合わない気がする。
僕の記憶のフェラーリはやはり27番、28番、
何といっても伝統の27番、28番が一番似合う!
来年は久しぶりにある意味でカッコいい、
このナンバーで疾走するフェラーリが見たいものだ。


鈴鹿へ Part4



鈴鹿の日本GPを1週間後に控え、心はすでに鈴鹿へと向いている。
年に一度の逢瀬、ここでしか会えない友も大勢いる、
みんなそれぞれにレースが好きで、F1が好きで、そして贔屓のチームがある。

朝から晩までパドックの入り口でドライバーのサインをもらう為に、
ただひたすら待ち続ける奴がいる。
彼はこの鈴鹿でいつも真っ黒に日焼けしてしまう(笑)
でも毎日会う度にその成果を僕に自慢げに見せ、
「今日はマイケルからもらいました!」と額の汗を拭いながら報告する。
その彼の満面の笑顔はキラキラと少年のように輝いている。

この鈴鹿のために1年のすべてをつぎ込み、休暇も我慢して、
いざ、鈴鹿!と思ったら子供のはじめての運動会と重なり、
貯金をはたいて買った新しい望遠レンズも被写体はマイケルから、我が子へ。
無駄にならなかったからいいじゃない?というと、
力なく、「そうなんですけどね...今年はテレビ観戦に徹します。
でも来年こそは何があっても行きますから!」と嬉しそうな彼。

パドッククラブといえば観戦方法の最上位に位置する贅沢な世界だが、
毎年パドッククラブの観戦券を購入している彼女がいる。
45万円もするチケット、それだけあったら海外のF1に行けるじゃない?
と言ったら、翌年いきなりモンツァのイタリアGPに来た!
そして今年は念願成就、跳ね馬のパドッククラブをゲットした!
彼女は来年もどこかへ行きたいと、今から画策中。

みんなそれぞれの世界で生きている、仕事も環境も全く違う。
彼らの共通点はただ一つ、F1が好きだということだけ。
そんな彼らを見ていると、イモラのバールで今年のフェラーリは...と、
時間のたつのも忘れて論じ合っている、イタリアの好々爺達と何ら変わらない気がする。(笑)

そして、それを眺めながら僕はといえば、一人こっそりとほくそえんでいる。
「どれも悪い眺めじゃないよなあ!」と思いながら...


鈴鹿へ Part3



F1に長い間関わり続けてきて不思議なことをずいぶん見て、聞いてきた。
普通の生活をしていたら到底信じがたいことばかりだが(笑)
なかでも未だにどうしても納得いかないことがある。
「契約」がそれだ。

他のスポーツでシーズン中に、
それもまだ試合が残っているというのにも関わらず、
来年の契約を交わす競技は無いと思う。
ましてや来年乗るチームのマシンのテスト・ドライブをシーズン中にするなんて、
これだけは信じられない...

テスト・ドライブした今はまだライバル・チームのドライバーと、
この後まともなバトルができるのか?
ギリギリのところで来年のことを考えたら引いてしまわないか?
どうして観客の興味を削ぐようなことを平気でするのだろう?

残りのレースは消化試合か?
ならばその消化試合を堂々とテレビ中継をし、
観客から入場料を取る、この行為はどうなのか?

チャンピオンが決まってしまったら、残されたレースに勝負を賭けるのは、
来期のシートが確定していない、ボーダー上のドライバーぐらいではないか?
それを平気で受け入れるF1の世界の体質はやはり「サーカス」なのかもしれない。
決して純粋なスポーツではなく、ある種プロレスのような存在、興行ではないか。

今頃何言ってるの!と言われるかもしれない。
だがそのサーカスの中にいるドライバーという役者は、
常人では考えられない世界を垣間見せてくれる、
本当の意味でのアスリートだ。

だからこそ、惜しい。
もっとギリギリのバトルを見たいから、
見ているだけで胃がキリキリと痛む、そんなレースを見たいから、
声を大にして言いたい。
諺にも「来年のことを言うと鬼が笑う」とある、
来年のことはシーズンが終わってから考えようではないか!



鈴鹿へ Part2



東京から鈴鹿まで陸路でおよそ450キロ。
およそ5時間の道程だが、運転をしながらいつも思う事がある。
サーキットへ向かう車中では、ある種の緊張感と期待感。
どんな写真を撮るか?あるいは撮れるか?
そしてレースを終えて帰る際には、満足感と後悔。
あのシーンは良かった、でもあそこの背景は失敗...etc
そして結果を次のレースの撮影にフィードバックする。

車の「運転」それ自体は孤独なものだが僕は大好きだ。
自分自身を見つめ、考え直す時間としては悪くない時間とも言える。
F1だけではなく他のカテゴリーのレースも撮影する僕の場合、
1987年のF1グランプリ以来、鈴鹿サーキットだけで通算で40回程度は通っている。
単純に鈴鹿サーキットに通っただけで3万6000キロ!
果たしてその間、どれだけの希望と可能性を自問自答し、
わずかな成功の喜びを噛み締め、
数多くの失敗や悔しい思いを嘆いて来たのだろうか?

F1で世界中のサーキットを回る僕にとっても、
鈴鹿は数々の思い出がある特別なホームコースだ。

セナとプロストの激突、鈴木亜久里の日本人初の表彰台。
少々マニアックだがモレノの涙、マンセルのクラッシュ、
好きだったパトレーゼの優勝、忘れもしないセナのファーステストラップ、
それをまるでファンのように見つめ笑顔で見守っていたベルガー。
ミカ・ハッキネンのチャンピオン...
本当にいろんな場面を思い出す。
振り返るとこんなに自分が長い間F1に関わっていたのか?
そんな驚きさえ覚える。

何故か鈴鹿が近づくと少々センチメンタルになってしまう僕がいる、
そうだきっと秋だから...



鈴鹿へ Part1



今日から鈴鹿の日本GPまでは、アイルトン・セナの写真を背景に日本GP、
そして少しだけ懐かしいF1グランプリについて語って行きたいと思う。

1987年、それは僕が初めてF1を撮影し、初めてセナと出会った年。
なんと初めてのレースの撮影がこともあろうにF1グランプリ!
今思えばとんでもないことで、運が良かった、それ以外の何ものでもないと思う。

そんな僕にセナがどれだけの可能性を秘めたドライバーなのか?など判るはずも無く、
第一印象は常に不機嫌そうで、どことなく生意気な若者に見えた。
当時、ロータスで中嶋選手も日本人初のフルタイムF1ドライバーとして参戦、
セナとはチームメイトだったが、いつもニコニコしていた彼とは対照的に、
セナは自分の世界に深く入り込んでいるように思えた。

ただ、常に人よりも前にいたい、速くありたい!
そんな思いが全身から伝わってきて、
そのせいか、彼の走りは常に限界を求めているように見え、
リスクと背中合わせにいる事が、生きてる証のようにさえ感じた。

いわゆる「いいヤツ」は多くの場合、ドライバーとしては大成しない(笑)
どこかエゴイスティックで、時として人を踏み台にできる図太さは、
どの世界でもチャンピオンになる人間に共通の要素の一つだと思う。
新しい部品が入ると、まず自分に使わせろと要求し、
チームメイトのマシンが速いと、自分のテクニックは棚に上げたまま、
自分のマシンは何か劣ってると疑い、自分が速くなるまで納得しない。

などと書くと、まるでセナの性格が最悪のように聞こえるが、
これはあくまでレースの世界でのセナなので、誤解をしないで欲しい。
一旦サーキットを離れたセナは、冗談好きでおしゃべり、
そして周囲に気を使う優しさも持ち合わせている、
そんなごく普通のシャイな青年という印象だった。

1988年、初めてワールドチャンピオンを手に入れた年、
鈴鹿サーキットは自国のドライバーがいるにも拘らず、
ブラジル国旗がそこら中ではためき、その数は日の丸を遥かに上回っていた。

実際に日本のファンほど彼を慕い、応援をしたファンはいなかったし、
彼ほど日本のファンを大切にしていたドライバーはいないと思う。




アイルトン・セナ/The First Decade

待つ楽しみ



最近アマチュアの方々の写真のレベルが上がっていると思う。
もちろん機材が良くなった事もあるが、最大の理由はデジタルカメラが普及し、
気軽に写真を撮ることを可能にしてくれたからだ。
デジタルカメラの最大のポイントは、その場で画像の確認ができること。
撮影後にすぐ結果が見られるので、画像を見てその場で楽しむだけではなく、
「絵」としての画面構成も確認でき、
結果として撮影を重ねるほどにフレーミングは自然にうまくなっていく。

しかしメリットがあればデメリットもあるもの。
その場で画像を見られることにより、
フィルムのように、撮影から現像までの「間」がなくなり、
「うまくとれたかな?」「いいのがあると思うんだけど...」と
ワクワクしたりドキドキしたりする、
ある意味で楽しみな「待つ」という時間を失ってしまったのは残念。

即断即決みたいな時代の流れにそぐわないのかもしれないが、
僕には「デートの待ち合わせの詳細は当日携帯で!」みたいで味気ない。
そして待ち合わせに遅れると携帯で「ごめん、少し遅れます!」
これではあまりに侘しい気がする。

覚えがあるでしょ?その日、その時、その場所のためにすべてを整え、
家から駅まで、そして電車で何分かかって...
計算しつくして間に合うのは承知で、
それでも予定よりも早く家を出てしまう。
いざ出陣!みたいな覚悟で出向いた昔の(アナログな)デート。
後から来た彼女に「いつ来たの?」と言われ、
「ん?ほんの今さっき」と答えるが、足下には吸い殻の山。

彼女を待つ間、所在無さげにポケットに手を入れタバコを1本。
そしてまた1本。タメ息混じりで相手を待つ切ない時間、
でもそんな「待つ」時間が恋を昇華させてくれた。

かつて「写真を撮る」という行為は立派な儀式だった。
家族が揃って年に一度、近所の写真館に出向き、
よそ行きで着飾った全員のとびっきりの笑顔。

記録するという行為は人間にとっては欠かせないものだ。
「節目」ごとに撮っていた特別な写真が、
デジタルカメラの普及で、ごく当たり前の「日常」のようになった。
素晴らしいことであると同時に、
待つことに寄って付加価値が増すということも覚えておきたい。



Champion


富士スピードウェイの「SUPER GT」の撮影を終え、
三連休にも関わらず、渋滞に阻まれることなく自宅に戻る。
5月の連休の際には凄まじいばかりの渋滞ぶりで、
実は今回も恐れおののいていたのだが、
台風のおかげで(?)予定を変更したり、
早めに切り上げたりした人が多かったのか、個人的には問題無し。

しかしこの3日間さすがにシンドかった...
3日前に1ヶ月半振りに日本に帰国、翌日から富士SWに連行、拉致される。
時差ボケも何のその、昼はGTの撮影、夜はブラジルからアップロードされてくる写真を選ぶ。
何と言ってもブラジルとの時差は12時間、これがネックでもある。
だから睡眠というより惰眠をむさぼる感じで、
2時間寝ては起きては作業の繰り返し、まるで昼夜兼行の24時間体制!

そして深夜、ブラジルからの映像で最年少ワールドチャンピオンの誕生を知る。
「類い稀なる才能の持ち主!」言い古された表現ではあるけれど、
やはりF・アロンソには一番ふさわしい表現だろう。
だが最大のライバルであったK・ライコネンのペースが上がらないので少々ガッカリ...

できれば鈴鹿決戦へ!僅かな可能性に期待を賭けたが、
大人になったのか、ライコネンは冷静に車を壊さず堅実に表彰台をゲット、
マクラーレンの今期初の1、2フィニッシュを見ながら、
どこか物足りなさを感じたのは僕だけか?

コンストラクターなるタイトルのため?
いやチャンピオンは人だ!
ライコネンもきっと思いっきり走りたかったに違いない...
そう信じている...



レースにおける安全とは

今週末はブラジルGP。
「いや~今年は涼しいというより、寒いかな?」
という現地からの情報。
そう今僕は日本にいる、もちろん遊んでいる訳ではないが。

実は国内のSUPER GTにエントリーしている「ARTA」の撮影のためだ。
ちなみに「ARTA」は僕が撮り続けてきた鈴木亜久里のチームで、
彼が現役レーサーを止めてから(引退という言葉は使ってないので)、
才能のある若者を世界の舞台に!という趣旨で始まったプロジェクトだ。

さて新装された富士スピードウェイは3月の「The 業界対決」、
そして5月のGTで既に体験済み。
ドイツ人、ティルケの設計によるサーキットは、
レースを見る人やドライバーには意外と好評なサーキットのようだ。
マレーシア、バーレン、上海、トルコと彼の設計によるサーキットで
共通しているのは安全性の高さだ。

しかしこの安全性の高さは多くの場合、
カメラマンにとっては撮影難易度の高さに置き換えられる。
被写体と撮影ポイントの距離が遠くなり、
コースは金網に覆われ、ホール(穴)から苦しい体制で撮影をする。
中には撮影ポイントを知らない人間が安全性だけを考え、
とりあえず開けたというだけの、
カメラマンが見向きもしないホールもある。

「安全性」の為という理屈でスピードを落とさせるために、
タイヤにグルーブをつけ、レギュレーションを変更してきた。
しかし驚く事にそれでも、時として既存のタイムは更新されてきた。
早く走るのがレースの目的だとすれば、
どんな足かせをかけても、それをクリアして速く走ろうとする、
これこそ競争本能、レースの原点だと思う。

確かにオーバーテイクの無いレースは安全かもしれない、
だがそんなパレードのようなレースを見ていて面白いか?
もちろんむやみに危険なのは論外だが、
見る側の心理を考えれば、もしかしたら...
と思えるほどスリリングな展開は必要不可欠な要素だと思う。

そして自分じゃできない事を見せつけられて、凄い!と思えるからこそ、
だからこそギャラリーはお金を払うのであって、
いったいどれだけの人がタイムアタックの結果と、
ピットインのタイミングで勝敗を分ける今のF1のシステムに満足してお金を払っているだろうか?



佐藤琢磨

J・バトンのBAR残留が決まり、
ここからのF1の話題はチャンピオン争いと、
佐藤琢磨の今後が中心になりそうだ。

40億円と言う途方もない違約金でバトンとの契約をウィリアムズは解除してくれたらしいが、
逆に言うと40億円払っても佐藤琢磨じゃダメだということか?
あるいはバトンなら40億円払っても元が取れるということか。

いずれにしても庶民にとっては天文学的数字の金額であることだけは間違いない。
しかし、先週のベルギーの木曜日のインタビューでは自信満々の表情で「大丈夫ですよ!」と、
力強く言ってくれたのに...やはりF1は一寸先は闇の世界だ。
しかし逆に言えば、また逆転もありということで、
結果的には2006年の開幕のスターティンググリッドを見るまで、
真実は判らない。