• 「抱えたまま墜落しろ」と言う気かよ。-【朝日社説】米軍タンク投棄 住民軽視を繰り返すな


 沖縄の基地反対派(の一部?)は、米軍人も自衛隊員も人間扱いしない、「軍人差別主義者」であることは既に明らかな所だが、(やっぱり)朝日新聞もお仲間らしいな。
 

  • 【朝日社説】米軍タンク投棄 住民軽視を繰り返すな

 https://www.asahi.com/articles/DA3S15131174.html

 

2021年12月3日 5時00分

 

 住民や民家に被害はなかったが、一つ間違えば大惨事になりかねなかった。米軍は地元の不安や懸念を深刻に受け止め、原因究明と再発防止策の徹底に努めねばならない。日本政府にも、その実行を厳しく迫る重い責任がある。

 

 青森県三沢市にある米軍三沢基地所属のF16戦闘機が飛行中、トラブルに見舞われ、青森空港への緊急着陸に備えて機体を軽くしようと、燃料タンク2個を投棄した。うち1個が、周辺に民家もある同県深浦町役場近くでみつかった。部品が散乱し、漏れ出た燃料で道路は油まみれになった。2個目は同町内の山中で確認された。

 

 米軍は当初、人が住んでいない地域に投棄したと発表した。地上の安全をどのように確認したのか、詳しい経緯の説明が求められる。

 

 青森県の三村申吾知事は、謝罪に訪れた三沢基地の副司令官らに「可燃物で、相当な重量物。県民に大きな不安を与え、誠に遺憾」と伝えた。米軍はきのう、F16の飛行訓練を再開したが、安全の確認について、納得のいく丁寧な説明抜きでは、懸念は拭えまい。

 

 地元への通報遅れが繰り返されたことも見過ごせない。今回、深浦町や青森県に防衛省経由で正式な連絡が入ったのは、投棄から4時間近くたった後だった。沖縄県の米軍普天間飛行場所属のオスプレイが先月、住宅地に水筒を落とした時も、米軍は直後に把握していたのに、防衛省が問い合わせるまで日本側に報告していなかった。

 

 在日米軍で事件・事故が起きた際、東京と現地、それぞれで迅速な通報を取り決めた日米合意の形骸化は許されない。

 

 三沢基地では3年前にも、離陸直後にエンジン付近から出火したF16が、燃料タンク2個を小川原湖に投棄した。シジミ漁の漁船が巻き込まれていれば、大惨事になりかねなかった。

 

 米軍機をめぐるトラブルは青森県だけの話ではない。とりわけ、米軍基地が集中する沖縄県では、部品の落下や墜落・不時着などが毎年のように繰り返されている。そのたびに米軍は「原因究明と再発防止の徹底」を表明するが、事態は一向に改善されていない。

 

 住民に不安を与える、危険な低空飛行訓練も各地で目撃されている。全国知事会は、訓練の時期やルートなどの情報を事前に提供するよう求めているが、こちらも実現されていない。

 

 一連の対応の背景には、米軍にさまざまな特権を認めた日米地位協定の存在がある。国民の生命と財産を守る政府の使命を自覚するなら、岸田政権は米側に抜本見直しを提起すべきだ。

 

  • 非常時・緊急時に投棄出来るからこそ、落下増槽タンクであろうが。

 日本語で「落下増槽タンク」と言い、略して「増槽」とも言う。英語ではDrop Tank(投下タンク)とか、単純にFuel Tank(燃料タンク これを略して「燃タン」って日本語略称もあるな。)とも呼ばれる。胴体下面や翼下面に吊り下げて携行される(*1)追加の燃料タンクで(*2)、機体内の燃料だけでは到達出来ないような遠距離にも、増槽を使えば到達出来る。普通、増槽を搭載するとその分重くなり抵抗も増える(*3)が、燃料も増えるので「より遠くまで飛べる」訳だ。

 血の赤い日本人としては、我等の誇りたる零式艦上戦闘機(通称 零戦・ゼロ戦 )で(我が国では)初めて実用化された記憶もあり、些かなりともノスタルジーを感じる航空機用パーツだ。零戦の先代に当たる96式艦上戦闘機では「胴体下面に固定される追加タンク(*4)」はあったが、着脱式で、飛行中に投下は出来なかった。

 それが、後代の零戦では「飛行中に投下出来る」落下増槽タンクとなり、全世界的に広く普及し、21世紀の今日でも戦闘機や攻撃機にはほぼ「必須アイテム」となっている。
 それ即ち、「飛行中に投下出来る」落下増槽タンクが有効・有用であるから、だ。燃料タンクとしては勿論「航続距離の延伸」であり、尚且つ章題にした通り「非常時・緊急時には投下・投棄出来るから」。先述の通り落下増槽タンクは抵抗も質量も増やすモノだから、これを投下・投棄すれば(燃料も減るが)抵抗も質量も減る。速度は上がるし運動性も上がる。戦闘機ならば、空戦に入る前に「落下蔵々タンクを落とす」のは、ほぼ定石・常識(*5)だ。

 であるあるならば、飛行中に機体にトラブルが生じた場合、「落下タ増槽タンクを落として、機体を軽くし、墜落に至るまでの時間を稼ぎ、あわよくば墜落を回避する。」と言うのも、定石・常識。機体によっては「兎に角投下出来るモノは全て(落下増槽タンクも爆弾も魚雷もミサイルも)投下する」一斉投下ボタンなんてものがあるのは、「機体を軽くし、墜落に至るまでの時間を稼ぎ、あわよくば墜落を回避する。」ためだ。
 「兎に角投下出来るモノは全て投下」しないと「墜落してしまう」可能性があるのだから、「一斉投下」は当然の「緊急避難措置」である。

 で、だ。上掲朝日社説は「緊急避難措置としての落下増槽タンク投下」を「住民軽視」と抜かして非難している、のである。それ即ち、住民を重視して、緊急事態となっても落下増槽タンクを投下・投棄すること無く、抱えたまま墜落しろ。」と言っているのと同義である。他に解釈のしよう、言い訳の余地ががあるかね?

 今回の件で言えば、実際母機であるF-16は緊急着陸を余儀なくされているし、投下した落下増槽タンクは何の人的物的被害も及ぼしては居ない、と言うのに「落下増槽タンク投下による、住民被害の可能性」を論って、だ。
 
 落下増槽タンクの投下よりも、航空機の墜落の方が、搭乗員の生死を別としても(*6)被害が大きいだろう(*7)事は自明であるのに、だ。

 呆れた「軍人差別」ではないか。
 

  • <注記>
  • (*1) 偶に、翼上面に携行する奴も居る。BAC ライトニング超音速戦闘機など。
  •  あと、翼端に携行する奴も居て、こちらの方はそれほど珍しくない。F-104とか、T-33とか。 
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  • (*2) 極希に、「機体内には燃料を積まず、機外搭載の落下増槽タンクのみに燃料を依存する」って機体も、あるには、ある。 
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  • (*3) たまぁに、「落下増槽タンクを積んだ方が、空力特性が良い」って機体もあるが、抵抗は些かなりとも増える。 
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  • (*4) 流線型の形状と言い、二つ横並びに翼付け根付近に配置された位置と言い、「オッパイタンク」と呼びたくなるモノ。 
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  • (*5) 格闘戦に入る以前の、有視界外からのミサイル戦ならば、「落下増槽タンクを落とす」必要は、必ずしも無いが。 
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  • (*6) 戦闘機や攻撃機ならば、搭乗員は射出座席で脱出・生還出来るチャンスがある。 
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  • (*7) 当たり前だが、落下増槽タンクのみよりも、航空機と落下増槽タンクの方が質量は大きいし、搭載燃料量も多い。機体内に銃弾砲弾を搭載している可能性も高い。
  • 基地負担軽減なんぞ、オマケだぞ。-【沖縄タイムス社説】[軍事化進む沖縄] 一層遠ざかる負担軽減


 大半の憲法学者や、沖縄タイムスはじめとするアカ新聞ってのは、根源的に「我が国の安全保障」即ち「我が国の主権、領土領海領空、国民の生命財産を、如何にして安全に保つか」って事を、全く考えようとしないらしい。だから、「自衛隊について(少なくとも)一切記述の無い日本国憲法は、今のままが良い。」なんて素面で主張もすれば、「基地負担軽減」が絶対善視されて金科玉条不可侵の最高目的にもされてしまう、らしい。
 
 「原理主義ってのは、傍から見れば気違いだ。」ってのは、何度も書いているところだが、「基地負担軽減原理主義」ってのも、矢っ張り「傍から見れば気違い」だぞ。

 

  • 【沖縄タイムス社説】[軍事化進む沖縄] 一層遠ざかる負担軽減

   https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/866738

 

 沖縄タイムス社 2021/11/21 09:30

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 自衛隊や米軍による演習が活発化している。

 

 演習激化は今に始まったことではない。しかし、これまでと大きく異なるのは、中国をにらんだ訓練が主流になってきたこと、自衛隊が前面に出てきたこと、日米の軍事一体化が進み、沖縄の戦場化を前提とした合同演習が行われるようになってきたことだ。

 

 19日に全国各地で始まった自衛隊の統合演習は陸・海・空の自衛隊3万人に、車両1900台、艦艇10隻、航空機140機を投入する大規模なものである。今回、在沖海兵隊など米軍5800人も初めて参加する。

 

 県内では、北大東村の米軍沖大東島射爆撃場を使った実弾射撃訓練、宮古島のミサイル部隊による対艦攻撃訓練、電子戦部隊配備を目指す与那国島での電子戦訓練などが実施される。民間の石垣港や祖納港、中城湾港を使い、人員や車両も運ぶ。

 

 同日、海上自衛隊の輸送艇が寄港した石垣港では、市民団体が集会を開き「軍事使用反対」と抗議の声を上げた。

 

 より実戦を意識した内容に、有事の際「標的」となるのではないかとの不安が広がっているのだ。沖縄戦を思い起こしたという人も少なくない。

 

 21日には中城湾港に防衛省が借り上げた民間船舶が寄港し、車両約150台を運び込むという大がかりな輸送訓練も予定されている。

 

 沖縄にとって港は生活を支える重要インフラである。民間港の使用が既成事実化し、常態化することを危惧する。

 

■    ■

 

 これだけではない。

 

 今月に入り、米軍普天間飛行場でMV22オスプレイによるつり下げ訓練が続けて確認されている。

 

 つり下げは危険度の高い訓練だ。過去には少女の命を奪うという痛ましい事故もあった。そもそも街のど真ん中にある飛行場でやるべきではない。

 

 さらに19日には、普天間のオスプレイ3機、20日にはCH53とみられるヘリが那覇軍港に相次いで着陸し、周辺住民に不安を与えた。

 

 基地の使用目的を定めた、いわゆる「5・15メモ」で、那覇軍港は「港湾施設および貯油所」となっている。飛来は想定されておらず、目的外使用になる。

 

 普天間の危険性除去と言いながら、つり下げ訓練や目的外使用を認めるようでは、政府の本気度が疑われる。中止申し入れなど毅然(きぜん)とした姿勢を示すべきだ。

 

■    ■

 

 政府は事あるごとに沖縄の負担軽減を強調する。実際のところその中身は辺野古新基地建設を進めることである。いつまでに工事を終え、その間、普天間をどうするのか、肝心な点には答えない。

 

 政府にも米軍にも一日も早く何とかしなければというモメンタム(勢い)が失われていることが、最大の問題といえる。

 

 県は軟弱地盤に伴う設計変更申請について、最終判断の時期を慎重に検討している。その際、膠着(こうちゃく)した状況を動かすようなメッセージを全国に向け発信し、復帰50年の内実を問うことが重要だ。

 

  • 沖縄は最前線であり、最前線から兵を引くのは戦争誘因だ。

 「普天間基地移設問題」シリーズでも再三繰り返した所だが、普天間基地移設問題にせよ、沖縄基地問題にせよ、はたまた上掲沖縄タイムス社説が糾弾している「沖縄軍事化」にせよ、何れも我が国の安全保障に直結する問題なのであるから、「基地負担軽減」が最優先の目的ではあり得ない。

 我が国の安全保障に直結する問題なのであるから、安全保障上の視点が不可欠であり、安全保障とは「我が国の主権、領土領海領空、国民の生命財産を、如何にして安全に保つか」と言うこと。この大前提・大目的を踏まえずして、安全保障に関わる問題は取り扱えない。

 さらには、連日の尖閣海域領海侵犯から、中露艦隊による日本列島周回威嚇航行まで、高まる緊張状態の事例は幾らも在る沖縄に於いては、「軍事化」も、「基地負担軽減が遠ざかる」のも、理の当然。

 逆に「基地負担軽減」でもなんでも理由に関わらず「兵を引く」のは、戦争誘因だ。

 戦争となる、或いは「戦争にすらならずに一方的に侵略併呑される」リスクを冒してまで、「基地負担軽減を求める」ってのは、沖縄二紙ならば「大いにありそうなこと」ではあるが、我が国としては安全保障上、とてもではないが認められない。

 序でに書けば、「吊り下げ訓練制限」なんてのも、兵の練度を下げるのだから、「兵を引く」のと同様に「戦争誘因の効果がある」事も、忘れて貰っては困るな。
 

  • 糸口というなら、先ず日韓基本条約と日韓慰安婦合意を守れよ。-【東京社説】日韓関係の改善 文政権任期内に糸口を


 アカ新聞どもの「日本は韓国と仲良くしろ」社説も、ドンドンそのネタ=根拠・論拠が無くなってきたらしい。東京新聞が文政権も余命半年だから、日本は韓国と仲良くしろと言い出している。
 
 呆れる以外に、どうしようがあろうか。
 

  • 【東京社説】日韓関係の改善 文政権任期内に糸口を

  https://www.tokyo-np.co.jp/article/144507

 

2021年11月24日 07時56分

 

 来年三月の韓国大統領選に向けて、与野党の候補が出そろった。悪化したままの日本との関係改善も議論になってはいるが、経緯が複雑であり、次の大統領に誰が就いても、関係を解きほぐすことは難しい。来年五月までの文在寅(ムンジェイン)大統領の任期内に、改善の糸口をつくっておくべきではないか。日韓双方に努力を促したい。

 与党候補の李在明(イジェミョン)前京畿道知事は日本に対し、文政権よりも強硬姿勢を示す一方、最大野党の候補となった尹錫悦(ユンソクヨル)前検事総長は諸懸案の一括解決を表明している。

 焦点は元慰安婦や元徴用工の問題だ。元徴用工問題では、韓国の地方裁判所が関連する日本企業の資産に売却命令を出し、このまま「現金化」された場合、関係悪化は決定的になる。

 両国間の対立は、北朝鮮対応を巡り、ワシントンで行われた日米韓三カ国の次官級協議でも表面化した。韓国高官の竹島上陸を受けて日本側が共同記者会見を拒み、シャーマン米国務副長官が、一人だけで会見に臨む異例の事態となった。

 今年七月、文大統領が東京五輪に合わせて訪日を計画した際、一定の歩み寄りがあったとも伝えられる。半導体素材の対韓輸出規制を日本側が見直せば、韓国側も機密情報を交換する「日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)」を維持する内容だったという。

 この時の論議を土台に、日韓両国の首脳が、関係の立て直しに向き合ってはどうか。

 日本側では岸田文雄内閣が発足し、交代した首相、外相の双方が日韓関係の改善には韓国側の適切な対応が必要だとしている。

 しかし、関係悪化の背景には、解釈の違う「歴史問題」がある。相手方に責任を押し付けるだけでは事態は動かないだろう。さらに韓国側が新政権に移行すれば、協議は振り出しに戻ってしまう。

 日韓両国間には、北朝鮮問題に加え、気候変動や少子高齢化、軍事的台頭を続ける中国への対応など共通の課題が山積する。いがみ合うよりも、協調して課題に向き合う方がメリットが大きいことを、両政府は再確認すべきだ。

 

  • >さらに韓国が新政権に移行すれば、協議は振り出しに戻ってしまう。 ・・・協議どころか、政府間の合意を反故にしたのが、今の文政権だろうが。

 日韓両政府が合意した日韓慰安婦合意を、「前政権がやったこと」で反故にしやがったのが、今の文政権である。諄いようだが繰り返すと、日韓両政府が合意に至ったモノを、次の政権である文政権がひっくり返したんだぞ。

 これが意味するところは、今から今更今の文政権と、何をどう合意した所で、全く当てには出来ない。と言うことだ.河野外相(当時)が、韓国の外相にあたる眼鏡白髪ババァ(名前は忘れた)に、面と向かって言った通り両国政府間の合意が、次の政権で破棄されるのならば、今後日韓両国政府間には合意は成り立たない。である。
 

 ああ、それを言うならば、文政権の次の新政権と何をどう合意した所で、やはり全く当てに出来ない。でもあるな。文政権が左様な「輝かしい外交実績」を残したから、な。
 
 ついこの間も、韓国政府自身が、COP26の合意書に署名しながら、その直後に「全体の方針に合意しただけで、従わない項目もある.」なんて公言して居るぐらいだから、「韓国政府の署名なんか、当てにならない。」ってのは「グローバルスタンダード」になりつつあるようだが、な。

 諄いようだが繰り返しておこう。

 日韓関係は、「悪化している」のではない。
 日韓関係は、「終わっている」のである。


 更には、世界各国の対韓関係も、遠からず「終わりそうな」勢いである。
 
 で、それらを「終わらせている/終わらせた」のは、完全無欠完璧無瑕疵に、一点の疑義の余地無く、一片の情状酌量の余地も無く、韓国だ。
 その韓国責で「終わった」日韓関係が再開する「解決の糸口」というならば、先ず日韓基本条約と日韓慰安婦合意を守れ。話が出来るとしたら、その先だ。

 韓国が日韓基本条約と日韓慰安婦合意を守れないのならば、話は「お終い」どころか「始まることすら無い」。その状態で「事態が動かない」としても、日本としては一向に構わない。

1>  日韓両国間には、
2> 北朝鮮問題に加え、気候変動や少子高齢化、
3> 軍事的台頭を続ける中国への対応など
4> 共通の課題が山積する。
5> いがみ合うよりも、協調して課題に向き合う方がメリットが大きいことを、
6> 両政府は再確認すべきだ。


と、上掲東京社説はしめる。要は日韓関係良好な方がお得だ」理論だが、ちゃんちゃらおかしいや。
 
 先ず対北朝鮮&対中国で、韓国が「日本の役に立つ」なんて、全く期待出来ない。地続きだから」とか「日本には無いパイプや情報がある」とか言いたいのだろうが、向こう側に通じている」と言う表現の方が正しかろう。足を引っ張らず邪魔をしなければ見つけモノ。「肝心要の時に裏切る」のは先ず確実。「裏切らなかった」ならば、「裏切るタイミングを失した」のだろうさ。つまりは「役に立たない」どころか「獅子身中の虫となる」であり、有害無益だ。

 気候変動は全地球的問題だ.韓国人も韓国も二義的な相手でしかない。良い処、「気候変動対策の研究に資金を出す」程度の役には立つかも知れないが。それもサムスン製スマホ頼みの韓国経済が真面である間だけ。慰安婦合意財団への10億円さえ出し渋る韓国政府に、研究資金なんぞ当てには出来ないし、研究なんてもっと当てに出来ない。
 
 少子高齢化が日韓間共通の課題というのは事実としても、で、日本の少子高齢化に韓国がどう役に立つというのか?これこそ私(ZERO)なんぞには想像を絶する。社会実験のモルモットとして、だろうか?だとしても、モルモットは別に韓国で無くても良かろうに。

 言い替えれば、韓国と協調するメリットは、我が国には、殆ど無い。と言うことだ。

 大体、我が国は韓国に対し、「条約と合意を守れ。」と言う「国としての常識」「外交対象たる最低限の資格」を求めているだけだ。何かにつけてイチャモン難癖(その典型例は、我が海自哨戒機に対する韓国軍艦による射撃管制レーダー照射と、その後の政府対応、だろう。)ばかりの韓国と、一緒/同列にするンじゃぁ無い。「いがんでいる」のは、韓国だけだ。
 

  • 「基地に弾薬があるのも、補給するのも、常識です。QED」-【沖縄タイムス社説】[宮古陸自に弾薬搬入]説明無く不信が広がる  【琉球新報社説】宮古島に弾薬搬入 住民の安全を置き去り


 Jos某とか言うブロガーが、弊ブログへ妙なコメント攻撃を仕掛けてきたのも、随分と昔の話だ。まだYahooブログだった頃で、Jos某もYahooブロガーで、丸腰の者は撃たれないと、「丸腰の民間人が射殺されるシーンを描写しながら主張する」と言う、「二重の意味での気違い」であり、しょうもないコメントを付けてくるものだから、「公開質問状」を弊ブログ記事とし、「これらの質問に指定期日までに回答無ければ、以降、貴方コメントは無条件削除もあり得る」と宣し、答えなかったモノだから、以降「無条件コメント削除の刑」に処される事になったお人だ。

 因みに弊ブログは、Yahooブログ時代から、「公序良俗に反するモノで無い限り、如何なるコメントも削除はしない」のをポリシーとしており、「コイツ、気違いだな。」と思う様な相手コメントに対しても、それなりに対応している。「無条件コメント削除の刑」に処された例は、このJos某が唯一である。

 そんな「二重の意味での気違い」Jos某を思い出したのは、沖縄二紙もまた(やっぱり)ある種の気違いである、と再確認されたから、である。

 

  • 【沖縄タイムス社説】[宮古陸自に弾薬搬入]説明無く不信が広がる

  https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/863911

 

2021年11月16日 07:30

 平良港に入港した自衛隊の輸送艦から、弾薬を積んだ大型トラックが次々と降りてきた。物々しい雰囲気の中、車両は列を成し市街地を走り訓練場へと向かった。

 

 宮古島に新設された陸上自衛隊の「保良訓練場」に、地対空・地対艦ミサイルとみられる弾薬が運び込まれた。

 

 宮古島市の座喜味一幸市長は、民間港の使用について、新型コロナウイルス感染拡大を理由に一度は「不許可」とした。だが今月5日、法令上や申請書類に不備がないとし「許可」の判断をした。

 

 弾薬搬入を巡っては、過去に事実とは異なる説明が行われ、住民不信を招いたことがある。

 

 陸自の宮古島駐屯地内に「警備に必要な小銃弾などの保管庫」と説明していた施設が、実は弾薬庫で、中距離多目的誘導弾や迫撃砲を保管していたのだ。当時の岩屋毅防衛相が謝罪し、島外へ撤去する問題に発展した。 

 

 今回の弾薬搬入でも、搬入の日時や弾薬の種類、輸送経路など住民が求める情報は開示されていない。

 

 自衛隊配備の前提は地元の同意を得ることと、説明責任を果たすことである。その説明が果たされたとは言えず、住民の間には不安と不信が広がっている。

 

 港の使用を許可した座喜味市長自身、「地域住民への説明は不十分だ」と指摘している。玉城デニー知事も「配備ありきで進めるのは遺憾だ」と語る。

 

 住民の安全を守るのは市長や知事の仕事だ。毅然(きぜん)とした姿勢で臨むべきだった。

 

■    ■

 

 中国の海洋進出をにらみ、防衛省は南西諸島への自衛隊配備を急ぐ。

 

 宮古島駐屯地の開設は2019年。20年にミサイル部隊が配備され、保良訓練場は今年4月、運用が開始された。

 

 ミサイル部隊はすでに奄美大島にもあり、来年度予算の概算要求に石垣島のミサイル部隊の経費が計上されている。さらに本島内の勝連分屯地に配備する方針も固まっている。つまりこれら地域が「最前線」となるのだ。

 

 今年5月、河野克俊・前統合幕僚長は日本記者クラブで会見し「台湾有事になれば南西諸島が一つの戦域になるのは軍事的には常識」と語った。

 

 力を背景にした中国の海洋進出、東シナ海・南シナ海での一方的な現状変更の試みは容認できない。

 

 しかし抑止力が破綻し、中国のミサイル攻撃を受けたとき、犠牲になるのは誰なのか。沖縄戦体験者の不安を軽く考えてはいけない。   

 

■    ■

 

 米中対立の激化によって、米軍基地の過重負担に苦しめられてきた沖縄で、自衛隊も加わり「軍事要塞(ようさい)化」の動きが進む。東アジアで軍拡競争が起きるのではないか、それを危惧する。

 

 対立をエスカレートさせない、このことが何よりも大事だ。 

 

 日本、中国、米国が3者協議の場を設け、平和のための自制を求める共同宣言を発することを期待したい。

 

 緊張緩和の意思を行動で示すことが重要だ。


 
 

  • 【琉球新報社説】宮古島に弾薬搬入 住民の安全を置き去り

  https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1423949.html

 

2021年11月16日 05:00

社説

 

 自衛隊は、宮古島市城辺保良の陸上自衛隊保良訓練場に地対艦、地対空ミサイルなどの弾薬を搬入した。

 

 防衛当局は、輸送経路など住民に対する丁寧な説明を欠いたまま弾薬搬入に踏み切った。あまりにも不誠実である。

 弾薬搬入によって住民の安全は保障されるだろうか。むしろ逆だ。海洋進出を強める中国に対抗するためにミサイルを配備すれば、相手も対抗措置を取り、緊張を高めてしまう。その結果、島は攻撃対象になり住民の生命財産が危険にさらされる可能性が飛躍的に高まる。

 76年前の沖縄戦の教訓は「軍隊は住民を守らない」である。日本は米軍と軍事的に一体化するのではなく、外交力を発揮して東アジアの安定に貢献しなければならない。

 政府は当初、宮古島駐屯地内の保管庫について、ミサイルの弾薬は置かないと説明していた。しかし、それは虚偽説明だった。実際は、駐屯地に中距離多目的ミサイルや迫撃砲が保管されていた。地元への説明と食い違っていたとして、弾薬を島外に持ち出す事態となった。

 陸自はミサイル改良も進める。現在の射程百数十キロから約900キロに伸ばし相手の射程圏外から攻撃できるようになる。改良ミサイルは中国大陸まで届く能力を持ち、「敵基地攻撃」に転用可能とされる。「敵基地攻撃」は憲法の原則によって掲げてきた専守防衛を逸脱する。

 宮古島に搬入された弾薬は、いずれ「敵基地攻撃」が可能な改良型地対艦ミサイルに置き換わるだろう。その結果、有事の際に島が攻撃目標にされる可能性が高まる。

 今回弾薬が搬入された保良訓練場は、保良集落に隣接している。陸自の部隊運用などに関する「教範」で、地対艦ミサイルが火災に巻き込まれた場合の対応として、約2分で1キロ以上離れることなどを指示している。

 専門家によると、弾薬庫は安全性の観点から地中に造られるが、保良訓練場は地上に造って土で覆う地上覆土式である。有事ではすぐ破壊されてしまうとも指摘している。

 このように自然災害や人的事故、有事の際の住民の安全確保を巡り疑問は尽きない。しかし政府は住民の避難について「自治体が示すもの」などとして明示していない。

 住民保護を置き去りにしたまま、与那国から石垣、宮古、沖縄本島、奄美で自衛隊のミサイル配備が進む。琉球弧全体が軍拡の渦中にある。

 1944年に沖縄に配備された第32軍司令部の神直道航空参謀は、かつて軍と住民との関係をこう語った。

 「軍隊は敵のせん滅が役目。住民を守ることは作戦に入っていなかった。住民は大事だが作戦にとっては足かせになる。純粋に軍事的立場からは住民を守るゆとりはない」

 軍にとって住民は眼中になかった。かつての惨劇の再来を許してはならない。


「基地に弾薬が無かったら、困る。」って想像が、全く出来ない、らしい。

  • 「基地に弾薬が無かったら、困る。」って想像が、全く出来ない、らしい。

 もう随分前、実に小学生時代に読んだ、シャーロック・ホームズ・シリーズのパスカビルケの地獄犬(*1)に、こんなセリフがあった。確か、「地獄犬」と直接対峙しようと乗り込んでいく直前、ってシーンだ。

 ホームズ「銃は持っているか?」


 相手(*2)「足があれば、ズボンを履く。
 ズボンを履けば、ポケットがある。
 ポケットがあれば、中に何が入っているか、言わなくても判るでしょう?」


 なかなかウイットに富んだ名科白だと思う(だからこそ、ウン十年経った今でも覚えている。)が、この名科白に準えて沖縄二紙に対して言うならば、こうなるだろう。

 「基地があれば、部隊が居る。
  部隊が居れば、銃砲・火器がある。
  銃砲・火器があれば、弾薬を備蓄し補給し搬入するのは、理の当然でしょう。」


 一体、何をどう考えると、基地があり、部隊も居るが、弾薬を備蓄したり搬入するとは思わなかった/聞いてない。」なんて大間抜けな主張が出来るのやら。基地/部隊は良いが、弾薬はまかりならん!」って主張は、その基地に居る部隊は「丸腰でいろ」と主張するのと同義である。銃砲・火器は弾薬があり、補給されるからこそ役に立つのであるし、基地・部隊が健全に抑止力を発揮するには、弾薬を含めての補給や補充が不可欠というのは、常識のレベルの話だ。

 住民の不安」だぁ?便利な言葉だな。「不安がる」分には大抵のモノが幾らでも「不安がる」事が出来るのだから。大体、「基地があり、部隊が居て、弾薬は無いのが安心」なんてのは、根っからの気違いだ。相手にするに値しない。たとえ本物の「住民」であってもであり、「住民以外」なんてのは論外だ。

 「基地があるから戦争に巻き込まれる」と言うロジックは、「丸腰の者は撃たれない」と断定断言したJos某並みの気違いだ。

 上掲琉球新報社説は軍隊は住民を守らないってロジックを振り回しているが、自警団でも作って人民解放軍に対峙できる気なのだろうか。もしそうしたとしても「国家の指揮下にある軍隊では無い」のだから、犯罪者として扱われ、捕虜としての待遇は得られる根拠が無いのだが、その覚悟はあるだろうか。

 「基地があり、補給もあり、部隊が機能しているからこそ、抑止力も働き、戦争を回避できる。」ってのは、抑止力の基本中の基本。
 
 沖縄は対中最前線なのだから、そこから「兵を引く」のは戦争誘因。「補給切れで基地・部隊が機能しない」というのも「兵を引く」のと同じ事だから、戦争誘因だぞ。

 「基地すらも無い」ならば、ヒョッとして「戦争には巻き込まれない」かも知れないな。戦争にすら至らず、タダ侵略され占領されてお終いだ。そうなったとしても、今度は沖縄は中国の対日最前線であり、ひいては対米最前線になるだけだから、米軍や自衛隊の代わりに人民解放軍が居ることになる。「軍隊の居ない、平和な沖縄」になんぞ、ならないぞ。

1> 東アジアで軍拡競争が起きるのでは無いか。それを危惧する。

って沖縄タイムス社説は書くが、なんと間抜けなのだろうか。ここ20年以上も人民解放軍の軍事費は二桁成長の爆上がりを続けている。「東アジアで軍拡競争」は、とっくの昔に始まっていて、最近漸く日本が「参戦」したに過ぎない。

2>  日本、中国、米国の3者協議の場を設け、
3> 平和のための自制を求める共同宣言を発することを期待したい。

4>  緊張緩和の意思を行動で示すことが重要だ。


と、上掲沖縄タイムス社説は「しめる」が、左様な寝言戯言は、「平和を愛する諸国民」なる虚構に我が国の安全を付託できてしまう様な「日本国憲法前文世界」ぐらいでしか通用しない。大体、「緊張緩和の意思」とやらが、日本、中国、米国の三者すべてに「ある」と、無条件に無邪気に思えるのだから、実におめでたい限りだ。

 上掲琉球新報社説の〆は、もっと非道いな。

5>  軍にとって住民は眼中になかった。
6> かつての惨劇の再来を許してはならない。


 その「かつての惨劇」ってヤツの相当部分が「沖縄二紙の偏向報道」であろう事は置いたとしても、だ。先述の通り「前線から兵を引くのは戦争誘因」であり、「仮に沖縄から完全撤兵」したら、待っているのは「人民解放軍の侵略占領」である。「住民は眼中に無い」という点では、人民解放軍の方が遙かに上だぞ。何しろ人民解放軍は「中国共産党の私兵」であり、中国共産党の利益のためには自国民虐殺すら躊躇しない。天安門事件でしっかり実績を作っている。更には、中国共産党の一党独裁制は民主主義ですら無いのだから、「沖縄の声」なんぞ、聞くフリすらしないだろうぜ。

 

  • <注記>
  • (*1) 多分、私が読んだ初・シャーロック・ホームズだ。 
  •  
  • (*2) 相棒のワトソン博士、では無かったと思う。誰だっけなぁ。 
  • そのまま忘却土へ行くが宜しかろう。ー【AERAオンライン】「野党共闘をやめる選択肢はもうない」山口二郎・法政大学教授

 下掲「AERAオンライン限定記事」でインタビューに答えている山口二郎って法政大学教授様は、チョウセンの新聞に時々投稿されている(*1)。「チョウセンの新聞に掲載」って時点で察せられるだろうが、一言で言って「反日教授」だ。だからこそ、チョウセンジンとも朝日とも気が合うのだろう。

 そんな「反日教授」様が、未だに野党第一党ではある(*2)立憲民主党と共産党の「野党共闘」に、大いに期待しているそうだ。

  • <注記>
  • (*1) どころか、左翼系チョウセン紙であるハンギョレ紙には、山口二郎センセイ直々のコラムがあり、顔写真まで掲載されている。
  •  下掲AERA記事の「実に上手く撮ったモノ、らしい」写真とは異なり、かなりの「迫力」なので、一度御覧になると良いかも知れない。 
  •  
  • (*2) 先日の衆院選挙では、「この際だから、議席ゼロになってくれないかな。」と、願望したのだがな。
  •  ま、願望なんてのは、そんなモノだ。願い、祈るだけでは、実現しない。 




【AERAオンライン】「野党共闘をやめる選択肢はもうない」山口二郎・法政大学教授インタビュー

  • 【AERAオンライン】「野党共闘をやめる選択肢はもうない」山口二郎・法政大学教授インタビュー
  • AERAオンライン限定
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  •    https://dot.asahi.com/aera/2021111500065.html?page=1
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  • 2021/11/16 11:00
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  • 菅沼栄一郎
  • 筆者:菅沼栄一郎
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  • ついに実現した「野党共闘」。山口教授は「成果は明らか」と話す一方、立憲民主党の体質改善の必要性も指摘した photo gettyimages
  • ついに実現した「野党共闘」。山口教授は「成果は明らか」と話す一方、立憲民主党の体質改善の必要性も指摘した photo gettyimages
  •  10月の総選挙では、共産党を含む「野党共闘」が各党の戦略に少なからぬ影響を与えた。今後の野党共闘の行方は、来年7月の参院選でも大きな焦点になりそうだ。市民連合サイドから、共通政策のとりまとめなどを主導した山口二郎・法政大学教授に、総選挙の結果に表れた民意の読み方と野党共闘の展望を聞いた。
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  • 【写真】インタビューに答えた山口二郎さん
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  • *  *  *
  • ――枝野幸男代表(57)の辞任に伴う立憲民主党の新しい代表選びは、19日告示、30日投開票の予定で、約10万人と言われる党員・党友も参加します。女性候補も名乗りを上げましたが、共産党との「野党共闘」には連合からの反発が強く、大きな争点になりそうです。
  •  
  •  
  • 「野党共闘をやめる」という選択肢はもうない、と思います。立憲の代表選に意欲を示しているとされる4人=小川淳也(50)、大串博志(56)、泉健太(47)、西村智奈美(54)の各氏=の顔ぶれを見ても、いずれも「野党共闘」で当選した人たちです。共産党らとの共闘の力を身に染みて感じています。
  •  
  • ■連合内部にある考え方の違い
  • ――しかし、問題は深刻です。連合の芳野友子・新会長は「共産党との閣外協力はありえない」などと強く反発しています。7月の参院選でも、連合は「共産党を含めた野党共闘」に反対し続けるのでしょうか。
  •  
  •  連合内部では、民間労組と官公労との間に考え方や路線の違いがありますが、新会長の芳野さんは、民間4産別(UAゼンセン、自動車総連、電機連合、電力総連)の支持で就任した方です。路線論争を続けるのは不毛だと思うので、連合は今後、ナショナルセンターであることをやめ、政治活動は「地域ごと産別ごと」に自由に行うという方針を出すべきだと考えています。
  •  
  •  連合は結成以来、「非自民、非共産」でやってきましたが、2019年の参院選では、自治労、日教組とは別に、民間労組の独自の動きもあったので、産別や地域別に政党支持を打ち出すことは可能だと思います。今の連合指導部が「自民党政権を倒す」という政治的目標をどれだけ持っているのか、疑問はありますが。
  •  
  •  一方で、来年改選を迎える参院議員のなかで、山形県と大分県は、国民民主党の現職を統一候補にしなければなりません。勝つためには、民間も官公労産別も市民連合も参加して、一本化調整をしなければならないという問題も出てきます(*1)。
  •  
  •  
  • ――「民主王国」と言われた愛知県では今度の総選挙で、トヨタ労組がこれまでの立憲議員への支援を取りやめました。全国でも労働組合の保守化が目立っています。立憲ら野党と労組との関係も今後、変質せざるを得ないのでしょうか。
  •  
  •  愛知県で、立憲は4,5議席を失いました。全国でも、連合系の民間労組が動かず、最後の数千票の勝負で及ばなかった選挙区があります。日本経済、製造業の衰弱を感じました。労働組合が政治活動をやっている余裕がなくなったんでしょう。政府にすり寄っていかないと、企業として生き残れない。そういう局面なのかな、と思いました。もともと、企業別組合は経営と一体だったから、不思議じゃないんですけれどね。正確に言えば、野党を支持する余裕がなくなった。これからは、例えば新潟県のように、地域レベルで信頼関係を作っていくしかないでしょうね(*2)。
  •  
  •  
  • ――新潟県では今度の選挙で、六つの小選挙区のうち、立憲公認が3、無所属が1の計4選挙区を野党系がとり、地元の市民連合は「いち早く政権交代を果たした」と意気上がりました。
  •  
  •  新潟県は日ごろの運動量が違いました。市民連合が、県の地方連合会や政党の地方支部と議論を重ね、選挙の経験を重ね、厚い信頼関係を築いた。連合が共産党との関係に異議を唱えるようなことはありませんでした。
  •  
  • ■野党共闘の成果は明らか
  • ――先の総選挙の「総括」はこれからですが、立憲は109議席から96議席に、13議席減らした。4党をまとめた「野党共闘」は失敗だったと考えますか。
  •  
  •  メディアがどうして「失敗」を強調するのかわかりません。共闘されるのがイヤだ、怖いと思っているからではないでしょうか(*3)。野党は、220近くの小選挙区で候補者を一本化しましたが、立憲はこのうち57議席で勝ち、前回よりも9議席増やしました。別会派を作った野党系の無所属(茨城や福島、新潟など)5議席を合わせると「14議席増」となります。野党共闘の成果は明らかです。
  •  
  •  さらに、このうち1万票差以内で負けた接戦区が29選挙区。ここでひっくり返っていたら、自民党を過半数割れに追い込めるところでした。200以上の小選挙区で野党の候補者を一本化して、自民・公明の候補とどっちを勝たせるか?と迫る初めての試みでしたが、残念ながら、ギリギリのところでいま一歩、力が及ばなかった。
  •  
  •  一方で、比例区では22議席も減らしました。敗因はそこにあります。
  •  
  • ――確かに、自民党幹部は、「一本化は脅威だった。もっと負けると覚悟していた」と胸をなでおろしていました。一方で、先日の朝日新聞天声人語は、「一本化を進めるべきか」に対し51%が「そうは思わない」と答えた調査結果を紹介しながら、世論の「冷ややかな視線」を指摘しました。
  •  
  •  選挙前の読売新聞の調査では、一本化について52%が賛成していました。選挙後の調査で否定的な意見が多いのは、自民党支持層の反発の表れだと思います。野党側から言えば、もっと早い段階から態勢を作って、浸透を図っていれば、との反省もあるでしょう。「一本化」に時間をとられて、最後に息切れしてしまった。
  •  
  • ――比例区での敗因の背景には、一桁から伸びることがなかった政党支持率が指摘されます。「頼りにならない野党」のイメージ、枝野代表の「トップダウン」体質、旧民主党時代以来「新陳代謝」がなかったことへの市民の不満も指摘された。その意味で、枝野さんの交代は、大きな転換点ともいえます。
  •  
  •  例えば、静岡3区で当選した立憲・小山展弘議員(45)の詳しい選挙戦リポートが参考になります。前回は落選し、今回返り咲いた男です。民間労組ときっちり話をして、応援してもらうと同時に、共産党支持者もいる市民団体とつきあう。その一方で、連合には気を使って赤旗に載るようなことは避ける。農林中金(農林中央金庫)の出身だからJAからも推薦を得る。それだけまめにあちこち動き回って、信頼関係を作った。千葉8区の本庄知史議員(47)や宮崎1区の渡辺創議員(44)も、地元にしっかり根を張っている。こうした取り組みをみんなで共有して、組合頼り、風頼みの体質を転換していってほしいですね(*4)。
  •  
  •  
  •  4年前の立憲民主党は、枝野さん一人で作ったベンチャービジネスみたいなものでした。それが、国会議員百数十人の大企業に発展しましたが、ガバナンスの仕組みはできていなかった。代表には、ぜひ若い人になっていただきたいですが、これを支える幹事長には経験ある人がいいですね。例えば、元代表の岡田克也さん(68)のような幅広い人間関係がある人に座っていただけると、頼もしいですね。
  •  
  • ■自公に対抗する経済政策が必要だ
  • ――共産党ももっと変わってもいいんじゃないでしょうか。志位和夫さん(67)は委員長になって21年。枝野さんが交代したのを機に、政策委員長の田村智子さん(56)や若手の山添拓さん(36)が新委員長や幹部に抜擢されると、共産党のイメージはずいぶん変わると思います。来年は党創設100年の節目でもありますし。
  •  
  •  野党共闘はもともと志位さんが言い出したことです。この間ずっとぶれずに、共闘路線を進んできてくれた。共闘を実質的に支えてくれました。
  •  
  • ――ニューヨーク・タイムズは、日本共産党を「ベージュのカーディガンくらいのradicalさ」と表現しました。外国からみれば、国内で喧伝されるほど急進的でないようです。欧州の社会民主党に似ている、とも聞きます。政治学者にはどう見えますか。
  •  
  •  資本主義の枠組みの中で、より良い政策を目指しますといってくれればそれでいいわけですよ。でも、そう言うと、従来の支持者たちのエネルギーが低下しちゃうかな。例えば、アメリカ民主党のリベラル派、サンダースに似ています。ヨーロッパで言うと、北欧の社会民主党の路線と同じ、みたいな。そういう打ち出しも必要ですよね(*5)。
  •  
  • ――新生「立憲民主党」は、支持層をもう少し広げたいですね。
  •  
  •  リベラルとは言えない有権者の票も集めるための「穏健・中庸イメージ」も必要でしょう。支持者に安定感、安心感をもってもらうためには、自公に対抗する経済政策を練る必要があります。
  •  
  • 「安倍・菅政治の9年」は、円安で輸出企業が少しもうかっただけで、技術は衰弱するし、政府にぶら下がって利権をむさぼる中抜きビジネス、随意契約みたいなものがはびこっていた。そこをきっちり批判したうえで、エネルギーを中心としたイノベーションをしっかり起こして、ともかく日本人が食っていけるだけの産業を創り出す、というメッセージが必要です。
  •  
  • 「新しい資本主義」も争点にしたい。自民党のほうは中身がない、途上国型の古くさい「クローニー(縁故)資本主義」です。本来の公平な市場を作って、大学で自由な研究を進めて、そこから次の新しいイノベーションを起こすべきだと考えます。
  •  
  • (構成/ジャーナリスト・菅沼栄一郎)
  •  
  • ※AERAオンライン限定記事

 

  • <注記>
  • (*1) 「連合は解体すべき」とは言っているが、質問に答えていない。精々が、「連合の中にも共産党との共闘を肯定する者も居る。」と言っているだけ。要は、誤魔化しだ。 
  •  
  • (*2) これは一応、「野党と労組の関係は、変貌する。」と答えており、「新潟と同様に、地域レベルの信頼関係を築く事が、労組の野党支持には必要。」とも「答えて」いる。
  •  不思議なのは、「民主王国・愛知」って従来従前の関係が、「地域レベルでの信頼関係では無かった。」としている点だ。(いや、左様言明はしていないが。ロジックからすれば、当然そうなる。)「トヨタはじめとする自動車労組が、野党を支持していたので、結果として愛知が民主王国だった。」と考えれば、一応辻褄は合うが・・・「自動車業界としては野党を支持できない/出来なくなったが、地域レベルの信頼があるので野党を支持する」なんて状態が、果たしてどれ程あり得るのか?
  •  言い替えれば「労組が、業界よりも地縁を優先する」なんて事が、どれ程あるのだろうか?確かにそうなれば「労組の変貌」ではあろうが・・・それって、本当に「労組」かぁ?地縁団体ではないのか?
  •  ま、それぐらいしか「期待し得ない」というならば、そうかも知れないが。 
  •  
  • (*3) 共産党もそんなこと言っている様だけどね。ま、そう思うならば、そう思っていれば良いさ。現状認識は先述の第一歩、だからねぇ。
  •  普通は「負け惜しみ」とか「負け犬の遠吠え」と、言いそうだがねぇ。 
  •  
  • (*4) それって、「組合頼み」が「市民団体頼み」になっただけ、じゃぁ無いのか?「複数の市民団体頼み」だから「リスクを分散している」って言い方は、出来るかも知れないが。 
  •  
  • (*5) オイオイ。アメリカじゃぁ共産党は、政治団体かも知れないが、正式な党ですら無いぞ。 


 

  • 行け!地獄の真っ只中へ!!

 章題にした「行け!地獄の真っ只中へ!!」ってのは、チョイと古い戦争映画「Uボート」の劇場公開当時のキャッチコピー。第2次大戦下のドイツ軍潜水艦「Uボート」の苦闘を、徹底したドイツ軍将兵視点で描いた西ドイツ(当時)映画で、連合軍はソナー音(*1)、スクリュー音(*2)、爆雷音(*3)位でしか登場しない(*4)という「徹底的なドイツ軍目線」の映画だった。ドイツ軍人役以外の俳優は、新聞記者(*5)である主人公ぐらい、ではなかろうか(*6)。

 そんな懐かしい戦争映画のキャッチコピーを思い出したのは、「立憲共産党」とも揶揄される、立憲民主党と共産党の「野党共闘」に対する私(ZERO)の呪詛に、このキャッチコピーがピッタリだから、だ。だが、上掲AERA記事の通り、山口二郎センセイはこの「野党共闘」に期待し、「激賞している」と言っても良さそうだ。
 
 そんな山口二郎センセイをもう少し知るために、ハンギョレ紙のコラム記事を下掲してみた。

  • <注記>
  • (*1) コーン コーン コーン キーン コーンキーン コンキン コンキンコンキンコンキン 
  •  
  • (*2) ガッシュッガッシュッガッシュッガッシュッガッシュッ 
  •  
  • (*3) チュドドドドドドドドドーン! 
  •  
  • (*4) ああ、あと、ラスト近くの空襲シーンで、爆撃機がちらっと映るか。 
  •  
  • (*5) 軍の広報係、だったかも知れない。だとしたら、ドイツ軍人だな。 
  •  
  • (*6) ああ、出撃前の酒場のシーンには、民間人も、女性も映っていたかも知れないな。 




【ハンギョレコラム】[山口二郎コラム]菅政権の終わりとこれからの日本政治

  • 【ハンギョレコラム】[山口二郎コラム]菅政権の終わりとこれからの日本政治

  http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/41094.html

 

登録:2021-09-13 05:19 修正:2021-09-13 07:07

 

 

山口二郎|法政大学法学科教授

 日本の政権政党、自由民主党の総裁は今月末に任期満了を迎える予定である。現職の菅義偉氏は、突如総裁再選を目指さないと発表し、総裁退任に伴い、首相の座からも退くという決意を明らかにした。

 

 報道によれば、菅氏は9月初めまで再選に意欲を燃やし、様々な戦略を練っていた。しかし、新型コロナウイルス対策について的はずれの政策を繰り返し、政権支持率は今年に入って低下を続け、30%を割るところまで悪化した。8月に行われた横浜市長選挙では、首相の側近だった政治家が閣僚を辞職して立候補したが、野党の推す候補に大差で敗れた。自民党の衆議院議員の40%余りが当選3回以下の若手であり、これまでは弱体な野党のおかげで楽な選挙で勝ってきた。これらの政治家は、あまりに不人気な首相の下で、10月末に任期切れを迎える衆議院選挙を戦うことを恐れている。こうした恐怖が自民党の中で菅退陣を求める世論を形成し、菅氏もそれを乗り越えてまで権力を維持することはできなかった。

 

 菅政権崩壊の最大の原因は、コロナ対策の失敗である。しかし、それは菅氏の個人的な性格に由来することではない。菅氏の政治姿勢や政治信条が政策的失敗をもたらした。さらに言えば、菅氏の前任者で8年近くの長期政権を続けた安倍晋三前首相以来の自民党の構造が菅政治の失敗をもたらしたというべきである。

 

 菅氏の政治手法の特徴は、対話の拒否である。長年、安倍政権を支える官房長官を務めてきて、記者会見は日課であった。菅氏は常にぶっきらぼうで、政府の政策や政治姿勢に対する批判的な質問が出されても、「的確に対処している」、「批判は当たらない」などと、具体的な説明を拒否する答弁を繰り返してきた。首相に就任しても、野党の質問に対して説明責任を果たす意欲はまったく示さなかった。説明責任の拒否は、安倍政権からの特徴でもあった。安倍前首相についていえば、政府主催の花見の会に地元の支持者を大量に招き、違法な接待をしたのではないかという疑惑に対して、安倍氏は国会で118回虚偽の答弁をしたことが明らかになった。誠実に言葉を使う、国民に事実を知らせるといった民主政治の基本動作が破壊されたことが、9年間の安倍、菅政治の特徴である。

 

 こうした特徴は、権力者について偉そうだという反感を招くだけではない。政府の政策的能力を大きく損なっているのである。コロナ対策で成功した欧米や台湾の事例では、政治指導者は情報を徹底的に公開し、政府の方針が率直に提示し、国民は政府に対する信頼を持つという好循環が存在した。日本はその真逆の悪循環が存在した。また、政府の外側での一般的な反感とは逆に、政府の内側では、政策立案の実務を担う官僚は権力を振りかざす指導者を恐れ、指導者の気に入るような政策を提出してご機嫌を取ろうとする。コロナ禍のような過酷な現実に取り組まなければならない状況では、そうしたご機嫌取りは的外れの政策を作り出し、問題を一層悪化させる。日本では、今、病床が満杯で、適切な治療を受けられないまま自宅に放置されるコロナ患者が東京都だけでも1万6千人存在する(9月6日のデータ)。これは、政府の従来の対策に批判的な専門家との対話を拒否し、旧来の方針に固執した結果である。

 

 菅首相の辞意を受けて、現在、次の自民党総裁を選ぶ選挙に向けた政治家の動きが活発になっている。今まで閣僚や与党の有力者でありながら、安倍、菅政権の下で何らの政策的実績を上げてこなかった政治家たちが、ここに来て急に新政策を打ち出すというのは、実に奇妙な光景である。良いアイディアがあるのなら、なぜそれをもっと早く実行できなかったのか。自民党総裁選挙の候補者は、今までの菅政権の政治手法を自己批判することから議論を始めなければならない。事実を国民に知らせる、野党やメディアからの批判に対して誠実に応対する、まじめに言葉を使う、こうした民主政治の基本動作を回復することに今回の総裁選挙がつながることを願うばかりである。

 

 

山口二郎//ハンギョレ新聞社

山口二郎|法政大学法学科教授(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

 

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1011418.html

韓国語原文入力:2021-09-12 21:43


 

  • 【ハンギョレコラム】[山口二郎コラム]東京オリンピックと第二の敗戦

登録:2021-05-31 06:25 修正:2021-05-31 07:31

 

  http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/40133.html

 

山口二郎|法政大学法学科教授

 目下、日本政治にとって最大の問題は、7月の東京オリンピックを予定通り開催するかどうかという選択である。新型コロナウイルスの感染が止まらず、変異株も広がり、ワクチンの接種も先進国の中では最も遅れている日本では、医療崩壊が現実化している。大阪、北海道などでは、感染しても入院することができず、ホテルや自宅で待機している間に亡くなる人も相次いでいる。こんな状態でオリンピックを開催すれば、貴重な医療資源がオリンピックに振り向けられ、国民の生命は二の次になるという疑問が広がっている。多くの世論調査で、オリンピックをさらに延期あるいは中止すべきという意見は、合わせて70~80%程度である。

 

 しかし、菅義偉首相は、予定通り開催すると再三言明している。もはや日本政府は合理的政策決定ができなくなったと言うしかない。このような政治のありさまを見ると、第2次世界大戦敗戦直前の日本の指導者の姿を想像する。76年前と今の指導者には多くの共通する思考法が見出せる。

 

 第1は、言葉の置き換えによる現実の隠蔽である。最近の日本のメディアでは医療崩壊という言葉は使われない。ベッドも医師も不足して自宅に隔離される人は自宅療養と呼ばれる。これは、敗北、退却を転進と呼んだ大本営発表と同じである。

 

 第2は、既成事実への屈服である。戦争中、軍の指導者は中国大陸の占領地から撤退することはそれまでに払った犠牲やコストをすべて無駄にすることだとして、反対した。このように誤った方針を転換できない状態が既成事実への屈服である。

 

 現在では、東京オリンピックをめぐって政治指導者は既成事実に束縛されている。今オリンピックを中止すれば、これまでの投下資金はすべて無駄になる。経済学ではそのムダ金をサンクコスト(埋没費用)と呼ぶ。サンクコストの発生は政策決定者の見通しの悪さを示す決定的な証拠である。しかし、サンクコストを恐れるあまり、失敗すると分かっている事業に資源の投入を続け、より大きな破局をもたらすのは、最悪の経営者である。首相もオリンピックに関しては最悪の経営者の行動を取ろうとしている。

 

 第3に、空虚な国家目標のために国民感情を煽り、国家の威信を示そうとするところも、戦中と現在の共通点である。菅首相がオリンピックに執着することは、その後の政治日程と関係している。衆議院の任期はこの10月までなので、首相はオリンピックを開催し、日本選手の活躍で国民精神が高揚したところで、選挙を行いたいという野望を持っている。医学の専門家がオリンピック開催に伴う危険性を指摘しても、首相は大丈夫だという主観的信念を振りかざし、科学的データは無視する。このあたりの精神構造は、一億玉砕、本土決戦という戦中のスローガンを思い出させる。国民の生命を第一に考え、オリンピックを断念するという政治判断を示せば、政治家としての信頼性は高まるはずだが、首相にはそのような計算もできないようである。

 

 76年前の敗戦で大きな犠牲を払った後、日本人は民主主義を確立し、民意に基づく政治、科学的合理性に基づく政策を進めるようになったはずである。しかし、日本人は誤った政策を決めた政治システムを転換したわけでもなかった。狂信の政治は帯状疱疹ウイルスのように日本政治の内側に潜んでいただけで、今また表面化したということができる。ただし、76年前と違い、今の日本には言論の自由がある。政策の誤りは批判することができる。またいくつかの新聞はオリンピックの中止を求める論説を出した。これからも議論を続けなければならない。

 

 日本政治のこのような病理について、私が書いた『民主主義は終わるのか』という本が韓国語に翻訳された。日本に関心のある韓国の読者にご覧いただければ幸いである。

 

 

//ハンギョレ新聞社

山口二郎|法政大学法学科教授(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

 

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/997247.html

韓国語記事入力:2021-05-31 02:07

 

  • と言う次第で、「管政権は武漢肺炎対策に失敗した」「東京五輪は第二の敗戦=失敗だ」と言う「現状認識」をお持ちらしいのが、山口二郎センセイ、な訳だ。


 「管政権は武漢肺炎対策に失敗した」のならば、昨今の日本の武漢肺炎に対する「俄には信じがたい程の成功」は「基本的にすべて岸田政権の功績」って事になるのだが・・・どうせ山口二郎センセイの認識では、現状すら「武漢肺炎対策の失敗」なのだろう。

 東京五輪どころかその後のパラリンピックまで完遂した現時点ではお笑いぐさにすらなりそうに無いが、「東京五輪中止論」も凄まじいよな。その東京五輪中心の論拠根拠を、①「医療崩壊を”自宅療養”と言い替えて隠蔽している」②「東京五輪開催は既成事実への屈服である」③「東京五輪開催は空虚な国家目標である」と三点揚げている訳だが・・・

 先ず上記②「既成事実への屈服批判」であるが、「既成事実」なるモノが「相当に強いモノ」であるのは、大日本帝国にも大東亜戦争にも限った話では無い。「東京五輪を中止すれば、それまでの投資が無駄になる」のは紛れもない事実であるし、同様の判断は東京五輪にも限らない。要は「何処まで損失を許容し、何処で損切りを決断するか?」という問題であり、「損切りをしない=敢えて続行・決行」と言うのは一つの判断だ。

 武漢肺炎禍って「近年希に見る悪条件」に見舞われた東京五輪が、赤字黒字で言うなら赤字であることは免れまいが、東京五輪中止していれば丸損であるし、東京五輪開催自身には「金銭以外の評価基準もある」という考え方もある。山口二郎センセイや朝日社説の口車に乗って「東京五輪中止」なんて事態に至らずに、本当の良かったと、私(ZERO)なんぞは思っている。
 私の見るところでは、「東京五輪決行・断行と言う“既成事実への屈服”」は、「結果的に、相当の国民の支持を得ている。」。言い替えれば、「既成事実に屈服することは、東京五輪の場合、正しかった。」と、世の大半は考えて居る、のではなかろうか。

 ま、「世の大半」なんてのは「多数派である」と言うだけだ。味方・同志の多いのは心強いが、「多数派だから正しい」訳では無い。私が知りたいのは、それよりも、山口二郎センセイが未だに「東京五輪開催は、既成事実への屈服である」と、非難し批判するか、だ。事実として既に「既成事実へ屈服した」のであるが、それが非難・批判されるべきモノであると、今でもお考えか、だ。

 これは もう一つの上掲「東京五輪中止論の論拠」である、上記③「東京五輪開催は空虚な国家目標である」とも、関わってきそうだ。

 即ち、「山口二郎センセイは、東京五輪開催は空虚な国家目標であったと、東京五輪開催後の今日も非難批判されるのか?」と言う疑問・疑義に集約出来よう。

 もし本当に、東京五輪開催以前の時点で「東京五輪中止」が決定されていたら、「東京五輪は、開催中止を余儀なくされるぐらいに空虚な国家目標であった。」とのロジックが成り立っただろう。この場合、「否、東京五輪は国家目標に価したのだ。中止は間違いだった。」という主張は、かなり苦しい主張となっただろう。

 だが、東京五輪は、事実として開催された。事実として開催された後の今日であれば「東京開催開催は空虚な国家目標であった」か否かは、事実を以て実証立証されている、筈だ。

 そう言えば、東京五輪中止は共産党や立憲民主党も主張し、いよいよ東京五輪が始まってからもちょっとの間「今からでも中止しろ」と主張していた、筈だが・・・先の衆院選挙で「自公政権による東京五輪開催という暴挙を非難した」なんて話は聞いた覚えが無いし、東京五輪に引き続いてのパラリンピックを「中止しろ」って主張を、パラリンピック開始以降に聞いた覚えも無い。
 
 って事は、「新聞やテレビ放送番組が売れれば何でもあり」のマスコミもさることながら、立憲共産党の夜盗共、もとい、野党共も、「東京五輪開始は空虚な国家目標であった」と主張し難くなっている、と言うことでは無いのかな。

 で、山口二郎センセイは、今でも「東京五輪開催は空虚な国家目標であった」と、主張されるのかな?

 否寧ろ。今こそ声高に堂々と、「東京五輪開催は空虚な国家目標であった」と、是非とも山口二郎センセイには主張して頂きたいんだがな。無論、突っ込みを入れる気満々で、手ぐすね引いた状態で、だが。

 上記①「医療崩壊を”自宅療養”と言い替えて隠蔽している」って主張は、ひときわ凄まじいなぁ。「自宅療養」を余儀なくされると「医療崩壊」って認識らしい。まあ、「医療崩壊」をそのように定義すれば、「自宅療養を余儀なくされているから、医療崩壊だ!」と主張も非難も出来るだろう。

 だけどさ。それって、「隠蔽になってない」のでは無いか?そりゃ「医療崩壊」の方が「自宅療養」よりもインパクト大な表現であるが、それは普通、「自宅療養を余儀なくされた」ぐらいでは「医療崩壊」とは言わないから、では無いのかな。

 言い替えれば、常識的には「医療崩壊」と「自宅療養」との間には、相応の、相当な、ギャップがある。で、現実に起きていたのは、「自宅療養を余儀なくされた」と言うだけ。それは「入院療養出来ない患者がいる」と言うことであり、「自宅療養中に亡くなられた方も居る」のは事実であり、「入院していれば、亡くなられずに済んだ」かも知れないが・・・ハッキリ言ってしまえば、それは、程度の、割合の問題だ。

 言い替えれば、「自宅療養中に亡くなられる方が少数に留まるならば、それは許容出来る範囲である」と言うことであり、左様な状態を”医療崩壊”とは呼ばないし、呼ぶべきでは無い、と言うことだ。

 更に言えば・・・先行コラムのでは「管政権の武漢肺炎政策は失敗だった。」と断定断言される山口二郎センセイの考えでは、東京五輪開催前の状態で「自宅療養を余儀なくされるぐらいだから、医療崩壊していた。」のだとして、だ。東京五輪開催は今年の8月で、今が11月。その間に管政権は岸田政権に交代した、訳だが、僅か三カ月で「武漢肺炎による死者がゼロという日もある」程度に、我が国の武漢肺炎禍は沈静化している。この現状を、仮に「今でも自宅療養を余儀なくされる人が居る」としても「武漢肺炎対策が失敗している」とは、一寸言えそうにないし、「医療崩壊」とはもっと言えそうにない。
 
 で、そのような状況にまで「武漢肺炎禍は沈静化」したのに、管政権は全く功績が無いのだろうか?だとしたら、その功績は全て(ないし殆ど)岸田政権に帰するのだろうか?(*1)はたまた、政府の武漢肺炎対策は失敗だったが、民間の対策が奏功している(*2)」のだろうか?

 ああ、現状もまた「武漢肺炎禍は沈静化していない!」と認識ないし主張すれば、管政権も岸田政権も「政府の武漢肺炎対策は失敗だと主張はしうるか(*3)。どんなロジックなのかは、誠に興味深いが、良くて「タダの屁理屈」。大抵は「気違いの戯言」しか、出て来ないだろうよ。
 
 と言う訳で・・・私(ZERO)としては、山口二郎センセイの有する「現状認識」ってヤツに、大いに眉に唾つけて疑義疑念を抱くこと甚だしいのである。
 

  • <注記>
  • (*1) 管政権と岸田政権とで、武漢肺炎対策に有意な差は、無さそうなのだが。 
  •  
  • (*2) その民間の対策ってのは何?三密回避やマスクの着用なんかは、以前からやっているよな。ワクチン接種は国と地方自治体の施策だし・・・あ、「ワクチン接種率が高まったのは、地方時自体が努力したお陰で、政府の功績では無い!」ってロジックが、一応成立するか。ワクチンを用意し、配っているのは、国なんだがな。 
  •  
  • (*3) ”政府がマスコミをして「医療崩壊」を「自宅療養」と、言い替えさせている。”と主張出来てしまう山口二郎センセイならば、”新たな感染者数だとか死者だとかの数字は、デタラメだ!”位の主張は、朝飯前だろう。 


 

  • 行け!忘却土(リンボー)の真っ只中へ!!!

 「忘却土=リンボー」ってのは、日本では余り馴染みの無い概念かも知れない。「地獄・極楽」は仏教にもあるが、地獄の手前の「煉獄」とか、地獄の更に先(多分)である「忘却土=リンボー」ってのは、キリスト教の概念らしい。「地獄に落ちた亡者も罪を地獄で償えばこの世へ転生出来るが、忘却土へ落ちた亡者は永久に帰ってこない。」だったと思うが、余り自信は無い。まあ「地獄の上位互換」が「忘却土=リンボー」なのだ、と、私(ZERO)は理解している。

 でまあ、先述の「懐かしの戦争映画Uボートのキャッチコピー」を捩ったこの章題は、無論、「立憲共産党」と揶揄される立憲民主党&日本共産党の「野党連合」と、それを賞賛激賞する山口二郎センセイへ送る、ある種の「捨て台詞」だから、だ。

 言うまでも無かろうが、前掲AERA記事にて山口二郎センセイは「野党連合」の利点を吹聴し、これを非難する声が(何と驚くべき事に)マスコミにもあるのを野党連合が怖いからだ。」と言い放って居る。全く、大した自信と言うべきであろう。

 で、だ。山口二郎センセイとも、無論立憲共産党とも意見を大いに異にし、先述の通り「先の衆院選挙では、立憲民主党の議席壊滅を願った」「殆ど生まれながらの右翼」である私(ZERO)は、実は山口二郎センセイ(並びに日本共産党の)の斯様な「現状認識」を、大いに歓迎してしまうんだな。

 「現状認識は先述の第一歩」と言う、斯様な「“実は野党連合が怖いのだろう”と言う現状認識」からは、それに応じた戦術しか出て来まい。それ即ち、来年予定の参院選挙も、その先の選挙も「立憲共産党は負け続ける」事が期待出来る、と言うことだ。
 
 そりゃぁ、大いに期待してしまうな。参院選挙は衆院選挙とは違って「議席数の半数の選挙」だから、「全取っ替え」には「(少なくとも)二回の参院選挙が必要」であり、「立憲民主党の議席ゼロは、少なくとも次の次の参院選挙まで待たねばならない」から、な。

 左様、私(ZERO)は、次の参院選挙にも「立憲民主党の議席壊滅」を、願っているのである。

 

  • 非核三原則の前提条件の一つは、「米国の対中国先制核使用」だぞ。-【東京社説】核の先制不使用 日本は米国の後押しを  【琉球新報社説】米の核先制不使用 日本は積極的に支持せよ




【東京社説】核の先制不使用 日本は米国の後押しを  

核の先制不使用 日本は米国の後押しを

2021年11月8日 06時50分

 

 バイデン米政権は新しい核戦略の指針である「核体制の見直し(NPR)」で、核兵器の先制不使用を打ち出すことを目指している。日本政府はこれを阻んではならない。

 相手が核で攻撃してこない限り、こちらも核を使用しないというのが「核の先制不使用」である。核の役割を減らして核戦争のリスクを低めることを狙った政策だ。

 バイデン大統領はかねて先制不使用の採用に前向きで、核保有の目的は相手の核攻撃抑止と報復に限定すべきだと唱えてきた。「使える核」の開発を進めて核依存を強めたトランプ前政権からの大きな転換である。

 英紙フィナンシャル・タイムズによると、米政府はNPRの取りまとめに向けて、先制不使用政策の採用を日英仏などの同盟国に打診したが、否定的な反応が圧倒的だったという。

 「核なき世界」を掲げたオバマ元大統領も二〇一六年に先制不使用を宣言しようとしたが、日本などから「同盟国を守る米国の決意について中国に誤ったメッセージを送ることになる」という反対に遭って断念した。

 だが「核の役割低減」を主張してきた政府が先制不使用に反対するのは、矛盾している。岸田文雄首相は「核軍縮はライフワーク」と常々言ってきた。ならば先制不使用を目指すバイデン政権を後押しすべきだ。

 この九月、広島や長崎の市民団体などが先制不使用に反対しないよう求める公開書簡を各党代表に送った。

 米国からもペリー元国防長官や全米科学者連盟などが同趣旨の書簡を当時の菅義偉首相らに送り「核廃絶に向けた小さな、しかし重要な一歩を、核攻撃を受けた唯一の国の日本が阻止することになれば、悲劇的だ」と訴えた。

 誤認や計器の誤作動によって核ミサイルが発射され、核戦争に発展する危険性は常にある。それに至らぬまでも、放射能漏れなどの核兵器事故は起きている。核は保有するだけでも危険なのだ。

 核兵器を違法とし製造、保有、使用などを禁じる核兵器禁止条約が今年、発効した。政府はこれにも背を向けている。被爆国の責務を果たすべきだ。


 

  • 【琉球新報社説】米の核先制不使用 日本は積極的に支持せよ

  https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1422677.html

 

2021年11月13日 05:00

社説

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 米バイデン政権が来年初めにも策定される新たな核戦略指針「核体制の見直し(NPR)」で先制不使用宣言に意欲を示していることに、日本政府が懸念を伝えた。核軍縮への小さな一歩にすぎない宣言だが、唯一の戦争被爆国である日本がなぜ反対するのか。岸田文雄首相は積極的に支持を表明すべきだ。

 

 オバマ政権も2016年に広島訪問を機に宣言を検討したが、日本やNATO諸国の反対で断念している。日本を説得するのが難しいと判断したことが大きな理由だったと、後に明らかになった。

 オバマ政権の副大統領だったバイデン氏は、大統領就任前に、核保有の目的を核攻撃抑止と報復に限るべきだと述べていた。先には核兵器を使わない、核兵器保有の唯一の目的は米国・米軍・同盟国に対する核攻撃を抑止し必要なら報復することにあると宣言することで、核戦争のリスクを減らそうというのである。

 今年8月、ペリー元米国防長官ら米国の元高官、核問題専門家と科学者らの団体が、バイデン政権の先制不使用宣言に反対しないよう要請する公開書簡を日本の政党党首らに送った。宣言は同盟国に対する核攻撃の抑止に影響しないと指摘し、廃絶に向けた一歩である宣言を被爆国の日本が阻止することになれば「悲劇的だ」と強調した。

 しかし、日本政府は、核兵器以外の攻撃を抑止するためにも米国の核による報復の脅しが必要という立場を変えていないのであろう。日本を攻撃したいと考える国にとっては、核兵器を使わない限り米国から核で報復される恐れがないので、攻撃に踏み切りやすくなるというのだ。核兵器以外の報復は恐れないというのもおかしいが、被爆国日本が核兵器を威嚇に使うことは、まさに「悲劇」である。

 そもそも、同盟国への攻撃に核で報復するという「拡大核抑止(核の傘)」が本当に機能するのかという批判もある。核兵器を使えば米国も核報復を受ける。全ての核攻撃を迎撃・阻止することは困難だと指摘されてきた。米国は、同盟国を守るために自国民を核報復の犠牲にする可能性が高いのである。「拡大核抑止」は矛盾に満ちている。

 4月に国会で当時の茂木敏充外相が核先制不使用宣言について「全ての核兵器国が検証が可能な形で同時に行わなければ実際には機能しない」と答弁している。そうなら、米国の宣言を支持した上で各国に先制不使用宣言を求めていくべきではないのか。日本政府はかねてから核廃絶に向けて保有国と非保有国の「橋渡し役」をすると表明してきた。その第一歩だ。

 核兵器禁止条約もすぐ批准すべきだ。そして北東アジア非核地帯構想を進める方が、敵基地攻撃能力を論じるよりも日本の安全につながる。

 核戦争の惨禍をよく知る広島選出の首相だからこそ、今、決断をすべきである。

 

  • それは、「非核三原則の前提を否定している」のだが、覚悟は良いかね?

 なぁにしろ、非核三原則と来た日には、法律でも無ければ閣議決定でも無く、況んや憲法なんぞではない。タダの「従来の、安全保障上の一つの方針」でしかない。であるというのに、独り歩きしまり/させまくりで、日本の国是」とか抜かす輩は掃いて捨てる程ある/居る。のため、その「非核三原則の前提条件」は「忘却の彼方」に要ってしまっている様だが、その一つが「万一の場合に米国が対中国先制核攻撃(の可能性を残す)」だったのだぞ。
 
 それぐらい(米国の対中国先制核攻撃)のことが無ければ、ウカウカと「非核三原則」なぁんて表明できなかったんだ。

 中国の軍事力、特に核戦力は、「我が国が非核三原則を打ち出した当時」より遙かに増強されているから、現状では米国と雖もそうおいそれと「先制核攻撃」をかける訳には行かなくなっている。なればこその「米国の先制核不使用」検討なのであろうが、それは、「我が国の従来の安全保障方針である非核三原則の、前提が崩れる/崩れた」と言うことである。

 それ即ち、普通に考えれば、「我が国は、非核三原則を、その破棄を含めて見直しを強いられる」と言うことであり、「我が国は、独自核武装を含めた検討を行う必要がある」と言うことでもある。

 無論、「我が国独自の核武装」ってのは、従来方針である「非核三原則」に真っ向から対立するモノではあるが、少なくとも私(ZERO)は「非核三原則は国是」なんて思っていない(*1)から、「前提が崩れての方針変更なのだから、従来の非核三原則を真っ向から否定する我が国独自核武装という選択肢は、あって当然。無いのは不自然だ。」と、断言してしまうぞ。

 逆に言えば、非核三原則とは「我が国の安全保障上の従来の方針でしか無い」のであるから、「安全保障上の方針変更」だけで、破棄できるものである。
 
 話が大部横道にそれたが・・・・上掲社説で東京新聞も琉球新報も、無邪気にと言うか脳天気にと言うか、「米国の先制核不使用宣言を、日本は支援しろ」と主張している訳だが、其奴が「非核三原則の前提の否定」であり、それが実現したならば、我が国は独自核武装を含む「非核三原則の見直し」を余儀なくされることを、覚えておき、覚悟した方が、良いぞ。

 

  • <注記>
  • (*1) それどころか、「我が国には、国是と定めたモノは、無い。」と思っている。「国是を定める」には、少なくとも閣議決定。普通に考えれば「国是と定める」と言う国会決議が必要だと思うが、「国是を定めた」閣議決定も国会決議も無いのだから、我が国に「しかと定めた国是」なぞ、在りようが無かろう。 

 今年は、真珠湾攻撃八〇周年と言うことで。10年前の記事をリブログ。

 

 この10年間判明したことを踏まえても、10年前の主張に付け加え変更する点は殆ど無い。

 我が国、我が軍は、真珠湾攻撃で騙し討ちなどと言われる筋合いは、無い。

 

  • 「核廃絶のビジョンがある。」なんて政治家は、鳩山由紀夫急の嘘吐きだろう。-【毎日社説】岸田首相と広島 核廃絶のビジョンが必要だ




【毎日社説】岸田首相と広島 核廃絶のビジョンが必要だ

  • 【毎日社説】岸田首相と広島 核廃絶のビジョンが必要だ

  • 岸田首相と広島 核廃絶のビジョン必要だ

  https://mainichi.jp/articles/20211109/ddm/005/070/127000c

 

毎日新聞 2021/11/9 東京朝刊 English version 836文字

 

 岸田文雄首相は、核軍縮を「ライフワーク」に掲げている。

 

 就任直後の所信表明演説では「被爆地・広島出身の首相として、『核兵器のない世界』に向け、全力を尽くす」と語った。

 

 意気込みは前向きに受け止めたい。だが、その本気度が早くも疑われている。

 

 象徴的なのが、1月に発効した核兵器禁止条約への態度だ。開発から使用、威嚇までを禁じた国際条約だが、米国の「核の傘」に依存する日本は批准していない。

 

 

 来年3月の締約国会議は、オブザーバー参加も認められている。唯一の戦争被爆国である日本が世界に発信すれば、核廃絶の機運を高める効果があるはずだ。

 

 ところが、首相は後ろ向きだ。核保有国が参加していない条約は実効性がないという理屈である。背景には、米国が反対しているという事情もある。これでは安倍晋三元首相や菅義偉前首相と同じではないか。

 

 

 首相は外相時代、核軍縮を進めるための国際的な「賢人会議」の設置を提案した。日本に加え、核保有国と非保有国の有識者が一堂に会して意見を交わした。

 

 今は首相の座にある。核廃絶の大きな構想を示し、実現に向けて戦略的な外交を進める時ではないか。国家安全保障会議や有識者会議で議論を重ね、「岸田ビジョン」を世界に打ち出してほしい。

 

 

 来年1月には、核保有国を含む「核拡散防止条約(NPT)」の再検討会議も予定されている。NPTと核禁条約という二つの会議を「橋渡し」する役割を果たすべきだ。

 

 オバマ元米大統領の広島訪問実現に尽力したのは首相だ。当時副大統領だったバイデン大統領は、「核なき世界」の理念を継承する立場を示している。

 

 

 バイデン政権は新たな核戦略の指針を策定中だ。核兵器の役割を「抑止」と「報復」に限定することを検討しているという。

 

 首相はバイデン氏の取り組みを後押しすべきだ。被爆国として日本が独自の外交を進めることへの理解を求める必要もある。

 

 核廃絶に向けた動きを国際社会の大きな潮流にすることができるのか。被爆地選出の首相として、覚悟が問われる。


 

  • 「ライフワークが核軍縮」ってのは、「趣味としてやっています」って意味では無いのかね

 或いは、「一生かけたところで、核廃絶になんか至りません」という意味とも解釈でき、真実・現実はこちらの方が近そうだ。上掲毎日社説が期待する様な「核軍縮から核廃絶へ向けて、全身全霊で邁進する」なんて、日本国首相に、岸田首相に、「期待する」方が「どうかしている」ってのは、常識的判断だと思うぞ。

 核軍縮は、日本国首相の余技ではあっても本義では無い。況んや、核廃絶をや。

 大体、「核なき世界」が現状の「核兵器が厳然としてある世界」よりも「無条件で良い」なんて信じ込める、単細胞さというか脳天気さというか浅はかさというかバカ丸出しは、全く「手前ぇ、何歳(幾つ)だぁ?」と言いたくなるレベルだぞ。
 
 「核なき世界」とは「タダ一国の核兵器保有国によって、全世界が支配されて仕舞いかねない世界」だ。その「タダ一国の核兵器保有国」に我が国がなって「全世界を支配してやろう」なんて意図・目的が無い限り、「核なき世界は、無条件で、良い」なんて断言は、しかねる筈だ。

 言い換えるならば、「核廃絶へのビジョン」とやらは、「核廃絶を維持するビジョン」と表裏一対で無い限り、「核なき世界」なんてのは「忽ち崩壊して仕舞うだろう。」と言うことだ。その「核なき世界」後が「タダ一国の核兵器保有国に支配される世界」となるか、「複数の核兵器保有国が割拠する」”新冷戦”状態になるかは、議論疑問の余地はあるが(*1)、「核なき世界が長続きしない」事には、一寸疑義の余地が無い。
 大体、「核廃絶を維持するビジョン」なしの「核廃絶へのビジョン」ですら、持っているヤツがこの世に現存するとは、私(ZERO)には一寸信じがたい。タイトルにもしたが、「核廃絶へのビジョンが、私にはある!」と断言する政治家は、先ず「嘘吐き」と断定して間違いなかろう。


 言い替えるならば、上掲毎日社説は、「岸田首相に”核廃絶へのビジョンがある”と、嘘を吐け」と、意識的にか無意識にか知らないが、要求要望しているのである。そりゃ「首相が嘘を吐く」ならば「政府政権攻撃の格好の材料」になるからな。

 「核廃絶へのビジョン」に近いモノとして、「原理的な核起爆の阻止(*2)」とか「国際機関による核兵器の一括管理(*3)」とかがSF小説にはあるが、前者は文字通り非現実的で、後者も「核廃絶では無い」。

 SF小説家(乃至マニア)や、思想家、宗教家ならば、ヒョッとして「核廃絶へのビジョン」を有しているかも知れない。だが政治家が、現実の政治的課題として「核廃絶へのビジョン」を有しているなんて、非現実的としか思えない。平たく言って夢物語。もっとハッキリ言えば、寝言だ。

1> 核廃絶に向けた動きを国際社会の大きな潮流にすることが出来るのか。
2> 被爆地選出の首相として、覚悟が問われる。


等と尤もらしく上掲毎日社説は「締める」が、上記1>は即ち「核廃絶へ向けた動きは、国際社会の大きな潮流では無い」と言う、ある意味「極めて正しい」現状認識の発露である。而して左様な現状は「日本国首相の覚悟」如きで、変わるモノでは、無い。

 なるほど日本は「被爆国」ではある。だが、「核兵器保有国ですら無い」のである。現状の核兵器保有国からすれば「被爆国首相の覚悟、だから何?」でしかない。

 それを「首相の覚悟」一つで「なんとかしろ」というのは、凄まじいばかりの精神主義かつ他力本願の無責任であろう。一体毎日新聞は「岸田首相が覚悟を決めた」暁には、一体どんな「核廃絶へのビジョン」が出てくるモノ、期待してやぁがるンだぁ?

 そんな「核廃絶のビジョン」は、「鳩山由紀夫の腹案」レベルだろうぜ。

 「再エネで脱炭素」もそうだけどさ。どうしてマスコミってのは「自らは描くことすら出来ない餅を、政府には”描け”と要求」出来てしまうのだろうか。報道機関乃至プロパガンダ機関としては、それも「あり」なのかも知れないが、言論人やオピニオンリーダーとしては、無責任極まりないぞ。


 

  • <注記>
  • (*1) 而して、「複数核兵器保有国割拠」は現状とさして変わらず、「唯一の核兵器保有国による全世界支配」は現状よりも悪そうだぞ。 
  •  
  • (*2) 西ドイツのスペースオペラ、ペリー・ローダンシリーズのごく初期の頃に、異星人の超技術でこの方法で文字通り「核兵器を無力化」するエピソードがある。 
  •  
  • (*3) ロバートAハインラインの「栄光の宇宙アカデミー」とか、「SF戦争15のスタイル」と言う短編集の一つとかに、この方法が描かれている。 
  • まっとうな電力会社の責任は、先ず第一に電力の安定供給だ。-【毎日】福島復興と東電の責任 原発依存では果たせない


  • 【毎日社説】福島復興と東電の責任 原発依存では果たせない

  https://mainichi.jp/articles/20211108/ddm/005/070/021000c

 

朝刊政治面

毎日新聞 2021/11/8 東京朝刊 English version 854文字

 福島第1原発事故を起こした東京電力の経営が行き詰まっている。電力小売り自由化に伴う顧客離れに加え、収益拡大の柱と期待してきた新潟県の柏崎刈羽原発の再稼働が全く見通せないためだ。

 

 東電は事故の賠償や廃炉費用などで16兆円を負担することになっている。だが、燃料高の影響も重なり、来年3月期は9年ぶりの最終赤字に陥る見通しという。

 

 

 このままでは最大の使命とする「福島復興への責任」を果たせなくなる恐れがある。再建策の抜本的な見直しが必須だ。

 

 問題は柏崎刈羽の再稼働を再建の頼みとしていることだ。「史上最悪レベルの事故を起こした東電に原発を動かす資格があるのか」と疑問視されてきた。

 

 

 さらに、柏崎刈羽を巡っては、他人のIDカードを使った不正入室や、侵入検知機器の故障などテロ対策の重大な不備が、今年になって相次ぎ発覚した。原子力規制委員会は審査を終えた7号機の再稼働を事実上禁じた。

 

 東電は9月、この不祥事の原因や再発防止策をまとめた報告書を公表した。経費削減を優先するあまり、侵入検知機器の故障が長期間放置されるなど、安全軽視の体質が浮き彫りになった。警鐘を鳴らす現場の声も経営陣に届いていなかったという。

 

 

 小早川智明社長は記者会見で「安全最優先の体制を作り、地元の理解や信頼を得る前提で再稼働を目指していく」と語った。1基を動かせば年間約500億円の収益改善効果が見込めるためだ。

 

 だが、地元の不信感は極まっており、再稼働への同意を得るのは難しい。「絵に描いた餅」の再建策では苦境を深め、社員の士気を低下させるばかりだ。

 

 

 東電は再生可能エネルギーの中でも安定した電源とされる水力発電所を多く保有する。大規模な風力発電所の開発も進めている。中部電力との合弁会社ではアンモニア燃料を使った火力発電の脱炭素化に取り組んでいる。

 

 こうした強みを生かせば、原発に依存しない新たな再建策を描けるはずだ。

 

 原発事故から10年。脱炭素時代をリードするような企業に生まれ変わらない限り、福島復興の責任は果たせないと自覚すべきだ。

 

  • 再エネで脱炭素」とか電力会社が抜かしていたら、その会社は「電力の安定供給を放棄している」のであり、実に無責任な会社だ。

 電力自由化によって、左様な「無責任な電力会社」もあり得る状態であり、実際に「ある」のだろうさ。

 それ即ち、「電力の安定供給」を他社任せにして、自社は「再エネの不安定な電力供給で、儲けられるだけ儲ける」と言う、実に無責任な会社ではあるが、電力自由化の恩恵で「そんな会社でも存在は許される。」

 だが、電力の安定供給に責任を持つ、乃至責任を感じる電力会社ならば、「再エネ電力供給の不安定さ」も、「脱炭素の本命は原発」という冷徹冷厳なる現実も、理解している、筈である。であるならば、「責任感ある、まっとうな電力会社」ならば、「原発依存」を打ち出して当然であり、正に東電は「責任感ある、まっとうな電力会社」であることを、実践実証実演して見せている。流石、と言うべきだろう。
 
 これを、上掲毎日社説の様に「再エネで脱炭素を目指せ!」と主張するのは、一見「カッコ良い」かも知れないが、実に無責任であり、脳天気であり、有り体に言ってアホである。まあ、そんなアホは、山本太郎はじめとして掃いて捨てる程あるのだが。

 太陽光は、夜間は1Wも発電しない。
 風力は、風が止んだらお手上げだ。


 水力を除く再エネは、「発電量は出来高」で、「意図的に発電量を増やすことは出来ない」。従って、原則的に「再エネは、不安定な電力供給源」にしかならない。

 蓄電池等の「電力貯蔵手段(*1)」により、この「再エネの原理的欠点」をある程度克復事は、可能だ。


 だがそれでも、「電力供給の安定性」を担っているのは、「電力貯蔵手段」の方であって、「再エネ」の方では無い。「電力貯蔵手段」に充電する電源は、再エネに限らずとも良いのである。「原発や火力を定常的に最大電力で発電させ、余剰電力で”電力貯蔵手段”に充電する」方法だってあるのだから。

  • <注記>
  • (*1) 揚水式ダムの、上のダムの貯水量も含むので、斯様な一般的表現とした。 
     
  • 「待った」をかけるのは、韓国政府だ。我が国は既にかけた。ー【朝日社説】徴用工問題 外交で「待った」かけよ

 

  • 【朝日社説】徴用工問題 外交で「待った」かけよ

  • 徴用工問題 外交で「待った」かけよ

 

  https://www.asahi.com/articles/DA3S15103563.html?iref=pc_rensai_long_16_article

 

2021年11月7日 5時00分

 

 韓国の大法院(最高裁)が、日本企業に賠償を命じた徴用工裁判の判決から3年が過ぎた。

 

 判決により、日韓の政府間対立は先鋭化し、経済や安全保障問題にまで飛び火した。

 

 外交がいまだ解決の糸口すら見いだせないなか、韓国の司法は9月、日本企業が保有する資産の売却を命じた。

 

 手続きとしては資産現金化のカウントダウンに入ったと指摘される。強制執行となると日本政府は報復措置をとる構えだ。そうなればさらなる関係悪化は避けられない。

 

 待ったなしの状況に日韓両政府は、これまで以上に外交努力を尽くさねばならない。

 

 判決後、韓国内で同種の提訴が相次いだが、最近は訴えが退けられる事例が目立つ。韓国では被害者らが損害を認識し、一定の時間が経てば請求権は消えるとされるためだ。

 

 両政府ともこれまで、原告数の際限のない増加を警戒してきた。だが、新たな訴訟の可能性が低まったことを機に、政府間協議を活性化するべきだ。

 

 韓国側では、いかに危機を回避するかをめぐり、実現可能性がある議論が出始めている。

 

 例えば先月の国会委員会では与党の重鎮議員が、韓国政府による「代位弁済」に言及した。韓国政府が被告の日本企業に代わって原告に賠償金を支払い、その後に日本側に請求するという方策である。

 

 委員会にオンライン参加した姜昌一(カンチャンイル)・駐日大使も「いいアイデアだ」と賛意を示した。同種の一時的な肩代わり案は韓国政府内で検討されてきたが、正式な提案には至っていない。

 

 これらの案を含め、外交当局間で話し合い、知恵を絞れば、双方が妥協できる解決案を探すのは不可能ではあるまい。

 

 ただ、どんな妙案でも、韓国政府が原告側を粘り強く説得せねばならないし、また、その環境を整えるためにも日本政府が植民地支配という歴史の問題に謙虚な姿勢をとり続ける必要がある。

 

 日韓の政治状況を考えても、早期の事態打開が望ましい。

 

 岸田政権は先月の総選挙で絶対安定多数を確保したものの、来年夏には参院選を控える。韓国は、来年3月の大統領選に向けた動きが活発化している。

 

 これまで日韓間の徴用工問題の協議は平行線をたどったが、それでも互いに何を重視しているかなど、一定の理解は深まっている。韓国の新政権と一からの協議となれば、さらに時間が費やされることだろう。

 

 現政権同士に残された時間は少ない。不毛な対立を長引かせず、真の未来に向けた関係を築く政治の責務を果たすときだ。

 

  • 「徴用工問題」を協議する余地なぞ、無い。QED

 「自称・徴用工問題」にてついて、日本側が言うことはタダ一言に尽きる。「日韓基本条約を守れ。」だ。
 
 より具体的に言うならば、「自称・徴用工問題は、韓国の国内問題であり、韓国政府が解決しろ。」だ。それ以上でもそれ以下でも無いし、それを言うのが「外交」であり、少なくとも「タダ一言」の方は日本政府は再三言明している。「日韓基本条約で解決済み」って表現で、な。

 再三繰り返すとおり、日韓基本条約は、日韓国交「正常化(*1)」に際して締結された、日韓関係の基盤を成す条約だ。で、自称・徴用工「問題」は、「明らかな日韓基本条約違反」である。同じ事は「慰安婦問題」についても言えるが、あれが「日韓慰安婦合意」などとして「金をせしめた=強請り取れた」ので「味をしめた」のだろうが、「自称・徴用工」の方は、当時日本政府が韓国政府に個人保障を提案したのに対し、韓国政府が拒否し、南北朝鮮全ての「徴用工」を含めて「解決した」問題である。

 「日韓基本条約の範囲外だった」とか言う屁理屈の付く「慰安婦」よりも、「更に明白な日韓基本条約違反」であるのが、「自称・徴用工問題」だ。

 で、そんな「日韓基本条約違反」に対する「外交による交渉」なんぞ、あり得ない。自称・徴用工問題に対し日本政府が「待ったをかける」ならば、「日韓基本条約違反である」の指摘だけで十分で、其れは既に日本政府・外務省は幾度も実施している。

 「自称・徴用工問題」については、外交的協議を行う余地なぞ、全く無い。正真正銘掛け値なしの「既に終わった問題」だ。

 後は、純粋に韓国政府の責任であり、問題だ。日本政府にも、日本企業にも、日本人にも、関係の無い話だ。

 言い換えるならば、「自称・徴用工問題」に「待ったをかける」のは、韓国政府しかあり得ない。
 
 日本政府は既に「待ったをかけた」。「日韓基本条約で解決済み」と、何度繰り返したか判らないくらいに、な。

  • .<注記>
  • (*1) 敢えて「正常化」と「」(カギ括弧)付きとしたのは、少なくとも現時点での日韓関係は「国交が無いことこそ、正常な日韓関係」と思えてきた・・・を通り越して、「国交が無いことこそ、正常な日韓関係」としか、思えなくなって来ているから、だ。