偽りの安心感1と偽りの安心感2の続編として書いていますが、タイトルを変えます。
中学の時、ある出会いが私を変えました。
その出会いがなければ、私はたぶん、その後もずっと自分に価値もさして見いだせず、自信もないままに生きていったかもしれません。
たぶん、まったく違った人生になっていった。
その出会いというのは、「本との出会い」でした。
ルブランの「奇岩城」を読んだのです。中学校の図書館にあった、ポプラ社のあれです。怪盗紳士、ルパンの物語。
その物語にドキドキし、結末に衝撃を受け、涙し、それ以来、そこにあったアルセーヌ・ルパンのシリーズをすべて、その下の棚にあった江戸川乱歩の少年向けのものをすべて、当時、大流行した角川映画の横溝正史のシリーズも、これは自分で文庫本を買って、ほとんど読みました。
当時の小遣いは、ほとんどすべて本に化けました。
これが中学校の二年~三年にかけてあった出来事で、一日に長編を二冊くらい読むケースすらありました。
小説は私に様々なことを教えてくれました。
たとえば自分のような価値観以外の人間が存在し、いろいろな考え方があるのだということも物語を通じて学びましたし、ある事態に遭遇した時の対処の仕方も、それまで自分がやっていたようなことばかりではないんだということも、自然と知ってゆきました。
ただ、これだけでは何も変わらなかったかもしれません。
私に大きな変化をもたらしたのは、自分が小説を「書く」ようになったことでした。
それは後で詳しく。
それとは別に、ちょうどこのころ、中学校の二年か三年かのころに、私と兄の関係にも変化が生じました。
三歳差で生まれているので、私が中学の時は兄は高校。
もはや共有する世界が違ってくるようになっていました。
ですから、あまり兄からの圧力を受けることもなくなっていて、しかも兄はやや学力の高い高校に進んだので、その学習についていくだけでやっとという状態。
そして。
身長が逆転したのです。
これ、実につまらないことに思えるかもしれませんが、中学時代に身長が伸びた私のほうが高くなってしまった。
私も高いほうではないんですが。
こんなつまらないことなのですが、その頃から急速に私への対応が変わったのです。
人間も動物なので、そういうこともあるかもしれません。
その一方で、中三のころには、私は大好きな横溝正史みたいな話を書こうと、ノートに小説を書き始めていました。
しかし、しょせん物まね。
ちょっと書いては気に入らなくて投げ捨て、また書いてはやめていました。
高校へ進学せねばならなくなりました。
兄の苦闘を見ていたし、私は中学時代の成績が兄よりも少し劣っていたので、一ランク下の高校を選びました。
これもまた、良い選択で、その高校へ行くと私のような、ろくに勉強もできない子が、いきなり学年でトップクラスの成績でした。
(どんな学校やねん……みたいに思いました)(笑)
ただ、せっかく上のほうだったので高校にいる間、ちょっと頑張ってみようと思うようになり、卒業までかならず上位五指程度の中にいるような成績で終えました。ちなみに中学以来のハンパない読書量のおかげで、国語の成績は特に良かった。
この高校での状況も、私に多少の自信を与えてくれました。
とはいえ、どこかで「この学校だからこの成績なんだよな」というのも、客観的に思っていました。
しかし、これは私の小さな成功体験で、この選択ができたのは、つまり兄がいたおかげなのです。
同じ高校時代を、兄は学業に苦しみ抜き、そのために内臓に不調をきたして夜中に病院に運ばれたこともあるような、そんな三年間だったのに対して。
私は成績も楽に取れ、学校行事や生徒会などにも参加する三年間となった。
結果的に異なる高校から進んだ大学が同じだったのは、兄にしてみればやや皮肉な結末だったかもしれません。
そして高校時代に、私はとうとうちゃんとした長編小説を書き上げることができました。
一年の時に一本。
二年から三年の間に、さらに二本。
三年生の三学期は、もう大学も決まっていたので、ある懸賞小説に投稿するために、勉強も投げ捨ててかかりました。
1月の間にほぼ書き上げたその小説は、18歳の青二才が書いたものにも関わらず、初期選考のいくつかの関門でも落選せず、なんと最終選考の少し手前まで残っていました。
その次の段階へ行ったら、最終選考というところまで。
この年齢でここまで行けるのなら、自分はきっと小説家になれる。
と私は、確信しました。
皆さんは、ここまで読まれたら、
なるほど、高校の状況や小説の成果が、より強い成功体験となり、かつてのコンプレックスなどを克服したんだな
と思われるのではないでしょうか?
それは正しいです。
ただ、それはたぶん起きた出来事の半分くらいだと思います。
高校を卒業するころには、私は偽りの安心感から抜け出し、まことの安心感をどこかで手に入れていました。
全面的なものでもないし、まだそのとっかかりくらいだったと思います。
なぜそうなれたのか、ということは次回に。
それは小説が書けると書けないとか、才能があるとかないとか、そんなことではない。
誰もが手に入れられる、ある心地を感じたからなのです。
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