通勤途中の道はゴルフ場が多く、野生動物がたくさんいる。
帰りの夜道、バイクのライトの先に犬くらいの大きさの動物が見えるけど、どう見てもキツネだったり、ゴルフ場を抜ける細い道で野うさぎとカブの並走になったり(笑)
他にもタヌキやイタチ類をよく見る。

そんな中、本来は家畜のニワトリが捨てられて野生化して暮らしている場所がある(^-^)野良鳥だね。
むかし多摩川の河原にも居て報道されて話題になったよね、当時トライアルバイクに乗って見に行ったりしました。
ココのニワトリも5~6羽いて最初はメスも居たのだが、ネコに捕られてしまったのか、最近はオスしか見かけない。
身を守るために木の枝まで飛ぶことを覚えて、寝るときも木に登ってることが多い。
メスがいなくなってしまった事でもう増えることは無いのかもしれないけど毎日見てると愛着が沸いてしまうので何とか生き抜いてほしい(^-^)








スーパーカブ、走行80000㎞の頃にドライブチェーンとスプロケットを交換した。


40000㎞の時に続いて2回目の交換で、すでに歯が立って交換時期は過ぎてる感じだが、今回はチェーンのダメージが大きかった。
方伸びが酷くなっていた。
チェーンはこまめに張っていたけど、最後の頃にアクスルが斜めのまま締めこんでしまったのかな?
いずれにせよ部品のライフを使い切ってしっかり仕事してくれました。
ありがとう、お疲れ様(^-^)







メンテナンスで往年の名車CB1100Rが入ってきていた。
僕のCB1300SFのカラーもこのCB1100Rから始まったものだが、正直なところこの赤白は当時からあまり好きではなかった(笑)
ほんとは黒が好きでCB1000SFも黒だったのだが1300を買った時の年式には黒は無くて赤白と単色の銀のみだった(泣)
そのうち自分で塗り替えようと思いつつ現在に至る(笑)

このCB1100Rはメカニズムは当時は最高レベルの一台で、すごいバイクではあったのだが個人的にはこの色とスタイルがちょっとなー、と思ってたら派生車にCB1100Fというのが出て、ほぼ同じエンジンで外観は750と同じだったので欲しいなーと思ってた。
数年後、中古が出て60万でどうか?と言われたが、当時CB750Fの他もらってきたようなポンコツバイクや競技車をアパートの駐輪場に10台くらい置いていたので大家から文句言われて、、これ以上増やせない状況で・・あきらめた。惜しかったな、あれ・・。











男料理、ピーマン丼!



ピーマンとタマネギ、キャベツと挽き肉も少し入れて、ごま油、みりん、酒、、さっと炒めて(^-^)




白いご飯に乗せて出来上がり(^-^)

「しんなりするまで・・」とか「みりん、酒の投入タイミング」などが分からないけど、なかなか美味しく出来ました!成功!(^-^)
ヘルシーだよね!













人の体に尻尾を巻きつけてすり抜けたあと、背中を向けてペタンと座る。
呼んでも無視するくせに耳だけ「ぐいーん」とこちらに向けて。
そのまま放っておくとゆっくりチラッとふり返る(笑)
猫っぽいねぇ。

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きょうは8/19でバイクの日だとか・・。
でもあんまり何かしたことはないな(笑)
例年ならば大体お盆休みに北海道行って、、その余韻に浸ってる時期だったかな(^-^)

缶コーヒーのCMのキャッチコピー、最近見かけたやつは
「どんな絶望にも必ず隙はある」
だった(^-^)これもいいな。
頑張って頑張ってこれ以上頑張れない、という状態で落ち込んでる人に「頑張れ」と声をかけるのは残酷だ、というスタンスはここ10年くらいの間に定着してきて落ち込んでる人の耳元で「♪ぼ~くらはみんな い~きている~」なんて歌って励ますようなケースは無くなってきているのだろうね。
でも言葉が形骸化したり受け手側にも蔓延したり、意識の多様化が進んでいくと元の意味合いが薄れてしまったり頑張らなくてもいいという領域で固着してしまったり・・今もう一度その意味合いを確かめる時期に来てるのかもな、などと最近は考えたりする。

最近見たTVドラマで若い女の子が不治の病にかかって余命数ヶ月を宣告され、家族に反発したり残された時間の中で恋愛したり、そんなストーリーみたいなのだけど、先日の回でやや気になる部分があって、劇中いじめを苦に自殺しようとする少女に出会い説得して引きとめるのだけど、その時主人公は自分の病気のことの触れ「軽々しく[死ぬ]とか言わないで!」と話し、取り敢えずその場では飛び込む事を阻止することに成功するが、一緒に居た友人たちに病気の事をカミングアウトする結果となる。
友人たちはショックを受けながらも最後まで友人としてバックアップすることを確かめ合い、その回を感動で終わる・・。
・・だけど自殺少女はこの回ではその後出てこないまま終わってしまう。
これでは緊急的に自殺を止めるのは良いとしても実際は原因であるいじめをどうにかする事まで含めて考えないと、、本人は地獄から開放されたくて自殺しようとするのに、自殺を止めてそれで終了では本人をただ地獄に引き戻しただけ・・の典型的パターンに陥ってしまう。夜中に介護関係の友人から速攻連絡が来た、「あれ、酷いですよね・・」って。
現実には原因に対し赤の他人が介入できるのか?などの問題が立ちはだかるが、これは小説のドラマ化なのだからフォローアップできるはずだ。次回に期待するしかないのかな?
でも、ここでこの回を終了したのはどうなんだろう?
いじめ自殺、最近は報道上目立たなくとも現実全国に今現在だって蔓延している。
主人公の特殊な病気より自殺少女に感情移入する子供の方が多いんじゃないかと想像する。
こんな時、どんな言葉をかけるかは悩むよね。
「どんな絶望にも必ず隙はある」は実際どうだろう(^-^)
「手のひらを太陽に」よりはまだいいかもな。(笑)
今まで自分の身近に実在する自殺志願者さんたちの苦しみを取り除いてあげられたとは言えないけど言葉を選んでやり取りすることを無駄にはしたくないとは思う。

それにしてもドラマ、一週間の「間」は長いし次回で自殺少女が「先日は助けてくれてありがとう!」・・で、からみ終了・・だったら自分としてはガクッと膝を落して「なんじゃそりゃあぁ!」と両手を見るくらいしか出来ないかも。
前回の最後の感動シーン部分が何とも浮いた感じに思えてしまった。
でも脚本やドラマ造りは難しいだろうし完璧は無いと理解してるけどね(^-^)

大切なのは、その時の自分の気持ちを忘れない事だと思う。
「信頼」をいま口にするのならなおさらだ。
当初は相手の人格異常が原因であるとの主張が何故か今はお互いの「信頼」が鍵なのだと言う。
潔癖を主張していたのに何故か今は「相互」なのだという。

事実の経緯に添った議論をするのが正常な感覚であると思っている。
本人使用言語叩き潰す等累積をお互い様で相殺できると考えたのだろうか?
触れられたくない部分から話をシフトしようとする論立ては、逆にその部分を浮かび上がらせてしまう。

事実関係の確認と事実と異なる流布情報の是正、これは長野の自宅に出向いて確認しあった事で、誤解無き部分である。
朝の4時に握手して別れて、そのまま高速飛ばしてそのまま出社して、「これで解決できる・・」と安堵した。
矛盾だらけの説明にもそれ以上言及しなかった。
それは「信頼」したからだ。
しかし、いくらもたたないうちに逆にシフトしたことは本人も記憶している事柄だ。
本当のトコロが世間に知れてしまうことは痛手なのか?
繰り返すたびに話が具体化していくだけである。

「みそぎ」をせよ、などと迫ってるのではないことも長野で確認した事である。
菜食主義者宣言などしたことないのに肉を食ってたら怒られた、そんな話を放置することは正と言えるだろうか?
実際に口頭で囁いた各相手に対して同様に是正すれば自らにかかる係数も是正されるのではないのか?
後始末とはそういう事である。これも長野で言った。


缶コーヒーのコピー、もう一つ見つけたのは
「前を向く。自分と向き合う」だ(^-^)
これもいいね。

この他に
「正論を疑え、正解とは限らない」
というのがあったけど、僕も「大正論」を振りかざすみたいなのは確かに大嫌い(笑)
でも「正論を疑え、正解とは限らない」は言葉としての使い回しがどうとでも言えちゃう感じがするのであまり心に響かなかった。


それにしても、アジアのおやじが自分の事だと思ったのは何か心当たりがあるということなのだろうか?

係数の人はじっくりやりましょう。自分の名のもと自分の手でやろうね。
何年かかっても。


大切なのは「実際のところ、どうだったのか?」それをまっすぐ見ようとすることだと思う。

しっかり実際の経緯と向き合った人は今、何のわだかまりもなくロケンロールしてるよね(^-^)


松戸の花火大会、今年は以前よりボリュームがあってたっぷり楽しめて最高でした!(^-^)
周りで見ていた人々も口々に言ってたしホント良かったと思います。
人出もそこそこで、ここは穴場です。
江戸川の河原の散策もほんといい。
昼間暑い日でも夕方は秋風だね(^-^)




栃木に出来た新しい某ミニサーキット!
すごくいいです!

走行2日でこんな。
でも1日目の時よりタイヤをいたわる走りが出来るようになりました(^-^)



初めての走行で何とか41秒004までいったけど目標40秒切りはならず。
まだまだ走るごとに詰まる感じ、壁はまだまだ先だな。
プロの人が僕のインテグラで即37秒をポンと出して見せてくれたので当面の目標はこれ(^-^)
僕のクルマにはそのポテンシャルはあるということだからね。
ショートコースでの4秒差は気が遠くなるほどの大きな差だけど、まだ壁には当たってないからまだ行けるな。
自分の手でやらなくっちゃ(^-^)





サイドーウォールはレターが半分消えてしまった。
今回で一応前後ローテーション。
この日の後半はタックインのかかり具合をアクセルで調整する所までいきました!
タイトターンではインホイールリフトも(^-^)
でも次はいつ走れることになるやら。。








一応、猫じゃらしに反応はしてくれるけど、この日はどうも心ここにあらずな適当な反応だなー。
あらぬ方向見てるし(笑)



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昨日、電車の車内ポスター、ブラックの缶コーヒーで松田優作の上の息子が出てるやつのキャッチコピーに「寄り道しても回り道しても振り向けば一本の道」というのがあった。
いいなこれ(^-^)つらい事も、カッコ悪い事も。


「産業企画デザイン展」東京ビックサイトへ。
Gマークとかと比べるとかなりくだけた感じで、新しい方向性を打ち出したい企業のアピールの側面と普通に商談の場という側面とがあるみたい。


フロントにカーゴスペースを持つ3輪自転車。
重い物を載せる工夫は特に無いみたいだけど後ろ2輪タイプよりスペースは大きい。





カラフルな哺乳瓶。
吸い口と瓶本体とにやや角度が付いていて、赤ん坊が咥えた状態でさらに底部が上向きになり空気がそこに集まる。
空気が吸い口の所に来てしまってエアフロー空打ち状態になって咽るのを防止する工夫とか。





今回とても気に入ったのがこれ(^-^)



シャンプーやリンスの詰め替え用容器をそのまま使えるジョイント口。
口はポンプになっていて一回分の適量を大まかに軽量できる。
吊り下げ用フックとセットになっていて、詰め替えパックそのまま、シャワーフックに吊り下げて使用。


こんな感じ(^-^)
ボディシャンプーと合わせて3個ある。
http://www.sanki-web.net/index.html/tsumekae.html

これ、現地で販売もしていたので、買いました(^-^)
気に入った理由の一つは、この会社、大手ではなくて大田区の蒲田あたりの小さな会社で、かなり高度な技術を持った液化ガス等用の「逆止弁」や「流体継手」のメーカーみたいです。
だからこのシャンプーのポンプも空気の逆流防止構造やパッキンの密閉性などの管理はプロ中のプロの設計なんだね。
単なるアイデア商品じゃなくて、まず「弁」の技術があっての展開。
社長さん自ら図面を引いたとのことで、MADE IN JAPANの生命線を守るため必死で頑張ってる。
金型数だって試作やゴム類含めたら40型は超えるんじゃないかな?もっとか?
開発費をペイするだけで大変だ。
販売力、宣伝力では弱いわけだからなんとか普及してほしいな(^-^)


  


100円ショップからMADE IN Chinaの文字はやや減ってきてはいるけど、他のアジア圏の製品のほか、MADE IN JAPANも意外とある。でもこれはまだChinaアレルギー回避のために部材はChinaで大方作って最後のアッセンブリーのみJAPAN、というパターンかもしれないし安心はできないな。
中国の次はインドやベトナムも控えてるし、品質はともかくコスト競争の面は今後も大変だ。
でもこの日本の技術を空洞化させてはいけないね、食物も工業製品も自分たちの手で作らなくっちゃ(^-^)
今はキツくても細くても火を消さないようにしなくちゃね。
このポンプが実際使って良いかどうか、ボトルのシャンプー類が無くなり次第順次使い始めてます。まずはシャンプー、使いやすいですよ(^-^)















先日、久しぶりにバイクで新橋から赤坂方面を走った。
ここにはほんの10数年前までホテルN/Jの火災廃墟が残っていた。
いつも何ともいえない雰囲気を醸しだしていて、通りかかるといつもバイクを停めて見上げたりした。
テレビ等で心霊スポットにも数えられ、遺族感情考えたらどうかと思うよな、などと言いながら窓を見上げて「お化けいるかな」などと思ったりした。
名物社長のY社長の火災鎮火前の逃げ遅れた人々がまだ中に居る時点での無神経な記者会見も思い出される。
たしかスプリンクラーのノズルが両面テープで天井に張ってあるだけだったんだよね(驚)壁の配管無し!
手抜き工事の空間だらけの壁がバックドラフトみたいな現象を引き起こしてどんどん延焼した。
記者会見等での「命は地球より重いのです」との報道陣や遺族をたしなめるような趣旨の発言は、言葉の文言はともかく、使う場面、誰が言うかにより何とも言えぬ違和感を伴う物として印象を残した。
ホテルN/Jの跡地には今は立派なオフィスビルが建っている。






(NJ拝借写真)





















海岸線沿いに夏雲がなだれると
砂の蜃気楼に立ちすくむ影ひとつ
人影も無い入り江
そこが二人の秘密の場所で
象牙海岸と名前までつけた遠い夏


・・・というのは竹内まりや「象牙海岸」の一節だけど、写真は海の無い町の朝の空。
スーパーカブを用水路の橋の上に停めて撮りました。
今年は去年より入道雲らしい入道雲が見られて良かったけど、ここ2~3日はなだれてきて、やや秋空の趣き(^-^)
台風も来るね、遠乗りは無理かな・・。
振り返れば一本の道か・・夏はいつもほんと短いね。







   

みゆはあいかわらずよく寝ますが、突然ダッシュしたりして運動もします。
板の間が傷だらけですが・・。
リラックマかまぼこ入りうどん!



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ぽっかり空いた日曜日、茹だる暑さの中、いつもの湘南散歩コースへ(^-^)






目線より高く感じる水平線が振り向くたびに路地や切り通しや小さな橋の向こうに見える。
そんな湘南的風景は海沿いよりもやや山側に入ったときに見える。
一日に何度でもハッとして、すごく好きだ。









民家の生け垣に横っ腹を擦りながら走るギリギリ感(^-^)









三浦半島・油壺あたりの道路を外れた海沿いにはこんな古い手掘りのトンネルがいくつもある。
N〇K「年ドラ」作品の一つである「つぶやき岩の秘密」の舞台でもあるこのあたりはそんな風景がたくさん見つけられる(^-^)










中は掘りっぱなしで路面は平らな粘土質が水ふくんだヌタヌタ状態。
バイクのフロントブレーキを強く掛け過ぎたらステンと転んでしまうだろな。
凍結路よりはマシだけどね(^-^)







ひんやりしたトンネルを抜けるとすぐ海。
先にある船着場への通路はこのトンネルのみだ。
涼しくて気持ち良いので何度も行ったり来たりしてしまう(^-^)









この日は行かなかったけど、三浦の丘のキャベツ畑はバイク乗りには知る人ぞ知る静かなスポット。
時間が止まった感を満喫できます。

所により丘の斜面の細いあぜ道での方向転換とか苦にならなければ是非!
おすすめです(^-^)
遠く東京湾の向こうに房総も見えるしね。









これも以前の写真だけど、東京湾側に行けば房総が、このあたりは相模湾が見えます。
年ドラのロケもこのあたりのどこからしいです。
キャベツ畑のシーン、たしかにありました(^-^)










横須賀から近いので子供の頃はじいちゃんと来たし、その後はバイク散歩の定番地です。
心の原風景、てトコかな。
















そして別の日、戌の日ではなかったけど、水天宮にお参り(^-^)



腹帯と、犬の絵馬も・・
親子犬の像も狛犬もいっぱいさすってきました。
やはり犬はいいな(^-^)













また別の日、柴又の花火大会(^-^)
狭い地域にこんなに人が集まるのは一年通してこの日くらいかな。
江戸川沿いは通行止め。人混みをそぞろ歩くのもいいね。
花火自体はこじんまりと一時間で終了。
今日の足立・荒川の花火は雨で順延かな?まあ仕事で間に合わないけど(笑)











そして夏の風物詩もう一つ(^-^)





ダレてます。

引っ越して来た時に一度体調を崩したけど、回復してからは以前より元気で顔つきが凛々しくなって、とてもいい状態です。
仕事から帰ると毎日出迎えてくれます。


「みゆ」は、お腹に障害のある子猫を嫁が引き取って育てたのですが、お腹の皮がたるんでいて、お腹の毛が産毛くらいしか生えてなかったのに最近になってお腹にも毛が生えそろってきて・・するとそこに背中と同じ、うす~い縞模様が表れてきて・・ちょっと感動でした(^-^)



「はやぶさ」の帰還はとても感動的なニュースで、打ち上げ当時も行方不明になった時もニュースを気にしてたのですごくうれしかったです。
打ち上げ当時はまだ「はやぶさ」という名前も決まっておらず記号でした。
行方不明の時は「国費の無駄使い」と言われ「H2Aロケット」の失敗と合わせてマスコミが叩きまくっていて悔しかった。
小惑星「イトカワ」の名前もその後になって決まった物なので僕は知らなくて今回は馴染みが薄かったけど(^-^)
でもこの「イトカワ」、どこかで見たなーと思ってたら、猫トイレを掃除するのにシャベルでザクザクしてると猫砂の中からイトカワがコロコロと出てきて、、
「おー!今日は6イトカワか!みゆ、お通じがいいのう!」
などと会話するようになりました!
みゆは性格が犬っぽいところがとても良いです(^-^)








次は先日時間が無くてゆっくりできなかった谷根千の「ねんねこや」と「猫町ギャラリー」に行ってきます(^-^)


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「まぼろし計画」。
80年頃に自主制作された学園映画。
監督の徳田明弘氏は彫金や工業デザインの講師のほか演劇も手掛ける。
81年頃、桜上水の倉庫みたいな所で短い演劇とともに観た。
劇はアングラ劇という感じで監督自身が出演していた。
ハイテンションで早口なセリフをたたみかけるように喋るスタイルで、凄みはあったがセリフは聞き取れず理解することは出来なかった(笑)

映画の方は趣を異にする学園モノで、ベタベタなストーリーながら「年ドラ」的なテイストが懐かしくもあり、ちょっと嬉しかったりした(^-^)
でも製作年がサタデーナイトフィーバーより後だし、「ディスコ」とか「ライブハウス」も登場して新しさも主張(笑)

ストーリーはかなりベタで、成績優秀スポーツ万能な女生徒会長は実は未来人でしかも宇宙人。(←?)
進んだ科学力を使って学園征服を企む生徒会長と主人公「まさお」の戦い。
世界征服とか地球侵略じゃなくて学園の征服という所がかなり来てる感じで良いです
これは悪の組織・ショッカーとかダークが世界征服作戦の第一歩として近所の幼稚園を襲撃する!というのに似ている!(笑)
そして誘拐するとかじゃなくて驚かせて泣かしてるだけ(笑)
「まぼろし・・」の作戦も、給食の肉ダンゴに薬を仕込んだり、まさおの親友をプールで溺れさせたり。
更には宇宙のチカラで自宅の台所の鍋や包丁を浮遊させてまさおの母親を襲ったり・・(笑)
抵抗するまさおを担任教師につげ口してその肩越しにアカンベする生徒会長、昼行灯(ひるあんどん)の担任は気付かない、という感じでNOK「年ドラ」的ユルユル展開満載ですごくよいのだけど全部書くには今微妙なので次回また書きたいと思います(^-^)

確実に言えることは今までこんなタイミングが何度あったってダブルスタンダード、トリプルスタンダードでやって来たのだから、巡り巡って「今」はウェイティングだ。
当事者自身が傷付いた云々を語る前にやるべき事が山ほどある。それは壊れなくていいはずの物を一つ一つ丁寧に直していくことだ。
そこにどれだけの人間の気遣いと戸惑いが存在したか。
「直す」とは、例えば150年前のアンティーク家具を修理するようなデリケートで精密な作業だ。
折れた椅子の足なら損傷箇所を整えてヤスリであし付けしてからLアングルでストレート出ししてクランプ。昔と同じニカワを選び、足りない部分は同年代の古木を探して接ぎ木する・・
そういう事を一つ一つやってんだよ、今。
「後始末」とはそういうことだ。
今、やるべきことはそれだ。空気も風向きも読まない。

心そこに無ければ何も無い。
でも心あるならば・・


ぼーっと突っ立ってないで手伝えよ


物語は生徒会長の卒業という転機で終末を向かえる(なんだそれ)
トホホなストーリーだが80年時点での「現代版の年ドラ」という感じで楽しい作品です。
まずはトホホ割り切りが必要ですが(笑)
機会があったらどうぞ(^-^)でも映像素材の入手は難しいかも。







動物園行脚シリーズ(^-^)

水族館、品川アクアスタジアム
http://www.princehotels.co.jp/shinagawa/aquastadium/


品川駅からすぐです。



ペンギン(^-^)
当然ストロボ禁止なので動きが速いとブレてなかなか写せませんでした。
泳ぐ姿は飛んでいるようで、まさに鳥ですね。







よちよち歩きも良いです。








イルカのショーは見ごたえあります(^-^)




物議を醸しそうなイルカのサーフィン。 (?)




ジャンプの高さはかなりのものです。








ノコギリザメ
どうやったらそんなふうに進化するんだ?
トンネルチューブの天井に張り付いてました。






最後はアシカのショーを見ました(^-^)

駅から近いし、おすすめです!
品川水族館の方にもそのうち行きます。


昨日も病院エコーでした(^-^)



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小学生の頃、N〇K少年ドラマシリーズというショートドラマのシリーズがあって、夕方の時間帯に「新八犬伝」などと前後して放映していた。
低予算ドラマだから作りはショボイがすごく印象深い作品がいくつもあった。
いまだに人気の高い「七瀬ふたたび」(主演・多岐川裕美 )もこのシリーズだった。
僕が好きだったのは「しろばんば」「キヨ子は泣くもんか」「ユタと不思議な仲間たち」とか、、それから「けんかえれじい」。
戦前の日本を舞台とした鈴木隆 原作の小説のドラマ化。
鈴木清順監督での映画化もあったが、好きなのは「年ドラ版」。
戦前の中学を舞台としたバンカラ学園モノ?という感じで、主人公「麒六」がケンカ修行しながら破天荒な青春をおくる、というものだが原作では出征して戦死してしまう。
原作も映画もかなり荒っぽい設定で、ケンカで指を喰いちぎっちゃうとかがあるみたいだがN〇K版にはそんなシーンはない(笑)
学ランにゲタみたいなバンカラ学生がN〇K特有の枯れ草の河原セットで不良番長グループの「オスムス団」と決闘する、という感じ(笑)
ケンカの師匠である「スッポンさん」の指導のもと強くなっていくのだけど、何ともゆるい進行ながらオスムス団とのやりとりが面白く飽きない。
度重なる抗争の中、徒党を組んで襲い掛かるオスムス団や昭和白虎隊が
「おまい〇〇の××さん知っとるか?おまいなんぞ××さんにかかりゃひとたまりもないぞ」
と言えば
「自分で出来んやつは屑やき・・おどれの動線しかとみいや」
・・と返す。
この昭和な感じが小気味良い(笑)
ヒロインの「道子」役は新人竹下景子である。
アカレンジャーの人もオスムス団の団長役で出ていた。
このオスムス団のこの物言いのリアリティーはやはり必ず自分を外したシラ切り囲い込み手法とガチ議論回避の実績なんだろうな。
印象操作もおとぼけも効果の無い場所でのやり取りに耐え得るか回避するか否かを見ているわけだね。
無論劇中オスムス団は回避のうえ殲滅粛清の業を選びあの結末へと繋がっていくわけで、それがこのリアリティを醸し出しているんだね!おみごと!(^-^)
メリケンサック使用のきな臭さも団長はそれが自らのアキレス腱になっていることに最後まで気づかないわけだね!結局避ける団長。
まっすぐ向かい合えば開けるはずの道も業が勝る、か。
それらすべて通った道は覚えておかなければね!(^-^)
本来の演出なのかな?侮りがたしNOK低予算番組!(笑)平日夜のサプライズ。
小学生の頃に小豆を詰めた麻袋、玉砂利に替えてさらに柱の正拳突き、真似しました(笑)
原作は荒っぽいのに、このNOK版は何か後味が悪くない、ホットな気分になれる不思議な雰囲気を持った一編でした(^-^)




動物園行脚シリーズ(^-^)


横浜の金沢動物園へ。




キリンの赤ちゃん。
今の時期に見られたのはラッキーだった(^-^)











「かいーの」ウォンバット(^-^)







ここはかなり寂びれた感じなのだけど、遊園地も動物園も寂れた雰囲気はとても好き。
それに空いてるからゆったりです(^-^)







子供カンガルー。
跳ねてます。
跳ねてる時のこの肩の安定感は何なんだ(^-^)
上体がスムーズに移動していく。
袋に子供が居る場合も乗り心地いいのかな。














テナガザル、正確な名前を忘れてしまった。
かなりアクティブに動き回ってカメラに向かって目線とポーズ。
ツワモノだ。









岩場のヤギ。
これも正確な名前を忘れてしまった

この後しばらく待ったけどジャンプはしませんでした。













サイ
ヨロイを着てますね!
すごいプロテクターだ!









ゾウ



名前はジョンとヨーコ、とのこと(^-^)


大きさは同じくらいでどちらがオスか判らなかった。






金沢動物園、動物の種類は少ないけど空いていておすすめです(^-^)











横須賀ドブイタ通り。
ここもまた僕のもう一つの故郷(^-^)




横須賀 海軍カレー。
美味しい(^-^)

自衛隊は毎週金曜日がカレーの日、なんだって



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「RAIL WAYS」、現在公開中(^-^)

日本映画、舞台は僕のもう一つの故郷「出雲」。

筋書きはHP等で公開されている範囲で書くと、一流企業で一応の成功を収めたサラリーマンが母親の病気、家族との関わり、会社の動向、親友の死、などを通じて決心し、故郷に帰り電車の運転手となり幸せを模索する様をローカル線の魅力と共に描いた作品。







全編に懐かしい宍道湖沿いの風景が次々と展開し、場面の一つ一つに見入ってしまう。
海のように大きな宍道湖沿いをトコトコ走る畑電、かわいくてホントいい絵だ(^-^)
出雲大社もちらっと映る。
参道も鳥居も









宍道湖はほんと大きくて一周するのは大変(笑)
写真をもっと撮ればよかった。






ユリカモメや青サギがたくさんいて劇中にも風景描写で映し出されます
水辺のカモもよいです(^-^)




懐かしき鳥居のある大通り。






自分たちとしてはそんな楽しみ方になっちゃいました(^-^)
宍道湖沿いの景観はホントいいです。
宍道湖のしじみの味噌汁、最高美味いです!
獲れたてしじみ、真空パックでたくさん買って帰りました。



鉄道は全然くわしくないのだけど、このデハニ50形、実際はもう引退していてガレージに動態保存されてるそうです。
すでに80年間も走ってたとか!
この場所には行けなかったけど山側から見るとこんな感じなのかー、いいな。
線路土手の向こうに宍道湖のブルーがチラッと見えます(^-^)







現在ロードショー最中だから内容にはあまり触れませんが、やはり裕福な生活を捨てて故郷で再就職するのは勇気がいるだろうしなかなか出来ないと思うけど、幸せのカタチ、意味をベーシックな部分に立ち戻って考えると何か見えてくる気はします。
 瞼にこびりついた瘡蓋が取れて何かが見えた時のためにも内なる道徳律は外したくないね(^-^)
基本的に誰しも自分をだませないわけだし。
劇中、子供の頃からの夢だった事が大きく作用してるというのもある。
そんな幾つかの要素がシンクロしたストーリーなんだね。

「RAIL WAYS」おすすめです(^-^)
そんなに深く考えずに観てもいいと思うし、その場所に行ってみたくなるかも!
まだしばらくやってます!
http://www.railways-movie.jp/





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この映画を最初に観たのはもうずいぶん前、80年代。
テレビの深夜映画だったと思う。
やたら忙しいレースの会社に勤めてた頃、週末に体を休めればいいのに何となく見てしまった。
寺山修二という名前も特に知っていた訳でもなくアングラとかシュールな劇団という漠然としたイメージで捉えていた程度だった。
難解な感じでグイグイと引き込まれるような感じでもなかったのだが、でも最後まで見てしまった。

今回見たのは友達がかなり昔のテレビ放送をビデオテープに録った物をさらにDVDに落とし、それをポータブル機の小さな画面で見せてもらった・・やや駆け足であったが(笑)

物語の舞台は時代や国籍が不明な感じの架空の村。ロケは沖縄らしい。
主人公の捨吉とスエはいとこ同士・・血縁関係は夫婦になってはならぬ、という村の掟を破って一緒になった二人。
捨吉・山崎努、スエ・小川真由美、この雰囲気を醸し出す演出もすごいが役者の演技による部分が何とも言えずすごい。
数々のトラブルの末、大作を刺殺してしまった捨吉は村人に殺され、スエは「穴」・・(あの世に繋がっているとされる)に身を投げてしまう。
そんなプロセスを何ともシュールな演出のもと、描いている。
主人公や大作、村人の心の動線も、自らの正しさを自らが見出せなくなり論点を挿げ替える様、満面の笑みをたたえながら愛を語り恫喝する様をリアルに描き出していく。
そしてそれは心の変遷とその履歴として積み重なっていく。
俳優の力を強く感じさせる場面はさりげなく散りばめられていて、特に小川真由美が演ずるスエの・・決して賢くもなく、そしてあまりに弱く、でも儚くも必死に幸せになろうとする様は心打つものだ。
自らが殺した大作の亡霊によって記憶を序々に失っていく捨吉が、物事を忘れないために身の周りの物、鍋やザルにその品の名称を書いて貼っていくシーンは実家の母のアルツハイマー対策でヘルパーさんの助力のもとテレビや電話に張り紙していたのと同じだったので笑って見られない部分ではあったが(笑)、そのうち捨吉は「俺」と書いた紙を首から下げて、さらに「スエ」と書いた紙をスエに貼る。
「それだけ?」とスエに言われた捨吉は「俺の妻、三十一歳」と書き足す。
それを見てフッと満足げな表情を見せるスエ・・役者魂炸裂(^-^)
大作・原田芳雄はもとより高橋洋子、高橋ひとみ、石橋蓮司、地獄大使・天本英世!すごい顔ぶれ!

テーマとして都市開発に対するアンチテーゼの意味もあるらしいが全体の流れからすると繋がりが希薄に思える。
何処かへ行ってしまった良心。
この世とあの世を繋ぐ「穴」とか、その穴に身を投げるスエが最後につぶやく
「人間は中途半端な死体として生まれてきて、一生かかって完全な死体になる」
「百年たてばその意味が分かる。百年たったら帰っておいで」
とかがどんな意味でどこに掛かっているのか解らない部分も多くて難解だが、散りばめられたエッセンスがただササくれたシュールな世界だけでない事を示してくれているし後味はけして悪くはないと思う。
次に見る時は駆け足でなくゆっくり見てみようと思う(^-^)




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アパルトヘイトは人種差別を発端にして複雑な社会問題に発展したけど、単一民族島国日本だって「する側」になってしまう場面はある。
それは関東大震災直後とか居住地域とか古くからの話じゃなくて、アンテナを伸ばせばもっと身近にあるはず。
僕の実家は僕の生まれた場所なのだけど、幼稚園から小学校時代は親父の仕事の都合で隣の市に引っ越して過ごした。
小学校に上ると低学年の頃でも今までより遠くまで遊びに行くようになる。
そこの友達の間で使われる言葉の中で初めて聞いた言葉がいくつかあって、その一つが「土方の子」だった。

倒れそうなボロ家に住みはじめた一家があって、4人兄弟で下のほうに女の子がいた。
「土方」は差別用語登録らしく、扱いに慎重さが必要。でも僕は「言葉狩り」とか大嫌いなのでここではあえて使う。伏せ文字にしない。
おそらくはここの父ちゃんが土木作業員でそういう呼び方になったのだと思うのだが、たぶん言い始めたのは近所の大人だと思う、「土方の子とは遊ぶな」みたいな感じで。
兄弟みんな学校に来ていなくて、それもあってか近所の子供といつも対立していた。
発端は知らないが、家の前の細い市道を占拠していて子供が通りかかると砂利を投げてきたりしてた。
それで近所の子供大勢で砂利を投げ返したり「ど~かたの子~」とかはやしたり。
自分もそれに加わっていた。
長男はかなり気が強くて工事用の鉄のクサビを投げて来たりして、小さい妹や弟のいる近所の連中にとっては脅威だった。



現在では共働きの家庭などで親が帰宅するまでの時間の保護処置としての学校の付帯施設として「学童クラブ」があるけど、昔も同様の施設はあった。
うちも共働きだったけど僕はそこには行ってなかった。
今は略して「学童」と呼ぶみたいけど昔は違う呼び名だったと思う。忘れてしまった。
それは学校に隣接した公民館にあったのだけど、いつも学校帰りに遠くから見て「なんだろう?」と気になっていてのぞきに行った。
中をのぞいていると職員に外にいる子供は中に入るように言われたので自分は学童の子供ではないと答えると近くにいた子供も自分もそうだと答えた。
それは土方の長男だった。下の弟もいたが他の兄弟はいなかった。
ヤバイ、と思ったがこちらの事は知らないみたいだった。
声をかけてきたのは職員ではなく中学生くらいのお姉さんで、多分定年退職した教師が職員になるケースがあるからその家族だったと思う。本来なら部活の時間帯だ。
余ったミカンをくれた。
予想外に土方の子とミカンを食べることになったが、お姉さんがいたことで長男は大人しかった。
4人で何を話したかよく覚えてないが、テレビの話が解らなかったからやはり家になかったのかもしれない。
なぜ学校に行かないのかを聞かれて黙り込んでいた。
長男がミカンの皮をその辺に投げ捨てて、コラ!と叱られた時、ちょっとデレっとした表情をして見せた(笑)
お姉さんはそのあと建物の中に戻ってしまうがそのまましばらく3人で遊んでいた。
外に駐めてあったスバル360に勝手に乗り込んで職員に叱られて学年クラスを聞かれたが長男はまた黙ってしまい自分もいたたまれない気分になった。
このあとどうしたかか記憶がなくて友達になったという事もなく・・子供だし忘れてしまう。

だけどこの兄弟が「土方の子」という肩書きを付けられ、学校に行けず、普通の子はまずやらない鉄のクサビを投げ、大人のように怒鳴り・・・そんな「自分たちとは異質な物」であるというフォーマットはこの日、崩れた。
貧乏は自分ちも同様だからそのへんの大方の予想は子供なりにできた。

でもそれ以後、自分の中で差別意識がすっかり解消されたのかといえばそういう話ではなくて、何かあれば安定・安全を得ようと引っ張られて原因を外に求めたり、風向きを優先したり・・は普通にやったし、迷走した。
でも図らずも「する側」になった時、そこから迷走の末帰ってくる道標となった、ということだ。
アパルトヘイトとまで言わずとも、クラスの中や地域や職場、それに公の大きな差別問題に接した時、「しない」自分を説明するより「する」ときの心の状態を知る事の方が大切であると。
「土方の子」と過ごした数時間は自分がそう考える最古の原体験だ。

「する自分」の履歴を自分史から削除したってその事実が消えるわけではない。
そのまま隠し抱えて余生を過ごすくらいなら帰還するための道標にした方がいいと思う。


その後兄弟が学校に来る事は無く、それからずっと後にボロ家が空き家になって崩れかけてるのを見て、ああ引っ越したんだな、と思った。





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                        (中古屋さんから拝借写真)
今、ワールドカップの話題で取り上げられている南アフリカ。
でも南アフリカと聞いてまず想うのはアパルトヘイト・人種隔離政策だ。
起源は17世紀とも言われるが制度として法制化され1948年以降1994年に撤廃されるまで続いた「法律」である。
1994年だ・・アメリカの奴隷時代の話じゃない。
法制化は年を追うごとに範囲を広め強行化し肥大していった。
黒人と白人との居住区の隔離はもとより異人種の情報交流まで制限され、収入格差は時期により7倍とか10倍と言われその反発を避けるため後には異人種間の接触さえ禁じられた。
したがって異人種間での結婚はおろか交際も禁じられるのだから恐れ入る。
当然世界各国からの批判は常にあり、経済制裁は長きに渡って続いたが、レアメタル等の特需で体制は維持されていた。
その後、80年代の終わり頃、マンデラの前くらいの大統領が撤廃を打ち出し、混乱の後94年に「制度上」は終結した。

終結されるまで多くの人々の尽力があるわけだが、ロックミュージシャンもかなり多くの人がメッセージソングを作った。
僕がよく覚えてるのはブルース・スプリングスティーンとジュリア・フォーダム。
ジュリア・フォーダムの「happy ever after」は音数の少ないスローでシンプルな打ち込みのサウンドに、ちょっとハスキーなボーカルと民族音楽的なコーラスの入る美しい曲。
僕のiPodの再生回数はいつも上位だ。
歌詞内容はストレートではなく内面的象徴的であり政策を激しく批判するようなワードは見られず穏やかな物だが当時「そのための曲」としてクレジットされ強い印象を残した。
そして94年終結後、終結を祝う意味に歌詞を変えたバージョンがアルバムに収録された。
多くの人がそれを喜んだんだね(^-^)

でも現実、94年ですべてが終わったわけじゃない。
白人黒人という単純な構造じゃなくて、経済的利害や複雑に入り組んだ民族問題、法制施行中に積み重なった数々の国家犯罪の処遇など、国内の混乱はむしろ悪化した。
終結直後、隔離された居住区に今まで抑圧されていた黒人たちが流入して来る、、今までそこに住んでいた富裕層の白人はとっくに国外等に逃れ、残っているのは貧困層の白人や他の有色人種。
でも虐げられてきた黒人たちの怒りは我々の想像を超えるものだ。
富裕層だろうが貧困層だろうが白人は白人・・・。
そこでどんな悲劇が繰り返されたのかは想像に難くない。
戦争反対とか人種差別反対とか、言うのは容易いけど「差別反対」という強力無比な言葉ツールを先に使えば安全地帯に立てるのか?
それは断じて違う。
現実、そこにあるのは複雑に入り組んだ利害と止められない怒りと暴力、、、「強力無比なお題目」を唱えることでそれで終われる世界ではない。

何故かメディアは「その後」をあまり報じなくなってしまった。
ゼロではないにせよまだインターネットが一般普及してない時代にその情報に出会うのは当時は困難だった。
どこかの報道カメラマンが書いたコラムを活字メディアで知って、次にJICAか何かの活動で海外活動経験のある人から口頭で聞いたり・・・この人はテンション高すぎの人でバイタリティーはすごいけど「ハク」を付けるためにやってるキライがあって・・
渡航費を得るために個人募金なんかやるのだけど「募金難民」ギリギリの人だったので信用してなかった。でも混乱の様子を語った内容は他の情報とも整合性がありリアルだった。
でも募金はしなかった。

現在もネットで「その後」の情報はあまり拾えない。非常に疑問だ。
安全だと伝えるメディアもあったが情報が不十分な段階で結論が出ているのはおかしい。
その後紛争が収まらない事は分かりきっていた事だし当事者たちは常に改善の努力を続けて来たけど外にいる自分はどうだったか・・。
人種差別ハンタイ!と取って付けたようなお題目を連呼して満足して終わってただけだ。

本来無関係なのに今は中心当事者となっている人
あのハシゴ演技ではオスカーは不可能。
やって見せることで語るに落ちてしまった。
人を傷つける為には相手の一番大切なものを傷つける事が効果的である、という手法を実践した。
きちんとしよう。でなければすべてが水疱に帰してしまう。
心を見せてください。



アジア北西部カワグー地区の人は「自分の分はバレていない」と思ったとたん説教モードに転じた。
一も二もなくそういう事だ。(悲)

そして今年、ワールドカップ開催国となるも「南ア」の混乱は民族紛争等の要素も色濃く治安が良い状態とは言えないという。
それを受けて中継を担当するテレビ各社は全社共、女性スタッフの派遣を取りやめた。





南アを題材に取り入れた映画作品に「リーサルウエポンⅡ」があるけど音楽に一部エリック・クラプトンが関わっていてその関係でジョージの「チアー・ダウン」が使われている(^-^)
とても好きな曲。
チアーダウンはジョージの造語で「頑張り過ぎないように」という意味だという。

昨今は「頑張らない」というワードが一人歩きして形骸化してると思う。
「頑張らなくてもいい」、というのは心が「もうだめ」という状態の人にはその時は良いけれどそれで終わってしまったら心の糸が弛んだままで常態化してしまう。
それはちっともいい事じゃない。
ジョージが言っていたような初期の意味が失われてきてるように思える。
力いっぱい引っ張っても切れない丈夫な心の糸が無いのなら、蜘蛛の糸くらいの弱い糸しか無いのなら、それを弛ませておくのではなくて、そうっと引っ張って、切れないギリギリのテンションを保てばいい。
「頑張り過ぎないように」と「頑張らなくてもいい」は似て非なるもの。
弱くともテンションバランスを忘れないことは大切、そうしないと「休みの国」から帰って来られなくなっちゃうからね(^-^)

海外の紛争も災害も時期が過ぎると忘れがちだけど何かの機会に思い出して見過ごした部分を見るようにしたい。
「ワールドカップ」と「ハッピーエバーアフター」でまた少しアンテナを伸ばしてみようと思う。





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