コスタネオロマンチカ④ 申し込み編
と、そんなわけで(どんなわけかは、コスタネオロマンチカ③の記事で)、HISの関連会社という理由で、クルーズプラネットに申し込みをすることにしました。
ところが、ネット予約ではないのです。
なんと、申し込み用紙を送ってもらい、それに記入してクルーズプラネットに送り返す、という方式です。
ええーーーっっ!? 今どき紙での記入式!?
と思いましたが、クルーズ旅行はなんだかんだ言っても、年配者のイメージなので、やはりネットを使えない世代に考慮してなんだろうなあ、と良心的に解釈。
(しかし、パンフレット請求等はネットを通して行うのだから、申し込みもネットと紙と選択肢があっていいのでは?)
そして送られてきた用紙が、何故か1枚だけ様式が違う。
もしかして無料の息子の分が違う? と思ったけど、そんなはずはないでしょ。
メールで問い合わせです。
返信は早かったです。
間違えて送ったそうです。しかし、何故1枚だけを間違う?
なんだかんだで、申し込み書と、家族四人分のパスポートのコピーを送付。
そして、旅行代金を一部入金しないといけないのですが、これまたなんと銀行振り込みのみ!
しかも1週間以内! いやー、短いよ。銀行行けないよー。
ANAカード使ってマイレージ貯めようと思っていたのに、現金振り込みじゃポイント貯まらないじゃん。
しかも、振り込み手数料、高い・・・。
さらに、海外旅行傷害保険は、そのカードでの支払いが条件なので、カード使えないとなると保険も無い。
調べたら夫が持っているカードが、支払いに使わなくても、家族付帯の海外旅行傷害保険が付いていたので事なきを得ました。
なにはともあれ、振り込みを終えると、クルーズプラネットから電話が。
「本日、お振込みを確認しました。ありがとうございました」という内容。
電話!? そうなの? 電話がかかってくるの? メールでなくて?
そして、その後連絡もないまま、キャンセル料が発生する2019年5月9日を間近にひかえた、4月28日に、残額の支払いの案内が届きました。
GWを挟んでいるせいかどうかは分かりませんが、支払い期日は5月13日。前回よりは余裕があるかな。
やっぱりカードは使えないので手数料払って、銀行振り込み。
そのあと電話がかかってきて、「クルーズ間の緊急連絡先を教えてください」とのこと。
実家の父と電話番号を伝えたけれど、電話を切った後よくよくよ考えてみれば、最初の申し込み用紙に同じことを記入してるんですけど???
振り込み詐欺に使われないよね? ちょっと不安。
出発の約14日~7日前までに「ご旅行日程表」「寄港地観光オプショナルツアーのご案内」「クルーズガイド」等の最終書類を送ってくるそうでず。
もうちょっと早くこないかなあ、と思っていますが・・・。
とまあ、今までネットとカードでサクッと予約できる環境になれていたので、少々驚きの手続きでした。
あっ、ちなみに電話の人も、メールの文章も感じは良かったですよ。
しかし、なんか不安がつきまとうこの予約。
次回は、結局、家族4人で出発までにいくらかかるの?という内容です。
コスタネオロマンチカ③ 完全に違う話しですがHISのこと編
少し話題がそれますが・・・。
私、HISが好きなのです。
かれこれ25年前のイギリス語学留学の時にまでさかのぼります。
その語学留学は日本の業者を通さず、個人で語学学校を探し、直接申し込み、そこの学校にホームスティ先を紹介してもらい、これまた自分で手紙を書いてホームスティ先の人と連絡を取り・・・というかたちで行きました。
そして、イギリスまでの1年間オープンチケットが必要でした。
今なら1人旅も自由旅行も珍しくないし、むしろ個人客用のサイトがたくさんあります。
しかし、当時はそんな「儲けも少なく面倒くさいだけ」のチケットを扱っている旅行会社は少なかったのです。
しかも、私は地方空港(福岡空港)発着を探していました。
大手旅行会社に電話しました。「扱っていません」で断られるか「探してみますが・・・」とやんわり嫌がられるかでした。
そこで、留学経験のある友人に相談したら「HISがいいよ」と教えてくれました。
しつこいようですが、当時(すくなくとも九州では)、HISはあまり知られてなかったのです。
恐る恐るできたばかりの福岡支店に電話をしました。
たまたま担当の方が素晴らしかったのか、HISの社風なのか、とにかく親身に相談に乗ってくれ、優しかったし、面倒くさそうな感じは全く無いどころか、張り切ってチケット取ります!!協力します!!な感じでした。
当時の格安チケット販売のしくみとして、たぶん大手旅行会社が余った団体旅行分をバラで出し始めるまで待たないと、チケット予約ができなかったと思います。
私のヒースロー空港までのチケットは、当然のようにキャンセル待ちです。
担当の方の「必ず取れます! 取ります!」の言葉を信じて、航空券のないまま、英国語学留学の手続きを進めました。
しかもチケットは、出発当日に福岡空港国際線ターミナルの待ち合わせ場所で直接手渡しです。
怪しいでしょ。マジで。
もう一度繰り返しますが、HISなんて会社知らなかったのですよ。
ただ、担当の人の情熱だけで信じました。
そして、当日、無事にチケットを受け取り、私は金浦空港経由でロンドンへと飛び立ったのでした。
そんなこともあり、私はその後、ずっとHISのファンで、今回のクルーズもその関連会社にしたのです。
殺風景な記事になったので。
1993年のコッツウォルズ。BRODWAYの町。
コスタネオロマンチカ② 価格検討編
出港日の1年前(昨年の8月)での状況です。
部屋種類は「内側」「海側」「バルコニー」etc・・・・といろいろあります。
詳しくはコスタのHPのデジタルパンフレットを見てください。
その各部屋にそれぞれ「ドリンクパッケージ」というものがつきます。
その「ドリンクパッケージ」の差が同室の料金の差になります。
「お食事中の限られたレストラン・時間中のみ、特定のドリンクが飲み放題」なのが「ドリンク@ミールドリンクパッケージ」といわれ、それが付いた部屋のカテゴリーは「クラシックキャビン」となります。
「すべてのレストランやバーで12ドル以下のドリンクが飲み放題」なのが「オールインクルーシブドリンクパッケージ」といわれ、部屋のカテゴリーは「プレミアム」となります。
ですから「内側」の部屋でも、どのタイプのドリンクパッケージを付けるかで「内側クラシック」「内側プレミアム」かに分かれます。
「プレミアム」のドリンクパッケージの方が高い分だけ、同じ「内側」でもプレミアムの方か船の上階に部屋があります。
レモン色の部屋が「内側クラシック」
オレンジ色の部屋が「内側プレミアム」
我が家に縁のないスイートルーム系の部屋は10階から14階あたりに位置します。
上図のキャビンの下の番号が階数です。
どのドリンクパッケージをつけるかは悩んだのですが、結局「クラシック」にしました。
理由は子供2人(中1と高1)で、お酒は飲めない。そして私もお酒は弱く、かろうじてワインなら1杯がぎりぎり・・・ということ。
夫はのんべえですが、有料バーや、大人専用プール(バーもある)とかに行くとは思えないので、ここは無料レストランのみのフリードリンク(アルコールもあります)でよいのでは・・・ということ。
ちなみに、無料になる13歳未満の子供にはこのドリンクパッケージはつかないので、船内の有料の飲み物はそのまま有料になるみたいだけど???
このへんはまた、実際に行ったらどうだったのか報告します。
さて、希望日の「内側の4人部屋のクラシックキャビン」に絞って料金を見ます。
金額は大人1人分です。
通常価格→100,800円
早期割引→90,800円
そして、バリュー(変動制料金)というものがあります。
これは販売の動向で金額が変わる、というものでず。
ドリンクパッケージも含まれません。その他、諸条件があります。
またこの件は改めて。
ちなみに、昨年8月でのバリュー価格は「内側」で、80,800円です。
どうしたものか・・・と悩んでいるうちに9月になりました。
すると「マイ・ファーストコスタ割」なるものが登場!
早期割引からさらに最大41%割引をする、というものです。
しかしまあ、この割引率が日によって違うのです。
そしてよく考えられています。
人気の無い時期は割引率が高いけど、夏休み中はそうでもないんです。
それでも、希望日の価格は、78,800円になっており、13%の割引ですが、無いよりはましです。
更に割引がでるのを待つか・・・それともここで申し込むか・・・というところです。
結論から言うと、夏休みといえど4人部屋を希望しなければまだ待っても大丈夫だと思います。
(もちろん保障はしませんよ。)
ただし、GWはすぐに全室キャンセル待ちになった様子です。
4人部屋はプルマンベッドといって、壁からベッドを取り出して二段ベッド風になります。
これもコスタのHPで画像があるので見てください。
パンフレットでの部屋分布図を見ると、「内側クラシック4人部屋」は14部屋しかない。
ここらへんで申し込んでおくかなあ、ということで。
資料請求した流れで、何も考えずに「クルーズプラネット」に申し込むことにしました。
今ならコスタのHPから直接申し込みができるみたいなので、きっとそっちの方がいいかも・・・です。
このクルーズプラネットでの申し込み、なんだか不思議?だったので流れを書きます。
長くなるので次回。
コスタネオロマンチカ① 資料取り寄せ編
自分への備忘録として、今年の夏休みに予定しているクルーズ船「コスタネオロマンチカ」のテーマを追加しました。
あと、我が家と似た条件での家族旅行を考えている方の参考にでもなれば。
昨年の夏休み中に、今年のクルーズ旅行を計画しました。
福岡港発着で、ショートクルーズ。
子供たちに英語を使わせたいので、外国のカジュアル船。
ネットで検索した結果、イタリア船の「コスタネオロマンチカ」がぴったりでした。
コスタネオロマンチカのHPにアクセスしたら、申し込みは各日本代理店から(2018年8月時点)とのこと。
そこで、H.I.Sの関係会社の「クルーズプラネット」にまずはパンフレット送付を依頼。
デジタルカタログはネットから見ることができます。
なんと、4人部屋だと、3人目が半額。
そして13歳未満は無料!!
息子は9月生まれなので、来年の8月はまだ12歳!!
地球一周の船旅の経験から、船内の部屋は寝る時ぐらいしか居ないことを知っていました。
そして、我が家は娘も息子もいまだに親と同じ部屋で寝ることには抵抗がありません。
一番安い、内側(窓なし)の四人部屋で十分です。
この船で決定です。
行くことのできるコースは日程の関係で悩むことなく、下記の1つだけ。
「お気軽ショートクルーズと釜山 4泊5日」 福岡発着コース
あとは、申し込むタイミングです。
モルディブの海
思い出したようにアメブロを再開した背景はいろいろあるのですが、その中の1つに独身時代の旅の写真を整理し始めた、というのがあります。
家族で海外に行くようになって、旅の話しになった時、あれ?自分が今までどの国に行ったのか忘れつつあるぞ、と思ったのです。
2000年より前の旅は、文章のみで一冊の本として出版しているのですが、写真はアルバムに貼ったまま。
それ以降の旅の記録もアルバムに貼っており、膨大な数になっているので、コンパクトにまとめたいと思いました。
調べてみれば、今やいろんなところがフォトブック作成をしており、画質にこだわらなければ安くできます。
35ミリフィルムの写真をスキャナーで取り込んで・・・の画質なのでそうこだわらなくてもいいし。
フォトブック作成が目的ですが、せっかく取り込んだ写真、というこでアメブロにも載せています。
さて、そんな流れで、今回は何も買っていない国ですが、モルディブです。
インド洋に浮かぶ島で、サンゴからできています。そのため標高が低く、地球温暖化の影響が心配されています。
割と意識して、その国のコインを記念に持ち帰っています。
面白味のない国もありますが、けっこうその国の個性が出ていて興味深いのです。
モルディブは海ガメや貝などイメージ通りで嬉しいです。
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(2001年)
朝焼けの中、首都マーレに近づく。
「パラダイス・アイランド」
あいにくの曇り空でも、この海の色!
エーゲ海、地中海、アドリア海・・・・いろんな美しい海の色を見てきたけれど、モルディブのペパーミントグリーンは比類なき美しさでした。
濃い群青色の決して美しいとはいえないインド洋から、突然あらわれるペパーミントグリーンは感動的です。
マーレにはバナナ市場があり、こんな風景も。
クロアチア~ドブロブニクのミルクピッチャー
2001年の地球一周の船旅で、クロアチアのドブロブニクに入港しました。
まだ旧ユーゴの崩壊に伴う内戦の跡も生々しく、周辺の独立は果てせていない時代でした。
観光業も発達しておらず、旧市街も生活用品を売るお店がほとんどでした。
そんな中、港近くに移動式のお土産やさんが出ており、出港前に残ったお金で買いました。
小さな小さなミルクピッチャーです。
他のミルクピッチャーと比較するとこんな感じです。
いかにもお土産っぽくドブロブニクの名前が入っています。
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(2001年)ドブロブニク旧市街とアドリア海。
さすが「アドリア海の真珠」といわれるだけあって息をのむほど美しいです。
旧市街の壁。
1991年から始まった、旧ユーゴスラビア連邦軍による攻撃の跡がいたるところに残っていました。
国境を越えて新ユーゴスラビアに含まれるモンテネグロ共和国へ。
現在はモンテネグロとして独立していますが、まだ独立前で緊張状態が続いていました。
ペラストからコトル。そして上の写真のブドゥバへ。
日を改め、今度はドブロブニクからまた国境を越え、ボスニア・ヘルツェゴヴィナへ。
国境の付近の町は地雷を埋められ、廃墟となったままでした。
写真はトリビニェの町の丘からの景色。ここの旧市街も内戦の跡。
韓国の螺鈿細工
今や韓国と日本は各地方空港からもLCCなどで繋がっており、気軽に行ける国となっています。ましてや九州人の私は国内旅行よりも安く行けたりもします。
始めて韓国、ソウルを訪れたのは1992年でした。
今でこそ、日本は最強のパスポート!と言われますが、当時は韓国に入国するためには事前にビザの取得が必要でした。
さらに面倒なことに、私はその前に中国入国の履歴があるので、さらに追加の書類が必要でした。いつ中国へ行き、どこに泊まり、何をしていたか、を記入しなければなりませんでした。
まさにこの年の夏、韓国と中国の国交が正常化したので、あと数か月でも渡韓が遅ければ、この書類は不要になっていたかなあ、と思います。
ちなみに、韓国のビザは1994年の「韓国訪問の年」キャンペーンで試験的に廃止され、その後はそのまま不要になりました。
今どきは、韓国ショッピングと言えば、アクセサリーやカバンを始めとするファッショングッズや、コスメ用品などなのかな。
しかしながら、つい最近まで、韓国のりとキムチ。年配者には高麗人参なんて人気でした(;´Д`)
自分用には、何も要らないかなあ・・・とも思ったのですが、結局、螺鈿細工の漆塗のボックスを買いました。
それが、漆の匂いがとにかく臭くて臭くて・・・使わないまま放置していました。
結婚して引っ越す時には匂いも消えていたので、持ってきた次第です。
右側が箱の底です。ちょっとしたイチョウのマークがかわいい。
内側は布を貼っているわけでもなく、とにかく漆。
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1992年。手前に写っているのが、「景福宮」の正門。
その後ろに見える水色のドーム屋根がある建物は、日帝支配のころ「朝鮮総督府」として建てられたもの。
この時は「国立中央博物館」となっていました。
しかし、1993年に就任した金泳三元大統領により、1996年に解体されて今はもうありません。
なんか、このブログ再開して記事書き始めたら、自分の生きてきた長さを痛感するようになったよ。令和だもんなー。
シンガポールのお土産
いったんタイの記事から離れます。
シンガポールは過去2回ほど入国しているのですが、自分用に買ったものといえば絵ハガキだけです。
敢て言うならキーホルダーを持っていますが、これはわざわざ買ったというより、友だちへのお土産として買い過ぎた残り、といったほうがいいかな。
そんな訳だったのですが、数年前にママ友からシンガポールのお土産を頂きました。
「こんなベタなものでごめんねー」と言って渡してくれたのですが、結構気に入っています。
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1998年。やっぱり一人旅。
美味しいけど辛いよ。
そして二度目の2001年。小さいマーライオンと大きいマーライオン。
その後、移動したんだっけ?
アラブストリート。
「深夜特急」で沢木耕太郎さんがシンガポールで最初に訪れた場所ですね。
そして、数々の映画や小説の舞台となった「ラッフルズホテル」。
もちろん「深夜特急」の中でも出てきています。
タイの布地③~モン族のコースター
1994年のタイ旅行に戻ります。
チェンマイでは、モン族の住むドイプイ村まで行きました。
そこで買った、麻で出来た手作りのコースターです。
(布地カテゴリーに入るのか?という感じですが・・・)
真っ白だったのですが、だんだん黄ばんできました。
花の刺繍の色落ちが心配で漂白をしないままです。
これもお土産用にたくさん買いました。
考えてみれば、お土産によくコースターを買います。手頃だし、どこにでも売っているし、実用的だし。
そして、だいたいが買い過ぎて、自分用に数点残る、という具合ですね。
ひたすら手作り中。
ソンテウ(トラックの荷台を改装した、乗合のバス)から。
観光地化されているので、モン族のお土産屋さんが並ぶ。
商品の価格は安くはありません。
ドイプイ村が見えてくる。
タイの布地②~「シワーライ」
1994年に友人と2人で、始めてタイに行き、その後、どうしてもタイのことが忘れられず、1996年に今度は1人でタイに行きました。
前回あまりにもタイグッズを買い過ぎたので、この旅は買い物はやめようと思ったのに・・・やはり買ってしまいました・・・。
タイの民族衣装です。私はずっと「サロン」だと思っていたのですが、女性用は「シン」というらしいし、正式なのは「シワーライ」???
良くわからないので、便宜上タイトルは「シワーライ」にしております。
もちろん、それをそのまま着用する機会など無いので、巻スカートはクッションカバーにして、肩にかける布はテーブルセンターにと思い買いました。
アユタヤーの露店にて、かわいいお姉さんから買いました。
結局、クッションカバーにはならず、気分を変えたい時のテーブルクロスになっております。
(季節感がビミョーだけど・・・)
テーブルセンターにしている無地の青の布は使い勝手がよいのですが、柄のスカート布はなかなか普段使いはできませんね^^;
次回は、一緒に写っているコースターの紹介です。
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(1996年) バンコク・スワンナプーム国際空港ができる前です。当時はドンムアン空港を利用していました。
そして、BTSも地下鉄も無い時代なので、その空港から鉄道でバンコク市内に向かいます。
当時はエアコンがまだ珍しく、列車もバスもタクシーも「エアコン付き」は別格で特別料金でした。
私が乗ったのはエアコン無しで、座席も木でできておりベンチみたいでした。
でも、タイの人、優しかったあー。
ファランポーン駅(バンコク駅)前の運河。
今はきれいになっているのかなあ?
駅前にくだもの売りのおばさんが多くいて、それを買っては、この運河のほとりに座ってボーっと食べるのが好きでした。
みーんなのんびりしてて、日本での喧騒とストレスが嘘みたいに思える国でした。
バンコクを満喫して、次にアユタヤーへ行きました。
有名な「ワット・マハタート」の仏頭。
今は警備の人がいて、さらに仏頭より下に座って写真を撮るためのスノコを置いてるみたいですね。
アユタヤー王宮跡は日本人団体客が多く、一方、ワット・マハタートはひっそりとしていたのですが、、、、。
タイの子どもたちの遊ぶ声だけが響く。他に人は無し。



































