器と布で旅する世界 -16ページ目

2001年イスラエル報告②

前置きが長くなりましたが、その観光客もほとんどいない、それにともないお店もあまり開いていない旧市街で買ったものです。

「BETLEHEM」ベツレヘムと書かれたお土産用マグカップ。

営業しているのか、していないのかよくわからない感じだったのですが「観光客が来なくて商売あがったりだよー」というお店の人の訴えにつられ・・・購入しました。

 

サイズもどっちつかずで一度も使用していませんが、よくみると可愛い絵です。

 

あとは敢てざっくり観光の写真を。

思うことはたくさんあるのですが。

 

ゴルゴダの丘に建つ「聖墳墓教会」内にある、イエスが十字架に架けられた場所。

イエスのお墓もあり、その場所はさらに狭い小部屋になっていて5人ぐらいずつに分かれて入りました。

 

聖墳墓教会を出て、シオンの丘へ。

そこにはダビデ王のお墓があります。

とにかく観光客は無し。

お祈りをする女性1人。

 

エルサレムのホテルで1泊して、死海へと向かいます。

途中の砂漠地帯に見える遊牧民ベドウィンの集落。

 

海抜-329の死海。

対岸に見える陸地はヨルダンです。

 

補記:この地球一周の船旅から帰国した約1か月後、2001年9月11日。

アメリカ同時多発テロが起こりました。

船旅で、戦後復興中の国や、まだ内戦中の国にも訪れました。

そこで聞こえてきた一般市民の声は「わたしたちがどんな思いで暮らしているか。どんなに戦争が悲惨かを伝えてほしい」でした。

アメリカ同時多発テロが起こった後、自分に何ができるか考えました。

そして、自分が見てきたものを伝えようと地元で「地球一周の船旅・報告展」を開きました。

 

どうしても、イスラエルだけは・・・今でも特別な思いがあります。

 

 

 

 

 

 

 

2001年イスラエル報告①

地球一周の船旅の記事を書く度に、2001年とその時代を表記するけれど、正直この年号はあまりにも重いです。

今回、記事の内容の雰囲気が変わります。すみません。

 

2001年6月27日、私たちを乗せた船は直前まで、イスラエルに入港するかどうか検討していました。もちろん乗船客に、抜港の可能性があることは事前に伝えられていました。

 

イスラエルは第二次インティファーダが起こっていて、治安がますます悪化していました。

しかし、入港予定の日は、折しも国連のアナン事務総長(当時)が1週間のイスラエル訪問中で、その間だけの停戦となっていたのです。

 

そして、船は厳戒態勢の中、イスラエルのアシュドットに入港しました。

大型客船で入国する際には、ほとんど入国審査などはありません。

そんな中、イスラエルは別格の厳しさでした。

たとえ遠方からでも港の写真撮影は禁止。

入国する際も、シャープペンシルなども分解して中身を調べられる、とのことでできるだけ荷物は少なく、と言われました。

 

アシュドットの港から用意されたバスに乗り込み、エルサレムへ向かいました。

検問につぐ検問。

我々のバスは通過できましたが、パレスチナ人の車は通過できません。

(本当はインティファーダが再び起こった原因の説明をして、この頃のパレスチナ人の追いつめられた状況を解説すればよいのでしょうけど・・・。興味ある人は検索してみてください。)

ようやくエルサレムへ。

オリーブの丘から旧市街を望む。

 

分かりにくいですが、イスラエルの各地で住宅が出来ています。

これはすべて、イスラエル人の入植地です。

はりめぐらされた幹線道路は検問により、パレスチナ人は通れません。

そして、いつの間にか自宅にも帰れなくなったパレスチナ人が暴動を起こし始めます。

この頃テレビなどで、戦車て戦うイスラエル兵に対して、石を投げつけて戦うパレスチナの子どもたちの姿が流れることがありましたが、経済格差はあまりにもひどいです。

 

パレスチナ国旗が掲げられた「オリエントハウス」。

故ファイサル・フセイン氏の追悼式会場です。

私たちが訪れた約1か月後、イスラエル警察の特殊部隊により、このオリエントハウスは閉鎖されました。

 

***

エルサレム中心地に戻ります。

「嘆きの壁」

男性用と女性用を仕切りで分けられています。

祈りを紙に書いて壁に差し込むと願いが叶う、といいます。

 

「ビアドロローサ」。イエスが十字架を背負ってあるいた道。

聖墳墓教会へと続きます。

イスラエルとパレスチナ人の戦いの最中なので、観光客の姿は無い・・・。

 

イスラエル報告②へ続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボラスコットン RAPID

ボラス(ボロス)コットン紹介の流れで、もう1点続けます。

「RAPID(ラピッド)」といわれる柄です。

もともとは大きな柄で、そのうちの1部分のハギレでティマットを2枚作りました。

2等分すると1枚は柄部分で、もう1枚は真っ黒の無地になってしまうので、途中で縫い合わせてどちらも柄が出るように調整しました。

裏面は無地のリネンを使用しています。

 

カップはウエッジウッドのコロシアム(COLOSSEUM)です。

たまにはこんなシンプルな組み合わせもいいものですね。

このカップのかたちだと、コーヒーにも対応できるので使い勝手もいいです。

ウエッジウッドの中で、お値段も手頃なのでおすすめです。

 

 

 

 

クロアチアのコイン&ボラス「ROCK」

クロアチアのコイン、クナです。

クロアチアは2013年にEUに加盟したので、通貨もユーロになっているのかと思ったら、まだ「クナ」を使っているみたいですね。

魚、動物、植物(オリーブ?)など絵柄も豊富で素敵です。

 

(花材:ザ・ピルグリム(イングリッシュローズ)、熟す前のブルーベリーの実)

 

下に敷いている布地はスウェーデンのテキスタイルブランド、ボラス社で「ROCK」という名前が付けられています。

柄が大きいので写真では全体像がつかめませんが、こんな柄です。

少し厚手のしっかりとした布です。

ボラスの布の色合いって、日本家屋にとても合うと思います。

色違いもあります。

色によっても、裁断場所によっても印象が変わってきます。

 

 

 

 

 

セラドン焼き~タイ

これで一通りのタイで買ったものグッズの紹介は終わります。

まだまだあるのですが、写真に撮ったものが無いのでそれらは後々の機会に・・・。

 

「レオナルドダヴィンチ」のバラのところで紹介しているタイセラドンです。

タイ布地の紹介の時に一緒に撮影したので、改めて。

我が家に残っているタイセラドンは、この二つの花瓶のみ。

常に家のどこかで花を挿して活躍しています。

和風に活けても、洋風に活けても、とにかくどんな花にも合います。

白のバラは「アイスバーグ」。


♪♪♪♪♪♪


追記:2026年5月

タイセラドンの花瓶で生けた花たち。

バラ。ナルコユリ。



ラナンキュラス。ジャガ。スパニッシュブルーベル。



スティグリンドベリの布と合わせて。



梅の花。



クリスマスローズ。アリストロメリア。



こんな色とりどりの花を生けても全くケンカしません。



一転、お正月の和風生花。




タイの布地④~「サロン」

1994年のタイ旅行で購入した布です。

チェンマイのナイトバザールで日用品を売っている露店で買いました。

お店のおばちゃんが、この布を持って腰に巻いて使い方を教えてくれました。

ネットなどで見ると、チェンマイはすっかりおしゃれな街に変わっている様子なので、さすがに1枚布を腰に巻いてる人は居ないのかな?

当時は、男の人もズボンではなく、布を巻いていました。

 

糸の太さが均一でなくて、布地が少しボコボコしてて、素朴な感じがします。

まさしく日常使いの布です。

洗濯を繰り返したので、色がだいぶん落ちていますが、それもまた味になっています。

 

 

撮影用にテーブルクロスにしましたが、普段はエントランスのイスカバーとして使っています。

下の写真は、結婚してすぐの頃なので、布の色もまだあせてません。

洗濯を繰り返すうちに切れ端がほつれてきたので、さすがに今は両端を縫っています。

 

 

ロートレックのコースター パリにて

1997年にロンドンに行った時に、パリに立ち寄ってから帰国しました。

その3年前の1994年に、ロンドンのウォータールー駅からパリまでを結ぶ高速鉄道のユーロスターができていて、それに乗車してみたかったのです。

現在のイギリスでの発着駅はセント・パンクラス駅になっているみたいですね。

定番の観光をして、お土産はコースターを数種類買いました。

自分用には、このロートレックのものを残しています。

 

セーヌ川沿いにはこんな絵ハガキ売りのお店がたくさんありました。

コースターもここで買いました。

 

パリの街は驚くほど道路にゴミが散乱していた印象ですが、街並みはとても洗練されていて素敵でした。

 

こんな風にスケッチする人々も。いかにもパリという感じがします。

 

それから、この缶が欲しくて空港で購入。

マキシムのチョコミントビスケットなのですが、チョコミントは苦手な味で・・・・。

色も褪せてサビも出てきていますが、嫁ぎ先に持ってきて、今でも愛用しています。

ティースプーン入れにしているのですが、サイズがちょうどいいのです。

 

敷いているキッチンマットは友人からのお土産です。

南フランスのもの。

 

 

 

コスタクルーズ その魅力について考えてみた

コスタネオロマンチカ

お手軽日本海とショートクルーズと釜山 4泊5日

2019年8月6日から8月10日

博多乗船(台風のため実際には7日舞鶴港乗船に変更)

内側クラシック   夫婦・高1娘・中1息子(12歳)で1部屋利用

旅行代理店:クルーズプラネット

 

以上の内容でクルーズ旅行をしました。旅行前にSNSなどの情報がとても役にたったので、私なりの視点で紹介していきます。

客室カテゴリーや、参加形態でずいぶん印象がかわってくると思います。

あくまでも個人的なものです。

勘違いしている部分もあるかもしれませんので、そのあたりを踏まえて参考にしてください。

 

(夜の船もいいものです。釜山港停泊中。)

 

*********

 

 今回のクルーズを振り返ってみて。

 

 部屋の家具の建て付けは悪いし、防音は全くできてないし、ハンガーは壊れてるし、部屋のエアコンは寒すぎるし、その割にブランケットは無いし。

 船全体もスペースにゆとりが無くて、窮屈な感じはするし。

 クルージング船というより、豪華なフェリーといった方が適切な気がするし。

 エンターテインメントを見ようにも、座席数少ないし。

 

 とまあ、マイナス点は数多くあります。はっきり言いまして。

 コスタクルーズの悪評もわかる気もします。

 

 ちなみに、客層は、ショートクルーズでは欧米人はほとんどおらず、日本人と韓国人が多くを占めます。

 比率としては、日本人がダントツ多いのですが、韓国人は団体で来ていてそのせいか、ものすごく目立ちます。

 中国やタイあたりの人もいるようでしたが、全く目立ちませんでした。

 ただ、今の日韓の様子からだと、韓国の人はこれからは減ってくるかもしれませんね。

 

 確かに、船の設備としては不満が多くあります。

 それでも、「楽しかったぁー」と思わせるもの。

 たぶん、それはスタッフの力なのかな、と思います。

 

 私はホテルのフロント業務の経験があるので、どうしてもサービス業に携わる人の気持ちを察してしまいます。

 

 乗船してすぐに、コスタカードにクレジットカードを登録しに行きました。それが上手くできなくて、すぐカスタマーサービスの日本語スタッフのところに行きました。

 その時の対応が、言葉の使い方も含め、完璧だったのです。

 詳しくは書きませんが、フロント業務を経験してるからこそわかる、簡単そうで難しいポイントがあるのですが、その方の対応でかなり高感度が上がったのは事実です。

 

 その他、とにかく、働いているスタッフが楽しそう。

 旅の魅力は、結局のところ人が作り出すのだと思います。

 そういった意味で、コスタクルーズは素敵でした。

 特にどのスタッフと仲良く話したというわけではありませんが、楽しかったです。

 

 いろんな船に乗ってみたいので、次は違う船に乗りたいなあ・・とは思っていますが、友人から「一緒にコスタに乗ろう」と誘われたら、喜んで乗ると思います。

 

(フォーマルディナーの時にスタッフの紹介があります。下船説明会の時にもありました。)

 

 

追伸:さすがにコスタクルーズばかりの記事で飽きてきたので、次回からは「旅先で買ったもの」シリーズにもどります。

また気が向いたらコスタクルーズでの寄港先や、持って行ったけど使わなかったものなどミニ情報を書きたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コスタクルーズ 船内での楽しみ方にはコツがある

コスタネオロマンチカ

お手軽日本海とショートクルーズと釜山 4泊5日

2019年8月6日から8月10日

博多乗船(台風のため実際には7日舞鶴港乗船に変更)

内側クラシック   夫婦・高1娘・中1息子(12歳)で1部屋利用

旅行代理店:クルーズプラネット

 

以上の内容でクルーズ旅行をしました。旅行前にSNSなどの情報がとても役にたったので、私なりの視点で紹介していきます。

客室カテゴリーや、参加形態でずいぶん印象がかわってくると思います。

あくまでも個人的なものです。

勘違いしている部分もあるかもしれませんので、そのあたりを踏まえて参考にしてください。

 

(釜山、龍頭山公園から。この色とりどりの街並みは甘川文化村?)

 

*********

 

乗船した日の夜はブッフェレストランで食事をとり、避難訓練が終わったのが21時頃。

ちょうどマジックショーが21時から始まっています。

これなら子どもたちでも楽しめるだろうと、9階のキャバレービアンナに向かいます。

しかし、すでに満席。

空いている席は、ステージが見えないところだけ。

ちょっと座って雰囲気を見たけれど、何も見えないのでは楽しみようもなく、数分居てすぐに出ました。

座席数が少ないので、見たいものがあれば早めに行って席を取っておく必要があります。

 

22時からはホワイトナイトのパーティがありましたが、参加はしませんでした。

 

翌日は6時30分に金沢入港です。

(金沢観光の様子は別記事でまた)

12時30分には船に戻りました。

 

昼食は有料のナポリピッツァに行きました。予約なしでOKです。

噂にたがわず美味しかったです。

ここも日本語のメニューがあります。

飲み物はドリンクパッケージに含まれています。

大満足でした。ここは是非、行ってください。

(4人で2枚注文。十分すぎる量です。メニュー表がランチョンマットになってます。)

 

そして、その後の午後からの過ごし方ですが・・・。

 

全体的に感じたのは、小さい子ども向けのプログラムや、各所で行われるコンサートなど大人が楽しめるものはあるのですが、中高生が楽しめるものは少ないかな。

そのため、ティーン(12歳から17歳)向けのイベントも臨時的に開催されてはいたみたいですが、いかんせん、最も恥ずかしい年頃で・・・参加はしませんでした。

 

プールも家族用はちびっ子ばっかりで、大人用は18歳以上で、どっちも利用し辛い中高生です。

 

プール近くにある「グリルカプリ」に軽食を食べに行ったけれど、部屋が狭くて席が全然空きそうにないので諦めました。

 

子どもたちは「つまんなーい」モードになってしまい、とにかくどこか何かイベントをしているところに行ってみよう!ということに。

8階グランドバーで「輪投げゲーム」????

なんだ、それ!?という感じでしたが、15分前から待機して様子を伺います。

もちろん、一番前のイスをゲット!

(「グランドバー・ピアッツァイタリア」。ここも席数が少ない。)

 

なんてことのないゲームでしたが、やはり参加すると楽しいものです。

ここで、積極的に動かないと楽しみは無い、ということに気が付いた我が家です。

 

再び、プールサイドに戻りました。そこに置いてあったテーブルサッカーのゲームが気になって気になってしかたがなかったのです。

サッカーボードはあるけれど、遊ぶためのボールが無いのです。でも、時々、誰かがそれで遊んでいるのです。

消極的な我が家も、ようやく動きました。

・・・そのボールは、プールサイドのバーカウンターで1ドルで販売していました。

 

家族四人で遊んでいるところに、知らない男の子がやってきてじっと見ているので、その子も入れて一緒に対戦したり・・・と結構満喫しました。

 

そして、夜はフォーマルディナーで、初めてのメインレストラン利用。

そこで、ブッフェレストランとはあまりにも違う味に驚いたのでした。

 

フォーマルディナーの時はみんなで参加して楽しむものが多かったです。

スタッフのショーは、席からは遠いうえ、死角にもなっていて見えませんでした。

でも、ようやくこの日の昼ぐらいから、この船の良さが分かってきたような気がします。

 

ブログなどで、いろんな写真や情報を載せてらっしゃる方がいますが、本当にすごいと思います。

私にはそんなリサーチ能力は無いな、と痛感しています。

乗船して2日ぐらいは、きっとほとんどの人はオロオロしているんじゃないかと^^;

そんなことは無いかな。

 

翌、9日は釜山入港。

午前中に下船説明会。

夜はカーニバルナイトでしたが、明日の下船に向けて、家族4人分のパッキングが待っているので、夕食をとりそのまま部屋に戻りました。

 

最終日、10日は8時10分に下船となりました。

 

結局、船内を楽しめたのは8日(乗船2日目)の午後からの半日だけでした。

台風が悔やまれます。

 

 

 

 

 

 

 

コスタクルーズ 4人部屋の感想

コスタネオロマンチカ

お手軽日本海とショートクルーズと釜山 4泊5日

2019年8月6日から8月10日

博多乗船(台風のため実際には7日舞鶴港乗船に変更)

内側クラシック   夫婦・高1娘・中1息子(12歳)で1部屋利用

旅行代理店:クルーズプラネット

 

以上の内容でクルーズ旅行をしました。旅行前にSNSなどの情報がとても役にたったので、私なりの視点で紹介していきます。

客室カテゴリーや、参加形態でずいぶん印象がかわってくると思います。

あくまでも個人的なものです。

勘違いしている部分もあるかもしれませんので、そのあたりを踏まえて参考にしてください。

 

 

金沢を出港してすぐの海。

 

*********

 

添い寝の必要のない年齢になってからずっとホテルでは、息子と父親、娘と母親の組み合わせで部屋を取っています。

今回、数年振りの4人一緒の部屋でした。

 

・・・・正直、失敗したような気がします。

 

我が家にしか当てはまらない事情は省くとして、その他の理由を2つほど書きます。

(子どもの姿を消しています。雑な消し方ですみません。)

 

4人部屋はプルマンベッドという、壁に取り付けられた簡易ベッドを出して使います。

安全面から上のベッドは大人が使うよう注意書きがあります。

 

まず1つ目の理由。

もともと4人部屋として作られたベッドではないので、寝心地が悪いです。

そして、手前に写っている梯子で登るのですが、それが年齢高めの我々夫婦には辛い。

梯子を登るとき、手でつかめる場所もなく(うまく説明できませんが、いわゆる手すりになるものが無い)、かなりたいへんでした。

 

夫は夜中にトイレに起きるタイプなので、ものすごく嫌がっていました。

一日は高1の娘が変わってくれましたが、寝心地の悪さにまた下のベッドに戻りました。

 

更に、上のベッドは小物を置く棚がないので、夜はメガネ使用の私は置くところがなくて困りました。目覚まし代わりのスマホも置けません。

マットの隅に置いて寝ると、ベッドフレームとの隙間に落ち込んでしまう・・・。

 

ベッドの柵も写真に写っているとおり、簡単なもので、勢いよく寝返りをうつと落ちてしまいそうです。

 

そして2つ目の理由。

シャワーを4人が全員浴びるまで待つと結構時間がかかる。

例えば、シャワールームを使う時間を1人20分としたら、4人が終わるのは1時間20分後です。

みんなの着替え等のお世話をする私はいつも最後だったので、部屋に戻り特に何もすることがないのに、ただひたすらシャワールームが空くの待ち。

早くねたいよー!

2部屋だったら、この半分の時間で済むのにな、と思った次第です。

 

ちなみに、隣の部屋の話し声はものすごく良く聞こえます。

隣の部屋のグループは結構夜遅くまで楽しむタイプだったらしく、夜中に帰ってくる音や話し声で何度か目が覚めました。

でも、私以外の家族は全く目が覚めなかったみたいなので、気にならない人は大丈夫だと思います。