■9歳の娘とその母親

9歳の娘を連れた母親が
アルフレッド・アドラー
相談しに来たときのこと。

娘は数年間、
田舎で養父母と暮らしていて、
最近、母親が一緒に
暮らせるようになったので
母親と娘の暮らしを始めた。

そして、
娘と一緒に暮らし始めてから
娘の学業成績が落ち込んで、
あまりにもひどいため
教師に学年を下げられ、
それに驚いた母親は
娘がこんなに勉強できないのは
別れた父親の遺伝のせいだから、
それをなんとかしたいという。

これまで母親は、
娘の将来が心配になり
娘が失敗しないように
とても厳格に接した。

褒めたり、非難したり、
批判したり、叩いたり。

しかし、こうして母親が
いくら頑張っても状況は
改善しなかった。

こんな絶望的な状況になり
どうして良いのかわからない。

現状は、
そういう状況でした。

■現状を詳細に見る

アドラーは話をひととおり聞くと
娘とだけ話しをしてみました。

すると娘は当初、
母親と暮らせることが
とても楽しいことだと感じた、
と話してくれました。

養父母も親切だったが、
母親はきっと
娘の自分には
もっと親切に接してくれると
期待していた。

しかし、母親の関心は
学業成績のことばかり
娘の自分にまで及ばない。

話をする中で
母親の高すぎる期待には
どんなに頑張っても
答えることができなかった、
という状況だとアドラー
読み取ります。

高すぎる期待をする母親に
それは無理な要求だと
どうにかわかってもらおうとして
学業成績不振の状況を
母親につきつけた。

それは、
母親の厳格すぎる態度への
非難であり、
厳格な行為を受けたことに
対する復讐
でもありました。

母親はそれがわからず
父親の遺伝に責任を
求めたわけです。

互いに見ているものが
違っている状況です。

■アドラーの援助

アドラーは、
このような状況において
共同体感覚が低い場合には
子が非行、神経症、自殺などに
至る場合もあると言っています。

しかし、
この母親と娘の場合は
共同体感覚が低すぎる
ほどでもないため、
母親が状況を正しく理解し、
対話によって今までの自分の
やったことは間違いだったと
認めたこと、そして、
娘にそれを十分伝えることが
できれば関係は調和する

アドラーは考えました。

そこでまずアドラー
母親に丁寧に伝えます。

遺伝に責任を求めることは
有害以外の何物でもないこと。

あまりに厳格なしつけは
娘の勇気をくじくことになり、
娘は失望して
母親のあなたの期待に
応えることを諦めてしまうこと。

さらに、今後の接し方を
今までのような厳格な方法から
適切な方法へと改めることを
娘に告白すると
良いことを伝えました。

そしてアドラーは
次のように締めくくります。

「あなたにはそうすることは
できないと思いますが、
私があなたの状況にあったなら
そのようにします。」


すると母親は
それをやってみたい」と
決意をアドラーに伝えました。

母親は、まさに
勇気を使ったのです。

その後、母親は、
アドラーの援助を受けながら
今までの自分の接し方は
不適切であったこと、
そうして接したことは
申し訳なかったこと、
そして、今後は適切な方法で
接したいと思っていることを
娘に伝えました。

娘は、母親が
やっとわかってくれたと
喜びました。

二人は抱擁し合い
泣きました。

二週間後に二人が
再びアドラーのもとに
訪れたときに
教師からのメッセージを
持ってきてくれました。

それは
「成績がクラスで一番」
というものでした。

それを見たアドラー
この母親と娘の
関係の調和ができたことを
確信したことでしょう。

■鍵はやはり「勇気」

アドラーが母親にしたのは
関心の向け先を
自分自身から娘へと
変えるように促すこと
でした。

自分に関心が向いていたからこそ
「父親の遺伝」との原因を
必要としてしまったのです。

母親が望むのは
娘が失敗しないことでしたが
それは厳格な接し方では
実現しません。

なぜなら、社会適応能力が
それでは高まらないから
です。

社会適応能力が高まるような
援助がなければ
娘の社会適応能力は
高まることがありません。

その社会適応能力を高めるには
関心の向け先を自分自身から
他者へと変えることです。

つまり、
「相手より自分優先」な心から
「自分より相手優先」な心
することです。

娘の教育をする親自身が
まず「自分より相手優先」の心で
なければ、教育することは
まず無理です。

そのためアドラー
まず母親の関心を娘へと
向けることから始めました。

しかも、
本人の意志で
「自分より相手優先」の心に
なるように。

その結果、母親は
それをやってみたい」と
自分の意志で関心の向け先を
娘へと変えたことで
今までの流れを変えることが
できました。

母親はもともと
娘とよい関係を持ちたいと
思っており、
娘の方も母親と
よい関係をもちたいと
思っていたので、
母親の関心が娘に向いたことで
互いが同じものを見る、
つまり「二人の関係を良好にする」を
見ることになり、
関係の調和が実現したわけです。

そして、その実現には
母親の勇気が必要不可欠でした。

困難に立ち向かった母親は
自分だけの利益ではなく
「自分と娘」という共同体に
貢献することができる自分

ちゃんと見つけたからこそ
勇気を使うことができたわけです。




お読みいただき、
ありがとうございます。

プロコーチ10年目、常楽でした。




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