美徳の承認その39/52
【無執着:Detachment】

■無執着とは

無執着とは
感情を「感情」として
見る力です。

感情にのまれてしまうと
「感情」として見られず
その場の衝動によって
行動してしまいます。

無執着は
あなたも私も
誰でも持ってる力です。

感情のままに
衝動的に行動を起こして
その後、後悔したりしてる人は
無執着を持っていないのではなく
使っていないだけです。

無執着は
誰もが生まれながらに
持っている力です。

誰でも使える力です。


■感情と行動

感情を「感情」と見られないと
衝動的に行動を起こしてしまいます。

売り物を見ていて
「欲しい」と感じたら
その気持ちにのまれて
買います。

怒りが湧いたときに
その気持ちにのまれて
何かを壊したり
相手や自分を攻撃したりします。

その後、冷静に考えると
その時は「欲しい」と感じたけど
使い道がなくて役に立たなかったり、

壊したことを後悔したり
相手との関係が壊れてしまって
後悔したり。

感情のままに行動を起こすと
その感情を満たすことが目的となり
その行動を起こした結果が
本来の目的に沿わないものに
なったりします。

無執着を使えると
いろんな感情を感じても、
本来の自分の目的に
貢献する行動を
選ぶことができます。


■自分を大切にできる

無執着があると
自分の感情を
「感情」として見られるので
そう感じる自分を
外側から見ることになります。

例えば
怒りの感情が湧いたら
何か悲しいはずなのに、

感情の任せて行動してしまうと
その悲しみを見ることが
困難になります。

例えば
何かを練習していて
思うように上達しなくて
むかついたとします。

むかついたから
その怒りに任せてヤケ食いしたら
あとで「ヤケ食いするんじゃなかった」と
思うかもしれません。

ヤケ食いは
怒りを紛らわせる対処的な
行動です。

思うように上達しないことが
悲しいので、
その怒りではなく
「思うように上達しない」が
本丸です。

本丸を攻めないと
この悲しみは終わりません。

無執着は
自分を本丸、
つまり本来の目的、
今最も大切なことに
目を向けることができる力です。

そうして自分を
大切に扱うことができます。


■呼吸する

感情にのまれそうなときは
呼吸すると落ち着きます。

当然に聞こえますが
感情にのまれそうなときは
呼吸に意識が向いていないときです。

そんなとき
意識的に
息を吐いて
息を吸いますと
意識が呼吸に向きます。

吐くと肺の中の空気が
外に出ます。

外に出る空気は
酸素を摂取し終えた空気ですから
酸素が少ない空気です。

肺の中がカラになると
そこに新しく空気を入れることが
できます。

そのカラの肺に
新しく空気を吸います。

新しく吸う空気は
まだ酸素を摂取してない空気ですから
酸素が多い空気です。

酸素が多い空気で
肺を満たしてあげると
酸素をたくさん摂取できます。

酸素は生命活動に
必要なもので、
その酸素を豊富に摂取することは
生命活動も力強くなる
ということです。

生命活動が強くなった自分で
改めて現状を把握しなおして
本来の自分の目的を
改めて確認しなおします。

例えば
バスに乗ろうと列に並んでいて
横入りしてきた人を注意したら
モメたとします。

その人とモメることは
本来の自分の目的では
ありません。

その列に並ぶことで
バスに乗って
目的地に到達することが
本来の自分の目的です。

感情にのまれると
その人とモメることが
大事になって、
とことんモメてしまいそうです。

無執着を使えると
その人とモメることが
本来の自分の目的ではないと
わかりますから、
モメることに力を注ぐのは
今の自分にあまり意味がないと
思い出します。

横入りされて悲しい自分を
自分の中で抱きしめて
「でも大丈夫、目的地には
必ず行けるから」と
伝えてあげるたりすると
やすらぎを感じられます。



お読みいただき
ありがとうございます。

プロコーチ9年目、常楽でした。



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