例えば
親が子を育てる。

そうして支援していくにあたっては、
子を「依存的」にも「無責任」にも
させないように注意することが大切。



「依存的」とは
子が自分で考えずに
親の指示を待つ状況。

どうしたらいいのか
教えてよお母さん、
と正解をもらおうとする、
みたいな感じ。

「無責任」とは
子が自分のしたことに
責任を感じない状況。

だって自分は
お父さんが言った通りに
やっただけだよ、
だから自分は無罪だよ、
みたいな感じ。

どちらも支配・被支配の
関係が深まっていくような
状況です。

こんな状況が続くなら
それは支援ではなく
支配になってしまいます。



教師と生徒
上司と部下
監督と選手
先輩と後輩

そんな上と下に
なりがちな関係では
ついつい「依存的」で
「無責任」にさせてしまうような
やりとりをしてしまいます。

上は上で
上たらんとして
頑張る。

下は下で
下たらんとして
頑張る。

上は下を
責任を負う代わりに
依存的にさせる。

下は上に
責任を負ってもらう代わりに
依存する。

上は下から依存されると期待する。
下は上に依存できると期待する。

この状況では
頑張れば頑張るほどに
お互い苦しくなってしまいます。

さらには
下が上に
依存させてくれないと
上が依存せざるを得ない状況を
作ろうとします。

「自分が自立してもいいのか?」と。



私の親が
私にさんざんやっていた
「見捨てるぞ」という脅しも
私を親に依存させる手段のひとつです。

「見捨てられても良い」と
私が思ったら
私は親の支配下から
抜け出します。

でも、幼い頃から
親なしで生きていくこと、
また、見捨てられるとどうなるかを
あれこれ親に言われていましたので、

見捨てられたら生きていけないと
私が強く信じていたために
その脅しの効果は確実でした。

そのため私は親に
「依存的」であったし、
支配下にいました。

親の指示の責任は
すべて親にあり、
自分の責任ではないと
硬く信じていましたから
「無責任」です。

自分のことなのに
自分で決めずに
自分のやったことは
自分の責任ではない。

こんな状況では
自立することなど
できないでしょう。

幼い頃は
親が言った通りにやったら
恥ずかしい思いをした。
なんてひどい親なんだ。

そんなことばかり
思っていました。



アドラー心理学を学び、
コーチングを学んでからは
なぜ自分が苦しかったのかが
よくわかりました。

おかげで
自分がコーチングする場面では
クライアントを
「依存的」で「無責任」に
しないように注意できています。

クライアントのことは
そのクライアント自身が決めること。

クライアントのすることは
そのクライアント自身の責任で
すること。

それをクライアントが
100%そう思えるように
支援することは
コーチの役目です。

そして
100%そう思えるように支援すると
クライアント自身の納得も
確かに実現します。

納得が実現すると
クライアントの人生が
進む手ごたえも感じます。

反対の支配・被支配関係で
「依存的」「無責任」を
経験したおかげで
よくわかります。

過去はすべて
「こらから」の資源に
できるってことですよね。



相手を「依存的」「無責任」に
させないように注意して
支援すること。

それは
・経過を共有すること
・今必要な情報は何かを共有すること
です。

相手が幼くて
自力で情報収集が難しいなら
一緒に調べたり
今持っている情報を
提供したりしてあげます。

そうして
「相手のこと」を
「相手のこと」と共有して
扱い続けることで、
相手はのびのびと
成長していきますね。




お読みいただき、
ありがとうございます。

プロコーチ8年目、常楽でした。




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